これは、巫女がやらかした結果、本来の世界線から外れてしまった世界のお話し。

※やらかした世界一覧

ゴブリンスレイヤー

NEW!
ワンパンマン


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 ゴブスレのアニメを鑑賞してて、美少女が酷い目に合わされているのが心底胸糞だったので、霊夢さん(博麗伝説)に出張って貰った。
 でも、ゴブリンスレイヤーさんには主人公して欲しい。……よし、イワーワン、そこ代われ。



小鬼殺し伝説

――あの日、少年は全てを失った。

 

 少年の住む村を、ゴブリンの群れが襲ったのだ。

 男は惨殺され、女は陵辱された。男は切り刻まれて食料に、女は身に纏う全てを剥ぎ取られ、孕み袋として繁殖のための道具にされた。

 そして、少年の唯一無二の家族であった姉も薄汚い小鬼共に陵辱の限りを尽くされた。衰弱し、動かなくなるその瞬間まで、人しての尊厳を根こそぎまで蹂躙され続けた。

 少年はその全てを見ていた。姉によってゴブリンに見つからないように床下に隠され、床下から、自分の住んでいた村の人々が殺され、穢されている様を見ていた。目の前で必死に抵抗する姉の姿も、抵抗虚しく、ゴブリンに押さえつけられ、陵辱を受ける姉の姿を、ただ見ることしか出来なかった。

 少年だって本当は飛び出して行きたかった。ゴブリン共を殺し、姉を助けたかった。……だけど、姉に言われたのだ、此処から出てはダメと、出てきてしまったら殺されてしまうと、せめて貴方だけでも生きていて欲しいと。

 

 ゴブリンは弱い魔物だ。ただの村人でも殺せる矮小な魔物。人間の子供程度の頭と力しか持たない非力な魔物なのだ。しかし、そんな最弱の魔物であっても、ただの人間の子供に殺せるほど弱くはない。

 仮に一匹を相手どれたとしても、この村に襲い掛かってきたゴブリンの数は少なく見積もっても三十以上。数の暴力で括り殺されるのは目に見えていた。

 姉の願いと目の前で繰り広げられる残酷な現実。その余りにも重い二つが少年に伸し掛かる。少年は発狂し、今にも絶叫してしまいそうになる己の恐怖を無理矢理押さえつけ、いつ終わるかも分からない地獄を見続けるしかなかった。

 

 住んでいた場所を奪われ、唯一の肉親は目の前で陵辱の限りを尽くされ殺された。……その絶望が、少年の心に黒い、ドス黒い感情を生み出した。

 

 憎い、憎い、憎い憎い憎い憎い憎いニクイニクイニクイニクイニクイニクイッ!

 

 自分から家族を奪っていったあの薄汚い魔物がッ! 日常をぶち壊したあの小鬼が憎いッ!

 

――コロシテヤル。

 

 あの魔物をこの世から一匹残らず、殺し尽くしてやる。

 アイツらにこれ以上奪わせて堪るか、お前たちが人間から奪うと言うならば、己がお前たちの命全てを奪い尽くしてやるッ!

 小鬼という種族全てに向けられる圧倒的な憎悪。殺意混じりのそれはとても人間の、まして、まだまだ幼い少年から放たれているとは到底思えない。

 

 だが少年には力がない。力を得るための伝手も持っていない。我武者羅に鍛えたところで高が知れている。己は小鬼共を滅ばさなければならないのだ。ならば、半端に実力を付けるだけではダメだ。

 

――力、力が欲しい。あのクズ共をまとめて地獄に叩き落とせるような圧倒的な力がッ!

 

 そのためならば、全てを、己の全てを懸けよう。血も肉も、魂すらも、奴らを滅ぼせるのならば惜しくはないッ!

 この世界全てに届けと、少年は声なき願いを叫ぶ。そして――

 

「ほう、中々に良い形相(カオ)をしているな少年」

 

――少年の想いは奇跡を起こした(サイコロの出目すらも超えた)

 

 少年の眼前に現れたのは、奇妙な服装をした一人の女。肩を晒している露出の多い服装の女だった。

 

「少年、神の敷いた絶望に反逆してみるつもりはないか?」

 

 今此処で、一人の少年の運命が大きく変化した。

 異界より来たりし、神をも討ち滅ぼす規格外の手によって、神々の手より外れてしまった異端なる駒。

 

 彼はこの世にはびこる理不尽を根こそぎ滅ぼすために、鍛え上げられた全てを以てして挑む。

 

 これから始まるのは、小鬼を殺す者(ゴブリンスレイヤー)の話ではない。

 小鬼を、あらゆる魔物を滅ぼし、村々を救い続ける、運命から外れた一人の英雄(人間)の物語である。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

「はぁ……随分懐かしい夢を見た」

 

 何処かの洞窟の中、一人俯き佇んでいた甲冑姿の男がため息混じりに小さく呟く。

 

「まさか敵地の真っ只中で寝てしまうとは、な。……此処のところゴブリン共を狩るのに夢中で休息を取らなかったからか、睡魔に負けてしまったらしい。……俺もまだまだ未熟という事か」

 

 安全が保証されていない場所で眠ってしまうなど、いくら疲れていたにしても油断が過ぎる。こんなみっともないところをあの師に見られたら、怒られるだけじゃ済まない。良くて半殺し、悪くて九分九厘殺しされるだろう。

 

「いや、一応この巣穴にいたクズ共は一匹残らず殺したから問題はない、か」

 

 男は周囲を見回す。その視界に入ったのは、血、血、血、血、血。男の周囲を囲むように夥しく撒き散らされた血。壁にへばりついた砕け散った肉の塊。原型をトドメていない小さい人形の肉。……そして、王冠を被った醜い肉の塊が、男の足元に横たわっていた。

 

「グ、ガッ」

 

 王冠を被っている肉の塊が、僅かに息を漏らす。全身の皮を剥がれ、首と四肢を折られているというのに、まだ生きている。

 

「はぁ、本当に上位種は無駄にしぶとい。……まぁ良い、生きているなら死ぬまで殺すだけだ」

 

 足元に転がっている肉の塊――ゴブリンロード、その頭部に足を乗せる。

 

「タス、タスケテ。モウシナイ、オトナシク、スル」

「何だ、今更命乞いか?」

 

 残った眼から涙を溢れさせながら懇願するように哀れっぽくうめき声を上げるゴブリンロード。

 ゴブリンロードは知っていた。人間は、自分を強者だと思い込んでいる人間は、これで見逃してくれるという事を。自分を赦し、命だけは助けてくれるという事を知っていた。

 いくら強くてもこの男も人間だ。ならば、こうして出来る限り弱々しく泣き喚けば、哀れんで自分を逃してくれるだろう。逃げることが、命を繋ぐことが出来れば次がある。今回で十分学べた。次の機会さえあれば、この男を殺せる。自分にはそれが出来るだけの知性がある。

 

 そして、ゴブリンロードの思惑に沿う様に男の足がゴブリンロードの頭から退けられる。

 そうだ、そのまま去れ、自分に酔いながら去ってしまえ! 次は! 次こそはお前を殺してやる! お前の大事にしているものも全部全部奪い殺してやる!

