蒼の男は死神である   作:勝石

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どうも勝石です。

昨日はひなまつりでしたね。ラグナの誕生日なんだけど、女の子が主役の日が誕生日だと知ったら気にするのかな?

さて、今回の話は時期外れではありますが、バレンタインの話。正直登場人物と方針に悩んだけど最後はゆゆゆい寄りに決めました。15000文字以上ですが、どうぞ。


花結の確率事象12.激戦区、讃州中学

2月14日。それは多くの者たちが一喜一憂する注目の日、バレンタインの日である。皆が想い人へチョコを送り、その準備の際に相手を考える度に心臓が高鳴る日。

 

その伝統は讃州中学でも健在であり、校内では多くの者たちが愛を囁きながら想い人に自身の気持ちを打ち明けていた。そして丁度ここ、勇者部の部室でもそれは話題の中心にあった。

 

椅子に座って茶を飲んでいる銀髪赤コートの少年は綾月洛奈。またの名はラグナ=ザ=ブラッドエッジ。隣で青い上着を着ているのは弟である如月刃。通常であればラグナへの刃からのラブコールという名の死の宣告が讃州中の校舎に響き渡っていた。

 

実はこのバレンタインという日は如月刃の誕生日でもある。当然贈り物を用意するのが普通なのだが、刃の欲しがる誕生日プレゼントに問題があった。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁ…兄さんを殺したいぃぃ……今年こそ兄さんの命(プレゼント)を手に入れられると思ったのにぃぃ…」

「またそれかよ…毎日相手にしてんだから今日一日くらい我慢しろ。ソノコたちに言われただろ」

 

この日の特殊性が原因でラグナは一日中、弟との追いかけっこと戦いに興じなければならなかった。自分の貰うチョコがいくつかなど気にしていては自分の命がいくつあっても足りないのである。ある意味弟からすれば自分が起きている間、彼を独占出来るご褒美のような状態だ。

 

誕生日用のイベントは行っているが、ラグナの命などとても用意できないため、結局戦うことになってしまう。そんな感じなものだから二人は過去二度のバレンタインに関わることはなかった。

 

しかし、今年は違った。今回、二人がバレンタインに参加してくれないことに業を煮やした園子ズは事前にラグナたちに参加するように釘を刺したのだ。

 

当然園子たちを良く知るラグナと刃は一度拒否したが、園子曰く、沙耶と椿姫がチョコを当日に渡せなくて寂しい思いをしているらしい。しかも部の中でもとびっきりに純粋な亜耶まで二人を説得したため、ラグナたちも承諾したのであった。

 

「大体、何故特定の日に想いを伝えねばならないんだ…そんなもの、いつでも言えば良いじゃないか」

「違うんよ、ジンジン!!今日やるからこそ良いんだよ~!!」

「女の子は特別性を求めているんですよ、刃さん!!誰もが皆愛を囁いている中でその人に言うからこそ、意味があるんです!!」

「益々意味が解らんぞ…」

「タマも同感だ…」

「ジンは喧嘩を吹っ掛ける文句が違うだけで普段とやってることは変わんねぇからな…」

 

力説する園子ズと杏だが、刃と球子には残念ながら伝わらなかった。今頃学校中では勇者たちがそれぞれのチョコを手渡しているだろう。

 

「それに元気出してください〜先輩方~。今年はチョコを貰えるってことですよ~?」

「そんなものはいらないから僕は兄さんと殺し合いたいんだ」

「全くぶれませんね。分かってはいましたが…」

 

そう。後日に渡していた沙耶と椿姫はともかく、二人はこれまで終日暴れまわっていたため、一度も勇者部のメンバーからチョコを貰えていなかったのだ。というより、気を配る余裕がなかった。

 

しかし今回はそれがないため、遠慮なく渡せる。しかもついでに二人の参戦に応じてルールが一つ追加されていた。

 

勇者部の女子たちは従来の二つのチョコと同時に男子用のチョコを一つだけ用意する義務がある。突然のルール追加に驚いた者も多かったが、参加しなかった二人を考えた結果、皆もそれに賛同したのだ。

 

本来二人を監視していた若葉は今、彼女にチョコを渡しに来た者たちを対応していた。そのため、今二人の監視はラグナと刃に一任されている。

 

「ところでラッくん先輩にジンジン先輩~。チョコは何個貰いましたか~?」

「…貴様からの一個だ。椿姫は今友達と交換しているらしいからな」

「俺はデカイ方のソノコとヒナタにワカバ、後はタマコにウサギからだな」

「何!!?あの道化、いつの間に!!?」

「毎年朝イチに転移してきて市販物を渡して来んだよ。そんで礼を言ったら去って行きやがんだ」

 

ラグナと刃のやり取りを知っているレイチェルは毎年、義理で市販の板チョコをラグナに手渡してくれている。正直安全に渡せるのはこの時間帯しかないため、当然と言えば当然である。それが終わったらいつもと同じレイチェル=アルカードに戻る。

 

「あのレイチェンが!!?何それ聞いてないよ!!!どうして今まで言わなかったのラッくん!!?」

「そう言うのが目に見えてるからに決まってんだろうが!!!偶にはそっとしてやれ、ったくよ」

「毎年一番乗りだなんてやっぱり愛以外の何ものでもありませんよ、ラグナさん!!」

「テメェの言ってるそれは愛は愛でも恋愛のことだろうが!!」

 

