BBADWは皆さん、プレイしていますか?一応筆者はCT組のSSは何とか引けました。ゆゆゆいの方ですが、自分はもう大満足です。ミノさんイケジョすぎる。そのっちが心の中で抱えているものが少しでも軽くなってくれると良いな。
さて今回ですが大社での話。何だか大社が原作よりもヤバい感じになってしまいましたが、それでも良いと言う方はどうぞ。
「……それでは、本日の会議を始めたいと思います」
大社の会議室で行われた今後の方針についての話し合いが終わった。多くの大人の神官たちの中に混じって巫女、上里ひなたがいる。
先日発生した大規模な事象干渉による世界の上書き。他の巫女たちの神託を通じて大社にもその事実は伝わり、その直後に会議が開かれた。
ひなたが参加していた会議では今日も様々な意見が飛び交っていた。戦うことだけでなく、それ以外の解決法について模索していた。
「今後とも勇者様の戦いを補助するにはどうすればよいと思う?」
「戦力の増強、もしくは人員の増加か」
「これ以上、勇者様に戦いを強いらせるわけには」
「しかしそれでは、四国が滅ぶだろう」
「壁の外のバーテックスはどうなっている? もう奴らは四国を襲撃する準備が完了しているのか?」
「奴等が一気に攻め込めば、こちらはもう一溜まりもないぞ」
「この際、勇者でなくても良い。あの男のように戦えるものはいないのか?」
「そんな報告は上がっていないぞ。それに完成体が相手では獣人たちも力不足だ」
戦うべきか、降伏するべきか。数日間にも及ぶ長い間議論が繰り広げられているが、未だ結論は出ていない。どんな案を出してもそれに対してカウンターを与える意見が提示される。議論が続く中、ある神官がひなたの予想していなかった発言した。
「だったら、あの吸血鬼に護ってもらうのはどうだ。あれだけの攻撃を防ぐ力があるならばどうにかできるのではないのか?」
神官が言及しているのは恐らく、タケミカヅチの砲撃を防いだツクヨミユニットのことだ。四国の空を覆ってその大地を守った金色の翼が魅力的に見えたのだろう。それに対してひなたは反論した。
「彼女は今療養していると聞きます。恐らく先日の力の使用による疲労が原因かと」
「つまり、当てにできないということか」
「はい。ですが、それ以上に彼女はその力を行使したのは四国に生きる人々を守るためです。こんな形で取り入ったとしても……彼女は決して私たちに力を貸してはくれません」
「例え人類が滅亡することになっても?」
「……はい」
自分を利用しようとしていることが見え透くような頼み方をされたら、彼女は相手を雷を浴びせて追い返すだろう。それがひなたの知っているレイチェル=アルカードだ。断言するように言うと、別の神官から声が出た。
「でしたら、あの男の力について本格的に調べるのはどうでしょう?」
「どれだけ調べても分からなかったのだぞ? あの男のいる病院からの報告を見たが、少なくとも今の医療技術では理解できそうになかった」
「だがこのままでは人類は破滅します。取れる手段があるならば、それも視野に入れるべきです。それに彼は『勇者とは異なる力』を持っています。今まで以上に徹底的に調べれば、我々はバーテックスに抗う手段を増やすことが出来るかもしれません」
「しかし、どうやって」
「それこそ、あらゆる観点で。場合によっては、多少強引な方法もやむを得ないでしょう」
神官たちの言葉の意味を理解した途端、ひなたは寒気を感じた。以前に見た、研究所の日記を見た時と同じ感覚だった。神官たちの言葉に対して美佳の父親は反対意見を出した。
「お待ちください。それは神樹様の御意思にだけでなく、人の道理に反してしまうのではありませんか」
「それもそうですが……このままでは勇者様が倒れた時にどうすることも出来なくなるでしょう」
