取り合えず初めにそのっちの中の人、御結婚おめでとうございます!! 旦那のパトローナスに守られながら末永く幸せに!
そしてアンケートに答えていただいた方、ありがとうございました。取り敢えずタグの変更は無しということで進行させていただきます。
さて、今回はクラヴィスの葬式での出来事。身近な人の死、そして始まる戦い。ラグナたちはどうこのピンチを乗り越えるのか。それではどうぞ。
The wheel of fate is turning…Rebel…1…Action‼
大社が用意した葬儀場でラグナはクラヴィスが眠っている棺の前で立っていた。蓋についている窓から穏やかな表情で眠っている老紳士の顔が見える。本当は生きていて、いつ起き上がっても不思議ではないように見える。しかし、そんなことは起こらない。偉大な吸血鬼は亡くなったからだ。
クラヴィスの訃報を聞いた後、協力者の親ということで葬儀はひっそりと行われた。しかし、老紳士は大社からすればバーテックスや天の神とは違うものの、人ならざる存在。恐ろしかったり、そうでなくてもレイチェルに対してそれほど良い感情を持っていない神官たちの中で葬儀を仕切りたい者はいなかった。
そんなときに名乗り出た者が二人いた。一人は仕方ないと言いつつ請け負った烏丸で、もう一人はなんと美佳の父親だという。聞いた話によると娘からラグナや勇者たちの話を聞いていて、その縁で請けたそうだ。二人が祝詞を捧げ、花を棺の中に入れていくことになった。
後ろでは仲間たちは既に別れの花を棺の中に入れていて、全員席についている。皆顔を俯いていて、全体的に暗い雰囲気になっていた。クラヴィスと話した機会は数える程度しかない彼女たちだったが、その間も助けられたこともあった。何より友人であるレイチェルが父親を失ったと聞いて、何も感じないわけがなかった。
対するレイチェルやヴァルケンハインはまっすぐ老紳士の遺影がある方へ見つめている。ラグナと同様、この日が来ることは既に覚悟していたからなのか、涙を流していなかった。
「レイチェルちゃん、大丈夫……?」
「問題ないわ。ありがとう」
心配になった千景にレイチェルはそう返したが、彼女からいつもの強気な調子はあまり感じられないことに心を痛めた。自分の知っているレイチェル=アルカードは少々Sだが何事にも動じない、強い女性なのだ。だが、ここまで弱っているのを見るのは初めてだった。それは他の少女たちやラグナも例外ではなかった。
千景は本当の親からの愛情は殆ど感じることが出来なかった。だがそんな彼女もあの婆沙羅祭りで会ったクラヴィスがとても娘のことを大事に想ってくれていることが分かった。自分は殆ど話す機会がなかったが、もしもっと時間があったら、色んな話が出来たのかもしれないと思うと悲しかった。
ラグナはクラヴィスの方へ向き直って左手に持った花を入れる。それが終わると自分の席へと戻った。
その後も式は進んでいく。静かな空間で烏丸と美佳の父の言葉を聞きながら少女たちは祈りを捧げる。やがて葬儀は終わり、二人の神官は退出した。部屋に残っているのは勇者たちだけだった。
「ひなた殿、水都殿。此度はクラヴィス様の御遺体を清めていただいたことを主に代わって感謝を申し上げます」
「良いんですよ、ヴァルケンハインさん。レイチェルちゃんのお父様ですから、私たちも何か力になれるならと思っただけです」
「そうですよ。寧ろ私たちに任せていただいて、本当に良かったんですか?」
「ええ。主も姫様の御友人にやっていただけたなら、喜んでくださるでしょうから」
ひなたたちが話している間、レイチェルはまだ座っている。それを見て、ラグナは何も言わずに式場から一足早く出て行った。
「あっ、おいラグナ! どこへ行く!?」
若葉は彼を呼び戻そうとしたが、既にラグナが外へ出た後だった。彼と話したらレイチェルも少し気が紛れると思ったのだ。しかし、彼はレイチェルに言葉を掛けることなく行ってしまった。
