リアルの方が無茶苦茶に忙しくなって全然更新できませんでした……そして気づけばちゅるっとも終わってついにはゆゆゆ3期になり、最後の更新から実に8カ月近くに……遅くなってしまい、すみませんでした。
そして感想ですが……やっぱり西暦は見ていて辛くなる。でもこれこそがのわゆというね……ぐんちゃん関係のあれこれ(特に亡くなった後の描写)とか色々深堀されて余計に心のダメージが……あんなに泣くたかしーと若葉ちゃんなんて見とうなかった。
そして今回のお話ですが、ここから先のプロットはものすごく悩みました。何せ、本来であれば奉火祭はのわゆの終末を飾るイベントなのに、それへラグナ君が介入するわけですので。
これまでとは違う意味で大変なことになるかと思いますが、それでも温かく見守って欲しく思います。因みに筆者は鬱描写があまり好きではないので、更新に時間が掛かるか、突発的にギャグゆゆゆいを書くかもしれません。ご了承ください。
世界の今後を決める会議が繰り広げられる中、烏丸久美子は神官たちの会話を傍聴していた。話し合いと言う名の詰り合いが始まってから既に数時間も経っていた。
何もかもがあまりにも目まぐるしく変わってしまった。勇者たちと世界を守るために今日、上里ひなたの提言によって奉火祭の施行が決定されるつもりだった。だがラグナが世界と運命への反逆を宣告したことで、状況は大きくひっくり返ってしまった。
『全世界の……敵……だと……それはつまり、人類を裏切るということか!? 天の神と与して、人類を滅ぼすというのか!?』
『何を勘違いしてんのか知らねぇが、俺は『人類の味方』になった覚えなんて一度もねぇよ。勿論、テメェらの味方にもな。俺はただ、テメェらのやり方が気に喰わねぇから、俺のやり方で勝手にやらせてもらうってだけだ。それでテメェらが俺の邪魔をするのに勇者を仕向けようが、軍隊をけしかけて来ようが知ったこっちゃねぇ。全部まとめて蹴散らしてやるよ』
『貴様!!!』
『捕らえろ!! すぐに奴を取り押さえるんだ!!』
世界と運命への反逆を宣誓した青年は乱入した後も続く神官たちとの口戦を繰り広げたが、両者の主張は最後まで折り合うことはなく、最後に神官たちの多くは彼を取り押さえようとした。
しかし刹那、飛び掛かってきた神官たちは吹き飛ばされた。畳に転がる老人たち。壁に激突する大人。無事だったのは烏丸のように座っていた者たちだけだった。
起き上がった神官たちは飛び掛かろうとした先に居るラグナを恐怖の孕んだ瞳で見る。腰の大剣は既に抜かれていた。草木を薙ぎ払うように振り回したそれが起こした突風で、部屋の物も人も何もかも吹き飛ばしたのだ。
『つーわけで、ヒナタは貰ってくぜ。どうもテメェらの話だと、コイツがいねぇとテメェらは奉火祭が出来ねぇらしいからな』
『ひゃっ!?』
気づけばラグナはついさっきまで呆然としていたひなたを脇に抱えていた。
『ラグナさん、放して『黙ってろ』ッぁ……』
何かを言う前に首に衝撃を感じると、ひなたの目の前は真っ暗になった。力無く気絶する彼女を取り戻そうと動ける者たちは手を伸ばすが、そんなものはお構いなしだとでも言わんばかりにラグナは社殿の壁を蹴り壊した。出ていく直前、ラグナは紅い瞳で彼らを睨みつける。
『それと、覚えとけ。少しでも他の誰かを燃やそうってんなら、俺がテメェらをそのチンケな組織ごと灰にしてやるから覚悟しろ。誰だろうが関係ねぇ。少しでも妙な動きを感じたら、例え四国の端からだろうと飛んでくるからな』
獣の眼光に神官たちは動きを差し押さえられてしまった。誰も動かないことを確認すると、ラグナはひなたを左肩に担ぎ直し、神官たちの侮蔑の籠った視線に見送られながら外へと駆けだした。数人の職員が追いかけているのが見えたが、それだけだった。
ラグナの襲来によって会議は急遽続行となり、内容も世界の敵をどうするかというものへとシフトしていった。会議室では怒号が飛び交っていた。
「すぐに上里様の救出と奴の討伐のため、勇者様に連絡を。このままでは、世界が滅ぼされてしまう」
「あんな男の法螺話に構っている場合ではないだろう? たった一人で大社をどうこうすることなど出来る筈もない。奴に構わず他の巫女たちで奉火祭を決行するべきだ」
「しかし、上里様抜きの奉火祭など成功するのでしょうか?」
多くの神官たちは討伐案を提示する中で、奉火祭の決行を提示する者たちもいた。その様子を烏丸はこれまでのことについて考えながら傍観していた。
実のところ、烏丸は別に世界がこれからどうなろうが、そこまで興味はない。寧ろ、一向に進む気配を見せずにいるこの現状の方が苦痛だった。来ることが分かり切っている滅びを待ちながら、対策のために朝起きて、夕方まで代り映えのない面を突き合わせて話し合い、そして夜には明日はどちらに転ぶかと無駄な予想をしながら目を瞑って眠りにつく。
そんな日々を毎日毎日、何度も。動画の巻き戻しのように『変わらない日々』を『延々と繰り返す』。会議に出てくる意見が少し変わったり、食堂のメニューの変化こそあれど、そんなものは糸を弾いた時に生じる小さなブレのようなものでしかない。今や『平穏』は『圧倒的な恐怖』によって極限まで張られた糸のようになっていた。
今日もやはり何も変わらなかった。明日も変わらない絶望が続く。いっそ天の神が気まぐれで突然滅ぼしに来た方がまだ面白いというのに、大きな襲撃が起こるという神託は巫女たちから聞いていない。
天の神は静観をしているだけ。決まりきった滅びによる恐怖で生まれた平穏の中で何も出来ない人間たちを嘲笑うように、動きを見せずにいる。それがとてつもなく不気味だった。
そういう意味でも、ラグナが来たことは烏丸にとっても良いことだった。形こそどうあれ、緊張しているだけだった糸は彼の存在によってあっさりとぶった切られた。
