蒼の男は死神である   作:勝石

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どうも勝石です。

先ずは明けましておめでとうございます。いろいろあると思いますが、今年も宜しくお願いします。

ふゆゆでは若ひな様40代が出てきたり、ゆゆゆいでは花本ちゃんと安芸ちゃんが参戦したりと年末の盛り上がりとして最高でしたね。はよストーリーが見たいぜ。

さて、今年一番の投稿は天の神とアマテラス襲来から。本当はクリスマスくらいに出すつもりだったのに、思った以上に時間が掛かってしまいました。それではどうぞ。


Rebel108. 天沼矛

レイチェル=アルカードは病院の廊下を歩いていた。夜の病院を蛍光灯の鈍い光だけが薄く照らしている。窓の外からは枯れ葉がヒラヒラと落ちていく様子が見えた。

 

とある病室へと向かいながら戦いが終わった後の出来事について考える。実際、自分でもまだこの目で観測()た出来事を信じられずにいた。

 

 

 

 

 

 

 

それは戦いの後に帰ろうとした矢先の出来事だった。世界がバーテックスの光と歌声に満ちた時、世界を作り出した存在、『マスターユニット・アマテラス』が境界の奥底からその姿を現した。その上ではバーテックスを造りだした存在にして世界を破壊した元凶、『天の神』が巨大な内行花文鏡の姿で自分たちを見下ろしていた。

 

「レイチェルちゃん……アレが以前研究所の書物に記されていた……」

「ええ……マスターユニット・アマテラス。世界を作り出した存在よ」

 

二柱の神を前にした勇者たちは呆気にとられていた。本能的に相手が自分達とは次元の違う存在であることを察したのだ。特に巫女としてであるひなたやツクヨミユニットの所有者であるレイチェルにはそれが尚のこと理解できた。

 

「よりにもよってこいつも敵なのかよ……!!!!」

 

ギリギリと歯を食いしばっているラグナは悪態を吐く。その眼は天の神の下で浮遊し続けるアマテラスを真っすぐ見つめている。

 

世界の全てを作り、観測し続けるマスターユニットはこれまでのバーテックスやタケミカヅチとは訳が違う。如何に勇者たちが強くなっていようと、強力な事象干渉を行使することの出来るアマテラスが相手では攻撃はおろか、近づくことすら困難を極める。

 

「と、とにかくヒナちゃんを連れて壁の中へ」

 

戻らないと。そう友奈が言おうとする前に天の神は青く輝く雲来文から数千本の矢を召喚した。視界を覆い尽くす金色の雪崩は足場が不安定な勇者たちに降ってきた。

 

「っく!!」

 

すかさずレイチェルはツクヨミユニットを展開して辛くも友人たちを守るが、それでも抑えるだけで精いっぱいで反撃にはとても出られなかった。

 

しかし、敵の攻撃は終わらない。もう一つ、別の雲来文が黄色く発光するとサソリの尾が数本虚空から出現し、一行を横から襲い掛かってきた。

 

「伏せろテメェら!!!」

 

唐突に聞こえたラグナの声を聴いて、全員姿勢を低くした。対してラグナは大鎌を大きく振り上げる。勇者たちを四方から囲う猛毒の針。それが刃の範囲に入った時、死神は力の限り大鎌を振り回した。

 

「ブラッドサイズ!!!」

 

極太の毒槍の一群が紅い旋風に弾き飛ばされる。ならばと更に新しい雲来文が緑色に光る。すると今度は星々の歌声とは別に、神経を引き裂くような鐘の音が空から響いてきた。

 

『うわぁッ!!?』

 

勇者たちは思わず耳を押さえる。地震と怪音波で平衝感覚を狂わされた彼女たちはひなたを庇うだけでやっとだった。対して天の神とアマテラスは動じることなく、空から自分たちを見下ろしていた。

 

倒すべき敵が分かっているのに、手が出せない状況に勇者たちは歯噛みする。その思いに反して、金色の雪崩は収まり、鐘の音も静まっていく。漸くツクヨミユニットを解除することが出来たレイチェルは宙から落ちた。

 

「レイチェル!!」

 

急いでラグナが駆けつけて彼女を受け止める。小さな身体は息を上がらせていたが、大きな怪我はなさそうだ。

 

「アレはどうしたの……」

「いきなり攻撃を止めたぜ。何企んでんのか知らねぇけどな……」

「や、やっと攻撃が終わったのか……?」

 

球子の言葉を否定するように気温は更に上昇した。冬が近づいてきた日本列島の気温は昼間の砂漠地帯のように熱くなっていく。あまりの熱で肺の中が蒸気に支配されて息するのも苦しい。

 

「ちょ、さっきより熱くなってない!?」

「アレです! アマテラスの下です!」

 

