まず、前回感想を書いてくださった方々、ありがとうございます。個人的にはとても励みになるだけでなく、反省とかにも活かせるので書いてくださる身としてはとても有難いです。
そしてまさか二週間かけても話の流れを思い浮かばなかったとは思わなかった。というより思いついてもボツにしてばかりというか。改めてssを書くのが難しいんだと実感しました。
さて、今回は日常回……という名のギャグ回。でも最後はシリアスへのゴングです。多分ギャグ成分は最後になるから思う存分詰め込めるだけ詰め込んだ感じ。引っ越し中というより終わった直後になったけど、それでも見たい方はどうぞ。
レイチェルがアルカード家を継ぐ話は仲間たちの間にも伝わると同時にアルカード城にあった彼女の私物は次々と丸亀城へと移された。引っ越しの時の作業はアルカード家の使い魔たちやヴァルケンハイン、そしてラグナと勇者たちが手伝った。
こちらへ移動する理由は至極簡単でこちらにいる方が安全だとクラヴィスに言われたからである。アルカード城があるのは『狭間』と呼ばれる空間。現世と境界の中間点にある場所である。理の外に存在する天の神から見れば現世よりも手を出しやすい場所だ。
だから抑止力となっていたクラヴィスもいなくなれば、あそこに留まるのは危険だ。そのためにレイチェルたちは引っ越しの作業を行うことになったのである。といっても使用されていない部屋などに荷物を突っ込んで大まかに分類するだけなのだが。
「それにしても、レイチェルちゃんの実家って本当に色んなものがあるんだね」
「歴史の長い家だからね。それなりに珍しいものが置かれているわ」
そしてこの日も少女たちは休日にも関わらず、最後の作業日ということでレイチェルが持ってきた箱から荷物を出して整理していた。書物、魔道具、骨董品。恐らく、普通に生きていたら決して見ることの出来ない品物がそこにあった。因みに力のあるラグナは最後の荷物を取りに行ったため、ここにはいない。
「でも少し寒くなってきたね~。この前までは熱かったのに、もう秋の季節だよ!」
「でもおかげでスムーズに作業が出来るわね。太陽の下でこれやってたら大変だっただろうし」
10月に入ってからの四国は少しずつ気温も下がり、城内を行き来する大人たちにも厚着を着ている姿が目立つようになった。敷地の木々は葉を変色させ、鮮やかな紅や黄色を彩るようになった。杏はズラッと並ばされた本棚を眺めながらうっとりしていた。
「こんなにたくさんの本に囲まれながら生きられたら幸せだろうな~」
「お茶のついでにいつでも読みに来て良いわよ」
「本当に!?」
「ええ、手伝ってくれているのだもの」
滅多には見れない古の物語を拝めるチャンスに杏は歓喜した。それに対して千景やひなたは他のものに目が移っていた。年季のありそうなワインボトルや盆栽などは倒されないよう、部屋の端の方に置かれていた。
「こちらのワインボトルはかなりの年代物のようですが、こういったものを集めることが好きだったのでしょうか?」
「ええ、お父様が趣味で集めたものよ」
「こういうのも好きだったのか。お、こっちの盆栽も良いな。実によく手入れされている」
「そっちはヴァルケンハイン。最近趣味で購入したらしいのだけれど、中々のものでしょう?」
「若葉ちゃんならこれらを眺めながら縁側で寛いだりするのも好きそうですし、後でヴァルケンハインさんに話を聞いても良いかもしれませんね」
「確かに乃木さんとは似合いそうね」
将来盆栽が置かれた庭を見ながらのんびりとお茶を飲んでいる若葉の姿を二人は容易に想像が出来た。あの二人、趣味の面では気が合うのではなかろうか。
「あ、レイチェルちゃん。これは何かしら?」
手伝っている歌野の興味を引いたのは小さな箱だった。何やら多くの封印が掛かっていたが、特に危険なものには感じられない。しかし、何故かこれを開けたら碌なことにはならないことが予感できた。
「それならモテメガネが入っているわね」
「モテメガネ? 掛けたらモテモテになるほどスタイリッシュな眼鏡とかそういうもの?」
「なるほどではなく、文字通り掛けたら忽ち異性からモテるようになる特殊な眼鏡よ」
「あ~、私覚えているよ! 確か皆がラグナのことを大好きになったアレだよね!」
「何でだろう……あんまりよく覚えていませんが、思い出したら思い出したで嫌な予感しかしません……」
他の少女たちは記憶に残ってはいないが、影響をそれほど受けなかった友奈だけは覚えている。友達がラグナを巡ってキャットファイトしていることを、そしてその後捕食者に追われた鼠のように城中を逃げ回るラグナのことを。
「な、なんだか。そこはかとなくデンジャラスな感じがする眼鏡ね」
「別に掛けてみても良いわよ? 四国中の男性から熱烈なアプローチを受けるようになるわ」
「確かに……うたのんならすごい人気者になるかも」
四国中の男たちからモテモテになる。それを聞いても歌野はイマイチピンと来なかった。基本的に自分は恋愛対象として見られることは殆どなかったし、自分も対して男に興味はなかった。