 

「ギャァァァァァッ!?」

「命乞い、か。お前たちみたいなゴミクズが人間の真似事のつもりか? 俺がお前たちを見逃すわけがないだろう。お前たちが一匹でも生きているだけで、この世界の何処かで悲劇が起きるッ! お前たちみたいな腐った魔物が存在しているせいで、俺の村の様な悲劇がまた何処かで起こるんだッ!」

 

 怒声を放ちながら、今までの比ではない尋常ではない力で、ゴブリンロードの頭部を踏みつける。

 今まで散々好き勝手していおきながら、命乞いなどという人間みたいな真似をしたこのゴブリンロードに対してこれ以上ない殺意が芽生える。

 人を殺して玩具にし、女は自分たちが繁殖するための道具扱い。品性の欠片もなく、奪うことしか出来ない矮小極まりない、クソみたいな存在のくせにッ!

 

「地獄に落ちろぉぉぉ!」

 

――グチャリッ!

 

 渾身の力を込めて、ゴブリンロードの頭部を踏み潰した。

 ゴブリンロードの脳漿が撒き散らされ、更に血の海が広がっていく。しかし、男は既に死んでいるゴブリンロードの頭を更に強く強く踏みにじり、感情のままに足を何度も何度も振り下ろす。既にそれが本当にゴブリンロードであったのか、判別も付けられないほどにグチャグチャの肉塊に成り果てようとも、何度も何度も己の憎悪が落ち着くまで、足を振り下ろし続ける。

 

「……ふぅ、課題が残るな」

 

 冷静になって、自分の行動を省みる。

 いくらゴブリンという種族全てに憎悪を抱いていたとしても、感情に任せて暴れるのは利口ではない。ただ暴れるだけでは、そこらにいる獣と、この腐ったゴブリン共と何ら変わらない。

 殺意は氷のように冷たく、研ぎ澄ました刃のように鋭く。憎悪は深く深く己の内に潜ませ、決して表に出すべからず。感情を平坦を保ち続け、頭は常に想像力を膨らませるために、ただただ回転させ続ける。

 感情を表に出せば、怒りに手が震えて手元が狂い、急所を外す。無駄な動作が増え、体力を大幅に消耗し、大事な瞬間に動けなくなる。そんな事は二流三流のすることだ。

 己の憎悪を向けるべき虫けら共を、より効率よく、より残酷に、より苦しませて殺すために、己の憎悪を極限まで押さえ込み力へと変えるのだ。それこそが一流、小鬼を絶滅させるために必要な事なのだ。

 

「さて、この場所一帯のゴブリンは一匹残らず仕留めた。……では、次だ」

 

 男は、次の獲物を求めてその場を後にする。後に残ったのはゴブリン共の物言わぬ骸のみ、一人の人間の憎悪に押し潰された醜い魔物の死骸のみだった。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

「――依頼を完了した」

「お疲れ様です! ゴブリンスレイヤーさん!」

「今回はゴブリンロード、チャンピオン、シャーマンなど数多くの上位種を含んだ群れと遭遇した。……数は二百五十九、巣穴からは一匹たりとも逃してはいない。……暫くはあの近辺でのゴブリン討伐は大丈夫だろう」

 

 ゴブリン共の虐殺を終えた男――ゴブリンスレイヤーは、冒険者組合にいた。

 

「それは、大変でしたね、お怪我はありませんか?」

「気にすることはない、いつもと同じだ。……確認は取れたか?」

「至高神の御名に掛けて。討伐の方は真実です」

「はい、報告通りゴブリンロード他、ゴブリンの上位種を含めた群れ、合計二百五十九匹の討伐成功ですね。……毎度の事ながら、金に匹敵するかも知れない依頼を良く平然とこなせますね?」

「そう出来るように鍛えているからな。……そんな事よりも次の依頼だ」

「はぁ、そのストイックさは好ましいんですけどね」

 

 さも当然だと言わんばかりに、腕を組んだまま若干ふんぞり返っている甲冑姿の男を見て、これみよがしに溜息を吐く。

 ゴブリンを滅ぼすためならば、どんな無茶だってやろうとするこのゴブリンスレイヤーという男の事が、受付嬢は心配だった。

 

「心配してもらう必要はない。周辺のゴブリンの巣は粗方処理した。あと数回の依頼を受けたら、暫くは休暇を取るつもりだ」

「か、顔に出てましたか?」

「気にするな」

「気にしますよ! もう!」

「それよりも、他にも何か心配事がありそうだな? 俺で良ければ相談に乗ろう」

「っ!?……分かりました。実は――」

 

 普段から色々と世話になっているからな。

 続けて言ったゴブリンスレイヤーの言葉に受付嬢は少し目を見開き、ひと呼吸置いて、自身の胸中にある心配事を語った。

 

「白磁等級成り立てのパーティーがゴブリン退治に、か」

「はい、私も最初はドブさらいなどの比較的安全な依頼から始めるように何度も忠告したんですけど、聞き入れて貰えなくて……」

「パーティー構成はどうだった?」

「男の子の剣士が一人で後は女の子の格闘家、魔術師。……それと神官の女の子が誘われていました」

「装備は?」

「剣士の子は長剣に鉄の胴当てのみで、格闘家の子は動きやすさを重視したのか無手で、魔術師の子はローブに杖のみで魔法は二回使えるそうですね、神官の子はローブに杖のみの装備で奇跡を使える数は三回でしたね」

「場所は?」

「――の洞窟ですね」

「成る程、駄目だな。これでは自分から殺されに行くようなものだ」

 

