一角獣の導き   作:metallic

2 / 4
一発ネタで続かないと言ったな、あれは、嘘だ(おい
いやまあ、この後続きがあるのかどうかは自分でもわからないんですけども
前回の最後の部分と若干の差異がございますがそこら辺はご容赦を、という二話(?)です。
ある意味UCの完結記念的なモノですかね
出来ればクロエちゃんとか出したかったんだけど、果たして彼女に出番があるのかどうか



一角獣の導き II

 頭の中に流れ込んでくる情報は身に纏っているこの白亜の機体を動かすのに必要な情報だ。

 まるで電極を直接頭に差し込んでいるかのように、無数の文字が脳内に直接入って来る様な不快な感覚。

 けれども手足の痺れ所か、思考は今まで経験した事が無いほど鮮明になっている。

 自分の身体だというのに、まるで別の観点から――ゲームのキャラクターを動かしているような錯覚さえ感じる。

 全身を血管の様に走る赤い輝きが迸り夜空の暗闇を紅蓮の粒子で染め上げる。

 一角のアンテナは二つに分かれ、バイザーに隠れていた二つの眼が翡翠色に爛然と煌めく。

 

「ビームトンファー……これかっ!」

 

 両腕に装着されている持ち手と思わしい小さい筒がホルダーごと一夏の意識の傾けを感じて回転する。

 空洞の部分が手先を向き、小さく煌めく細かい赤い粒子が徐々に集束し、長い棒状にまで固定化される。

 

「うおおおっ!」

「馬鹿な、粒子の集束にビームサーベル!? 一体何処がそんな現実離れした技術を!」

 

 現存する技術では一時的に粒子を集束させ、それを電磁砲の応用技術で放射する手段しか出来上がっていない粒子圧縮技術。

 大型の固定砲台という印象を覆せず、既存の兵器とISの武装を含めて転用が難しく、現実離れをしていると技術者達が頭を悩めている中で、ビームサーベルなど粒子を一定の形に留めて置く技術など夢のまた夢。SFの世界の話だ。

 だが少なくとも、亡国機業に属している女は目の前に差し迫る二つのその蛍光色の光の剣を認識している。

 それは決して刀身が光っている訳じゃない。ISのセンサーだからこそ視認出来る微細な動きが、刀身たる粒子が棒状の形を維持する為に起こしている揺らめきを感じ取っている。

 

「冗談じゃない!」

「ぐぅぅうっ!?」

 

 声を荒げて女は両肩に装備されている大型のシールドを前面に押し出してその一撃を真正面から受け止める。

 だが受け止めた瞬間に目の前に表示される警告音に奥歯を歯噛みする。

 

「どれだけの威力が込められているんだ、クソッタレ!」

 

 警告音が喧しく響く中でシールドをパージして、一気にスラスターを噴射させて後退する。

 己の身が浮遊感に一瞬包まれた視線の先、耐える事に臨界を迎えたシールドが光の剣に両断され爆発するのを見捉える。

 これで既に自分の身を守る事が出来る防御兵装は存在しなくなった。

 ISが備えている絶対防御とてシールドエネルギーに依存をしている。それが枯渇しかねない程の威力目の前のパワードスーツは一撃一撃に持っている事は既に体感している。

 

「言っただろう、分の悪い賭けは嫌いだってねえ!」

 

 一瞬の間断を衝いて一気に逃げる様に瞬間加速を行う。

 全身の骨を砕かんとする自身の保護を完全に無茶した機動で肉体に掛かるGの負荷に血を滲ませながら女は空を奔る。

 

「逃がす訳にはいかない! アンタは邪気の塊だ! 此処で逃がしたら更に悲しみと憎しみを生み出す!」

「わかってるねえ、私はそう言う女さ! けどそれじゃあどうするんだい、お坊ちゃん!」

「一つしかない!」

 

 吶喊をする様に、連続瞬間加速を行っているISへと追い縋る白亜の機体。

 追い付く筈がない、そう女が高を括ったのも一瞬だけ。直ぐにその顔に焦りが生まれる。

 口汚く罵り、身体を反転させてマシンガンを乱射する姿を視界が捉えた瞬間、一夏は身体を僅かに逸らすだけでその弾丸の雨を回避する。夜空に虚しく放たれる鉛玉の嵐の横を過ぎ去り、ホルダーに設置された円筒から放出される光の剣がIS目掛けて一閃される。