そんなことをするくらいなら畑で野菜の世話をしたり、水都などの友達とつるんでいる方が楽しい。異性に構うのは後回しでも問題ないだろう。
「だったら私には必要ないわね。私には農業王になるドリームがあるし、みーちゃんもいるから」
「良かったぁ……」
きっぱりとそう歌野は宣言した。それを聞いて水都は心の中で安堵した。
「あらそう。貴女が掛けたらそれはそれで面白そうなことが起きそうだけれど」
「うん、絶対に掛けない方が良いな。レイチェルの顔を見ればこれがヤバイっていうのがタマでも分かる」
「タマっち先輩は元々可愛いからもうちょっと女の子っぽくすれば大抵の男の人はコロッと落ちると思うけどね」
杏がそう言っていると棗がふとあることに気づいた。
「だが全ての異性ということは……当然そこにはラグナも該当するのではないか?」
「言われてみればそうだな」
「てことはラグナもフォーリンラブになったりするのかしら?」
モテメガネの対象が四国中の男だというならば、当然ラグナも対象に入る。眼鏡のラブ魔力に当てられた彼がどんな反応を示すのか、ちょっとだけ気になった。
普段から妹のように接されているせいか、彼の方が勇者たちを異性としてはあまり見ていないことが分かる。普段のレイチェルとのやり取りを見ていると、仮に本当に異性として好きな相手が出来ても素直に接するとは想像しにくかった。
ではこの眼鏡を使ったらどうなるのか。勿論照れ臭さでいつもよりも口数が減るという可能性は捨てられないが、もし。もしいつもより積極的になってイケメン的な言動をし始めたら。
《例え全てを敵に回すことになろうと、俺がお前を護ってやる……!!》
「ブフッ!?」
「ぐんちゃん!? どうしたの!?」
「あの男がこっちの歯が浮き立つような台詞を吐いているところでも想像したの、千景?」
「そ、そんなことないわよ!?」
彼が乙女ゲームのキャラみたいなカッコいい台詞を言っているところを想像してみたが、厨二病全開の文句だった。これが似合っていなければまだ良かったが、何故かそれほど違和感を感じられなかったせいで余計に恥ずかしい。
「うわぁ……」
「球子、どうして微妙な顔をしているんだ?」
「さっきラグナが口説いているところを想像したんだが……こう返してきたんだよ」
《最近寒くなってきたな……テメェも入るか? 温けぇぞ、このダンボールハウス》
これには他の少女たちも苦笑い。勿論こんな口説き文句は論外だ。百年の恋も北風と共に一瞬で吹き飛ばされる。
「そこはせめて布団でしょ、タマっち先輩!!? 何でよりにもよってダンボールなの!?」
「だってアイツ、遠征とかでやたらとダンボールを推してたからさ……」
「それ、ラグナが聞いたら落ち込んじゃうから言わないであげてね……」
ラグナに少なからずダンボールのイメージが付いてしまったことを哀れに思った友奈がそう言うと棗が杏に聞いてきた。
「だったら杏はどんな風にラグナが口説いたら良いと思うんだ?」
「そうですね……こんなのはどうでしょう?」
《悪ぃ、待たせたな。そろそろ行こうぜ。あぁ? 噴水の前で写真が撮りてぇだぁ? 分かったよ、ンじゃあ撮るぞ》
「あんず、もっと巻きで」
「え~まだ導入部分なのに~」
恋愛小説を日頃から読んでいる杏はラグナの声真似をしながら口説き文句どころかデートのワンシーンを再現しようとしていた。こうなったら絶対に長いことを仲間たち、特に球子はよく知っている。
「別に語り尽くしても良いけれど、途中でラグナがうっかり部屋に入って来るかもしれないわよ?」
「うぅ~…分かった」
ちょっと惜しい気持ちはあったが、流石にそれで変な誤解が生まれたら困るので、杏は話を一気にクライマックスまで飛ばした。
《俺のこの『手』を離さないでくれて、ありがとな。これからも、テメェの傍でこうしていたい。え、もっと近くに来ても良いって……? じゃあ……これでも良いか?》
「……とか!!」
「いや何があったんだぁ!!!?」
「おぉ~!! 杏、それ最高だよ!!」
「いつもは強くてちょっと強面な感じの人が自分にだけ甘えてくるシチュエーションって、グッと来ませんか?」
「よく分かっていますね、杏さん!!」
「あれ、ひなた!? 何故そこで私を見たんだ!?」
「普段の行動が原因ではないかしら?」
流石鍛え抜かれた読書家である。一部は困惑していたが、大部分からは好評だった。
「そういえばラグナは最後に何をしたの、アンちゃん?」
「ズバリ!! あすなろ抱きですよ、友奈さん!!」
「ば、バックハグ!! これは強いわね、ラグナ!」
「しかも後ろから耳元へ囁かれるんだから……ちょっとした兵器かも……」
「でもあの人ってすごく背が高いから、耳元とかは難しいんじゃないかしら?」
「……なるほど。考えたね、杏。これは間違いなくラグナだからこそ出来るシチュだわ」
「ええ。高身長である、彼だからこそ出来ますね」