 洞窟での依頼と分かっているのなら長剣ではなく小剣だ。洞窟の中は狭い、大型の武器であればある程、取り回しが難しくなってくる。第一、初心者であるならば、見栄を張らずに、自身の技量に合った武器を選ぶべきだ。

 武闘家も、動きやすさを重視するのは理解できるが、せめて籠手や膝まで覆えるブーツなどを身につけるべきだ。籠手があれば、打撃の威力向上にもなるし、ブーツなどで足を守れば窮地に陥った時、逃げられるかもしれない。

 後衛の二人に関しては接近されたときのリスクを考えて、鎖帷子などを着込み、抵抗できるように短剣を持っておくべきだ。

 

「そのパーティーがここを出立してどれくらい経つ?」

「まだ数刻ほどです」

「……今行けば、まだ間に合うな。少なくとも最悪の事態は避けられそうだ」

「依頼を終えたばかりですのに、すいません」

「気にするな。俺が勝手に行くだけだ。……そうだな、新人の救出ついでに幾つか依頼も受けるとしよう」

「あの、まだ貼り出していない物を勝手に取らないで下さい」

「その言い方には語弊があるだろう、紙に穴が空いている。……恐らく一度貼り出したのは良いが、報酬が少ないために誰にも受けられなかった依頼か。……はぐれオークの討伐と、狼の群れの討伐、ドブさらいに、薬草探しか、これなら片手間でも出来るな」

「で、ですが、ゴブリンスレイヤーさんの負担が大きくなってしまいますよ?」

「鍛えているから問題ない。……では、行ってくる。良い報告を期待していてくれ」

「あ、待って下さい!」

 

 受付嬢の制止の声を無視してゴブリンスレイヤーはその場を後にした。

 

「彼、いつもあんな調子なの?」

「はい、人気がない、報酬も少ない依頼を片っ端から受けて、毎日毎日動き回っているんですよ、あの人」

「でも、うちとしては助かってるよね」

「余る筈の依頼書が一枚も見当たらない。それはつまり困っている人が一人もいないって事になりますからね」

「報酬が少ない依頼だからって嫌煙しないで、文句も言わずやってくれる」

「自分の事も顧みないで……」

「心配だね」

「心配です」

 

 受付嬢は、同僚の受付嬢と、二人、ゴブリンスレイヤーが出ていった扉を見つめる。

 どうか無理をしないで欲しい。でもあの人はきっと無理をするのだろう。だから、せめて無事に生きて戻ってきて欲しい。

 受付嬢はまるで神に祈るように胸の前で両手を組んだ。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

「あの……大丈夫、でしょうか? いきなり飛び込んで、一度戻って準備をした方が……」

 

 神官の少女は、言い知れぬ漠然とした不安を抱いていた。

 これから何か良くないことが起きるんじゃないか? もう少し慎重に動かないと、取り返しのつかない事が起きてしまうんじゃないか? そんな不安である。

 女神官の頭には、自分達を送り出したギルドの受付嬢の心配そうな表情が浮かんでいた。ゴブリン討伐の依頼を受けようとしている自分達に、最後まで考え直す様に言っていた彼女の言葉。

 

――『ゴブリンはそんなに甘い魔物ではありません! 熟練の冒険者でもゴブリンに殺されてしまったり、酷い目に遭わされてしまったりした事例だってあるんですよ!』

 

 ゴブリン、最弱の魔物の代名詞。

 醜悪な姿、人間の子供程度の身体に知能しか持たない魔物。暗い場所を好んでおり、村を襲撃して家畜を殺したり、女子供を攫ったりする卑劣な魔物である。

 今回受けた依頼はそのゴブリンの討伐、そして、ゴブリンに攫われてしまった、依頼者の村の女の子の救出である。

 

「はぁ? 此処まで来て何?」

「心配症だな。ゴブリンなんて体も知性も子供並みだし怪物の中でも最弱だよ? 俺は村に来たのを追っ払ったことあるぜ!」

「それ、自慢にもならないでしょ」

「何だとぉ!」

 

 ワイワイガヤガヤと、敵地の中にいる筈なのに緊張感がない。

 

「俺たちならたとえ竜が出たってなんとかなるさ!」

「気が早いけど、まぁそのうちね」

「まず目指すはドラゴンスレイヤーだ!」

 

 言いながら長剣をブンブン振り回す剣士の少年。……非常に危なっかしい。狭い場所で武器を奮うなら周囲に気を付けるべきだろう。

 

――ガキンッ!

 

「おっとっと」

 

 洞窟の天井に剣がぶち当たり、甲高い金属音と共に僅かに火花が散り、衝撃に耐えられず剣を落としてしまう。……迂闊である。その上、危うく仲間の武闘家の少女に当たるところだった。

 

「あ、危ないじゃないのっ! 剣を振るんだったらもっと上手に振りなさいよ!」

「う、五月蝿い! ちょっと失敗しただけだよ! 次は失敗しねぇよ!」

 

 そして、言い合いを始める。今にも取っ組み合いの喧嘩でも始めそうな勢いだ。

 

(私、このパーティーに着いてきて良かったんでしょうか?)

 

 先ほどとは別の意味で不安になった女神官ちゃんであった。

 

「薬などは持っていらっしゃるのですか?」

「ないよ。買い物する金も時間もなかったからな。攫われた女の子が心配だし……それに怪我をしても君が治してくれるんだろ?」

「確かに癒しと光の奇跡は授かっています……けどたった3度だけで」

「待て!」

「「「っ!?」」」

 

 剣士が何を見つける。

 

「何だこりゃ?」

「これ、入り口にもあったわよ」

「だっけ?」

 

 前衛組である二人はそのまま、唯一の光源である松明を持ったまま、先へ先へと進んでいく。

 

「いと慈悲深き地母神よ、闇の中に踏み入りし旅人にどうかご加護を……」

「ほら遅れてる。二人共先に行っちゃったじゃない」

「ご、ごめんなさい」

 

 祈りの言葉を口にしていた女神官を促す女魔術師。

 

「あっ……」

「どうしたの?」

「いえ、今、何か音が」

「どこから?」

「後ろから……です、けど」

「私たちは入り口から真っ直ぐ進んできたのよ。後ろにいるわけ……っ!?」

 

――足音がする。

 