因みにホワイトデーではラグナも市販のクッキーを手渡すことで済ませている。渡す時にドラマも何もない、お互い素っ気ないものだが、二人はそれで十分なのだ。

 

「よーしあんず、そこまでだぁ。それよりお前はもうチョコを渡したのか?」

「あ、そうだった。ちょっと興奮して忘れてしまったけどそういえばまだ渡してなかったね」

 

思い出したように杏がバッグからチョコを取り出し、ラグナに手渡してきた。

 

「ラグナさん、いつもありがとうございます。どこの世界にいても、貴方の背中は私たちを勇気づけてくれました。でもあまり無理はし過ぎないでくださいね」

「…心配しすぎだっての。でもありがとな」

 

チョコを受け取ったラグナは早速杏からのチョコを口にすると、満足そうに食べた。

 

「お、コイツは美味ぇな!」

「ありがとうございます」

「え~、もうちょっとドラマチックにやってよ~」

「無茶ぶりを吹っ掛けんじゃねぇ。普通で良いんだよ、普通で」

「そうだぞ。変に男だ女だ考えてたらこんがらがってややこしくなるだけだ」

 

割とサラッと渡されたが、この方がラグナにとって気が楽だから良いのだ。外の方の音が鎮まり始まると部室の扉が開く。須美と銀の小学生組と中学生の銀だ。

 

「ヤッホー園子~。元気にしてるか~?」

「あ、ミノさ~ん。私なら元気だよ~」

「ラグナたちも元気そうだな」

「ああ。今のところ、特に問題ねぇぞ」

「皆はどうしてここへ来たんだ?」

「いえ。チョコを渡すために来たのですが、見つけられて良かったです」

 

須美と小銀が男子たちの方へ近づくと一つの袋を取り出して刃に手渡した。

 

「刃さんにこの猪口令糖を渡そうと思いまして。いつも助けられている御礼です」

「アタシからも!頼りにしてるますよ、刃さん!」

「…それは僕に限ったことではないだろう。そこまでのことを言われる覚えはない」

 

こうは言っているが、実際刃は幼い頃の戦友たちに何だかんだ気を掛けてくれている。冷たい言葉が目立つこともあるが、そう言うところはやはりラグナの弟だ。

 

「ったく、テメェも素直じゃねぇな。礼を贈ってくれてんだから受け取ってやれよ」

「…確かに受け取った。感謝するぞ、鷲尾須美、三ノ輪銀」

「ありがとうございます」

「固くなるなって。アタシたち、友達だろ?」

「…そうだな」

 

素っ気なくそう言ったが、チョコを貰って刃も悪い気はしていなかった。小銀は笑い、須美もそんな刃を見て胸を撫で下ろした。

 

「ふぉぉぉぉ!!これは…幼い頃から続く絆という名の愛!!椿姫ちゃんとはまた違った関係で生まれた愛です!!」

「喧しいぞ、伊予島杏。勝手な妄言を吐くな」

「あれ~?お二人さ~ん?どうしてラッくんじゃなくてジンジンに渡したのかな~?」

「私は出来れば二人にお渡ししたかったのですが、事前に東郷さんに相談した結果、二人で二人に渡せばいいのではということになりまして」

「な~んだ。じゃあ私と同じか~」

「じゃあわっしー先輩やミノさん先輩たちはラッくん先輩に渡す予定なんだね~」

「確かに僕ら二人に渡すという条件を考えれば妥当だな」

 

比較的冷静な刃に杏や球子は少し驚く。いつもの刃であればレイチェルや自分たちが渡したと聞いた時に、嫉妬で今にもユキアネサを抜き放ちそうなものだが、今日は『比較的』大人しい。

 

「もっと怒ると思っていたんですが、刃さんも大分大人の対応が出来るようになりましたね」

「ふん。園子達はいつもの調子で、鷲尾は結城の方で本命を使うだろうからな。気にするまでもない」

「じゃああんずはどうなんだよ?」

 

園子たちが渡した時もかなり大人しかったが、杏が手渡した時も微妙な顔をするだけで特にとやかくは言わなかった。

 

「……何故かは知らんが、この女はそれほど警戒しなくても問題はないだろう」

「お前のそういう基準がタマには全く分からないぞ…」

「相手にされてないってことでしょうか…」

 

逆に言えば信頼されているとも捉えられるかなと杏がポジティブシンキングを始めると中銀が少し申し訳なさそうに頭を掻いていた。

 

「あ~…それなんスけど…実はアタシ、今朝もう渡してるんですよ」

「今朝?学校で気になる奴でもいたのか?」

「いやそうじゃないッス。銀さんは父ちゃんにあげたんですよ。二人からってことで」

「ああ、赤鬼の奴か」

 

実は今朝、折角だからと銀たちは出かける前にチョコをテイガーに渡し済みである。勿論ただのチョコではない。何故なら今のテイガーは普通のチョコは食べられないのだ。

 

「いや~、カカオ100%のオイルを見つけるのは大変だった~」

「ああ、そうか!銀の父ちゃんってあのサイボーグなんだもんな!!」

「九重さんに、父ちゃんにロケットパンチを付けたらって言ったらサムズアップと採用の一言だった!」

「何だって!?そ、それじゃあ銀よ!!レーザー砲とか付けられるのか!?」

「ワンチャンありますよ、球子さん!!」

「つまり、夢の巨大勇者王ロボットも!!」

「あり得ますよ!!」

 