「でしょう? ラグナさんならきっとこういうのが似合うんじゃないかと思って!」
「後はそれだけの度量が有れば、の話だけどね」
雪花とひなたにレイチェルは理解できたようだが、他の少女たちはチンプンカンプンだった。少し高いならともかく、ラグナの身長は少女たちの中でも背の高い若葉や棗と比較しても頭一つ分は確実に大きい。それでどう話しかけるというのか。そんな中で友奈も杏の意図に気づいたようだ。
「ねぇアンちゃん。それってこんな感じなのかな?」
「こんなとは?」
「ぐんちゃん、ちょっとここに座って」
「良いけど、何をするの、高嶋さん?」
「ぎゅ〜!!」
実行するや否や、友奈は座っている千景を背後から立ったままハグした。座らせたのはラグナと千景の体格差を再現するためだろう。今、千景の頭は左右から友奈の両腕、後ろは胸の位置、そして頭頂は友奈も頬を乗せるように寄りかかっている状態と、完全に友奈に包まれている状態だった。
これに千景も興奮しまくり。ほぼ全身が友奈の人特有の柔らかい感触やら温もりやらに包まれていて、ヒートゲージが一気にMAXになった。正直友奈にこれをやってもらっただけでも最高のご褒美である。しかし、そこへ友奈はダメ押しにいつもよりも低い声で短く囁いた。
「可愛いよ、ぐんちゃん」
「ッあぁぁぁぁ~~~……!!! ……カクッ」
「し、しっかりしろ千景!? まだ作業が残っているぞ!?」
「いや……これはヤバイわ……ただでさえ友奈でこれなのにラグナが本気でこれをやったら……大変なことになるよ」
「というか今のはラグナの声真似なのか?」
「どっちかというとロドリゲスっぽかったな」
日頃から勇者としてバーテックスと戦っているが、彼女たちも今を花咲く女子中学生。そういった話題は嫌いではない。その後、千景は何とか復活し、少女たちは作業を進めながら理想のデートや恋人が出来たら何をするかについて語り合った。因みにその時、何名かが親友の方をチラチラ見ていたのは内緒だ。
作業が終わりに差し掛かってくるとラグナが合流してきた。重い荷物を抱えた彼が部屋に入って来るとレイチェルの方へ呼びかけた。
「おうウサギ。これで全部だぜ」
「あら、おかえり。申し訳ないけれど、それはそっちに置いて頂戴」
「へいへい。つーかどうしたんだ。何かいつにも増して楽しそうっつーか」
部屋の隅まで大きな箱を下ろすと、楽しそうに談笑する少女たちへ目をやる。別に今に始まったことではないから気にする必要はないと思うが、今回は何だかいつもと違う感じがする。
「さっき休憩している時に貴方の話題で盛り上がったのよ。モテメガネのラブ魔力に当てられた貴方ならどんな風に口説いてくるかってね」
「あの滅茶苦茶な眼鏡かよ……」
モテメガネに対して碌な思い出がないラグナは嫌な顔を浮かべた。好かれることは別に悪い気はしない。しかしあの眼鏡にやられた者は『少々』過剰な愛を示してしまうので、彼としてはアレの世話になるのはもう御免だ。
「言っておくが、二度とアレは掛けねぇぞ。ぜってぇにだ」
「あら? そんなに気に入ったの?」
「フリじゃねぇよ!! ったく、人を玩具にしやがって」
「一々反応する貴方もどうかと思うけどね」
ラグナの文句を適当にあしらいつつ、レイチェルが箱の中身を確認する。これでアルカード城にあった荷物は全部ここへ集まった。
「二人は元気だったの?」
「まぁな。今のとこは何ともねぇよ」
「そう……取り敢えずお疲れ様。こちらも作業が終わりそうだからゆっくりしても良いわよ」
「そうさせてもらうぜ」
朝イチでの肉体労働に疲れたラグナは端にある箱に腰を掛けて休憩を取る。中身を取り出すや否や、素早くテキパキと決められた場所へと移動させ、あっという間に仕事が終わった。
「では皆、本当にお疲れ様。これで全部終わりよ」
「レイチェルちゃんもお疲れ様!!」
「しかしそうか。レイチェルは丸亀城に住むことになるんだな」
「今はまだ寮で暮らすつもりよ。あそこはあそこで結構快適だから」
「それならいつでもお茶を飲みに行けますね」
「フフッ、その時は手厚く歓迎するわ」
「ラグナさんもお疲れ様でした……あらあら?」
ひなたがラグナに労いの言葉を掛けるが、帰ってきたのは寝息だった。よく見るとラグナは座ったまま寝てしまったようだ。荷物の準備終わって運び始める頃は勇者たちと一緒にやっていたが、最後の一日は荷物の整理まで視野に入れた結果、ラグナ一人で運ぶことになったのだ。
「ラグナの奴、よっぽど疲れてたんだな。タマや若葉が一緒に行こうかって聞いても問題ねぇって言ってたけどさ」
「せっかくだから彼の疲れを癒せる場所へ行きたいわね……」
「それなら心配要らないわ」
千景の懸念にレイチェルが頼もしげに答える。その手にあったのは、何かの地図が書かれた一枚のメモだった。恐らくヴァルケンハインかクラヴィスが荷物と一緒に入れてくれたのだろう。
「ひなた、水都。今日は襲撃はないのよね?」
「はい、そのような神託は今のところは受け取っていませんよ」