 それも一つではない。複数の何かが、こちらを目指して向かってきている。そして……

 

「ぐぎゃあ、ぐげげげ」

「ご、ゴブリン! そんな、どうしてっ!?」

 

 ジリジリと舌なめずりをしながら距離を詰めてくる十匹近くのゴブリン。

 

「さ、サジタ、インフラマラエ、ラディウス――火矢(ファイアボルト)!」

 

 魔法使いの少女は咄嗟に詠唱し、魔法を放つ。

 火矢の呪文。ゴブリン程度ならば一撃で貫き殺せる炎の矢を放つ魔法。その一撃が飛び掛かってこようとしていたゴブリンに直撃し、その身を穿ち一瞬で炭化させた。

 

「し、仕留めた!――っ!? きゃあっ!」

 

 一匹仕留めたことで油断した魔法使いの少女は、足元まで近付いてきていたゴブリンに気付けなかった。足を捕まれ引き倒される。そして、持っていた杖を奪い取られ、両手足を拘束される。

 必死に抵抗する魔法使いの少女であったが、拘束を緩めることすら出来ない。……いくら、人間の子供程度の力しか持たない最弱の怪物と言えど、人間の女、それも身体を一切鍛えていない後衛職相手、しかも複数人で掛かれば、押さえ付けることなど簡単だ。

 

「か、彼女から離れなさい!」

 

 神官の少女は杖を振り回し、何とか魔法使いの少女を開放させようと必死になるも、暗く視界が定まらないため、一撃たりとも当たらず、見当違いの場所ばかりを通過し効果がない。

 

「うわぁぁああああッ!」

 

 抵抗を続ける魔法使いの少女をいい加減鬱陶しく思ったのか、ゴブリンは短刀を取り出してその腹に向かって突き立てる。

 腹部を焼けるような痛みが襲いかかり、魔法使いの少女は耐えきれず痛みに泣き叫ぶ。

 

――痛いッ痛いッ痛いッ痛いッ!

 

 痛みで四肢が弛緩し、抵抗が出来なくなる。

 魔法使いの少女は痛みに耐性が無かった。つい先日まで賢者の学院という安全な場所で魔法の勉強をしていた彼女にとって、痛みとは、絶望とは此処まで現実的な物ではなかった。

 そんな様子を観察していたゴブリン共は、待っていましたと言わんばかりに、下卑た笑いを浮かべ、彼女の身につける服を剥ぎ取っていく。卒業祝いに与えられた帽子も、ローブも、新調してもらったドレス風の服だって根こそぎ引き千切られる。

 

「いやっ、いやだっ! 離してっ! 離してよっ!」

 

 魔法使いの少女は自分がこれから何をされるのか、分かってしまった。

 知識としては知っていた。ゴブリンという魔物はオスしか生まれず人間やエルフなどの他種族の女を攫って、子供を産ませるための道具にするのだと。一度捕まってしまったら、死ぬ最後の時まで玩具にされ、性の捌け口にされるのだと。

 だが、魔法使いの少女にはもう泣き叫ぶことしか出来なかった。四肢はしっかりと押さえ込まれ、その上、慣れない痛みで全身に力が入らない。

 欲望に満ちた邪悪な笑みを浮かべたゴブリンが魔法使いの少女の足の間に、その身を滑り込ませる。薄汚れた腰布を取り払い、醜く聳え立った汚らしい下腹部を晒す。

 

「いやっ助けてッ! 誰かっ、助けてぇぇぇ!」

 

 洞窟に魔法使いの少女の泣き叫ぶ声が木霊する。だが、助けは来ない。

 神官の少女は必死に魔法使いの少女を助けようとしているが、ゴブリンに阻まれ近づけない。前衛の二人は、まだこちらの状況に気付いていないのか、この場にはいない。

 ゴブリンが下卑た笑みを浮かべながら、魔法使いの少女の開かれた両足に手を掛ける。下腹部に狙いを定め、己の欲望のままにその身を蹂躙しようと、腰を近付ける。

 魔法使いの少女の純潔が汚される。その刹那――

 

「分かった。今、助けよう」

 

――絶望が切り裂かれた。

 

 魔法使いの少女を汚そうとしていたゴブリンが一瞬でその姿を消し、次の瞬間には壁のシミにされる。そして、突然の仲間の死に動揺するゴブリン共、その首がまとめて吹き飛ばされる。

 漸く異常事態に気付いたゴブリン共が得物を構え、自分達の楽しみを台無しにした者に突き立てようと動き出した瞬間、とてつもない衝撃とと共に、頭ごと肉体を押し潰されて死に絶えた。

 

「こんなものか。……そこの魔法使い。この布で身体を隠して、今から渡す薬を飲め、解毒と回復が同時に行える」

「あ、あなた、は」

 

 突然現れた全身鎧の戦士。

 薄汚れてはいるが、かなり上物の全身鎧。腰に携えられた異質な魔力を感じさせる小剣。何よりも、その身から溢れ出ている絶対強者の風格。

 胸元には彼が冒険者である証のプレート――それも銀、銀等級の冒険者、つまり上から三番目の実力者。

 

「きゃああああ!?」

「詳しくは後だ。先ずは彼女を助ける」

 

 ゴブリンが放った矢の一撃を受け転倒した神官の少女を助けるべく、全身鎧の戦士が駆ける。

 神官の少女を押し倒そうとするゴブリンのうち一匹を回し蹴りの一撃で軽々と粉砕し、そのまま回転し振り向きざまの裏拳一閃で、残っていたもう一匹のゴブリンの頭部を吹き飛ばし、壁のシミにする。

 

「矢を抜く、歯を食いしばれ」

「あ、あぁぁああっ!?」

 

 神官の少女の肩に突き刺さった矢を引き抜く。

 

「立てるか?」

「は、はい。ありがとう、ございま、す」

「あの魔法使いのところまで歩けるか? そこで治療しよう」

「は、い」

 

 半ば抱えるように神官の少女を魔法使いの少女の場所まで連れて行く。

 

「お前もこれを飲んでおけ」

「これは?」

「ハイポーションだ。毒を打ち消し、傷を癒やす効果がある」

「そ、そんな高価なものっ! 痛っ」

「使え、命の方が大事だ」

「ありがとう、ございます。……あ、貴方は?」

「……ゴブリンスレイヤー」

「あのゴブリン殺しの英雄っ!? 都の吟遊詩人の歌でも有名のっ!?」

「有名かどうかは知らんが、俺がゴブリンスレイヤーだ」

 

