さっそく来ましたね、バレンタインイベ!!また園子ズが企んでますねぇ…良いぞもっとやれ。私はカオス(尊い)が見たい。
そしてバレンタインとはつまり、ジン=キサラギの誕生日!昨日だったけどおめでとうございます!尚、それによってラグナはチョコを貰う暇が無い模様。
さて、今回は千景の戦いの後日談にして新たな日常の始まり。勇者たちを待ち受けているものは?それではどうぞ。
窓から入って来る朝の光がラグナの瞼を擽る。朝が苦手なラグナにとっては少し辛いが、そろそろ起きねば生活を始めることが出来ない。
「あ~…眠ぃ~…」
布団から転がり出て顔を洗い、食べ物のある台所に着いた。いつもなら適当にパンでも食って済ませていたが、後のことを考えると何か簡単なものでも作った方が良いだろう。
「そういや巫女はよく朝に魚とか卵を焼いてたな…」
弟の刃が肉料理が苦手だったこともあって、基本的に子どもの頃のラグナの朝のおかずは魚か卵料理だった。偶にウィンナーなどのソーセージを用意してくれることはあったが、どうしてかこれだけは刃でも食べられた。
一度だけ残った一つを賭けて喧嘩したことがあったが、その時に刃がやたらとウィンナーの良さについて三十分近くぶっ通しで語ったため、ラグナが折れて譲ったことがあった。
「とにかく何か作るか」
卵を二つ割って目玉焼きを作り、食パンをオーブンの中に突っ込んで焼いている内に誰かが居間に入ってきた。起きた時に手入れしたからなのか、流れるような黒髪が輝いている。
「おはよう…」
「おう。丁度メシが出来たところだ」
「そう…なら持っていくの手伝うわ」
「サンキュー」
オーブンからカチンと音が鳴ると他の物と一緒にテーブルの方へ運んでいく。二人は向き合いながらラグナが作った食事を食べていた。
何気ない朝の食事。しかし言葉を一つも交わさない二人の間には少し微妙な空気が流れていた。別に嫌悪感とか険悪感があるわけではない。唯この状況でどうすれば良いのかが分からず、緊張しているだけだ。
食べ終えてある程度落ち着くと、第一声を口にしたのは少女の方だった。
「……ねえ」
「…何だ、チカゲ?」
「その…良い朝…ね?」
「…そうだな」
少女、郡千景の言葉にラグナはぎこちなくそう返事するしかなかった。
*
事の経緯を説明しよう。あの後壮絶な戦いの後、ラグナたちは体調観察のために千景を病院へ連れていくことが出来た。
彼女が眠り、治療を受けている間に言い渡された処分は結果として破損した武器と勇者システムの一時的剥奪、そして謹慎であった。
その時に尽力してくれたのがレイチェルである。初めこそ千景は両親の元で過ごすことになっていたが、事前にひなたとヴァルケンハインが纏めた彼女の両親についての書類を提出して話し合った結果、千景はレイチェルの管轄に置かれることになった。
大社も初めこそレイチェルの案を突っぱねようとしたが、それを見越して彼女が話し合いの場を設け、そのまま大社の上層部と論戦になった。少し危うい場面もあったが、そこはひなたもアシストしてくれたおかげで何とか乗り切ることが出来た。
実は大社がしつこく問題にしていたのがどこで、それも一人の少女がどうやって生活するのかについてだった。この時に注目されたのが、神樹が先日、漸く浄化し終えた土地である。
それは黒き獣の亡骸が眠っている土地だった。浄化されたとはいえ、この場所と周辺は今でも人々から恐れられ、誰も住んでいないようだ。大社や勇者に対する不信が原因なのだろう。
だが逆に言えばこの土地は殆どフリーだ。特に黒き獣を慰めるために大社が建てた『神社』の管理は誰もしていないので、人が寧ろ必要な状況だった。
そこでレイチェルはここに住居も建ててそこで生活させたらどうだと言った。当然これには大社も糾弾した。あんな怪物がいる場所に暴走した勇者など置けないと言ったのだ。
その時にひなたから言及されたのが、千景の力を身に着けるまでの鍛錬期間と心身の回復だった。