ロケパンは勇者の夢だの巨大レーザーはロマンだのと話が盛り上がる小銀と球子を余所に中銀は苦笑いしていた。

 

「九重さん、小学生のアタシの案を悪ノリで取り入れちゃうから時々止めないといけないんだけどな…この前なんて両肩にキャノン砲を取り付けてたし」

「だってかっこいいじゃないですか、キャノン砲!!」

「くぅ…!!理性では駄目だと分かるのに魂では共感してしまうアタシがいる…!!」

「次にお会いした時のテイガーさんは一体どんな姿で現れるのでしょう…」

 

どうやら九重は小銀からチョコの代わりにアイデアを貰ったようである。後日の戦闘でテイガーの腕がジェット推進しながらバーテックスをぶっ飛ばしている光景があったのは語るまでもない。

 

「まあ、ラグナには来年渡す予定だからその時は楽しみにしててくれ!」

「ああ。そうさせてもらうぜ、ギン」

「ヤッホー、皆!!元気にしてる?」

「あの人もいるみたいね…」

「ま、見つけられて良かったわ」

 

次に部屋に入ってきた二人は高嶋に千景、そして夏凜だった。三人もチョコを渡すためにここへ来たようだ。

 

「友奈さんたちもチョコを渡しに来たんですか?」

「うん!今年は渡す人が増えたから気合い入れて作っちゃったよ~!」

「それにしても、園子たちはまだここで監禁されているのね…」

「つっても今のところは何もねぇぞ。つーか、こいつらはこの季節になるとそんなにはっちゃけんのかよ?」

「ええ…例年通りなら学校中に隠しカメラや盗聴器を仕掛けているはずだけど…」

「園子…貴様は何をやっているんだ…」

「うぅ…だって~」

 

今回の企画は元々、園子たちが小説のネタ探しのために催したものである。それはもう周知の事実だが、勇者部の人数が膨大になってきたため、チョコ渡しのルール自体が定着してしまったのだ。

 

「でも貴方たちも大変ね。本当はチョコを貰いに行きたいだろうに」

「構わん。元よりそれほど興味はないからな」

「ま、誰だって傍観者に覗かれんのは気分悪ぃしな。気にすることねぇよ」

「そう…それならいいけど、今年の園子さんたちはやけに大人しいのが気になるわ。いつもなら脱走なり、スパイなりを使っているはずなのに今年はそんなことが全然ないから」

「喜ぶべきことだろうけど…いつもあれだけはしゃいでいる分、逆に不気味なのよね…」

「去年はもっと酷かったのかよ…」

 

実は現在も部屋に超小型隠しカメラを制服の中に仕込んでおり、現在も録画中だ。いつもなら他の手段を用いて外のイチャイチャ(じょうほう)を集めているが、今回はそんなことはしていない。

 

というのはラグナの傍にいれば勝手にハチャメチャなことが起こることを知っているからである。レイチェルにも相談した時にそう指摘されて目から鱗が落ちたものだ。正に灯台下暗しか。

 

「まあ、私たちも反省したってことさ~」

「今年は慎ましくバレンタインを楽しむことにするんよ~」

「だってよ。そんなに心配することねぇだろ」

「そうなんだ~。じゃ、これを渡しても大丈夫だね!」

 

はにかみながら高嶋はチョコの入った箱をラグナに渡してきた。

 

「はい!ハッピーバレンタイン、ラグナ!このチョコ、喜んでくれると嬉しいな!」

「ありがとな、ユーナ」

 

早速箱を開けると中には何個もの小さなチョコが入れられていた。早速一つを摘まんでパクリと食べる。

 

「お!こいつは食いやすいな!」

「エヘヘ。今年から初めて男子が参加することになったから、好きな時に食べられるチョコを作ったの!これなら一個が小さいから食べる量さえ注意すれば他の人のチョコも食べられるよ!」

「何言ってんだよ。全部ちゃんと食うに決まってんだろ?」

「アハハ、そう言って貰えただけでも作り甲斐があったよ!」

 

楽しそうにしているラグナを見て、高嶋も笑った後、千景の後ろに回ってチョコを渡すことを促した。

 

「ほら、ぐんちゃんも!」

「そ、そうね。そうよね。そのために来たのだから…」

 

緊張している中、高嶋に後押しされたことで意を決した千景もラグナに渡した。こちらは高嶋のものとは逆に一つの大きなブラウニーだった。一応切り分けられてはいる。

 

「これ…犬吠埼さんのところで手伝って貰いながら作ったもので…その、いつも訓練でも戦闘でも助けられているから…私なりに一生懸命作ったけど…やったことなかったから…慣れてなくて…」

 

普段は料理をしていない千景はバレンタインの時は市販物を買っていたが、周りが手作りしている影響もあって、今年は風に教わりながらチョコを作ったのだ。

 

「そうだったのか…」

「え、ええ。もしかして…迷惑だった?」

「そんな訳ねぇだろ。作ってくれたってんなら気を悪くする理由はねぇよ」

 

なおこの言葉は食べ物を作った場合にのみ適応される。

 