――ゴブリンスレイヤー

 

 通称、ゴブリン殺しの英雄。

 ゴブリンを中心とした依頼を片っ端から受け、犠牲を最小限に最高の結果を齎し続ける冒険者。

 銀等級ではあるが、その実力は金に匹敵するとも言われており、噂では魔神将が率いていた数千匹のゴブリンの群れをたった一人で壊滅させた、という伝説的な逸話まである。

 

「そんな有名な人がどうして此処に?」

「依頼に不備が確認された」

「不備、ですか?」

「予想よりも大規模な群れの可能性が浮上したらしい。周辺でホブなどの上位種が目撃されたそうだ。そのため白磁級の冒険者には荷が重い、と上が判断した。だから俺が派遣された」

 

 勿論、ゴブリンスレイヤーの嘘である。受付嬢からそんな話は聞いていない。冒険者になったばかりの若者は血気盛んだ。お前には出来ないと言われれば言われるほどに、反発し、面倒な行動を起こす。

 目の前で落ち着いた様子を見せる二人はそんなタイプではないと考えているが、念のため、という判断だ。だが、全てが嘘ではない。この洞窟の前、洞窟内部に飾られていた骨の飾り物、それを見て、この群れには少なくとも一匹は確実に上位種が存在している、と当たりを付けた。

 

「無事かっ!?」

「奥まで悲鳴が聞こえたわよっ!?」

 

 そして、今更前衛の二人が戻ってきた。服に少量の血が付着している。恐らく進んだ先で戦闘でもあったんだろう。遅れたのはそれが理由か。

 

「遅かったな」

「何だお前はっ! 二人から離れろっ!」

「ちょっ、何してるのっ! 待ちなさい馬鹿!」

 

 武闘家の少女の制止の声が聞こえないほどに頭に血が上ったのか、剣を構えてゴブリンスレイヤーに向かってく剣士。

 

――ガキンッ!

 

「あっ!?」

「間抜けめ、こんな狭い場所で長剣が使い物になるわけがない。この場所で使うんだったら小剣だ。ふんっ!」

「グギャアッ!?」

 

 剣士の背後に向かって、小剣を投げる。そして、ジャストタイミングで飛びかかってきたゴブリンの額に突き刺さり、死に絶える。

 

「よく見ろ。俺は冒険者だ」

「お前がっ二人を襲ったのかっ!」

「いちいち説明するのも面倒だ。……魔法使い、神官。説明はお前たちに任せる。俺は周囲の警戒をしておこう」

 

 自分を睨みつけるガキに嫌気が指したゴブリンスレイヤーは、一行から少し離れた場所に行き、そこで棒立ちになる。

 精神を集中させて、自身の内にある感覚を広げていく。薄く薄く引き伸ばし、この洞窟一帯の生物の気配を探る。

 

(十一、十二。……ゴブリン共の反応は十二体、うち二体はシャーマンとホブか、やはり上位種がいたな)

 

 ゴブリンの小さい反応に混じって、そこそこ大きめの反応が二つ。魔力を含んだ反応と、一際大きめの生命反応。

 それを踏まえた上で、これからの作戦を決めていく。

 

(正面からぶつかっても問題はないが、油断は禁物だ。やるならば徹底的に、情け容赦無く、一匹残らず潰してしまわなければならない。……そして、攫われた娘達も救出してやらないとな)

 

 依頼の情報では、近隣の村から少女が数人攫われてしまったらしい。ゴブリンの生態上、既に孕み袋か、玩具にされているだろうが、まだ命はある筈だ。

 奴らは人間の雌を捉えた場合、余程の事がない限りは長く使う。自分が知る中で最も長い期間ゴブリンに捉えられていた者は五年もの間、奴らの玩具にされていた。……最も、その者はとっくの昔に発狂して生ける屍になっていたらしいが。

 

(最初の会敵で、頭目であろうシャーマンを潰し、返す刃でホブの首でも落とせば、その瞬間に奴らは烏合の衆になるだろう)

 

 後はただのゴミ掃除に等しい。

 一つ頷いて、これからの作戦を頭の中でシミュレートしてみる。……結果九割五分の確率で成功するだろう、と結論づけた。

 失敗する確率があるのは、突然世界が終わったり、魔神王が乗り込んできたりする、などというあんまりにも荒唐無稽で、現実離れした状況を想定しての部分だ。……実質十割成功すると言える。

 

「あの……」

「話は終わったか?」

「は、はい」

 

 考えをまとめたと同時に、神官の少女がゴブリンスレイヤーに近付いてきた。……どうやら、話を終えたらしい。

 見れば、申し訳なさそうにしている武闘家の少女と、ムスッとした表情で此方を睨み付ける剣士の少年の姿があった。

 

「……そこの剣士、何か言いたい事でもあるのか?」

「……んかっ」

「……? 聞き取れん。もう少し声を大きくしろ」

「お前なんかいなくても! 俺達だけでやれたんだ!」

「可笑しな事を言う。やれてなかったから、そこの二人が危険な目に遭ったんだろう?」

「でもっお前が来なくても間に合っていた!」

「はぁ……俺が遅れていたら、彼女は酷い目に遭っていたぞ」

 

 数秒遅れただけで、結果は大きく変わる。

 もしもゴブリンスレイヤーがこの場所に訪れるのが、もっと言えば、受付嬢から話を聞かなければ……。

 

「大丈夫ですか?」

「大丈夫、って言えたら良いんだけど……一つだけお願い、ちょっとだけ手を握ってて貰えない?」

「ごめんなさい。私達が貴女達を置いて先に進み過ぎたから……」

「謝罪はいらないわ。結果的には助かったんだもの……でも、そうね。次からはもっと後衛の私達の事も考えて欲しい」

「っ!? うんっそう、ね。ごめんね、ごめん、ね」

「あっ、な、泣かないで下さい! ど、どうしましょう、どうしましょう」

「慌ててるのは分かったから、私の手を握ったまんまバタバタしないで、痛い」

 

 神官の少女とと魔術師の少女、後衛組の二人に泣きながら頭を下げて謝罪する武闘家の少女。

 それにあたふたと慌てて、両手をブンブン振り回す神官の少女。

 巻き添えを食らって、握られている片手だけ一緒になってブンッブンッと振り回されている魔術師の少女。

 こんなごく当たり前の光景すら見ることは叶わなかっただろう。

 

