続きです。
かなみさんが語った今日の仕事中遭遇した不可思議現象について、鳴上さんと高畑教授は、ビンゴだと評し、そしてかなみさんとその問題の現場である劇場へとタクシーで向かった。
ビンゴとは、二人の話ぶりからあの神社跡での出来事と同じく、シャドウや異界が関係してることだと……
劇場施設の関係者入口から入り、かなみさんが持っていた写真付きIDを提示し、忘れ物をしたという嘘で入る事はできた。
私達もかなみさんの付き添いという事で入る事が許される。
最初は若い警備員がかなみさんを引き留めて、IDと照らし合わせ、訝し気に幾つか質問をし中々通してくれなかったけど、上司だろうベテランの警備員が出てきて、通してもらうことができた。
幸いにもかなみさんのIDに添付されていた写真には、今の姿のかなみさんが写されていたのも功を奏したのだと思う。
問題の映画上映会があった館内に入ると、高畑教授は真剣な面持ちで周囲を見渡しながら、早足に歩きだす。
「こりゃあれだな。このセットがまずいな。滅茶苦茶なつくりだが造形はしっかりしてる。何を参考にしたのかはわからんが、西洋の術式オンパレードかよ。これなんかヤバくないか?五芒星に十字に逆マンジまで、くーーーっ、作った奴マニアックすぎだろ!……しかもご丁寧に樫木の若木か?生贄に血……絵具だなこれ。本物だったらちょっとやばかったか?いや、豚足の燻製?こりゃ本物だ……まあ、これだけじゃ何も起こらんだろう。
しかし後は依り代がありゃ……って、映画のスクリーンか。鏡と同じく人の人間性や魂が宿ると言われてるが……なるほどな。ホラー映画か。恐れなどの恐怖の感情がそこに生まれるか……そんでここは霊脈の真上ときたもんだ。あとは映画のスクリーンにキーとなる呪詛か呪文の言葉や術符のようなものが音声や映像で映し出されていたら、偶然の出来上がりってか?」
そう説明する教授の目はどこかギラついているように見える。
「……こっちも西洋の魔法方陣か。しかも召喚術式を模してる。本物の術式を偶然参考にして描いたのか?いやコピーか?六芒星のS極に3・6・6か……教授、こっちのはかなり精巧なものですよこれは……」
鳴上さんはタブレットを片手に調査を進めている。
かなり慣れてるような感じがするわ。
鳴上さんと高畑教授の会話は、私には理解が及ばないけど、何かがここで起こってる事はたしかのようね。
鳴上さんと高畑教授は劇場中を駆け回り、色々と調べている中、私はその様子を見ている事しかできない。下手に手伝おうとすると邪魔にしかならないと思う。今は……
「うーん」
隣のかなみさんも私と同じようだけど、何やら考え事をしてるみたいね。
「どうしたの真下さん?」
「かなみでいいですよぉ」
「じゃあかなみさん。考え事をしてるようだけど、何か気が付いた事でもあるの?」
「うーん。なんで真さんってここにいるのかなーって?真さんって悠さんの追っかけじゃないですか~」
かなみさんは今頃になってこんな事を私に聞いてきた。
「違います!追っかけはあなたでしょ!」
さっきまでの話は聞いてなかったのかしら?