 

「チィィッ! ガキが調子に乗るな!」

 

 耐えられないほどの高熱に一瞬意識が飛びかける女は声を荒げて無理矢理意識を繋ぎ止める。

 視線など向けるまでも無く、宙を舞い落下するマシンガンを握っていた左腕。溢れ出る血を肉薄して来た白亜の機体のツインカメラ目掛けて放つ。

 

「モニターを潰せば見えねえだろうが!」

「まだぁっ!」

 

 虚空から出現した実体剣を一夏目掛けて振り下ろす。

 だがその一斬は左腕に装着されていた巨大な白い盾によって防がれる。目映く赤々しい火花を散らしながら衝突する剣と盾であったが、X状に開かれたその盾は徐々に剣の刃を削って行く。

 

「ぐおおっ!? ざっけんなあっ!」

「あああああああああっ!」

 

 女の喉から発せられるとは思えない獣のように低い声で怒気が溢れん雄叫びを上げて反撃をしようとする女を遮る様に、がむしゃらに、理性さえ飛んだ大声を上げて一夏は盾で斬撃を防ぎながら右腕を女目掛けて突き出した。

 

「がっ……はぁ……あっ!」

「あああああっ!」

 

 実体の無い粒子の塊とは言え、その光の剣はISが絶対視される要因の一つである絶対防御を容易く貫いて、その身体を穿つ。

 生々しい肉を抉り、骨を砕いて噴水の様に放出される大量の血液を浴び、その肉体を熱で焼く感触を一夏に伝えながら。

 だがそれだけにはとどまらない。ISとは機械だ。自我があると言われていようとも、パワードスーツと呼ばれていようとも、その身を埋める多くの要素は科学技術によって構成されており、随所に配線がある。

 ――女の中央の腹を貫いた刃の周囲、黒く焦げ一部の血は渇いた底に火花が散る。外装の配線を焼き切り、血液と言う水分が重要な機関部に入り込んでショートを起こしているのだ。

 勿論、小さなショートで収まる筈も無い。操縦者である女は口元から血を噴き零しながら真正面を見据える。

 

 己の血で顔を染める白亜の機体。

 一角を割り、まるで人の様に二つの眼差しを碧く輝かせるその姿。

 ――否、女が見ているのはそんなものじゃない。

 凄絶な痛みが徐々に薄れて行く感覚と、身に纏うISが伝えて来る悲鳴と絶叫。

 空洞となった真ん中の腹から徐々に熱が消えて全身に冷感が伝播していくとまるで他人事の様に理解をする。

 

「あ……はっ、かっ」

 

 喉から声を出そうとしてもそれは音にすらならない。

 代わりに気泡と一緒に血が更に漏れ出た。

 

 女にとってISとはただの兵器にしか過ぎない。

 

 例えその設計思想が人類の未来を育み恵みを齎す宇宙開発の一助の為の物だったとしても、現実としてそれは力として在る。

 

 銃と同じ、ナイフと同じ。

 女にとって今まで手に取っていた物がただ変わっただけ。

 

 幼少から多くの反社会組織――過激な思想と共にあり続けたイカレた集団で生き続けて来たのだからその程度の感慨しかない。

 

 けれども、彼女がISを手にして変わったのは周囲だった。

 

 今までは所詮、同じ組織にいる者達は自分にとって使い勝手の良い道具だった。

 当然、自分も相手に取って見れば道具だ。

 それを当たり前の様に受け入れて来た中で、この力を与えた組織で彼女が新たに手にしたのはISだけではなく、仲間だった。

 利害の一致、損益の関係、それを含めて初めて背中を預ける事に抵抗を感じなかった。

 そんな者達が周りに出来た。

 

 だから最期に少しだけ、自分にもそんな人間らしい感情が残っていたのだと教えてくれる切っ掛けになったISに感謝する。

 

「す、こ……。お……ぁ、む」

 

