蒼の男は死神である   作:勝石

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どうも勝石です。

久しぶりに某つべでぶるらじが配信されました。ラグナの中の人がレギュラーじゃなくなるのは寂しいですが、シエルの中の人が面白い人みたいでこれからが楽しみです。

さて今回のお話はラグナ君と烏丸先生の会話からスタート。大社の現状を知ったラグナがどんな選択を取るのでしょうか。それではどうぞ。



Rebel110. 未来のための(いけにえ)

氷のように冷たい空の下、ラグナは烏丸と向き合う。屋上の柵を背に女神官は気だるそうに立っている。吹いてくる秋の風が赤コートを翻していく中、ラグナは彼女に用件を聞いた。

 

「よう、クミコ。こんな時間にわざわざ呼び出すなんてどうしたんだよ?」

 

厄介事の匂いがプンプンするけど、取り合えず聞いてみた。彼の質問を聞いて烏丸は答えた。

 

「お前に知らせることがあってな。大社の今後の動きについてだ」

「……それ、俺に教えて大丈夫な話かよ。連中の俺に対する嫌い様を知らねぇわけじゃねぇだろ?」

「お前にも関係する話である以上、教えない方が問題だ」

「何言ってんだよ。アイツら――ユーナたちにだって関係はあるだろ? 今後のことなら猶更だ」

 

大社の今後の動き次第で勇者たちのこれからの活動は変わってくる。無関係であるはずがないのだ。しかし、烏丸は首を横に振る。

 

「生憎これから話すことは、まだ決定された内容ではない。だからあの娘たちにはおいそれと話すことは出来ない」

「それで俺関係って……その話、どう聞いてもヤバい臭いしかしねぇぞ」

「なら、その通りのヤバいことだと思って聞いてくれ」

 

「やっぱりかよクソ」と一言呟いたものの、ラグナは話を聞く姿勢に入る。内容がどんなものか想像はつくが、自分に関わる話と聞いてはこのまま病室へ帰ることは出来ない。覚悟を決めて訳を話すように促すと、女神官は手短に質問した。

 

「単刀直入に聞く。この苦境を乗り越えるためにお前は、大社に自分の力について教える気はあるか?」

 

烏丸の口から告げられるそれを聞いてラグナの顔が険しくなる。大分オブラートに包んでいるが、大社が自分の力を利用したいのが聞いていて理解出来る。だからその問いに対する答えは決まっている。

 

「悪いが、そいつは御免だね。アンタを信じることは出来ても、あの組織を信用することは出来ねぇ。教えたら何をしでかすか分からねぇしな」

 

かつて人類はスサノオユニットを発見し、境界の存在について知ったことがこの世界での一連の悲劇の始まりだった。

 

だから大社に境界から蒼の力を引き出すことの出来る蒼の魔道書について教えれば、また別の悲劇が起こるかもしれない。出来ることなら、この世界の人類に境界の存在がこれ以上知られないことをラグナは望んでいた。

 

彼の返事を聞いて、「だろうな」と呟く烏丸は動揺も憤りも何も見せない。相変わらず気だるそうに自分を見ている。ラグナとしてはもっとしつこく聞いてくるのかと思っていたから、少し拍子抜けだった。

 

「何か、随分あっさりと手を引いたな、アンタ。大社ならもう少し詰ってくると思っていたぞ」

「別に私は大社の命令でここへ来たわけじゃない。でなければ神官の奴等が寝静まった後にお前とこんな遅い時間に呼び出したりはしないよ」

「……そうか」

「それにお前は昔からお前は花本と同じで大社に対してかなり懐疑的だったからな。そう答えるのは聞く前から分かっていたよ」

 

いや、と彼女が話に一拍入れた後に、

 

「違うな。お前の大社に対する感情は『疑念』なんて軽々しいものじゃない。明確かつ、強い『敵意』だ。それも花本のものが可愛いと思うほどのな」

 

