蒼の男は死神である   作:勝石

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どうも勝石です。

ゆゆゆい三周年、おめでとうございます!短編アニメ化も決まったし、これからの勇者部の活躍に期待していますよ!

さて、今回は祭り編最後の話にして本編第100話!色んなことがやりたかったり、考え込んだりしている内に予定していた以上に長くなってしまいました。それではどうぞ。


Rebel100.聞こえる、感じる、チクチクする

「やあ、千景…久しぶりだな…」

 

数分ほど前に戻って祭り会場。話しかけてきた人物に対して千景は返答を返さない。だがその眼は対象から離れることはない。反応しない彼女に対して男の方から話しかけてきた。

 

「…酷いな。引き取られたからって実の父親も無視するのか」

 

どの顔をしてそれが言えるのだろう。千景からすればそれだけ父の言葉が白々しく聞こえた。子どもの頃は自分のことばかりを優先させて、一度として自分を助けてくれなかった男が今更親などと名乗ってきたのだから。

 

「…お前があの不気味な女に引き取られたのは知っているんだよな?」

 

どうも今度はレイチェルの話をしているらしい。でも絶対に頷かない。仮にも家族、そして友人であるレイチェルを不気味と評した父の言葉を肯定なんてしたくない。

 

「…まぁ良いや。とにかく、あの女にお前が引き取られたせいで家は滅茶苦茶になってるよ」

(元から滅茶苦茶なのよ…)

 

千景の記憶に温かい家庭というものは存在しない。それに最も近いもので想像できるのは神社でラグナと過ごしたあの一か月近くの生活だ。あそこにあった温もりすら、あの家にはなかった。

 

「今も母さんの看病で大変なんだ。薬の効果が切れたら暴れ出すからね。おかげでこっちは眠れやしないよ」

「…そう」

 

短くそう答えた。それを見て会話が通じていると感じ取ったのか、父親は話を進めていく。

 

「そのせいで仕事をする暇もなくてな。色々と参っているんだ」

「…だから何?」

 

素っ気ない娘の言葉に父親は少しばかり口元を歪ませるが、すぐに直した後に答えた。

 

「…家に帰ってきてくれ、千景!お前が必要なんだ!!」

「…どうして?私のことが邪魔だったくせに…!」

「それに関しては本当に謝る!だからさ、僕たちのところへ戻ってきてくれ!!」

 

その言葉に千景は絶句する。謝る?それだけ?自分が味わってきた10年以上もの苦痛をその一言で終わらせるの?この前家に行った時に手の平を返すように真正面からクズ呼ばわりまでしたのに?

 

「おい、何だか騒がしいぞ?」

「親子の喧嘩か?あの娘、家出でもしているのか?」

 

そんな騒ぎを聞きつけて野次馬が集まっていく。多くの視線が自分たちに集まり始める。あの村での状況が再現されてしまった。

 

(…もう、嫌だ)

 

耳を塞ぐように頭を抱えてその場に蹲る。羞恥が、怒りが、悲しみが、憎しみが沸き上がってくる。言い訳に等しい文言を喚き続けるこの男が自分の実の父親だという事実が千景の意志をタールのような深い沼へと引きずり込む。

 

小さく縮こまって父が諦めるまで待ち続ける。そう言う意味では幼かったあの頃と同じだ。

 

ー 何も聞こえない ー

 

頼む、一生のお願いだと懇願する父の声が遠くなっていく。

 

ー 何も感じない ー

 

意識はより深く暗い闇の中へと堕ちていく。五感は徐々に鈍くなっていく。

 

ー 何も痛くない ー

 

だから自分たちに突き刺さる視線の雨にも耐えられる。何も心配する必要はない。

 

ー もう、何も… ー

 

その時、千景の目に先ほど貰った銀の腕輪がちらりと映った。金属特有の冷たさが肌に触れている。そのおかげで意識がクリアになった彼女は思い出す。

 

(そうだ…私は…独りじゃない)

 

それに気づいた彼女は急いで携帯を掘り出す。取り出したそれの画面には何回も掛けてきたという証拠があった。

 

(心配、してくれてたんだ…!!)

 

きっと仲間たちは連絡を取れない自分を探してくれている。それなら自分も探せば合流出来るかもしれない。だが、様子がおかしいと感づいた父親は彼女の元へ歩み寄ってきた。

 

「おい千景!!ここまで頼み込んでいるのにどうして何も言わないんだ!!」

 

先ほどから拒否の意志を示しているのにいつまでもしつこく話しかけてくる父親に千景の堪忍袋の緒が切れた。

 

「…ふざけないで…!!」

「へ?」

「今更家に戻ってくれですって!?ふざけないでよ!!」

 

呼び止められた千景はありったけの罵声に乗せて長い間閉じ込めておいた感情を父親に投げつける。こんなことをしたのは人生で初めてだろう。まだ怖いけど、右腕にある腕輪を左手で握りながら精一杯の勇気を振り絞って叫び続ける。

 

「貴方はいつも自分本位で、自分勝手だわ!!私やお母さんがどれだけ苦労してもそれを観測()ようともしない!!!私が学校で虐められているとき、貴方は一度でも私を助けようとしたの!!?」

「し、仕方ないだろ!?僕だって仕事があったんだ!そもそも誰のおかげで生活できていたと思ってるんだ!?」

「それは仕事があるから娘が火傷を負っても、階段から突き落とされても何もできないということ!!?そんな家族、こっちから願い下げよ!!」

「そ、それは村の連中の方が悪いだろ!?僕は何もしてないじゃないか!!」

 

千景の言い分に父親は慌てて反論する。しかし、それに千景は悲しそうな、そして同時に怒りに満ちた表情で言い返した。

 

「そういうところよ…」

「へ?」

「分からないの…?それが私がお父さんのところへ行かない理由よ…あの時、私は痛くて、苦しくて、誰かの助けが欲しくて、誰かに愛されたかった!!!でも…貴方は、貴方たちは『何もしなかった』!!!」

 

千景の積年の思いが大衆の前で吐き出される。完全に騒動のど真ん中だが、そんなことは知ったことではない。今言わなきゃ、一生言う機会がない。

 

「貴方が私の『父親』なのは認めてあげるわ…でも、貴方はもう、私の『家族』じゃない!!!例え戦う力がなくなったとしても…あの時の貴方と違って、『私』を否定しない人たちと同じ場所で、自分の力で、私は生きていくのよ!!!」