「だったら訓練が終わった後の夕食に正門で集合しましょう。その時は皆、水着も持ってきて頂戴」
「どこへ行くんですか?」
「水着が必要で疲れを癒すって……まさか!」
「そうよ、球子」
「『カカ温泉』へようこそ!! ニャス!!」
夕陽が沈み始めてから少女たちが正門で集合すると、レイチェルは転移でヴァルケンハインたちが残したメモに記された場所へと向かった。着いた場所は徳島某所の山奥にある日帰り可能な温泉宿だった。
件の宿で受付を済ませると一人のカカ族が一同を奥へと案内する。宿の中ではカカ族以外にも獣人も何人かいた。
「済みません。ここの温泉の効能は具体的にはどういったものでしょうか? とても良いものだとは聞いていますが」
「ここの温泉はすっごいニャスよー!一度入れば嬢ちゃんたちなんてー、あっという間にドバーンってなってトゥルーンってなってビッカーンってなるニャス!!」
「おい大丈夫か、その温泉!? 危ねぇモンにしか聞こえねぇぞ!?」
「全部説明が擬音だから何を言っているのかが分からないよ……」
案内人の説明が不穏にしか聞こえなかったラグナや水都が不安を漏らすと案内人が二人に近寄ると声のトーンを低くしながら悪戯っぽく笑った。
「二人は気をつけた方が良いニャスよー。油断していると……」
「していると?」
「イチコロでやられるゥニャス」
「イチコロ!?」
「何にだよ!?」
「ちょっとちょっと! あんまりみーちゃんを怖がらせないで頂戴!」
「だって本当ニャスよ? 身体がバーンって弾けた後に調子がすんごーく良くなるニャス」
「爆発して身体の調子が良くなるってどんな温泉だよ!?」
説明をされているはずなのに謎ばかりが増えてラグナたちには概要がさっぱり掴めなかった。しかし、一人だけそれが何なのかを理解できる者がいた。
「わー、そうなんだ!! 凄い温泉なんですね!!」
「おー、お花の人は分かっているニャスねー!」
「友奈、あの説明で理解できたのか?」
「うん! だって身体がドジャーンって弾けてピカーンってなって調子がババーンってなるんでしょ?」
「ダメだ、友奈の説明でも私では理解できないぞ!?」
「心配するな、若葉。それはタマたちも同じだ」
生粋の感性タイプである友奈は理解出来たが、他の人間に説明してもやはり意味不明な擬音ばかりが飛んでいた。
「結構分かりやすい方だと思うけどなー」
「そうニャスよ。このガイドーって説明の方がよっぽど難しいニャス」
そう言って案内人は持っていたパンフレットを見せてくれた。こちらは普通の人間が書いてくれたのか、至って普通の内容が書かれていた。
「ひなた、どうなんだ?」
「説明書によりますとここは天然の温泉のようで初めにカカ族や獣人の皆さんが見つけたからカカ温泉と名付けられたそうですよ。湯の効能は美容効果、疲労回復、代謝促進。万病に対しても有効で傷の治癒も促進させることが出来るそうです」
「それって本当だったらかなり凄い温泉じゃないのか?」
「そればかりは浸かってみない限り分からないけれど、効果は確かだそうよ」
だがこれで取り敢えず危ない場所ではないことは分かった。しかし、あの擬音だらけの説明でよく友奈は理解できたものだ。
「にゃははは……やっぱり友奈って所々天才肌なところがあるわ。あれだけでよく分かったね」
「そんなことないよ〜。ね〜」
「ニャスニャス〜」
「にゃすにゃす〜」
「ぐぼぁっ!!?」
「千景がまた昇天したーー!!?」
「本日二度目!!!」
案内人と一緒に猫の手を真似しながらその言葉をオウム返しする友奈。それだけで致命傷だった。網膜にそれが焼き付いた瞬間、千景は鮮血を鼻から撒き散らしながら萌え果てだ。
騒然となる現場。必死に呼びかける仲間。やれやれと溜息を漏らす姫様。千景はただ一人、満足そうに笑っていた。
「チカゲーーー!! 何やってんだよーッ!!?」
「今日は……本当に良い一日だったわ……」
「まだ温泉に入ってすらいねぇんだけど!!? くたばんのはまだ早ぇよ!!」
「待ってくださいラグナさん!! 温泉で傷を治せる筈です!!」
「馬鹿野郎!! こんな深い傷まで治せたらもうここは秘湯だよ!! 衛生兵を呼べ!!」
「どんだけ深かったんだよ!?」
「なるほど、確かに身体がバーンとなったな」
「友奈の笑顔で、だけどね」
「お客人たちは面白い人たちニャス!」
「全く……仕方ない娘たちね」
そんな大騒ぎがあったが、萌えた末に気絶した千景はラグナがおんぶし、一同は何とか温泉の入り口へとたどり着いた。二つの暖簾が待ち構えており、一つは男用、もう一つは女用となっていた。
「それではお客人! 温泉をお楽しみ下さいニャス!!」
「ありがとうございまーす!」
「ここに来るまで色々と大変だったが……さて、最後の関門はこれか」
若葉が二つの暖簾の間にある看板を見ると、そこには大きく混浴の二文字が書かれていた。カカ温泉では一つの巨大な露天浴場があり、そこへ男女は区分けされることなく入る。そのため、水着で入ることが推奨されているのだ。