そんなことを言ってきた。しかし、ラグナは特に驚きはしなかった。昔からあの組織が気に喰わないと公言はしていたから、彼を知る者たちには自分が大社に対してどんな感情を持っているかは何となく理解出来るだろうと踏んでいたからだ。

 

「ヨシカが大社のことが嫌いだってのは知らなかったが、それより前は否定しねぇよ。これでも初めて会った頃よりかはかなりアイツらと折り合いを付けられるようになったつもりだ」

「そう聞かれても私には分からないよ。別にお前に注目して観測()てきたわけじゃないからな。そういうことは勇者たちかあの吸血鬼の嬢ちゃん辺りにでも聞け」

「そうさせてもらうよ」

 

屋上で吹く肌寒い風と同じくぶっきらぼうにそう言った後、今度はラグナが彼女を見つめる。

 

「じゃあ今度はこっちが質問する番だぜ。俺が協力しないってんなら、アイツらはどうするつもりだ?」

 

昨日レイチェルから聞いた話だと、どうやら大社は天の神に降伏するための準備を進めているらしい。それがどういう手段なのか、彼は聞いていない。だが、人類全体を生かすために少数を切り捨てる判断が取れる大社であれば、どんな手段を取っても何もおかしくない。

 

彼の質問に対して烏丸は気の進まない様子だったが、やがて彼女は口を開けた。

 

「お前が協力出来ない以上、一部の神官は強引な手を使う可能性がある。だが、一番取られる可能性が高い手は、奉火祭を執り行うことだろう」

「ほうかさい?」

 

出てきたのはこの世界の未来でも聞いたことのない言葉だった。語感から火と関係しているのは間違いないが、火を放ってどうするのだろう。

 

「どう聞いても禄でもねぇことなのは確かだが、何なんだそれは? 何か燃やすのか?」

「お前の想像している内容とは恐らく違うが、確かに燃やすことにはなる。今は説明を聞け」

「ああ」

 

そこから烏丸は奉火祭について色んな事を説明してくれた。かつての神話で土地神の王が自身の住処から出ないことを条件に天の神に赦しを乞い願ったこと。今回の儀式がそれを模倣したもので、それが出来るのは人類が窮地に立っているからであることも。

 

説明を聞いて少し頭を抱えるラグナだったが、何とか長い前置きについていくことが出来た。

 

「……取り合えず、前例があるからその通りにやろうってのは分かった。けど神に許しを乞うだと? まさか神降ろしをするのか?」

 

神世紀にいる沙耶のことを思い出しながらラグナはそう言った。彼女は神樹を構成する土地神の一部を降霊して神託を受けていたが、この時代でそんなことが出来る人間なんて聞いたことがない。訝しむ彼に烏丸は呆れたように言った。

 

「そんなことが出来る奴はいない。そもそも人間が神を現世へ呼び寄せるなんて不敬などでは済まされないぞ」

「まぁそうだよな……じゃあどうやって……」

 

でなければあの時代でも異常だなんて言われないだろう。敵対する神の憑依なんて危険すぎるのも事実だ。となると、どうやって天の神に赦しを乞うのだろうか。

 

(神に赦しを求めるということは神と話し合いをするということ……神と双方向に交信すること……そのためにはこっちから神と接触する必要がある……!!!)

 

その時に脳を去来したのは人類の原罪。それを知る由もない女神官は奉火祭の内容を淡々と告げた。

 

「壁の外で祭りを行い、炎の海へ6人の巫女を捧げる。火に身を奉げる祭、だから『奉火祭(ほうかさい)』だ」

「なっ!!? 馬鹿なのか、大社は!!? そんなことでアイツらが攻撃を止める訳ねぇだろ!!? その前例とやらだって、巫女なんか犠牲にしてねぇじゃねぇか!!」

 

寧ろそんなことをすれば天の神の怒りに油を注ぐことになりそうだ。そもそも天の神は人間が境界の力を手に入れようとしたから怒った訳だから、同じようなことをする奉火祭で彼らが人類を赦してくれることに矛盾を感じた。その疑問に烏丸は答える。