 

一か月という短い期間だが、千景は色んなことを学ぶことが出来た。一人で家事が出来るようになった。料理を作れるようになった。四年近く掛かったが、信頼できる仲間たちも出来た。

 

「だから…もう私に関わらないで!!!」

 

髪が乱れ、肩で息しながら千景は必死に父親に反抗した。傍から見ればただの親子喧嘩かもしれないが、それでも自分にとっては自身の人生で最も重要な局面だった。あの父からの独立だ。

 

「…やっぱり、お前はろくでなしだな!!」

 

そんな娘の言葉に対する父親の反応は逆上だった。余裕が無くなったのか、表情も歪み始めた。

 

「あの女にそっくりだ!!こっちの事情も知らないで好き勝手言って!!ちょっと優しくされたからといって他の男に尻尾を振って!!どうせあの化け物と魔女に何か言われただろ!!」

 

その言葉は千景の逆鱗に触れるものだった。とても父親に向けるようなものとは思えない目つきで彼を睨んだ。

 

「…今の言葉は訂正しなさい!!間違っても私の前で、私の大切な人たちをそんな風に呼ぶな!!!」

「うるさい!!デタラメを言ってないでこっちに来い!!」

 

千景の父親は彼女の手を取ろうと腕を伸ばす。しかし、千景はそんな彼の手を振り払って人混みの中へ入っていった。

 

人の話を聞かずに自分の主張を押し通そうとする人間からは逃げるに限る。下手に攻撃したところでまた謹慎になったら洒落にならない。

 

父親が何か追い立てられて後がないからか、意地で自分との距離を少しでも詰めていく。対する千景は人波の中で仲間たちを探しながら逃げ続けていた。

 

千景は携帯の方を見る。ただでさえ自分が逸れたことで皆に迷惑を掛けてしまっているのに、これ以上頼るのは申し訳なく思ってしまう。

 

(…ごめんなさい、皆…でも…)

 

しかし、このままでは恐らく父親に捕まって連れ去られてしまうかもしれない。皆と花火大会が見れなくなってしまう。いや、それ以上に面倒なことになる。だから

 

<たすけて>

 

少女たちで共有しているSNSに千景はそう短く記すとすぐに送り、前を向いて逃げ続ける。彼女の父親は諦めることなく千景に呼びかけ続けた。

 

「待つんだ千景!!まだ話は終わってないぞ!!」

「もう話すことなんてないわ!!帰って!!」

 

祭り会場の道を過ぎ去りながら言い争う二人は多くの人の視線を引き付けていく。そんな最中でも千景は仲間たちの姿を探し回る。それでも中々見つけることが出来ない。

 

このまま父に捕まるのだろうか。彼と二人の家へ無理やり連れていかれるのだろうか。千景の心は握り潰されそうだった。

 

「チカゲー!どこだー!!」

「いたら返事してー!!」

 

その時、確かに聞こえた。自分を大事に思ってくれている人たちの声。自分が大事に思う人たち。

 

その内の二人を見つけた千景はその名前を呼ぼうとする。しかし、空の彼方から彼女たちの声をかき消す爆発音が聞こえて来た。

 

(花火大会が…始まってしまった…!)

 

周りの人々がその鮮やかな光に魅了されて千景を避ける様子を見せない。おかげで父親も動きにくくなっているが、ラグナと友奈の声も聞き取れなくなってきた。

 

それは嫌だ。貴方たちの声が聞こえなくなるのは、嫌だ。花火が次々と打ち上げられる中、千景は腕を二人の方へ差し出しながら振り絞るように声を張り上げた。

 

「高嶋さん!!!『ラグナ君』!!!私はここよ!!!!」

 

その瞬間、千景の叫び声に驚いた観客が彼女から離れて行き、人混みも少し晴れていく。

 

「ああ。待たせちまったな」

 

その群衆からラグナは必死に手を伸ばす千景の手を力強く掴み取った。そのままラグナが彼女を自分の方へ引き寄せると一緒にいた友奈の方へ叫んだ。

 

「ユーナ!!チカゲが見つかったぞ!!」

「よーしっ!!それじゃあ早速皆のところへ行こう!!」

「おう!!チカゲ、少しスピードを出すが、ぜってぇ俺の手を離すなよ!!」

「えっ!?え、ええ……」

 

千景が少し動揺する中、ラグナはガッチリ彼女の手を取りながら彼女を連れて行く。友奈と合流して三人は丸亀城へと駆け出していった。

 

「皆、来てくれていたのね……!」

「友達が危ない目に遭っているから当然だよ!でも今回は間に合って本当に良かった~!」

 

人だかりの中を走りながら、友奈は嬉しそうにそう言った。以前の村ではやむを得ず戦闘になってしまったが、今回はそうではない。仲間たちの協力のおかげで最悪の状況になる前に見つけることが出来たのだ。

 

「後は他の皆と合流するだけだ!」

「それなんだけど…さっきに比べればまだ良いけど、かなりの人混みよ?動きにくいんじゃ…」

「大丈夫!!ちゃんと皆もいるよ!!安芸さ~ん、アンちゃ~ん!!」

 

友奈が握っている端末に声を掛けると声が聞こえてきた。杏と共に見つけた高台から双眼鏡で様子を見つつ、祭り会場の地図と勇者たちから随時入ってくる情報を基にナビを行なっている真鈴だ。

 

《はーい、呼ばれて登場、真鈴お姉さんだよー!高嶋ちゃんにラグナ君、状況を報告して!》

「ぐんちゃんが見つかったよ!!さっきアンちゃんたちが行ってた水風船屋さんの近くだった!!」

《なるほどね。他に何か分かったことはあったりしない?》

「……一応視線の正体も分かったぜ」

《え、本当!?誰なのか分かる!?》

「……私の父よ。何故かは分からないけど…逸れた時に会ったの」

 

千景の報告を聞いて他の人間たちが黙り込んでしまった。彼女たちは一応千景の親については聞いたことがあるが、まさかこのような形で直面することになるとは思わなかった。

 

