「オラコノッ!!気持ちワリーんだよ!!」
「おい、コイツ結構な金持ってんぞ」
「へへへ。おい、次もこれだけ持ってこいよな」
複数の男が、1つの袋を掴んで路地裏から去っていく。
その背中を見送った男はむくりと立ち上がり、腫れているその頰をさすった。
「殴られるのって、結構痛かったんだっけな……」
男が頰から手を離すとそれは既に引っ込んでおり、頭に出来た大きな傷もまるで逆再生でもしているかのような驚異的なスピードで癒えて行った。
男は右手にマグマレッドの刀身をした剣───【亜空聖剣デュランダリア】を権限させると、その真紅の刀身に触れた。
「……効果が切れるまで、あとどれくらいかな。効果が切れるまで、出来るだけ傷を負っておかないと」
【国殺し】の勇者ハク。人は彼をそう呼ぶ。
皮膚は魔物の革よりも硬く、骨は鋼鉄のよう。
魔力を自由に操り、覇気、闘気、幾千の型や法を習得している彼がそこらのゴロツキにボコボコにされているのには、ある訳があった。
◇
一閃。
最強の竜種と言われたドラゴンがこと切れる。
「ひい!ワシの、ワシのデルタドラゴン!」
「……で?おっさん、言い訳はあるの?あんたはお客人に、ドラゴンをけしかけたわけだけど」
「ば、ば、ば、ばけものぉぉぉぉぉぉおおおおおお!」
悪徳領主の屋敷、その地下室で肥満気味の中年男性の声が響く。
そろそろお金が無くなってきたハクは国の依頼もあって悪徳領主の屋敷に忍び込み、証拠を突きつけて金をぶんどろうとしていた。
ハクがあの【国殺し】だと知らない領主はゴーレム、巨人の魔物、ドラゴンと次々に魔物をけしかけるが、それも全て、マグマレッドに輝く聖剣の血錆となった。
「金庫はどこだ?」
冷徹な表情で告げるハクに、領主は金庫の存在を思い出してほくそ笑む。
そのまま駆け出して大きな金庫の鍵を開けると、自身が中に入ってその鍵を内側から閉めた。
「それが金庫か?」
『はっはっは。いくら剣が強かろうと、この金庫は開けれれまい!純オリハルコンを使った、かの【国殺し】でも破壊不能な───』
爆音。
オリハルコンの金庫の扉は既に原型を留めない形で地に落ちた。
オリハルコンのカケラを拾いながらハクは呟く。
「不名誉な俺の名前を勝手に使うんじゃねえよ───これくらい造作もねえっての」
「ひ、ひい」
「で?ほかには?俺への対抗策はないのか?」
オリハルコンを紐で結びながら、ハクは尋ねる。
しっかりお持ち帰りする気である。
領主は脂汗を流しまくった末に、一本の小瓶を取り出した。
「喰らえ!」
「ん」
毒であろうと酸であろうと回復する速度の方が早いハクはなんら抵抗する事なく液体をその身に受ける。
ガラス片が舞い散り、ハクの肌を切り裂く。
「っ?」
「ふふふ……受けた!受けたな!?」
目を回しながら笑う領主。
デュランダリアの【
「それはな!弱体化のポーションだ!ドラゴンを昏睡させ、衰弱死させた一品!これさえあれば、ただの冒険者など……」
「…………」
「…………など…………?」
「…………」
「きっ、貴様!なぜ生きている!?ドラゴンだぞ!?ドラゴンを昏睡させるんだぞ!?」
「あいにく混ぜ物には慣れてるんでな」
実際のところ、フィリアの血液や薬は関係なく本人の膂力によるものだが、それを知ることもなくハクはデュランダリアを片手に領主に歩み寄る。
そのまま胸ぐらを掴み、厭らしい顔で笑った。
「勇者に初めて傷をつけたんだ。誇っていいぜ?」
領主を投げ飛ばして、【収納袋】と呼ばれる容量無限の万能具に金銀財宝オリハルコンを詰め込み笑いハク。
彼は足元のガラス片を拾って自らの肌を斬りつけると、流れる血を見て言った。