「きっと、ラグナさんもショックだったんですよ……」
「……そうか……そう、だよな」
杏子の言葉に若葉も納得する。以前聞いた話からも彼が自分たちよりもクラヴィスとは縁がある人間だとは知っていた。ならそっとしておいた方がいいだろう。対してレイチェルには友奈が近づいた。
「レイチェルちゃん」
「どうしたの、友奈?」
「少し手を握ってもいいかな?」
レイチェルの隣で座っている友奈がすっと手を出す。それに応えるようにレイチェルもゆっくりと手を出した。それを友奈は包むように握る。季節のせいで益々肌寒くなってきたせいか、それとも種族の違いからなのか、レイチェルの手はとても冷たく、握り拳を作っていた。しかし、やがてそれも次第に解れていった。
「……友奈の手は温かいのね」
「昔からお母さんやお父さんにも言われるんだ」
友奈はそう言うと次にレイチェルの耳元に近づく。何のことだろうとレイチェルが疑問に思っていると友奈は優しく、まるで子どもを諭す母親のように小さな声で言った。
「レイチェルちゃん。元気がないときは、誰かから元気を貰っても良いんだよ」
それを言われてレイチェルはハッとした。この日が来ることを知っていた。だから覚悟はしていた。だから悲しむことはない。
そんなことがあるはずがなかった。この一年、勇者や巫女といった新たな友人と出会ったおかげで自分の世界は以前よりも格段に広いものになったが、それは長い時間を共に生きてきた父親との別れが辛くない理由にはならないのだ。普段が強くあろうとしているだけで、鉄の心があるわけではない。
「そう、ね……ありがとう。でも、もう大丈夫よ」
「本当に?」
「貴女たちからこれだけたくさん貰っているのに、これ以上貰っては欲張りよ」
「欲張っても良いんじゃない? 私もそんな感じだし」
レイチェルの言葉に対して雪花が言葉を返す。
「私もさ、あの北海道の大地にいた頃は毎日が寒かったよ。身体だけじゃなくて、心もね」
あの頃の雪花はたった独りで、誰にも信用できるものはいなかった。だから当然かじかんだ手を温めてくれる人間なんて一人もいなかった。
でもここにいる勇者たちと出会って、共に過ごす内に雪花は人の温かさや人と触れ合う楽しさを思い出すことが出来た。
「そうして時間が過ぎていくにつれて、寒くなくなったんだよ」
だからレイチェルも、遠慮なく誰かの寄り添っても良いのだ。自分たちは仲間なのだから。
「レイチェルちゃん」
友奈と雪花に続くように千景もレイチェルに語り掛ける。
「私たちはこれまで何度も貴女に助けられてきたから。だから、こんな私にもできることがあるなら貴女の力になりたいの」
「千景、貴女……」
千景は昔から愛されたかった。それは今でも変わらない。だが、同時に変わったことがある。それは同時に自分もまた誰かを愛していることだ。ありのままの自分を愛してくれる人たちを知っているから。友奈たち勇者に巫女であるひなたたち、そしてラグナにレイチェル。大切な友人たちの存在が今の千景を支えてくれているのだ。
周りの少女たちも千景の言葉に同意した。それを見てレイチェルは笑った。
「……ふふふ。貴女たちと一緒にいると、本当に悲しんでいる暇もないわね」
「オフコースよ! これからもそうだからね!」
「それは良かったわ。千景もありがとう。その言葉のおかげで大分元気が出たわ」
「そんな……私は別に何も……」
「違うよ! ぐんちゃんの優しさがレイチェルちゃんにも伝わったってことだよ!」
「ふふ、そうね。友奈の言う通りよ」
「そ、そんなこと……」
友奈とレイチェルの両サイドから褒められて千景の顔も朱色に染まった。そんな風に調子が良くなったレイチェルに揶揄いついでに球子がアドバイスした。
「ところでレイチェル。お前はついでにラグナにも甘えみたらどうなんだよ? アイツなら案外受け入れてくれるんじゃないか~?」