《……杏。少し作戦を変えて頂戴。あの男とは私が一対一で話し合うわ》

《だ、大丈夫なの、レイチェルちゃん?一人でだなんて》

《心配してくれてありがとう。まぁ、なるようにはなるわ》

「……仕方ねぇ!!アイツのことは一先ウサギ、テメェに任せる!!チカゲのことはこっちで何とかするぞ!!」

《分かりました!それならラグナさんたちは先ず関東地方のスペースへ向かってください!!若葉さんやタマっち先輩の班も合流出来るようお願いします!》

「分かったぜ!何、心配すんな!!これでも元賞金首だ!!逃げ足には自信がある!!」

「もう…それ、自慢することじゃないでしょ…」

 

突っ込みづらいことを言う彼に千景が苦笑いするが、彼を頼もしく感じる。しかし彼の姿をよく見るとそこで千景は異変に気付いた。

 

何故かラグナは先ほどの甚平ではなく、元が棗のものであった月白色の女性用の浴衣を着ており、腰の部分もいつもの赤コートとベルトで無理やり固定させていた。

 

改めて顔の方もよく見ると普段よりも色白く、薄くはあるが口紅を付けているように見えた。つまりどういうことかというと

 

「…何で貴方、女の人みたいな恰好をしているの?」

「え、えっと…これはだな…色々あったんだよ!」

「…まさか私が知らないだけでそういう趣味を持ってたの?」

「持ってねぇよ!!」

「アハハ…まぁでも、時間がなかったから仕方ないよ!」

「何が仕方なかったのかしら?」

 

千景が訝しんでいると後ろから怨霊のような声で三人に向かって叫ぶ千景の父の声が聞こえた。あの人の海を搔い潜って追いかけてきたようだ。

 

「待てぇぇぇぇぇ!!」

「クソ…しつけぇな!!」

「お前ら!!家の娘を返せ!!こっちは生活が掛かってるんだ!!」

 

民衆が集まる祭り会場にも関わらず、必死の形相で千景を返せと叫び続ける。だが花火が次々と弾ける中、そんな彼に向かってラグナは思いっきり罵声を浴びせた。

 

「うるせぇ、この馬鹿が!!!!ンなこと、こっちは知ったこっちゃねぇんだよ!!!」

「何だと!!?」

「何度こいつが欲しいっつってもなぁ!!こいつは…チカゲはテメェにはやらねぇ!!こいつを守れねぇ、テメェのためにこいつを利用しようとしてるテメェのような奴なんざにはぜってぇ渡さねぇ!!」

「私も!!泣いているぐんちゃんの顔はもう見たくないんです!!貴方と一緒にいてもぐんちゃんが笑えないなら、私は貴方に大切な友達を連れて行かせません!!」

「二人とも…!!」

 

友奈とラグナの力強い言葉を聞いて、千景の視界に霞みが掛かった。当然二人の言葉を聞いて千景の父は憤慨するが、そんなことに構わず三人は何とか彼を振り切ろうと右へ左へ曲がりながら駆けていく。

 

「おい、ユーナ!!ワカバたちのところまで後どれくらいあるんだ!?」

「地図によるとまだ先みたいだけど、このままだと追いつかれちゃうかも!!」

 

一度後ろを振り替えながら友奈はそう言う。人混みの中を浴衣姿で走続けることはやはり難しいらしく、二者の間の距離は少しずつ縮まっていく。

 

これが岩や柱だったらラグナが二人を抱えて跳躍したりもしながら逃げることができただろうが、生憎周りは人間ばかり。そんなことは出来ないのだ。

 

このままでは埒が明かない。三人が困り果てている中、杏が通信を繋げてきた。

 

《伊予島です!今友奈さんたちは何処にいますか!?》

「ちょっと見たらラーメン屋とか果物屋みたいなのが多いよ!南国の場所みたい!」

《それなら近くに近畿地方と中国地方のスペースがあります!一旦そこへ向かってください!》

《え!?でも伊予島ちゃん!あそこって乃木ちゃんたちからだと遠回りになっちゃうよ!?》

《こちらから見える限り、人の数は他に比べて少ないようなので多少遠回りになりますが、逃げ切れる可能性が高いです!若葉さんやタマっち先輩たちも出来れば合流できそうな場所まで移動してください!》

『《了解!》』

 

そう聞いたラグナたちは友奈のナビの元、所定の場所まで移動する。一応突破口は見えてきたが、それでもまだ追い詰められている状況だった。

 

「赤コートの兄ちゃん!!こっちや!!」

 

そこへ横からラグナを呼ぶ声が聞こえてきた。声の主がいるであろう方向を見ると大阪姉妹の妹の方がいた。

 

姉の方もコートを着ていないにも関わらず、ラグナに気づけたようだ。腕のジェスチャーを見る限り、並んでいる出店たちの隙間に入ってくれと言っているようだった。

 

「貴女たちは…この前の…!!」

「ここは私たちでやってる店ですから気にしないでください!!それより早く!!」

「ありがとう!!」

「恩に着るぜ、テメェら!!」

 

そうしてラグナたちは大阪の出店の脇を通って店の内側へ入った。前後に位置しながら横一列に並んだ出店の裏側は狭い道のようになっていた。

 

そこでは人の移動が少なかった。それどころかまるで自分たちのために道を開けるように店の方へ殆ど寄っていた。

 

しかし、そのおかげで人混みという障害物が無くなったことで、若葉たちが待っている場所へ向かうことが出来た。

 

「そういえばここの人たち、どうして出店に関係ない私たちが通っても何も言わないのかしら…結構迷惑を掛けているはずなのに…」

「…そっか!!ここが近畿地方とか中国地方の出店だからだよ!!」

『どういうこと《ですか》?》』

「ラグナが旅していた時に一番よく通ってた場所で、色んな人を助けた場所なんだよ!」

 

途中ですれ違う出店にいる者たちへ手を振りながら友奈はそう語る。気のせいか、何人かが短くエールや挨拶を送っているように見える。つまりこの糸のように細い道は彼が様々な人たちを助けたからこそ紡がれた道なのだ。

 

「もしかして伊予島さんはそこも…」

《いえ、それは私でもちょっと予想外でした…》

《ラグナ君がやってきたことも、無駄じゃなかったのね!》

「…そういうことなら早く行くぞ!助けてくれたからには、それを無駄にするわけにはいかねぇからな!」

 

千景の父が何かを喚き散らしている様子だったが、恐らく出店の人たちが通してくれなかったのだろう。

 

