白無垢わっしーが美しい。信じられるか?小学生なんだぜ、これで。
今日は若葉ちゃんの誕生日でしたね。間に合って良かったです。しかし本日の主役は東郷さん。真実を追い求めた彼女の待つ先は。それではどうぞ。
風が暴走する前、東郷美森は大赦の病院のある病室に到着した。そこでは園子が祭壇のようなベッドで祀られており、その側にはホログラムの通信映像が表示されていた。そこに写っていたのは三ノ輪銀だった。
「やっぱり来てくれた~。きっとそうするって分かってたよ~」
『あとはアイツだけだな』
二人が久しぶりに会った親友を歓迎すると園子の方から話を切り出した。
「この前は少し端折って話しちゃったけど、今回はちゃんと説明するね、わっし…じゃなくて今は東郷さんか」
『えっと~…初めまして、かな?す、んや東郷さん』
「わっしーでも須美でも構わないわ。記憶は飛んじゃってるけど…約二年間、私は鷲尾須美という名前だったのだから」
「うん、そうだよ。良く分かったね」
『うお、スゴイな須美!どうやって分かったんだよ?』
「大赦のデータベースに、その…」
『…今は詳しくは聞かねーけど一言言わせてくれ。お前、九重さんにスカウトされてもアタシは驚かないぞ』
『お望みならば本当にきても構わないぞ』
『やべ、本人もノリノリだ!』
その後に冗談だと言って、九重はテイガーの様子をモニタリングしに自分のディスプレイへ移動した。折角の再開に水を差さないようにするための配慮だろう。
しかし3人が自力で自身の過去を見つけ出した東郷に感嘆したことは本心だった。というのも鷲尾須美についての情報はかなり厳しく制限されており、大赦上層部や記録情報の処理が行われる書史部くらいしか彼女の過去を把握していないのである。もちろん当時の彼女を知る者は例外だが。
「当時小学四年生の私は適性試験で勇者の適性があると判断された私は、大赦の中でも力のある鷲尾家に養子として迎えられ、御役目に就いた」
「鷲尾家は立派な家柄だからね。高い適性値を出した貴方が欲しかったんだよ」
「そして…私の両親はそれを受け入れた」
『そこの経緯はアイツと大体同じだな…おっ、噂をすれば』
銀たちが扉の方へ顔を向けるとそこへもう一人、別の人物がやってきた。会ってからというもの、部室で度々論争する仲になった転校生の男子だ。男子が東郷に気付くと、苦虫を噛んだような顔をして園子の方へと向かった。
「…園子、これは何の真似だ。何故東郷美森がここにいる」
「それはわっしーが自分からここに来たからだよ、ジンジン。まあ、この前は私が呼んだんだけどね」
「まさかあのときのあれは貴様だったとはな…九重博士め、何を教えているんだ」
『いいじゃん、刃。お前たちじゃ話しにくいことだったろうしさ』
「…フン」
ふてくされる刃を銀と園子が宥めているのを見て、東郷はどこか懐かしく感じた。まるで昔みたことのある絵本を唐突に思い出したかのような感覚。既視感というものか。不思議な気持ちに浸りながらも東郷はさらに続けた。
「その後、私は貴女たちとともに戦い、散華して足の機能と記憶を失ってしまった。敵を殲滅する力を得る代償として…体の一部を供物として神樹様に捧げた…」
「…そうだ」
東郷の導き出した答えに刃はこちらに顔を向けないで静かに肯定した。
「私なんかはもっと派手にやっちゃったからね~。今はこんな感じになっちゃった」
「…ならどうして私を」
「大赦が全国であの健康診断と称した適性試験を行っていることは知っているな、東郷美森。あのデータを基にさらに範囲を広げ、やつらは現在生きている全国の少女の適性を調べたんだ。大赦の身内に養子に出してじっくり育成する余裕もなかったんだろう…チッ、全く傍迷惑な老人共だ」
思いっきり舌打ちをしながら刃は大赦に対する悪態を吐く。彼の言葉には園子も銀も苦笑いするしかなかった。それでも彼自身の気持ちは二人も察していた。刃は一度自身の術式適性の高さが発端で家族がバラバラになっている。そしてあの大橋の戦いで兄や仲間がボロボロになる姿を見ながら離れる経験をしてしまった。
