「……ん」
小鳥のさえずり。
ハクの瞼がそっと持ち上がり、そして見開かれる。
「え?……ええぇぇぇぇぇぇぇええええええ!!」
まぁ、誰もがこんな反応をするだろう。
「このっ……泥棒猫!」
「こっちのセリフ!」
朝起きたら自分の家で、魔王の娘と騎士が戦争を起こしていたら。
ハクは思考を停止させると、傍にあった愛剣───【
呼吸を一拍。
「俺の持ち家で暴れるなあああああああ!!」
「「きゃああああああ!?」」
国を滅ぼした一撃が、たった1
◇
「あぶぶぶぶ……うみゅ。で、なんで俺の家で暴れてんのかな」
まず顔を洗ってスッキリして意識をクリアに、さわやか〜な表情でハクは目の前の二人に話しかけた。
もちろん、範囲攻撃を受けた家は更地と化している。
床とベッドが残っただけまだ幸運だ。
「「…………」」
「ん〜?どうしてか教えてくれよ」
魔王の娘イヴ。そして騎士のフィリアが、どちらも肩を並べて正座している。
そして、どちらとも言わず語り出した。
「えっとね、ボクが、挨拶にここに来たんだよ」
「ほう。なんで今さら挨拶に」
「お父さんから『ハっくんのとこに嫁いでいいよ』って言われたんだもん。許嫁として、これはもう行くしかないでしょ?」
「それがおかしいと言っているのよ。あのおちゃらけた魔王の言い分はわかるわ。けれど、あなたがハクの許嫁?寝言は睡眠中に言うべきよ」
「なんだって!?」
「やるつもりかしら!?」
ヒートアップしそうになる二人。
イラついたハク、二人を止めにかかる。
ごっほんッッッ!!!!!
「「………………」」
覇気を纏うハクの咳で二人は心臓を鷲掴みにされたような感覚を覚える。
これによりイヴは呼吸困難となり、フィリアは胃の腑が震え上がる感覚を覚えた。
その攻撃は魔王のものじゃないのかというツッコミは受け入れない。
なぜなら勇者だから!
「とりあえずイヴ。来る前に手紙を寄越してくれ。こっちにも準備というものがあるから」
「うう……ごめんなさい」
「それとフィリア。イヴに突っかかり過ぎるな。イヴって意外と強いんだからな」
「……わかったわ、ハク。それでその、許嫁というのは……」
「あぁアレ?そうそう、俺はイヴの許嫁だよ」
「さよなら」
「フィリアーッ!!早まるな、まだ死ぬには若過ぎる!」
自らの腹にナイフを突きたてようとするフィリアをハクが抱きとめる。
振り上げられた両手を右手で掴み、左手でフィリアの腹を守り、語りかけやすいように肩の上に頭を乗せて。
つまりは絡みついているのである。
ポールダンサーのようにがっちりと。
「──────」
「あ……、あぁ……ハクぅ……」
フィリアは顔をベリーより赤くし、対照的にイヴは血涙を流しながらこの世の終わりのような表情を浮かべる。
「へ、へへ、ハク、もっと強くしないと拘束が解けちゃうわ」
「げ、マジか。これで───どうだ!ふんっ!」
「あっはんっ!!」
先ほどまで感情の乏しかった顔をハチミツのように蕩けさせ、フィリアは恍惚の表情を全面に押し出す。
「ハク、絞めて。その女をもっと絞めないと」
「わかった、イヴ。おおお……!」
「ああ、ハクの匂いが広がっ……く、首、首が絞ま……はく……」
「はっ!?フィリア!?フィリア───ッ!!」
幸せそうな表情で倒れ臥すフィリアから冷静にナイフを分捕りながらハクは一息つく。
「で?その子、一体なんなのさ?」
「滅ぼした国で雇われてた騎士」
「ふーん。この子が?ぱっと見ただの変態だよ?」
「そうかぁ?ちょっと料理のセンスが酷いだけで普通の子だと思うぞ」
「センス?」
「トマトスープに血を入れてくる」
「アホなの?」
イヴは思わず振り返る。
本人は受ける殺気が居心地悪いのか、気絶しながら身をよじる。
「まったく。他は?その子、許嫁ってワードに反応してたよね?」
「いや、もうアレは黒歴史なんだからやめてくんないかな……」
「やめなーい。かっこよかったなあ、隣国の王子に監禁されそうになったときに颯爽と現れ、『その子は俺の許嫁だ!勇者の許嫁に手を出すとは、成敗してくれる!』……くぅ、シビれるぅ〜!」
「あっはあああああ!!」
ハートオーラを出しながら身をくねくねさせるイヴに対して、ハクは頭を抱えてしゃがみこむ。
「やめてくれよ……!あれはその、王子を成敗する口実が欲しかったんだよ!俺なんかが勝手に許嫁を名乗ったことは謝るから、もう掘り返すのはやめてくれ!」
髪を掻き毟るハク。
相当な黒歴史だったらしい。
イヴは頰をかいてそっぽを向き、「別に謝らなくて良いし……むしろ謝られると悲しい……」と呟くが、その言葉は土下座を繰り返すハクには伝わらずに虚空に溶ける。
「もういいよ、怒ってないから」
「え?ホント?」
「ほんとほんと。……じゃあ、ボクはもう行くね。今日来たのって、残念ながら仕事のためなんだ」
「時期魔王も大変だな」
「お父さんは魔王を引退したらバカンスだって……腹立たしい」
世間話をしながらイヴは靴の踵を三回鳴らす。
かかとの部分に翼をかたどった魔力の塊が現れた。
【ギフト・ウイング】。この大陸での飛翔魔法の現れである。
イヴは飛翔する前にフィリアの方をチラリと見ると、小声で「負けないからね」と呟き、
「それじゃ」
「おう。またなー」
空へ飛んでいった。
さて、一人取り残されたハクと言えば。
自分の髪が風に揺れているのに気づき、魔王うんぬんよりも大変なことを思い出した。
「家弁償しろやこのアマぁぁぁぁぁぁあああああああ!!」