「何を言っているの、球子。そんなことしたら私が彼に負けたような感じになるじゃない。嫌よ」
「そうかい。んじゃ、こいつは要らねぇな」
いきなり聞き慣れた声が後ろから聞こえる。何なのだろうと後ろを振り向くとそこにはペットボトルを持ったラグナが帰ってきていた。
「ラグナ、お前はどこへ行ってたんだ?」
「ちょっとそこの自販機で飲み物を買いに行ってたんだよ。ついでに、今日まで色々忙しかったウサギの分もな」
「そうは言うが一本しか持ってないじゃないか?」
「……俺はもう飲んだんだよ」
若葉の指摘にバツの悪そうにしながらも短くそう返すとラグナはレイチェルに飲み物を差し出す。中身はやや甘めの紅茶、レイチェルが好んで飲むことの多い飲み物だ。もちろん、こんなペットボトルに売られている安物ではなく、きちんと淹れたものだが。
「……貴方が私にものをあげるなんて、今日は矢の雨でも降ってくるのかしら?」
「毎度毎度喧嘩を売るような言い方しか出来ねぇのかよ、テメェは。要らねぇならハッキリそう言え」
「いいえ、せっかくだから貰うわ。ありがとう」
「はいよ」
ぶっきらぼうに手渡されたそれをレイチェルは一口飲んだ。その間にラグナは再び後ろに振り向いた。
「……まぁ矢が降ってくるのは流石にごめんだが、今日くらいは雨が降ろうが、風が鳴こうが、誰も文句は言わねぇよ」
そう言うラグナの声はどこか柔らかいものだった。それを聞いて少し驚くレイチェルだったが、すぐ後に微笑んだ。
「随分と詩的なことを言うようになったわね。そういう趣味でもあるの?」
「生憎、詩を書くのが好きなのは俺じゃなくてサヤかノエルだ」
相変わらずのやり取り。しかし、ラグナたちと話している内にレイチェルが先ほどよりも更に元気になったのは事実だった。ひなたが彼らの元へやってくる。どうもクラヴィスの棺を火葬場へと運ぶらしい。
「そうか……もうそんな時間なのか」
「レイチェルちゃん……」
「……もう大丈夫よ、皆。さ、行きましょう。お父様との最後の別れをしに」
少女たちは火葬場へと移動を開始する。そこへ向かう途中でラグナは自販機に寄っていた時のことを思い出す。元々彼はレイチェルのために紅茶を買いに行っていたのだが、買い終えると同時に偶然話し声が聞こえたのだ。見えた姿に警戒して一度陰に隠れて耳を澄ませるとその内容が聞こえてきた。
「しかし、何故我々が異形の存在のために葬儀を行わなければならないのだ」
「勇者様の御友人の親御さんらしいのだ……その御友人も人ならざる存在らしいがな」
声の主は老齢の神官数人で、ラグナは知らないものの、実は大社の中でもかなりの力を持った者たちだ。恐らくここにいるのはトップに近い役職上、嫌でも仕事でこういった場所にも赴かなければならなかったからだろう。
そんな彼らがレイチェルやクラヴィスの悪口を言っていた。その言葉を聞いてラグナは眉を顰める。元々大社という組織自体がレイチェルたちのことを快く思っていないことは何となく勘づいていたが、それでも仲間である彼女らを悪く言われることは腹立たしいことだった。
「郡様やあの獣の件でも自分の意見を押し通してきたり。全く好き勝手に動いているものだ」
「異境の妖がこれ以上台頭しては大社が乗っ取られてしまう可能性もあるぞ」
「アイツらがンな下らねぇことに興味持つわけねぇだろ……」
呆れながらそう小さく呟いた。そもそも意見を通した件だって大社が千景の家庭事情をまともに調べてもいないのに家族と同居などという的外れな対策をしそうになったりしたからで、自分たちに友人が任せられないからレイチェルは色々と立ち回ってくれたのだ。
「何より彼女が我々を見るときに見せるこちらの心の内を見透かしたようなあの視線。不気味なことこの上ないな」
「違いこそあれど、そういうところは協力していた上里様とよく似ているよ」
(ヒナタと?)