もちろんそれは事前にレイチェルから説明されており、多少躊躇いはあったものの、宿のある場所が見つけたカカ族や獣人くらいしか来れないこと。それも滅多に入らないことを説明すると漸く首を縦に振ってくれたのだ。
「しかし、まさかこの年で混浴を経験することになるとは思わなかったな……」
「心配ないわよ。だって男が入るとしてもラグナくらいしかいないもの」
「ウサギ……」
言葉がキツいことはあるが、何だかんだ言って彼女も自分を信頼してくれているんだなと感じたラグナは悪い気はしなかった。しかし、レイチェルはそれに続いて
「それに万が一粗相を起こすようであれば少し目を閉じてもらうだけよ」
「心配しかねぇ!!! 主に俺が!!!」
そもそも勇者相手にそんな馬鹿なことをしたら絶対生きて帰れる気がしない。良くて半殺しだろう。それだって丸亀城に居られなくなる。敵に倒された訳じゃないのに。
「……大丈夫よ。皆、貴方がそんなことをする人じゃないって知っているから」
若干理不尽を感じていると一瞬首回りに少し力が掛かるのを感じた。何だろうとおぶられている千景の方へ目をやる。目を覚ました彼女は今の話を聞いていたようで自分を信頼していると伝えているような優しい視線を向けていた。
「……当たり前だ。そんな野暮なことをする趣味はねぇよ」
「……うん」
「んじゃあそろそろ下ろすぞ。流石にもう大丈夫だよな?」
「ええ、ありがとう」
「いこ、ぐんちゃん!」
「すぐ行くわ」
ラグナが下ろすと千景は友奈と一緒にひなたからタオルを受け取って暖簾を潜る。それを見て球子も遅れをとるまいと女用の暖簾へと向かった。
「待てぃ! 一番風呂はタマのモンだぁ!」
「おいコラ、タマコ! 走んじゃねぇ、転ぶぞ!」
「大丈夫だって、父ちゃん!」
「誰が靴の臭いが最終兵器だよ!」
「何故そこで靴の臭い?」
「お父さんの靴はどんな敵も倒しちゃうからじゃない?」
そんなやり取りもあったが、ラグナも球子たちを見届けてから男用の着替え場に向かい、水着に着替えると風呂場へ出た。温泉はかなり広い露天風呂で、周りは竹の柵で囲まれていた。
「ラグナさん、こちらですよ」
自分を呼ぶ声のする方向を見るとそこでは先に足だけを浸けているひなたがいた。話を聞くにどうやら自分が最後だったらしい。
「湯加減の方はどうだ?」
「とても良いですよ。若葉ちゃんも気に入ったようで、ほら」
ひなたの言う通り、若葉はご満悦の様子で浸かっていた。すっかり自分の世界に入っているようで鼻歌まで歌っていた。
「本当に機嫌が良いみてぇだな。アイツのあんな顔、今まで見たことねぇ気がするぞ?」
「可愛いですよね〜。ここがカメラ撮影禁止であることが惜しくて仕方がありません〜」
「どのみちアイツに怒られるから勘弁してやれ」
「こうなってはこっそり撮った若葉ちゃんのお着替え写真で我慢するしかありませんね」
「そっかぁ……もう手遅れだったかぁ……」
だが実際、今の若葉は半ばマスコットのような状態になっていた。頭にタオルを乗せた今の顔を携帯ストラップの人形にするだけでもバカ売れしてしまいそうだ。
「テメェは足までしか入れねぇのか?」
「今はまだ。後でゆっくり浸かる予定です」
「そうか。ま、風邪は引くなよ。テメェが倒れたら面倒なことになりそうだからな。特にワカバが」
「うふふ、気をつけていますから大丈夫ですよ」
「そうか。ところで他の連中は?」
「球子さんでしたらあちらに」
ひなたの指した場所は口から湯を出している小さめのアステカ石像がある場所だった。そこでは杏たちと一緒に掛け湯用の桶を小さくしたような容器で温泉の水を飲む球子がいた。
「何やってんだ、アイツら?」
「ここの温泉の湯は直接飲むと効能が更に高くなるそうで」
「へー、それで他の連中と一緒に飲んでんのか」
「そうみたいです。ラグナさんも行ってみてはどうですか?」
「ああ」
それを聞いて温泉の奥へと向かったラグナは球子たちと合流する。ラグナは二人に声を掛けた。
「タマコ、アンズ。そっちはどうしてんだ?」
「うぇぇぇぇぇぇぇん!!!」
「酔ってにゃいよーーーッ!! ハァッ!!」
「いやテメェら、本当にどうした!?」
そこにいたのはすっかり出来上がったオッサン二人だった。何が原因かは分からないが二人は若干顔を赤くしていて、球子は大声で泣いており、杏は甲高い笑い声を上げていた。
「とにかく、一回風呂から出ろ!! そしてあそこの椅子に座って休め!」
「にゃに言ってりゅんでぃすか、らぐにゃしゃ〜ん。わらしたし、酔ってないですよー、ハァッ!!」
「止めろ、アンズ!! テメェがそれを言うと何か余計深刻に感じるんだよ!! ほらタマコもしっかりしろ!!」
「ラグナぁぁぁぁぁぁぁぎいでぐれぇぇぇぇぇ!!! どごをみでもダマより胸と背がデガい奴しがいないんだぁぁぁぁぁ!!!」
「めんどくせぇ!! この酔っ払い共マジめんどくせぇ!!!」