 

「伝承によると、土地神の王が天の神と不可侵の誓いを交わした後、ある神が天に捧げる御饗(みあえ)を献上したときに粘土から供物を載せる台を、海草の茎から燧臼(ひきりうす)を、海蓴(こも)から燧杵(ひきりぎね)を作り、それらを使って火を起こしたそうだ」

 

その時に神は言った。自分の起こした火を高天原にある神産巣日(カミムスビ)神の神殿にまで煙が届くように、底津石根にまで煤が焼き固まるまで焚いてみせよう、と。供物を載せるための台がたわむほどの漁師の釣ったスズキを使った魚料理を献上しよう、と。

 

その後、当時の使者であった建御雷は高天原へと戻り、天の神に土地神の国を制圧したと報告したことで地と天の神々の争いは幕を閉じた。つまるところ、奉火祭はこの部分を再現しようとしたものだ。

 

「儀式を成功させるため、捧げられる巫女は巫女適性の高い者から優先的に大社から選抜される。特に勇者を見出した巫女……特に最も適性の高い上里は間違いなく生贄に選ばれる」

「……ふざけんな!!!!」

 

仲間たちの名前が出てきた直後、ラグナは激情に駆られて烏丸の胸倉を掴んだ。女神官はそんな彼の怒りに反応を返さない。ただ怒りに満ちた彼の瞳を見つめるだけだった。

 

「テメェ自分で何を言ってんのか、分かってんのか!!? そいつはつまり、ヒナタが!! ミトが!! ヨシカが!! マスズが!! アイツらが大社の指図で犠牲にさせられるかもしれねぇってことなんだぞ!!! テメェもアイツらの仲間なんだろ!!? どうしてそんな他人事みてぇに言うんだよ!?」

 

ラグナの怒声に烏丸は答える代わりに自分を掴む彼の左腕を掴んで逆に彼を柵の方へ押さえ付け、それ以上動けないように関節を極めた。

 

彼女には護身術の心得がある。男に掴みかかれたくらいでは怯まないし、そういった状況に陥っても撃退することが出来るのだ。大抵の人間であればこれで痛みの余りに動けなくなる。しかし、それは腕が本物だった場合だ。

 

「ッチ……放しやがれ!!」

 

そう言ってラグナは柵を蹴って無理やり女神官を押し返すと、身体を捻って拘束から強引に脱出した。一度距離を取って驚きの顔を見せている女神官と対峙する。

 

「あれから脱出するとはな……左腕の関節を極めていたはずだが」

「生憎、俺の両腕はどっちも『本物』じゃねぇんでな……」

「なるほど、義手か。それなら極めたところで意味がないな」

 

そんなことに烏丸が勝手に納得していると、ラグナは先ほどの追及をもう一度した。

 

「つーかそんなことは今どうでもいいんだよ……そんなことよりさっきの話だ! こんなことをして、勇者たち(アイツら)が黙ってるわけねぇだろうが!!」

「そうだな。これを聞いたらあの娘たちはきっと大社を止めに行くだろう。だが、もし勇者が儀式を止めに来たら大社は彼女たちをどうすると思う?」

「それ……は……!!」

 

大社の取る行動と言われてラグナは千景が暴走した要因や未来での満開の秘匿を思い出す。それまで地獄の炎の如く燃え上がらせていた怒りが一気に鎮火した。

 

もし勇者たちが奉火祭を知れば大社への襲撃も十分にあり得ることだ。特にひなたや水都が犠牲になると聞いたら、若葉と歌野は何をしでかすか分からない。

 

それを一般大衆に知られたら、四国はパニックになり、黒き獣が襲来した直後のように人々の黒い感情は容赦なく勇者たち、そして彼女らを保護する大社にぶつけられる。

 