「良かった…ちょっと膨らんだり、ヒビが入ったりしているけど…今までで一番いい出来なの…受け取ってくれる?」

「おう、ありがたくいただくぜ」

 

千景からチョコを受け取ったラグナは一切れを手に取り、ブラウニーを口に入れた。すると一口目でラグナの手が止まった。それを見て少し千景も不安になる。

 

「…その、口に合わなかったのなら、捨てても良いから…」

「…いや、済まねえな。ちょっと驚いちまって」

「どうしたの、ラグナ?」

「チカゲ、テメェ本当に初めてか?コイツ、滅茶苦茶美味ぇぞ。これなら何個でも食える」

「ホントに!?良かったね、ぐんちゃん!!」

「良かった…犬吠埼さんの教え方も上手だったけど…やっぱり自分で作るとなると…ちょっと不安だったから…」

「何言ってんだよ、自信持てって」

 

嬉しそうに食べ続けるラグナを見て千景からも自然と優しい笑みが零れる。いつも世話になっているから何等かの形で恩返しがしたかった分、ラグナが喜んでいるのを見られて良かった。

 

「おぉ…おぉぉ…ヒュオぉぉ…?」

「どうしたの、そのっちたち?」

「多分、強風に入ろうとしてるけど後一押し足りないってところじゃないか?」

「この調子だとあんずも不完全燃焼ってところか~?」

「きゃ~~~~~~ん!!良い!!良いですよ、ラグナさん!!ちょっと甘酸っぱい感じがまた良い!!さあ、もっと先を見せて」

「前言撤回!!あんずは治まれぃ!!」

「おのれぇ…郡千景ぇ…!!」

「うわ~~~~~!!?刃まで暴走し始めたぁぁぁぁ!!!」

 

かき混ぜ具合が物足りない園子ズに対して杏はまた恋愛脳の発作を起こし、刃は兄さんスイッチが入ってしまった。高嶋の時点でギリギリ押さえられていたが、その後の千景のやり取りで理性がプッツリと切れてしまった。

 

「にぼっしー!!ここはもう渡すしかないよ!!」

「アンタ、私を殺す気か!!?あんな暴走した少佐に突撃したらチョコごと冷凍保存されるのがオチよ!!」

「冷凍にぼっしーチョコ?」

「うまくないわよ!!」

 

とはいえ、このままでは鮮血が飛び散る真っ赤なチョコレートが出来上がりそうなので、どうにか刃を止めねばならない。

 

「大丈夫だよ~。私も協力するから~」

「…しゃーないわね。ホント、その時は頼んだわよ!」

 

園子からアシストがあると聞いて、夏凜は今にもユキアネサを抜いてラグナに飛び掛かりそうな刃を呼んだ。

 

「ちょっと少佐!!アンタに話さなきゃなんないことがあるから少しこっち向きなさい!」

「なんだ三好。僕は今から兄さんとここで戦うんだ。今まで我慢してきたが、もう限界だ。邪魔をするな」

「あのね。散々候補生時代に戦場では常に冷静であれとか言ってた人が兄貴のチョコ交換くらいでブチ切れんじゃないわよ」

 

何気に痛いところを突かれて刃も苦い顔を浮かべる。確かに教官をしていた頃にそんなことを言っていた。

 

「それに…兄貴って奴は、いくつになっても下の弟妹のことが気がかりみたいだから。アンタの心配するようなことにはならないわよ。家のとこの兄貴に会ったことのあるアンタなら分かるでしょ」

「そうだよ~ジンジン。例えどんなに時が経っても、ラッくんにとってジンジンが大事な家族だってことは変わらないのを一番知っているのはジンジンのはずだよ~」

 

そこに来て中園子からの援護射撃が入る。そこまで来て刃は何とか冷静さを取り戻していき、ユキアネサを仕舞った。

 

「…言われずともそんなことは分かっている」

「はいはい。分かってんなら良いわよ。それとこれ」

 

そう言って夏凜はチョコのクッキーが数枚入った袋を刃に手渡した。予想外の相手からの贈り物に刃も少し驚いた。

 

「…まさか貴様から貰えるとはな」

「アンタには曲がりなりにも世話になってんだから、普段のことも込みでの義理チョコよ。それなりの自信作だから味わって食べなさい」

「…まさかとは思うが、煮干しをいたずらに突っ込んでいるなどということはないだろうな」

「アンタ宛てのチョコにそんなことしないわよ。そう言うのが目に見えてるから」

「…ならば良い。有り難くいただかせてもらおう」

「良かった良かった~」

「一時はどうなるか、心配でしたよ~」

 

園子達がそう言っていると異変に気付いたラグナが刃たちの方へ寄ってきた。園子達から理由が分かると溜息を吐いた。

 

「仕方ねぇな、テメェは…今日は家に泊りに来い。それで文句ねぇな?」

「本当!!?よっしゃーーーー!!!」

「念のために言うが、襲ったらぶっ飛ばすからな!!」

「分かったよ兄さん!!」

「ったく。調子良いこと言いやがって」

 

チョコを貰った時よりも数倍喜んでいる刃を見て勇者たちも苦笑いすると同時に、兄の大変さが良く理解することが出来た。そんなときに部室にまた誰かが入ってきた。

 