まさか他に飲んだ奴はいないだろうか。不安を覚えたラグナは近くで歌野を見つける。彼女は特に変わった様子はないようだった。
「ウタノ! テメェは何ともねぇか!?」
「あ、ラグナ! 私も飲んだけど、一応オーケーだったみたいよ」
「そいつは良かった……これ以上増えたらもっと面倒なことになってただろうしな」
「えっと……それなんだけど……」
何だか歯切れの悪い歌野の反応にラグナが疑問を覚えると違和感の正体に気付いた。そう、いつも彼女のそばにいる巫女がどこにも見当たらないのだ。
「お、おい! まさかミトの奴も!!」
「ええ……やられてしまったわ……」
「マジかよ……まぁ流石にタマコたちよりも騒ぐとは思えねぇが……」
ラグナが水都を探していると彼女は
「おう兄ちゃん!! 他の組のモンがアタイのシマで何やってんだい!!」
「全然そんなことなかった!!?」
何か自分に喧嘩を吹っかけるような文言をぶつけていた。いつもの大人しい雰囲気からほぼ180度変わってラグナと負け劣らぬほど粗暴な感じになっていた。
「あのお湯をドリンクしたら急に球子さんと杏さんとは別の方向におかしくなっちゃったのよ……」
「いやおかしいとかそういうレベルじゃねぇぞ、コイツ!? キャラが反転してんじゃねぇか!? 何でスケ番みてぇな感じになってんだよ!? つーかシマってどこだよ!!?」
「そんなのアイドントノーよ!?」
ここに来て三人目の刺客が出てきてしまった。お湯を飲んで酔っ払うとはどういうことなんだ。
「まさかこの湯、酒なのか!?」
「そんなはずないわ! ここの温泉はお酒みたいに人を酔わせるほど強いアルコールは含まれていないって、パンフレットにも書いてあったもの! ちょっと甘酒みたいな味はしたけど……」
「まさかの場酔い!? つーか甘酒も別に酔わねぇだろうが!?」
歌野が言うように、この温泉の水は小学生でも飲めるものだ。しかし、味や匂いが甘酒と似ていたせいで三人は場酔いしてしまったようだ。
「ラグナぁぁぁぁぁぎいでるのがぁぁぁぁ!!」
「らぐにゃしゃんもにょみましょーよー、ハァッ!」
「最近の若ぇモンは酒の注ぎ方も分かんねぇのかい!!」
「だぁ、拉致が開かねぇ!! ウタノ!! 一旦ミトは頼んだ!!」
「ちょっと!! 丸投げしないでよ!?」
「お、別嬪の姉ちゃん! ちぃと一杯付き合いな!!」
「お願いだからみーちゃん、カムバーック!!!」
歌野が水都にドナドナされていくと同時にラグナは杏タマを一旦抱えて温泉の端にある椅子へ二人を待避させた。幸い現場に居合わせた雪花が着替え場から水を持ってくることが出来たので、何とかそれを飲ませて大事にならずに済んだ。
「俺たち……疲れを取るために来たんだよな?」
「今はレアなみーちゃんを見れたということにしておきましょう……」
「テメェはどこまでポジティブなんだよ……」
「いや、今のはポジティブとかとは違うでしょうが」
一番大変だったラグナと歌野がドッと疲れているのに対して酔っ払い三人はスヤスヤ寝ていた。しばらくすればまた起きる。今は今日の疲労を回復させることに専念しよう。
「でも私はこっちに来れて良かったにゃ〜。極楽極楽〜」
「それは同感ね。みーちゃんたちがあそこまでハッスルくらい元気になれるんだからきっと効能が凄かったのよ」
「元気が良すぎるんだよな……」
歌野の感想に少し同意しながらもラグナは思わず苦笑いした。ここに来る途中でこの温泉の元を売っているのが見えたが、まさか同じことが起こるのだろうか。
「皆ー! さっきスタッフさんからお団子貰ったからこっちに来て一緒に食べようよ!」
「え、そう? じゃあそっちに行くわ。二人はどうするの?」
「私はみーちゃんたちの様子を見に行くわ。もしかしたらもう回復してるかもしれないし」
「だったら俺はユーナたちのところに行くぜ」
歌野が一度水都たちのところへ行くと同時に、また別の場所にいる友奈のところへラグナと雪花は向かう。友奈のいる場所ではレイチェルと千景もいて、更に若葉とひなたも集合していた。一同の後ろには白い団子を大量に乗せたお盆があり、その内の一つを爪楊枝で刺すと友奈は千景の方へ運んだ。
「はい、ぐんちゃん。あーん!」
「あ、あーん…… 美味しいわ。はい、高嶋さんも」
「あーん! う〜ん、美味〜い!」
お返しにあげた団子を友奈がパクリと頬張るのを見て、千景は至福に包まれたような幸せそうな表情を浮かべていた。この日ばかりは一生分の幸運を使い果たしたと感じるほど嬉しかった。
「ユーナ、この団子はどうしたんだよ?」
「旅館からのサービスだよ! お月見といえばお団子だからって!」
「月見……ああ、そうか。もうそんな時期か」
来月にもなればラグナが丸亀に来てから一年になる。今思えばこの一年、何度も危機に瀕したが、それでもこの時代にいる仲間たちのおかげで無事に切り抜けることが出来た。
「ラグナも一個食べる?」
「ああ、一つくれ」
「分かった! んじゃ〜はい、あーん!」
