真犯人との戦いの始まりの回。
君は覚えているだろうか?
…初めて会った日の事を。
その日は、講義を終えた帰りに大学の学友と一緒に大学の廊下を歩いていた。
「教授の話、退屈じゃねえ?」
「ちょっと話が脱線しすぎる所がなぁ~」
「…そうだな」
友達の話を半ば聞き流していると、ざわめく第三者の声が耳に入った。
何事かと友人達とその現場である教室へ近づいてみると、数人の男性が一人の生徒と
言い争っている。正確には…数人がかりで一方的な言いがかりをつけていた。
その対象となっている生徒は…女性だった。
情熱的な真紅の長い髪を上品にまとめて、白いシャツに黒いスーツと長スカートで
身を包んでいる。動きやすい地味な服装をしているにも関わらず、整った美しい素顔と
知的な雰囲気に合わさる形で彼女の存在感を引き立たせている。
「お、あれって『レディ・レッド』じゃないか」
「…『レディ・レッド』?」
「ジェームズ、お前…知らないのか? 今、社交界の間で彼女を知らない人はいないぞ」
「…そっちは兄と弟が専門なんだ。僕は苦手でね」
この当時の僕は、社交界に距離を置いていた。
元々、貴族の集いに苦手意識があった。
当時は婚約者も決まり、父の跡を継ぐ準備が整っていた兄や将来のコネづくりのために弟が積極的に出席していた事もあり、学業専念を理由に避けていたのだ。
「優等生のお前でも、苦手分野があるとは…驚きだな」
「誰にだって一つや二つ、あるだろ」
「まあそうだな。なら、事情通の俺が教えて差し上げよう!」
友達は得意げに解説してくれた。
【レディ・レッド】…アンジェリーナ・ダレスの事を。
真紅の薔薇のような髪に、同色のドレスを纏い、その美貌と高い社交性で、
高位の貴族からも一目置かれている存在。
その一方で、看護師として経験を積み、難関の試験に合格し、自分と同じく医者を
目指しているという…異色の経歴の人物であった。
「女で医者を目指すなんて変わってるよなぁ」
「けど、試験や実技で好成績出してるんだよ。
単なるステータス狙いじゃなくて、本気でなりたいんだろうな」
「……そうなのか」
「その所為で注目の的だ、あんな風にね」
《ここはくだらないお喋りをする場所じゃないんだ》
《医者なんて生半可な思いじゃやってられないのは分かってる、君?》
《どうせ、途中で嫁いで辞めるんだろ?》
女性の社会進出の声が出始めている一方、この国の女性は未だに封建的な柵に囚われている。
アンジェリーナと対峙するあの同期の男達も、女性でありながら己よりも優秀である
彼女に嫉妬を抱き、難癖をつけているのだ。
「あの人達、ああ言ってるけど…講義をしょっちゅうサボってる所為で、
単位もヤバいって他の友人が噂してたよ」
「だから憂さ晴らし目的で、女をいびってると。
…情けない連中だ」
友人達の言う通りだ。
…なんて愚かで浅はかな奴らだろう。
「全く、男としての品格が疑われるな…っておい、ジェームズ?」
この時、僕はある種の正義感から悪意をまき散らすあの男達から、彼女を遠ざけたい
気持ちで一杯だった。
…彼女の姿が、自ずと自分と重なっていたから。
教室へ入ろうとしたその時…
「あら、言いたい事はそれだけ?」
思いもよらない展開が起きた。
今まで沈黙していた彼女が口を開いた。
「ご忠告は有難く受け取っておくわ。でも一応言いますけど、私は例え結婚しても
医者を続けますから。そのために結婚相手は慎重に選びます、だからご安心を」
「…なッ!」
「『Time is money(時は金なり)』という諺は御存じ?
あなた方は私に構う時間があるなら、それを有意義に使うべきではなくて?
うまくいけば、二度も同じ学年を繰り返す悲劇を迎えずに済むでしょう」
まさか、反撃してくるとは予想していなかったのか、男達は呆気に取られたり、
鼻白んだりしている。
「な、なんて生意気な! 女の癖に…ッ」
「医者になるって事は、その熟れすぎたトマト色の髪を手入れする時間もないんだぞ!」
中には弱味を突かれた事に腹を立て、顔を真っ赤に染め上げて怒鳴る奴もいた。
アンジェリーナの自慢の真紅の髪をネタに的外れな貶し方までして
…そこまで彼女を傷つけたいのかと憤りを覚えた。
だが…アンジェリーナはまたしても驚くべき行動をとった。
近くの棚に置いてあったハサミを掴みとると…
「あっ……」
「「「ええっ!」」」
自らの長い髪をバッサリと切り落としたのだ。
「答えは単純ね。髪を短くすればいいだけよ。
これで満足かしら?」
ふふっ…としてやったりと言わんばかりの笑みを浮かべるアンジェリーナ。
その場にいた誰もが目を疑った。
髪を切るだなんて大胆な行動に出るなんて、誰も予想していなかったからだ。
挑発した当事者達さえも、アンジェリーナのささやかな意趣返しに唖然として、
言い返す事すらままならない状態だった。
切った髪が、アンジェリーナの手で宙にばらまかれる。
はらりと舞う真紅の髪を背景に、敵を見据えるその姿は
…とても美しかった。
…僕にとって、彼女との出会いは凄く特別なものになったんだ。