ペルソナ使いだと紹介されたはずだけど。
「私は悠さんのお友達だから良いんですよ~。でもでも真さんは悠さんの何ですか?」
何ですかと聞かれても……あっ、根本的な事を忘れるところだったわ。私は鳴上さんの大学の講義を受けてる生徒であり、先の研究会に参加したのだから一応ゼミ生になるはずよ。
「私は鳴上准教授の生徒よ」
「という事は先生と生徒の関係ですか……ううう、なんかうらやましい。先生と生徒って響きが何だかやらしいです~」
「やらしくない!どうしてそんな発想になるのよ」
この子の思考にもついて行けないわ。
本当にアイドルの破天荒なキャラクターそのものね。
「かなみ、新島さん。来てくれ!」
鳴上さんに呼ばれ、私とかなみさんは劇場の舞台の上に登る。
「準備はいいか?」
鳴上さんは私達に真剣な顔で尋ねる。
「いつでもいいですよ~」
かなみさんはそれにピースで答える。
「え?なんの準備ですか?」
私には何のことかわからない。
「今から、異界に入る」
「ええ?今からですか!?」
「ああ」
鳴上さんは私の手を引っ張り、舞台正面のスクリーンに体が入って行く。
「ええ!?」
私とかなみさんも体がスクリーンに吸い込まれる……
?ここはどこかしら?見た事がない部屋…まるで映画にでてくる豪華な洋館の部屋のようね。
たしかスクリーンに吸い込まれたて……
先ほどまでとは場の雰囲気が違うわ。
まるでパレスの中のよう。
ここは異界かしら。
「大丈夫か?二人とも」
目の前に鳴上さんが立っていた。
「はい、ここは?」
「スクリーンの中だ。この場所がどこかは分からないが」
鳴上さんは意を察し答えてくれた。
「まままま真さーーん!!やっぱり、悠さんのストーカーでSMの人だったんですね!!悠さんにいかがわしいことをしようと!!」
「何を言ってるのかなみさん………あっ!」
そんな事を私の後ろから突然大声で叫ぶかなみさんに振り返って抗議しようとしたのだけど。
かなみさんの姿は、さっきまでのジャージでボサボサ頭の姿ではなく。茶髪に派手な可愛らしいコスチューム姿のアイドル真下かなみの姿だった。
かなみさんは鳴上さんの下にかけつけ、明らかに敵視した表情で私の事をブンブン腕を振りながら指さしてきた。
「なんですかなんですかその恰好は!!悠さん危ないです。離れてください!!この人ヒャッハーする人ですよ!!間違いないです~!!」
私もクイーンの姿に……やはりここはパレス、いえ異界ね。
「おちつけ。新島さんはペルソナ使いだ。しかもかなりの使い手だ」
「えええーーー!?聞いてませんよ!!でもその恰好なんですか!?まるで世紀末で覇王伝説な人みたいじゃないですかーー!!」
かなみさんは尚も私の恰好の事を……結構気にしてるから、やめてほしいわ。
「鳴上さん。という事はかなみさんも……」
私はかなみさんの言動にため息を吐いてから、先ほどから疑問に思っていた事を鳴上さんに聞こうとしたのだけど、私が最後まで言葉を発する前に、正確に意を汲み答えてくれる。
「そうだ。かなみもペルソナ使いだ」
「そうです~。驚きました?私もペルソナ使いです。踊って歌えるペルソナ使いです~っ!」
かなみさんはクルっと一回転し可愛らしく衣装をはためかせる。
かなみさんもやっぱりペルソナ使いだったのね。
そんな気がしていたわ。
「かなみ。早速だがこの異空間の中心を凡そでいい、探してくれ」
「はいはいーっ!ペ・ル・ソ・ナ!テルプシコラ顕現すべし!!」
かなみさんは踊るかのように、また一回転してピースサインをウインクと重ねると、かなみさんの後ろに、ハーブを片手に持ち、赤とピンクのリボンを体中に巻つかせた、明らかに女性型の白を基調としたペルソナが現れる。
何故か、そのペルソナとかなみさんの周りだけスポットライトが当たっているかのように明るい。
可愛らしいペルソナね。
このペルソナはかなみさんの何を表しているのかしら?