(それにしても……大社のやり方に従わないだろうとは予想していたが……巫女たちを守るためにまさか独りで大社と真正面からドンパチを始めるとはな…………全く、無茶なことをする。そんなことをすれば自分がどうなるかなんて、分かっているはずなんだがな……アイツらしいと言えば、アイツらしいか……)
相も変わらず無鉄砲な彼に烏丸は安心感を覚えながらも、心に後味の悪さを覚える。確かに色んなものが進み始めた。青年がもたらした混沌によって事態は大きく変動した。
しかし神官たちの言う通り、彼のやろうとしていることは荒唐無稽であり得ないと一笑されても仕方のないことだった。そして、例え本当に成し遂げることが出来たとしても、それは彼自身と彼の護りたかった人々を傷つける結果しか生まれない。
それでも彼は引き下がる様子を見せなかった。どんなことをしてでも彼女たちを守ってみせる。絶対に諦めない。そんな強い意志を感じさせるものを、青年の目からは感じられた。
(……なら私はお前の護ろうとしたものを護るしかないな……お前を巻き込んでしまったのは、他でもない私だからな……)
先ほどの騒ぎでラグナを擁護することが許されない空気が出来上がっていた。少しでも彼に味方するような発言をすればその者は魔女狩りの如く、異端者として吊るし上げられる。
だが同時に、そのおかげで彼らの注目は巫女からラグナへと向けられ始めていた。大社の大人たちは外敵と戦う勇者ほど、巫女たちを重要視していない。つまりやろうと思えば、彼らの眼を完全にラグナへ引き付けることが出来るということだ。
そのために彼は態々あの場へ『独り』、神官たちの前で堂々と宣戦布告し、自分を庇おうとしたひなたをも力技で黙らせたのだ。奉火祭の決行を提案する神官に烏丸は指摘した。
「アンタらのためを思って言っておくが、奉火祭を今すぐ決行するのだけは止めた方がいいぞ」
「世界が滅ぼされても良いというのか!? あの男に先を越されれば何が起こるのか分からんのだぞ!? それよりも我々が先手を打たねば!」
「決行すれば、その『化け物』が天の神の代わりに世界ごと私たちを滅ぼすと思うが? まさか半年前の『黒い怪物』のことを忘れたのか?」
黒い大蛇の名前が出てきて、神官たちは難色を示す。結界を一度破って四国に恐怖を齎した八頭の紅黒い大蛇のようなバーテックスを忘れる筈がない。その力の一端を知るために彼を調査しようとしたのも彼の獣への畏怖故にだ。
古来より、人間が怒りや憎しみで怨霊や荒神に変貌することは珍しいことではない。特にこの国ではそういった例が多い。
これをラグナに当てはめた時、彼の姿がどんなものになるのかは言わずとも皆の知るところにあった。天の神の脅威に脅かされている今、もしあの獣が復活するようなことがあれば、もう誰にも滅びを止めることが出来ない。
「私から見れば、あの手合いの頑固者はどんな神よりも恐ろしい存在だ。もし巫女や勇者たちに何かあれば、奴は本当に死神として、私たちを潰すまで世界を蹂躙する」
「だからこそ、勇者様たちに上里様の奪還と奴の討伐を」
「縋りついてみるのは構わないさ。最も、先日の戦いで疲弊している勇者数人など相手になるとは思えないがな。どこまで戦えるかは知らんが、恐らくヤツは例えかつての仲間が相手でも容赦はしないと思うぞ」
勇者たちの裏切りを考慮させないよう、敢えて大社がひなたを理由に勇者たちが戦わない可能性を伏せる。苦虫を嚙み潰したように神官の一人が顔を歪ませながら、噛みつくように烏丸に指摘する。
「そんなことを言って、烏丸様が奴を庇っているだけではないのですか? 確か貴方が友奈様と共に奈良からこちらへ避難した時もラグナ=ザ=ブラッドエッジが同行していたはずです」
だがその言いがかりに対して、彼女は涼しい顔で返した。
「だからこそアンタらに『警告』しているんだよ。まさか、まだ私たちがどれだけ危険な状況に置かれているのかに気づいていないのか? そうなら今すぐ認識を改めた方が良い」
「……と、言いますと?」
「私たちには神と戦う術がなければ、神と交渉することも出来ない。選択肢を選ぶことさえ許されていないんだ。そんな中でヤツは、人類を滅ぼすことも、世界を救うこともできる未知の力を持っているのだ。最早世界の、そして私たちの命運はヤツの右手の中にあると言っても過言ではない。なのにそのヤツは今、『私たち』を明確な『敵』と認識しているんだ。それがどういう意味なのか、気づけないほど愚かではないだろう?」
先ほどのラグナの眼光に当てられたせいか、難癖をつけてきた神官の顔はみるみる青くなっていった。殺される自分を想像してしまったのかもしれない。
「もうこの世界のどこにも、私たちにとって安全な場所なんて存在しない。ヤツが誰かを殺すことがあるとすれば、間違いなく『ここに居る私たち』が真っ先に標的になるだろうからな。私もここに居る以上、巫女を犠牲にすることに賛同しているようなものだから、同じように殺されるだろう。そんなヤツの逆鱗を強引に引き抜こうといっているのだから、私だって止めるよ。私はまだ殺されたくないからな。それでも奉火祭を強行するつもりなら……世界と共に死ぬ覚悟をしておいた方が良いぞ。余計なことをするくらいならまだ傍観に徹した方がマシだ」
彼女に説明されて、自分たちの置かれている立ち位置を漸く理解した神官たちの顔に絶望と焦りが浮かび上がった。
たった一人の青年が介入したことで、人類生存を賭けた起死回生の希望である奉火祭は世界に災厄を齎すパンドラの箱へと変貌した。引けば青年は破壊と絶望を振り撒く黒い獣へと変貌し、真っ先に自分たちを殺しに来る。勇者たちの助けまでも頼りに出来るか分からない。最早自分たちは安全圏から戦況を見ているだけの立場ではなくなったのだ。