それだけでなく、多くの人が邪魔されているようだった。これによって三人はぐんぐんと距離を引き伸ばし、若葉たちの元へ急ぐことが出来た。

 

最後の出店たちの間から出て周りを探ると、近くの木陰で待機している若葉たちが見えた。

 

「悪ぃな、皆。遅かったか?」

「私たちも丁度今来たところだ。そっちは何かあったのか?」

「この前の姉妹や色んな人たちが助けてくれたんだよ!」

「まぁ!それはありがたいですね!」

「あまり動かないで上里さん。上手く髪をまとめられないわ」

「あ、すみません、花本さん」

「それじゃあぐんちゃん、一旦髪型を崩すね」

「お願いね、高嶋さん」

 

そう言いつつ大急ぎで千景とひなたの髪型を変更し、簪を交換している間、球子は持っていた黒髪ロングのカツラを取り出した。

 

「ンじゃ、ラグナも準備しような!」

「ここまで徹底する必要があるのか…」

「心配するな。綺麗にしてやる」

「…仕方ねぇな。やってくれ!」

 

そうして球子はラグナの頭にカツラを被せ、棗がひなたの持ち合わせていたリボンで普段の千景の髪型になるように髪を結んだ。出来上がった変装に見ている者たちは各々の感想を述べた。

 

「……お父さんを騙すためとはいえ、これは酷いわね」

「この何とも言えない絵面……街中で見かけたら間違いなく目が釣られてしまうな」

「傍から見ればただの変質者ですね」

「うん、職務質問待ったなしだな」

「テメェら、俺だって泣くことはあるからな?」

「結構いけると思ったのだがな」

「良いじゃないですか?これはこれで可愛らしいですよ♪」

「磨けばもっと綺麗になるんじゃない?」

 

ラグナの女装についてはともかく、そろそろ動く必要がある。彼は友奈と棗と組み、若葉と美佳はひなたと組んだ。本物の千景は球子と一緒に狼化したヴァルケンハインに乗った。

 

「それじゃ、千景。降り落とされないようにしっかり掴まれよ」

「ええ。それではヴァルケンハインさん、お願いします」

「ウオゥッ!!」

《協力していただいてありがとうございます、ヴァルケンハインさん》

 

ヴァルケンハインが気にするなとまた一吠えする。レイチェルから千景が危険だと聞いた彼は協力するために駆けつけてくれたのである。

 

「よし、皆準備が出来たな!それでは、散開!!」

 

一同は変装を終えると若葉の合図と同時に少女たちは分かれた。漸く人混みを抜けてきた千景の父親は先ほどの千景と同じ髪型をしたひなたを捉えるとそちらに向かった。

 

「こちら乃木だ!千景の父親がこちらへ来たぞ!指示を頼む!」

《分かりました!それでは歌野さん、水都さん、雪花さん!準備をお願いします!!》

《ラジャー!!任せて頂戴!》

《が、頑張ります!!》

《はいはーい》

 

そこから他の者たちも行動に移っていく。ひなたたちが左の角へ曲がるのを見て、千景の父親が三人のいる場所へ向かおうと人波をかき分けるが、途中で彼に話しかける人物がいた。

 

「そこの貴方!!少し手を貸していただけませんか!!」

「は!!?今度はなんだ!?」

 

声の方では歌野、雪花、水都が浴衣のまま、大量のダンボールを移動させているところだった。ダンボールは道に散乱されていた。

 

「私たち、ここの出店のお手伝いをしているんですけど…運んでいる途中で台車から何個か落としてしまったんです!でも女子二人だと重いのを運ぶのが大変で…手伝ってくれませんか?」

 

水都が見上げるように頼んでみるが、彼はすぐに断った。

 

「こっちは急いでいるから他に当たってくれ!それよりここを黒髪の女の子が通らなかったか!?後二人の男女と一緒だったはずだ!!」

「あー、さっきここを通っていった娘?あの娘たちならあっちへ行きましたよ。急いでいる様子でしたけど知り合いだったんですか?」

 

情報を教えてくれた雪花に礼を言う事なく千景の父親は彼女が指さした方へ進んで行った。元から人の悪意に対してある程度強い雪花は特に気にしている様子はなかったが、歌野と水都は溜息を吐かずにはいられなかった。

 

「もう出てきて大丈夫よ、皆」

「ああ」

 

歌野の声を聞いて若葉達がダンボールの中から出てきた。あの転がっているダンボールは全て諏訪の人たちのもので、話を聞いてくれたらダンボールを貸しただけでなく、周囲の出店にも事情を説明してくれるなど、快く協力してくれたのだ。

 

「しかし、これに助けられたのは二度目だな」

「…ダンボールの中に隠れると聞いた時は何かの冗談だと思っていたけど、本当にやってしまうなんて…どこの蛇よ」

「蛇ですか?」

「あ、いえ。郡先輩がゲーム好きだと聞いていたからその辺りのゲームを網羅していた時に…」

 

美佳は少し恥ずかしそうに言った。少女たちは千景の父が向かった方向を見る。ひなたが回線をレイチェルに向けた。

 

「ひなたです。まもなくそちらへ千景さんのお父さんがやってきます。レイチェルちゃん、後のことはお願いしますね」

《分かったわ。少し切るわね》

 

連絡を受け取った吸血鬼は端末の通信を切って真っすぐ敵がやって来る方向をその真紅の瞳で見据えていた。

 

暫くして男の姿が彼女の前に現れた。当然男は彼女の姿を見て驚愕する。最後に彼女と会ったのは数週間前、千景のことで話し合った時だ。

 

「…最後に会った時からそう長くは経過していないと記憶しているけれど、随分と様変わりしたわね。これがイメチェンというものかしら?」

「…誰のせいだと思っているんだ!!」

 

千景の父親は恨みがましそうにレイチェルを睨みながら彼女を罵った。

 

「お前のせいで…僕がどれだけ苦労しているんだと思っているだ!!こっちは生活できるだけで精一杯なんだぞ!!」

「そう。道理でドブネズミのような恰好だわ」

「お前!!!」

 

怒る千景の父親に対してレイチェルは皮肉をたっぷり込めてそう言った。確かに結果として自分が千景を引き取るということは彼から娘を奪ったのだから自分が文句を言われるのは理解できる。

 

だが、それ以上に彼が娘について殆ど言及せず、自分の不幸ばかりを嘆いていたことをレイチェルは不快に感じていた。

 