少なくとも怒りや悲しみとかじゃなさそうね。
喜びとか楽しさというところかしら。
「テルプシコラ、わかりますか?」
かなみさんのペルソナの体中あちらこちらに巻かれているリボンが解け、リボンの切っ先を地面に張り付けたり、空中を漂わせたりする。
「うーん。この空間はそんなに広く無さそうです。中心はだいたい分かりました」
かなみさんは暫くしてから、鳴上さんに探査結果を報告する。
どうやら、ペルソナで探査をしていたようだけど、双葉のペルソナとは大分異なるようね。
双葉のは現代的というかデジタル制御みたいな感じだけど、かなみさんのはリボンで何かを探知させて情報を集めてるみたい。アナログ的な感じがするわ。
「この異空間は出来て間もない。それ程広がっていないだろう。複雑化もしてないはずだ。今の内ならば攻略も楽だろう。……かなみ、ここがどういう場所なのかわかるか?」
「テルプシコラではそこまでわからないです~。でもこれ多分今日の上映会のホラー映画のセットの場所と同じです。部屋のところどころ作りが荒いですよ~」
かなみさんはそう言って天井を指さす。
私はつられて天井をみると、洋館風の天井は無く、この劇場の舞台上みたいに大きな照明が複数天井から吊り下げられていた。
なるほど、撮影現場の映画のセットという事ね。撮影された場所の舞台裏まで表現されてるわ。
「かなみ、案内頼めるか」
「ドンと大船に乗った気持ちでまっかせてください!悠さん!」
「新島さん。かなみのペルソナはサポートに特化したペルソナだ。一応戦うことはできるが、前線で戦える能力は低い。かなみは後方支援として俺と新島さんでシャドウの前にでる」
「わかりました」
鳴上さんの作戦に了承したのだけど、疑問が残るわ。
かなみさんのペルソナはサポートに特化したペルソナと鳴上さんは言っていたのだけど、双葉のUFOじゃなかった…ネクロノミコンと同じような探査サポート系なのかしら、双葉みたいに敵の位置を探っていたわ。でもまったく戦闘ができないわけじゃなさそうだし、双葉をちょっと戦える感じにしたという事かしら?
「じゃあレッツゴーです~」
かなみさんはまるでピクニックに行くかのような軽い感じで、この部屋に唯一ある扉を開ける。
かなみさんは異世界に慣れてるようね。この状況に全く動じてない。余裕すら感じるわ。
私も修羅場をくぐって来た自負はあるけれど、やっぱりいざと言う時は、多少緊張するわ。
かなみさん。あんな感じだけど、実はすごい実力者なのかしら。
そうよね。あんなに強い鳴上さんがこの異世界に連れて来たという事は、鳴上さんからの信頼が厚いという事。鳴上さんと今まで相当の場数をくぐって来たという事よね。
でもなぜかしら、そんな鳴上さんがちょっと苦笑してる様にみえるけど。
扉を開けた先は、廊下ではなく、石壁に囲まれれ西洋風のお墓が並んでる学校の体育館程ある結構広い空間だった。
「あっ、ここも映画で見ました。多分ロケ地です~」
かなみさんは楽し気ね。
どうやら、ここも映画にゆかりがある場所をモチーフにして作られた空間のようね。
鳴上さんと私とで警戒しながら、お墓の間を歩き、奥にある扉に向かう。
かなみさんは鳴上さんの後ろにピタリと付いて来ていた。
「あっ、なんか来るです!きっとシャドウです!」
かなみさんが語気を強めて知らせてくれる。
すると、地面から人の手のようなものが現れたと思ったら、次々と人が地面から湧き出るように現れ……というよりも死体…ゾンビだわ。
「ゆゆゆゆゆ悠さーーん!!ぞ、ゾンビです。ゾンビのシャドウです~!!グロいです~!!」
かなみさんは先ほどの楽し気な表情から一変して、怯えながら鳴上さんの後ろにしがみつく。
この驚きよう……かなみさんが実力者だと思っていたのは私の勘違いだったのかしら?
いえ、ただちょっと気持ち悪いものが苦手なだけなのかもしれないわ。
「おちつけ、かなみ」
「ででででも~!」
かなみさんは鳴上さんの腰にがっちりしがみついていた。
「新島さん、頼めるか」
「はい、大丈夫です」
このゾンビのシャドウ。見た目は気持ち悪いけど大したことはなさそうね。
「ヨハンナ!行くよ!」
私はペルソナ、ヨハンナを呼び出し、跨る。
私たちの周囲に現れたゾンビ6体をヨハンナの体当たりで、次々と吹き飛ばす。