直接視察したひなたによると、あの土地では地下にいる黒き獣の活動を押さえるのに神樹が多くの力を注ぎ込んでいるため、御神木のある大社本庁には劣るものの、四国の中でもかなり清らかな土地であり、疲労した千景の心身を癒すのに最適なのだという。
更にレイチェルが言うにこれからの敵の襲来を考慮しても、千景に自身の力を制御出来るようになった方が大社にとっても、千景自身にとっても益が大きいとのことだ。
そのためには当然力の使い方を教える人間が必要なのだが、その時に白羽の矢が立ったのが似た力を持つラグナだったわけだ。これに関しては大社は文句がなかった。
実は大社の中には黒き獣と酷似した未知の力を持つ彼に少なからず恐れを抱いている者がおり、この機に彼を監察しようと言う。
不愉快だったが、相手が彼と千景を同じ環境に置くことを否定しないので敢えて深く突っ込まなかった。そして引っ越す前日にそれをラグナに伝えた結果
「ラグナ。貴方、明日から千景と二人で生活することになるから」
「はぁッ!!!?」
いつぞやの讃州中学への転校とほぼ同じリアクションを取ってしまうことになった。一応任された以上は責任を持って鍛えるつもりではあったが、生活環境まで一緒になることには抵抗があった。
「いやいやいや、流石に不味いだろウサギ!!? アイツはまだ中学生? 高校生? どっちで言えば良いんだ? とにかく、子どもだろうが!!」
「だから貴方が一緒に生活する必要があるのよ。私にはもう一つ、解決しないといけない問題があるから、常に傍にいることは出来ないわ」
「…何かあったのかよ?」
「千景のご両親…というより父親の方は知っているかしら?私も一度会ったけれど、みっともない癇癪持ちの』
「…あのクソガキか」
ソウルイーターによってなのか、
「そう。一応私の方から挨拶して娘を私が預かると言ったのだけれど、憎たらしいほど嬉しそうな顔をしながら快諾したわ」
「チッ…まぁ、面倒事にならなかったって考えれば良いか」
「そんな訳ないでしょう」
呆れた様子でレイチェルが首を横に振りながら言った。
「今はまだ勇者として大社の管轄に置かれているけれど、それがなかったら彼女はどこで生きていくことになると思うの?」
「…そのオヤジって奴の家か?」
「そういうこと。それに彼女たちの戦いだって…結果はどうあれ、いずれ終わりは来るわ。その時にあの娘はどこへ帰ることになると思う?」
そこへ来てラグナは理解した。つまりこの戦いが終われば、必然的に千景はあの家で生きることになる。流石にここで出会った仲間たちとは会えると思うが、それでもあの家にいては彼女にとっても良いことはないだろう。
「じゃあ何だ? アイツを引き取ろうってのか?」
「そんなところよ。でも、彼女には自分の力で生きる術を身に付けないといけないわ。自分でやれることをやれば私が居なくてもあの家に縛られることはないし、何よりそれが彼女の自信に繋がるもの。私は基本的には彼女自身の未来の生活に干渉するつもりはないわ」
「…何か察してきたんだけど…」
「そういうことよ。貴方は一人での暮らしが長いでしょう? 戦う術のついでに自活するための技術も教えたらどうかしら?」
「それで同じ場所で生活しろってか?」
「その方が一々彼女のところへ歩いていくよりもやりやすいでしょう?」
それを言われたら自分でも断り辛くなった。実際自分は獣兵衛たちに自立するのに問題のない技術を教わったし、そのおかげで外の世界で実に3年近く旅することが出来たんだ。教えて損することなんてどこにもない。
(それにまあ…チカゲの自信に繋がるなら…)
彼女に足りないのは精神的な力だけでそれ以外は基本的に物覚えが速い。元々はかなりスペックが高いのだろう。それらのことを考えても何も間違っていない。
「…分かったよ。でもチカゲにもこのこと言っとけよ」
「任せて」
その後、レイチェルはきちんと病院で休養をしていた千景にこのことを報告した。当然千景も同年代の男と同じ環境で生活することに若干不安を示したが、レイチェルが説得した。