喉笛までに迫ってきた『死』に神官たちは怯え、騒めきだす。一部は「子供たちに重責を負わせた罪か……」と運命を受け入れそうになっている者たちもいたが、足掻く者たちは必死に案を出していた。
「では、警察や自衛隊にも出動してもらうしかないか?」
「奴にそれ程の戦力が必要なのか? 過剰としか思えんのだが……」
「寧ろ手緩いくらいにも感じるぞ。我々は奴に世界の運命を握られていると言っても過言ではないのだ。せめて現代兵器が残っていれば良かったのだが、バーテックス襲来の折に壊されて、殆どが残っていないのがな……」
「先ほどから反対意見ばかりを出してばかりだが、せめて妙案の一つでも提示したらどうかね」
「それは貴方の案を採用した時に失敗したからだ。そのせいであの吸血鬼にも付け入れられたのだぞ」
「やはり説得して彼に納得してもらうほかないのでは?」
「天の神がいつ攻めてくるかも分からないというのに、そんな悠長なことなどしていられるか」
「もういっそ、彼に全てを委ねるほかは……」
「それで世界を滅ぼす結果になったら誰が責任を取るつもりだと思っている!? まさかアレの味方をするつもりではありまいな!?」
それぞれの派閥に所属する神官たちはそれぞれの意見をぶつける。ここまで真剣に議論を交わす彼らを見るのは初めてかもしれない。
この光景を見れたことに関してはアイツに礼を言っても良いなと、烏丸は心の中で自嘲するように笑った。ある神官がこんなことを宣ったのはその時だった。
「少し待て。奴自身が言っていたことを思い出すのだ……ヤツはあの黒い右腕を使って、人々の
「つまりヤツの右腕の力を使えば、奉火祭で態々巫女たちを犠牲にせずとも神との交信が可能である、と?」
「分からん……しかし、例え彼自身の話が嘘だとしても、やはりあの右腕に何らかの秘密が隠されていることは間違いない。そして、その真の使い道を知っているのは、奴だけだ」
「ならばあの右腕の力の更なる調査のためにも、奴を早急に捕縛せねば。何もなくとも奴が世界の脅威であることも変わりはない」
(……そう転んだか。前々からこういった連中はいたからそうなる可能性を考えなかったわけではないが、よほどラグナの力を欲しがっていると見たな)
その神官は以前にもラグナの力を利用しようと提案していた神官だった。表向きにはもっともなことを言っているが、それが違うことを烏丸は知っていた。
蒼の魔道書は勇者の力よりも多くの謎を秘めていて、大社でもその正体については殆ど何も分かっていない。ただそれが黒い腕の形をしていて、不可思議な力を持っているとしか分からない。
しかし、未知であるが故に。この絶望すらも覆す可能性を持つその力を手に入れようと目論む者たちは大社内にも一定数いた。そして絶望の崖っぷちまでに追い込まれた今、自分たちの鼻先にぶら下がっていた『力』という『希望』を前にして、その渇望が一気に爆発したのだ。
「しかし、それは人道的に問題があるのでは!」
「世界を壊すと言っている魔物にそんなものが通じるか! こうしている間にも奴も天の神々も我らを滅ぼすための準備を始めているかもしれないのだぞ!」
まだ良識のある神官はいたようだが、別の者が窘めるように声をあげる。
「その通りだ……奴は世界の敵……そんな男に世界の命運など委ねる訳にはいかない……心苦しいが、非道な手もやむを得ないか……」
「烏丸さんはどう思われますか? 貴女からの意見はまだ聞いていないのですが」
やはり自分にも意見を聞いてきた神官に、烏丸はぶっきらぼうに答える。
「まぁ少なくとも現状だと、それが一番の安全策だろうな。最もヤツを捕まえるとなると、簡単にはいかないだろう。少なくとも勇者だけでは無理だから、大社からも人員を出す必要はあるはずだ」
「その点についても考えますとも。必要ならば大規模な人員だけでなく、彼のことを公表して、民衆の協力も煽ぐつもりです」
民衆の協力と聞いて、烏丸の眉が少し動いた。確かにすべてを敵に回すと言ったのは彼自身だが、そこまでやってしまっては、本当に彼は修羅道を歩むことになる。
「……良いのか? そんなことをすれば、今まで以上に四国はパニックに陥るぞ? これまで通りならば民衆に内密で我々が処理した方が良いだと思うが」
「彼が民衆への攻撃を宣言している以上、注意を勧告する必要があります。何より、早急に捕らえるためにも人員が必要でしょう? 世界の存亡がかかっていますから」
どうやら、この神官は人々を利用して少しでも早くラグナを確保したいようだ。彼は大社の中でも強い影響力を持った派閥に属している者だった。反対する人間も少ないところを見ると、派閥間でも皆同じような考えを持っているようだった。普段は意見が分かれているのにそんなところを合致しなくてもいいだろと言いたい。
「なるほどな。確かに、筋は通っている。だが、批判を浴びるのは奴だけではないんだぞ? 共に戦ってきた勇者たちは勿論、我々もただでは済まない」
「その時は、巫女たちを人質に勇者様を無理やり従わせたとでもしましょう。事実、今は上里様を攫って行きましたからね」
彼らを街で少しでも見たことのある人間ならば神官の言っていたことが嘘っぱちだというのはすぐにわかる。だが、これまでラグナの存在は公の場で殆ど表沙汰にされたことはない。故に彼を知らない人間の方が大多数だ。そんな彼らに印象操作を施すことは難しいことではない。
「……そうか。なら、私からはここまでだ」
しかし、これ以上の反論は奉火祭への推進を誘発させてしまう。そうなれば彼の目的にそぐわない結末を辿ることになる。だから、それ以上は何も言わなかった。神官たちがお互いに顔を合わせているのに気づく。とうとう賽を投げる決意を固めたようだ。
「ならば死神……ラグナ=ザ=ブラッドエッジを捕獲し、その力の秘密を握っていると考えられるあの右腕を回収する。奉火祭は最終手段として用意し、彼の怪物の力でも不可能と判断したときは実行に移す。反論のある者は?」