予想していなかった名前が出てきた。ラグナが神官の言葉に疑問を持っていると彼は話を続けた。
「上里様はあの吸血鬼と違って素直でいい娘だ。しかし、あの齢であのような生き方が出来るのだろうか?」
「何を考えているのかが分からない分、気味が悪いものだ」
「おかしいのかもしれんな、どこかが」
「もしやそれで馬が合ったのか?」
「あの野郎……!!」
神官たちの言葉でラグナの手に力が入る。確かにレイチェルもひなたも人を揶揄うちょっとSなところはあるが、それでも他者を大事に想う心を持っている。そんな風に言われる覚えはない。それがラグナの感じた二人だった。
「それは言い過ぎなのでは?」
「仕方ないだろう。大社にいた頃も我儘を言わずに諍いの仲裁ばかりしていたのだぞ? 疑わぬ方が難しい」
「自分で勝手な行動をしているところは見たことないな」
「俺はあるぜ」
「どういった……って貴様は!!?」
突然会話に割って入ってきたラグナに神官たちが驚愕する。あまりにも好き勝手に言うものだからじっとしていられずに勝手に混ざったのだ。
「偶にどっかから俺たちの写真を知らねぇ内に撮ってたりすることがあるな。一々注意すんのもめんどくせぇし、誰も嫌がってねぇから大したことじゃねぇけどよ」
「そんなことはどうでも良い!! それより何故貴様がここにいるのだ!?」
「ま、まさか今の話を!?」
「俺がどこにいようが、何を聞こうが、テメェらには関係ねぇだろ? それより話を続けろ。ちょっと『興味』があるしな」
神官たちに話を続けるように顎で促すラグナ。しかしその声はドスが効いていて明らかに友好的なものではなかった。
そんな彼に対して神官たちは黙り込んでしまう。目の前にいる男は自分たちでも把握できない力を持っていて、しかも以前襲撃してきた黒き獣とも関係がある疑いがある。そんな彼と話どころ近くにいたくもない。
「いえ……私たちも忙しいので、この辺りで失礼させていただきます」
「そうか。ちょっと残念だな。大社での生活なんて面白そうな話なのによ」
「そういったことこそ、上里様に聞けばよろしいかと」
「言われなくてもそうするさ」
そそくさと退散しながらチラチラと自分を睨む神官たちをラグナは睨み返しながらそう吐き捨てた。元よりこの場から彼らが退散してくれれば理由など何でも良かったのだ。
「ったく。忙しいんだったらこんなところで他人の陰口なんか言ってんじゃねぇよ」
そういって彼もその場を去ろうとしたが、手元を見るとあることに気づいた。
「……クソが」
買ったばかりのペットボトルが握力でひしゃげていた。容器の口からもポタポタと紅茶の雫が滴っていて、少し後ろの通路では赤茶色の水たまりが出来ていた。
あまりの怒りにペットボトルを気づかぬまま中身ごと握り潰してしまったようだ。溜息を吐きながらもラグナは職員に謝罪と掃除の手伝いをした後、紅茶をもう一本買って仲間たちのいるところへ戻った。
そして時は火葬場へ向かっている最中の現在へ戻る。今一同は火葬場へ移るためにヴァルケンハインが連れて来るバスを待っていた。ラグナはレイチェルとひなたへ目を移す。レイチェルにはこの時代、いや、あの世界から長い間助けてもらってきた。いうなれば腐れ縁だ。思えば色んな苦労を掛けてしまったものだ。
ひなたとまともに交流するようになったのは丸亀城に来てからの話だが、恐らく彼女は水都と違って早い時期から大社にいたのだろう。もしかしたらああいったことを聞いてきたのかもしれない。
「どうしたの? 上里さんとレイチェルちゃんを見て」
「あ、いや。なんでもねぇよ」
「そう……」
あまり余計なことに気を煩わせたくなかったラグナは千景の問いをなんでもなさそうに答えた。少し変だと思いつつも千景は深くは聞かないことにした。何となく彼が自分たちのために話そうとしなかったのを察したからだ。その代わり、一言だけ彼に告げた。
「ねえ」
「どうした?」
「レイチェルちゃんにはああいったけど、それは貴方も同じよ。あまり悩みすぎないで」