 憎らしくも信頼出来る仲間の姿が脳裏に浮かんだ。

 その瞬間――全身を強烈な熱波が襲い、女の意識を白濁の奔流で呑み込んだ。

 

 

 ◇

 

 

 爆発四散する。

 夜空に響く爆音とそれによって生じる衝撃波は生半可な物ではなかった。

 その真下にあった森林の木々は大きく仰け反り、枝を折り葉を吹き飛ばす。

 ISの爆発を間近で受けた白亜の機体は姿勢制御すら行う余裕が無いのか、まるで隕石の様に森林へと落ちた。

 何の因果か、先程の戦闘を冷めた眼差しで見ていたひとりの女性の目の前に。

 普通であれば、間近で人間大の巨大な落下物が地面に激突する際に生じる衝撃は途轍もない。成人男性ですら簡単に吹き飛ばされるだろう。

 ましてそれはISと同等――或いは全身装甲と言う時点でそれ以上の重量を伴っているのだ。

 現に落下地点である白亜の機体が横たわるその場所は草木が抉られて小さなクレーターが出来上がっているくらいだ。

 

 しかし、その赤紫色の長い髪を月の光に照らして輝かせる女性は、感情を一切感じさせないほど怜悧な眼差しを倒れる白亜の機体に向けながらゆっくりと近付く。髪一つ、不思議の国のアリスの様な、まるで絵本から飛び出した奇抜な出で立ち乱す事無く。

 降り注いでくる破片は爆散したISの装甲だろう。その合間を抜けながら女性は足下に転がる、爆発の中でも傷一つなく残った小さな塊を手に取る。

 

「……そっか、君は残ってくれたんだね」

 

 慈しみ、悲しみ、様々な感情を押し殺して今にも泣き出しそうな表情で紡がれた声だった。

 その塊を胸で抱き留め、痛みを噛み締める様に瞑目してそれを懐へと仕舞った。

 

「ちーちゃんの応援を近くでしたかったから来たけど、まさかこんなのと出逢うなんてね」

 

 つくづく運命の神様は悪戯好きなんだな、と口の中で続きを紡いだ女性は仰向けに倒れる白亜の機体の傍らに立ち、見下ろす。

 先程まで割れていた角は再び一角に戻ってツインカメラを覆う様にバイザーが展開されている。

 それだけじゃない。何よりも女性の心をざわつかせたあの赤い光が収まっているのだ。

 

「ISじゃない。それだけはわかるけど……」

 

 このままこれを放置するのは危険だ。

 中身がどうなっているのかはどうでもいい事だけれども、IS以上のオーバーテクノロジー。

 ISだけで激変してしまったこの世界に投じるには余りにも危険過ぎる破壊能力を有するこの兵器の処遇に女性は悩む。

 この場で破壊をするべきか。それとも回収をして分解し解析をするべきか。

 科学者としての観点から考察を瞬時に幾通りも思い浮かべる女性の一考は数秒にも満たしていないほど短い時間だ。

 だがそれは、僅かに身動ぎをした白亜の機体によって中断を余儀なくされる。

 

「……ぁ」

「ん、生きてるのか」

 

 何の感慨も無く呟くけれども、警戒だけは怠らずにいつでも自衛手段を展開出来る様に身構える。

 そんな女性の認識とは裏腹に、白亜の機体は僅かに頭を動かして自らを見下ろす存在を捉えた。

 

「…………たば、ね……さん……?」

「え…………その、声……!?」

 

 装甲越しでくぐもっていたとはいえ、その声は確かに女性――篠ノ之束の耳に届いた。

 何故、目の前の存在が自分の名前を知って、否。敬称付で、まして知り合いのように呼ぶのか。

 疑念は一瞬だけ。直ぐにその声が誰のものか気付いて、篠ノ之束は消していた表情に色を戻して膝を折り、機体を抱き留める様に肩を抱く。

 

「……いっくん、なの?」

 

 震える声は誰の口から零れたものなのか、束はわからなかった。

 けれどもそれ以上に、装甲を通して酷く怯える様に震える白亜の機体の装着者――織斑一夏の尋常ではない様子に気付いた。

 

