探偵は秘密がお好き   作:ねことも

26 / 51
主にシエル&セバスチャンsideの話となります。

  


ダンスフロア攻防戦(1)

ドルイット子爵邸へ潜入するため、シエルは己の身分を隠さなければならなかった。

身なりのいい執事を連れて隻眼の少年。

己とセバスチャンは、社交界では色んな意味で有名であったためだ。

 

『セバ…セバスチャン……』

『さあ、壁に手をついて、もっと力を抜いて下さい』

『これ以上…っ、ムリだ!』

 

『もう少し我慢して下さい。すぐに慣れます』

『あっ…で……出る(内臓が)って言ってるだろう、がッ!!!』

 

変装するため、わざわざコルセットでくびれをつくる必要があるのか!?

 

『このくらい我慢してください。コルセットで内臓が出た女性はいませんよ』

 

苦しむシエルに、セバスチャンは淡々とした表情でコルセットの紐を引っ張った。

さらに、アンジェリーナも加わって『淑女』の講座も受けさせられる羽目になった。

 

『嫌だ!』

『も―――っ! ここまで準備しといて男らしくないわよ!』

 

反発するシエルに、ぷんすか怒るアンジェリーナは両手に煌びやかなドレスを

持っていた。

 

『まあまあ決まったものはしょうがない。

時に腹をくくるのも大切だよ、伯爵』

 

劉がそう宥めながら「これウチの品だけど、チャイナドレスなんかどう?」と

勧めてきた。

 

こいつ…絶対に楽しんでいる。

 

ギロリと睨みつけるシエルに、劉は動じる様子はなくハハハッと笑っている。

 

『あらっ、ダメよ! 英国上流階級の淑女は、舞踏会の時は上質で厚手の絹のドレスって決まってるんだから』

 

アンジェリーナが劉の申し出に待ったをかけた。

英国では服装やマナーなど…決まり事が厳しい。

淑女の身に着けるドレスには、他にもルールがあるらしく、色は青、銀、薄緑などが主流であり、特にピンクは舞踏会の時しか着てはいけないものなのだ。

 

『それだけではありませんよ』

『あら、セバスチャン』

 

セバスチャンが家庭教師モードで、今度は舞踏会の踊りに関する説明を始めた。

 

『どんな舞踏会でも初めは‟カドリール”という曲で始まります』

『そして次は‟ワルツ”ね』

 

アンジェリーナの言葉に、「はい」とセバスチャンは満足げに頷くと説明を続ける。

 

『曲は大体18曲から24曲。

曲目はおそらく7曲がカドリール。そのうち3曲がランサーズ。

次はワルツが7曲。円舞曲(ガロップ)が4曲。

そしてポルカ1曲という処が妥当でしょう。あとは主催の好きずきですが…』

 

セバスチャンは眼鏡を指先でかけ直すと、キラリと目を光らせてこう言った。

 

『つまり! 以前、エリザベス様のために付け焼刃で覚えて頂いたワルツだけでは

一晩乗り切れません』

 

その指摘に、シエルはうぅっ…と顔を青ざめて一歩後退する。

セバスチャンとアンジェリーナが気迫のこもった笑みを浮かべ、じりじり…と近づいてくる。

 

『話し方に歩き方、ダンスや仕草や誘惑の仕方まで……

家庭教師(わたし)とマダムが一日でみっちり体に叩き込んで差し上げますよ。

―――‟お嬢様”』

 

『安心しなさい。貴方だけじゃなくてセリアも一緒だから~

…セリアも分かってるわね?』

 

同席していた従弟のガヴァネス、セリアはガタブルしつつも「は、はいぃいいい!」と物凄い速さでコクコク頷いた。彼女もまた、自分と同じくこの後スパルタ指導を受ける羽目になった可哀想な被害者となった。

 

 

 

*** ***** ***

 

 

 

女装という恥ずかしい格好で潜入するのに成功したのはいいものの、問題はドルイット子爵にどう近づくかだ。コルセットの所為で重たいし、苦しいし、慣れないヒールで足も痛いし、とっとと任務を早く済ませて帰りたい気持ちが増していく。

 

「こんな姿、絶対に婚約者(エリザベス)には見られたくないな…」

「でしょうね」

 

おそらく、後方にいるセバスチャンは内心笑っているはずだ。

こちらの気も知らないで…とギリッと歯ぎしりして苛立ちが芽生える。

 

《きゃー、そのドレス、かわいーっv》

 

「いかん…幻聴ま…で…」

 

《そのヘッドドレスもステキーッ》

 

幻聴にしてはリアルに耳元に伝わる声。

シエルとセバスチャンはもしや…とバッと後方を振り向く。

 

「ステキなドレスの人がいーっぱいv かわいーっv」

 

そこには、エレガントな衣装に身を包んだ貴婦人達に絶賛の声を上げる婚約者

…エリザベスの姿があった。

 

「セッ…セセセ、セバスチャン」

「坊っ…お嬢様、落ちついて下さい。とりあえずあちらへ」

 

婚約者がいる事に、大いに動揺しているシエル。

セバスチャンは小声で目立たない様に、場所を移動しようとした。

 

「あっv あそこにいる子のドレス、すっごくかわいーっv」

 

やばい…シエルとセバスチャンが危惧していた通り、早速目をつけられてしまった。

 

「いけません。お嬢様、こちらへ」

 

セバスチャンの機転で、大きなケーキがおかれているテーブルに隠れた。

 

「あら? あの子、どこ行っちゃったのかしら?」

 

エリザベスはキョロキョロと辺りを見渡して、女装したシエルを探す。

 

(なんで、あいつがこんな所にいるんだ!)

 

よりにもよって大事な仕事中に出くわすなんて…。

とにかくマダム達のところに…とシエルが視線をアンジェリーナ達へ向けた。

 

だが、アンジェリーナは貴族の男性とその妹らしき少女と談話中。

劉は、並んでいるご馳走を堪能中。

ガヴァネスのセリアは、数人の貴族のご息女達に話をかけられて戸惑いつつ

対応している真っ最中。

 

(さ、最悪だ…)

(『間が悪い』とはこの事ですね)

 

シエルは背後に影ができるほどにガクッと項垂れる。

 

「まずいですね。エリザベス様がいらしてるとは」

「いくら変装したって顔を合わせれば…」

 

「バレますね」

「あいつにバレたら調査どころじゃなくなるぞ!!」

 

「それどころか、ここにいる皆さんにお嬢様が『坊っちゃん』である事が

バレてしまいますね」

 

セバスチャンの冷静な発言に、シエルはさぁーと顔を蒼白させる。

彼の言う通り、正体がバレて今までの努力が水の泡となってしまう。

 

「それに…当主がこんな恰好してるなんてバレたら、ファントムハイヴ家末代までの

恥だっ!!」

 

女王陛下に顔向けできない! とシエルはその最悪の場合を想定して、今度はカァーと顔全体を紅潮させる。そんな大袈裟な…とセバスチャンが呆れ顔でツッコむが、シエル本人にしてみれば死活問題である。

  


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。