探偵は秘密がお好き   作:ねことも

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(1)の続き。
  


苦悩する契約者と、執事の正体(2)

 

「逃げんな、ごらっ!」

 

迫りくる巨漢の攻撃を紙一重に避けていくセバスチャン。

 

(やれやれ…夜中に大声を連呼するとは、無作法な男ですね)

 

…とはいえ、現在進行形で【戦闘】という名の騒音を出しているこちらも人の事は言えないが。

 

切り裂きジャックの正体…ジェームズ・スピアリンクは二つの人格を併せ持つ男だった。

犯人探しの調査をしている際に、ジェームズの経歴…そして過去についても調べた。

彼が攻撃的で、女性蔑視の思想を持つ人格を生み出した原因は…既に特定していた。

…家庭内の歪な要因の所為で、負の感情を大きく育ててしまった一人の人間の憐れな話。

 

正直、セバスチャンにとって契約を交わした人物以外はバッタのようなものだ。

現在進行形で戦っている相手は、あの闇から生まれた魔物…ハートレスを従属させられるだけの

強さがある点は評価できる。

ジェームズと…切り裂きジャック自身の背負う闇と業はかなり深いのだろう。

 

だが、セバスチャンから見れば…あくまで【それなり】だ。

分かりやすく言えば、特定の分野で平均よりも多少は上にいく実力を発揮できたレベルである。

 

(…とはいえ、戦うには厄介なタイプですね)

 

切り裂きジャックは単純に外見通りの怪力だけが取り柄でなく、草食動物のような

機敏な動きもできるようだ。ハートレスをその身に取り込んでいるため、銀食器の

物理的な攻撃を跳ね返す防御力も強いので侮れない。

 

(なんとか、あのハートレスを切り裂きジャックから引き剥がせないでしょうか…)

 

攻撃を回避しながら、セバスチャンは打開策を模索する。

彼の視線は、自ずと二人の人物へ向けられていた。

 

 

 

切り裂きジャックの攻撃の手がセバスチャンに集中している一方、アンジェリーナと

リエは溢れ出てくるハートレスに対処していた。

 

「アンさん、前方をお願いします!」

 

リエはそう指示すると、飛びかかって来るシャドウを体術と合わせてキーロッドで

蹴散らしていく。

 

「ちょっと…なんでこう増えてきてるの!?」

 

アンジェリーナは医療用のメスで複数のシャドウを消滅させながら疑問を投げかける。

 

「切り裂きジャック…彼が闇の中心となって呼び寄せているからです。

彼をどうにかしないと、この仔達は無限に出てきます!」

 

リエの言葉に、アンジェリーナは下唇を噛み締める。

 

 

(私は…選ばないといけない)

 

 

アンジェリーナは迷っていた。

 

 

(ここで、切り裂きジャックに引導を渡さないとダメ…)

 

 

裏社会の掟を破った者には、裏社会の番人の手で相応の制裁を加えなくてはいけない。

ファントムハイヴ家は勿論、アンジェリーナもまた味方としてその手助けをする必要がある。

 

 

(でも、ジャックを殺してしまえば…ジェームズも…)

 

 

さらなる犠牲者が増える前に、切り裂きジャックは狩らなければならない。

しかし、それは同時にジェームズの命を奪う事を意味するのだ。

 

 

(どうすれば…どうすればいいの…?)

 

「アンさん!」

 

 

リエの呼び声に、アンジェリーナがはっと我に返る。

迫りくるシャドウ達を目にして、急いでメスを投げつけようとするが、その内の一匹が

アンジェリーナの腕にしがみつく。

 

「ちょっ…! はなれなさい!」

 

突然のアクシデントに、アンジェリーナは慌てる。

その隙を狙い、二匹のシャドウが忍び寄ろうとしていた。

 

 

――――バンッ!

 

 

その時、一発の銃声音が響き、アンジェリーナの腕にしがみついていたシャドウが

弾けるように消滅した。

 

「マダム・レッド、しっかりするんだ!」

 

離れた場所にいたシエルが声を張り上げた。

護身用の銃を構えている甥っ子を見て、彼が助けてくれたのだと分かった。

 

「その通りです、アンさん」

 

後方にいるリエもそう言うと、キーロッドを振り上げて地面を薙いだ。

地を這う二つの衝撃波が発生し、近づいていたシャドウ二匹を一瞬で倒した。

リエはそのままアンジェリーナのもとへ駆けてくると、彼女の腕を確認する。

 

「痛い所はありませんか?」

「ええ…大丈夫」

 

怪我はないかと問いかけられ、アンジェリーナは浮かない表情で答える。

 

「マダム・レッド…貴女はこの場から離れた方がいい」

 

銃を手にしたまま、歩を進めてきたシエルが冷静な口調で言った。

 

「シエル…」

「切り裂きジャックを葬り去るのは、女王の番犬である僕の役目だ」

 

シエルは真剣な顔で、戦っている自分の執事と切り裂きジャックの方向を見つめる。

 

「でも、私は…」

「ハッキリ言わせてもらう。貴女でも、もう奴を元に戻す事は不可能だ」

 

諦めてくれ、と諭すようにシエルは告げた。

アンジェリーナの精神状態を考慮した事…そして、切り裂きジャックを手にかける

場面を直接見せないための彼なりの気遣いなのだろう。

 

そして、シエルは迫りくる魔物相手にバン、バンッと的確に銃弾を撃っていく。

何の反論もできずに、アンジェリーナは項垂れてしまった。

 

「アンさん…」

「リエ…私、わたし…」

「すみません。私が選択を急かしてしまう発言をしてしまった所為ですね…」

 

申し訳なさそうにリエが謝ると、アンジェリーナは小さく首を横に振った。

 

 

「違う…頭では分かっているのよ。

切り裂きジャックを今、倒さないといけないのを…」

 

 

でも…と顔をあげたアンジェリーナの目尻には涙が浮かんでいた。

 

 

「…やっぱりダメ。私は…ジェームズを殺したくない」

 

 

かつて、閉鎖的な男社会だった大学で自分の存在を認めてくれた人。

身分など関係なく、困っている人を…病気や病で苦しむ人々を一人でも多く助けたいと

意気込んでいた優しい男性。ただ、ジェームズはアンジェリーナや友人達の前では

一つの側面しか見せていなかった。

 

――――人には【光】と『影』がある。

 

ジェームズも同様で、彼にとって『影』の部分が切り裂きジャックという大きな闇を

浮き彫りにさせてしまったのだ。

 

 

「罪を見逃すわけにはいかない。

それでも命を奪わない…別の選択をしてほしいの…ッ!」

 

 

アンジェリーナは、瞼を強く閉じて自らの願いを口にする。

裏社会に属する者として、甘い考えなのかもしれない。

それでも、あの時のように…一縷の望みを抱かずにはいられないのだ。

  

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