そうならないために、大社は襲撃者を処断した後に彼女に関する記録を全て消すだろう。300年近く壁の外の真実を隠してきたのだ。人間一人に関する記録の抹消など難しいことではない。

 

ラグナの考えたことが分かったのか、烏丸は機械のように感情を感じさせない声音で要求してきた。

 

「今考えたことが現実になって欲しくないなら、その右腕の力について話した方が良いぞ。そうすれば最悪、戦い続けることにはなっても、少なくとも奉火祭の執行は回避できるかもしれない」

「ッ……!!」

 

烏丸の言う通りだ。もしラグナが蒼の魔道書について教えれば、ひなたたちを助けることが出来るかもしれない。しかし戦い続けては結局、奉火祭を根本的に阻止することは出来ない。巫女たちの死という結果が先延ばしになるだけだ。

 

何よりラグナからすれば大社は、いや、『大赦』は自分から弟妹を引き離し、友である勇者たちを世界を守るための生贄にしようとした組織だ。そして今、自分が蒼の魔道書について教えなければ巫女を犠牲にしようとしている。

 

それらによって長年募ってきた彼らに対する怒りや不信感、千景を帰京させるという対応のミス、そして未来での峡真の凶行もあって、彼は蒼の魔道書の秘密について教える気にはなれなかった。それが彼の顔から読み取れたのか、烏丸は更に付け加えた。

 

「因みに会議ではレイチェル=アルカードに四国を守ってもらう案も出ていた。上里が反対したこともあって、その案は一旦保留になったがな」

「ヒナタが……」

「が、それも一時的なものだ。レイチェル=アルカードも上里も、どちらも一部の有力な神官たちから目を付けられている。もし彼らがアルカードに協力を仰ぐと決定すれば、巫女であること以外はただの中学生でしかない上里では庇いきれなくなるどころか奉火祭と関係なく、邪魔者として消されることも在り得る。無論私では守れない」

「クソがっ……!」

 

全く碌なことを考えない組織だ。これではかつての統制機構と何も変わらない。

 

「……他に方法はないのかよ……誰も犠牲にならない、そんな方法が」

 

ラグナが怒りに震えながら静かに聞くと、烏丸は無慈悲に告げた。

 

「そんなものはない。戦いによる決着は、大社の方が完全に捨てている。私たちが導き出せたのはこの三つの方法だけだ。そのどれも、誰かの犠牲が必要になる。だがやらなければ、世界を守ることは出来ない」

 

それを聞いて、ラグナは幼少の頃、沙耶を庇おうとしたときに神官が言った言葉を思い出す。自分には『助ける』ことが出来ても『救う』ことは出来ない。あの時、この世界に来てから初めて自分の無力を痛感した。

 

それからはとにかく修行した。同じ後悔をしないように、次に危機が迫っても大事なものを護れるように。そして気づけば前の世界と同じようにレイチェルから蒼の魔道書を授けられて、バーテックスとの戦いに身を投じるようになった。

 

それによって数えきれないほど傷ついてきた。一生拭いきれない後悔と罪を負うようになった。しかし、それでも最後には大事なものを護ることも救うことも出来た。

 

これからもそれが出来ると思っていた。しかし、今はどうだ。天の神とアマテラスに追い詰められ、仲間も自分も犠牲を強いられている状態ではないか。

 

(本当に……どうしようもないのかッ!?)

 

砕けるかと思うほどに歯を食いしばる。悔しさでどうにかなりそうだった。だが確かに戦うとなると、自分と勇者たちはアマテラスと天の神の二柱を相手に勝つ必要がある。

 

戦うことになるならば、事象干渉への対策は必須になるし、例えそれが揃えられていたとしても単純な戦闘能力から見ても天の神の力は絶大だ。それこそ事象干渉の効かない『黒き獣』か『十六夜』でもなければ、極めて厳しい戦いになるだろう。

 

故にこのまま抗戦することは出来ない。しかし、仲間を犠牲にすることも許容出来ない。大切な人々を神のために『諦める』ことなんて、『絶対に』出来ない。皆を守れる可能性を模索し続けるラグナが烏丸に聞く。