しかも養子になってから出会った幼馴染の少女も勇者や巫女の適性はなかったものの術式適性はそれなりに高いので大赦に衛士として迎え入れられている。幸いアークエネミーを扱うほどの高さではなかったため、最前線である勇者との共闘は免れたが、刃からすればそもそも彼女のような生真面目な人間を大赦の汚い面と接触して欲しくはないし、こんな戦いにこれ以上自分の身内を巻き込みたくはない。実際、前までの刃は力を手に入れんと鍛錬に明け暮れてかなり荒れていた。兄との親交を断絶されてムシャクシャしていたことも大きいが。
「…東郷の家に戻されて、両親も事実を知っていながら私に事故による記憶喪失だと嘘を吐いた。家や食事が豪華になったりしたのも、勇者になった手当だったのね」
「…そうだろうな。あの組織は僕の元の家の母にも同じことをしようとした。母は受け取らずに兄さんや自分と会えることを条件にしたが」
その話を聞いて東郷はあの夏の旅館を思い出す。あのときは旅館を丸ごと一つ貸し切りにしたり、食事が豪勢だったりしたが、あれも労いではなく祀っていたが故の行動だろう。
「そして友奈ちゃんの隣に引っ越したのも…仕組まれたものだったのね」
「彼女は勇者適性が四国の女の子の中でも一番高かったからね。大赦も彼女が神樹様に選ばれると分かっていたんだろうね」
「しかも奴の名…『友奈』という名自体も非常に特別な名前だ。覚醒すれば強力な勇者となることは決まっていただろう。まあ兄さんには敵わないが」
「友奈ちゃんの方が強いに決まってるでしょ」
「違うね、絶対に兄さんの方が強い」
「だから友奈ちゃん」「兄さん」
一度言い合い始めたら2人の論争は止まらない。2年前までの2人の関係しか知らない園子と銀は驚きつつも白熱する2人を傍観していた。
『お~い、二人とも~。話題が逸れてるぞ~』
「わ~、あの頃はわっしーの方がジンジンのラッくんに対するアレをおかしいって言ってたのに今じゃ二人ともおんなじだ~」
「同じじゃないわ。私は友奈ちゃんが愛しくて仕方がないだけよ」
「違うな。僕は兄さんの顔を見ると嬉しくてつい殺したくなるだけだ」
『言ってるほとんど同じじゃん!!』
一度2人が落ち着いてから東郷は話を戻した。
「そして親たちは事情を分かっていて今も黙っているということね」
「人類存亡の一大事な上に神樹様に選ばれたんだからね…納得するしかなかったんだろうね…」
「…どうして…私たちが?神樹様は人類の味方ではなかったの?」
東郷がそう声を震わせながら聞いてくることに他の三人は黙る他なかった。自分たちの時は御役目の際に命の危険があることは事前に知らされていたため、まだ覚悟を決めることが出来た。しかし今の東郷たちは違う。勇者になれる素質があると後からになって聞かされ、訳も分からない間に戦いに投じられ、そして切り札の満開についても大赦側からの説明はほぼ皆無だった。理不尽に感じるのも仕方がないだろう。
「元々神様だからね…そういう面もあるよ。怖い面も、意地悪な面も」
「でも私たち…!どれだけ苦しくても、死にたくても死ねないのよ!敵を倒したのに一生後遺症があって!貴女だって、ずっとそんな状態で!!なんで!!?」
「…わっしー。私がなんで満開したのか、知ってる?」
「…この前の会話から考えて綾月君と関係があると思うけれど…待って、まさか!!?」
「うん」
衝撃を受ける東郷の頭に左腕を載せて撫でる園子は泣いている子供をあやすように落ち着いた声で自分が身体を犠牲にしてまで戦った理由の真実を告げた。
「私はね、実はバーテックスを倒すのに満開は…そんなにしてないんだ。後はね、ラッくんを助けるためなんだよ」
『…いいのか、園子?それ言っちゃって』
「良いんだよ。わっしーはもう大体気付いているし、あの時はミノさんもそうだったでしょ~」
『まあ、それもそっか』
二人は刃の方を見る。彼も反対する気はないのか、何も語らない。
「…まさか、綾月君の言っていた魔導書が勇者にも作用するというのも…」
