探偵は秘密がお好き   作:ねことも

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(1)の続きとなります。
  


『彼女ら』と『彼ら』のとある午後の話(2)

 

―――ドンッ

 

その時、背中に衝撃が走り、思わず前のめりに倒れてしまいそうになる。

 

「大丈夫ですか?」

 

…が、床に接吻しそうになる前に誰かが身体を支えてくれたおかげで未然に防げた。

反射的に瞑っていた目を開けると、そこには一人の男性がこちらを心配するように見ていた。

 

外見は20代後半。

茶色の短髪を清潔に整えた、人の良さそうな雰囲気の紳士だ。

 

「ありがとうございます…私は平気です」

「いえ、こちらこそ…私の使用人が粗相をしてしまい、すみません」

「も、もも申し訳ありませんでした!」

 

男性の一歩後ろで、執事服を着た男性が頭を深く下げて謝罪している。

眼鏡をかけ、黒い長髪を真っ赤なリボンで後ろ手に留めている、気弱そうな感じの人物だ。

 

「いえ、私の方も不注意でしたし、お気になさらないでください」

 

「優しいお言葉を…貴女はとても慈悲深いレディですね。

ほら、グレル。こちらのレディに言うべき事があるだろう」

 

「あ、ああありがとうございます!!」

 

執事…グレルはさらにぺこぺこと頭を深く下げて、今度は御礼を言い始めた。

 

「こちらこそ…あの、もうお気持ちは十分伝わりましたので、そのくらいで…」

「は…はい、すみませ…」

 

リエの言葉を聞き、グレルは頭をゆっくりとあげていく。

 

「…ッ!」

 

すると、リエの顔を目にするや彼はハッと…何かに気付いたかのように息を飲み込んだ。

 

「? 私の顔に何かついていますか?」

「い、いいえいえいえ、なんでもございません!」

 

グレルは慌てたように首を左右に振る。

 

(?…この人…)

 

そんな彼の様子を見ながら、リエは小首を傾げてある違和感がした。

 

「ちょっと、リエ~…何かあったの?」

「あ、アンさん」

 

リエが誰かに絡まれているように見えたのか、アンジェリーナが目を細めて何事かとこちらへ近づいてきた。

 

「えっ…貴方…」

「あれっ、君は…アンジェリーナかい!?」

「ジェームズじゃない! ひっさしぶりね~」

 

驚きを露わにする紳士と、顔に喜びの色を出すアンジェリーナ。

 

(二人は…どうやらお知り合いのようですね)

 

導き出された結論は…至ってシンプルなものだった。

 

 

 

「この人は、ジェームズ・スピアリンク子爵。私の医学生時代の同期」

「はじめまして。まさか、アンジェリーナの友人だったとは思いませんでした」

「こちらこそ、御目文字叶いまして光栄に御座います。スピアリンク子爵」

 

リエはスカートの裾をつまんで会釈する。

 

「そう固くならないで。私の事は気軽にファーストネームで呼んでください」

 

ジェームズは苦笑しながら言う。

リエは少し逡巡するが、分かりましたと小さく頷いた。

 

「ところで、ジェームズ。今日はなんで此処に?」

「明後日が妹の誕生日なんだ」

「あぁ、そういえば末の妹さんいたわね。もう17だっけ?」

 

「ハハハ…まだまだ手がかかる子だよ」

「なーに言ってんの。もう17歳よ。社交界にもデビューしたって聞いたわよ」

 

アンジェリーナが久方ぶりに再会した知人と会話に花を添えている中、リエは会話が弾んでいる二人から視線をグレルに移した。

グレルは彼女の視線に気づくとビクッと反応し、落ち着かない感じであちらこちらへ目を逸らす。

 

「また、機会があれば家に来てくれないか? 『社交界の花形』として名高い君なら、妹の指南役になってくれるはずだしね」

「あーら、言ってくれるじゃない。良いわ。その時は連絡して」

 