照れ臭そうにしながらも、千景はそう言った。優しく笑う彼女を見て、どうしてかラグナはそれに懐かしい感覚を覚えた。いつもの千景と同じはずなのに、どこか違う。自分の心に安らぎを与え、奮い立たせる雰囲気だった。
「……そうか。んじゃそん時は頼りにするわ」
「ええ、その時は遠慮なく言って。貴方も私たちの大切な、勇者部の仲間だから」
「分かってるって。なに、安心しろ。黙ってヤバいことに首を突っ込んだりなんざしねぇよ。俺だってそこまで馬鹿じゃねぇ」
「貴方の場合は逆にあっちの方から来ている気もしないけどね」
「チクショウ。否定してぇのに出来ねぇよ」
「皆さーん、もうすぐバスが来ますよ」
ひなたの呼び掛ける声を聞いてラグナたちもそっちへ向かおうとする。
その瞬間だった。その場で巫女二人の身体がふらついたのだ。
「ひなた!!」
「みーちゃん!!」
突然の出来事に若葉と歌野は驚きつつも、親友が倒れる前に身体を抱き止める。二人は酷い悪夢に魘されているように苦しそうで、額にも汗がびっしょりと出ていた。その反応を見て、レイチェルは察した。
「神託が来たのね」
「はい……しかし、あれだけ鮮明だったのは……初めてでした」
「……何が見えたんだ?」
状況を確認出来ない若葉がひなたにそう聞くと、ひなたが口を震わせながら話した。
「黒い……黒い、月のようなものが空に上がって……蒼い火の玉を何個も取り込んで、それで四国が光の中へ……」
「『黒い月』……まさか!!!」
「その、まさかみたいです……ラグナさん」
歌野に抱えられながら水都はラグナたちに自分が何を見たのかを教える。その目には恐怖と怒りが映っていた。
「あのバーテックスが……諏訪を堕としたあの敵が来るんです!!」
「何っ!!? 本当なのか!!?」
「はい……神託越しからでも分かるんです……去年感じたあのすごく怖い感覚…… 間違えるはずがありません!!」
「その敵はいつ来るんですか?」
次の瞬間、杏の問いに答えるように四国の壁を揺るがすほどの凄まじい怒号が世界に響いた。その声を聞いて、勇者たちは悟る。これは間違いなく、一年前のこの頃、諏訪を滅ぼし、ラグナをコテンパンにしたあのバーテックスのものだと。
「……まさかこんな時にリベンジを果たすチャンスが来るなんてね。出来ればもうちょっと後にして欲しかったわ」
「とにかく急いで丸亀城へ戻るぞ! 我々の武器はあそこだ! 急いで取りに行って向かい撃たねば!」
今日は場が場だったので、勇者たちは武器の類を携帯していない。今日も特に目立った神託は来ていないし、元々タケミカヅチの討伐は外の世界の調査と一緒に明日予定していた。
しかし、現実はそれを許さない。タケミカヅチはよりにもよってクラヴィスの葬式中に目覚め、今にも攻撃しそうな状態だった。もし砲撃されようものならいくら結界が強化された四国とて無事では済むまい。
「だったらすぐに転移で飛ぶ必要があるわね」
「そうだな」
「でもレイチェルちゃん、良いんですか? 御父様との、最後の別れになるかもしれませんのに……」
「大丈夫よ、ひなた。それにこんなことになっている以上、優先するべき事項は他にあるわ」
今度のレイチェルの目には迷いがなかった。力強い、いつものレイチェル=アルカードだった。それを見て、若葉も頷く。
「そうだな。このままでは死んでいった者たちだけではない。今生きている人々の大事なものも奪われてしまう。それを守れるのは、私たちだけだ」
「若葉の言うとおりだ。それに爺さんも俺たちがここで立ち止まっているなんて望やしねぇだろうしな」
人が人らしく生きられる世界。それがクラヴィスの
「……分かりました! ではすぐにッ!!?」
「うあぁっ!? 何だこれは!?」
他の仲間たちが戦いへ赴く決意をする中、再びけたたましい音が聞こえてくる。ひなたはポケットから携帯端末を取り出すと画面には大社本庁と書かれていた。急いで出ると安芸の声が聞こえてきた。
『上里ちゃん、聞こえる!!? 皆無事!?』
「安芸さん、どうしたんですか!?」