「たばね、さん……お、れっ! 俺はっ……!?」

「ちょっ、いっくん! 落ち着いて!」

 

 力を一切感じられない、まるで亡霊の様な声で一夏が呟くと、白亜の機体は一瞬光に包まれ、次の瞬間には生身の一夏が現れる。

 束はISの様に展開されるその機構に疑念を向けるが、素顔を晒した一夏の青褪めた顔に言葉を失う。

 しかしまるで自分がどこにいるのか、ましてどういう状況にあるのかさえわからずに混乱をしている様子で身体を震わせて、頭を抱える一夏は親を探す迷子のようだ。

 いや、それよりも酷い。放って置けば今すぐ自傷に走りかねない程の危なさがあった。

 

「俺っ! 俺はっ!」

「いっくん!」

 

 ――それは束にとって本能的な行動だった。

 このまま声を掛けているだけではきっと一夏は壊れてしまうような直感が、彼の身体を抱き締めるという行為に走らせた。

 こうして身を寄せればなお一層、束は気付いた。尋常ではない程の一夏の身体の震えと胸に抱えた一夏の口から漏れ出る怯えた声に。

 

「落ち着いて。落ち着いて深呼吸して」

「たばねさ……」

「大丈夫、此処にはいっくんを襲う人なんていない。大丈夫だから。ね?」

 

 束に抱かれ、過呼吸になりそうなほど浅く素早い呼吸を繰り返していた一夏だったが、彼女の言葉に促されてゆっくりとではあるが深呼吸をする。未だ混乱の坩堝の中でも一夏の頭に浸透をしてくる彼女の言葉に身体が従ったのは、自衛本能に近い。

 それから一分にも満たない、しかし一夏本人からすれば三十分以上にも感じるほどの時間を掛けて、漸く彼自身が自分を見つめ直す余裕を取り戻す程度には自我が戻っていた。

 

「落ち着いた?」

「はい……その、ありがとうございます」

 

 普段のハキハキとした物言いが鳴りを潜めて力の無い陰鬱とした声であったが、束は満足そうに頷いた。

 

「うんうん。そういう時に謝罪じゃなくて感謝の言葉が出て来るのがいっくんの良い所だよ」

「はは……」

 

 一夏自身、今の束の言葉が自分を励ます意図があった事くらいは察する事が出来る。

 完璧に笑えるとは思っていないが、それでも小さく笑い零すことくらいは行えた。

 少しばかり鬱蒼とした空気が払われたのを仕切り直しと判断したのか、束は優しさを滲ませた真剣な表情になり、視線を一夏の顔からその首に掛けられているペンダントへと落した。

 

「色々と……私も聞きたい事がある。それにいっくん自身、何が起こっているのかわかっていないよね?」

「……はい。正直、無我夢中で……ただ、ただ……俺が」

 

 再び鬱屈とした感情が心内から浮かび上がってきそうな所で、束は掌を以ってそれを制する。

 口元を引き締められた、遊びの無い真剣な眼差しが一夏を見据える。

 

「ストップ。……その事を繰り返す時間的な余裕はないみたいだね。取り敢えず一旦私の隠れ家に行こう。今いる所は此処からそれ程距離も離れていないし」

「でも、それじゃ束さんに迷惑が」

「もう束さんは世界中に追われている身だから今更だよ。兎も角行こう。此処に留まってたらいっくんが戦っていた連中やドイツ軍も追ってきそうだし。ちーちゃんには隠れ家に行く途中で事情を伝えておくから」

「……わかりました」

 

 少なくとも、今の一夏には拒否権は皆無である。

 いや、どちらにせよ彼の心は肉体の制御まで苛む強烈な無力感と自己嫌悪に満ちており、唯々諾々と頷くほか思考出来ない。

 その心情を完全にとは無理でも、一夏の浮かない表情と昏い雰囲気から察した束は柔らかな動きで手を伸ばし、陰鬱とした気持ちを払う様に彼の頭を一撫でした。

 