「…それでその仕事の方はどうなの?パート以外の職を探すと言っていたけれど見つかったのかしら?」

「そんなもの、すぐに見つかるわけないだろ!?こっちのことは殆ど知らないんだぞ!!それにあいつもいるし!!」

 

口を開けばそればっかりと小さくレイチェルは呟く。実際、千景についての会合で会うたびに同じ質問をしても毎回この返答しか彼は返してこなかった。だが今回は訳が違っていた。

 

「あら。大社からは奥方を病院に預けていると聞いていたから、てっきり仕事に打ち込んでいると思っていたのだけれど違っていたようね」

「ッ!!?」

 

それを言われて千景の父親は動揺する。そう、実は千景の父親は彼女の母親の看病などしていないのだ。

 

千景の暴走事件で少し入院した二人だが、その後は予定通り大社が準備してくれた丸亀市へ引っ越しを進めることが出来た。

 

しかし千景の母は既に天恐のステージ3だったため、薬と介護が必須だった。そこで千景の父親は彼女を専用の病院が預かるように手続きをしたのだ。

 

「し、仕方ないだろ!?こっちはパートと仕事探しで忙しいし、あんな状態のあいつを家に置けるわけないじゃないか!!」

「…まぁ、好きではないけれど妥当な判断ではあるわね。相応の知識を持った人間に任せるのは間違っていないわ」

 

でも、とレイチェルは一つ言った。

 

「あの娘を養子に取る際に私が出した示談金はあくまで身の回りの物品や再就職、そしてきちんと技術のあるヘルパーを雇うための資金だったはずなのだけれど、一体どうして治療費が高いであろう施設での治療を受けているのかしらね?」

「そ、それは……」

 

妻のことを指摘されて千景の父親は次第に黙り込んでいく。それを見てレイチェルは何となく彼のその後の動向を察した。大方介護が嫌だった彼は彼女を遠ざけるために預けたのだろう。

 

「さあ、話してもらうわよ…あの娘と妻を切り捨てた貴方が今更何故あの娘を呼び戻そうと、よりにもよってこの大事な日に接触したのかしら?」

「……」

「黙り込んでいては分からないわよ。まさかだとは思うけれど、あの娘への報奨金が目的だったんじゃないでしょうね?」

 

そう指摘するレイチェルの声には棘があるように感じた。勇者を輩出した家庭には大社から様々な面で便宜が図られ、莫大な報奨金も支給される。そこには勿論千景も含まれている。

 

しかし、千景がレイチェルの元へ本格的に引き取られたことで郡家への支給が途切れてしまった。そのため、満足な仕事がなく、娘は引き取られたことで大社からの援助もなくなった彼はお金に困ってしまったのだ。

 

「…そういうお前はどうなんだ?さぞかし生活が楽になっただろうな!」

「お生憎様、私はあの娘に関連するものは特に受け取っていないわよ」

「な!!?」

 

レイチェルの言うことは嘘ではない。大社からの報奨金は既に勇者たちの協力者としある程度受け取っているため、千景の保護者になったからといって特に追加で受け取っていたりはしていない。だから報奨金は全て千景に支払われているのだ。

 

寧ろレイチェルは千景を引き取る準備の際、大社からの報奨金の多くを使っていたのだ。その一部には示談金も含まれていた。

 

とはいえ、元々アルカード家はお金に困っていなかったこと、そして普段から考えながらお金を使っていたため、結果としてレイチェル側の出費は大社からの報奨金分に収めることが出来たのである。

 

千景の父親が茫然とする中でレイチェルは溜息を吐きながら言った。

 

「…ま、どのような理由であったとしても、あの娘を貴方の下へ帰すつもりはないわよ」

「そんな!?何故だ!?」

「あら?貴方、自分の行いを顧みることも出来ないほど愚かなの?貴方は先ほどからずっと他者を糾弾したり、言い訳ばかりしているでしょう?もう散々言われているかもしれないけど、そんな心がお子様の人間に親を務まるとは思えないわ」

 

先ほどからの彼の話を聞いたレイチェルによる言葉のソード・アイリスがグサグサと男の身体に突き刺さっていった。

 

最後に委縮してしまっている千景の父に近づきながらレイチェルは先ほどよりも真剣味のある面持ちで話した。

 

「…別に私を恨むなり、襲うなりするのは構わないわよ。話し合いがしたいなら応じても良いわ。そのための場も設けてあげる」

「っ…」

「でも。今度あの娘と今日のように近づいてみなさい。その時は」

 

紅く煌めかせた目で彼を睨んだその時のレイチェルからはただならぬ威圧感が放たれていた。

 

「赦さないわよ」

 

紫の花火が弾けると同時にレイチェルは冷たくそう告げた。普通なら派手な爆発音で声が遮られるはずなのに、千景の父の耳に彼女の言葉をはっきりと聞き取れた。

 

彼女の幼い容姿と裏腹の圧倒的な気迫に千景の父親は戦慄する。目の前の少女が超常の存在であると本能的に悟ったのだろう。

 

力無く項垂れ、精神的にズタボロになりながらも彼はレイチェルに聞いてきた。

 

「…じゃあ、僕はこれからどうすれば良いんだ…」

「…あの娘たちとの関係という意味なら、そう簡単には修復しないと考えなさい。貴方と彼女たちの因縁は時間にしか解決することは出来ないわ。場合によっては二度と改善しない…貴方自身が変わらない限りね」

 

最もなことを言われて男は何も言い返せなかった。

 

「…今までのやり方が通用しないことはもう分かったでしょう?」

「…だったらどうすれば良いと言うんだ?」

「さてね。答えは自分で見つけなさい。いつまでも非力な子どもか生きた死人でいるつもりなの?」

「でも…僕にはもう何も…ないんだぞ…」

「この世界に何もない人間など存在しないわ。それでも行動しない者は敗北者にすら劣る怠け者よ。少しは自分の可能性(ちから)で新しい世界での未来を切り開いたらどうなのかしら?現にあの娘は今も自身の力を高めているわよ」

 

千景の父親がレイチェルの言葉を頭の中で反芻していると彼女は彼の方へ歩み寄って額に手を置いた。

 