「そもそもあの男も我々の話を大人しく聞いてくれるだろうか」
「してもらわなければ困る。でなければ、人類は成す術なく滅ぼされる」
結局議論は元の木阿弥に戻ってしまった。どこにも起死回生の名案が出てくる気配はない。人類は文字通り、詰んでいた。その時、一人の神官が言った。
「やはり、奉火祭を執り行うしかないのでは……」
絞り出るようにその言葉が出てきた時、部屋に広がる重圧感が増した。発言した神官に冷たい視線を送りながら烏丸は言った。
「犠牲の重さを理解したうえで、言っているのでしょうね」
「……重々承知の上です」
重苦しい声で神官は烏丸にそう返した。得体のしれない力について調査したり、頼ったりすることが出来ないなら、これしか活路はない。
創り変えた世界から自分たちを見下ろす天の神。結界によって自分たちは守られているが、それもいつまで持つかは分からないし、無限に沸いてくるバーテックスに対して、数の少ない勇者たちでは四国を守り続けることは現実的ではない。
そのため、以前から大社の中では全面降伏の案が出ていた。それは『奉火祭』。かつて土地神たちと同じように天の神に対して赦しを乞い、人類の敗北を宣言してこれ以上の侵攻を止めてもらうための儀式である。これを行えば、絶望的なこの状況も回避できる可能性が高い。
しかし、それは6人の巫女を生贄に捧げるということ。確実に犠牲を出すということだ。それは他の神官たちも理解しているようで、一部から声が上がった。
「待て。それでは犠牲が増えてしまうだけではないか。巫女様6人の生贄と化け物1匹の調査だぞ。どちらを取るべきかは明白だろう」
「……その呼称はやめて下さい。彼も人間です」
出てきた声は特別荒立ったものではない。しかし、それを発したひなたからは凄まじい重圧が滲み出てきた。その威圧感に呑まれて神官たちは一斉に黙り込んだ。感情の起伏が読めない面持ちのまま、彼女は言葉を続ける。
「……例え屈辱的でも、人々を守るために、戦いを終わらせるために天に赦しを乞い、降伏する。その意見自体には賛成です」
ですが、と言った後にひなたの言葉が詰まる。奉火祭を行う以上、犠牲になる巫女を選ばなければならないということだ。
もし、自分が犠牲になることで皆を戦いの危険から守れるのなら。その運命を受け入れる覚悟は出来ている。しかし、他の巫女たちはそうではない。気づけば、神官は皆ひなたの方を向いて頭を下げていた。
「上里様、ご判断は貴女に委ねます」
*
しばしの沈黙の後にその日の議論は終了した。神官たちと一緒に彼女も部屋から退出する。外でひなたを待っていた水都が彼女に呼びかけた。
「ひなたさん、お疲れさまでした」
「ありがとうございます、水都さん。どうしてこちらに?」
「安芸さんが、『上里ちゃんが疲れてるだろうから迎えに行ってあげて』って」
恐らく自分を心配しての行動だろう。ひなたは頭を小さく下げた。
「そうだったんですね……お待たせしてしまってすみませんでした」
「いえ。ひなたさんこそ、こちらへ戻ってきてからずっと会議に参加していますから」
唯一変わり果てた世界を
若葉たちの様子が見に行けないだけでも辛いはずなのに、さらに大人たちに交じって話し合いをしなければならないひなた。水都はそんな彼女の助けになれないことを申し訳なく思っていた。そんな彼女にひなたは笑いかけた。
「そんな顔をしないでください。私なら大丈夫ですから」
「ひなたさん……」
「それより、安芸さんのところへ向かいましょう。どこにいらっしゃるんですか?」
「食堂です。他の巫女の皆さんも待っていますよ」
「では早速行きましょう」