「これが痛み……懐かしい感覚だ。……はははっ!!これが痛みか!これが!礼を言うぞ、領主様!ハハハハハッ!!」
◇
「お帰りなさいハク。お風呂にする?ご飯にする?それとも……わ・た・し?」
「ただいまフォリア。シャワーを浴びた後にご飯、そのあとにフィリアだ。なぜ新築で防犯完璧の家にあっさりと不法侵入しているのかを問い正そう」
エプロンをしてちゃっかりと妻の立ち位置のセリフを言い放つフィリアを軽くあしらいながら、ハクは脱衣所に向かう。
服を脱いで自分の体をチェックし、今の体なら簡単に死ねる事を再確認する。
シャワーを浴びつつ、お風呂にお湯を溜めて後で溺れてみることを決意。
「そのあとは屋根から飛び降りてみるか?……なんてな」
ハクは自嘲気味に笑うと、深く考え込むために風呂場のタイルを見つめた。
ハクの財産が無くなったのはほぼこの新しい家を建てたからである。
この文明の防犯システム完備、地下室を作り、外観自体は前のものと変わらない。
防犯システムには貴重な素材を使い、この文明にドリルなどないのでスコップで土をえぐり、元の外観の設計図を引っ張り出した。金もかかって当然である。
風呂から上がり、
案の定自らが先ほどまで着ていた服を抱え込んでいるフィリアを無視し、魔法具であるレイゾウコから取り出したお手製のフルーツ牛乳を煽る。
もちろん、さきほどフィリアが衣服を回収しに来た時にちゃっかり覗いていったのも察知済み。もはやご愛嬌である。
「……すんすん」
「汗臭いからやめとけー」
「それが良いのよ。……ッ!?」
「ほらな、言ったろ、鼻にくるだろ───」
「血の匂いがする。ハクの匂い。なぜか消えているけれど……微分子レベルで嗅げば確かに血の匂いがするわ」
現在フィリアは何を目指しているのだろうか。
わざわざ『
がしかし、今この場でポーションの事を言ったらフィリアは教会に行って浄化魔法を覚えて来かねない。秘密にして置くことにした。
……『神父を呼んで来かねない』ではなく『覚えて来かねない』と言っている辺り、ハクもだいぶ毒されてきている。
「えーと……そりゃ、昔ついたものじゃないのか?」
「それは違うわ。あなたの服は毎日チェックしてるもの。他の女の匂いがしたら毎日嫌がらせにいってるわ」
「ソレ八百屋のおばちゃんも含まれてんのか。いたずらが多発して迷惑してるらしいからやめとけ」
「……。とにかく、今日の服は一週間前は血の匂いなんてしなかったの。だから、この匂いの鮮度を考えると……」
鮮度。匂いに鮮度という単語が組み合わさる日が来るとは。
「
「ヘーソウナンダー」
「だから、その期間。ハクは転んだりしても地面の方が割れるから些細なことで血が出るはずがないわ。血が出たことに心当たりは?」
「ゼンゼンオボエニナイナー」
「……そう。わかったわ。この謎は私が解明しておくわね」
「オー。……フィリア、ご飯くれ」
「わかったわ」
フィリアがとてとてと向かったキッチンからコンソメスープが出される。
受け取り、スプーンですくって一口。
ハクはその場で倒れた。
◇
その後、ハクは医者の治療を受け、『強力な精力剤を盛られてますね。多分脳が精力剤の力に耐えられなかったのでしょう』という言葉にそっぽを向くフィリアを睨みつけ、気絶している間にポーションの効果も切れた。
採血のときに注射針が表皮に刺さらずに折れ、仕方なく
その後、ハクはフィリアに一部始終を吐かされ、フィリアが住んでいる国では国一番のゴロツキが借りてきた猫のように大人しくなった。
ゴロツキはこう語る。
『喧嘩ですか?そんなくだらない争いもうしませんよ。真っ当に働けば、女騎士に殺されかける危険もないですしね』