杏の指摘した通り、アマテラスの下へ熱が集まっていた。収束していく炎は太陽に成長していく。天は攻撃を止めたのはする必要が無くなったから。例え今勇者たちが全員で攻撃したとしてもこの攻撃を止めることは出来ない。

 

アマテラスがもう一つの太陽を地上へ撃ち放つ。発射された火球は一本の黄金の矛となって、津波と地響きを立てながら海に突き刺さった。

 

光の矛が海を掻き混ぜていく度に今ある世界がガラガラと音を立てて崩れていく。大地を塗り潰していくように眩い日輪の威光が落下地点から段々と広がっていき、地上を飲み込んでいく。

 

世界の滅びが加速していく光景を見て、ひなたは一言だけ呟いた。

 

「『天沼矛(あめのぬぼこ)』……」

 

それがどういうものかはレイチェル以外の誰も分からない。しかし、それが良くないものだとは理解できた。白に染まっていく世界を見て、若葉がひなたを抱きかかえると勇者たちに指示を飛ばした。

 

「皆、撤退だ!! 早く結界の中に戻るんだ!!!」

 

彼女の言葉を聞いて、勇者たちはすぐに結界内へ退避した。中に戻れば青い瀬戸内海と空、陸地へと繋がる大橋、そして少女たちが何年も過ごしてきた丸亀城が見える。

 

「た、助かった……」

「ですが、最後にアマテラスは何をしたんでしょうか……」

「……検討は付いているわ。けれど、出来ればそうであって欲しくはないわね」

「レイチェルちゃん、それはどういう……」

 

苦い顔をしているレイチェルに杏は訳を聞こうとしたが、止めることにした。彼女の顔を見れば、それを話したがっていないのが分かった。

 

「とにかく、今は結界の外から出ない方が良いわね……諏訪や他の地域が心配だけど、今は待つしかないわ」

「歌野ちゃん……」

「大丈夫だよ友奈。そん時のことは覚悟してるから」

「故郷のこと気がかりではあるが、皆を危険には合わせられないからな。今は待とう」

 

歌野たち、四国外の勇者たちの意志を汲み取った友奈はそれ以上は何も言わないことにした。その後、勇者たちは待ったが、何も起こる様子はない。取り合えず結界の護りは十分に効いているようだ。しばらくの時間が過ぎるとラグナが立ち上がる。

 

「どこへ行くの?」

「一旦外の様子を見てくる。危ねぇかもしれねぇから俺が良いって言うまでテメェらはここで待ってろ」

「ダメよ。一人だなんて危険すぎるわ。私も行く」

「けどな……」

 

千景の言い分にラグナが困っていると、レイチェルは一言足した。

 

「……ラグナ、誰でもいいからせめてもう一人連れて行きなさい。貴方を一人で行かせた方が寧ろ危険すぎるわ」

「そうですね。またあの敵が攻撃してきたら大変ですし」

「……分かったよ。チカゲ、行くぞ。ユーナ、ウサギを頼む」

「高嶋さん、お願いね」

「うん。二人とも、気を付けて」

 

少女たちの言葉にラグナが納得すると二人は外の世界へと足を踏み出す。しばらくするとラグナの手が宙に現れてこちらを手招きする。それに応じて少女たちも結界の外へ出た。視界が一瞬光に包まれると、次の瞬間、世界はその姿を現した。

 

それを見て、少女たちは絶句するほかなかった。それまであった世界は原始の姿へと還っていた。そうとしか言い様がなかった。

 

地上は全てマグマのように赤く変容していた。大地の割れ目からは星の血流を思わせる黄金の光が漏れ出る。地表のあちこちからは炎の柱が噴き、大気は窯から放出された魔素で充満している。空を見上げても光はなく、真っ暗な闇だけが無限に広がっていた。

 

そして何よりも彼らの目を引いたのは、世界の至る場所を我が物顔で蠢く夥しいほどの星屑たち。大型の個体は姿を消していたが、それが問題にならないほどの数で星屑たちが世界を蹂躙していた。

 

「何だ、これは……世界が壊されてしまったのか!!?」

 

目の前の事象の衝撃に呆然としている若葉。同じくラグナも心中では目の前の光景に脱帽していた。一度だけ、この炎の海を見たことがある。園子たちがまだ小学校だった時、初めて壁の外に出た時だ。しかし、世界を覆うほどの結界があの短時間で施されるとは到底思えなかった。

 

「いいえ……これは最早、単なる『破壊』の範疇を超えているわ」

「どういうことだよ?」

「彼女たちは世界の(ことわり)そのものを書き換えたのよ。観測者は自分の作り出した世界を否定し、理に干渉したのよ……」

「……事象干渉かっ!!!!」

 