ゾンビ達はそれだけで、黒い霧となって消滅した。
「……ババババ、バイク!?やっぱり、真さん!!世紀末でヒャッハーする人だったんです~!!怖い人だったんです~!!」
かなみさんは鳴上さんの腰を掴みながら、おっかなびっくりと言った感じで私を指さす。
「……もうそれはいいわ」
私は呆れながら、ヨハンナを戻す。
「鳴上さん……かなみさんは…」
「ああ、かなみはペルソナ使いとして覚醒してから結構年数は経っているが……場数を踏んでいない。ようやくペルソナの扱いに慣れて来たという感じだ。もし一人の時に巻き込まれても対処できる位の力はつけてほしいと……実戦が有ればこうやって慣らしている」
鳴上さんは私の聞きたい意図を正確に汲んで、答えてくれた。
「そうなんですか」
あの妙な自信や余裕は、ただ単にかなみさんの性格によるものだったのね。
場数を踏んでいないか……私達みたいに大きな事件に巻き込まれていないという事かしら……
「ああ、だがサポート系スキルについては中々の素質を持ってる」
「えっへん!悠さんに褒められたです!でも、真さんって、見た目と同じで怖……強いです~」
何処からその自信がくるのかしら。
しかも私の事を怖いって言おうとしたわ。
どこまで私のこのクイーンの恰好の事を引っ張るのよ。
「かなみ。新島さんは凄い使い手だ。頼っていい。」
「見た目通りです~。それで、真さんのあのバイクはなんですか?ペルソナみたいでした。真さんはどんなスキルを持ってるんですか?やっぱり釘バットとか斧とか振り回したりするんですか?」
かなみさんは興味深そうに聞いてくるのだけど……やっぱり、世紀末なんたらを引きずってるようね。いい加減にしてほしいわ。それに斧を振り回すのはノワールよ。
「あのバイクが私のペルソナ、ヨハンナよ。そうね。ディア系の回復と核熱系の攻撃術スキル、防御系の補助スキル、後は物理的な攻撃が得意だわ」
「物理的って見たまんまですね~。でも回復系と補助系もできて、攻撃術までできるって、万能じゃないですか!真さんってもしかして、物凄く強い人なんじゃ……」
「すごいな新島さん」
鳴上さんも感心してくれて、ちょっと嬉しいかな。
「私のペルソナ、テルプシコラは……物理的な攻撃とか苦手です。サポート系の補助スキルは一応全部使えますけど……一人に掛けるのが精一杯です。……攻撃術系はありますけど弱いです……一応フィールド探査とアナライズはできますけど……あやふやで、中途半端で全部わかりません……う、うううううう……ち……ち中途半端なんです~。……ペルソナ使いとして中途半端なんです……ううううっ…… ダンスなんて中学生の菜々子さんに全然かなわなくって……ううううっ……アイドルとしても中途半端なんです………うっううううう………もう、悠さんのお嫁さんになるしかないんです~~っ!」
かなみさんは私に、自らのペルソナの能力について教えてくれていたのだけど、徐々に涙目になってきて、遂には泣き出してしまったわ。
中学生の菜々子さんというのは誰かわからないけど、彼女は彼女なりにちゃんと悩んでいるようね。
でも補助スキルが全系統が使えるのは凄いわ。サポートスキルに特化してるとはよく言ったものね。
怪盗団にもこれほど補助スキルに特化した人は居なかったわ。
そういえば、最後にとんでもない発言をしていたようだけど……
「かなみ。焦るな。ここまで出来たんだ。もう少しだ。努力は得意だろ?」
鳴上さんは優しい笑顔でかなみさんの頭にポンと手を置く。
「そう言ってくれるのは悠さんだけです~。わっかりました!頑張って見せます!明日に向かって打つべし!」
……もう、立ち直った様ね。
「それで鳴上さんのペルソナは何ができるんですか?」
「複数のペルソナが扱えるが、アナライズや探査系は苦手だ」
思った通りね。やっぱり蓮と同じ系統のペルソナ使いって事ね。
「引き続き鳴上さんと私が前に出ますね。かなみさんには敵を近づけさせないから安心して、でも経験を積むには実践が必要だから、かなみさん。余裕があったら敵に攻撃した方が良いわ」
「うううう、真さん。凄くいい人です~~!世紀末な人とかヒャッハーな人とか言ってごめんなさいです~」
かなみさんは私にそう言いながら飛びついてきた。