そう言って友奈は後ろにある団子を楊枝で刺すと、ラグナの方へ差し出した。誤って団子を落とさないように左手を下に添えて。
「……いや、そこまでしなくても良かったぞ? 盆を持ってくれば自分で取るから」
「お風呂に落としちゃったら大変だし、この方が良いかと思って」
「だからってこれは……」
「あらあらこれは」
「友奈がラグナを押しているな」
「別に私に遠慮することないのに……」
「その割に寂しそうだけどねぇ」
友奈がまさかの自分にもあーんをしてくれる事態にラグナは少し戸惑う。この大勢の前で、しかも年下の女子にあーんされるのは何だか子ども扱いされているようで恥ずかしい。
しかし、そんなラグナの考えていることが顔に出てきてしまったからか、友奈の表情は満面の笑みから段々と曇っていった。
「……ラグナ。もしかして私にあーんされるの嫌だった?」
「待て待て!! 何でそうなるんだ!!?」
「だってすごく困ってるみたいだし……」
これはキツい。想定していた三倍以上はキツい。高嶋友奈の悲しげな声と表情がこれほどの破壊力を持っていたなんて思わなかった。
「その、なんだ。アレだ。こういうのって餌付けされているみてぇで変な感じがするだろ?」
「そっか……私はただ、ラグナがお団子を美味しく食べてくれればそれだけで嬉しかったんだけどなぁ……」
「ゴホォッ!!?」
「ちょっと、貴方大丈夫なの!!?」
「心配するな……たかがメインカメラと動力炉とコクピットがやられただけだ……まだやれる……」
「いや、それもうたかがの範囲じゃないわよ。何だったら
「それよりメインカメラというのは何なんだ……」
友奈の純粋な眼差しが着々とラグナの良心に何発ものボディーブローを決め込んだことで彼はうっかり魂を吐き出しそうになった。飼い主が家から出ようとしている時に寂しそうに鳴く子猫のそれに似た眼だった。
「分かった分かった!! そのまま食ってやるからそんな悲しそうに「なーんてね♪」は?」
「あはは、ごめんね。珍しくラグナが戸惑っていたから、つい揶揄いたくなっちゃったんだ!」
「テメェなぁ……自分で自覚はねぇかもしれねぇが、冗談に聞こえなかったぞ? まぁ、でも傷ついてねぇなら良いけどよ」
「あ、でも食べて貰いたいのは本当だよ?」
この瞬間、ラグナは脳を加速させる。この後やっぱり断ると言っても友奈は表ではじゃあ仕方ないと言って普通に盆を出してくれるだろう。だが彼女は場の空気に合わせることが多い人間だ。本心では悲しんだり、寂しく思うのかもしれない。
「……あぁ分かったよ!!! さっき食うって言っちまったからな!! あーんぐらいやってやらぁ!!」
「え、本当? 私、普通に手に乗せて渡しても良かったんだけど」
「別にあーんで良いよ、この際。何だったら100回だってやってやろうじゃねぇか!!」
「アハハッ! 私は一回だけでも満足だよ。でもありがとね! はい、あーん♪」
友奈が慎重に団子をラグナの口元へと運ぶと彼はそれを一口で食べた。もちもちとした弾力と一緒に噛めば噛むほど甘くなって美味しかった。
「……美味ぇじゃん、これ」
「だよね〜。私も頬っぺが落ちるかと思ったくらいだよ〜。どうやって作ってるのかな?」
「……それは知らねぇ方が良いかもな」
「ほぇ?」
ラグナの知っている限り、カカ族の料理は非常に美味で、恐らくかのサプリマニア、三好夏凜も気に入る可能性が高いほど栄養満点だ。しかし、その代償なのか、材料はトカゲや虫など、普通の人間ならば考えられない食材から作られている。
何度か食べたことのあるラグナはまだ平気だが、流石に少女たちにそれをバラすのは忍びなかった。それに今回の団子は割とまともな見た目なので、もしかしたら普通の料理が作れる獣人かカカ族がいるのだろう。そう結論付けたラグナは一度周りを見た。
「ン? そういやナツメはどうした? こっちに来てから見てねぇが」
「棗ならあそこに浮いているわよ?」
温泉の中心で、棗は両手両足を広げながら気持ちよさそうにぷかぷかと浮かんでいた。プール並の広さであることもあって、変な障害を気にする必要がないので、遠慮なくリラックスすることが出来た。
「おーい、ナツメ! そっちはどうだ?」
「実にいい湯だ。海以外でこれだけ力が漲ってくるのは初めてだ」
「棗さんもこちらへ来ませんか?」
「分かった」
ひなたに呼ばれて棗もこちらの方へ向かってくる。ラグナたちの近くへ来るとその姿、特に髪のツヤに驚いた。彼女の銀髪は月の光を反射してまるで新調した刀の刀身のように美しく輝いていた。
「な、棗さん! その髪どうしたの!?」
「ああ、これか? さっきからずっと温泉の中で浮かんでいるうちにこうなった」
「美容にまで効果があるんだ、ここ」
「この機会は逃せませんね」
「……私も頭を浸けるわ」
普段、然程手入れをしていない棗の髪が放つ美しい輝きを見て、何人かの少女たちも潜水を開始した。特に潜るのは禁止されていないようなので、この行為もOKなのだ。