「あら。結局皆ここに集まって来るのね」

「風に樹じゃない。アンタたち、もう渡し終わったの?」

「粗方ね。後は男子枠だけよ」

「夏凜さんたちは?とても疲れているみたいですけど」

「さっき渡したわよ…一歩間違えば大惨事だったけど…」

「何それ、怖い」

「まあとにかく、色々あったのよ」

 

犬吠埼姉妹は夏凜たちの説明で何かを察してそれ以上深くは聞かなかった。次にチョコを渡したのは二人だった。

 

「さあ、今度はこの犬吠埼姉妹からのチョコよ!あんまりの美味しさで泣いても知らないわよ~」

「私からはこれです。どうぞ、ラグナさん」

「お、ありがとな。んじゃ早速食ってみるわ」

『え”』

 

そう言うと同時に顔を若干引きつらせる女子一同。それもそのはず。樹の料理は人間を気絶させることがある。今回は姉である風とも作ったので問題はない…はずなのだが、やはり不安はある。

 

それを知らないラグナは何も疑うことなく口にした。風が祈るように手を合わせ、須美たちはゴクリと固唾を飲む。ラグナは倒れることなく、美味しそうに食べた。

 

「あ、綾月さん…大丈夫ですか?美味しいですか?」

「あ?何言ってんだよ、スミ。当たり前だろ?」

「良かったぁ…ついに…ついに樹が人の食べられるものを作れるように…うおぉぉぉぉぉぉぉん!!」

「お、お姉ちゃん。そんなに泣かなくても…」

 

樹が照れ臭そうにしている横で風が号泣している。これで付きっきりでチョコ作りに協力した甲斐があったというものだ。

 

「なに。兄さんならばちょっと味がおかしくても問題はない。そもそも貴様が一緒ならば、不安に思う必要はないだろう」

「…フッ。それもそうね。あ、そうそう刃。アンタにはアタシから。これからもよろしく~」

「ああ。それと鼻をかめ。受け取ろうにもそれでは受け取れん」

「ありがと…」

「全く、仕方のない部長様ね…」

 

刃がティッシュ箱を差し出すと風は紙を取ってチーンと鼻をかんだ。それを見る園子達はまだ消化不良気味なのか、ブーブー言っている。

 

「え~。皆もっと情熱的に渡してよ~。もっとビュービュー言わせてよ~」

「別にいいだろ、渡す側がどう渡したって。我慢してればそのうち、全身が燃え盛るようなチョコ渡しって奴が見れるだろ?」

 

正直女子同士はともかく、自分たちにそんなことをする女子部員が果たしているのだろうかとラグナは考えていた。その時に再び扉は開いた。沙耶に椿姫、そして二人の新たな友人であるリス系亜人の『七谷(ななや)真琴(まこと)』だ。

 

「刃兄様、皆さん。教室にいらっしゃらないと思ったらここにいたんですね」

「もう渡し終えたのか、椿姫?」

「はい。私はのえると真琴に」

「私も椿姫と真琴に渡したよ」

「アタシものえるんと椿姫に渡しましたよ~、如月先輩」

「ほ、微笑ましいわねぇ~。それで三人はこれから刃とラグナに渡すの?」

「いんや、アタシは神楽さんに。まあ、あんなスケコマシでも一応世話になってますから」

「アハハ!それを聞いたら神楽の奴も喜びそうだな!」

「一応他の防人や衛士の先輩方も何人か渡す予定みたいですよ?まあ、どっちかというと職場の大人のお姉さんたちから溺れるほど貰ってたみたいですけどね~」

「後人気なのは響さんですね。元々紳士的ですし、料理も抜群に上手だと聞いたことがあります」

 

響はまだ理解できるが、大人の女性は何故神楽のような積極的な男性が良いと考えるのだろうかと勇者たちが訝しんでいると、真琴が沙耶と椿姫の背中をバシッと叩いた。

 

「ほ~ら二人とも、早く渡しちゃいなって!ずっとこの日を待ってたんでしょ?」

「え、ええ!そうね!」

「う、うん!私、頑張るよ!」

 

椿姫と沙耶が前に出るとまず椿姫が刃にチョコの入った箱を出してきた。

 

「今年こそバレンタインで刃兄様にチョコを渡したくて…一生懸命作りました!受け取ってください!!」

「椿姫…ありがとう。すごく嬉しいよ。これは静かな場所で、大事に味わせてもらうね」

「いえ!!寧ろ刃兄様がそこまで喜んでくださって良かったです!」

「刃は楽しみにしているようだったからね~」

「こら風、二人を揶揄うんじゃないわよ」

 

風に指摘されて刃は恥ずかしそうに顔を顰めるが、確かにその通りだから否定が出来ない。それを察したのか、椿姫も顔を自慢の赤髪と同じ色になるほど照れる。

 

「と…尊い…尊すぎます…!!長年連れ添ってきたことで育まれたプラトニックな愛…ビュ オ オウ ウ ウウウ !!!」

「あんずも大分園子たちに毒されてきた…元の時代に戻った時にはどうなっているのか、タマは心配だぞ…」

「まあ、本人が勝手に喜んでんなら問題ねぇだろ。だが、それはメモを取って良いって意味じゃねぇからなテメェら」

『ショボーン』

 

しっかりとウズウズしている二人の挙動を見逃さないラグナに今度は沙耶がチョコを渡そうとする。椿姫と同様の紙でラッピングされていた。

 