そう決めた二人は大社の巫女たちが暮らしている宿舎の近くにある食堂へと向かっていく。その間もひなたは会議で出た案について考えていた。
前例のない儀式を成功させるため、儀式で捧げられる6人の巫女は最も神に赦してもらえる可能性のある者、即ち巫女としての適性が高い者たちだ。その時に勇者を導いた巫女たちは儀式の生贄として選ばれる可能性が高い。
その中で一番適性の高いひなたは間違いなく選ばれる。大社が彼女に自分以外の犠牲となる5人を選抜する役目を一任したのもそれが理由だ。
ついでに神官たちの中には彼女を疎ましく思っている者たちもいる。大戦後に邪魔となる自分を消すためにも、この儀式はそういった連中にとって都合が良い。
奉火祭の執行が決定されれば、その準備も迅速に進めるだろう。人々を守ることが出来る。若葉たちは終わりのない戦いから解放できる。ラグナの生きていた時代である未来を繋ぐことが出来る。
(若葉ちゃん……皆さん……)
しかし、自分が死んだ後。今生きている新しく出来た友人たち、そして若葉はどうなるのだろうか。それが気がかりだった。
これまで人々を守るために戦ってきた若葉たちが奉火祭の内容を知れば、必ず止めるように大社へ直訴するだろう。
特に若葉とひなたは幼い頃に出会ってからずっと一緒だった。比翼連理の関係といっても過言ではない。新しく出来た友達が傍に居てくれるとはいえ、自分が犠牲になった時に若葉はどんな行動に移るのかを、ひなたはよく分かっていた。
しかし、いくら勇者の力を持っているとは言っても彼女たちは中学生だ。彼女たちの発言だけで組織が止まるとは思えない。そうなれば彼女たちは力ずくで奉火祭を止める可能性もある。
その時にもし大社を襲撃する彼らの様子が一般人に見つかって、その様子をネットなどに晒されたら、黒き獣の時の騒動以上に世間が騒ぐに違いない。大社も四国を混乱に落とした若葉たちに何をするかも分からない。
ならレイチェルに協力してもらうのはどうか。彼女が介入すればいつかの千景の件と同じように奉火祭を止められるかもしれないが、これ以上干渉すれば彼女は大社から人類の敵として認識されるかもしれない。そうなれば彼女は四国にいられなくなってしまう。つまり、あの炎の世界へ追放されてしまうということだ。会議のこともあるから彼女に頼るのは得策ではない。
勿論解決策がないから戦いは続く。いずれ戦いが終わるにしても、そうなる前に若葉たちも犠牲になる可能性がある。戦う度にボロボロになっていく姿を見てきたひなたはそう予感した。故に彼女は奉火祭のことを他の皆に悟られる訳にはいかなかった。
「――ひなたさん?」
「え? あ、はい。どうしました?」
「何か考え事をしていたようでしたから。食堂、着きましたよ」
考え事をしている内に食堂に着いたようだ。そこには真鈴や美佳、そして他にも多くの巫女がいた。一人の少女が自分たちに気づくと、すぐに席から立ってこちらへ走ってきた。
「皆さん、今から夕食ですか?」
「ええ。今から行きますので、一緒に行きましょうか?」
「はい、ひなたお姉さま!」
ひなたの言う通り、小さな巫女はテーブルへ戻っていった。空いた空間で足を振りながら鼻歌を歌っている彼女を水都はどこか安心した様子で見ていた。
「巽ちゃん、すごくひなたさんに懐いていますね」
「昔に色々とありましたから」
巽と呼ばれた少女はどこか懐かしそうにそう言った。三人の巫女は友人たちの集まる席に向かう。ひなたたちに気づいた真鈴はひなたたちに手を振った。
「藤森ちゃん、巽ちゃん、ありがとね! 上里ちゃんも会議、お疲れ様」
「お気遣いありがとうございます、安芸さん」
「これで全員集まったのでしょうか?」
「そうなるね。今のとこは全員いるよ」
巫女全員が集合しているところを確認すると、巫女たちは手を合わせて「いただきます」と言ってから食事を始めた。