「束さん?」

「いっくん、難しいかもしれないけど独りで抱え込んじゃ駄目だよ。その辛さや痛み、苦しみを私は理解出来ないけれど、君が伝えてくれるなら理解する努力が出来る。ゆっくりでいい。落ち着いてからで良い、だから……無理はしないで」

 

 優しく微笑んだ束の言葉に、一夏は小さく、しかし確かに意識して作ったものではない自然な笑顔を浮かべる。

 今なお夜闇が覆うドイツの森林を緩く暖かな風が通り抜ける。

 その時、ペンダントが一瞬だけ翡翠色に光を発した事は、間近であった一夏も、束すらも気付かなかった。

 

 

 ◇

 

 

 時間に換算をすれば十分と掛からぬ内に、一夏は束が用意したと思われる円筒形の自動制御性のロケット型飛行物体に乗り込んでその場を後にした。機内、またその自動制御や形状は遥かに既存の技術を凌駕している。

 いや、此処まで来てしまえばオーバーテクノロジーと称してもおかしくない事は、科学分野に精通をしていない一夏とて理解出来てしまう。

 機内で束は五つの空間モニターを同時に操作しており、その手の動き目で追うのがやっとと言う速度だ。

 ブラインドタッチは当たり前、実体のない映像を空間に投影している為打鍵の音も無い。けれども一心に集中をしているその気勢が、実際には聞こえない音を感じさせる。

 

「もう少しで着くからちょっと待ってねー」

「えっと、何処へ向かってるんですか?」

「私の居間の隠れ家ー、ってそれは言ったか。んとね、バルト海の底かな」

 

 バルト海、と聞いて一夏は思わず放心する。

 その場所の位置は、隠れ家とするには余りにも危険過ぎる場所だ。周辺を北欧諸国に囲まれ、海上からの逃げ道は一本道と言っても良いほど逃げ道が少ない。

 

「良く言うでしょ、木を隠すなら森の中。人が隠れるなら人の中。或いは燈台下暗しかな? 普通は人の手が届かない秘境に行くのが筋かも知れなかったけど、国が近くにある所の方が隠れやすいからどの隠れ家も大体は大物国家が近くにあったりするよ」

「今向かっているところ以外にも、隠れ家が?」

「勿論。束さんは世界中から狙われているからねえ、表も裏もいっぱいいっぱい。造っては廃棄しての繰り返し。自業自得とは言え、まあ……苦労するのが私だけだったらよかったんだけどね」

 

 寂しそうに笑った束のその言葉の真意を、一夏は何故か感じ取ってしまった。

 少なくとも一夏にとっての篠ノ之束とは良くも悪くも幼馴染のお姉さんと言う第一印象が先行する。

 そして第二に、変人。或いは成長をした事によって表現が増えた中で選ぶのならば鬼才。そして――恐い人。

 自分や姉、そして幼馴染に対しては過剰と言えるくらいのスキンシップをして来たが、それ以外の者に対して徹底して冷酷だった。存在そのものを認識していないかの如く扱い、しつこく食い下がれば冷たい毒が紡がれていた。

 二重人格、そんな世迷言を思っていた時期さえ一夏にはあった。

 

 ――そう、あった、のだ。

 

 過去形。

 少なくとも、今の一夏が束に対する印象はこの数十分の間で激変をしていた。

 だが今の何気ない彼女の一言で理解をしてしまった。

 

「……束さん、貴女はもしかして……今までずっと」

「おや、今のでバレちゃう? いっくん程の鈍感なら気付く筈ないと思っていたけど、まずったなあ」

 

 如何にもわざとらしく口にする束だったが、その顔は一夏を見ていない。

 モニターから視線を外す事は無かったが、決して片手間で操作をしている訳でも、一夏の相手をしている訳でもなかった。

 彼女の誤算と言えば、一夏の眼を見て話をしていれば、今の一夏ならば自分の曖昧な表現でも真意を見抜いてくると気付けたという事くらいだろう。

 

「そうだね。うん、少しだけ時間もあるし……これは独り言」

 

 そう前置いて、束は普段の過剰とも言える抑揚が効いた声ではなく、静かで、微かな自嘲を含んでいたもの。

 語られる言葉の数々は、少なくない衝撃を一夏に与える事になる。

 

 