「そういえば椿姫ちゃんに真琴ちゃんはもう沙耶ちゃんのチョコを食べたの?」

「あ、当ったり前ですよ高嶋先輩!友達からのチョコですから!」

「三人で材料を買いに行った時に一緒に買ったのよね」

「そうそう、そうなんだよ!」

 

どうやらその話を聞く限り、今年の沙耶は贈り物用に友達と市販のチョコを買ったらしい。少し寂しく感じると同時に妹の自立を嬉しく思うラグナに沙耶は緊張した様子で向き合う。

 

「に、兄さま!!」

「おう、落ち着けサヤ。俺は逃げねぇからゆっくり話してみろ」

「うん…今日はね、兄さまにチョコを渡したくて…」

 

まだモジモジしている様子が逆に初心らしく見えて、勇者たちは微笑ましそうに見る。園子達と杏は今か今かと興奮した様子を見せ、それを銀たちと風がステイするように取り押さえている。刃はというと、椿姫からチョコを貰ったばかりだからか、落ち着いている。

 

「子どもの頃から私たちを守ってくれて…暴走したあの時も私の心を救ってくれた…そんな兄さまが…大好きです!!これからもずっと、そんな素敵な兄さまでいてください!!」

「そんなこと気にすんなって。俺はテメェの兄貴なんだからよ。テメェが大変な時に助けんのは当たり前だろ?あの時も約束したからな」

「…ありがとう、兄さま!!これ、心を込めて作ったの!!受け取って!!」

「おう、ありが…え?作った?」

 

瞬間、運命の環が回り始めた。聞いたらまずい言葉が聞こえた。先ほどから沙耶は満面の笑みを崩す様子を見せていないが、真琴と椿姫は自分から目を背けている。

 

(あ、あれだ。きっと幻聴だったんだ。い、いやだな~俺も年を喰っちまったのか?)

 

必死に心を誤魔化すラグナだが、椿姫と真琴は知っている。沙耶がこれまで何日もチョコ作りに励んでいたことを。恐らく例年の何倍も気合いを入れて作っていたことを。そしてその度に量産されていく料理(モンスター)たちのことを。

 

「えっと…兄さま?どうかなさいましたか?」

「そ、そんなことねぇよ?」

 

顔が引きつっているが、何とか笑顔を保つ。何となく兄が何を考えているのかを察した沙耶はちょっと顔を膨らませた。

 

「もう!兄さまってば、さてはまた私の作ったチョコが兵器だって言うつもりですね!」

「そ、そんなことねぇよ?」

 

嘘である。間違いなく世界最恐の兵器だとはっきり言いたいのである。彼女の料理がバーテックスの皮膚すらも溶かす猛毒であることは周知の事実である。

 

別にこうなったことは初めてではない。それこそ何回も沙耶のチョコは食べてきている。ついでにそれで何度も保健室送りになっている。

 

だが今回は直前に椿姫たちが市販物を買ったと聞こえたのでそっちに期待してしまった。完全に油断していたのである。

 

「大丈夫です!今回は色んな人たちにアドバイスを貰いながら試行錯誤した末に食べられるものになったんですから!」

「そうなのか?誰からアドバイスを受けたんだ?」

「弥勒さんが言うに男は少し風味のある味の方が良いだろうって言ってたから、鰹節を入れてみたんです!後、雀さんからミカンで作ったチョコは美味しいって聞いたからそれも入れたんです!」

 

雀はミカンの皮を使ったピールチョコのことを言及していたのだが、それを全く知らない沙耶は当然の如くミカンを切り分けてチョコの茹った鍋に放り込んでいた。

 

「そ…そうか」

「東郷さんからも、男子はきっと少しだけ苦めのものを好むって聞いたんです!だから私、青汁を入れて苦くしてみたんです!」

 

東郷はあくまで砂糖の含有率の低いチョコを指していたのだが、物理的に苦くされてしまった。違う、そうじゃない。

 

「あ、あの~沙耶ちゃ~ん?もしかして、私のアドバイスも参考にした?」

「うん!!杏ちゃんもありがとう!!愛情が最高のスパイスって言葉がすごく心に響いて…だから私、兄さまの好物のうどんを入れたんだ!!」

「そ、そうなんだ…入れたんだ…入れちゃったんだ…アハハ…」

「も、もしかしてアタシのも?」

「はい!!男はがっつり食べるから出来るだけ大きく作りました!!気持ちの大きさだけチョコも大きく作らないとですね!!流石風さんです!!」

(二週間前のアタシの馬鹿~~~~~!!!)