「あの男、料理が出来るから友奈に振る舞えるものを教わったらどうかしら?」
それにあの男に自分が想像するようなことをやる度胸はないとも言った。普段からあれだけ女子に囲まれているのにそれほど彼は異性を意識している様子を見せていないから、それに千景も納得した。
(それに…彼は…信頼できるから…)
時々乱暴な口調でぶっきらぼうな時もあるが、殺しかけた時も何だかんだ最後まで自分を助けようとした彼を信用することにした千景はその案を受け入れることにした。
病院にいた時に彼女は漸く仲間たちと、そして心から会いたがっていた友奈と再会することが出来た。歩けるまでに身体が回復した友奈が自分と久しぶりに会った時、それはもう大泣きしながら自分の方へ駆け寄って自分をその温かい手で包んでくれた。
「ぐんちゃん…! 本当に…本当に本物なんだよね? 夢とかそんなんじゃないよね…?」
「う、うん…た、ただいま」
「良かった…良かったよぉぉぉ!! うわーーーーん!!!」
「ごめんなさい、心配を掛けてしまって…」
「良いんだよ…こうして戻ってこれたから…でも…本当に良かった…!! またこうして話せて、良かった…!!」
「…うん…うんッ!!!」
そう何度も言いながら強く抱きしめてくれた友奈に千景ももらい泣きして抱き返した。その様子を他の勇者たちは微笑ましそうに見ていた。
その後、退院したらラグナと生活することになることを報告するとそれほど大騒ぎにはならなかった。少し不思議に思った千景はその訳を聞いてみたが、話によると他の勇者たちは既にひなたから話を聞いていたらしい。
勿論若い男女が共同生活して大丈夫かと若葉のように心配する者もいれば、話を聞いて荒波のように身体をくねらせてヒャッハーする杏もいたが、最終的に全員が出した答えは『ラグナは何だかんだ面倒見が良いし、信頼できるから大丈夫』だった。
この時ばかりは千景も本当に彼の評価が『
因みに謹慎期間中でも食材の補充などのために大社に属している巫女たちが来るのだそうだ。当然その中にはひなたや水都も含まれている。
それならば何も心配することはないだろう。勇者たちは安心して二人を送り出すことが出来た。
数日して千景の体調などが少し良くなり、退院が可能になるとラグナと共にレイチェルと大社に連れられて謹慎先となる場所へ行った。
千景は黒き獣を封じてある場所として多少心配があったが、その場所へ進むにつれてラグナは不安よりも懐かしさを思い出し始めていた。
件の『神社』に着くとラグナは驚く。そこにあった社は正に子供の頃から見慣れたものだった。そしてその横にあった一軒家もまた見覚えが、いやここまで来るとはっきり理解出来た。
(…もう長い間来てなかったけど…この時代からあったんだな)
あの神社だった。ラグナがこの世界に来て、この世界の芹佳に引き取られてから少年時代を過ごした場所だ。
大社の神官が言うに社は主に自分たちの方で建立したが、その時や住宅などの建設に獣人たちや四国の外から来たらしい大工などが協力してくれたそうだ。
「それでは私はこれで」
「ああ」
そう言って神官は立ち去って行った。残されたラグナたちは一軒家の中を見る。生活に必要な最低限の家具は揃えてあったため、生活で困ることはなさそうだ。
夕食を食べ、二人の荷物を整理し終えると後のことを任せると言ってレイチェルが去った。ラグナたちもそれぞれの部屋に戻って寝た。
*
そして時は現在に至る。確かに丸亀城にいた頃も朝の食堂で顔を合わせることはあったが、今は生活を共にしている状態。両者にとって初めての経験にどうすれば良いのか分からず、会話の話題に困っていた。
こういうことはコミュ力モンスターの友奈が得意なのだろうが、残念ながらそんな器用なことはこの二人には出来ない。とにかく話せばとラグナが話を切りだした。
「…美味かったか?」
「うん…」
「そうか…」
「いつも作ってるの?」
「一人でいたのが長かったからな」