「お前が思っている通り、ゴブリンは最弱の魔物だ。オーガや、悪魔(デーモン)などの魔物に比べたら、脅威ではない。……確かに奴らは子供程度の力、体格、知能しか持たない。だが、逆に考えれば、人間の子供程度の能力はある、という事だ。それが、一体一体ならまだしも、複数が徒党を組んで襲い掛かってくる」

「それがどうしたっ! そんな奴ら俺の剣でまとめてぶった切れば!」

「さっきの事を忘れたか?」

「くっ」

 

 剣を振り回したところで、洞窟の岩肌にぶつけるのが落ちだ。その隙を突かれて、リンチでもされたら打つ手がない。

 見たところ、この少年剣士は、剣士を名乗る割には筋力もそこまでない。村人に毛が生えた程度の身体能力しかないだろう。

 大方、元冒険者辺りから冒険の話を聞いて舞い上がり、成人と同時に冒険者になった口だろう。冒険への期待だけが空回りし、無謀な事を平気でしでかす。……新人の中でも非常に厄介なタイプだ。

 自分の中の考えに振り回され、根拠のない自身に突き動かされる。やれ金だ、名声だ、などと血気盛んなのは良いが、それで死んでしまってはどうしようもない。

 

「詰まらない意地を張ってんじゃないの! この人がいなかったら、私達だって危なかったかもしれないのよ!」

「俺達が危なくなるわけ無いだろっ!」

「正面からだったらそうかもしれない、でも後ろから頭を狙われたりでもしたら一瞬で終わりよ」

「そんなのやってみないと分からないじゃないか!」

「それで私達を巻き込むなって言ってんのよ!」

 

 なおも駄々をこねるように屁理屈を言い続ける剣士に怒りを露わにする武闘家の少女である。

 

「もういい! 俺一人でやってやる!」

「待ちなさいっ!」

「放っておけ」

 

 追い駆けようとする武闘家の少女の前に立ち、行き先を塞ぐ。これ以上単独行動をされると面倒だ。新人の救助でこの場に来ているんだ、バラけれると困る。

 あの少年を行かせたのは、一度大きく挫折をさせる必要が有るからだ。これから先、ずっとあの調子で冒険をされると、いつかきっと取り返しのつかないことが起きるだろう。

 少年の場合は自業自得で済むかもしれないが、彼のお仲間はそうではない。一人のミスが全員の命を脅かす恐れが有る、それが冒険者というものだからだ。

 未来の不幸を未然に防ぐ、そのために今此処で、冒険に夢を見すぎているあの少年に現実というものを分からせてやらなければならない。

 

「な、何で邪魔をするんですかっ!? 一人にしたら危ないじゃないっ!」

「危険はない。……この先に、ゴブリンは一匹もいない」

 

 気配を探っている内にこの洞窟を全てを把握したが、この先には何もない。ゴブリンどころか小型の魔物すら出てこないのだ。血気盛んに飛び出したのは良いが、何の成果も得られなかった。……あの少年には良い薬になる事だろう。

 それに正直なところ、一緒にいても邪魔だ。絶対に何かやらかして、面倒な事態を引き起こすだろう。その光景がありありと想像できる。

 

「いないって?」

「気配を探った。……そして、此処に来る途中に横穴を見付けた。恐らくゴブリン共はその先に巣を作っている」

「横、穴? そんなもの、無かったのに」

「新人が陥りやすいミスだな、岩肌の影までは注視していなかっただろう? そして、奴らには上位種……シャーマンがいた、それがお前たちの不運だった」

「シャーマン……です、か?」

「ゴブリン共の魔術師だ。少なくとも白磁等級の冒険者以上には魔法の扱いに長けている上に、他のゴブリン共に比べて知性が高い。……コイツが恐らく、この洞窟のゴブリン共の長だ」

 

 使える魔法にはバラつきがあるが、稀に強力な魔法を覚えている奴もいる。以前に戦った事のあるシャーマンは、洞窟の天井に風穴を開けるほどの雷の魔法を使っていた。……天雷(サンダーボルト)だった、か?

 鎧が黒焦げにされたのは久しぶりだった。……鍛えていなかったら、灰にされていただろう。

 

 鍛えた程度で、雷の直撃を耐えられるのが可笑しい。そんな当たり前の現実もゴブリンスレイヤーの前では無力だった。

 

「さて、俺はこれからゴブリン共を討伐し、誘拐された者たちを救出する予定だが……お前たちはどうする?」

「わ、私は一緒に行きます。こんな私でも何かの役に立てるかもしれません!」

「私も行くわ。……次は失敗しないために学ばないといけないから」

「私も行きます。……今度は間違えないために」

 

 強い意志を込めて、ゴブリンスレイヤーを見返す少女たち。……良い目をしている。順調に成長していけば、大成するな。

 自分がまだ駆け出しだった頃を思い出した。右も左も分からないで、手探りで依頼をこなしていたあの頃を。

 

「良い返事だ。では――全身にこれをかけておけ」

 

 ゴブリンスレイヤーが雑嚢から取り出したのは、ゴブリンの血がたっぷり染み込んだ布……ではなく、瓶に詰められた白い粉末の様なものである。

 

「ゴブリンスレイヤーさん、これは?」

「俺が煎じた匂い消しの薬だ。使用してから五時間、体臭などを消す効果がある。奴らは鼻が効く。人間の……特に女の匂いには敏感だ。服の上からでいい、全身にまぶすようにしろ」

「成る程、分かりました」

 

 言われた通りに全身に粉を振りかける。……思ったよりも匂いはキツくない、というよりほぼ無臭だ。

 

「これで本当に匂いが消えるんですか?」

「魔物特有の匂いに誤魔化している。人間の鼻では何も感じないだろうが、奴らには同族の匂いにしか感じられないだろう」

「道具屋とかではまず売ってないわね」

「ゴブリンスレイヤーさんが煎じたって言ってましたけど、もしかして使っている道具は自作だったりします?」

「質の高い物ほど金が掛かる、少しでも装備の出費を抑えるためにな」

「は、ハイポーションもですかっ!?」

「素材を見つけるのは面倒だが、作るの自体はそれほど難しくもない」

 