怒りに震えるラグナの言葉に同意するようにレイチェルは頷く。理の外にいる者は無暗に世界に対して干渉してはならない。彼女が父親からよく聞いていた言葉だ。

 

しかし、頭上で踏ん反り返っている天の神とアマテラスは世界への大規模な干渉をやってのけた。それもかつての世界のように滅んだものを作り直すのではなく、一方的にぐちゃぐちゃにしたのだ。

 

「そこまで人間に絶望していたのか……天の神と、アマテラスは!?」

「分かりません……ですが、彼女たちが人類の再起の可能性を徹底的に潰そうとしているのは間違いないようです」

 

悲痛な声でそう言うひなたの手はより強く若葉の手を握った。空で優雅に佇む天の神とアマテラスから目を逸らすことなく、若葉はラグナに短く聞いた。

 

「これがお前がかつて言った、炎の海なのか……ラグナ……」

「……ああ」

「そうか……」

 

世界は滅んだ。諏訪も北海道も沖縄も失われた。人類が、いや、下手したら星が長い時間を掛けて育んできたものが全て天の炎によって跡形もなく消されてしまった。かつての世界の面影を残しているのは、神樹に護られた四国だけとなった。

 

「っ……ッぅ……!」

「クソッ……クソッ……!」

 

以前に一度聞かされた外の世界の結末。それでも皆と一緒ならきっとどうにかなると信じていた。しかし、現実はそれを許さなかった。世界はラグナが語った通りのものになってしまった。

 

「ぁ……」

 

若葉がまだ悔しさを拭い去れずにいると、横にいるひなたが不意によろけた。彼女の異変に気付いた若葉が彼女を受け止めた。

 

「ひなた! どうした!?」

「おい、大丈夫かよヒナタ!?」

「いえ、すみません。先ほど神託が来た……と思うんです」

「思う? はっきりとは分からないのか?」

「はい……いつもよりも不明瞭なイメージで、解読するのも困難だと思います」

 

若葉たちにはひなたの言っていることがよく分からなかった。神託を授けられない彼女たちでは彼女の表現を理解するのは少し難しいだろう。

 

しかし、彼女の顔は確かに神託を受けたときのように顔を青くなっていた。この異質な世界で受け取ったとならば、神託も分かりづらいものになっているのかもしれない。

 

「……急いで四国へ戻りましょう。これ以上ここにいたら上里さんの体調まで悪化するかもしれないわ」

「そうね。皆、戻りましょう」

 

一同は四国へ帰るため、壁の中へ向かっていく。ふと炎の海へ若葉は振り向いた。超然と自分たちを見下ろすアマテラスと天の神は追撃らしい追撃を仕掛けては来ない。まるで自分たちに慈悲を掛けているかのようにも感じられる。それに反して空中遊泳に勤しんでいた星屑たちの一部が一か所に集まって完成体の躰を作り始めていた。次の戦いの準備を始めているのだろう。

 

これから自分たちは壁の向こうから攻めてくる無数の完成体たちと永遠に戦い続けることになる。いや、場合によっては天の神とアマテラスと再び戦わなければならないかもしれない。

 

(しかし、それでも……やらなければならない。ここで私たちが倒れれば、四国が滅んでしまう……)

 

悲痛な覚悟を胸に抱く若葉が他の者たちと合流した。壁を降りて大橋に足をつけると既に大社の車とヴァルケンハインが一行の帰りを待っていた。聞いた話によると、ラグナと千景が外の様子を確認している間にひなたが連絡をしてくれたそうだ。

 

四国へ帰還することが出来た勇者たちはすぐに治療と検査を受けるために入院した。勇者たちの身体の怪我は打撲や骨折、火傷と様々だったが、幸い命に係わるものはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから数日。現在彼女たちは身体に包帯を巻かれ、人によってはギプスで四肢の一つを固定されている状態だ。大きな怪我が比較的少ない友奈も念のために入院している。

 

レイチェルが目的地の前に辿り着くと、ドアを数回ノックする。すぐに中から声が聞こえてきた。小さな吸血鬼は引き戸を開けて入室した。

 

「思った以上に元気そうね、ラグナ」

「そっちこそな」

 

ベッドの上で寝そべっていたラグナが起き上がる。彼はソウルイーターを持っていることもあって、他の患者や勇者たちから隔離されている。それでもちょくちょく誰かが訪ねてくるから寂しい思いをしていなかった。

 

「立ち話なのもアレだし、そこに座れよ」

「では遠慮なく借りるわ」

 

体力がまだ万全でない自分を気遣ってくれたのだろう。その厚意に甘えて彼女は近くにあった椅子に腰を掛けた。

 