「何を…するつもりだ…?」

「今日は家に帰ってもう寝なさい。話し合う時間としてはもう遅いでしょう?こんなところにいても時間の無駄よ」

「…あんな家に戻ったところで何があるんだ」

「先ずは家を掃除して、周りを整理する必要があるわね。以前訪問した時と同様であればどうせ肥溜めのように汚いでしょうし」

「うぐ…」

「それが終わったら今までしてきたこと。これから成すべきこと。それらについてよく反省し、考えてから決めなさい。後日、貴方の決断を聞かせてもらうわよ」

 

後日に聞かせてもらうと聞いて千景の父親は若干竦む。そんな彼を見てレイチェルは溜息を吐いた。

 

「……私はあの娘を引き取った以上、あの娘が独り立ちできるまで保護する義務があるの。そのために貴方がこのままでいては色々と不都合なのよ」

「……保護者というより、まるで母親か姉のようなことを言うな」

「事実なのだから当然でしょう。それでは、返答を楽しみにしているわ」

 

それだけ言うと男はその場で消失した。転移の瞬間を目撃して困惑している周囲を無視してレイチェルは端末を通じて連絡を入れる。それに千景が応じた。

 

「レイチェルよ。あの男は家へ飛ばしたわ」

《そんなことして…本当に良かったの?》

「あら。大社へ連行して欲しかったの?」

 

少し悪戯っぽくそう言ったレイチェルの問いに千景は少し考え込んだ後に答えた。

 

《…いいえ。そこまでしなくても良かったわ。あんな男でも一応父親だし、私は言いたいことを言えたからもう満足よ》

「そう。なら良かったわ」

《…お父さん、これからどうなるのかしら?お母さんの世話をしているみたいだけど…》

「…貴方のお母様はともかく、彼に関しては本人次第よ」

 

出来ることであれば、次に会うときはきちんとした決断を秘めていることを祈るばかりである。今の家での彼は独りだ。良くも悪くも周りに気を回す必要がない。考えるための時間も空間もあるのだ。

 

「ところで千景。貴女は今どこなの?」

《土居さんとヴァルケンハインさんと一緒に何とか丸亀城へ着いたわ。まだ伊予島さんたちはいないけど、あの人や乃木さんたちはもうこっちにいるわ》

「分かったわ。それでは私は杏たちと連絡を取って助けが必要か聞いてみるわね」

 

そうしてレイチェルは千景との通信を一度切るのであった。打ち上げられる花火が少なくなっていく中、ヴァルケンハインに乗って丸亀城へ戻ることが出来た千景たちは寮の近くで話していた。

 

無事に退避することが出来たラグナや若葉たちは道路の方で待機していた烏丸に拾われて丸亀城へ戻ることが出来た。全てが終わった後、ヴァルケンハインはクラヴィスと共に城へ戻った。

 

「レイチェルちゃんがお父さんをどうにかしたみたいよ。今伊予島さんたちのところへ向かっているみたい」

「ウサギがどうにかしたのか…安心といえば安心だな…こってり絞っただろうし」

「レイチェルちゃんのカミナリかぁ…家のお母さんよりも怖そうだな~」

「あー分かる。絶対ひなたと同じように怒ったら怖いぞ~」

「あらあら球子さん、誰が誰と一緒で怒ったら怖いんですか~?」

「ア、ハイ。スミマセン。吊るのだけは勘弁してくれタマえ」

「レイチェルちゃんにバレたら、本当に吊るされるかもしれないわね…」

「ヒエーーー!!?頼むから言わないでくれぃ!!」

 

球子は慌てて前言を撤回するのであった。無事丸亀城へ戻ることが出来たことで冷静になった千景は改めてノリの産物しか思えない隣の男に話を聞いた。

 

「…そういえば結局貴方は何故女装をしているの?」

「アンズが言うに保険だってよ…」

「仕方がありませんよ。ラグナさんだけは男性ですからね」

「つってもそんなに対して効果があるようには見えなかったぞ!!?」

「でも真っすぐヒナちゃんたちの方へ行ったみたいだから効果があったと思うよ?」

「それ喜ぶべきか悲しむべきか分かんねぇよ…」

 

結局効果があったのかなかったのかよく分からなかったが、男用の甚平を着ていたら作戦に悪影響が出る可能性があったのかもしれない。そう考えることにしよう。

 

「皆、助けに来てくれて本当にありがとう…」

「…当たり前だろ。テメェから依頼してきたんだからよ」

「依頼?」

「あのメッセージ、テメェが送ったモンだろ?それに俺たちのことを呼んでくれたんだ。応えねぇわけにいくかよ」

「ありがとう…でも…」

 

千景たちが丸亀城へ戻ってきた頃には花火の殆どが打ち上げられた。つまり花火大会はそろそろ終わってしまうのだ。それを言及しようとする前にひなたが笑顔でその場にいる全員に話した。

 

「皆さ~ん。先ほど烏丸先生から許可をいただけたので、今から少し遠出して河川敷へ向かいましょう!」

「河川敷?それはどうして?」

「何を言っているんだ、千景。夏といえば花火、だが別に花火は見るだけのものではないだろう?」

 

若葉のそれを聞いて球子のテンションが上がり出す。

 

「おお!!若葉、それはつまり!!」

「ああ。私たちで花火大会をやろうということだ」

「そいつは良いな!そんじゃ早速準備しようぜ!」

「大丈夫ですよ。花火ならもう烏丸先生が先ほどたくさん渡してくれましたから」

「なーんだ。じゃあもう準備は出来てんだな」

「はい。ですがラグナさん。貴方は支度をしなくてもよろしいんですか?私は記録を撮りたいので一向に構いませんが」

「おっと、ちょっと着替えてくるぜ!」

 

笑顔で端末のカメラを構えるひなたから写真を撮られる前にラグナは急いで寮にある自分の部屋へ入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい、見ろよあんずー!タマっちフラッシュだー!!!」

「うん!バッチリ見てるよタマっち先輩!エヘヘヘ~」

「伊予島ちゃ~ん、球子が可愛いのは分かるけど、そのだらしない笑顔は仕舞おうね~」

 

レイチェルが帰ってきた数分後、少女たちは丸亀城から少し離れた河川敷へ向かった。バケツに水を入れて準備を終わらせると早速球子は手持ち花火の一種であるスパーク花火を二つ持ってはしゃいでいた。

 

そんな彼女を見て杏の顔が笑顔になっているのはきっとそれだけ球子の様子が微笑ましかったからなのだろう。

 