「そう…」
『……』
また会話が途切れた。本当にどうすれば良いんだ。
「…仕方ねえ」
そう言ってラグナは立ち上がる。それに千景も反応した。
「どこへ行くの…?」
「少しこの辺を見て回る。一応訓練する場所があるか見ねえと」
「そう…なら行くときは気を付けて」
「俺なら一人でも大丈夫だって。お前は病院から出たばっかりだし、今日はゆっくりしろよ」
「…分かったわ」
そう言って彼女を気遣ってラグナは外に出る準備をする。洗い物を済ませ、いつもの赤コートに着替え、玄関に向かおうとした。
その時に寂しそうにしている千景の顔を思い返した。千景は今謹慎の身だ。基本的に外に出ることは許されていない。そもそも昨日ここへ移動したばかりで疲れているだろう。趣味のゲームをやっているなら問題ないはずだ。
別に街へ出かけるわけではない。神社や家の庭と畑があった場所、そして出来るなら林の中も探索するつもりだ。だが自分の言葉に返事した千景が不安そうにしていたのが脳裏に浮かんでしまった。
ラグナは少し考え込んだ後、居間の方へ戻る。そこでは据え置きゲーム機をテレビに繋げ始めている千景がいた。
「…チカゲ」
「どうしたの?」
「外に出る支度をしてくれ。一緒に行くぞ」
「でも、さっきは一人で行くって…」
「…気が変わった。まあなんだ…一応お前も見た方が良いだろうからな。嫌なら来なくても構わねえ」
仮に大社の誰かが来て文句を言うなら、居住地の見回りとでも言い張れば良い。事実には間違いないからだ。
「…ううん。行くわ」
それを聞いて千景も外に出るための私服に着替える。玄関から出てラグナは社の方を見る。子どもの頃に見たものに比べれば流石に真新しいが、それでもあの時代のものとそれほど変わりはない。
そして少し離れた場所には日に当たりやすい、広い空き地のような場所があった。未来ではここに畑があったのだが、今はないようだ。
「…取り敢えずあの様子なら社と畑は後で良いな…じゃあ次は庭の方を見るか」
「庭?」
「俺がガキの頃にあってな…そいつの奥には林があるんだ」
ぐるんと家を一周りして家の裏へ行くと、そこには広場があった。ここへは居間の端にある掃き出し窓からでも来れるが、今回は他の場所も見回りたいので玄関から出た。
そしてラグナの言う通り、山のある方角には林があった。この場所もラグナにとっては思い出深いもので、弟妹たちとはよく遊んでいた場所であると同時に、二人が居なくなった後は中学に入るまでは十兵衛と修行した場所でもある。
「あそこに入って大丈夫なの?」
「まあな。あの頃と同じって訳には行かねぇだろうけど、危険なモンはねぇ筈だ」
「…じゃあ、行ってみましょう」
そう言って千景もラグナと共に森の中へ入る。流石神樹の力が満ちた場所なだけあって、かなり空気が澄んでいる。肺が洗浄されている気分だ。
「ここでどんなことをしていたの?」
「大体は昼寝していたが、他にも色んなことしてたな。虫も捕ったし、隠れん坊もやった。時々巫女に連れられて木苺を採りに行くこともあったな」
「そんなものも生えているの?」
「ああ。しかも結構いけるんだ、これが…ん?」
噂をすれば何とやら。暫く林の中を歩いていると確かに野生の木苺があった。
「やっぱこの辺りにあったか。案外忘れてねえモンだな」
「…未来ではもうここに来てないの?」
「…まあな。戦い続きでここには来られなくてな」
「…そう」
それを聞いて千景は少しやってしまったと感じていた。考えればラグナは中学に入ってから長い間、この土地から離れる必要があった。こうして懐かしんでいるのはきっと自分が平和だった思い出を思い出してしまったからだろう。
気を悪くして落ち込んでいるのかと心配になる千景だったが、それを余所にラグナは木苺を何個か摘み採って千景にも分けた。
「え…?」
「ったく、ンな難しいツラすんなよ。それよりコイツを食ってみてくれ。美味ぇぞ」
「え、ええ…あ、本当だ。美味しい…」