病院服の下に包帯を巻いている彼を見る。こうして彼と話すのは久しぶりだ。ハロウィンが終わり、11月に入ってから四国はタケミカヅチとの戦いの余波で雷雨に襲われていた。その間、先日ツクヨミユニットを長時間使用した後であることもあって、彼女は城で休む必要があった。当然その間、ヴァルケンハインは付きっ切りだった。

 

そしてここ最近になってようやく天候も体調も落ち着きを取り戻してきたので、皆の見舞いに来たのである。因みにひなたはあの日以来、壁の外の様子の報告と今後の方針についての話し合いをするため、大社にいる。どうも話が立て込んでいるらしく、中々時間が作れない自分の代わりに様子を見てきて欲しいと先日電話越しで彼女に頼まれた。

 

少しばかりの世間話をした後、ラグナが今回の戦いの中で生じた疑問について聞いてきた。

 

「それでウサギ。やっぱり、ユーナは『蒼』に選ばれたのか?」

「……ええ。壁で貴方たちと会った時、彼女からはっきりと『蒼』を感じたわ。どうしてそんなことになったの?」

「俺もよく分からねぇ。あの時は二人とも樹海の奥深くに落ちていっていたからな」

「……ちょっとドアの鍵を閉めてくるからその話をもう少し詳しく聞かせなさい」

 

レイチェルに促されるままにラグナは説明した。タケミカヅチの攻撃を防いだ拍子に友奈と一緒に樹海の奥底へ落下したこと。そこで神樹が友奈を取り込もうとしたこと。何とか友奈の手を取ったけど、結局彼女の手が切れてしまって。もうダメかと思ったら蒼炎に包まれた彼女が蒼を引っ提げて自分を助けたこと。全ての説明を終えると、レイチェルは難しい顔をした。

 

「どうだ、ウサギ。何か分かるか?」

「そうね。仮説の範囲内だけれど、いくつか考えられる要因はあるわ」

「なんだ?」

 

レイチェルの結論を聞こうとラグナが急かす。対するレイチェルは彼に説明するからそこに座っていろと命令すると高説を始めた。

 

「先ずは神樹が友奈を取り込もうとした理由ね。これは至って簡単。彼女は幼少のころから地元の神社に通っていた。そしてそこにはかつてスサノオユニットがあった」

「そうだな。それで長い間アレが形成した場にいたユーナは少なからず影響を受けていた」

 

クラヴィスと一緒に初めて神樹の本体を見たときに知ったことだ。レイチェルはさらに続けた。

 

「そう。そして神樹は今、スサノオユニットを核に土地神が集合することで形成されているわ。ならスサノオユニットの力に触れ続けてきた彼女にも、神樹に力を与えるのに十分なポテンシャルがあったはずよ」

「……勝手なことをしやがるぜ」

「正直理解できなくはないわ。貴方の話を聞いている限りだと、タケミカヅチへの対抗手段はもうそれしか手段はなかったでしょうから。その様子では彼女の魂も持っていこうとしたでしょうね」

 

そう言いながらも眉がヒクヒクと顰めている辺り、心から納得している様子ではなかった。彼女とて友人を勝手に贄にされては怒るということだ。

 

「……分かったよ。じゃあ、ウサギ。『蒼』はどうなんだ?」

「これは恐らくだけれど、色んな条件がかみ合った結果だと思うわ」

「なんだそりゃ?」

「一つは神樹の近くであったこと。本来理の外にある存在である神が現実の世界に現れることが出来るのは、恐らく地下の奥深くに窯。もしくはそれに代わる境界の入り口があるから。それならアレの周囲の場は境界や窯の近くと同様のものになるわ」

「じゃあ、やっぱあの空間は境界に近いものだってことか」

 

そういえば杏が前、神樹は境界に近い存在だとかなんとか言っていた気がする。実際に入ってみれば不思議なほど、その説と先ほどのレイチェルの説明に納得することが出来た。

 

「そしてもう一つは彼女が持つ、肉体と魂の性質にあるわ。ラグナ。あの娘はね、『精錬』された勇者なのよ」

「はぁ? アイツ、窯の中に入ったことなかったよな……」

 

精錬という単語にラグナは思わず首を傾げる。自分の覚えている限り、友奈は窯などに直接入って精錬されていた覚えはない。どういうことだと考えると、ラグナは思い出すように呟いた。

 

「……まさか感染呪術って奴のことか?」

「結果的にはそうね。でもそれは普通の人間やものにも起こることよ。友奈が特別なのは彼女が元々『場の影響を受けやすい』ことにあるの」

「場の影響を?」

「友奈は前に言ってたわよね。友達と言い争ったり、気まずくなったりするのが好きではないと」

 