この子、悪い子じゃないんだけど。
そういえば同じ年なのよね。かなみさんと私って。
かなみさんを見てると双葉と同じぐらいの年下のように感じるわ。
墓場の部屋を抜けると、次はまた最初の部屋のような洋館風の部屋。でも西洋人形がづらりと並んでいるわ。これだけ数多く並んでいると不気味ね。
「この部屋も映画と一緒です。という事は……やっぱり、あの人形全部シャドウです!!ひゃ~!」
かなみさんがそう知らせてくれたと同時に、西洋人形達の目が一斉にこっちに向く。
流石に気味が悪いわ。
私も戦闘態勢をとり、拳を構えると同時に、西洋人形たちは一斉に飛びかかって来た。
私に襲って来た西洋人形を拳で次々と吹き飛ばす。
さっきのゾンビもそうだけど、弱いわね。これならメリケンサックとかが無くても、素手で十分ね。
鳴上さんもどこからか刀を取り出し、襲って来た西洋人形を刀に電撃を纏わせながらすべて薙ぎ払う。
「に、人形怖いです~、真さんも怖いです~~、人形でもシャドウですよ!!素手で倒すなんて!!一子相伝の○斗神拳伝承者ですか!!」
……まだ、引っ張るつもりかしら。意外としつこいわ。
それにしても、前もそうだったのだけど、鳴上さんは刀をどこから取り出したのかしら、持ってる風には見えなかったのだけど……後で聞いてみた方が良いわね。
人形は次々と現れるが、私と鳴上さんで倒していく。
人形自体弱いのだけど、数はそこそこ多かったわ。
そして、次の部屋に入ると、そこは広々とした教会のような作りだった。
教会の祭壇の前には若い男の人が立っていた。
『ハニー、待っていたよ』
若い男はキザっぽい仕草で、投げキスをしてくる。
この人、どこかで見たことが有る顔……でも気配は人間じゃない。
瞳の色は黄金色に鈍い光を帯びているわ。……シャドウね。
「あーーっ、この映画の主演俳優の生野春信さん……のそっくりさんです~中身はシャドウです!!このシャドウが異世界の中心です~!!」
そういえば、若手俳優でドラマによく出てる人ね。私は良く知らないのだけど大学の友達がファンのようだったわ。なんでも若手ナンバーワン俳優だとか。
という事はこのシャドウはその生野春信の心の闇がシャドウ化したものという事かしら?
「なるほど。さっそく異世界の形成者と対面か。やはり初期で良かったな。あっさりと見つかった」
鳴上さんは刀を構えたまま一歩二歩前に出る。
『ノンノンノンノン……残念ながらねー、僕は男には興味がないんだよ』
いちいちしぐさが仰々しいわ。このシャドウ。
「鳴上さん、攻撃しますか?」
……嫌いなタイプだわ。
「いや、ちょっと待ってくれ」
鳴上さんが私を制止する。
また、一歩二歩、鳴上さんは生野春信と思わしきシャドウに近づく。
『男には興味は無いのに……ふっ、それとも僕の美しさが、男さえも虜にするのだろうか?』
「お前は何者で、どうやってここに現れた?」
『不躾だね。……でもいいよ。答えてあげるよ。僕は生野春信さ!いや、裏の顔かな?ファンの前やテレビや映画の前の爽やかで潔癖なイメージの生野春信という仮面を被らないと完璧じゃないんだ。だから僕はこの世界の王となって、ファンが勝手に思ってるテレビや映画の中の生野春信のイメージ像を僕は吸収して、本物になるのさ~』
「ドッペルゲンガーか、いやインプかそれともインキュバスか……そんなところか」
鳴上さんはシャドウの話を聞き、何か呟く。
『男は嫌いだから、殺しちゃうよ?』
「かなみ。このシャドウをかなみだけで相手してみてくれ」
鳴上さんはシャドウの言葉に耳を貸さずに、かなみさんの方を振り向きこんな提案をする。
「えええええー!?無理無理無理無理無理ですーーーーー!!戦えないです~~!!」
かなみさんは腕と首をブンブン振って、嫌がっていた。
「大丈夫だ。インプか何かの小悪魔が生野春信の負の感情の一部を反映させたに過ぎない。力を感じない……かなみなら出来る。もしダメだったら俺が入るから」
……確かに、力を感じないわねこのシャドウ。ゾンビにしろ西洋人形にしろ弱かったわ。
「でもでも~、怖いです~!」
「……かなみ、今日の夕飯。ハンバーグにしようか。チーズのせだ。特性のコンソメスープも昨日仕込んでる」