野生の果実を食べて大丈夫なのかと心配になったが、どうやら心配はなさそうだ。少し酸っぱいが、同時に甘い。要はかなり美味い。
「…何個か持って帰ったらどうかしら?」
「良いぜ。小せぇが、ちょうど袋があるしな」
そう言って二人は何個か木苺を採り、家へと戻った。一度家に戻って木苺を保存すると、再びラグナは庭に出る。
「…良し。ここで良いか」
「何をするの?」
「術式の訓練をな。一応、俺もまだ魔道書を制御し切れてねぇからやるつもりだ。お前はどうする?」
「…今日はここで見ているわ」
「分かった」
そうしてラグナは術式の訓練に取り組み、その様子を掃き出し窓の手前にある足場に座りながら千景は見守っていた。一度昼食休憩に入ってからまたラグナも適当な肉野菜炒めを作って、また訓練に戻った。
六月が終わって七月に入ったことで陽射しも強くなり、ラグナの額にも汗が浮かぶ。体力に自信のある彼でも少し厳しいようだ。それを見て、千景が彼にペットボトルを渡した。
「…これ」
「うん? ああ、水か。ありがとな」
「…細目に水分を取らないと倒れるわよ」
「分かった」
そう言ってラグナは訓練に戻り、それを千景は見守り続ける。その間、二人の間に会話はない。しかしこうしてお互いに無理して話さず、静かに時間が過ぎていくこの状況が心地よかった。
作業は陽が沈むまで続き、空が暗くなり始める頃には昆虫の鳴き声が聞こえ始めてきた。ここまでにしておくかとラグナが訓練を終わらせると、中では千景がやかんでお湯を茹でていた。
「おかえり…」
「おう。うん?晩飯を作ってくれてんのか?」
「今日は私…殆ど何もやっていないから…」
「今日はそもそも休む日だから良いんだよ。ところで何を作ったんだ?」
「うどん…具はそんなに大したものじゃないけど…」
千景に自炊の経験がそれほど多くはない。そのため、麺を茹でるなどの単純なことは出来るが、包丁を使ったり、肉を自分で焼いたりしたことがないため、それらの工程のいる料理は作らなかった。
(不味いものを作っても…嫌がられるだけだし…)
そう考えた千景だが、ラグナは冷蔵庫から肉を取り出し、フライパンをガスコンロに置いて油を敷き始めた。やっぱりがっかりされたのだろうかと心配になった千景だが、ラグナの口から出てきたのは意外な言葉だった。
「来いよチカゲ。肉の焼き方ぐらいなら教えてやる」
「…分かった」
そして千景はラグナと一緒に肉を焼いていた。少し大雑把なやり方ではあったが、千景も彼の作業を見ながら覚えていった。
後は長ネギを少し切って保存すると食事をテーブルの方へ持っていく。それと焼いた肉をうどんの上にぶっかけ、二人は夕食を始めた。
「どうだ?」
「…美味しい」
「そうか」
「貴方は?」
「美味いぞ」
「そう…」
今日一日の食事、家で作られたものなんて久しぶりに食べた千景から見れば全て美味しいものだった。少しずつ腹も心も膨れて行った。
夜が更けたこともあり、風呂に入り終えて歯を磨いたラグナは何をするか考えた。普段は夜になれば自主訓練かさっさと寝ているところだが、折角ここへ帰ってきたんだ。もう暫く起きていよう。
「ねえ」
「どうした?」
「これをやらない?」
髪の手入れを終わらせていた千景が手に持っていたのはゲームのコントローラだった。そう言えばこれをやるのも久しぶりに感じる。
「ああ、良いぜ。前はボコボコにされたが、今度は勝ってやる!」
「残念だけど、これに関してはそう簡単には負けられないわ」
そうしてラグナと千景はテレビの前に並び、早速プレイを始めた。内容はリアルな車が出るレースゲームやグミのようなブロックを消すパズルゲームと多岐に渡ったが、どれにおいてもやはり千景が勝ちまくっていた。
しかしどれにおいてもラグナも結構良いところまで行った。何度も自分に喰らいついてくる彼に千景も油断はできない。二人は対戦をやり続けていると、千景が話しかけた。
「ねえ」
「何だ?そろそろ別のゲームをやるか?」
「それもあるけど…迷惑じゃなかったら…これからも料理、教えてくれる?」