それに対してラグナは頷く。実際友奈は誰かが落ち込んでいたら自然とその人の傍に寄り添って励まそうとするし、それが全体になると今度は場を明るくさせようと努力する。その代わり場を乱さないよう、滅多には強く自己を主張したり、我が儘を言ったりはしない。

 

「アレは彼女自身が優しいからというのもあるでしょうけど、もう一つに彼女が場の状態に敏感だからよ。場の状態が穏やかで安定しているときが、友奈にとって一番安心できる空間なのよ」

「それが精錬と何の関係があるんだよ?」

「ラグナ、スサノオユニットは元々境界にあったものよ。当然発生する場は少なからず境界と性質の似たものになるわ」

 

境界に近い性質の場。そしてこれまで見てきた二人の友奈が持つ特異性。更に蒼や精錬といった単語と関連している。そこまでキーワードが揃えばラグナも答えに辿り着くことが出来た。

 

「それってつまりユーナの身体は人間のモノから『素体』みたいになったって言いてぇのか?」

「端的に言えばそうね。彼女の性質は霊的な要因でも作用するのよ。貴方が先ほど挙げた感染呪術は正にその代表例よ。実際彼女は長い間、スサノオユニットから発生する場に触れ続けたおかげで最高の勇者適性を得ているわ。そういう意味で、彼女は精錬されたことで誕生した勇者なのよ」

 

それを聞いてラグナはあることを思い出した。未来のレイチェルや峡真によると、友奈という名前は特別な娘にのみ与えられた名前で、彼女たちは例外なく天ノ逆手を引き継いでいるそうだ。もしかしたら神樹も以後の『友奈たち』の肉体が高嶋友奈をモデルに造られるよう、干渉していたのかもしれない。

 

そこで彼はある事実に気づく。

 

「……もしかして、俺と一緒にいても同じことが起こったりするのか?」

「それはそうでしょう。蒼の魔道書は蒼の力を引き出すのに境界と通じているのだから。それならば彼女が蒼に触れる機会なんて、いくらでもあったのではなくて?」

 

それを聞いてラグナは頭を抱えた。どうやら自分が蒼の魔道書を使い続けたせいで友奈の身体におかしな影響を与えてしまったようだ。しかし、そのおかげなのかは分からないが、彼女は蒼に選ばれ、その力を得て皆を救った。

 

もしあそこで蒼が彼女に力を与えなかったら、今頃四国はあの炎の海に呑まれていたかもしれない。それでも、自分が原因で彼女が普通の人間とかけ離れた存在になってしまったことに対して罪悪感を感じていた。

 

彼の様子から責任を感じていることを察したレイチェルは一つ溜息を吐く。

 

「まぁ、恐らく勇者になった頃から殆ど精錬は終わっていたでしょうね。それに蒼の力は結局取るかどうかは、本人次第だから、貴方がどうこうしたところで何も変わらなかったわ。蒼を手にしたのは、あの娘自身の選択よ」

「……そうか」

 

ラグナが何となく自分が慰められていることを理解するとレイチェルは次の話に移った。もう一つの要因、友奈の魂についてである。

 

「さて、次は友奈の魂についてね」

「そういやさっきも少し話してたが、そんなにすごいのか、ユーナの魂って?」

「ええ、神を魅了する程度には。神樹が自身に取り込もうとするほどの一級品よ」

 

レイチェルが言うに魂というものは意識が散漫なものよりも一つの個に対して強い意識を向けるものの方が強いらしい。しかし友奈の場合、彼女の魂は周囲の人間全体に満遍なく強い意識を向けられているそうだ。そういった魂は非常に希少かつ普通のものよりも遥かに強いとのことだ。

 

そして蒼は自身を強く求める者にのみ応える。強い魂の呼びかけに対して姿を現す。友奈はあの時、必死に願い、祈った。普通ならば散漫になれば弱くなる願いでも彼女の魂の資質上、それはあらゆる方面に強く向けられた。結果、蒼にその願いは届き、彼女は力を与えられた。

 

「そういえば彼女は蒼に何を求めたの?」

「皆を助けたい、この世界を守りたいってよ。あの状況でもアイツは自分以上に俺たちを助けることを願ったそうだ」

「そう……あの娘らしい願望(ねがい)ね」

 

後は知っての通り。蒼を手に入れた彼女は先ず取り込まれた肉体を一から再構築してラグナを助けるために落ちていく彼を追った。同時に事象干渉で仲間たちの傷を癒した。

 

「貴方の話から考えられるのはこの辺りまでね」

「そうか……ありがとな」

 

友奈についての話が終わるとレイチェルは勇者たちについて聞いてきた。

 

「他の皆は元気にしているかしら?」

「一応はな。けど、やっぱ外の世界のこともあって以前よりも落ち込んでいる奴も多いよ」

「外の世界が奴らに奪われてしまったものね……」

 