その発言に誰も手を挙げることは出来ない。挙げることを、許してはくれない。一度周囲を確認した後、老神官が言った。
「居ないようですな……では、次の話し合いを始めましょう」
世界を守るために死神を殺すための話し合いが繰り広げられる。烏丸は攫われた巫女のことを考えた。
(……状況は最悪だが、これでラグナの望んだ通り、奉火祭は一時中断へと追い込まれたわけか……はぁ……これで私は上里に殺されるだろうな。ああ見えて、怒らせた時の迫力がすごいからな、アイツは……まぁ、ラグナをここへ誘ったのは私だから、当然といえば当然か)
四年前にひなたと交わした盟約を思い出す。自分が原因でラグナがこの会議に顔を出したと分かれば、ひなたは間違いなく激怒するだろう。それはそれで、自分の命を取るのはひなたなのか、ラグナなのかのどちらかについて考えるのも面白くはある。この絶望で出来た退屈の中で過ごすよりはずっと良い。
(……ラグナの件は、『アイツ』が知ったらどう思うんだろうな。いや、きっと凄い剣幕で怒るだろうな)
こんな時に思い出すのは4年前に庇った、今は一般人として生きている『平々凡々とした少女』。何よりも『普通』であることを尊んだ彼女がこんなことを許すはずがない。
(……どのみち、大社がラグナを利用しようとしている以上、あの世界一の愚か者を本当の意味で『救う』ことが出来るのは、友奈たちだけだろうな……あんなことをしたアイツを許していれば、の話だが)
最も、自分もこのままでいるつもりは毛頭ない。神官たちが死神処刑の会議を続けている中、烏丸はそう思った。
(『怪物が勇者に倒されるだけの結末』なんて、『普通過ぎる上に面白くない』からな……)
*
一方その頃、ラグナは追跡してきた追手を返り討ちにした後、本庁近くの林の陰に身を隠していた。
「さて、こっからどうしたもんかなぁ……取り合えず、どっかの洞窟に隠した方が良いか?」
未だ気絶しているひなたを抱えたまま、一本の木に寄りかかった。そこへレイチェルがヴァルケンハインと共に宙より現れた。
「どうやら用事を済ませてきたようね、世界に喧嘩を売った大魔王さん」
「テメェは俺と会話する度に毎回毒を吐かなきゃいけねぇルールでもあるのかよ。つか、いきなり現れるな。びっくりするだろうが」
「あら? 優しくされたかったの? アレだけ盛大にカッコつけておいて、もう怖気着いたのかしら?」
「ンなわけねぇだろ。つーかこのタイミングでテメェに優しくされても不気味なだけだっての」
「小僧!! 恐れ多くもレイチェル様のお心遣いに、なんと無礼な!」
「良いわよ、ヴァルケンハイン」
「しかし、姫様……」
「良い、と言っているのよ。ありがとう」
「……失礼いたしました」
執事を制するレイチェルは担がれているひなたの方へ目を移す。深紅の瞳はどこか、憂いを帯びていた。
「その様子だと、無理やり神官たちから連れ去ってきたようね」
「そうしなかったら俺を庇いそうだったからな、こいつ。俺の勘違いとかじゃなけりゃ、だけど」
「……実際、この娘は最後まで貴方を犠牲にしようとする大社の意見に反対していたのは聞いているでしょう?」
「いざになったら黒き獣とコイツの力の関係をバラしていい、って言ったんだけどな……つっても、あの様子じゃあどのみちコイツを生贄にする可能性があっただろうけどさ。そういやアイツらは?」
「先に病院へ送ったわよ。頑固な誰かさんが全然話を聞いてくれないから、心の療養が必要だったの」
「……」
勇者たちのことを聞いて、ラグナは思わず視線を逸らす。彼女たちがあんなことで納得しているなんて思っていない。自分だってあっちの立場だったら絶対に納得なんてしていないだろう。
だが、この世界で生きている彼女たちが自分の側に居たら危険だ。故に自分から引き離した。本当ならもっとキツイ言葉をぶつけるべきだったかもしれない。だが人によっては逆効果になると思い、その罵倒が口から飛び出るのをなけなしの理性をフル稼働させることで押さえた。
お前のやっていることは、彼女たちに対する裏切りでしかない。傷つくのは分かり切っていただろう。それを承知の上で進むと決めたのは自分自身だ。今更怖がって足を踏み出すことを躊躇うなんて虫が良いにもほどがある。
第一、ここであの娘たちに折れて、自分に付いてきてほしい、なんて言うのは馬鹿以前の問題だ。それこそ彼女たちを危険に晒すだけだ。そんな下らない妄想なんて初めから論外なのだ。
これは『世界』などと嘯き、理不尽に自身の
「――」
レイチェルの真紅の眼がこちらを覗き込んでいる。鬱陶しそうにラグナはその真意を聞いた。
「何ジロジロ見てんだよ。最後に拝んでおこうとかそんな魂胆か?」
「……そうね。物珍しいから、一応覚えておこうと思って」
「お、おう……なんか調子狂うな……」
先ほどからそうだが、漆黒の令嬢の声からいつものSっ気に満ちた覇気が感じられない。いつもなら毒を余分に練り込んでレンガの如く罵倒を投げ込むのに、今日はそのパンチが弱く感じる。違和感を覚えるラグナに、レイチェルは確認するように聞いた。
「それで、これから貴方は自分の目的を果たしに行くの?」
「まぁな。これ以上、天の神とアマテラスにアイツらの居る未来も、こいつらの居る
「その未来へ帰る当ては?」
「そこは何とかするよ。一応、案内人には心当たりはあるしな。必要なら、あの炎の海を越える」
口調は軽いが、相も変わらずラグナの決心は一ミリたりとも揺らぐ様子はなかった。それを見て、レイチェルは溜息を吐いた。
「呆れた……どこまでも力押しね、貴方。そんなことばかりするから、虫けらのように毎回死に掛けるのよ。案内人が誰のことなんて知らないけれど、そもそもあの炎の海を突破して窯まで無事に到達できるわけがないのは、貴方が一番分かってるんでしょ?」