 

「……クミコ。どうして奉火祭で巫女を犠牲にしなければ連中と話が出来ねぇんだ? 前例の通りにやるなら、飯とか魚とか用意して祈ればいいだろ?」

 

彼の質問を聞いた烏丸は淡々と説明し始める。

 

「巫女とは神の声を聞き入れることの出来る者たちのことだ。その彼女たちであれば、普通であれば話し合いの出来ない天の神の下へ人々の願いを届けることが出来る。それによってはじめて天の神との対話が可能となり、奉火祭は成り立つんだ」

「『願い』……それは祈ってるだけじゃあ無理なのかよ。わざわざあの炎の海に投げ込む理由は何なんだ?」

「奴らの居る場所は神樹様よりも遠い場所、『高天原(たかまがはら)』だ。『人間の肉体』ではそこへ行くことは出来ない。それを捨てることで初めて、神の居る場所へ行くことが出来るんだ」

「『タカマガハラ』……」

 

漸く聞き覚えのある単語に反応するラグナ。彼の元の世界にあった高天原とはタカマガハラシステムのことだ。これはマスターユニットの力を参考に人類が造り出したプログラムだが、蒼がなかったために可能性を生み出すことは出来なかった。それでも時空間の操作といった強力な力を持っている。

 

(けど、もしこの世界にタカマガハラシステムみてぇなものがあったら、今の世界に対して何もしないなんてするとは思えねぇ。アレの目的は『人類の存続』だからな)

 

恐らく『この世界』のタカマガハラシステムは元々存在しないか、既に破壊されているかのどちらかだろう。アマテラスを召喚できる存在ならシステムの破壊も決して難しいことではない。何より、『(アマテラス)の複製品』ともいえるタカマガハラシステムを天の神が看過するはずがない。

 

(つーか、今の天の神の方があっちのタカマガハラシステムより数段質が悪いんだよな……)

「高天原がどうかしたのか?」

「いや、どういうものなのかと思ってな」

 

さりげなく心の中で天の神に毒を吐くと、烏丸が自分を訝しむように見ていたので、急いで意識を彼女へ向き直した。まだ解説しないといけないのかと、面倒臭そうにしながらも烏丸は説明した。

 

「高天原とは天津神――この場合天の神だな、彼らの住まう場所だ。当然、人間では行くことは出来ない。それだけだ」

 

烏丸の説明を聞いた限り、この世界における高天原は自分の知るものとは違うようだ。だが、そこがどんな場所なのか、自分にはすぐに検討が付いた。

 

「なるほどな――取り合えず、話が分かった。要するに『躰』は無理だが、『魂』であれば高天原へ行って『願い』を届けることが出来る、ということだな」

「そういうことになるな」

 

そこへ来て漸く、ラグナの顔から絶望が消える。代わりに浮かび上がったのは、強い決意に満ちた表情だった。それを見て、烏丸はどこか不思議そうにしていた。

 

「急に顔つきが良くなったな。やっとどうするのかを決めたのか?」

「まぁな。上手く行けば――誰も犠牲にすることなく、戦いを終わらせることが出来るかもしれねぇ」

「……あくまで大社には従わない、ということか」

「当たり前だろ。アイツらを犠牲にする策なんか誰が乗るか。悪いが今回は『なるべく』じゃねぇ。俺は、『絶対に』アイツらを諦めねぇぞ」

「まぁそうするなら、私は止めないさ。お前の好きにすればいい。だがな、ラグナ」

 

力強く啖呵を切ったラグナに烏丸は釘を刺すように強く言った。

 

「お前が思い付いた策がどんなものかは知らないが、もしお前がこれ以上大社に逆らえば……お前は本当に『大社の敵』になってしまうぞ。流石のお前もそれがどういう意味か、分からないほど馬鹿じゃないだろうな?」

 