 

天使の笑顔を浮かべる沙耶に対して風と杏は頭を抱えていた。正直今のラグナを直視できない。というか目を合わせるのが怖い。そりゃあ確かに大きい方や愛情のこもった方が喜ぶとは言ったが、どうにかなると楽観的に解釈した自分が甘かった。

 

「お姉ちゃん…ラグナ先輩が三人をスゴイ目で見てるよぅ~…」

「無理もないわ…沙耶ちゃんの料理の破壊力を結果的に高めてしまったもの…」

「で、でも風さんたちも悪気があったわけじゃないから!!」

 

高嶋は必死にフォローしようとするが、これ以上弁護の仕様がないことに困り果てていた。何よりラグナの目が完全に死んでいる。どうしてくれるんだと無言の圧力で訴えかけている。

 

そんな彼を誰もやめさせられなかった。だって自分たちも同じ状況にハマったら多分同じことをしてたから。

 

「風…アンタ、どうして一緒に作らなかったのよ…」

「だって…アタシもチョコを作りまくってたし…沙耶のことなら料理の出来る椿姫や真琴たちが付いてるって聞いたから大丈夫かなって思ったのよ~…」

「ご、ごめんなさい…なんだか、迷惑を掛けてしまって…」

「良いのよ、千景。アタシこそ沙耶の料理(デスディナー)の破壊力を知ってたのに楽観視してしまったのも大きいから…」

「尊い光景になるはずが何でこんな命を落としてもおかしくない危険な状況に…」

「で、でも確か椿姫ちゃんたちも一緒に作ったんだよね!それだったらまだ食べられるものに出来上がったんじゃない!?」

 

何とか場を落ち着かせようと高嶋は椿姫たちに助け舟を求める。椿姫たちもラグナの安全を考えて沙耶のチョコ作りを手伝うのに料理の仕方を教えていたのだ。

 

「いや~…アレは凄かったですね…何というか、鍋は爆発するわ、七色の煙が出るわ、食べ物が動くわで、珍しいものが見れたって言いますか…」

「全然褒め言葉になってないからね、真琴…私も…料理をしているはずが錬金術の実験をしているなんてことになるとは思いませんでした…勉強になったというか…料理の新境地を見たというか…」

「…うん。なんか気を遣わせてしまってごめんね…二人がすごく頑張ったのは伝わってきたよ…」

 

声がどんどん小さくなっていく高嶋たちの会話を聞いていくにつれて、ラグナがどんどん悟りを開いたような顔になっていく。予想はしていたが、思った以上に覚悟が必要のようだ。

 

「そういや…味見はどうしたんだよ?まさか沙耶自身が…なんてことはないだろ?」

「最初は弥勒先輩に頼んだのですが、その…一口目で白目を剥きながら倒れてしまいまして」

「弥勒ぅぅぅぅぅぅ!!!」

「知らないところでまた新たな犠牲者が生まれてしまったのか…」

 

流石に頼りになる(?)先輩の夕海子が倒れるという惨状もあって、チョコは送らない方が良いと判断した二人は沙耶を説得しようと考えた。だが兄には自分の手で作ったチョコを送りたいと言う彼女の一途な思いを二人は否定できなかった。

 

そこで味見係を衛士の同期である『夏目(なつめ)麻衣(まい)』に頼むことにした。彼女はとある事情で『超味覚(ちょうみかく)』と呼ばれる特殊な味覚を持っているため、勇者部の中で唯一沙耶の料理を食べても平気なのだ。

 

前日には漸く彼女から微妙という評価を貰い、それを基にチョコが完成したのだ。しかし、間違ってはいけないのはあくまで麻衣の中では微妙であるということだ。微妙でも食べられるということだ。常人の場合はどうなるかは謎である。

 

「が、頑張ったんだな。開けても良いか?」

「はい!!」

「目が死んだ魚みたいになってんだけど…」

「言わないであげてミノさん…一番逃げたいのはラッくんだから」

 

鬼が出るか蛇が出るか。恐る恐るチョコの入った箱を開けてみると中には魚とミカンが混ざったような臭いを放つ、迷彩色の物体があった。ハートを模って作ったのだろうが、横から飛び出ている何本かのうどんらしき物体のせいで心臓に見えてしまう。

 

間違いなく食べられるもので構成されているはずなのだが、明らかに食べ物には見えないのは何故だろうか。沙耶にはそういった才能があるのかもしれない。

 

「うっひゃ~…これにはタマもおっタマげた~…これじゃゲテモノでもマシに見えるぞ…」

「さ、流石に綾月さんもこれはちょっと食べられないのでは…」

「正に…デッド・オア・ラブ…だな!!」

「どっちにしても死ぬでしょうが!!?」

 

チョコの迫力に戦慄して余裕のないラグナには小銀に突っ込む夏凜の言葉が頭に入ってこない。沙耶なりに一生懸命に作ろうとしていたのは分かるが、須美の言う通り、これを食べるのは無茶だ。

 

断腸の思いでチョコを返そうと考えたラグナだったが、沙耶の手が眼に入った。

 

「ん?おいサヤ。テメェ、手はどうしたんだよ?絆創膏だらけだけどよ」

「えっと…何回も作っている内に怪我するようになってしまって…まだ空気が乾燥しているから指もひび割れたりしちゃって…」

「沙耶さん…本当にこれを渡すことが…」

 

結果はどうあれ、沙耶が心を込めて作ったのは間違いない。並々ならぬ努力と多くの者の教えを貰った末にようやく納得の出来るものが完成したのだ。

 

「でも、あのね。沙耶ちゃん…これは…」

「……問題ねぇよ」

「あ、貴方何を言っているの!?」

「サヤが俺のために食えるモンになるまで作ったんだ。それを兄貴である俺が食わねぇわけには…逃げるわけには行かねぇんだよ!」

「いや、ちょっと!!貴方本当に死ぬわよ!?」

「勇者部五箇条!!成せば大抵何とかなる!!!行くぜぇぇぇぇ!!!」

「五箇条を特攻の正当化に使うんじゃなーーーい!!」

 

千景と風の制止を余所に覚悟を決めたラグナは沙耶のチョコを手に取ると一気に食いついた。ああ、アイツやっちゃったよ~という空気が流れだす。心配になった高嶋が彼に話しかけた。

 

「ね、ねえラグナ。大丈夫?」

「………ぁ、ぁぁ」

 

ラグナが枯れた声で返事するのを見て周りは確信する。これはヤバい奴だ。やはりあの猛毒を緩和することは出来なかったらしい。

 

(ぐあぁぁぁっぁっあっぁはぁぁああぐおぅあぁぁ!!!!!?)