「へいへい。脳筋で悪ぅございましたね。そもそも頭でうだうだ考えながら行動すんの苦手なんだよ、俺は。ンなことは、アイツらとケリをつけた後に考えりゃいい」
レイチェルの眉間に小さな皺が浮かび上がる。確かに、その通りだ、と自分でも思う。計画を立てることは大事なことだが、今目の前の困難をどうにかしなければ、その先など何の意味も持たない。だから今の問題を解決する必要があるのだ。
それを誰かがやらなければならない。そして、そのための手段を持っているのは今のところ、目の前に居る青年しかいない。
それでも、言わずにはいられなかった。
「…………本当に、気を付けないと、今度こそ死ぬわよ。ラグナ」
思わず聞き間違えてしまうほどか細い声。柄にもない弱々しさに当てられてラグナは少し動揺する。本当にこれがあのレイチェル=アルカードの口から出てきたのかと、つい疑ってしまった。そんな彼にお構いなしに、レイチェルは続ける。
「確かに……貴方の方法は、犠牲を出すことなく天の神を鎮め、誰一人死なせること無くこの戦いを終わらせることのできる唯一の『可能性』といっても過言ではないわ。でも――」
一度言いにくそうに言葉を区切ってから、吸血鬼は話を再開した。
「そこへ至るまでの道のりは……茨の道よ。その傷だらけの身体を引き摺って、大社に捕まることなく四国中を駆け回りながら全ての天恐患者の
魔道書に喰われて獣になったらアウト。大社に捕まればモルモットにされてアウト。間に合わないのも聞き入れてくれないのもアウト。周囲に説明しても理解してもらえる可能性も低い。理解してもらえても今度は全て終わった後、組織に潰されるかもしれない
味方に頼れないのに障害だけが大きすぎる。無謀な挑戦なのは誰の目からも明らかだった。それでも、ラグナは落ち着いた声音で言った。
「勘違いすんじゃねぇぞ、ウサギ。『俺』は『世界』を食い殺したりなんかしねぇ」
それは、他の誰に対してでもない。自分への約束だった。
「もうこれ以上、誰も死なせねぇ。そんなことは、『死神』が許さねぇ」
「…………そう……そこまでの覚悟なのね……」
彼の言葉に少女は観念したように小さく呟く。
「○○市立病院、××大学附属病院、△△医療センター、□□国立病院」
その単語の羅列に驚くラグナ。それが何を意味するのか、言われずとも理解することができた。
「……天恐患者たちが集まっている主な病院の名前か?」
「私が知っている範囲の中ではあるだけだけれどね。どれもそれぞれの県の中でもかなり大きい病院で、天空恐怖症の最新治療を行っている場所よ」
どうせこの男のことだ。手あたり次第に病院を訪ねて、患者たちから
しかし、それでは無茶を繰り返し続けた彼の肉体にいずれ限界が生じてしまう。だったら自分は、彼の成すべきことを果たし、出来る限り生きて帰ることのできる可能性を持った道を示すしかない。そうしなければ、本当の意味で世界が終わってしまう。
「……ひょっとして、チカゲの母ちゃんもそのどこかにいるのか?」
「ええ……でも、多分感謝はされないわよ? ステージ3じゃあ、殆ど他人の区別なんて付かないでしょうし」
「ンなことはどうでも良いんだよ。こっちはただ、『そいつの
「はぁ……簡単に言ってくれるわね」
悪態を吐く割には、レイチェルの顔それほど怪訝な表情をしていなかった。
「後は自宅療養者だけれど……流石にそこまでは把握していないわ」
「十分だよ。アイツらはとにかく
「……本当に、ここから先は辛い道になるわよ。それでも、最後まで走り切れる?」
「何言ってんだよ。何もねぇ原っぱを進むよりかはマシだろ? 例えそいつが砂利道だろうと、地獄道だろうと道がはっきり見えてるなら、細かいことなんて考える必要はねぇ。後はそいつをまっすぐ突っ走るだけだ」
「突っ走るだけ、か……」
実に彼らしい、無計画で、単純で、そして迷いのない言葉だ。
「ならそのためにも、精々連中に捕まらないように気を付けることね。あまり時間に余裕はないだろうし、大社もあの娘たちに、勇者に貴方の討伐を命じるでしょうから」
「そん時は正面から相手にしてやるから遠慮せずに掛かってこいって伝えてやれ。正直、そうしてもらわないと後で色々と面倒なことになるんだよ。それと、ついでに頼みてぇんだが……」
「良いわよ、別に」
「……俺は何も言ってねぇんだけど?」
「ひなたを匿ってほしいんでしょ?」
「……まぁ、そうだな。頼めるか?」
「良いわよ。貴方も単独行動の方が都合は良いのでしょうし」
「……ありがとな。ンじゃあオッさん、頼むぜ。間違っても落っことすなよ」
「相も変わらず余計なことを口走る男だな、貴様は……そんなこと言われずとも分かっている」
ラグナは担いでいたひなたを肩から降ろして姫様抱っこの体勢にすると、彼女を執事に託そうとする。ひな人形のように端正な少女の顔。閉じている目の端からは透明な線が引かれていた。
「――……」
それを見て、ラグナの眼に苦痛が映る。その線を作らせた原因は自分だ。それを手で払う資格なんて、もう持っていない。ヴァルケンハインにひなたを渡すと、その場を後にしようと二人の横を過ぎ去っていく。
「それじゃ、ちょっくら神様を黙らしてくるわ」
小さな令嬢は青年の言葉に返事することなく俯く。これ以上留めても、彼の目的の邪魔になるだけだ。そろそろ二人を連れて転移をしようとした時、大きなため息が聞こえたと思ったら、
「――あ、そうそう。ウサギ」
「え……――ぇ!?」
「よっと」
去ろうとしていたラグナが自分を抱きあげていた。横にはヴァルカンハインもいたが、そんなことに気を回す余裕はなかった。
「ちょっ貴方、何をしているの、この無礼者!? 下ろしなさい!!」
小さく握られた手でラグナの顔を叩くが、そこまで力が入ってなくてラグナも少し顔をしかめるだけだった。