皆と談笑しながらひなたは大社に来たばかりの頃の宿舎を思い出す。バーテックスが襲来したばかりの頃。巫女の多くは家族や友達が殺されたり、四国の外からやってきたりと様々な事情を持つ者たちが集まっていたことあって、宿舎は暗い雰囲気に包まれていた。
そんな重苦しい空気を変えてくれたのはひなただった。彼女は先ほどの少女のように重いトラウマを抱えた者に寄り添い、諍いを仲裁して周りの仲を取り持っていた。言うなれば、ひなたは巫女たちの友奈に近いポジションの人物である。
そんなひなたの努力のおかげもあって、混沌とした宿舎は秩序を取り戻していき、巫女たちの様子も段々と明るくなっていった。その経緯もあって、普段は丸亀城にいるにも関わらず、ひなたは多くの巫女たちに慕われている。
「ところで、会議の結果はどうなっていたの?」
「それについてですが……まだ結論は出ていません……」
「そう……」
美佳の問いに対してひなたが答える。完全に決定されていない奉火祭の内容を今教えるのは避けたかった。彼女の話を聞いて巫女の一人が不安を漏らした。
「どうなっちゃうのかな、私たち……壁の外は火の海になったんだよね……」
「でも、大丈夫なんでしょ? 結界だって強化されたんだし……」
「そうとも言えない。神樹様だって力は無限ではないからな。数年先まで大丈夫なのか、数十年先か、それとも数日後か……」
「志紀さんの言う通りね……それに、前にいた黒い化け物みたいに壁を破壊することが出来る敵が来たら……」
「ちょっと。お願いだからそんなこと言わないでよ、大和田さん」
「しかし……」
徐々に喧騒を増していく巫女の群衆。巫女たちには既に壁の外の様子は伝わっている。それに対して少なからず不安を覚えている者たちがこの場にいた。特にバーテックスの脅威を実際に見たことのある者たちが感じる恐怖は、他の者たちよりも強い。
その間もひなたは何も言えずにいた。ここで大丈夫だなんて、無責任なことは言えなかった。この中にいる内の5人から、世界を守るための犠牲になる必要ができるかもしれないのに、大丈夫、と軽々しく言うことは出来なかった。
「はーいそこまで。皆一旦落ち着こう」
彼女の様子を察した真鈴が代わりに巫女たちを鎮めた。
「これからどうなるかなんて分からないけど……今は神樹様を信じて待とうよ」
真鈴の言葉に反対する者はいなかった。巫女たちは食事を終え、宿舎付近にある大浴槽に入った後に宿舎にある自身の寮室へ戻っていく。
この宿舎にいる多くの巫女たちと同様、ひなたと水都は同じ部屋に滞在している。二人は寝る準備に入っていて、今水都は洗面台で歯を磨いていた。
先に終わらせていたひなたはパジャマに着替えながら壁の外で受けた神託を思い出す。神は言葉で巫女に神託を与えない。与えられるのは抽象的なイメージだけで、それを巫女たちが解読することで初めて神託を他の者たちに伝えることが出来る。
しかし、あのイメージでは何を伝えたかったのかが分からない。あの時映ったものは酷く雑音が混じっていた。恐らく神樹からのものではないのだろう。
僅かに見えたのは、白い服を着た少女が青年と引き離される場面だった。それだけだった。しかし、それだけではひなたでもどんな意味を持った神託なのかは分からない。
(しいて言うならば、あの男の人がラグナさんに似ていたことが少し引っ掛かる、というところでしょうか……)
ということは彼に関係した神託だということか。それにしてもあまりにもピンポイントな気もするが。一応大社にはこの曖昧な神託についても少し話したが、やはり神官でも分からなかったそうだ。
「あの、ひなたさん」
意識を現実へ戻すと水都が自分に話しかけていることに気づいた。