『うん。アタシのことだよ…ってアイツ、やっぱまだ気にしてたんだな…』
「…そうね。話してくれた時もどこか彼は悲しそうだったわ」
東郷は思い出す。ラグナは基本的に戦闘で蒼の魔道書を使おうとはしなかった。あれは樹海の被害も考えたうえでの発言だろうが、もう一つは勇者たちの安全を考慮して使いたがらなかったのだろう。
「ということは綾月君が暴走したというのもやっぱり」
「そうだね~。ミノさんは途中でリタイヤしなきゃいけなかったから私が止めたんよ~」
『あの時は本当に凄かったな…バーテックスが二人の戦いに巻き込まれて吹っ飛ばされてたぞ』
「でもあるときから急に大人しくなったんだよね…そこから何とか止めることが出来たよ~」
『今思えば、あれが最初の封印の儀かもな。倒すんじゃなくて止めたけど』
「しばらくラッくんの周りをグルグル回って隙を見せたところを槍で右腕にソイヤーッてね~。そしたらなんとか元に戻ったよ~」
園子は気楽そうにそういうが、彼女の殆ど動かなくなって至るところを包帯で巻かれた身体は当時の戦闘がどれほど凄惨なものかを物語っている。しかも自分の満開の大半はラグナを止めるためだと彼女は言った。つまり暴走したラグナはそれだけの脅威だったともいえる。
「辛いでしょ、こんなにもボロボロになって…」
「今はレイチェンやミノさんたちにも会えるからまだ良かったけど…一人だったら辛かったな~…それにわっしー、ラッくん、サッちゃんにもずっと会いたかった」
「…精霊のことは知っているの?」
「…そうだね。死ねないのはちょっとやりすぎだけど…絶対に悪意で作られたものじゃないから」
「だって、これって勇者を御役目に縛るためにあるんじゃ…!」
「ううん、違うよ。これは元々サッちゃんの『
「サッちゃんというのは…沙耶ちゃんという娘のことね。綾月君と如月君の妹さん」
未だに見たことのないラグナと刃の妹。一体どんな人物なのだろうか。東郷がそんなことを考えていると、銀の身体がおかしくないことに気づいた。
「…そういえば三ノ輪さん?は満開したって言ったのにどこも異常はなさそうね…もしかして友奈ちゃんや私みたいに」
『いや、アタシは右腕と左足をやっちまってるけど九重さんの新しいシステムのおかげで回復してるんだ。まあ、まだ完成品の試運転中だけど。ちょっと待って…モニターを調整してっと、ほれ』
そう言って銀は右手を構えると紅色の電子雲を纏った斧を出現させ、それを器用に振り回した後に消した。それを見て東郷は目を丸くした。
「…もしかしてそれがこの前に九重さんが言っていた『いであ機関』?」
「うーん、まあ中にあるのがそうだな」
東郷はそれを聞いて驚かずにはいられなかった。初めて九重からイデア機関の話を聞いたとき、東郷はテイガーのように体のどこかをおかしくされるのではと懸念していたため、風と同様に少し抵抗があったのだ。しかし目の前の銀の腕はどこも異常があるようには見えない。
「…それ本物の腕なの?義手じゃないみたいだけど、そんな小さな機械だけであれだけ細かい動きができるなんて」
「そこがココちゃんのスゴイところだよね~。これが開発してから一年ちょっとだなんて信じられないよ~」
「まあ、まだ出来たばかりだから途中経過を見る必要があるし、手足とかならまだ良いけどもし心臓とか脳みそに取り付けたら不具合が起きたときにシャレにならねーんでもっと小型化して性能を試しながらやるって言ってたよ」
「さすがはあの九江博士の娘というところか」
銀の腕を見て東郷は思った。これなら確かに友奈たちの供物自体を戻すことはできなくとも、身体の機能そのものを普通の人間のまま回復させることが出来る。彼女は少しだけではあったものの、一瞬希望を持つことが出来た。
しかし同時に東郷は一つ疑問に思った。先ほど銀がイデア機関を用いて出現させたのは斧、つまり武器だ。なぜこのイデア機関にそんなものが必要だというのだ。もし身体の機能が回復するだけなら武器なんて必要がない。それなのに…
(…どうして…アレをみて不安に思うのだろう)