「……『こっち』でもやっぱり軽いな。タマコと同じくらいとまでは言わねぇけど、ちゃんと飯は喰えよ? 少なくともヒナタの方がまだボリュームあったぞ」
「なっ、いきなり人を抱き上げといて何セクハラを言っているのよ!? 良いから早く下ろしな――」
文句を言い切る前にラグナに抱きしめられた。普段の彼を知っているレイチェルとしては予想外のことばかりが起こるせいで真っ白な頬が少し朱色に染まる。
「レイチェル」
「な、何よ……」
「今までありがとうな。皆のことは頼んだぞ」
「……」
ラグナの気持ちを汲んだレイチェルはそれ以上は何も言わずに両腕を彼の首の後ろへと回す。おかしいくらいに心臓が拍動しているのに、頭は不自然なくらいに冷静だった。それはきっと嬉しさよりも、別れることの寂しさと悲しみの方が大きいからだ。
しばしの抱擁の後、ラグナはレイチェルをゆっくりと降ろす。足が地面に着いたところで惜しむように彼女は少しずつ腕を解いた。ラグナは気合を入れるようにフゥーと、大きく息を吐く。
「ンじゃ、さよならだ。テメェらも連中に捕まるようなヘマはすんじゃねぇぞ」
それだけ言って彼は走り出した。徐々に小さくなっていく紅い影を見つめながら、レイチェルは胸の前で手を優しく握りしめる。ラグナから感じた温もりは、11月の寒い中でもまだ少しだけ残っていた。
「皆のことは頼んだ、ね。そこまで大事なら、私に押し付けないで自分で面倒を見て欲しかったものだわ……貴女もそう思うでしょう、ひなた」
「……止めなくて、本当に良かったんですか?」
ヴァルケンハインの腕の中で気絶していたと思われていたひなたが目を開ける。レイチェルは悲しそうに首を横に振る。
「……止めたところで、言うことを聞いてくれるようなお利口さんでもないでしょう?」
でなければ、こんなことなんてしなかった。しかし、それで納得できるひなたではなかった。ヴァルケンハインに降ろしてもらった後にレイチェルに歩み寄る。
「……確かに、彼は元々異なる時空からこの時間軸へ来た、『本来は存在しない筈の人間』です。そんな人間が『全て』を敵に回し、全ての業を背負ったとしても、この時間軸で生きている者たちに罪を被せた場合よりも被害を最小限までに抑えることが出来ます」
敵を倒せない以上、大社は人類の敗北を発表せざるを得なくなる。そうなれば、負けてしまった勇者や大社を批判する人間が現れる可能性がある。
だが、その原因がただ一人の人間だった場合、話が変わる。それが未来からやってきた『
「未来人だから……自分と深い関わりを持った人間は現在で生きている人間よりも圧倒的に少ない……その僅かな仲間も自らの『敵』にし、悪意を自身へと集中すれば、少なくともそれは悪となった自身を止めることになる勇者たちに向けられることはない……」
確かに責任の押し付け合いはそこで終わるし、そのまま罪人を処刑したと明確な因果応報を示せば民衆も沈黙するだろう。しかし、ひなたの眼から涙が流れ始める。
「しかし、それでは……! そんなことをすれば、例え天の神たちを追い返すことに成功したとしても……ラグナさんは……消えることのない、悪名を背負い続けることになってしまいます……恐らく、いなくなった後も……ずっと……」
大社の記録から『ブラッドエッジ』は決して消えることはない。しかし、それは稀代の英雄として名を遺すことになる若葉や友奈たちとは違い、最凶最悪の悪党の代名詞として長い間語られることになる。彼の犯した罪は深くこの世界に刻まれ、終焉の刻まで永遠に遺り続ける。
「勿論、それは彼も分かってるわ……でも、このままいけば、貴女たちの中の誰かが確実に犠牲になる。そうならないために、彼は行ったのよ。そしてそれを成すには――『孤独』でなければならなかった」
全てを守るには、犠牲を強いらせる今の『世界』に反逆しなければならない。しかし反逆することは世界より弾き出されるということだ。それは頼った仲間たちも例外ではない。
それを防ぎたければ、半端なやり方は通用しない。他に対して責任を追及出来ないくらいに。こいつさえいなければこの結果はあり得なかったと言わしめるほど圧倒的に。他の追随を許さぬほど突き抜けた存在でならねばならない。そのためにも、自分は独りにならなければならない。
独りになれば、勇者たちは自分の『味方』ではなくなる。自分を討伐したとしても不自然にはならず、後世にも『勇者が化け物を退治した』という物語しか語られない。『黒』の『焦点』を、自分に置かれる。故に、他の誰にも悪は向けられない。
「その役目を全て引き受けることが出来てかつ、この世界を救うことが出来るのは今、『本来この世界に属していないラグナ=ザ=ブラッドエッジ』しかいない。その代わりを務めることの出来る人間は誰もいない。彼もそう悟ったから、一人で行動することを決めたのでしょう……」
「……もし私が奉火祭に賛同して犠牲になっていれば、彼は……」
懺悔するようにひなたは零す。友達を、親友を守るために自分を犠牲にするつもりだった。他の巫女たちを誑かし、道連れにした悪女と罵られても構わない覚悟だった。
それが今はどうした。その友達の一人が、自分も、自分の友達も、そして親友すらも守るために『世界』と大喧嘩を始めてしまったではないか。こうなってしまってはもう、奉火祭を承認したとしても、ラグナを助けることはもうできない。
「無駄よ……それこそ大社を壊滅させてでも止めに入っていたと思うわ。自分が何とかするとか言ってね」
「どうして、そこまで……」
「そういう性分、としか言えないわ。多分、私たちと出会う『ずっと前』からああだったのよ。理不尽な仕打ちがどうしても許せなくて、それに抗うために無様に見えるほど足掻いて、足掻いて、足掻き続けて。その度に何度も、何度も、自分を傷つける。それでもダメだった時に漸く、彼は出来ないんだと学ぶの」
