「ハク。今日は何を考えてるの?」
「モンスターってどうしてポップ……出現するのかなって」
「考えた事もなかったわ。ハクは頭が良いのね」
「んなもんじゃないよ」
ペンを片手に悩むハクを、隣でフィリアが頬に手をつきながら眺めている。
そんな柔らかい日常の1ページを、ぶち壊す者がいた。
「やっほーハっくん遊びに来たよーっ!」
「アっくん!久しぶりだな!」
禍々しいコートにサングラスというミスマッチな衣装でやってきたのは、ハクの親友となった中年魔王アビス。
その馴染みやすい軽いテンションとこの世の全ての魔法を操る実力から魔族領の国の民にも慕われている良き君主である。
「いや、どうよ調子は?」
「ハっくんが頑張ってくれたお陰で国の再建も上手くいっててさ!一段落ついたから、お礼を言いに来たのよっ!」
「へぇ、それは良かった!」
「「なぁーっはっはっはっはっはっ!」」
玄関先で肩を組む勇者と魔王にフィリアはむっとする。
相手は男だが、せっかくハクと自分が良い雰囲気になっていたのに……。
「おっ、フィリアちゃんもいるじゃん!フィリアちゃん、あれ作ってよ!なんだっけ、ハクがフィリアちゃんに教えた鶏肉とネギを焼く串焼き」
「焼き鳥の事か?」
「そーそー、焼き鳥!フィリアちゃん、焼き鳥作って!あれ、アビスさん大好きなの!」
「……だれが作るか」
目を濁らせて拒否の意を見せるフィリアに、ハクは申し訳なさそうに口を開く。
「めんどうかも知れないけどさ。久しぶりに、俺もフィリアの焼き鳥食べたくなった!」
「……しょうがないわね」
「あれ、ワシの時と反応違くね?」
頬を赤らめていそいそとエプロンをつけるフィリアにアビスさん困惑。
ハクとフィリアに交互に視線を飛ばすアビスだが、用を思い出して我に帰る。
「あ、そーそーハっくん。これ、お礼の冥界まんじゅう」
「え、良いの!?しかもこれ、
「ハっくん、ワシが誰だか忘れたか?ワシ、魔王よ?」
「あ、そっかぁ!」
「「HAHAHAHAHAHA!!」」
生地はもちもちでほろほろ、餡は甘くてほんのりビターという矛盾を抱えた、老若男女に人気の冥界まんじゅう。
魔ッ谷堂とは魔族領のお菓子会社で、和菓子と洋菓子どちらにも名を馳せたとっっっても有名なブランドなのである。
魔ッ谷堂の冥界まんじゅうや冥界ケーキはとても美味しく、偉い人の外交時の土産や献上品に使われる。
その分真似するブランドも増えるのだが、本家にはかないっこないのである。
「……男の人って、なぜあんなことで笑うのかしら」
フィリアは串に鶏肉とネギを交互に刺しながら呟く。
ちなみにハクの家のキッチンはほとんどフィリアが使っている。
女に家の厨房を任せる意味を知らないハク。
知っているフィリアは内心ドキドキ。
たまに鼻唄とか歌っちゃったりします。
「このくらいかしら。二人とも出来たわよ……あっ」
先に焼いていた焼き鳥を皿に移し、タレに浸けてあった焼き鳥を金網の上に置く。
棚から酒瓶を取り出して焼き鳥と一緒に机に並べる。
居間のソファでくつろいでいる二人に声をかけたところでフィリアは気づく。
……今の私、お嫁さんみたい?
と。
「お、できた?あれ、酒も?気が利くなぁ、フィリアは。……ん。なんでニヤニヤしてんの?」
「おおう。今のフィリアちゃん純粋な乙女してるよ」
机には二つしか椅子が無いので、フィリアはそれに
半歩引いて付いてくる若妻……。
我、
うっとりと恍惚の表情を浮かべるフィリアをよそに、勇者と魔王は焼き鳥をパクつき酒を煽る。
「あっ、そうだハっくん」
「なに?」
「そろそろハっくんもお嫁さん欲しいでしょ?だからさ、縁談も兼ねてここに来たんだけど」
時が、止まった。
「縁談?」
「そうそう。ウチのイヴ。やんちゃだけど器量は良いと思うんだ、どうかな?」
「イヴ?イヴかぁ……。へへ、イヴかぁ……」
魔族の中で最も可憐と言われたアビスの娘、イヴ。
面識のあるその姿を思い出し、ハクは鼻の下を伸ばしてしまう。
それがいけなかった。
「……ん?なんの音じゃ?」
ズゴゴゴゴゴゴという地盤のずれるような鈍い音がどこからか響く。
魔王はなんとなく、そうなんとなく音のした方を向いた。
自らの背後。そこには……。
「コロス。魔王アビスヲ、コロスッ!」
「どわあああ!」
濁った瞳でこちらに軽量長剣を構える、女騎士の姿があった。
とたん振りか降ろされる剣をかわすアビスだが、なにぶんいきなりの事でしりもちをついてしまう。
「ちょ、ちょっと!フィリアちゃん、冗談がすぎるぞ!」
「あなたを殺してイヴも殺す。そうしたら、晴れてハクは私の物……」
「メンヘラ化しとる!ハっくん、フィリアちゃんがメンヘラ化しとる!」
「えっちょ、待て待て待てストーップっ!!」
音速で振られる剣を、ハクが高速で割り込んで止める。
フィリアの鋼鉄の剣は、ハクの木の串を両断することは叶わなかった。
「ハク。どいて……。私には、やらなきゃいけないことがある。どかなきゃ……あなたを殺した後に私も死ぬわ。それなら、二人で天国に行けるでしょう?」
「まだ死ぬつもりはないかな。よっと」
ハクが腕を振るえば、木の串に押し出されて鋼鉄の剣が宙を舞う。
丸腰になってしまったフィリアは
「そう。あなたもその魔王に加担するのね。安心して、痛くはしないわ。あなたの悲鳴は聴きたくないもの」
とだけ言い、袖から隠しナイフを取り出す。
騎士たるもの、武器はできるだけもっておくものなのだ。
決して、色仕掛けができないからではない。
……決して!
「まあな。さあ、来いよ」
串を窓へ放り投げ、徒手空拳の構えをとるハク。
弾丸並のスピードで飛んでいく串に鳥たちが驚き慌てて飛び立つ音を合図に、フィリアはナイフを構えて飛び出した。
「せっ!!」
訓練を積んだ騎士による、生半可ではない本気の突き。
めり込む刃。
腹部から血を吹き出したハクは───
そっと受けとめ、フィリアを抱き締めた。
「ごめんな、フィリア───」
「あぅ……」
目を見開くフィリア。
その瞳には少しずつハイライトが戻って来ていた。
トドメを刺すように、ハクが爽やかな笑顔で口を開く。
「───独身のお前の前で縁談はちょっと無遠慮だったよな」
そしてハイライトは消えた。跡形も無く。
「…………」
「おぼしっ」
無言で手に持つ刃を押し込むフィリア。
爽やかな笑顔のまま吐血するハク。
「……もっとハクの血を浴びせて」
「はぶすっ」
「もっと」
「ショゴス」
「もっと」
「ニャルラトホテプ」
刃を押し込む→吐血する のループは、しばらく続いたのだった。