それはこれまでの機械的な説明口調とは違うもの。これからの苦難を暗に示すように力の籠ったものだった。それに対してラグナは神妙な口調で返事した。

 

「……分かってるよ。仮にどんな結果になろうと、その時は自分で自分のケツくらい拭く。けど、だからって止まるつもりはねぇ」

「……そうか」

 

彼の眼を見て、烏丸は呆れたように首を横に振りながら溜息を吐く。これ以上ラグナを説得することが出来ないと判断したのだろう。「全く、どうしようもない馬鹿者だな」と言いつつもスマホを取り出して何やら操作し始めた。

 

「ラグナ。お前は大社本庁がどこにあるかは知っているか?」

「一応な。何度か見たことがある」

「明朝の10時のこの場所で、今後の対応についてまた会議が行われる。来るんだったら時間に遅れるなよ」

 

ラグナに大社内の地図を見せて場所を確認させた後、白衣の女神官は病院に戻る扉へと向かっていった。彼女の背中に向かってラグナは答えた。

 

「分かったよ、絶対そっちに行くから首を長くして待ってろ。それと、さっきはいきなり掴みかかって悪かったな」

「気にしていないさ。それじゃあな」

 

そう言い残して烏丸は病院から立ち去った。彼女の車が病院の駐車場から出ていくのを見届けた後、ラグナは柵に寄りかかりながら空を見上げる。この世界で出会った様々な時代の仲間たちと過ごした日々。それはラグナにとって前の人生では味わうことの出来なかった色鮮やかな思い出だ。

 

(どっちにしろ……アイツらにバレねぇように動かなきゃな……絶対止められるだろうし)

 

『この世界』で生きている勇者や巫女では大社に逆らうことは出来ない。どちらかを守るには、どちらかを見殺しにする他ない。それを回避し、共に戦ってきた彼女たちと彼女たちが生きる世界を同時に守ることが出来るのはこの世界の『居ない筈の者(クロノファンタズマ)』である彼だけだ。

 

「にしても俺が『大社の敵』、ね……実はもう札付きだ、なんて言えねぇよな」

 

例えこの企みが成功したとしても、自分は確実に勇者たちの傍にはいられなくなる。国の政治機関などがまともに機能していない今、大社はこの世界の中枢であり、秩序そのものだ。それに逆らうことは何者であろうと赦されない。

 

秩序とはそこから逸脱した者を容赦なく排除するもの。胸糞悪い例ではあるが、千景の村での出来事はその中でも最も分かりやすいものだろう。つまり、秩序(世界)に抗うことの出来る『可能性』は『悪』として認識されるのだ。

 

(……ああ、そうか……そういうことか)

 

それを理解した瞬間、ラグナは腑に落ちたように息を吐き、黒き獣やタケミカヅチとの激闘の中でも皆を引っ張った頼りになる戦友にして、彼を未来からこの時代へと導いた青い鴉の案内人の名前を呟いた。

 

「だからテメェは……未来にいる俺に助けを求めたんだな、ワカバ」

 

返事を返さずに星を瞬かせる桔梗色を眺め続ける。まだ心配な者たちがいるから少し心残りはあるが、彼の決意はもう固まっていた。

 

 

「今日はタマが一番の早起きだったな!」

 

翌日の朝、勇者たちはラグナに会うために彼の部屋へ向かっていた。朝から元気を有り余らせている球子が皆の先頭を歩いていた。それに対して、普段はエネルギーの塊である歌野と若葉は少し眠たそうにしていた。

 

「私も早起きに自信があるんだけどね。やっぱり農作業が出来なくなったことが響いているのかしら……みーちゃんにもここ最近会えてないし、ブルーだわ……元気にやっているのかしら……」

「私もだ。最近ひなたに顔を合わせていないからか、最近寝付けが酷くてな……はぁ……」

「それもそうですけど、若葉さんは特に生活面で影響が目立ち始めましたよね」

 