そこまで言うとレイチェルは一度口を噤むが、彼女は溜息を吐きながらも言葉を続けた。話す彼女の声は彼を憐れむような声音だった。
「……それでも……そんな絶望を覚えてもなお、ラグナは諦めようとはしないわ。自分の求めるものへ辿り着くまで、何があっても、何度でも闇から這い上がってくる――実際、今でも彼はまだ諦めていないわ。彼の居た未来の仲間たちも、
漸く終わったレイチェルの話がひなたの心に突き刺さる。彼は以前、失わないために戦っていると言った。ならば、失った時の痛みがどれだけ辛いかもよく知っているはずだ。知っているからこそ、それを繰り返さないために戦ってきたはずだ。
それでも、彼は大事なもの全てを守るために、この時代にある大事なもの全てを手放すことを決断した。これまで成してきたこと全てが無になることも、築いてきたものを全て壊す結果になろうと、引き返すことなくその道を選んだ。そうでしか、世界と自分たちを守れないから。
「……それは、あまりにも悲しすぎますよ、レイチェルちゃん……ただでさえ家族も知り合いもいない、この時代まで独りで来て、命を賭して戦った結末が……自身の全てを無に帰すことだなんて……そんなの、あんまりじゃないですか……」
自分が傷つく道を進もうとするラグナの覚悟が分かってしまうと同時に、ひなたの心は焼けるように痛くなる。彼を慕う者たちから見れば、彼の道はあまりにも報われないものだ。しかしそうなったとしても、大事に想う者たちを守れれば、彼は自身の選択を後悔しないだろう。それが、ひなたは悲しかった。
「……そうね、それは間違いないわ。けどそれが彼なのだからどうしようもないの。頑固で、意地っ張りで、口が悪くて、適当で、考え無しの癖にやることなすことが無茶苦茶なお人好しのお馬鹿さんだから。貴女たちを放っておいて自分の時代へ逃げ帰るなんて、例え方法が分かっていたとしても出来ないのよ。『自分自身』がそれを赦さないんだもの」
顔を合わせれば、いつも口喧嘩ばかりだった。けど、なんだかんだそれがちょっと楽しかった。面倒事の時は自分に頼ってくるくせに、いざの時は大事なものを守るために意地を張りながら一人で突っ走る。
誰から見ても無様で、みっともなくて、『正しいこと』を言っている皆の言うことを聞いても、未だ尚しつこく、諦めようとはしない。そんな彼が、自身の運命と性に踊らされ続ける滑稽な道化だと罵られても仕方がない。
なのに、自分はその姿から、小さな『可能性』という希望を見出してしまう。何が言いたいかというと、詰まるところ。
「――本当、『馬鹿な人』よ」
けどそんな男だから、自分は嫌いになれないのだろう。そして、それは彼を慕う他の物たちも同様だ。現に今、この先『
「ヴァルケンハイン、少し頼まれて欲しいのだけれど、良いかしら?」
「彼の動向の監視ですかな、レイチェル様?」
「いいえ、今は大丈夫よ。それよりも、神社の様子を見てきてほしいの。もし大社関係者が居たら、即刻退去を命じなさい。その後は大社の動向を探って。今は出来る限り力を使いたくないの」
「畏まりました」
それだけ言うと、ヴァルケンハインはオオカミに変身して走り去っていった。涙を袖で拭い去るひなたは彼女に聞く。
「どうして、先に神社の方を?」
「詳しくは後で説明するわ。それより、ここに留まっては面倒なことにしかならないし、私たちは先に城にある私の部屋へ向かいましょう。あそこならば、神官たちも来れないわ」
「……確かに、一度暮らしたことのある場所なら怪しまれても仕方ありません。ですが、それなら丸亀城も問題では?」
「その時は、淑女の部屋に不法侵入した変態に鉄槌を下すだけよ。心配しなくともよくてよ。起きた頃には何も覚えていないから」
本当、敵と認識した相手には一切の情けを掛けない女である。ここまでくるといっそ清々しい。しかし、それ以上に、彼女の眼はラグナと同じ、強い力を宿していた。
ひなたはノイズの掛かったあの神託を思い出す。少女は自分たちの誰とも似ていなかったが、あれは自分たちをイメージしたものだったのかもしれない。
つまり、あの神託の意味はラグナとの別れを意味していた。引き裂かれるような別れ。それがこのタイミングで、しかも本人は世界へ宣戦布告した。
自らの象徴たる赤コートを翻す彼の背中を
それでも、彼はまだ死んでいない。大切な友達を守ろうとした彼はまだ生きていて、運命の歯車に逆らうように抗っている。まだ、助けることが出来る。まだ、彼の命を守る事は出来る。『まだ、終わってなどいない』。
「レイチェルちゃん」
「何かしら?」
「向こうに着いたら、お話がしたいです。皆さんと一緒に」
「……あの男を助けたいというなら、危険は避けられないわよ。私も、あの娘たちも、当然貴女もね」
脅しなどではない。もしも彼との協力関係が明るみになれば、ひなたたちの身に何が起きてもおかしくはない。それを避けるために彼は独りになったというのに。だが、ひなたは首を横に振った。
「それは理解しています。恐らく、そのためにもラグナさんは皆さんの協力を拒否したのでしょうから。ですが、レイチェルちゃんがやろうとしていることはそういうことではないでしょう?」
「……ええ。実際、彼が黒き獣になってしまったら、もう彼を殺すしかなくなってしまう。でも――無事に成し遂げた後も彼の安全が確約されている訳ではないわ。特に大社はラグナのことをとても嫌っているようだから」
例え世界を救ったとしても、大社がラグナを大人しく赦すとは思えない。彼らはラグナと黒き獣の関係を未だ疑っているし、以前ひなたから聞いたように、彼を利用して戦争を止めようとする者もいる。
最悪の事態を回避するため、ラグナが行動している今、大社がラグナに注目している今、行動を開始しなければならない。全てが遅くなってしまってからでは何もできない。