「どうしましたか、水都さん?」
「何かありましたか?」
「何か、とは?」
「会議が終わってからずっと何やら考え込んでいるようでしたから」
ひなたの様子がどこかおかしいことは水都にも感じていた。それに対して、ひなたは首を横に振った。
「いいえ、何でもありませんよ」
「それならいいんですけど……」
ひなたの返答を聞いて、水都は溜まっていた想いが少しだけ漏らしてしまう。
「うたのんたち、大丈夫なのかな……会いたいな……」
「……そうですね」
その気持ちはひなたも痛いほどに理解できる。これほど長い期間、二人が若葉や歌野の傍から離れていた時期は久しぶりだった。本当なら若葉たちのいる病院へ行きたいところだが、今はそれも叶わない。
大社は人類の今後を左右する決定について模索している最中ということもあって、巫女たちはまだここから離れることは出来ない。
「……水都さん、そろそろ寝ましょう。私が電気を消しますので、先に寝ても構いませんよ」
「はい……明日も早いでしょうから」
レイチェルに返信を送り、水都が二段ベッドの上に登ったことを確認した後にひなたは壁にあるスイッチを切って明かりを消そうとした。直前、部屋の扉から叩く音が聞こえてきた。
「あ、今開けますね」
こんな時間に誰だろうと疑問に思いながらひなたが扉を開ける。そこにいたのは先ほどの少女、巽だった。彼女は既にパジャマに着替えた後で自分が使うであろう枕を抱えていた。
「あら、巽さん。どうしましたか?」
「久しぶりにひなたお姉さまと一緒に寝たいと思って」
「私は構いませんが、水都さんは?」
「良いですよ。どうぞ上がってください」
ひなたたちに迎えられて巽は入室する。こうして彼女がひなたの部屋へ泊まりに来るのは初めてではない。最年少の巫女である彼女は四国の外からやってきていて、両親をバーテックスを殺されたそうだ。滅茶苦茶になった世界で孤独に彷徨っていたところを助けられ、四国へ連れて来られたらしい。
大赦に保護された直後の巽はいつも暗い表情をしていて眠れない夜を何日も過ごしていたが、その頃はひなたが彼女と一緒に寝たりと出来る限り不安を取り除けるように努力した甲斐もあって、今の彼女はよく笑うようになった。壁側までに寄ってスペースを作ると、ひなたは彼女に布団の中へ入るよう促した。
「ほら、どうぞ」
「ありがとうございます」
「せっかくですから、水都さんもこちらに来て一緒に寝ますか?」
「え、良いんですか?」
「遠慮はいりませんよ? どうぞ」
「では失礼します」
ひなたに勧められて二人が布団の中に入ると、彼女は巽に質問した。
「では今夜は誰のお話をしましょうか? 若葉ちゃん? それとも球子さん?」
以前のように寝る前に丸亀城での勇者たちの話をしようと、ひなたは彼女に誰についての話が聞きたいかを聞く。その時に彼女はとある人物を指名した。
「では、また赤コートの人の話を聞かせてもらえませんか?」
「赤コート……ああ、ラグナさんのことですね?」
「はい」
最小年の巫女である彼女は目を輝かせている。まるでおとぎ話の続きを聞きたがっている子どものようだった。
「ラグナさんって、他の巫女の間でも名前が知られていたんだね」
「はい、水都お姉さま。ここの巫女にも何人か彼に助けられていますから。私もそうでした」
四国の外を旅していた頃、ラグナは壁の外にいる人間を頻繁に助けていたのだが、彼女もその一人だったらしい。同じように四国外で助けられた巫女は他にも数名おり、それもあって黒き獣と関連性がある以外でも一部の巫女たちの間で彼はちょっとした有名人なのだ。
「でも、大社の大人たちがその人について色々と話すようになったこともあると思います」
