(1)の続き。
「…という訳で捜査は振り出しに戻った。
今頃、新しい容疑者リストをつくってセバスチャンが片づけていってるはずよ」
アンジェリーナは報告し終えると、喉を潤すためにコーヒーを口に含んだ。
「そうですか…あちらの方は再捜査を開始したんですね」
「そういう事…ところで、リエ」
話は済んだと、アンジェリーナは足を組み直してリエを真っ直ぐ見据える。
「貴女が抱えている今回の案件…相当やばいものなんじゃない?」
「はい?」
「とぼけないでよ。あの舞踏会の時、貴女こう言ったじゃない…『…そう願いたいですね』って。
あの言葉、単に容疑者が捕まった事に喜んでいる感じには見えなかった」
アンジェリーナは目を細めて言葉を継ぐ。
「決め手は…これ、今朝の新聞」
アンジェリーナは、此処に来る間に購入した新聞を荷物から取り出し、リエに見せつける。
見出しは、『切り裂きジャック再来! またしても娼婦が被害に…』と書かれている。
「シエル達が見てたのは別の新聞で、詳細が同じかまでは分かんないけど…
被害者のアニー・チャップマンは生きているわ」
「そう…こう言ったら失礼ですが、不幸中の幸いでしたね。その女性は」
「まーだ白を切るつもり? そのアニー・チャップマンの証言が裏側に掲載されていたのよ」
アンジェリーナは該当する記事の部分を指さして、音読しだした。
「『暗闇を歩いていたら突如、背中を押された。
振り返ると、そこには不気味な雰囲気を漂わせる大柄の男がいて、きらりと光る刃物を振り下ろし、腕を切りつけられた。
危うく殺されると思ったが、突如黒いコートを着た細身の人物が杖で大男と応戦。
激闘の末に大男を退けてくれたおかげで難を逃れた』…
ちなみに、この助けてくれた人物は何も言わずに去って行ったみたいだけど、体型から女じゃないかって
言われているそうよ」
アンジェリーナはジト目で、これでもかと新聞を近づけていく。
当初は、ポーカーフェイスを崩さなかったリエだが、相方のジリジリと詰め寄る尋問攻撃に笑みは消えないものの
たじろいでしまう。
「リエ…あんたが顧客情報を守ろうとするその姿勢は素晴らしいものよ」
二人称が『あんた』に変わった。
これは、アンジェリーナが攻勢モードに入った事を意味する。
3年前、命がけで自らを形式契約を交わした彼女。
本来、形式契約で神族と契約した者…力関係の差は神族の方が優位に立つ。
「で・も・ね…この記事を読む限り、あんたは切り裂きジャック事件と関わりを持ってる。
私は甥の捜査に間接的に協力している立場だから見過ごす事は出来ないの」
しかし、アンジェリーナはそんな事等お構いなしに、リエの言い分に異議がある時は堂々と意見する。
「それに、私はあんたの相棒でしょ。
違う依頼を受けてたからって理由で肝心な事を秘密にしなくてもいいでしょうが?」
アンジェリーナの最も抗議したかった本音はまさにそれである。
互いに別々の案件を担当していたという前提もあり、仕事内容に触れない…という暗黙の了解があった。
だが、それが密接に絡まっていたとリエは知りつつ、アンジェリーナに黙っていた。
彼女はそれが一番許せなかった。
「…申し訳ありません」
アンジェリーナの怒りを感じ取り、リエは目を伏せてその言葉を言った。
「アンさんがそういう風に思っていただなんて…私の思慮不足でした」
しおらしい態度で謝罪するリエに、アンジェリーナはちくりと罪悪感が胸をよぎる。
(…うっ、そんな風にされると…私が意地悪したみたいじゃない…!)
でも、ココで許してしまう訳にはいかない。
アンジェリーナは小さく被りを振って、フンッと目力を強くする。
すると、リエが意外な発言をした。
「だから…私はアンさんに選んでいただこうと思います」
「えらぶ…って?」
「今回の案件が切り裂きジャック事件と繋がっていた事をアンさんに隠していたのは…他にも理由があったからです」
リエは意を決した様に顔を上げて、アンジェリーナにこう言った。
「正直に言いましょう。アンさんのご想像の通り、私は切り裂きジャック事件の犯人と一戦を交えました」
「!?……やっぱりそうだったのね…」
「初めは依頼人の方に頼まれてある人物を尾行していました。
その時に…チャップマンさんが襲われている現場を目撃したんです」
つまり、リエは仕事中に偶然切り裂きジャックの犯行真っ最中の場面に遭遇してしまった…という事。
短時間の間に、夜会を抜け出して再び会場に戻るなんて…かなりハードなスケジュールをこなしていたようだ。
「犯人の顔は…?」
「この目でしかと見ました」
エクレシアは普通の人間よりも視覚が良いため、暗闇でも相手が近距離にいるなら鮮明に顔が見える。
リエは犯人の顔姿をハッキリ覚えている。
けれども…
「まだ…明らかにするには時期が早すぎます」
「どういう意味??」
「今言える事は…犯人の心は私達が思っている以上に深い闇で包まれている事。
それこそ、引き返す事が難しいレベルにまで…」
リエは憐憫にかげった顔でさらに続ける。
「アンさん……切り裂きジャック事件の犯人の正体、見届ける覚悟はありますか?」
アンジェリーナは、その言葉に既視感を覚えた。
『茨の道を歩む事になりますよ。……それでも?』
そうだ…生死の境をさまよった時と似ている。
あの時のように切羽詰まった状況ではないけれども、リエが紡ぐ言葉の重みは同じだ。
(…この事件の真相が…私の今後に関わってくる、の?)
アンジェリーナは悟った。
事件解決のために直接的に携わるか、それとも助手を断り、リエにすべてを任せるか…?
『どちらを取っても構いませんよ』
リエの瞳が言外にそうメッセージを送っている。
選択の自由はある。
けれども、どちらかを取るかで、アンジェリーナにとって後悔するかしないかが決定するのだろう。
「答えなんて…とっくに決まってるのよ」
それなら…絶対に後悔しない選択を取る。
相方の答えに、リエは静かに瞼を閉じて「分かりました」と頷いた。