話を終えると、ジェームズは「それでは失礼」とリエに微笑み会釈すると、グレルを連れて店から出ていった。

 

「仲がよろしいんですね」

「まぁね。医学生時代に仲良くなった数少ない友達だから」

 

数少ない…という発言はリエは小首を傾げる。

社交的な性格のアンジェリーナでも、医学生時代は友達の数が少なかったのか。

 

 

「ガヴァネス誘拐事件の時にも言ったけど、この国じゃまだ女性進出に抵抗のある人が少なくないでしょう。

女が医師を目指すって事自体を批判する人も多かったの。

特に医学を学ぶ場なんて、看護師ならまだしも医師志望の大半が男。

そんな中で女の私は結構浮いた存在だったのよ」

 

 

アンジェリーナ曰く、冷やかしや嫌味を言われる事もあったらしい。

でも、女性と言うカテゴリーに囚われずに一人の同じ仲間として見てくれた医学生も何人かいた。

その中の一人が、ジェームズだった。

 

「同期の中じゃ、一番成績が良くて患者の立場に立って気持ちをよく考えてたわ。

いずれ、いい医師になるだろうって周りも期待してた」

 

「期待してた…?」

 

アンジェリーナの言葉…リエはその部分が過去形である事が気になった。

 

「ジェームズにはお兄様が一人いたんだけど…馬車の事故でお父様のスピアリンク卿と一緒に亡くなられてしまったの。

それで家督を継ぐ事になってね…」

 

家督を継ぐため、医師になって病院勤めや開業をする事は諦めたそうだ。

 

「でも、家督を継いでも医師として働く方もいらっしゃるんじゃ…」

 

「ジェームズのお母様が気難しい性格なのよ。

表の社交界でも時々話題に上がる人でね…こう言っちゃあれだけど、あんまりいい噂は聞かないわ。

元々、彼が医師業をする事にも反対してたようだし…だからやむなくって感じみたい」

 

アンジェリーナは眉をさげて、肩を竦めてその理由を語ってくれた。

あんなに素朴で優しい紳士も、家庭で苦労しているようだ。

いや、ジェームズのみならず他の貴族もこういった家庭の問題をそれぞれ抱えているのだろう。

 

「私だったら、『あの子』が将来何を目指そうとも反対しないわよ、絶対にね!」

 

辛気臭い話になったのをかき消すように、アンジェリーナはそう断言した。

リエは、彼女のそんな明るさに心が和んだ。

 

「さーて! 気分を切り替えて美味しい物でも食べに行きましょうか!」

「ふふっ、そうですね」

 

 

 

【『彼女ら』と『彼ら』のとある午後の話】

 

 

 

「…以上が、私が調べ上げる事が出来たリエ・クローチェに関する全ての情報です」

 

セバスチャンの報告を聞いた後、シエルは大いに眉を潜めていた。

 

「まさか、『彼女』と繋がりがあったとは…」

 

「おそらく、先日の件も意図的に巻き込まれたのでしょうね。

間接的とはいえ…こちらを利用する算段で」

 

愉快そうに推測を語るセバスチャン。

あの誘拐事件の際に、リエとある人物が裏側で暗躍していた事はとっくに気付いていた。

己の主も、この報告をする前までに薄々感づいていたのだろう。

 

「いかがなさいますか?」

 

「今は放っておく。

…あちらはあくまでガヴァネス達の救出が目的で、リスクを冒してまで僕らを欺いたんだ。

文句を言ったところでメリットもない」

 

ただ…とシエルは目を細めてこう続けた。

 

「こちらに障害をもたらすなら…容赦はしない」

「…その時は、然るべき処置をすると?」

「二度も言わせるな」

 

確認の問いに対し、シエルはスパッと言い返すと、少し冷めた紅茶を口にする。

主の返答に、セバスチャンは「御意」と口角をあげた。

 

 

 

 

【つづく】

  





※原作では、看護師から医師になった経緯のアンさんですが、この小説では大学にも通っていたというオリジナル設定にしています。
  
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