敵を全て倒したのに以前のように回収されない勇者システム。何があっても自分たちを守る精霊。そしてイデア機関から出た武装。小さなファクターが東郷の懐疑心をチクチク刺激する。
「あの」
『どうしたの?』「な~に?」「どうした」
「どう」
東郷の言葉を遮ったのは刃と東郷の端末だった。二人は急いで確認すると東郷はショックを受け、刃は眉を顰めた。
「どうしたの、二人とも?」
「…犬吠埼風が暴走して大赦に向かっている。至急止めろとのことだ」
「風先輩が…!」
「…行きたくないなら僕は一人で行く」
『いいのか刃。その風さんってお前のところの部長だろ?』
「無論だ。生憎僕はまだ世界を壊されるのはごめんだからな。例え相手が誰だろうと、対峙するだけだ」
「…やっぱりジンジンは『そう』なんだね」
「なんのことだ、園子」
「どういうこと、乃木さん?」
園子の突然の言葉に思わず二人は聞き返す。それに対して園子は答えた。
「前にレイチェンが言ったんだ。世界のバランスは常に釣り合うように出来ているんだけど、そのバランスを崩す力が出来てそれを傾かせると傾きを正そうとする力も生じるんだって。そして一方の力が大きいほど、もう一方もまた大きくなる」
「な、なにを言っているの?」
「どういうことだ?」
「二人とも。この均衡を保とうとする力は『
「…また貴様の夢物語の設定か?悪いが先に行かせてもらうぞ」
疑念を無理やり振り払って刃は一人先に現場へ駆けつけに行った。彼が人の話をよく聞かないことを知っている二人はやれやれとため息を吐いていた中、東郷はその話がとても他人事には聞こえなかったのだ。
(均衡…秩序…世界の均衡が崩れている…)
園子の言葉が頭から離れられない東郷に銀は大丈夫かと聞いてくる。二人に何でもないと言いながらも東郷はどこか腑に落ちないまま、風を押さえるために刃と合流しようとした。そのとき、端末に一つのメールが入る。内容は壁の外に全ての真実があるとのことだ。
「ここまで来たのだけれど、ここで合っているわよね」
園子の言葉や他の疑念が晴れないまま、東郷は壁にやってきた。風のことも心配だったが心の中のモヤモヤはいつまでたっても消えない。あの時に感じた違和感の数々が脳裏に映る。考えれば考えるほど、不安が増していく。
「この景色の先にはあるのね…私たちの戦いの真実が…」
真実を確かめるため、東郷は結界の先を通った。そしてそこで目に映ったのは
「…え」
地獄だった。見渡す限りが炎の海になっており、そこには大型車並みの大きさはある蛆のような生物が無数に蔓延り、何個もの巨大な怪物が溶岩のような色をしながら形成されていた。中でも際立っていたのは中心にある巨大な黒い球だ。それに対して灼熱に襲われる自分が今立っている場所は金色の大樹の根本。それ以外は人間の住める場所など、どこにもなかった。
「嘘でしょ…!!」
愕然とする中、彼女に蛆たちは気づく。バーテックスの中でも下級ともいえる種類の『星屑』だ。しかしその数はまさに無限といっても差支えがない。東郷に星屑たちは迷いなく突撃する。東郷もハンドガンを出して応戦するがそれでも捌ききれずにバランスを崩して柔らかいものの上に落下した。
「うっ…なんてことなの…!!!!?」
ふと自分が手を付けている部分に目をやると東郷は一瞬心臓が止まりかけた。そこにあったのは星屑の繭。今にも殻を破って自分の腕を食いちぎらんとしている星屑たちに東郷は悲鳴を上げながらハンドガンを一心不乱に撃つ。
「いやぁぁあぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
自分に集まってくる星屑を必死に撃退していく東郷。そんな最中に彼女はあるものを見かけた。ある意味彼女たちの戦いの真実を体現した光景だった。
「そんな…あれは…友奈ちゃんが最初に倒した敵!!!」
そこではヴァルゴらしきバーテックスが不完全な形とはいえ、徐々に形成されていくのが見えた。よく見ると無数の星屑がヴァルゴに集まっており、肉を食い破っているかのようにバーテックスの中心へ集まっていくように見えた。そうしてヴァルゴは身体のパーツをどんどん作っていく。そしてこれと同じことが他のバーテックスらしきものも同じだった。