 ◇

 

 

 その一報が、日本選手団に入ったのは織斑千冬が既に決勝戦を行っている時だった。

 経過試合時間、既に三十分。織斑千冬もそうだが、相手側の選手も隔絶された技術を持っているのは明明白白。

 その激戦を見ている全ての者達を魅せる天の輪舞が世界中に中継されている中で、控室に男の荒声が響いた。

 

「なんだとっ!? 何故それを早く知らせなかった!」

「いえ、それが……ドイツ軍の方にも声明が入ったのは決勝戦が始まって五分後だったそうで」

「二十五分経って我々に知らせたのか、ドイツは! それにそんな馬鹿な道理があって堪るか! それでは始めから人質を解放する気も無いではないか!」

 

 勢い任せに机を叩き付けたスーツ姿の屈強な壮年の男の剣幕に、少し離れた所で控えていた少女が怯えた様に震える。

 しかし彼女の事など既に頭から吹き飛んでいた男は目の前にいる眼鏡を掛けた優男風の青年を睨むように見据えて吼える。

 

「ドイツ軍はどうしている!?」

「既に特殊部隊を展開し周辺の捜索に当たっている模様です。ですが、我々は……」

「糞ッ、お偉方の楽観の所為で現場が苦労すると何故気付かん! 自国民が、まだ小さい少年が命の危機に曝されているかもしれんと言うのに何も出来んとは!」

 

 彼等は共に日本の自衛隊に所属している自衛官であり、織斑千冬やその周辺の人物の護衛として派遣をされていた。

 だが他国で自由に行動を出来る筈も無く、何事をするにしても裁定権は内閣府が握っている。

 忌々しく叫んだ壮年の男――出雲実嗣(さねつぐ)二佐と眼鏡を掛けた青年――木島良二三(よしふみ)一尉は今も激戦を繰り広げる織斑千冬に視線を向けた。

 

「護衛に当たっていた志島と鈴木両三尉はどうした」

「ドイツの護衛者共々、既に……」

「そうか……」

 

 僅かな沈黙は哀悼を捧げているのか。渋面で瞑目し握り締めた拳が音を鳴るほど深く肉に喰い込む。

 尉官が動員をされているという時点で、何かしらのトラブルを想定されていたが、その道のプロがこうも容易く討たれる事になるとは想定外でもあった。

 

「甚だ不愉快だ。まして要求が織斑千冬の決勝戦出場辞退? 馬鹿馬鹿しい、何故それなら決勝戦が始まった後に教える!」

「試合の中止は既に出来ない段階です。開始前なら兎も角、不自然な状態で止めてしまえば言い訳の仕様も無い」

 

 人間一人の命と国家の面子。

 愚かしいとさえ思うが、それでも体裁と言うものは必要になって来る。

 そして失態を犯した日本とドイツの首脳陣は、織斑一夏を尊い犠牲とでも称して切り捨てる事は容易に想像出来た。

 

「我々も動くぞ」

「ですが……」

「責任は私が持つ。五十路過ぎの老い耄れが暴走したとでも報告をすれば上は納得する。全部隊に通達、ドイツ軍と協力をして捜索に当たれ!」

 

 厳然とした声で出雲二佐は命令を下す。

 逡巡は一瞬だけ。直ぐに表情を引き締め直して一礼を返した木島一尉は退席した。

 扉越しに彼が駆けて行く足音が聞こえ、憤然冷めやらぬと言った様子の出雲二佐は隅の方まで退避していた少女――日本のIS代表候補生である山田真耶へと向き直り、苦笑を零す。

 

「済まんな、山田君。君が此処で見聞きした事は上には黙っておいてくれ。何、いざと言う時は私に脅されたとでも言えば良い」

「あ、あの、その、えっと……」

「若い君が余計な物は背負わんで良い。私も出る。済まんが、もし織斑君が戻って来たのなら事の仔細を伝えてくれ。まあ彼女の事だから直ぐに飛び出すだろうが……責は全て私が負う。自由に暴れて構わんと伝える暇があったのならそれも頼む」

 