「秋原ちゃんが付けているのは蛇花火ね」

「そうですよ。派手じゃないけど、このどんどん伸びていく感じが良いの」

 

雪花が煙を吹き出し続ける蛇花火に興じている中、ひなたは自分が持っているススキ花火に火を点ける。球子のように派手ではないが、鮮やかな赤色の火花を吹き出した。

 

傍にいる若葉も同じものを点ける。先端の紙が燃えるとひなたのものとは違う青色の光が噴出した。

 

「祭りではしゃぐのも良いが、やはり夏の花火はこうしてゆっくりしながら見知った顔でやる方が落ち着くな」

「風情があって良いですよね~。川や虫たちのおかげで残り少ない夏を感じます」

 

二人が熟年夫婦のようなやり取りを行っている間、歌野と水都は吹き出し花火に火を点ける。二人が離れると火花を撒き散らしながら光の柱が筒から出てきた。

 

「うーん……」

「どうかしたの、うたのん?」

「いやね、みーちゃん。私的にこの花火ってもっと派手に出来ないかシンキングしていたのよ」

「これ以上に?これでも結構派手な方だと思うけど」

「例えばね。球子さんみたいに何本も手持ち花火をこれの周りの地面に突き刺して一気にファイヤーしたらもっとファンシーにならないかなと思ったのよ」

「うーん……確かに綺麗だと思うけど煙も凄そうだし、危ないからやめとこ」

「それもそっか。それじゃあ他に何があるのかしら?」

「棗さんと友奈さんがやっているねずみ花火はどうかな?ほら、あそこで丁度やっているよ?」

 

水都が指さしている方向では棗と友奈が回り続けるねずみ花火で遊んでいた。花火の光が円の軌跡を描いて、その後に爆発した。

 

「さっきの棗さんの花火、すごく綺麗に回ってましたね!」

「上手く回るようにするには置く場所も重要だからな。何だったら手本を見せようか?」

「是非是非!お願いしまーす!」

「あ、棗さん!私たちにも見せてプリーズ!」

「勿論だ」

 

その後、棗は後輩たちにねずみ花火のレクチャーを行った。そんな彼女たちを見守りながら千景は美佳と線香花火をしていた。小さく、華美さでは他に後れを取るが、こちらの方が千景の性に合っていた。

 

二人の花火は小さな球を形成すると徐々に火花があちこちに飛び散っていく。時間が経つにつれて弱くなっていくその光は儚いものだが、だからこそ人の心を惹きつける。

 

「郡先輩の花火、長持ちですね。私のはもう落ちてしまいました」

「そうでもないわよ、花本さん。ほら」

 

千景が予告すると同時に花火からぶら下がっていた火の玉が落下した。二人が新しいものを取ろうとしていると同じく新しい花火を取りに来たひなたが二人に気付いた。

 

「千景さんと花本さんは線香花火ですか?」

「ええ。こっちの方が落ち着くことが出来るから」

 

新しい線香花火を二つ分取り出しながら千景は答えた。そこへ同じく花火を取りに来た友奈が来た。

 

「やっほー、ぐんちゃんに美佳ちゃん!楽しんでる?」

「ええ、とても。高嶋さんは何をしているの?」

「さっき歌野ちゃんたちと一緒に棗さんからねずみ花火のやり方を教えてもらっていたの!すっごいんだよ!私の奴はそんなに回んないんだけど、棗さんのはギュイーンってグルグル回るの!」

「そうだったんですね」

 

友奈の後ろでねずみ花火と遊んでいる棗たちを見て美佳は納得した。

 

「せっかくだから少しあっちも見て行こうかしら?」

「そうですね……私もそうしましょう」

「では私も線香花火をやる前にそちらにも行きますね」

「そう?だったらこっちだよ!」

 

ひなたが若葉を呼び寄せた後、友奈に連れられて一同は棗たちの方へ行く。彼女だけでなく、球子やラグナたちもいた。

 

「テメェらもこっちに来たのか」

「はい。先輩たちもですか?」

「ええ。こちらの方が楽しそうだったから」

 

レイチェルの言うように今は球子と歌野が花火を付けている。二人とも光の軌跡を描くねずみ花火に夢中で歓声をあげていた。二人の様子を他の者たちは見守っていた。

 

「おぉ、友奈。皆を連れて来たのか?」

「ううん。皆が興味を持ったという感じ。今は歌野ちゃんとタマちゃんがやっているの?」

「ああ。友奈も時々フォローしてくれたこともあってかなり上達してきたぞ」

「いけっ!!スーパーベイゴマタマ号!!歌野のベイゴマを弾くんだ!!」

「ゴー、農業王ハイパースペシャル!!球子さんのブレードなんてノックアウトしちゃいなさい!!」

「何か花火を別のものと勘違いしてないか、アレは?」

「これはこれで楽しいから良いじゃないの」

 

何とも言えない風景だが、楽しそうにしているのは事実だ。花火の光がよりその光景を盛り上がらせる。花火を点ける者たちを入れ替えながら少女たちは気の済むまで遊んだ。

 

それが無くなるとススキ花火で文字を書いてそれをギャラリーに当てさせたり、新体操のリボンのように振ったりして遊んでいた。やがて手持ちの花火が少なくなるとひなたが案を出してきた。

 

「皆さん、せっかくですから線香花火をしませんか?」

『線香花火?』

「はい。そろそろ時間も遅いですし、締めにはちょうど良いと思いまして。やろうと思えば競争も出来ますし、どうでしょうか?」

「私はヒナちゃんに賛成!!」

「私もだ」

「じゃあやりたい人はここから取って。いっぱいあるから」

 

千景が出してきた束から少女たちは各々の線香花火を取る。全員が同時に火を点けると自分たちの方へ持ってきた。先のねずみ花火による興奮の余韻が取れない球子は若葉と歌野に勝負を仕掛けてきた。

 

「歌野に若葉!この勝負、タマが勝つからな!」

「フッ。それは早計だぞ、球子。私だって簡単に負けてやるつもりはない」

「それはこっちのセリフよ、若葉。そのバトル、私も受けて立つわ!」

「球子さんのさっきのあれって勝負に入るのでしょうか?」

「球子の中ではそうだったのかもね。白鳥ちゃんも乃木ちゃんも勝負事には乗りやすいみたいだから」

「でもあんなに興奮していたら花火が落ちてしまう『あ~~!!』やっぱり」

「フフフ。でも三人とも、本当に楽しそうです」

 

