(1)の続き。
グレルの言葉に、アンジェリーナ以外の周囲の目は一斉にリエへ向かった。
シエルとセバスチャン、そして切り裂きジャックの視線を受けても、
リエは動揺する事無く平静な顔を崩さない。
「グレルさん、もしかして…ご存じなのですか?」
リエが聞き返すと、グレルは「うふv」と意味深げな笑みを浮かべる。
「初めて出会った時、すぐに気付いたわ。
貴女が【エクレシア】だって事…」
グレルの言葉に、アンジェリーナは驚きを顔に露わにした。
聞き慣れない単語に、シエルは目を細めるとセバスチャンに視線を移す。
主からのアイコンタクトを受けて、セバスチャンはふぅ…と首を緩慢に振ると口を開いた。
「リエ・クローチェ様も、人間とは異なる種族なのですよ。坊ちゃん」
「やはりそうだったのか…」
「彼女と同じ系統の種族を見かけたのは…数百年ぶりですね」
「なっ…!?」
こういう形でお会いするとは思いませんでした、と感慨深そうに語るセバスチャン。
見た事のない執事の一面に、主であるシエルは訝しそうに観察している。
(セバスチャンも…なの…?)
セバスチャンの発言を…間近で聞いていたアンジェリーナは顔を強張らせた。
元々、人離れした運動神経をしていたが…よもや人外だったとは。
(シエルはどうしてセバスチャンと…)
そうなると、契約者はシエルで間違いない。
二年前のあの事件の際に…何があったのだろうか?
「俺が…その女より弱い、だと? ふざけんじゃねえ!!」
切り裂きジャックは激昂した。
つい先程、リエの闘気に怯んだ事をすっかり忘れてグレルの発言に大声で反論する。
「そいつは、今まで殺してきた女の中じゃ断トツの容姿とプロポーションだ。
しかも、そこらの娼婦どころか、大貴族…いや王族の愛妾でも差支えねえくらいレベルだ!
だが、見る限り武器を扱うどころか、泣いて男の欲を刺激して守られるだけしか
能のない乙女そのものじゃねえか!
男の夢を具現化したヤツが、俺より強いだなんて絶対にあり得ねえ!!」
切り裂きジャックはビシッと指をさして、リエが弱者だと主張する。
どうやら、彼はセバスチャンと戦う事に夢中で、リエがハートレスを退治していた場面を
見ていなかったようだ。
「うーん…私は褒められているのでしょうか? 貶されているのでしょうか?」
「褒め貶しってところネ。表現の仕方がマジであり得なさすぎだけど★」
「全く…表の方(ジェームズ)はいざ知らず、裏の方(切り裂きジャック)は
無教養を自ら露呈しましたね。品のなさに関しては一流といったところでしょうか」
切り裂くジャックに対して、グレルとセバスチャンが手厳しい批評をする。
感情的にではなく、冷静にチクチクと針で刺すが如く相手に地味にダメージを与えていく。
高慢故に、切り裂きジャックは二人の毒舌に我慢できずに喚く。
「け…喧嘩売ってんのか、てめぇらァアア!!」
「コッチの言動にいちいち突っかかってくるその態度
…癇癪持ちのお子様じゃあるまいし、三流そのものヨ」
「至極当然の意見を申し上げただけです」
グレルは呆れたように肩を竦めてズバッと指摘し、
セバスチャンはしれっと即答する。
(この二人…何気に息が合ってない?)