天の神たちの所業を思い出す二人は自分たちの無力を感じずにはいられなかった。けれど、自分たちに出来ることはあまりにも少なかった。

 

実はアマテラスを破壊することは可能だ。しかし、仮に手段があったとしても、それを実行に移してはならない。それは世界がこうして存在していられるのもマスターユニットによって観測されているからだ。

 

観測者がいるからこそ世界はその形を維持し、そこに発生する事象は確立される。逆に言えば、観測者を失えば世界は形を保つことが出来なくなり、やがて存在することが出来なくなってしまう。

 

観測者としての力が弱い土地神はこちらの世界に留まり続けることが出来ない以上、アマテラスに代わる『世界の観測者』として置くことは出来ない。神樹がいなくなった後にアマテラスが居なければやはり世界は滅ぶ。

 

つまり、アマテラスを倒すということは世界を滅ぼすことを意味する。これではこれまでの勇者たちの辛い戦いも意味が無くなってしまう。

 

「様子を見に行ってやれよ。テメェと顔を合わせりゃ喜ぶと思うぞ」

「そうするつもりよ。元々ひなたからも皆の様子を教えて欲しいって頼まれているから」

「ヒナタはまだ大社から出られてなかったのか……そういや、アイツらは何してんだよ?」

「……戦いを続けるか、降伏するかで意見が別れているそうよ。今は降伏する意見の方が多いみたいよ」

「…………そうか」

 

降伏という言葉にラグナは渋い顔をするが、特に文句を言うことはなかった。

 

「意外ね。貴方のことだから意地でも戦うかと思っていたわ」

「俺個人の戦いだったら、そうしてたよ。けど、そうじゃねぇだろ」

 

実際悪いことをした人間がいるのは理解している。しかし、そのせいで何も悪くない西暦の人間たちまでもが赦しを乞わなければならないことにラグナは納得できなかった。特にアマテラスのことを知っている彼からすれば、天の神は世界を人質に取って、勝手に滅茶苦茶にして、あげくに自分たちに従わなければ自分たちで壊した世界諸共人間を消滅させると一方的な要求を突き付けてくる悪盗のようにしか感じられなかった。

 

これがどんなに屈辱的なことか。どんなに悔しいものなのか。かつてテルミに教会での日々を奪われたラグナにはよく分かっていた。

 

しかし、もしこの時代の人間が降伏を選ぶならその決断に従う他ない。事実、園子たちが小学生になる頃まではバーテックスによる本格的な侵攻はなかったと聞いている。少なくとも、神世紀298年までは本格的な戦いがないことは確実だ。

 

それに何より蒼の力を得て復活したとはいえ、あの時友奈は一度『死んでいる』。また戦えば今度こそ別の誰かが命を落とすかもしれない。精霊の力の使い方を改良して安全面を強化し、戦術を増やしたといっても、戦い続ければ先に倒れるのは自分たちの方だ。今回はアマテラスが天沼矛を発動する以外はほぼ棒立ちだったが、次に天の神と二人で進撃すればいくら強くなっていたとしても勝ち目が薄すぎる。

 

それに、自分だっていつまで彼女たちと共に戦えるかも分からない。それを考えてしまうと勝手に戦いを挑むことは出来なかった。レイチェルも降伏に対して否定するつもりはないのか、「そうね」としか返事しなかった。

 

「じゃあ、私はあの娘たちの所を行ってくるわ」

「そうかい。ンじゃ、元気でな。身体を大事にしろよ」

「ええ……ラグナ」

「何だよ?」

 

扉を開けて部屋から出ていこうとする前にレイチェルはラグナの方へ一度振り向く。その眼はどこか悲しみを帯びているように感じた。

 

「くれぐれも無理はしないで。私や友奈たちを心配してくれていたようだけれど、貴方の方もけっして無事とはいえないわ」

「……へいへい。言われなくても怪我人は大人しく安静にしてるっての」

「分かっているなら良いわ。お大事に」

 

そう言ってレイチェルは部屋から退出した。話し相手がいなくなった部屋でラグナはベッドから起き上がると部屋にある洗面台の前に立った。

 

「無理はするな、か」

 

アイツも心配性だなと思いながら身体に巻かれている包帯を解いていく。戦いでの傷は全て完治しており、痛いところも無くなっていた。といっても肌色ばかりではなかった。

 

洗面台の鏡に映っていたのは、右肩の付け根から広がる黒い染みに侵蝕されたラグナの身体だった。身体を後ろに向けて背中の様子も確かめる。まるで何かに喰われたかのように右肩や脇腹の一部は固まった血よりも黒く変色していた。

 