美佳の予想通り、球子たちの線香花火に付いている火の玉は仲良く同時に落ちた。まさかのドローに不服だった三人はもう一本取って再び勝負を始めたのだった。

 

少し前の騒がしい時間とは正反対の緩やかな時間が流れていく。一ヶ所に集まった小さな灯はまるで交尾の季節に飛び交う蛍のように光っている。

 

千景は次の花火を点火する。燃え上がった先端はやがて一つの球へと変化した。

 

「ところで先輩に高嶋さん。郡先輩をあの人だかりからどうやって見つけたんですか?」

「チカゲが俺たちを呼んだんだよ。花火が始まった時はどうしようかと思ったが、すぐ後に俺とユーナが呼ばれている気がしてな。そっちへ向いたらこっちに腕を伸ばすアイツが見えたんだ」

 

美佳の問いにラグナは素直に答えた。実際、あの時は花火の音でかき消されそうだったが、微かに聞こえた千景の声を頼りにすることで見つけることが出来た。

 

あの時、二人が自分を見つけてくれたことをとても嬉しく思った。千景が少し前の出来事を思い出していると友奈があることに気付いた。

 

「そういえばぐんちゃんがラグナを名前で呼んだのって何気に初めてだよね!」

「高嶋さん!?あ、あぁッ!!?」

 

親友が述べた事実を聞いて点いたばかりの火の玉が大きく揺れて落ちそうになる。何とか体勢を保つことが出来たが、それを聞いて黙っていられない人間がいた。

 

「千景さん、それは本当ですか!!?」

「え!?い、いや、そ、そんなことない……わよ?」

 

急いで誤魔化そうとする千景だが、三度のメシより恋愛小説が大好きな杏の目は騙せない。冠菊(かむろぎく)よりも輝き出したその瞳は次にラグナの方へ向いた。

 

「ラグナさん!!どうなんですか!!?」

 

こうなった彼女に止めることは出来ない。かつての弟の発作を連想させる彼女の様子を見て、ラグナは観念したように言った。

 

「……確かに言われてみればチカゲにはこれまで一度も名前で呼ばれてねぇ気がするな」

「ンんん~~~~~~!!!!!」

「痛ぇッ!?何でいきなり殴るんだよってあぁぁぁぁぁ!!?」

 

自身の花火がバチバチと火花を飛ばして輝きを増す中、千景は思わず隣にいるラグナの肩を殴ってしまった。その衝撃でラグナの方の花火が落ちてしまった。それに対して千景は声を上げた。

 

「何でそういうことを今言うのよ!!?本当に馬鹿なの、考え無しなの!!?」

「あわわわ!?ぐんちゃんが荒ぶっているよぅ!!?」

「仕方がないわよ、千景。この男は残念なことにクルミ一つ分も僅かな脳細胞を頭に残していなくて、毎回毎回死にかけたり、危険に巻き込まれたりするようなどうしようもないお馬鹿さんなんだもの」

「ちょっと待て、ウサギ!!そこまで言う必要ねぇだろうが!?」

「ツーン」

「無視かよ!?」

「最低ですね、先輩」

「テメェはストレートに言うな、ヨシカ!?」

 

レイチェルは不機嫌そうにそっぽを向き、美佳に至ってはラグナを虫けらに向けるような目で見ていた。そんな少女たちの様子を見て、杏の心のヒートゲージはマックスになった。

 

「お、お、おおおおおおおお!!!!」

「だぁぁぁぁ!!!またあんずが荒振り出したぞぉ!!」

「あっちゃ~、またこうなりましたか」

「ん?名前を呼んでは何か問題があるのか?」

「あ~、大丈夫大丈夫。棗さんは気にしなくても大丈夫だよ~」

 

雪花の言っていることがいまいち理解出来なかった棗はそうかとだけ返して再び自身の花火へと注意を戻す。それに対して水都は苦笑いしていた。

 

「ラグナさん……あのタイミングで言ったらダメですよ……」

「そう?私だったら嬉しくて周りに自慢しそうなものだけど」

「……恥ずかしいからそれだけはやらないで、うたのん」

「えー何で!?ホワイ!?みーちゃんが初めてやってくれたことよ!?私からしたら感激だというのに!!」

「だ、だって恥ずかしいんだもん!うたのんがそう思ってくれているのは嬉しいけど!」

 

そんな二人の痴話喧嘩を聞いてひなたと真鈴はニマニマしていた。

 

「いや~、上里さん家の奥様?皆といると本当に楽しいですな~?」

「もう、安芸さん家の奥様ったら趣味が悪いですよ~。うふふふ♪」

「だったらその楽しそうな声は何なんだ、ひなた……」

 

若葉が謎の不安に襲われている中、千景の頭にこれまでのラグナとの思い出が弾けるように飛び出てくる。共に戦ってきたこと。一時的だが同じ屋根の下で生活を共にしてきたこと。訓練をよく見てくれたこと。殺し合ったこと。そして今回の祭りでの出来事。

 

だが同時に思い出す。彼が未来からやってきた人間であること。この時代に『居ない筈の者』なのだ。

 

だからいずれ来るであろう、別れを意識してしまう。長い時を生きることの出来るレイチェルとは違い、年月によって自分は彼と二度と出会えないだろう。

 

― 痛い ―

 

彼との別れを考えると胸が無数の針に刺されたかのようにチクチクする。だから傷つかないようにするには接しない方が良いに決まっている。それでもまだ

 

― 聞いていたい ―

 

時間が許してくれる限り。彼の存在が消える前に。

 

― 感じていたい ―

 

そう考えている内に千景の花火は落ちていた。




というわけでぐんちゃん、お父さんに反抗するの巻き。正直ちょっと可哀想な気もしたけど、原作での彼の末路とか本編開始前で述べられていた性格とか考えてしまった結果、こうなりました。全国にいるかもしれないぐんちゃんのお父さんファン、ごめんなさい。

さて、次回ですが番外編です。ゲストは女形のアマネ=ニシキに決まりました!!彼によって起こる騒動をお楽しみに。

そして本編ですが、漸く本格的なシリアスに。最後の戦いを前にラグナたちはどうするのか。それではまた。

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