「そういえば報告をしにここへ訪れるたびに神官の皆さんはラグナさんたちの話をよくしていましたね……」
勇者システム以外にバーテックスと戦う術を持ち、かつ自分たちに対して恭順とは言えないラグナに大社は今も警戒している。何だったらレイチェル並、そしてひなた以上に疎まれている。だからこそ、犠牲にしたところで彼らは何とも思わないだろう。
「巽さんは彼のことをどう思いますか?」
ひなたは巽の頭を撫でながら彼女に問う。小さな少女は微笑みながら答えた。
「良い人だと思います。その時のこともあまり覚えていませんが……それでも、その人はきっと良い人です」
当時は自分のことで精いっぱいで、正直どんな話をしたのかも覚えていない。いや、そもそもまともな会話をしたかどうかも分からない。だからラグナ=ザ=ブラッドエッジがどのような人間だったかは知らない。
だが彼は優しい人だというのは分かる。でなければ自分は助けられていないだろうし、自分の慕う姉さまが彼を信頼したりはしないだろう。それを聞いてひなたが自分を抱きしめるのを感じた。
「……はい。少しやんちゃなところもありますが、何だかんだと良い人ですよ、ラグナさんは」
「やっぱりそこは皆何だかんだって付けるんですね、私もそう思いますけど……」
「あの、何だかんだとは?」
「ラグナさんを一言で表す言葉だよ。こう、色々あるけど何だかんだと必ず助けてくれるから」
「勇者様やお姉さま方から頼りにされている、ということですね」
話題の中心である彼が聞いていたら大急ぎで「誰が何だかんだだ!!」と突っ込みそうだが、巽の認識にひなたや水都も同意した。
それでは、と、ひなたはここにいない青年とその仲間たちと過ごした日常を語り始めた。
*
「すっかり眠っちゃいましたね」
しばらく話をしていると巽は眠っていた。無垢な寝顔を見ながらひなたは彼女の髪に触れる。その眼はどこか慈愛に満ちていた。
「やっぱり、不安だったんですね……壁の外のこと……」
巽がこうして来たのは、恐らく外の世界の実情と関係しているのだろう。だから安心できる人の元で寝たかったのかもしれない。寝息を立てている少女を見てから水都がひなたに聞いた。
「ひなたさん、敵はそんなに強かったんですか?」
「ええ。非常に、強大です」
「このまま戦えば、うたのんたちが死んでしまうと思うほど……?」
「……率直に言えば、はい、そうです」
壁の外に出て、天の神と勇者の一時の攻防に巻き込まれたひなたは両者の力の差がよく理解出来た。勇者やラグナたちをいとも簡単にねじ伏せ、世界を変え、今もバーテックスたちを生み出し続けるたかの者たちに今の人間では勝てないことも。
それを聞いて一度「そうですか……」と言ってから、水都は言った。
「私たちに出来ることはあるのでしょうか……このまま、何もできないのでしょうか……」
「水都さん……」
世界を天の神から取り戻すには、今の人類はあまりにも力不足だ。そのための力を身に着けるためにも時間が必要になる。しかし、この状況を乗り切らなければ、その可能性すらも閉じられてしまう。
だったら自分はどうすれば良いのか。若葉を、友達を生かせるために、そして可能性を守るために巫女の友達を切り捨てるのか。提示された選択肢にひなたは答えられずにいた。
*
翌日、ひなたの部屋に薔薇の香りと花弁と共にレイチェル=アルカードが舞い降りる。昨夜のことについて話すためにひなたを訪ねに来ると今朝連絡してきたのだ。
部屋にはひなただけでなく勇者たちのことが心配だった水都や真鈴、美佳も待っていた。優雅にひなたが淹れてくれた紅茶を飲みながらレイチェルは勇者たちの現状を説明した。
「――と、かくかくしかじかで私から言えるのはここまでね」
「……教えてくれてありがとうございます」