「はいはいはい、やります!絶対ですよ!!悠さん特性ハンバーグ2個とチーズダブル乗せですよ!!」
そう言ってかなみさんは鳴上さんの前に出る。
食べ物にとことん弱いようね、かなみさん。
『おやおや?真下かなみさん!!これはいい。君とはじっくり話したかったんだ』
「生野春信さん!!私のチーズハンバーグのために!!倒れてください!!」
かなみさんはビシッと生野春信のシャドウに指さす。
『ふふふふっ、タカクラプロのアイドルはガードが固くてね。先日久慈川りせにも振られちゃったよ。このイケメンの僕が折角誘ったのにさ。アイドル達は僕が誘うとみーんな尻尾振ってついてくるのにさ。なんかムカツクよね。でも、本命は君だったんだよ。その大きな胸を揉みしだきたくてね~。君に楽屋で声を掛けようとしても、何時も居ないんだ。入ったのを確認して中に入っても、芋臭いジャージのマネージャーしかいなくて、どこかに消えててね。君はマジシャンか何かかい?でも、それも終わりさ。今日こそ君を僕の物にするよ』
……最低な奴ね。鳴上さんがこのシャドウの事を本人の負の感情の一部を反映させた何かだと言っていたけど、それって生野春信本人はこんな事を実際に行っていたという事よね。
でも、その芋臭いジャージのマネージャーって、きっと普段のかなみさんの姿よね。本人とは知らずに、間抜けね。
「むむむ胸を揉む~っ!へへへ変態さんですか!変態です~!誰が変態さんの物になるものですか!!テルプシコラ!!変態さんをお仕置きすべし!!」
かなみさんはプンスカし、ペルソナを呼び出す。
『いい、いいよ。かなみん!!僕と合体しようーーー!!』
そう言って生野春信のシャドウは、頭から二本の髭のような細い角が生やし、肌は赤茶色に……そして、背中には悪魔のような羽が生える。
これが本性ね。
「……インキュバスか」
鳴上さんは呟く。
「テルプシコラ!!アナラーーイズ(探査)!!ふむふむ!!弱点見え見えです~」
『さあ、かなみん~、僕と合体しようよ~』
インキュバスの本性を現した敵が、かなみさんに襲い掛かろうとする。
「お断りです~!テルプシコラ!いっきますよ~!ミュージックスタート!はいそれ!(タルカジャ:攻撃力アップ)・キラッ!(スクカジャ:命中率回避率アップ)・ピース!!(ラクカジャ:防御力アップ)」
何故かかなみさんの周りでダンスミュージックが流れ出す。
それに合わせ、かなみさんはダンスを踊りだし、決めポーズを取って行く。
ペルソナテルプシコラはダンスの決めポーズに合わせて、リボンの先端からスポットライトの様に色とりどりの光がかなみさんを照らし、補助スキルを発動させていく。
「続いて~、えい!(タルンダ:敵攻撃力ダウン)・クルン!(スクンダ:敵命中回避率ダウン)・ズキューン!!(ラクンダ:敵防御力ダウン)」
先ほどと同じようにダンスを踊り決めポーズをとっていくと、テルプシコラの複数のリボンから色とりどりのレーザービームのような光線が放たれ、インキュバスにあたり、ダウン系の補助スキルが次々に発動した。
凄いわ。本当にこんなにたくさんの補助スキルを使えるのね。
でも……これって、無駄が多くないかしら?
『ああ!!いい!!もっとーーー!!』
攻撃を受けたインキュバスは何故か嬉しそうだわ。
「仕上げです~。ラブラブビームーー!!(マリンカリン:洗脳)」
かなみさんが指でっぽうを構えると、テレプシコラのリボンがハートを象り、そこからピンク色のハート型の光線が照射され、インキュバスに直撃する。
『ああん。もう。メロメロ~!!』
「はい!これでおしまいです~、光にな~れっ!?(コウハ:祝福属性小攻撃:弱点攻撃)」
かなみさんはテルプシコラからピコピコハンマ―のような物を手渡され、インキュバスに向かって投げつけた。
『ああん。もうダメーーーん、昇天する~~ん!!』
インキュバスの頭にピコピコハンマーが当たり、光の粒子となって消える。
かなみさんは鳴上さんに会心の笑顔でブイサインを送る。
そして、かなみさんの周りで鳴り響いていたダンスミュージックが止まる。
かなみさん。なかなか個性的なペルソナと攻撃方法ね。
補助スキルがあんなに多彩に使えるのは凄いわ。
攻撃に無駄が多かったけど……。
でも、成長すると凄いペルソナ使いになるんじゃないかしら?
