厳かな音楽が流れる。
トーナメント形式で選ばれた女性と手を合わせつつ、ハクは「参ったな」と舌を巻いた。
だってこの試練───勝ち負けがわからない。
以前行われた『殴り合い』やら『サバイバル』とかならまだしも、今回はダンス。
「あの女神め、急に芸術に目覚めるなんて……」
「ふふっ。たしかにそうね?どうして今回はダンスなのかしら」
薄緑色の長髪の女性がハクの目の前で微笑む。
彼女の名をドリィド。いたって普通のモブキャラなのだが……。
「ジー……」
「じぃぃぃい……」
「ッ?」
絡みつくねっとりとした二つの視線にさらされ、彼女の頰は先程から引きつって仕方がなかった。
「ねえイヴさん。さっきから足踏んでるんだけど」
「シラナイワカンナイ」
「ええ……痛……」
一つ。嫉妬心から来る怨嗟。
「あの、フィリアたん?そろそろこっち向いてくれないかな?」
「ジー……」
「フィリアたん……」
一つ。『殺す』という純粋な意思。
「……!…………!」
「なんかありました?」
「えっ!?ええ、なんでもないわ、なんでも」
ドリィドは必死に取り繕う。
この純朴そうな青年がこの視線にさらされたら、何が起こるかわからない!
なお、ハクはとっくに気づいている。
自分と目が合った瞬間に華やかな女子の雰囲気に戻ることも、既に五回は見ていた。
相手は自分を見ているのだからそっちを見れば目が合うのは当然なのだが、少し反応が遅れて【殺気➡︎乙女】となる瞬間を目の当たりにしているせいでハクのSAN値はじわりじわりと削られていくのだった。
そんなこともつゆ知らず、ドリィドは頑張って踊る。
殺気どーん。冷や汗ばーん。
かつてオリハルコンのゴーレムと戦った時でもここまでプレッシャーは感じなかったと、後にドリィドは日記に書いたと言う。
「この無意味な闘い……早めに終わらせよう」
「そそそそそそうね!早いところ優勝してしまいましょう」
そもそも勝利の判定が神任せであるこの大会で優勝を狙うもヘチマもないのだが、SAN値をすり減らしている勇者と一緒に殺気に当てられているエルフは正常な判断ができない。
結果的に2人とも勝ち、女神の気まぐれ選抜権を獲得したのだが……その後、エルフは出されたお茶を飲むのが怖くなったという。
もちろん2人は毒など盛らない。
他でもないハクが、それを望んでいないからである。
そもそも、教養のある騎士や魔王の娘が、毒など盛ろうという思考になるはずも───
「フィリアちゃん」
「ええ。例の物は持っていて?」
「ちゃんと持ってきてるよ、何かがあったときの魔王領の毒草───」
「「ハッ!?私は何を!?」」
───あった。
どこで何が悪影響を及ぼしたのか、毒薬をお茶に入れた時点でなんとか踏みとどまった。
……否、踏みとどまっていない、アウトである。
「2人ともおつかれー」
「あっハク」
「お、お疲れ様……」
「お疲れ様。……ん、それ何?」
ハクの視線の先には、つい先ほど毒薬を混ぜたお茶の入ったコップが。
「い、いやこれはその……お茶なんだけど、ちょっと淹れるの失敗しちゃって……」
「は、ハクのは私が淹れるわ……」
「いや別にそれでも良いよ。ってか失敗したのでもいいから飲みたい。喉乾いた。ちょーだい」
そしてフィリアの持つコップに手を伸ばし、それをもぎ取るハク。
ハクという時点で断れないのに勇者のパワーを使われて抵抗できるはずもなく、フィリアはコップを渡してしまう。
その中の人を殺せる液体が今、ハクの喉を通る。
「「あっ……」」
「……っぷあーっ!うんまー!」
「「………………あれ?」」
「やっぱ運動の後はお茶だよなあ……!ん?お?お?」
毒入りのお茶を飲み干したハクの体がピクピクと痙攣し始める。
もちろん、ハクに苦しそうな様子はないのだが……こうしてハクの体が震えてきた以上、フィリアとイヴの心拍数が格段に上がった。
「あ れ コ レ 毒 入 っ て ね ?」
「「……ッ!!!!」」
心臓の作り出す圧力で鉄が潰せそうなほどドキドキしている2人はその核心を突かれて心臓を抑える。
「あぶな!俺だったから弱い毒効かないけど、フィリア達はそうはいかないかもしれないんだから。これからはちゃんと注意してよ」
「えっ……あ、はい……わかったわ……」
「き、気をつけるよ……」
そうして去っていくハクの背中を眺めながら。
「イヴ、あの毒の効力は……?」
「液体に溶かしたら一滴で象殺せるくらい……」
「それを、ハクは飲んだのよね?」
「うん、飲んでた……」
ヒロイン2人は、呆然としていた。