勇者の中でも巫女ととりわけ仲の良い歌野と若葉は入院していた数日間から徐々に元気を失っていた。友達が助けてくれているおかげでまだ何とかなっているが、特に人生の大半の時間をひなたと共に過ごしている若葉のダメージはかなり深刻で、着替えもまともに見つけられない状態に陥ったりしていた。

 

「他のことは殆どひなたに任せてばかりだったからな……色々と迷惑を掛けてしまって済まない」

「大丈夫だよ、若葉ちゃん! 私たちもヒナちゃんと水都ちゃんに会えなくて寂しいから気持ちが分かるよ。それにこういう時こそ助け合いだよ!」

「ハァ~、友奈さんの優しさが朝の水やりのように身体に沁み込んでくるわ~」

 

友奈が2人を元気づけている横で球子はちょっとニヤニヤしながら若葉を揶揄った。

 

「でももう少し気を付けないといけないぞ、若葉。着替えを自分で見つけられないなんて、アイツが見たらお前叱られてたんじゃないかぁ?」

「そうね……あの人も割とマイペースだから怒りはしないと思うけど、あまりにもだらしなかったら流石に注意してたかもしれないわ」

「そこに『色々言いつつ結局一緒に探してくれる』も追加だね」

「……その光景、普通にありえそうで困るわ」

 

病弱の妹と信じられないほどの方向音痴である母親を家族に持っているラグナからすれば、若葉の着替え探しなど大したことではないだろう。しかし、流石の若葉も男に着替えの探しを手伝ってもらうことには抵抗があったようで、今朝の失態を反省していた。

 

「うっ、やはりそうなのか……私ももう少し自立して生活できるようにならないとな」

「……まぁ、教えて欲しいって頼めば教えてくれると思うわよ。あの人は教えるのは丁寧だし、乃木さんならきっとあっという間に上達するわ」

「取り合えず、先ずは片付けから始めてみよう! 私も最近トレーニング用具を散らかしっぱなしだから片付けないと」

「そうだな、私もダンベルと本を整理しなければ。見舞いに来た時にひなたを心配させてしまう」

「私は最近海に行けていないから、逆に物が殆どないな……」

「流石にこの時期に入ったら風邪を引くと思いますよ……」

「そういえばあんずは最近何か書くようになったんだよな? 何をしてたんだ?」

 

最近夜遅くまで神話についての本などを読み込み、熱心にノートに何かを書き込んでいる妹分に球子が聞く。

 

「この前見た天の神とアマテラスについてちょっとまとめようと思って。多分アレをどうにかしないと、勝つことは出来ないから」

 

杏の言ったアマテラスという名前に若葉は渋い顔をした。先日に見た、外の世界の光景を思い出していたのだ。

 

「アマテラス……確か、世界を造り出した神だったな」

「はい……今回は直接攻撃されることはありませんでしたが、世界の理を書き換えたという事象干渉。アレをどうにかして防がなければ、例えどれだけ時間を掛けたとしてもこちらに勝ち目がありません。今はラグナさんから聞いた話しか書けてないんですけどね」

「そうか……まだ、奴らは攻めてくるという神託は来ていないが、早いうちにどうにか対策を立てなければ……」

「そうですね……」

 

世界を変えた敵の実態に話しながら少女たちは歩を進めていく。病院で過ごした数日間を通じて、身体の傷も徐々に癒え、皆各々の形で努力をしていた。若葉や友奈を筆頭に室内でも使える筋トレ用具を使う者もいれば、杏のように学習を進めている者たちもいた。

 

若葉たちもこれからの戦いに不安を感じているのだ。それを誤魔化すように皆何かに打ち込んでいる。無理もない。黄金の空から突然登場した未知の敵によって変えられた世界をその眼で見たのだ。危機感は世界の誰よりも強かった。

 

「そういえば、千景は最近落ち着けたか? この前取り乱していたが」

「ああそうだ! そこのところは大丈夫なのか、千景?」

 

