とある鎮守府の出来事。
どこまでも果てしなく続いているのではないかと錯覚する程に長い通路。
その歩廊には日の光が届かないなのか、昼間でも薄暗い。そしてコンクリート造りである為か、靴を履いていても足裏から冷たさが伝わってくる気がする。
とある艦娘が恐怖に震えていた。
ただでさえ日の光が入りにくい場所なのに…。夕暮れ時になれば、そこは一気に暗闇が押し寄せてくる。だからそんな場所に、そんな時間にいるべきじゃないのは、この鎮守府に所属している者であれば分かるはずだった。
だが不運にも。
その艦娘には、どうしてもそこを通らねばならない用事があった。なので意を決してそこを通ることにしたのだが…。彼女はすぐにそれを後悔することになった。
「私…きれい?」
投げ掛けられた質問は明快だ。「はい」か「いいえ」のどちらかで答えることが出来る。自分の感想を述べる等という複雑な解答は求められていない。
だが彼女は答えられなかった。
なぜならその質問に返答するということが、どのみち同じ結末を迎えるということは明らかであったから。
「私…きれい?」
口調を変えずに問い掛けてくる例の声は、少し曇っている。なぜならそれは、質問をしている者の口に大きなマスクが被さっているからだ。
「私…きれい?」
彼女は覚悟を決め、その問いに答えることにした。
そして…彼女は目にすることになった。
耳元まで裂けた大きな口。
それがまるで見せびらかすように大きく開かれ、惜しげもなく晒される光景を…。
★
球磨型軽巡洋艦、四番艦の大井。
それが私の名前だった。
だけどもう、そんなことはどうでもいい。
大井なんて名前は、とうの昔に置いてきた。
今の私の通り名は…。
口裂け女だ。
…貴方も私のこの大きな口が気になるみたいね。
フゥ…なら特別に教えてあげましょう?
私がどうしてここまで口が裂けてしまったのか…。
その顛末を…。
★
私はこの鎮守府に所属して、まあまあ長い方なんです。所謂古参…ってやつですね。
それで…自分で言うのもなんですが、私はこの鎮守府の主力として長年頑張ってきたつもりです。…というのもここには他に球摩型がいないですからね…。球磨型の名を汚さない為にも、私は常に精進する必要があったんです。
でもそれは、私の独り善がりの…驕りだったんでしょうね…。神様は私に罰を与えました。球磨型の名前ばかりに囚われていた私は、とある作戦で艦隊の足を引っ張ってしまったのです。
私は敵の砲弾をもろに受け、大破。
艦隊は進撃を諦め、撤退を余儀なくされました。
そして帰投後すぐ、私には治療が施されたのですが…。
体の機能こそ元通りになれど、私の口元は大きく裂けてしまったのです。でもそれはそうでしょう。顔面に砲撃を受け、生きているだけも不思議なくらいだ…と明石さんは仰っていました。
報いなんです、これは。
鎮守府全体の目的とかではなくて、私の野心、名を揚げることにばかり執着した報い。それを私はこれからの人生に全て背負うことになったのです。
…ですが私は傲慢なだけでなく、卑怯者でもあったようです。貴方に散々それらしい言葉を並べて聞かせてきましたが、結局のところ私はまだ認められないんです。
こんな顔になってしまったこと…。
そんなの認められるわけないじゃないですか?
ですから、私はこの仄暗い廊下に佇立して、皆さんに問いかけるんです。
「私…きれい?」…って。
★
金切り声をあげて、自分に背を向けながら走り去っていく艦娘の姿…。
大井は一体それを何度見ただろう。
走り去る姿をぼんやりと眺めている彼女の顔には、どこか寂しさのようなものが感じられる。
還る場所など無いと言わんばかりに、彼女はその場に立ち尽くしていた。気が付けば夕陽も沈み、鎮守府は夜陰に包まれる。
すると誰だろうか…大井の目は、廊下の隅からこちらにやって来る仄かな灯りを捉える。
…こんな時間に誰か通るなんて珍しい。
大井は怪訝な顔をするが、いつも通りマスクをすると、静かにその来訪を待つことにした。
ユラユラと揺れながら、その灯光はこちらに近付いてくる。そしてその灯りが大井の目の前で止まった時、彼女の前には一人の艦娘が立っていた。
「私…きれい?」
大井はいつものように問いを投げ掛ける。
するといつもの調子であれば、弱々しい声で、大体「はい…」という返答が返ってくるはずなのだが、今回の場合は違っていた。
「ん~?ちゃんと顔見してくんないと分かんない」
大井はドキリとした。
まさかの返答に戸惑いを隠せない。
想定していた答えとは、かけ離れた答え。
良い意味で新鮮、悪い意味で恐怖であった。
だが大井は気持ちを持ち直すと、大声を張った。
「…これでもか!」
大井はその口を大きく開く。
その言葉を合図に、顔は灯りで照らされ、眩しさに目を瞑りそうになるが、そこはグッと堪えた。
それは大井の背負ったものへの覚悟、持ち得た矜持、それらを彼女が示した瞬間でもあった。
だが…。
「あれ?大井っちじゃん」
暢気な声に、思わず大井は顔をしかめる。
「っていうか…ここどこ~?大井っちもこんな薄気味悪いところで何してんの~?あ、もしかして大井っちも迷子~?」
その場に似つかわしくない、間延びした声に大井は眉をひそめる。
そしてこれでもかと大きく口を開いた大井は、その者の肩を掴むと一気に迫った。
「あ、自己紹介がまだだったね~!あたしは球磨型軽巡洋艦の三番艦、北上だよ~。てっきり大井っちなら分かってくれると思ったけど…なーんか悲しいなぁ」
……。
……。
……。
そしてある日を境に…。
「私…きれい?」と問い掛ける者の姿はパッタリと見られなくなった。
前アンケートの話を幾つか書けてきたので、次のアンケートを募集致します。お気軽にどうぞ。前回同様、作品投稿がいつになるかは分かりません。そして艦娘が主人公になるか、それとも怪異自体になってしまうかはこちらで決定します。ま、大体いつも思い付きですけど笑。それと思ってたのと違う…ってのはご容赦下さい。
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手紙×曙
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土砂降り×時雨
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人形×神通
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トイレの花子さん×雪風
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ターボばあちゃん×島風