「かなみ、よくやった」
鳴上さんは、かなみさんの頭にポンと手を置く。
「えへへへへっ!」
かなみさんは満面の笑みね。
そして、本体を失った異世界空間は崩れるように消え去り、私達はスクリーンの中から強制的に出される。
クイーンの姿も解けたという事は、元の世界に戻ったのね。
隣のかなみさんもジャージ姿に。
「よー!お帰り~!!」
高畑教授が楽し気に私達に声を掛けて来る。
……はぁ、またなんだかんだと巻き込まれてるわ。私。
「新島さん。協力してくれてありがとう」
でも、鳴上さんにお礼を言われると、悪い気はしないのは何故かしら。
「いえ、私は……でも、敵が弱いんで私が居なくても大丈夫だったんじゃないでしょうか?」
「新島さん。敵が弱いと感じる新島さんは、ペルソナ使いとして凄まじい使い手だという事だ。この敵でも霊能が無い人や、普通のペルソナ使いや霊能者にとっては脅威となるんだ」
「え?」
「ひと昔前のかなみだったら、確実にやられていた。……やはり君、いや君らが戦った神を名乗る存在というのは、世界を改変するレベルの厄災だったんだね」
「……」
確かにあの怪盗団での戦いの日々に比べると、今日のあの敵は、全く問題にならないレベルだった……
「新島さんどうだろう?これからも手伝ってくれないか?……無理強いはしない。でも世の中の裏側にはこれに類した事件があちらこちら起きている。今日みたいな小さなものから大きな物まで。君がいてくれると心強い」
鳴上さんはズルいわ。こんな言い方をされると……
「分かりました。但し、私は飽くまでも学生なので勉学を優先させてください」
断る事はできないわ。
「ああ、それで構わない。助かる」
私は後日、正式に鳴上准教授の特別ゼミ生となった。
今回の事件。
劇場のディスプレイが大いに影響したようね。
ディスプレイに描かれた召喚魔法陣が映画の中のシーンの術式と重なり、このホラー映画を見た観客の恐怖心と映画内の呪文のようなセリフが引き金となって、小悪魔に分類されるインキュバスの一種を偶然召喚してしまって、その呪文のようなセリフを言葉にした映画の中の主人公の生野春信に憑依したというのが、高畑教授と鳴上さんの見解だった。
生野春信自身、インキュバスが好む淫猥な煩悩を秘めていたらしくて、それも加味してこんな現象が起きたとの事。
ただ、生野春信に憑依したインキュバスを倒したからと言って、認知世界のように、生野春信さんの心の闇は解消されないとのこと。
という事は、かなみさんは現実世界で、生野春信に狙われる可能性があるという事ね。
でも、生野さんは普段の恰好のかなみさんに気が付いていないから、大丈夫かもしれないわ。
それに、かなみさんは生野春信を今後は避けるだろうし、もし声を掛けられても、かなみさんの毛嫌いしてる調子だと、逆に手を上げかねない勢いだったし。
今日も色々あったのだけど、あのアイドルの真下かなみさんと知り合いになるなんてね。予想外もいいところだわ。しかも彼女自身、ペルソナ使いというおまけつきで。
杏や春、双葉に話したら驚くでしょうね。
特に竜司なんて、会わせろってうるさいかな。
「ハンバーグ!ハンバーグ!チーズとハンバーグ!」
「………」
あの後、何故か私もかなみさんと一緒に、鳴上さんのマンションで手作りチーズハンバーグをご馳走になることに……
かなみさんが鳴上さんの料理で癒されると言っていた意味が十分わかったわ。
「おいしい……」
「でしょでしょ!悠さんの料理はぜーーーんぶ美味しいんです~。この料理で癒されない人はいないです~」
かなみさんは自慢げだったのだけど、作ったのは鳴上さんだから。
高級料理店でも味わえないわ。それ程美味しい。
また、ご馳走になりたい……いえ、作り方を教えてほしい。
お姉ちゃんにも食べさせてあげたいわ。
かなみ回でしたね。
テルプシコラ:オリジナルペルソナ。
ギリシャ神話の芸術の女神。合唱と舞踊の女神
踊りの楽しみを意味する言葉です。
次は邂逅は……