探偵は秘密がお好き   作:ねことも

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(1)の続き。
  


ダンスフロア攻防戦(2)

「とにかく絶対に…」

 

反論しようとしたその時だった。

 

「ドルイット子爵は今日も美しくていらっしゃるわぁ」

「プラチナブロンドが金糸のよう」

 

淑女達が頬をほんのりと赤く染めて、うっとりとした眼差しを向けている。

その方向には、初老の夫婦と親しそうに喋っている金髪の美形の青年がいる。

 

シエルとセバスチャンはその若者に注目する。

周囲の反応から推測して…間違いない。

あの人物が『ドルイット子爵』だ。

 

「結構、若いんですね…」

「挨拶するフリをして近づくぞ」

 

一歩ずつ、ドルイット子爵の元へと歩を進める二人。

すると、セバスチャンがシエルの耳元で助言を囁く。

 

「男がいては警戒されやすいでしょうから、私はここで見ています。

教えた通り、しっかり淑女を演じて下さいね」

 

「…分かってる」

 

げんなりしてセバスチャンの作戦に頷くシエル。

慎重に歩みながら、愛想笑いを浮かべて口を開いた。

 

「こ…こんばんは。ドルイット子しゃ…」

「あ―――っ、いた―――っv」

 

挨拶途中で、背後から聞こえてきたエリザベスの声にシエルはドキッとする。

 

「(しまった…!)くそっ」

 

後一歩のところでエリザベスに見つかってしまった。

仕方なく子爵の後ろを通り過ぎるシエル。

 

「そこのあなた、待って―――!」

 

しぶとく追いかけてくるエリザベスに、シエルの顔から緊張の汗が流れ落ちる。

 

「こちらです、お嬢様」

 

その時、セバスチャンがシエルの手を握り締めて、走るスピードをあげる。

途中で、飲み物を運んでいる使用人に「あちらのレディにレモネードを」と言って、

エリザベスを足止めをする。

 

バルコニーまでやってきた二人。

息を切らしたシエルに、セバスチャンは「大丈夫ですか?」と尋ねる。

 

「危なかったですね」

「何故、僕ばかりこんな目に…」

 

ハァ…と溜息を漏らした直後、ジャンッと広間にいる楽団が音楽を奏で始めた。

 

「しまった…!!」

「広間がダンスフロアに…子爵に近づけなくなりましたね」

 

セバスチャンは、子爵のいる位置とエリザベスがいる位置をちらりと確認する。

 

「…仕方ありません。ダンスに紛れ、子爵の傍へ行きましょう。教えた通りに出来ますね?」

「公の場で僕に踊れと言うのか!? お前と!?」

 

セバスチャンの提案に、シエルは驚愕と困惑が混じった表情で声を上げる。

しかし、セバスチャンは優雅に笑みを浮かべ、シエルの手を取った。

 

 

「お忘れですか? 私は“今は”あくまで家庭教師ですから。

今宵だけは公の場でお嬢様とダンスを許される身分なのです。

執事としてではなく、上流階級出身の“教師”としてね」

 

 

そうだった…セバスチャンは今は変装して使用人ではなかった。

その設定を諸に忘れていたシエルは、冷や汗を流して微妙な顔で彼を見上げる。

 

「他のペアにぶつからない様、リードします。参りましょう」

 

それに…今、子爵は美しい淑女にアプローチしているみたいですからね。

セバスチャンはフッ…と意味深な笑みで、その方向を見つめる。

 

 

 

階段付近で、一人の淑女が佇んでいる。

シルバーと小さな宝石で象った髪留めで結わえた、暖かな栗色の長い髪。

服装は、水色と白の生地を使い、胸元にローズを象ったシルクフラワーをつけた、

絹のドレス。

 

彼女の傍にいる男女、身分を問わず、その見目麗しい外見に見惚れる。

時折、映し出される青空のような澄み切った空色の瞳が、彼女の清廉な雰囲気を際立たせており、

傍にいるだけで心が洗われる気分にさせた。

 

「お飲み物は如何でしょうか?」

「では、白ワインを…」

 

使用人が気を利かせて、飲み物を運んできた。

その女性は快くそれを受け取ると、ありがとうございますと軽く会釈する。

フフッと微笑む顔に、使用人は思わず胸がときめいてしまった。

周りにいる人達も、彼女の微笑みに心が自然と癒されてしまう。

 

「失礼…はじめまして、でよろしいかな?」

 

渡された白ワインを優雅な仕草で味わうその人に声をかけたのは…このパーティの

主催者、ドルイット子爵だった。

 

