不気味さというか、ホラーを意識して書きました。
轟沈描写っぽいものがチラホラあります。
ご注意下さい。
朽ち果てた鎮守府。
それは鬱蒼とした森の奥深くにある。
赤煉瓦で出来た壁は所々崩れ落ち、元々メタリックであった外装は長年の雨風により剥脱して、赤錆が生じている。だが随所に張られた有刺鉄線、乱雑に掘り進められた塹壕跡、蔦に覆われ最早機能することもない銃座に砲台。
窺えるはずだ。
ここが嘗て戦場であったということを。
…もう誰の声も聞こえなくなったその場所に想いを馳せよ。嘗てこの場所にいた者たちは果たして何処へ行ったのだろうか…いや、それは言うまでもないだろう。
ところでつい最近…この鎮守府のとある一室で、古びた一冊のノートが発見されたらしい。
それを発見した者は、そこに先の大戦についての記述があるのではと胸踊らせたが、その者の期待とは裏腹に、どうやら書かれている内容は、所謂子どもの日記帳のようなものだったとか…。
しかし不思議なものだ。
それが見つけられた場所には、戦火によるものなのかどうかの判別こそつかないが、焼け焦げた跡が至るところに見られたらしい。つまりそのノートは…。
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○月△日
本日、司令官からこの備忘録を頂いた。
物資の少ない我が国の現状、ましてや戦時中だということを考えれば、これが如何に貴重なものなのかということが分かる。だが何故、司令官は私にこれを下さったのだろうか。
○月□日
信じられない。司令官が亡くなった。
死因は未だに特定出来ていないらしいが、私はこの事実を受け止めきれそうにない。
兵役に服する身として死に別れること等、とうに覚悟出来ていると思っていたが、どうやらそれは誤りだったようだ。結局私がこの想いを伝える間もなく…あの人は逝ってしまった。
○月◇日
あの日から大分日が空いてしまった。
だがせっかく司令官から頂いたこの備忘録。
私の自己満足かもしれないが、使ってやることが供養になる気がするのだ。
さて、本日は何を書き記そう。
我が国を取り巻く戦況について、それとも私が知りうる限りの敵情について直筆しようか。はたまた私の心情をありのままに書いていこうか。
○月◎日
戦況は悪化の一途を辿っている。
後任の司令官は未だ着任せず。
鎮守府に不安が広がっている。
○月▽日
本日、(判読不能)型駆逐艦の(判読不能)と陽炎型駆逐艦の(判読不能)が着任した。司令官の居ない戦線に建造されたばかりの駆逐艦を投入したところでという思いも拭い捨てきれないが、軍兵は少ないより多い方がいいというのは、古今東西不変の真理だろう。
彼女たちは新兵でありながら、明日から戦場を駆け巡ることになる。せめて本日くらいは。
○月☆日
(判読不能)と(判読不能)が戦死したと電報が入った。彼女たちがここに来て、一体どれだけの日が経ったのだろう。それはきっと片手で数えられる程しかない。これが戦争なのだと言われれば、納得することも出来るかもしれない。だが果たして本当にそうなのだろうか。
敵方の猛攻は続いている。
私の姉妹艦である(判読不能)と(判読不能)が明日から敵勢力の偵察を行う為、本日夜遅くに鎮守府を発つ。闇夜に紛れ、敵の包囲網を掻い潜るという危険な任務だが、二人の表情はいつにも増して凛々しい。
私はただ願うばかりだ。
二人が無事帰還することを。
●月▲日
二人が死んだ。私の大切な妹たちが死んだ。
呆気なく死んだ。
妹たちと共に出撃した艦娘は言った。見事な最期であったと。私はその言葉にただ敬礼を返すことしか出来なかった。
そして思った。
目の前の彼女は生きて帰れたというのに、妹たちは何故死んだのだろう。
生死を分けたのは一体なんだったのだろう。
もしそれを運命だと言うのなら、私は。
●月■日
本日、緊急の入電があった。
司令長官からのお言葉が記されているということだが、私はその内容に愕然とした。到底受け入れ難いというのが私の率直な感想である。
この今にも崩壊しそうな戦線に更なる兵力を要求するということは、この鎮守府に死刑宣告がなされたのと同義である。
しかしただの兵隊である私に拒否権はない。
私たちの望みが何であろうと、この鎮守府は上からの命令をただ実直に遂行するだろう。そしてそれに私たちが異を立てることもない。
ただもし一つだけ私の要求を通してよいのなら。
私たち姉妹の末っ子である(判読不能)だけは生き残らせて欲しい。救って欲しい。
可能であれば彼女だけはどうか。
私の元から奪わないで欲しい。
●月◆日
何故。
何故何故何故。
何故なの。
何故私から奪うの。
●月●日
随分と部屋が寂しくなってしまった。瞼を閉じれば、喧騒に溢れていたあの頃を思い出す。
戦友の野島さんが亡き妹たちの弔慰に訪れてくれた。久々に誰かと心行くまで話した気がする。彼女も大分気を遣ってくれたようで帰り際、彼女は私に御守りをくれた。木炭で出来ているのが何とも彼女らしい。
また会うことを約束し、彼女は所属する鎮守府へと帰っていった。
彼女のお陰で久し振りに笑うことが出来た気がする。
●月▼日
(書き殴った字で書かれている為、判読不能)
―月―日
分かった。
全て分かった。
おかしいと思ったんだ。
給炭艦の彼女が、
戦線から退いたところにいたはずの彼女が死んだのも、
私の妹たちが死んだのも、死んだのに、他の皆が生きているのも、
司令官が死んでしまったのも、
全部私のせいだ。
戦争でも、上でもない、
紛れもない、大切な人たちを殺したのは紛れもない、
私だ。
気が付くのが遅かった、
遅かったんだ。遅い、遅かったんだ、遅い。
遅い遅い遅い。
今になって分かっても遅いんだ、
ならせめて、
私は報いを受ける、べきだ
私の手で、私の手で、手で、
終わらせてやる。
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それ以降に続く膨大な文は、その殆どが殴り書きされていた為、何が記されているかは分からない。だが一番最後の一文だけは丁寧な字体で書かれている。
その最後を締め括る言葉、それは…。
朝潮
よくよく考えたら、司令官って名前じゃないね。
まあいいか。
前アンケートの話を幾つか書けてきたので、次のアンケートを募集致します。お気軽にどうぞ。前回同様、作品投稿がいつになるかは分かりません。そして艦娘が主人公になるか、それとも怪異自体になってしまうかはこちらで決定します。ま、大体いつも思い付きですけど笑。それと思ってたのと違う…ってのはご容赦下さい。
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手紙×曙
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土砂降り×時雨
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人形×神通
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トイレの花子さん×雪風
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ターボばあちゃん×島風