レイチェルから聞いた若葉たちは決して穏やかなものではなかった。彼女たちは表面的には元気だったが、やはり外の景色が彼女たちに不安と焦りを生じさせていたようだ。
「特に、郡ちゃんがラグナ君に会いに行こうとしたら急に落ち込んだとか何があったのかしら……」
「まさか……先輩と喧嘩したとか……」
「分からないわ……本当に急だったから。後になって彼にも問い詰めてみたけど、本人も覚えがないそうよ」
「じゃあ、喧嘩じゃないですよね……となると他に要因が……」
レイチェルがラグナの病室へすっ飛んできた時に彼は既に寝ていて、叩き起こされた後に聞いても彼女の話にチンプンカンプンだった。何せ喧嘩しようにも彼はそもそも千景に会っていないのだ。
その後は心配になった彼が勇者たちの病室へ向かったが、その時も千景は騒ぎを起こして申し訳ないとだけ言った。以前の暴走もあって勇者たちは心配したが、本人が大丈夫だというので、そのままトランプをした。
しかし、その時はレイチェルと友奈は気づいていた。千景がゲーム中にラグナへ送る視線がどこか心配しているようなものだったことを。
ゲームでならいつも百戦百勝の彼女もその日はラグナの方に気が散っていたのか、黒星を上げることもあった。それだけならともかく、負けたことに対してそれほど気に掛けている様子がなかった。
(もしかしたら……千景はラグナの身体の異変に気づいたのかもしれないわね)
もしそうであったとしたら、ラグナの身体の状態はそう遠くないうちに勇者たちに知られてしまう。事実、ラグナの事情を知っている人間が先ほどの話を聞いたら、喧嘩以外の要因を容易に浮かべることが出来る。
「蒼の魔道書……ですね」
「それって確か、海で見た先輩の右腕のことよね?」
「確かに……一番理由としてあり得そうですよね……」
見事な満場一致。巫女でこれなら実際に現場を見ている勇者たちはすぐに勘付くだろう。巫女たちがここにいない勇者たちに憂いていると、レイチェルは他のことがないか聞いてきた。
「さて、他に聞きたいことがあるかしら?」
「あの」
レイチェルの問いに応じて美佳が声を掛けた。
「レイチェルさん。貴女は『
「……どうしてそれを聞いたのか。教えてもらっても良いかしら、美佳」
「昔から考えていたことよ。このまま神樹と大社の言うことばかりを聞いて、本当に良いのかってね」
大社は人類の存続を目的に動いている機関だ。しかしそれが故に、彼らは人々を守るために勇者や巫女を犠牲にする形で動いている。それはかつて諏訪を足止めに使った土地神たちにも言えることだ。
冷酷な判断だが、間違ったものではいない。実際、それによって四国は3年間、バーテックスによる襲撃はなかった。しかし、それは人の意思を無視したものであることを、彼女たちは知っている。
「このままいけば、いずれ勇者たちは大社の誤った舵取りの犠牲になる。人の心を理解することのできない神々に勇者たちは捨て駒にされる」
「花本さん……まさか」
「貴女は普通の人間ではなく、吸血鬼なのでしょう。人でない存在がただの気まぐれで郡先輩を保護して……それで郡先輩が不幸になるなら……貴女の下には置けません」
「は、花本ちゃん! この娘はそういうことする娘じゃないって、上里ちゃんからも聞いているでしょう!?」
強い眼力で不死身の吸血鬼を睨みつける美佳。彼女の質問が失礼だと思って、真鈴はつい窘めるように声をあげたが、レンズからビームが出てくるのではないかと思わせるその視線はレイチェルから離れることはなかった。
彼女にとって、郡千景は何よりも代えがたい存在だ。例えこの間の夏まで一度も会うことがなかったとしても、初めて会った4年前からずっと慕ってきた人物だ。