「ああ。じゃあ明日の昼にでもそうするか」
「うん…ありがとう」
笑いながらそう言ったラグナの言葉に千景も嬉しそうにする。せっかくだから次に友奈と逢った時にああいった料理を振る舞いたい。
「じゃあ…暑いし、こういうのもやりましょう」
「おう、どんな奴でも掛かってこい!」
「うん。でもこれ、対戦じゃないんだけど…」
千景が始めたゲームは以前からやりたかったけど、これまでの戦いで忙しかったり、ちょっと一人でやるには勇気のいるものだったから今までやらなかったものだ。
友奈も恐らくは好きではないものだから彼女のいる時はやらなかったけど、ラグナなら平気だろうと踏んで思い切ってプレイを決行したのである。
「そうだったのか…何か訳でもあるのか?」
「ちょっと怖いゲームだから…でも貴方とならまだ大丈夫かなって」
「なんだ、そんなことかよ。それくらいなら構わねえよ」
そう聞いて千景はスタートボタンを押し、ゲーム機を起動させるとそこに映っていたのは黒い画面からの砂嵐。徐々に不気味な音楽と一緒にタイトルが浮かび上がってきた。
変な呻き声や子どもの叫び声が聞こえたりとどう考えても穏やかではない内容である。千景は少し驚いたけど、それだけだった。
「やっぱり噂通りね…これ、ちょっと有名なゲームなんだけど…って大丈夫なの?」
「ななななななななな何だだっててててて?」
横を見るとそこには顔面蒼白になったラグナがいた。その表情からはいつもの力強さがない。どうあがいても、絶望、と言わんばかりの顔付きだった。
(これってちょっとの範囲だっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!?)
何を隠そう、ラグナは幽霊が大嫌いだ。当然それを連想させる内容のホラーもすこぶる苦手だ。そしてこのゲームは正に彼の弱点を見事に突いていたのである。
精々ゾンビをたくさん倒すゲームだと思っていたが、認識が甘かった。冷や汗でぐっしょりになっているラグナを心配して千景は問いかけた。
「…怖いなら、やめるけど」
「こここ怖くねえし!!全ッ然平気だし!!」
「無理しなくても大丈夫よ?」
「だ、大丈夫だって!問題ねえから!!寧ろドンと来いや!!」
明らかに目が泳いでいる彼だが、大丈夫だと必死に虚勢を張る。そこまで言うならと千景はゲームを進めていくが、そこからは二人の絶望の始まりだった。
音が全くしないところから突然不気味な音が立ったり、いきなり撃たれたり、急に視線が割り込まれたりとあらゆる手段で二人を恐怖のどん底へ突き落していく。
耐性のないラグナは勿論、こういったゲームを多少ながらやったことがある千景でも悲鳴を上げることがあり、ゲームの難易度以前にホラーのせいで阿鼻叫喚の地獄だった。
やっと切りの良いところで終わる頃には二人揃ってぐったりしていた。いくら勇者と死神でもホラーは怖かった。
「…あのゲームは今度、一人でやるわ…」
「大丈夫、なのかよ…?」
「……多分…」
「俺はちょっと、遠慮するぜ…」
「何というか…ごめんなさい…」
「気にすんな…俺が甘かっただけだ…」
まあそんなやり取りはあったが、何だかんだで楽しい時間だった。二人は互いの部屋に戻った。明日から千景の力を扱う訓練は本格的に始まる。勇者たちの新たな日常は始まったばかりだ。
兄さぁぁぁぁぁぁぁぁん”!!!(デフォ)こんなお兄ちゃんがいたらきっと千景ももっといい環境だっただろうなと思って…まあこんなことになった。
というわけで少しの間日常編はラグナたちのいる神社で展開されます。一応巫女たち経由で勇者たちも顔を見せに来ます。
次回はひなたか安芸ちゃんが来た話にしようかなって思っています。それとアンケートです。すぐにはやる予定はありませんが、ゆゆゆいの話に関してどの話が見たいかなと思って入れました。気軽に答えてもらえれば幸いです。
それでは筆者はこれから少佐と帝様から逃亡せねばならないのでさらば。