 巌の様な表情を微かに破顔させて出雲二佐は摩耶に一礼して控室を後にした。

 扉が閉まり、通路に出た瞬間には、その表情は数瞬前までの父親の様なものから軍人としてのそれに変化する。

 懐から旧式染みた大型の通信機を取り出して、幾つかのボタンを押して耳元に押し当てる。

 

「私だ。――ああ、司令の方へと繋いで欲しい」

 

 独断で自衛隊員を動員させるとは言え、報告はしておかなければならない。

 尤も、出雲二佐は繋がれた司令部の人間が発した〝直ちに命令を撤回せよ〟という指示を一蹴した上で皮肉を一言添えて返事を待たずに切ったので、まさしく報告だけしかしていない。

 これは自衛官という立場の人間がする事ではないが、しかし、出雲二佐に後悔はなかった。

 ISが登場した事によって、世界各国の軍隊はそれまでの戦闘機や戦車などの兵装が縮小されて行き、伴う様に男性の軍人も自国防衛に関する軍務から遠ざけられていっていた。自衛隊にもISを最強の兵器と勘違いをした馬鹿者のが齎した悪しき波が押し寄せて来ており、良識派の政治家や官僚の手によってまだ明確なIS支持派とIS否定派の衝突は起きていなかった。

 しかしそれでも戦闘機、戦車などの乗り手の数はISに関する整備やパイロットの育成を優先する為に人費削減の影響で減らざるを得ず、出雲二佐もその中の一人であった。

 けれども嘗ての様な隆盛は無くなったが、彼には自衛官としての意地と矜持がある。民間人を、国民を守るという矜持が。

 此処で唯々諾々と上官の命令に従い、幼い少年の命を見捨てる事は容易い。しかしそれでは本当に、自分の中での根本の部分。自衛官を志し、胸に抱いた想いすらも捨てる事になる。

 それだけは出来なかった。

 

「さて……」

 

 握り締めた通信機に走った微かに罅は彼の激情が心の中で渦巻いていたのかを如実に物語る。

 通路を闊歩するその姿に哀愁は微塵と無く、既に退路を自ら断った一人の自衛官の偉丈夫さだけがある。

 熊の様に獰猛な眼差しを眇め、出雲二佐はこれからどのように部隊を展開するかを頭の中で組み立てる。

 最悪の可能性を考慮しながら。

 

 

 ◇

 

 

 織斑千冬は混乱を極めていた。

 手持無沙汰、とも言えるかもしれない程狼狽し、ただドイツの夜空で呆然とするしかなかった。

 全てはモンドグロッソの決勝戦を終え、全身の倦怠感と疲労感を感じながら控室に戻った事から始まる。

 それまで護衛として控室まで同道していた自衛隊の人間が居らず、彼女にとっては後輩にあたる山田摩耶が焦り気味に伝えた。

 弟が誘拐された、と。

 その言葉の意味を理解するのに少しだけ時間が掛かり、千冬は何故この場に自衛隊の人間がいないのか悟った。

 思い返せば控室にまで戻る最中で、試合会場に向かうまでに配置されていた警備員の数が圧倒的に減っていたのだ。

 全身が虚脱に襲われたのは一瞬、直ぐに頭の中が沸騰して何も考えられずにISを展開しようとした所で、慌てて摩耶は千冬を抑える。

 

「先輩! 待ってください、此処でISを展開するのは幾ら何でも拙過ぎます!」

「ならお前は一夏を見捨てろと言うのか!」

 

 この時、千冬は冷静ではなかった。

 当然だ。父母は既に亡くなり、一人の家族を奪われた今、千冬にとって家族は一夏しかいないのだから。

 落ち着けと言う方が無理であり、八つ当たりの様に摩耶に怒鳴り返すほかなかった。

 

「違います! 今出雲二佐達が必死に弟さんの捜索をしています、それにドイツ軍も。今先輩がする事は……外へ出てからISを展開する事です! 全部の責任を負うって言ってくれた二佐を少しでも軽くさせる為にも!」

「全て……?」

 

 熱くなった千冬の脳裏に、何気ない出雲二佐との雑談が過ぎる。

 生まれたばかりの孫、そして事故によって亡くなった息子と残された義娘を少しでも楽にさせたいからこそ自分は自衛官を続けている、と。あの熊の様な偉丈夫が照れくさそうに言っていたのだ。