「しかし、案内人の言う通りだったな。温泉の成分が五臓六腑に染み込んで、まるで生まれ変わったかのようだ」
「あ、若葉ちゃんもちょっとお肌のツヤが良くなってるみたいだよ!」
「このダークネスの中でも分かるほど効果があるなんて凄いわ」
その意味合いならばここは薬湯なのかもしれない。少女たちが話し合っている間にラグナはレイチェルの隣へ寄って腰を掛けた。
「そっちの調子はどうだ、ウサギ」
「まあまあよ。そっちも随分と楽しんでいるみたいね」
「振り回されてるだけだよ。元気が良すぎるぜ、アイツら」
「その割には上機嫌ね。振り回されるのがそんなに楽しかったの?」
「違ぇよ。勝手なこと言うな」
いつもの如く軽口を叩いてくるが、レイチェルもラグナも、お互いの声音から自分なりに楽しんでいることが分かる。どうやら二人とも機嫌が良いみたいだ。
「これで引っ越し作業も終わりか……これからどうするんだ?」
「暫くは城の方で過ごすわ。こっちで何かあったら戻るつもりよ」
「そうか。にしてもラッキーだったな。まさか月見をしながら温泉に入れるなんてよ」
「ラッキー、という訳ではないと思うけれど、確かに風情があるわね」
ラグナたちが見上げる墨のように黒い夜空には一点の星も見当たらず、代わりに巨大な満月が浮かんでいた。今は皆穏やかに浸かっているからか、水面は揺れることがなく、鏡のようにその姿を映していた。
「それと、ラグナ」
「あん?」
「『腕』は大丈夫そう?」
レイチェルに指摘されてラグナは自分の右腕の付け根を見る。この夜の闇故に勇者たちには見えないが、吸血鬼であるレイチェルにはそれがよく見えた。多くの封で押さえつけられている蒼の魔道書からは蜘蛛の巣のように身体へと伸びるように真っ黒なシミが彼の肩を所々覆っていた。
「……当たり前だ。テメェに心配されるほど俺はヤワじゃねぇよ」
「……なら良いわ。いざの時に身体が使い物にならないなんて、笑えないもの」
「一々言われなくても分かってるっての」
「そう……ところでラグナ」
「まだ何かあんのか?」
流石にこれ以上小言が増えるのは勘弁して欲しいと思っていたラグナだったが、レイチェルが突拍子のない話題を切り出してきた。
「少し目を閉じなさい」
「は? 俺何もしてねぇだろうが」
「主人に歯向かうなんて生意気よ」
「俺はテメェの下僕になった覚えはねぇよ」
「……」
痺れを切らしたレイチェルは一度指を鳴らすと、ラグナの視界がアイビーブロッサムで覆われた。突然のことに動揺するラグナを放っておいてレイチェルは盆の方へ向かう。
スタッフからカカ族製の団子はまだたくさんある。その中からレイチェルは一番大きいものを爪楊枝で突き刺し、再びラグナの元へ戻った。
「おいウサギ!! とっととこいつを解除しろ!!」
「そのまま素直に口を開けたままにしておけばしてもらえるかもね」
「何だよそれ……ったく、仕方ねぇな」
これは口論しても無駄だと判断したラグナは口を開けたままにする。そうしてレイチェルは彼の口の中に団子を入れた。
「何入れたんだ、これ? 団子?」
「つべこべ言わずに口を閉じなさい」
「わーったよ」
取り敢えず言う通りにした。レイチェルはそのまま楊枝を彼の口から抜くと団子はラグナの口の中で転がった。
「さ、終わりよ。それは水中に潜れば取れるから後はどこへでも好きになさい」
「結局何がしたかったんだよ!!? これじゃただのペットの餌やりじゃねぇか!?」
「レイチェルちゃんも素直じゃありませんね〜」
「ラグナもそうだから尚更だね〜」
「……アレが放置プ○イという奴かしら?」
「皆ー! みーちゃんたちがリカバーしたわよー!」
「何か記憶が朧気なんだけど……うたのん、何か知らない?」
「え!? う、ううん。全然リメンバーしてないわね」
「あんず、タマたちは何であんなとこで寝てたんだ?」
「さあ?」
「では、お月見の続きをしましょう」
その後、一同は温泉の中で英気を養いつつ月見を満喫し、有意義な時間を過ごすことが出来た。そうして数週間が過ぎて行き、ハロウィンが盛り上がる10月末のとある日。急にレイチェルからラグナの元へ連絡が入ってきた。
その報せの内容はクラヴィス=アルカードの訃報だった。
……原作死亡キャラ生存の部分、詐欺になってないよね?それとも一部に直した方が良いのだろうか?アンケートに置きますので入れてくださると嬉しいです。
酔っ払い組は一応元ネタがあって、
杏タマ:犬吠埼姉妹+ジンの中の人
水都ちゃん:2019温泉イベントのスケ番お水都
になっています。ギャグでの杏タマの汎用性が高すぎる、何故だ……
さて次回からとうとうあのキャラの襲来、そして最後の戦いが始まります。それではまた。
原作死亡キャラ生存は変えた方が良い?
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はい
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いいえ