「こいつらが攻めてくる度に私たちが迎撃するの…しかも何度も体の機能を失っていきながら!!?」
不安は確信となり、一瞬持った希望も粉々に砕かれた。彼女たちは決して戦いから逃げることが出来ない。生涯戦い続け、そして人として生きることが出来なくなり、最後には限られた人間としか接触できずに人として生きられなくなる。それが勇者部の殆ど全員の身に起こる。ラグナと刃もいるが、それにも限界はある。東郷の心は絶望に染まっていく。
「世界の均衡が崩れているどころか、こんなのまるで地獄じゃない!!!!」
東郷は嘆きながら結界の中へ命からがら戻っていった。しかしこれではっきり分かった。自分たちは紛れもない生贄だ。例えイデア機関で身体を治しても御役目からは逃げられない。自分たちは身体に機械を埋めこまなければまともに生活することが出来ず、治す度に戦ってまた新しいものを失う。そして身体を供物にできなければ何が代わりに失われるのかは東郷は良く知っている。なぜならば自分はその代表例なのだから。
東郷は友奈と過ごしたこの二年間を思い返す。環境も変わって記憶も失っている自分が楽しく生きることが出来たのは友奈のおかげだ。風が作った勇者部という居場所も彼女の心の支えになっていた。その全ての記憶を再び失うことになる。それだけでも東郷を恐怖させるのに十分だった。
「こんなのって…!!!あんな化け物と何度も戦って…人かどうかも分からない存在になって…最後には訳も分からないまま戦わされる…それもみんなが!!!!!」
涙を流しながら崩れる東郷はこれから先に起こり得る未来を想像してしまう。風が、樹が、夏凜が、そして誰よりも友奈がどんどん死んだような目つきをしながら黙々と敵を倒していく姿を。そしてその後に園子のようにベッドの上で寝かされて、崇められてしまう。そこには勇者部のあの温かい日常はない。まるで敵を排除するための兵器だ。
もちろんそんなことをさせまいとラグナたちも必死になって戦うだろう。だがあの二人には精霊バリアがない分、死亡する可能性がある。自分たちを守ろうと必死に戦い…そしてその果てで死んだりなどしたら勇者たちはきっと自分たちを責めるだろう。そしてそれも満開すれば失われる。『その人間が存在したという記憶諸共』。
「しかも友達が死ぬだけでも酷いのに…その人の存在すら忘れるなんて…そんなのただ死なれるよりもずっと惨いことよ!!!!!!」
考えなければ。でないとみんなが戦う人形になってしまう。考えつかなければ。でないとあの二人は死んで忘れ去られてしまう。考えるんだ。みんなを助けるために。東郷が焦りに焦る中、スーツの男が姿を現した。
「おや~?こんなところで何をしているんですか、東郷さん?貴女はてっきり風さんを止めに行ったと思いましたが」
「峡真さん!!?」
予想だにしなかった峡真の登場に東郷は驚く。何故彼がここにいるのかを聞きたかったがその前に峡真が自分にさらに質問をぶつけてきた。
「あらら。その様子だと壁を越えてしまったようですね~」
「…峡真さん。あの光景を知っていたんですね」
「ええ、もちろん。私も大赦の端くれですからね~」
「ならどうして最初に何も教えなかったんですか!!?友奈ちゃんが犠牲になるかもしれないんですよ!!?大切な姪ではないんですか!!!?」
「…私が大赦の機密を漏らしたらどうなるのか、貴女でも想像できると思いますが」
「あ…」
峡真にそう言われて東郷はハッとした。大赦の機密を明確に漏らすということは前に園子が話していた粛清部隊に目をつけられるということだ。当然峡真だけでなく、周りの人間にも危険が及ぶ可能性がある。
「ごめんなさい…私、今ちょっと余裕がなくて…」
「いえいえ、気にしないでください…ところで東郷さん」
「何でしょうか…」
「壁の向こう側を見てきたご感想は?」
「…思い出したくもありません」