 

「……ッ!!」

 

 歯を噛み砕かんとばかりに千冬は鬼のような形相を浮かべる。

 けれども、必死にISの展開をまだ抑える様に口にした摩耶は怯えながらも退かない。

 引っ込み思案で常に怯懦している風な彼女が必死に自分を止めようとしている様子を見て、僅かに沸騰した頭の熱が下がるのを千冬は感じる。

 

「そう、だな。ああ、そうだ。済まない、摩耶。手間を掛けた」

「先輩……!」

 

 誰も一夏を探すなと言っていないのだ、ただ場所を考えろと。

 それなら――

 

「済まんが、任せても良いか?」

「勿論です!」

 

 それから先の事を千冬は覚えていない。

 通路で誰かとすれ違い、誰かに呼び止められた気もしたが、既に一夏を見付ける事しか専心していなかったのだ。

 会場の外へと出ると直ぐに愛機である『暮桜』を起動して飛び立つ。

 本来ならばISの無断使用は厳重処罰の対象だ。それは国家代表であっても多分に漏れず、最悪は愛機の没収とパイロット資格の剥奪にまで繋がる。

 千冬は出雲二佐の言葉が無くてもきっと自分はISを起動していたのだろうと、こんな時でも冷静になっている部分がある事に自分で小さな驚きを持ちながら、夜空へと上がる。

 

 (二佐、感謝します)

 

 飛翔し空へと上がれば一目でわかった。

 暗い時間であってもISのハイパーセンサーは明瞭と湾港から上がる黒煙を捉える。

 

「あそこか!」

 

 時間は無駄に出来ない為、直ぐにそれらしき場所が見つかったのは幸いだった。

 カモフラージュかも知れないし、別件かも知れない。だが今は虱潰しに探して行くしかないのだ。

 直ぐにあの場所へと向かおうとした時、通信電文が入って来る。

 

「誰だ、こんな時に!? ……束!?」

 

 どうせモンドグロッソ関連の事だろうと無視して進もうとしたが、目に飛び込んできたのは緊急の文字。

 次いで末尾に書かれていたのは『いっくんは無事』という文章だった。

 

「……はっ!?」

 

 訳も分からずに電文を開けば、モニターに演じていない束らしい文章が書かれており、千冬は声を荒げて叫んだ。

 余程急いで打っていたのか、一部に誤変換や脱字が見受けられるが、要約をすれば一夏を保護した旨が記されている。

 彼女自身も追われている身だ。一定の場所に留まっていられない事は千冬とて承知している。

 一夏にも何かしらの問題が起きている事はぼやかして書かれていたが、命に別状が無い事も含まれておりその点に関しては安心出来る。

 普段の『天災』としての束ならば怪しい限りだが、少なくともこの電文を打って来た束は自分の親友としての束である事が確信出来、千冬は安堵の吐息を漏らす。

 

「……アイツらしいな、本当に」

 

 しかもその後の、千冬がどういった対応を取るべきかまで的確に指示が書かれている辺り、千冬は束が変わっていない事を感じ取った。自分だけでなく、動員された自衛隊やドイツ軍に対する対処まで細緻に記してある。

 今なお、思考は混乱の只中だ。

 こうして示されて尚、身体はまだ思うように動いてはくれない。肉体的にも精神的にも多大な疲労が重なったのだ。

 けれども――

 

「一夏、無事で……良かった」

 

 自分自身でも気付かずに千冬はその瞳の端から一筋の涙を零した。

 徐々に地上が騒がしくなり始めている。

 モンドグロッソの優勝者が会場から消えている事、そして湾港で発生した巨大な爆発。

 また千冬は確認していないが、直後に発生した二機のISと思わしき飛行物体の戦闘によってドイツの町は暫しの混乱に包まれた。

 

 




現時点でのユニコーンガンダムは
本来のUC世界のユニコーンと若干の形状変化が起きています。
これは後々、続きがあった場合は正しくユニコーンガンダムに変態させていくつもりです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。