 鍛冶などの生産系の技能を一通り身に付けている、と続ける。……先に進みながら、律儀に返答するゴブリンスレイヤー。

 

「何で冒険者してるんですか? 態々危険な事をしなくても、普通に稼いでいけそうなのに……」

「奴らを滅ぼすために身に付けた技能だからな。――無駄話は此処までだ」

 

 横穴の前に着いた。

 

「奴らは自分の巣穴の前には必ず斥候(スカウト)……見張りを配置する」

 

 手に持った松明を横穴に投げ入れる。

 

「ぐが?」

 

 地面に投げ捨てられた松明、その松明に照らされたのは二匹のゴブリン。

 

「ギャッ!?」

「先ずはこの斥候を一匹も逃さず確実にこの場で殺す」

 

 ナイフを投擲し、頭部に突き刺す。そして、瞬時に踏み込んで、もう一匹いたゴブリンの頭を殴り潰す。

 

「どうしてか分かるか?」

「応援を呼ばれないように、そして、巣穴に奇襲できるように、ですか?」

「その通りだ。……お前たちの使える魔法について聞いていなかったな」

「私は魔法が二回使える。覚えているのは火矢の一つだけ……一回撃っちゃったから、残りは後一回」

「わ、私は三回奇跡を使えます。回復(ヒール)と、聖光」(ホーリーライト)の二つだけ、ですけど」

「分かった。お前たち二人は何時でも使えるように準備しておけ。……武道家、ゴブリンと戦った事はあるか?」

「村に出てきたのを倒した事はあるわ……後、狼とかの魔物も倒したことあるわよ」

「上出来だな」

 

 三人の出来ることを考え、経験を積ませつつ、より安全に事を済ませる方法を考えつく。

 

「巣穴の前に着いたら、俺の合図と同時に神官は聖光の魔法を使い、魔法使いは火矢の呪文を唱えろ、そして、俺が剣を向けた方に向かって放て、武道家、お前は巣穴の前に陣取り、後衛二人を守りつつ、一匹もゴブリンが逃げないようにしろ」

「分かったわ」

「まっかせて!」

「分かりました。……ゴブリンスレイヤーさんは?」

「俺は突撃して、ゴブリン共を皆殺しにする」

 

 そして、横穴の最深部、巣穴の前に到着する。

 

「良いぞ、やれ!」

「いと慈悲深き地母神よ、闇に迷えるわたしどもに、聖なる光をお恵みください――」

「サジタ……インフラマエ……ラディウス――」

 

 二人は詠唱を始める。

 

「――聖光(ホーリーライト)!」

 

 神官の少女が修める奇跡が、巣穴全体を照らし出す。暗闇を引き裂く聖なる光、その余りの光量に、堪らずゴブリン達は目を潰して混乱する。

 

「そこだ」

「――火矢!」

 

 続いて、魔法使いの少女から火の矢が放たれる。ゴブリンスレイヤーの剣に沿って放たれたその一撃は、さながら流星の様に直進し、奥でふんぞり返っていた杖を持ったゴブリン――シャーマンに直撃する。

 火の矢は簡単にシャーマンの肉体を焼き貫き、発火、そのまま全身を燃やし尽くす。

 

「後は手筈通りだ。一匹も逃がすな」

 

 言うやいなや、ゴブリンスレイヤーは銀の疾風となって駆ける。駆け抜けざまに、周囲のゴブリン共の首をねじ切り、叩き潰す。

 そして、その勢いのまま、呆けているホブの頭部に向かって飛び蹴りを放つ。飛び蹴りは容易くホブの無謀部な頭部に炸裂し、吹き飛ばした。

 

「はっ! てぇりゃっ!」

 

 そのまま怯えて逃げようとする出口に向かうゴブリンは、武闘家の少女が蹴り飛ばして倒していく。

 

「これで最後だ」

 

 背中を向けて逃げ出すゴブリンの頭を掴み、そのまま握り潰す。

 巣穴のゴブリンを掃除するのに掛かった時間は僅か三十秒足らず、本当に一瞬の間の出来事だった。

 

「終わったん、ですか?」

「見たら分かるでしょ? 早く攫われた人たちを救出しなきゃ……うっ、これは」

「ひ、酷い」

 

 三人は、目の前に広がる光景に息を飲んだ。

 ゴブリンの生態については聞いたことがあった。奴らは家畜を遅い、人間の女を攫って、自分達の繁殖のための道具にし、自身の欲を満たすための玩具にするという。……だが話を聞くのと、実際に目にするのではわけが違う。

 それは残酷な光景だった。依頼にあった村から連れ去られた少女たち。身に付けていた衣服は剥ぎ取られ、全身は汚物塗れで、傷だらけだ。

 誰一人、目に光がなく、一欠片の希望すら感じられない。まるで人形のように無反応で、本当に生きているのか、分からなくなるほどだ。

 死んではいない。……けれどそれが果たして幸福なのかは、この光景を見れば分かる。

 

「う、っぐ、えぇぇ。……こんな、こんな事が許されるんですかっ」

「想像以上に残酷ね。……っ私も、一歩間違えば、アレの仲間入りしてても可笑しくなかったの、ね」

「私達が遅かったからっ」

 

 残酷過ぎる光景に神官の少女は嘔吐して涙を流し、魔法使いの少女はあり得たであろう未来を考え震える。そして、武道家の少女は、救えなかったと自分達の力のなさを嘆いた。

 

「これが奴らが起こす悲劇だ。奴らは一匹たりとも生かすわけにはいかない」

 

 ゴブリンスレイヤーは、シャーマンが座っていた人骨製の玉座を蹴り壊し、その更に奥へと足を進める。

 

「定番だな。……見てみろ」

 

 玉座の裏には、扉代わりに腐りかけた木板が据え付けられていた。

 隠し倉庫――いや、果たしてそれだけだろうか?