美佳は千景の過去を知っている。辛くて苦しい環境に置かれていたことを知っている。今まで辛い思いをしてきた分、幸福になって欲しいと願っている。
だから美佳は、今現在千景の保護者である吸血鬼に念を押すように聞いている。対する彼女は特に気分を害した様子を見せていない。寧ろ興味深そうに、どこか楽しそうに美佳のことを
「ふふふ……貴女はとても聡明な娘ね。なるほど、そうね。それは最もな疑念だわ。私が貴女の立場だったとしたら、同じことを考えたでしょう」
「……ではもし。大社が間違った判断を取ったら、貴女はどうするの」
レイチェルも大社のやり方は理解している。しかし、父親と同じように人の意思を尊重する彼女から見てその運営はあまり賛同出来るものではない。同時に人の意思を尊重する以上、彼女は過剰な干渉を行わない。
「私は大社の運営そのものに文句を言うつもりはないわ。それをやってしまったら、それこそ貴女の言う『
「……」
「でも安心しなさい。私は『友人』を『捨て駒』にするような下劣な趣味はないの。請け負ったことには責任は取るわ」
千景だけでない、他の勇者や巫女たちも含めるようにレイチェルはそう言った。そんな彼女の言葉を聞いて納得したのか、美佳の強張った顔が少し柔らかくなった。
「……それを聞けて良かったです」
「よ、良かったぁ……怒られると思ったよぉ、お姉さん……」
「大袈裟ね、真鈴。私はそんなことで怒ったりはしないわ」
「そ、そうだったかな……」
割とラグナとつまらないことでしょっちゅう口喧嘩しているような印象があるので、水都は少し苦笑いしながら小さく零した。しばらく話し込んでいる内に時計の針は夕方を指し始めていた。
「では、私はこの辺りで御暇させていただくわ。久しぶりに貴女たちとお話が出来て愉しかったわ」
「私たちもそろそろ夕食の時間だものね。食堂へ行かないと」
時間になったことで巫女たちはひなたの部屋から退室していく。レイチェルもまた転移の準備に入って丸亀城へ戻ろうとする。
「レイチェルちゃん」
飛び立とうとする直前、ひなたの声が聞こえてきた。レイチェルは振り返って彼女に答える。
「何かしら、ひなた?」
「……いえ。気を付けて帰ってくださいね。ヴァルケンハインさんにもよろしくとお伝えください」
「え、ええ。ありがとう」
電気の消えた部屋の陰のせいで、いつも勇者たちを温かく迎えてくれるお日様のような笑顔に一瞬雲がかかったような陰りが見えた。転移する前に見えたひなたの顔を見て、レイチェルはそう感じた。
*
その夜、皆が寝静まっている時間にも関わらず、ラグナは一人病院の屋上で立っていた。夜でも寒くないよう、病院服の上にいつもの赤コートを羽織っていた。
屋上から街の様子を眺めていると駐車場に一台の車が入ってくるのが見えた。電灯の明かりから色は赤なのだろう。待ちくたびれたと言わんばかりに口から白い溜息を吐く。
「やっと来やがったか……面倒事は勘弁して欲しいところだが、ま、そういうわけにもいかねぇだろうな……」
神樹を象った印を付けていないが、乗っている人物は大社の人間。知り合いでなければあまり関わり合いを持ちたくない組織の者だ。
今朝、看護師に自分に話がしたいと手紙を託されたらしい。この時点でラグナは一度受け取りを拒否しようとしたが、便せんに記されていた名前を見ると読むことを決断した。
車が停まるとドアが開き、中から待ち人が出てくる。それはラフな服装の上に白衣を来た女神官、烏丸久美子だった。
個人的に勇者史外伝の大社(特にうひみ5話)を見てしまうと、この組織がそのまま神世紀まで続いたらわすゆ及びゆゆゆ本編よりもヤバい展開になっていたのではと思ってしまう。
次回は烏丸先生とラグナの会話。それによって、ラグナが取る選択はどうなるのか。それではまた。