『良かった……さっきの声を聞いたら不安になって……』
どうやら自分たちを心配して電話してきたらしい。だが一つ気になることがあった。
「そういえば何故大社本庁の電話を?」
『安芸先輩、代わってください』
『あー、そうだった!』
安芸に代わって美佳が電話に出る。美佳が言うに今大社は大慌てになっていて、混乱に乗じて二人の無事を確かめてくれたのだ。
「なんと無茶なことを……」
『それより聞いて。さっきから神官たちが変なことを言っているのよ』
「変なこと?」
『さっき、急に巨大なエネルギー反応が出たって。諏訪から突然消えて、ここにって』
「ここに、ですか!? ですが、エネルギー反応と言ってもそんなものはどこにも……」
バーテックスらしき影が無ければ、樹海化の兆しもない。もしタケミカヅチがここへ来たとしたら、すぐさま樹海化が始まるはずだ。黒き獣の時は樹海の侵蝕や壁を強引に突破したこともあって、樹海化は不可能だったが、今回はそもそも敵が来た気配すらない。
では一体どこにいるのか。それはラグナがすぐに気づいた。
「『
『『え!!?』』
「野郎、衛星軌道から神樹を四国ごとぶち抜くつもりだ!!」
過去の記憶やひなたたちの神託による断片的な情報からすぐさまラグナは理解した。もしタケミカヅチが自分のいた世界と同じであれば、アレは上空からこちらを攻撃してくるはずだ。しかし、それでも分からないことがあった。
「けどどうやってあそこまで!!? 奴は諏訪にいたんじゃねぇのかよ!!?」
「これまでバーテックスの多くは飛ぶことが出来た。タケミカヅチも高速で飛行出来るのかもしれないな」
棗の言葉でラグナは思い出す。言われてみればタケミカヅチは人工衛星のような殻に閉じこもって高速移動が出来た覚えがある。
「しかし、あの一瞬で……吠えてから、それほど時間も経ってないはずなのに……」
「それより困ったわね……衛星軌道ということはつまり、アレは宇宙空間にいるということよ」
「う、宇宙!? 宇宙って、星とかがある、あの宇宙か!?」
「そうよ、土居さん」
千景の言う通り、タケミカヅチがいる衛星軌道とは上空3万6千キロの天。そこであれば樹海化の影響を受けることはなく、以前のラグナのように邪魔が入ることもない。
「セコイ真似しやがって!!! クソッ……クソッ!!!」
「ラグナさん……」
唇を噛みながらラグナは憎たらし気に天を睨む。今すぐにでもタケミカヅチを倒しに行きたいところだが、あそこにいてはこちらは手出しのしようがない。このままでは全てが破壊されてしまう。かつてあの世界でイブキド、そしてどこかの確率事象のカグツチが崩壊したように。
「皆、すぐに丸亀城へ向かいなさい」
「ウサギ……?」
「レイチェルちゃん?」
そんな中で唯一冷静なレイチェルが口を開けた。
「貴女たちには戦う理由が、守るものがあるのでしょう? だったら、こんなところで立ち止まっている暇はないわ」
「レイチェルちゃん、それはどういうこと?」
「アレの相手は私がするわ。その間に皆は戦いの準備と住民を安全な場所へ移動させて」
「まさか、レイチェル! お前、死ぬつもりなのか!?」
強い覚悟を秘めたレイチェルを見て、不安になった球子は思わず声を上げる。その時のレイチェルは
「まさか。私の命はあんな『汚らしい虫けら』に無償で与えられるほど、安いものではないわ。逆にハエのように鬱陶しく飛び回っているアレをあそこから叩き落してあげる」
いつにも増して不敵で黒い笑顔を浮かべていた。それはいつも見せている少女として彼女ではなく、吸血鬼として彼女の一端を示していた。
「本当に任せてもいいのか、レイチェル?」
「私は勇者たちと同じように『切り札』があるの。何も無策で挑むつもりはないわ。そこにいるお馬鹿さんと違ってね」
「またそれかよ!? 馬鹿じゃねぇっつってんだろ!!」
突然の罵倒にラグナはつい反射的に言い返してしまったが、おかげで先ほどよりも少しラグナは平常心を取り戻した。それでも一人で戦わせることに不安を感じた勇者たちをレイチェルは後押しする。