 瞬間、中からガタゴトっと何かが動き回る音、神官の少女、魔法使いの少女、武闘家の少女は、思わず身構える。

 

「お前たちは運が良かった」

 

 ゴブリンスレイヤーが板を強引に引き剥がすと、中から甲高い悲鳴が幾つも上がった。

 倉庫には、村や冒険者などからの略奪品の他に、ゴブリンの子供が数匹いたのだ。

 

「奴らの繁殖力は尋常ではない、後数日此処に来るのが遅れていれば、五十匹程には増えて襲い掛かってきただろう。――魔剣起動」

 

 ゴブリンスレイヤーが抜いた剣――魔剣がギチギチとおぞましい音と共にその姿を変えていく。

 上下左右、ギザギザに尖った牙を持ったーーそう、まるで巨大な獣の顎の様に歪な形へと姿を変える。

 

魔物喰い(デモンイーター)。……久しぶりの餌だ、存分に喰らうと良い」

 

 そして、その切っ先をゴブリンの子供に向ける。

 

「……殺すんですか?」

「……? 当然だが?」

 

 不思議そうに首を傾げる。

 

「奴らは恨みを一生忘れん。それに巣穴の生き残りは学習し知恵をつける。……生かしておく理由などない」

 

 ゴブリンスレイヤーの声に反応してか、ガチガチと音を立てながら、歯を噛み合わせる魔剣。

 早く! 早く! 命を食わせろ! 血を吸わせろ! 肉を食いちぎらせろ! 骨を噛み砕かせてくれ! と激しく脈動する。

 

「善良なゴブリンがいたとしても?」

「善良なゴブリン? 探せばいるかもしれんな。だが俺にとっては、人前に出てこないゴブリンだけが、良いゴブリンだ」

 

 魔剣が吠え、命が食い散らかされる。

 血が飛び散り、肉の破片が飛び散り、骨の欠片が、洞窟の壁を彩っていく。

 不思議と悲鳴は無かった。痛みに苦しむ声も、恐怖に泣き叫ぶ声も、何もかも聞こえない。お前たちゴブリンが、そんな声を上げる資格などない。お前たちはただ黙って藁の様に無残に散るだけの存在なのだ。

 魔剣が食らい、飲み干し、力へと変えていく。存在していたという痕跡さえも残さず食いちぎる。

 

「うぐっ」

「うぅ」

「あ、あぁ」

 

 目の前で蹂躙される命から思わず目を背け、口元を抑える少女たちに、ゴブリンスレイヤーは掛ける言葉を持たない。年頃の娘にはこの光景は些か刺激的過ぎるだろう。無理に見る必要はない。

 しかし、この経験はこれから先の彼女たちの未来に於いて決して無駄になるものではない。冒険者という職業の残酷さ、過酷さ、何より命を奪うことの意味、それを体験することが出来たのは、彼女たちにとって大きな糧となる事だろう。

 

「見ろ、とは言わん。だが、覚えておけ。これが冒険者だ」

 

 冒険者とは決して楽しいだけの職業ではない。理不尽な現実に直面することもあるし、人々を守るために、自身の良心すらも捻じ伏せる必要すらある。

 正しいだけでは冒険者は務まらない。人を守るためならば、何の罪もない魔物の子供であろうと殺し尽くさなければならない。

 

 少女たちよ、現実を知れ。そして、出来ることなら折れること無く、一歩を踏み出せ。何故ならば――

 

「これで全部だ」

 

――それこそが冒険者としての一歩なのだから。

 

 その場にいた少女たちは思わず息を飲んだ。

 用は済んだと言わんばかりに魔剣を元の形に戻すゴブリンスレイヤーのその佇まいが、余りにも禍々しく、余りにも恐ろしく。そして余りにも――

 

「手分けして生存者の保護に当たる。引き上げの準備だ。急げ」

「「「は、はいっ!」」」

 

――雄々しかったから。

 

 その日、本来の世界線では神官の少女を除いて全滅するはずだった筈の新人パーティーは、全員が生き残るという快挙を成し遂げた。

 神の投げたダイスを真横から粉砕する、わけのわからない駒がいたせいで、本来の絶望から大きく逸脱してしまった。確定していた未来がぶん曲げられてしまったのだ。

 

 さぁ、この先より始まるのは、本来存在しなかった筈の物語。絶望に満ちていた筈の現実が否定され、駒が独りでに動き出す物語。

 最早、神の采配は当てにならず。奴らは黙って盤上を見る事しか出来ない。もう、誰にも、そう誰にも止められない。

 

 

 

 

 

「ど、どうもゴブリンスレイヤーさん! 教わった通り防具を買いました。鎖帷子を」

「……ふむ、質は悪くなさそうだな。上出来だ」

「ふふん、私も小剣とか、色々と揃えてみたわ」

「これなら、洞窟での取り回しも容易だ」

「て、手甲と脚甲ってこれで良いの、かな?」

「問題ない」

 

 ゴブリンスレイヤーのを囲むように、裾を少しだけたくし上げて鎖帷子を見せる神官の少女。小剣を見せながらドヤ顔を見せる、厚手のローブを身に纏った魔法使いの少女。慣れない手甲、脚甲を装備して落ち着かない様子の武闘家の少女の三人。

 

「あの……今日は?」

「――の村周辺でゴブリンの集団が確認されたらしい。また、近くの森付近では――の薬草が採れる。そして、一件町のドブさらいの仕事が入っている」

「一気に何件も受けるのって、ゴブリンスレイヤーさんしかいないよね」

「お陰様で私達も成長できてるけどね」

「あは、あははは」

 

 遠い目をして笑う三人の少女たち。

 このゴブリンスレイヤーとチームを組んでからまだ数週間しか経っていないにも関わらず、彼女たちの佇まいはもう白磁等級のソレではなく、鋼鉄……いや、中堅クラスの青玉程にまでなっていた。

 それもその筈。普通の冒険者が長い年月を掛けて少しずつ積む筈の経験を、この僅か数週間の内に積んでしまったのだから。……主に、一日に複数もの馬鹿げた量の依頼を熟すゴブリンスレイヤーの無茶に付き合ってしまったがために。

 

「何を黄昏れている。行くぞ」

「あ、待って下さい!」

「はぁ、今日も色々と大変そうね」

「まぁ、頑張りましょう!」

 

 我が道を往かんと先に進んでいくゴブリンスレイヤーの後を着いていく三人の少女たち。

 

――今日もまた冒険が始まる。

 




かくたのぉ!

伝説の欠片とか言いつつ。本人は本当にちょろっとしか出てこないという罠。

果たしてそれで良いのか? と疑問に思う点もあるが、まぁ、大丈夫だろう(浅はか)

前々から短編集みたいな事はしたいなーって考えていたんで、これからもリハビリがてら色々と書いてぶん投げみる予定です。

そんなわけで、これからも春巻きさんをよろしくね。

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