先日の千景の取り乱し様を心配した若葉と球子が千景に聞いた。それに千景は頷く。

 

「ええ、高嶋さんが一緒に寝てくれたおかげで大分ね。心配してくれてありがとう」

「まだ辛かったら今日も一緒に寝ても良いよ?」

「……じゃあお願いしてもいいかしら?」

「もっちろん!」

 

千景の言葉に友奈も明るく返事した。やがて少女たちはラグナの病室の前まで辿り着く。いつもの調子で球子はドアを勢いよく開けて中へ入っていった。

 

「おーーい、ラグナ~。今日もタマたちが来てやった……ぞ?」

 

部屋に入った途端、言葉の歯切れが悪くなる球子に他の少女たちも不審に感じる。

 

「あら? どうしたの、球子さん?」

「いや、アイツがいないんだよ。どこに行ったんだ?」

「どこかに出かけちゃったとか?」

「それだったら病院服を脱ぎ捨てていくなんておかしくない? いつもの赤コートも剣もないし」

「誰も退院の予定なんてなかったはずだけど……」

 

部屋はもぬけの殻になっていた。いつも着ている赤コートも、常に携えている大剣もどこにもない。あるのは乱暴に脱ぎ捨てられた病院服だけだった。患者の居なくなった部屋見て、友奈は急いで病棟のカウンターへ急ごうとする。

 

「私、看護師さんにラグナを見たか聞いてみるよ! 何か分かるかも!」

「……どうやら、その必要もないみたいだぞ。アレを見てみろ」

 

棗がベッド近くにある窓を指さす。窓は全開のまま、外の寒い風を入れていた。それの意味するところはつまり

 

「アイツ、まさか病院から勝手に抜け出したのか!?」

「はぁ、何それ!? 意味わかんないんだけど!?」

 

そんな素振りなんて一切見せていないかったから、少女たちは慌てる。その中で千景だけがただ一人、とてつもない不安感に駆られた。

 

彼女が思い出すのは肉体が異様に変色したラグナ。アレは間違いなく蒼の魔道書の影響だ。それ以外に思い付く原因がない。その彼がいないということは、身体に限界がやってきて自分たちから遠ざかったのか、もしくは。

 

「大社に連れていかれたのかもしれない……!」

「ワッツ? どうしてそこで大社が出てくるの、千景さん?」

「何か理由でもあるのか?」

「……実は、かくかくしかじかで」

 

本当は天の神やアマテラスのせいで大なり小なり不安を抱えている状態の勇者たちにこんなことを知らせて不安を煽らせたくはなかったが、今はそんなことも言っていられない。千景は意を決して勇者たちにラグナの身体について話した。

 

「そんな……魔道書の副作用で……ここ最近はずっと落ち着いていたのに……」

「多分今の私たちに教えたくなかったのは、こうなるって分かってたからかもしれないわね……」

 

元々蒼の魔道書は黒き獣の躯だ。勇者と異なる副作用が出たとしても不思議ではない。それより、今友人が危機に陥っていることの方が勇者たちにとって重大だった。

 

「本当にごめんなさい……私がもっと早く教えていれば……」

「ぐんちゃんのせいじゃないよ! 私だって、多分知っていても皆には言い出せなかったと思うから……」

「それより今の話、聞いたよな、若葉!!」

「ああ、こうなっては悩んでいても仕方がない! 早く大社に行ってアイツを探しに行くぞ! 先ずはレイチェルに連絡するんだ!」

「分かったわ!」

 

若葉の鶴ならぬ鴉の一声でラグナの現状を心配する千景たちはすぐ大社へ向かうため、レイチェルに連絡を飛ばした。




兄さんの誕生日に間に合わせたかったです……

次回ですが、ラグナ、とうとう大社に乗り込む。潰してやるッ!! は流石にやらないと思いますが、これによってどのように運命の輪が廻るのかを知っているのは、未来の神樹様くらいでしょう。それではまた。
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