「ほら。とっとと行かないと、先に私がアレをうっかり倒してしまうかもしれないわよ?」
「初めっから殺る気満々だろうが、テメェは……良いぜ、そこまで言うなら偉そうに上から目線で眺めてやがるあの馬鹿野郎に一発キツイのをぶち込んでやれ! 野郎を撃ち落とした後は俺たちに任せろ!」
「一発と言わず、何発でも叩き込めるわよ? ふふふ」
「飛んでいる話の内容が色々とデンジャラスなはずなのに何故かしら……頼もしさしか感じないわ」
「いつもの会話とそう変わらない気がするからじゃないかな……」
二人が話している内に空気の気配が変わる。タケミカヅチが狙いを定め始めたのかもしれない。ラグナたちはレイチェルに任せてすぐに丸亀城へ向かっていった。レイチェルも、転移で丸亀市上空まで向かった。丸亀城へ向かう中、ひなたは少し不安そうに後ろの方を見ていた。
「レイチェルちゃん……大丈夫なのでしょうか……」
「大丈夫だよ」
それに対して、ラグナはまっすぐ前を見つめながら力強く言った。
「ウサギが『ああいう眼』をした時はマジはマジでも大マジになった時だからな」
こちらは丸亀市上空から3万6千キロの地点。そこにある人工衛星にも似たカプセルの扉が開いた。そこから怪物の血走った紅の目が四国を覗く。去年ラグナに傷を負わされたタケミカヅチだ。
傷を癒していく中、タケミカヅチはこれまでのバーテックスから集められたデータを基に進化を続けていた。今では固い外骨格を持ち、その中へ入ることで棗の言ったように飛行が可能になった。
ただでさえ驚異的な砲撃も無数の星屑を喰らってきたことで威力が上がっており、余計に手が付けられない存在になってしまった。
「全く、本当に矢を降らせることないでしょうに……ラグナでももう少し捻ってくるわよ」
そこから数千キロ以上低い場所でレイチェルが出現する。少し前までの自分だったら、ここまでの行動に出ることはなかっただろう。我ながら甘くなったものだと呆れつつも、不思議と嫌な気分ではなかった。
(それだけ、あの娘たちと過ごす日々が楽しかったのよね……)
正直、皆がいなければ自分はもっと冷たい人物になっていただろう。そうはならなかったのは、勇者たちとの青春が大きかった。初めこそ地上へ来ることに否定的だったが、今日ほどここに来れて良かったと感じたものはなかった。
「さて、感傷に浸るのもここまでね」
タケミカヅチが口を開けて中の砲門を露にする。何重もの円陣が出現し、集められたエネルギーが口の方へ収束していく。それを前にしてもレイチェルは一切怯む様子を見せない。
「さぁ、いらっしゃい、
両腕を少し広げると、レイチェルはついにコードを切った。
「『
レイチェルの周りから暴風が放たれる。タケミカヅチの口の光も徐々に形を成していく。
「『次元干渉虚数方陣展開』」
レイチェルの頭上に金色に輝く方陣が四国を覆うように広がる。それは本来の彼女が放つ薔薇を彩らせたものとは違い、まるで巨大な翼だった。
「『
レイチェルが展開した方陣から何層も積み重なってより頑強性を増していく。タケミカヅチの方も狙いを定めるための円陣が一気に集まっていく。
これで防御態勢の準備は完了だ。レイチェルは最後に力強く宣言した。
「『ツクヨミユニット』起動」
レイチェルの宣言の元で方陣は完成する。同時にタケミカヅチは雄たけびを上げると同時にレイチェルに向かって砲撃した。
天から降ってきた金色の矢が地を覆う翼と激突する。眩しい光と爆発音によって、天と地の最後の戦いの狼煙が上がった。
今回のタケミカヅチのスペック、簡単に言うならコアが全割分あってのハイランダーアサルトで見せた衛星移動ができるバージョンです。要は鬼強。以前にも書いたかもしれませんが、のわゆの元ネタを考えるとこの敵が出ないわけにはいかなかった。
次回の本編はタケミカヅチ対レイチェル、そして勇者たち!帝様のペットを相手にどう戦うのか、お楽しみに!場合によってはまた筆者が暴走した感じのギャグ回を番外編で出すかもしれません。それではまた。