(こいつら、息が合いすぎだろ)
アンジェリーナとシエルが心の声がほぼ重なり合った。
「上等だ…そいつが非力だと今すぐ証明してやるよ!!」
闇が一か所に集まっていく気配を感知した、セバスチャンとグレルがそちらの方に
目を向ける。彼等の視線先には、シャドウがわんさかと湧き出ている。
「やれ!」と切り裂きジャックが命じた瞬間、シャドウ達は群れとなって一斉に、
リエに目掛けて刃の如く襲いだした。
「まずい…!」
シエルが声を上げる。
セバスチャンが銀食器を構えたが、すぐに視界に映った光景に目を見開いた。
「申し訳ございませんが、ご期待に沿う事はできません」
押し寄せてきたシャドウの波を…リエが愛用の杖で一閃したのだ。
「あっ…えっ…? な、なぜ…だ…」
切り裂きジャックの脳内では、リエはハートレスの餌食となって同じ闇の魔物へ
成り果てていたはず…。それがあっさりと覆された事で、彼は衝撃のあまり言葉が
上手く紡げなくなってしまった。
状態異常にかかった元凶を気にする事無く、リエは杖を構える。
「我は汝、魂と契約を交わし『大いなる心』なり。契約の名において命ず…」
「リエ…チェンジする気ね」
「どういう事だ?」
シエルが問いかけると、アンジェリーナは真面目な顔で言葉を続ける。
「リエの武器は、能力に応じてデザインが変わるのよ」
アンジェリーナは知っている。
リエがあの呪文を唱える時は、本気モードである事を…。
「【生命を尊ぶ慈愛の女神】よ。
汝、万物の【鍵】となりて我とともに軌跡を紡ぎたまえ」
『あらあら~、出番かしら?』
すると、彼女の隣に緑色の粒子を放つ光の球体が現れた。
その不思議な球体を見たセバスチャンが…硬直した。
普段ならあり得ない彼の様子に、シエルはぎょっとする。
なお、グレルの方は「うそっ…マジで」と仰天顔を披露していた。
(そんなに…すごいものなのか?)
セバスチャンとグレルがあからさまに動揺している。
リエが召喚したあの光は…一体何者なのか?
「グリューネさん、お願いいたします」
『分かったわ』
リエの呼びかけに、光の球体…グリューネは了承するとリエの武器に
浸透するように入り込んだ。
眩い光が杖全体を覆い隠し、形状が徐々に変化していく。
目を数回瞬きする程度の時間で、その杖の全容は明らかとなる。
水色の花弁が特徴的な花(東洋にある『蓮』という花の一種)を象った装飾。
此処に美術商がいたら、速攻に買い取りたいと願うだろう美しい芸術作品に
ふさわしい杖だ。
「手加減せずにいかせて頂きます」
リエがモデルチェンジした杖を構えると、バラバラと零れ落ちていく
シャドウ達に照準を当てる。
花弁の中央にある緑黄色の六角形の宝石が、小さな粒子を漂わせながら
俄かに光を出し始める。
「静寂な夜を照らす光の蕾、月の力を経て大輪の華へ咲き誇り…」
リエが呪文を唱えていくにつれて、あちらこちらに淡く輝く蛍のような光が出現する。
それに反応したシャドウがじわじわと忍び寄ってくるが…それに反応した光は変化していく。
光は満開の花々を形作り、徐々に輝きが強くなっていく。
「やがて散る花弁よ、潜む脅威を浄化する吹雪となれ」
呪文を唱え終えるや、光の花は一気に弾けた。
散っていく夥しい数の花弁が、シャドウ目掛けて降り注いでいく。
舞い落ちてきた花弁に当たったシャドウは一瞬で消滅した。
「―――【輝きの花吹雪(ブライトネス・ブロッサムストーム)】」
花吹雪は勢いを増していき、溢れ出てくるシャドウの群れを一斉に浄化していく。
あんなに手こずっていたたくさんの闇の魔物が瞬く間に浄化されていく光景に、
シエルは愕然とする。
(あいっかわらず…凄すぎるわ)
眼前に映る戦闘に、アンジェリーナは冷や汗を流しながら苦笑していた。
リエが、杖…キーロッドを変化させて戦うのを見るのはこれが初めてではない。
今回のを含めると…三回目だ。
通常のキーロッドでも十分強いのだが、モデルチェンジしたものはさらに
特殊能力が追加されていく仕組みのようだ。
アンジェリーナが知っているのは、リエが現在進行形で使用している
『グリューネ』ともうひとつの形態の二種類のみ。
…他にも種類があるのかもしれない。
それでも、キーロッド…『グリューネ』は尋常でない力を持っている。
事実、あんなにうじゃうじゃと溝のようにいたアリンコもどき…シャドウ共を
一掃したのが証拠だ。