 

舌や喉を襲う刺激にラグナは心の中で絶叫する。胃に入った瞬間に物凄い煙が立ち始め、吐き気も酷くなってきた。一瞬意識も飛びそうだった。

 

「あ、あの、兄さま…お口に合わないようでしたら食べなくても…」

(うわぁ…口から泥水みたいなのが流れ出てるぞ…)

「心配…すんな…サヤ…美味い…ぞ…」

(全然そんな風には見えないよ!!?)

「食ってるうちに…不思議と…味が…和らいでな…中々…悪くねぇ…」

(それ、味覚が麻痺してきただけじゃない!!?)

 

油汗を大量に流し、玉虫色になった顔色を見てその言葉を信じるのは無理があるというものだ。気のせいか、フラフラになっているようだった。平衡感覚もやられてしまったのかもしれない。それでもゆっくりとチョコを食べ進めていくラグナを風たちはただ見守ることしか出来なかった。

 

「あの人…妹さんを悲しませないためとはいえ、いくら何でも危険すぎるでしょ…」

「千景さん…これこそが、本当の愛ではないでしょうか?」

「伊予島さん…」

「物はどうであれ、アレは妹である沙耶ちゃんが心を込めて作ったものです。だからこそ、ラグナさんはここまでの危険を冒すことが出来るんです…」

 

確かにこんなことを真似出来る人間は神楽くらいのものだろう。そんな彼も二口目で昏倒する未来しか見えない。ここまで出来るのは兄であるラグナだからこそである。

 

後半になってくると身体が本能的にチョコを拒否し始めたが、それでも無理やり口に押し込んでいく。いよいよ目の焦点が合わなくなり、身体が痙攣し始めた。

 

「もうやめなさい、ラグナ!!このまま食べ進めたら本当にアンタの魂はブラックチョコよりも濃い闇に喰われるわよ!!?」

「お願い、死なないでラッくん先輩!!ここで倒れたらサッちゃん先輩の笑顔はどうなるんですか!!?」

「チョコは後一口だけ!!これさえ食べ切れば、チョコ(絶望)に打ち勝てるんだから!!!」

「縁起でもないことを言うんじゃないわよ!!」

「テメェら…後で絶対…一回は…シメる…」

 

応援してくれているのは分かるが、気のせいか逆に死にそうな流れに聞こえた。だが園子たちの言っていることは間違っていない。ここで屈してしまってはすべての努力がパーになる。

 

欠片を少し横に零したりしたが、気合いと根性の末、ラグナは最後までチョコを食べ切った。息を荒くしながら満身創痍で立っていた彼に敬意を示さざるを得なかった。

 

「に、兄さま!!ごめんなさい!!また…また私、失敗しちゃったんですね…!!」

「ハァ…ハァ…落ち込む…なって…去年…よりは…腕が…上がって…たぞ…」

 

涙目になる沙耶の頭をラグナはその大きな手で撫でた。子どもの頃からいつもこうしていたものだが、これに何度も沙耶は安心したものである。

 

「ありがとうございます、兄さま!!私…私…来年こそ、絶対に美味しく食べられるものを作りますからね!!」

「今度は…トウゴウか…フウと…作って…みろ…楽しみに…して…」

 

そこまで言ってラグナは前のめりに力なく倒れた。沙耶に椿姫、真琴の三人で咄嗟に受け止めたが、完全に気を失っていた。

 

『ラグナぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』

「兄さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」

「兄さまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「ラグナ…アンタは本当に兄の鑑だったわ…」

「言っている場合じゃないでしょ!?とにかく運ぶわよ!!蘭苺先生なら今日はいるわよね、須美!!」

「はい!!早急に診せに行きましょう!!」

「分かったわ!!それならアタシと銀は右を担ぐから夏凜と真琴は左をお願い!!」

「合点です!!」

 

四人がグロッキーになったラグナを運び出す。しかしその背中を笑う者は誰もいない。彼は大切な家族の笑顔を守ろうとしたのだから。見送った後に千景が沙耶に話しかけた。

 

「ねえ…沙耶ちゃん」

「…あ“い?」

「…来年も私、犬吠埼さんに教わる予定だから…その時に一緒に教わりに行きましょ?」

「…ありがとうございます」

 

翌日、チョコを食べた当時の記憶は吹っ飛んでいたが、ラグナは何とか復活することが出来た。彼の雄姿に影響されて、園子ズは今回のイベントでこっそり録画した映像を消去した。

 




他にも色んなキャラを書きたかったけど、これ以上書いたら文字数がエライことになるからここまでです。済まぬ…それと一応勇者部の皆は女性用のチョコは渡し済みの設定です。

次回ですが、まだまだ日常は続く。そしてあの娘も登場予定です。それではまた。
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