包帯を巻いていたのは病院服の隙間などから周りに、特に勇者たちにこれを見られないようにするためだ。最近は冬が近づいてきていることもあって、首筋の包帯を隠すために院内で赤コートを着ていても怪しまれていない。自分の今の身体を見て、ラグナはやれやれとため息を吐く。

 

「やっぱりアイツ、気づいてやがったのか……結構上手く隠してたつもりだったけどな」

 

まだ夏だった頃、戦いが終わった後に風呂に入ったラグナが自分の身体を見ると、なんと右腕から黒い染みが広がっているのを見つけた。同じ時期からか、魔道書を使っていないと以前よりも身体が怠く感じるようになった気もする。その原因に思い当たる節はある。アンリミテッドモードが開花したことだ。

 

発覚して以来、余計な心配をさせてしまっては不味いと考えた彼は仲間たちにこれを見せていない。あの頃は変化がまだ肩の付け根や脇までしか広がっていなかったので、夜の温泉に行った時は勇者たちにバレることはなかったが、どうやら吸血鬼であるレイチェルには気づかれていたようだ。恐らくクラヴィスたちもそうだったのだろう。

 

この世界に来てからは闘いの日々だった。特に丸亀市に来てからの一年間は完成体バーテックス、黒き獣、タケミカヅチと強敵との戦いや急激な魔道書の強化と、相次いで侵蝕を強める要因が増えてしまった。それらによって積りに積もっていた魔道書の影響が今、身体に表立って現れるようになったのだ。

 

(ま、そいつがなくてもガキの頃からバーテックスやハザマと戦ってたしな)

 

このまま魔道書の侵蝕が進んでいけば、彼は何れ死ぬだろう。そうなれば蒼の魔道書は自分を食い殺して不完全な形でではあるが、黒き獣となって四国を滅ぼすことになる。そうなれば勇者たちは自分と戦うことになる。

 

今の勇者たちならば自分を倒すのは難しくない。それは断言できる。もし自分が人類の脅威になったら、きっと彼女たちは自分を殺してくれる。それも断言できる。しかし、友達を大切に思う彼女たちにそれをやらせるのは彼の本意ではない。

 

「負けて堪るかよ」

 

壁を右手で叩き、鏡の中の『自分』を睨む。今ここにいるものが『黒き獣』ではなく、『ラグナ=ザ=ブラッドエッジ』であることを確認するかのように。身体に限界はまだ来ていない。ならばそれまでは絶対に自分にも天の神にも負けないと自分に念を押すように低く呟いた。

 

気が済んだ後、用意していた新しい包帯を身体に巻き付けながらアマテラスのことについて考える。

 

世界の創造主であるアマテラスは世界を自由に再構築することが出来る。あの炎と魔素の海を見れば誰だってそのことに納得することが出来るだろう。

 

今回四国が無事だったのは、四国を囲う結界のおかげだ。神樹が作り出す結界の中にいれば、内部にいる人間はアマテラスから干渉を受けることがないからだ。

 

そのため、神世紀では結界の要であり、土地神が現世に留まるために造り出した躰、神樹を破壊しようと天の神はバーテックスを使役する。神樹さえ殺せば、後はアマテラスに任せればいいからだ。そうでなくても天の神が送り続けるバーテックスたちが結界の中に残っている人類を一人残さず食い殺していくだろう。

 

そもそもアマテラスは観測者の中では最上位の存在だ。今から潰すつもりで神樹に干渉を続ければ、いずれ結界は崩壊する可能性がある。

 

(けど考えてみたら変だよな……人類を潰してぇのは分かったが、だったら何でアマテラスは世界を炎の海に変える以外に何もしてこなかったんだ?)

 

その力を使えばアマテラスはそれこそ、世界そのものをリセットすることだって出来たはずだ。しかし、結界から出た時は熱だけでなく、空気もしっかりと感じることが出来た。しっかりと重力もあった。今のところ、紫外線で肌が焼けたという報告はない。魔素中毒をしたという情報も今のところは聞いていない。

 

もし原初の世界へと還っていたなら、世界に足を踏み出した瞬間に絶命していただろう。そんなことにならなかったということは、あんな世界でも環境自体は以前の地球と同じだということだ。

 

(一方的だと可哀そうだってか……いや違うよな。バーテックスはいなくなってねぇから少なくとも戦う準備はしているはずだ)

 

となるとアマテラスを以てしても出来なかったということか。それはそれでおかしな話だと思うが。

 

纏まらない考え事をしている内に包帯を巻き終えた。部屋の時計を見ると針は9時を過ぎている。特にやることのない彼はさっさと寝る準備を済ませると、ベッドに入って目を瞑った。

 