「ええ、お初にお目にかかります。ドルイット子爵」

「どちらの出身で?」

「出身は海外です。本日は知り合いの方とご一緒に参りましたの」

「そうでしたか…お名前は?」

 

名前を聞かれ、「私は…」と女性が言いかけるや音楽が鳴り始めた。

 

「あら、ダンスの時間になりましたね」

「そのようで」

「あちらで踊っている可愛らしいお嬢さんと家庭教師の方…とても絵になりますわ」

 

女性が柔らかい笑みで、踊ってこちらへ近づいてくる二人…シエルとセバスチャンを見つめる。その視線に気付いたセバスチャンは刹那の瞬間、フッと意味深げに口端を上げた。

 

「パートナーは?」

「別のご婦人と踊っています」

「それはそれは…こんなにも麗しい淑女を壁の花にさせるなんて罪な紳士だ」

 

ドルイット子爵は、女性の左手を取って甲に口付けを落とす。

 

「私であれば、もっと貴女を心から喜ばせて差し上げるのに」

「勿体ないお言葉です」

 

ですが…と女性はゆっくりと手を戻してドレスの裾を上げた。

 

「私の心は…既に《ある方》のものです。貴方の甘美な誘いに乗る事はできませんわ」

 

ごきげんよう、と会釈して女性はくるりと踵を返し、足早に立ち去って行った。

 

 

「なんと…」

 

予想外だ。

彼女はパートナーを強く想っているようだ。

自らの誘いを断られるとは思わなかったドルイット子爵は目を大きく見開く。

 

「だが…美しい…」

 

だが、ドルイット子爵の心は見事鷲掴みされてしまった。

あの淑女は一体何者なのだろうか…?

名前を聞けなかったのが残念だ。

後で、招待客のリストを読み返そう。

名前が判明するまでは、あの瞳と清廉さにちなんで【蒼宝珠の淑女(セレスタイト・レディ)】と呼ばせてもらおう。

 

そう思案している最中、ふと視線を右斜めに移すと、蒼宝珠の淑女が先程、注目していた二人組…その一人の可憐な少女に目を留まった。

リードされながら、クルクルと音楽に合わせて踊るその姿はまるで駒鳥のようだ。

少女は緊張していたのか、此処まで辿り着くと息切れをして座り込んでしまった。

相手の家庭教師が少し呆れた感じで何かを言っている。

 

蒼宝珠の淑女とは違った意味で興味深い。

拍手をしながら、ドルイット子爵はその少女に声をかけた。

 

 

◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇

 

 

セバスチャンの指示に従いながら、シエルは苦手なワルツをしながら、

たくさんの人が踊るダンスホールを移動していった。

エリザベスからは離れた距離にいる。

これなら、邪魔はされない。

 

 

  パチパチパチ

 

 

なんとか、目的地まで着いた安堵感から息切れをして座り込んでいたら、

拍手が聴こえてきた。

 

「素晴らしい。駒鳥のように可愛らしいダンスでしたよ、お嬢さん」

 

ドルイット子爵…標的のお出ましだ。

 

(向こうから声をかけてくるとは…)

「お嬢様、私は何か飲み物を」

 

セバスチャンはそう言うと、シエルを一人だけ残してその場から離れていく。

 

「えっと…お褒め頂き光栄ですわ」

「本日は誰といらしたのかな、駒鳥さん?」

 

子爵はシエルの手の甲に口付けをして尋ねる。

 

「あ、アンジェリーナ叔母様に連れてきて頂きましたの」

「マダム・レッドの? そうか…楽しんで頂けているかな?」

「素敵なパーティに感動しています。…でも、私ずっと子爵とお話ししたかったの」

 

此処でチャンスを逃すものか。

シエルは口元に弧を描き、子爵の正体を暴くため、演技しながらの交渉を

スタートさせた。

 

 

 

【ダンスフロア攻防戦】

 

 

 

先程、子爵と話をしていた淑女は上へ続く階段を昇っていき、扉窓を開いてバルコニーから外を眺めていた。

 

「パーティーはまだ終わっていませんよ」

 

聞こえてきた男性の声に、淑女は後方へ振り返る。

 

「こんばんは。家庭教師さん…いえセバスチャンさん、でしたね」

 

ドレスの裾を上げてにこやかに会釈する淑女。

合わせて、セバスチャンも“紳士らしく”挨拶を返す。

 

 

「ご無沙汰しております。ミス・エルベット

…それとも『リエ・クローチェ』様とお呼びした方がよろしいですか?」

 

 

 

【つづく】

  

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