「でも、それをするのは決して彼のためではないわ。私が行動するのは私のため。例えそれで彼が苦しみ続けると分かっていても、私自身のために、彼をその道の先にしかない、彼の求めるものへと導きたいの。彼は、私にとって大事な……『可能性』なのだから。ここでそれを諦めてしまっては、私はきっと後悔するわ」
「……それは私もです。私も、何も出来ずに安全な場所で待ち続けるのは……もう嫌ですから……」
ひなたの言葉から切実なものを感じ取ったレイチェルは、それに対して何も言わない。
「バーテックスが襲来したあの日から、沢山の人々が死にました。勇者は、生き残ったたくさんの人を護るために、たくさんこれまで傷つきました。そして今、ラグナさんは全てを守るために、一生消えることのない罪を負い、そして破滅へと向かって歩み続けています。このままただ彼が自身を滅ぼすのを傍観してしまったら――私は自分を一生許せなくなるんだと思うんです。だから全てが手遅れになる前に、彼を助けてあげたい。私の友達と私の生きる『可能性』を護ったのが彼だというなら、私は『誰も死ぬことは許さない』と言った、不器用な『死神さん』に護りたいんです」
バーテックスに初めて襲われた日に、若葉を守ってくれたのは彼だった。若葉たち、勇者が戦うようになってから幾度となく皆を守ってくれたのは彼だった。そして今も自分と巫女たち、ひいては全てをも守ろうとしてくれたのは彼だった。
正直な話、ひなたから見れば、大社の大人たちよりも、自身の命よりも大事な乃木若葉を守り通してきたラグナ=ザ=ブラッドエッジに未来の希望を託すのに相応しい人物だった。
レイチェルは少し複雑な表情をしながらこめかみに指を押し当てるが、やがて納得した様子で話しかけた。
「そこまで言うなら分かったわ……でも、先ずは皆と話し合いましょう。考え無しに突っ込んでしまっては、あの愚か者の二の舞だもの」
「そうですね……恐らくこれは私たち二人では出来ませんから」
二人は表舞台には出られない以上、どうしても仲間が必要になってくる。勿論、強制はしない。ここから先はとても危険だから。しかし、彼女たちもこのまま黙っているとは考えにくい。
「……誰も死ぬことを赦さないなら、私たちも貴方の死を許しませんからね。ラグナさん」
ひなたの呟きに同意しながら、レイチェルは丸亀城の自室へと飛んだ。
ラグナ君、とうとう世界を敵に回す。この辺りの構想は初めから決まっていましたが、後々に書いていると、ちょっと辛くなってきたりしてなかなか進みませんでした……お待たせしてしまい、すみませんでした。
そして次回、世界の命運を賭けたラグナの戦いが始まる。果たしてこの章での彼の結末とは……
因みに、シリアスに疲れすぎた方のために、少し短いゆゆゆいの読み切り版も書きました。楽しんでいただけたら幸いです。それではまた。
読み切りゆゆゆい
「ッぐ……敵のお出ましか。野郎ども、大人しくてりゃ良いってのに、クソがッ」
「あれ? ラグナ、どこか調子悪いの?」
「ん? ああ、何でもねぇよユーナ。俺の右腕がちょっと疼いてきてな。もうすぐバーテックス共が来るみてぇだ」
「あ、本当だ! 樹海化警報が鳴りだしたよ!」
「そういうこった。急ぐぞ」
「うん!」
「……」
―― 樹海にて
「くたばれ、雑魚共が!!! ナイトメアエッジ!!!」
「生まれ直して出直してきな! 何べんでもぶっ殺してやるけどよ!!」
「無限の闇に、喰われろッ!!!」
「……なるほど」
―― 数日後、部室
「ちょっとラグナ!? いい加減アレ何とかしなさいよ!!」
「あぁ? 何で俺がそんなめんどくせぇことしなきゃなんねぇんだよ、フウ?」
「千景のアレがどう考えてもアンタの影響をガッツリ受けちゃってるからよ!!」
「アイツがこの前、ゲーム監修の依頼を受けてた時に演じてたキャラのことか? そんなことねぇだろ、ほら」
「ぐっ……収まれ、血肉を貪る我が呪われし右腕よ……全てを闇に沈めるには、未だ時は満ちておらぬ!!!」
「な? 全然違うだろ?」
「その眼は何処を見てた!? ほぼ同類でしょうがーッ!!!」
「普段から闇に喰われろーだの、右腕が疼くーだの、よく言ってるもんね~」
「ソノコもその認識なのかよ……」
「観念しなさい、ラグナ。例えどれだけ貴方がそれを否定しようと、貴方が見るに堪えない中二病であることは逃れることのできない事実よ」
「ウサギ、テメェもか……ったく、放っといてやれよ。本人は楽しんでるみてぇだし、別に他の奴に迷惑を掛けてる訳でもねぇんだろ?」
「うーん……私もぐんちゃんがすごく楽しそうにしてるからあんまり止めさせたくないけど……ずっとこのままなのもちょっと……」
「……あぁぁぁもう、仕方ねぇな、クソッ!!!! ちょっと待ってろ!! おいチカゲ!!」
「何の用だ、『
「ハッ、そのザマで暗黒の王だぁ? 楽しんでるところで悪いが、俺から言わせれば、テメェは魂を闇に呑まれたヒヨコにしか見えねぇよ。ガキはダチの膝元で寝んねしてきな」
「我が闇に呑まれている、だと? ふっ、どうやら貴様は相当な身の程知らずのようだな。そこまで言うならば、ここで決着を着けてやろう。我が右腕の一捻りで、貴様を塵殺してくれるわ!!!」
「上等だ……そっちこそ、あんま舐めた口を利かねぇ方が良いぞ? 俺の中の『
「あれ? なんかこれ、先生の方もハッスルし始めてない?」
「ふふふ……ミイラ取りがミイラになるという言葉が存在するけれど、正に今のラグナがそれね。あの娘を止めるつもりが自分まで沼に嵌まり込むなんて、実に滑稽だわ」
「ラッくんはナチュラルボーン中二だからね。目を合わせただけでちーちゃんの
「嗚呼……そのっちまでもが暴走してしまったわ……」
「やっぱ、中二病同士は引かれ合うってことか?」
「ど、どうしましょう、風さん!?」
「全員仲良く、闇に喰われろ!!!!」
その後、高嶋のおかげでなんだかんだと三人の暴走は収まった。