峡真に聞かれてあの光景を思い出すと東郷の気持ちは暗くなった。早く何とかしなければ…このままではみんなが危ない。そんな時だ。東郷はあることに気づいた。今自分たちが縛られているのは勇者という御役目があるから。勇者の力の根幹は神樹様にある。ならば。
「…そうだ。そうすれば」
「あれ?どうかしましたか東郷さん?」
「すみません峡真さん。少し失礼します」
「もしや、神樹様を殺すつもりですか?」
読まれた。まさかこれだけ早く自分の考え付いたことに峡真が気づくとは思わなかった。止められると考えた東郷は銃を取りだそうとしたが、峡真は両手を挙げて敵意がないことを示した。
「待って下さいよ〜。別に貴方を止めるつもりは毛頭もありませんので。ただ実行をするなら少しお知らせをしないと行けないことがありまして」
「何ですか?」
「勇者の力では神樹様を攻撃することは出来ません。それは貴女もよく知っているでしょう?」
確かに峡真の言う通りではある。勇者が神樹に選ばれてなる以上、力関係はどうしても神樹の方が上だ。しかしそれは東郷も知っての上。だから別の方法を使うつもりだ。
「それは承知しています。だから別の方法を使うんです」
「と言いますと?」
「…壁に穴を開けて、バーテックスを結界の中へ入れます。そうすれば彼らは自ずと神樹様の元へ向かうでしょう」
それを聞いて峡真は少し顔を歪めていた。もちろん残念に思ったからではない。ここまでブッとんだことを考える人間がいることが面白おかしくて笑いに堪えているのだ。しかしその後峡真はあることを告げた。
「しかし残念ですね〜東郷さん。貴女の力であっても万全の守りが施されている壁の破壊は出来ませんよ」
「そんな!!」
それを聞いて東郷は顔を再び俯けた。漸く見つけた活路がまたダメになってしまった。そこへ峡真は東郷の傍によると手を肩に置いて耳元で囁いた。
「しかし…『万全でなければ』…できるかもしれませんね〜」
「どういう…ことですか?」
「思い出してください、バーテックスは毎回決まった方角から来ますよね〜。さあ、何故でしょうか?不思議ですね〜」
それを聞いて東郷はすぐに峡真が言わんとしていることに気づいた。樹海化が起きるとバーテックスは必ず大橋付近からやってくる。これは神樹がわざと結界に脆い部分を作って敵を誘い込んでいるためだ。そして脆いということは…自分たちでも破壊は簡単だということだ。
「…峡真さんは止めないんですね」
「私には止める資格なんてありませんよ。貴女たちを騙してしまったのは事実ですからね〜」
「そうですか…」
東郷の中で黒い覚悟が定まる。峡真も口では同情などを誘うことを言っているが、東郷の死角から邪悪な笑顔を浮かべていた。悪魔の囁きは終わらない。
「これは勇者だけでなく、神に干渉することの出来る巫女の素質を持つ貴女だから出来ることですよ。他の娘たちではできません。貴女が、彼女たちを救うんです」
「私が…」
「良いですか東郷さん。悲しいことに世界は嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘だらけなんです。だから真実を知った貴女がどんな行動に移っても、私は受け入れるつもりですよ」
「…はい、ありがとうございます。では私も行ってきます」
「頑張ってくださいね〜」
そう言って峡真は東郷から離れると大橋の方へ赴く彼女の背中を眺めていた。東郷は仲間たちの顔を思い浮かべながら先へ進む。
(私1人だけだったら…まだ良かった…でもみんなが…友奈ちゃんまでもが犠牲になるなら、もうこんな世界…終わりにしてやる。みんなを…こんな残酷な運命から救ってみせる!!!)
メールの差出人である後ろの蛇が高笑いしていることに気づかないまま、東郷は決意を胸に世界の終わりを告げる引き金に手をつける舞台へと向かった。
うわ〜、これハザマ大尉じゃなかったら危ないイケメンのお兄さんが女子中学生を誑かしているようにしか見えねー。実際はもっとタチ悪いけど。
さて次回、東郷さんが壁をハッチャケファイヤーする回。お楽しみに