外の世界の惨状を見た時。若葉と球子は奪われた怒りと無念でアマテラスと天の神を睨んでいた。千景と雪花は悔しさで叫びそうになるのを堪えるように腕を押さえていた。杏は心の中で役に立てなかったのかなとでも自分を責めていたのか、涙ぐんでいた。棗とひなたは失ったことへの苦痛に耐えるように俯いていた。友奈と歌野はいつもの笑顔とは考えられないほどに顔を歪ませていた。

 

それを思い出すと自分の不甲斐なさに腹が煮えくり返ってしまう。何故自分が過去へ跳んだのかが分からなくなってしまう。出来るならばいっそ外に出て、あの鏡野郎を叩き割って粉微塵にしてやりたい。しかし、彼の力ではそれも叶わない。

 

(……俺は結局、何のためにこの世界に来たんだ? 俺は本当に、アイツらの力になれたのか?)

 

眠りに落ちるまでその問いはラグナの中で反芻し続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ……ハァ……ハァ……!!!」

 

ラグナが丁度寝る準備を始めていた頃、郡千景は彼の病室から離れるように急いでいた。身体の傷がまだ完治していない彼女は身体の痛みで立ち止まり、美しい黒髪を乱しながら息を切らす。

 

久しぶりにレイチェルと再開した少女たちは募る話を咲かせた後、皆でトランプをしようという話になった。それならばラグナも一緒にということで千景が彼の部屋へ行ったのだ。

 

その時に病室の窓から、鏡を見つめる彼の後ろ姿を見た。真っ黒になっている彼の背中を、見てしまった。神社にいた頃も、海で見た時も、あんなことにはなっていなかったのに。衝撃の光景を目撃して取り乱した彼女はラグナに見つからないうちに部屋から立ち去った。

 

「高嶋さんが一度死んで……世界はアイツらに奪われた……もうこれ以上、何かを失う思いなんてしたくないのに……」

 

廊下の壁に寄りかかって一度息を整えようとする。しかし胸の中で躍動する獣は鎮まることを知らず、千景を苦しめるのを止めない。心の熱と痛みで目から涙が流れていく。

 

千景たちは既に友奈が一度肉体を失っていることを本人とラグナから聞いている。その意味を理解できないほどお気楽ではない。全てを聞き終えた後、千景は友奈を強く抱きしめた。友奈がそこに存在していることを確実に実感するまで、彼女を離すことはなかった。そんな千景に友奈は普段と変わらず、優しく抱き返した。

 

その間、千景はラグナを責めることはなかった。皆を必死に守ろうとした彼を責めることなんて出来るはずがなかった。彼が何かを守ろうとする時にどれだけ必死になるのかを、千景は知っているから。

 

大声で嘆き続ける心臓とは正反対に、千景は口から小さく零した。

 

「なのに……何で今度は、貴方なの……!?」

 

鏡越しから見えたラグナの表情。アレは断じてショックで絶望している表情ではなかった。初めから自分の往き付く結末がどんなものかを分かっていて、それでもなお自分の中の獣に抗い続けるという覚悟を持ったものだった。

 

きっとああなるまでラグナは隠していたのだろう。いや、彼のことだからきっとこれからも隠そうとする。皆に心配を掛けないために。そしてその状態で戦い続けて、苦しみ続けて、最後は確定された死の運命へと突き進んでいくだろう。

 

「貴方だって……私にとって……大切な人なのに……」

 

この一年を通して、千景には大事なものがたくさん出来た。自分の周りにいるものの大切さに気付くことが出来た。しかし、同時にそれを失うと分かった時の恐怖も覚えてしまった。

 

心配になって自分を探しに来た若葉に見つかるまで、彼岸花の勇者は死神と呼ばれた青年を想いながら静かに泣いた。




やあ(´・ω・`) 
ようこそ、バーテックス界へ
この天沼矛はサービスだからまずは
食らって死んで欲しい
うん、『絶対に勝てないんだ』すまない
天神様の顔もっていうしね
謝って許してもらおうとも思っていない
でもこの戦力差を見たとき君たちはきっと
言葉では言い表せない『絶望』みたいなものを
感じてくれたと思う
殺伐とした世の中でそういう気持ちを
忘れないで欲しい
そう思ってこの攻撃を仕掛けたんだ

じゃあ、リセットしようか

原作ののわゆの天の神ってマジでこんな感じのことをしてきたから困るんですよね……それに勝っちゃう大満開友奈ちゃん、半端なさすぎる。

次回は大社の方の話ですね。気づけば西暦(のわゆ、うひみ)の話数が神世紀(わすゆ、ゆゆゆ)よりも多くなっていました。まぁ、のわゆってブレイブルーでいうフェイズシリーズと同じだからね、仕方ないね。

それではまた次回お会いしましょう。皆さんの感想、評価をお待ちしております。

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