(3)の続き。
(これが…リエの力)
修行をして二年…初めてこの術を発動させた。
相方であるリエが変身した姿…鍵の剣は、まるでアンジェリーナの半生を
彷彿とさせるデザインだ。
『私の力が、アンさんに上手く馴染むようにしました』
鍵の剣となったリエの声が、アンジェリーナの耳に伝わる。
彼女の言う通り、剣はアンジェリーナが手にしても重くない
…まるで羽のように軽かった。
『アンさん、前を見てください』
リエから言われ、前方に視線を向けると…
切り裂きジャックが、両手で頭を抱えながら叫んでいる姿が見えた。
『切り裂きジャックは、先程の事で精神が揺らいでいます。
今なら…ジェームズさんを戻せる事ができます』
「…なら、存分に力をもらっちゃうわよ!」
『かしこまりました』
アンジェリーナは地を蹴って大きく跳躍した。
「なんて速さだ…」
シエルは、思わずその言葉を口にしてしまった。
人間離れした身体能力は、セバスチャンとグレルに引けを取らないものだ。
アンジェリーナは鍵の剣を片手に、一気に標的へと近づこうとするが…
「くそっ…女如きが…俺に逆らうんじゃねええエエ!!」
切り裂きジャックがアンジェリーナの動向に気付き、身体に纏っているシャドウを
一部切り離した。分離した十体のシャドウが、問答無用に襲いかかってきたが…
「邪魔よ!」
迫りくる魔物に対し、アンジェリーナは上下左右に剣線を浴びせていく。
例えるなら、舞台で情熱的な踊りを披露するかのように、洗練された無駄のない動きだ。
鍵の剣で斬られたシャドウ達はボロボロと身体が崩れ落ちていき、明るい色のハートが
解き放たれて夜空へ昇っていく。
アンジェリーナは俊敏さと瞬発力をフルに利用して鍵の剣を振るっていき、
湧き出てくるハートレスを消滅させていく。
「ウソでしょ…あの剣捌き、達人級じゃない」
デスサイズでハートレスを狩りながら、その様子を見ていたグレルが驚きの声を出す。
彼女?の目から見ても、今のアンジェリーナの戦闘術はかなりの腕前のようだ。
「どうやら、こちらの予想を上回るレベルですね」
そう言いつつ、飛びかかってきたシャドウを華麗に回し蹴りで一掃したセバスチャン。
建物の壁を利用して、宙に浮きながら銀食器を投げつけていく。
その攻撃は、アンジェリーナの後方等に出没するハートレスに全て命中する。
「そのままお進みくださいませ!」
「…ありがとう!」
セバスチャンからの援護で、邪魔する者は退けられていった。
御礼を告げると、アンジェリーナは真っ直ぐ標的のもとへ駆けて行った。
ガキンッ!
切り裂きジャックの腹部に向かって、アンジェリーナは斬撃を与えようとしたが…
纏わりついた闇により、ダメージが緩和されてしまった。
「なんて硬さなの…!」
セバスチャンとグレルの攻撃にはダメージを受けていたはずなのに…と
アンジェリーナは目を疑う。
『グレルさんの所有するデスサイズが、通常の武器とは異なる特殊な素材で
できているからですよ。セバスチャンさんの場合は…銀食器に付加属性を
つけている可能性がありますね』
アンジェリーナの抱いた疑問に対し、リエがその解答を言った。
リエの放った魔法で、切り裂きジャックの闇の威力は弱まったものの、
防御の機能は衰えていないようだ。
『通常の攻撃では時間がかかります。
だから、魔法を使用しましょう』
「魔法ね、どうやればいいの…って!?」
二人の会話を許さないように、切り裂きジャックが拳を叩きつけてきた。
ギリギリで回避するが、切り裂きジャックはすかさず攻撃を続けていく。
「ころす…俺とジェームズを壊そうとする女共は…この手で殺す!」
アンジェリーナとリエが最大の障害だと察したのか、彼女達を執拗に狙っていく
切り裂きジャック。
『アンさん、剣を盾代わりに!』
「はい!」
リエの指示で、アンジェリーナは両手で鍵の剣を構えた。
すると、鍵の剣を中心に薄い膜がアンジェリーナを取り囲むように貼られた。
壁が見えなくなると同時に、切り裂きジャックの拳が目の前に接近していた。
思わず目を瞑るが、ガンッという音が耳に入っただけで衝撃がこなかった。
恐る恐る目を開けると、先程の透明な膜が出現しており、見えない壁となって
切り裂きジャックの攻撃を防御していた。
「焦ったわ…ていうか、咄嗟に盾にしちゃったけれど、大丈夫なの!?」
『ご安心を、この程度の攻撃は肩叩きみたいなものですから』
マジで…とアンジェリーナは大きく口を開いてしまう。
一発お見舞いされたら身体が変形しそうなパンチを【肩叩き】と比喩するとは…
武器に変身すると、頑丈になるのだろうか。
「うるぁあああアアアアア!!」
『アンさん、ジャンプです!』
「ああ、もぅ…!」
悠長に考える暇はない。
集中的な攻撃に対して回避、防御、回避、回避、防御…を繰り返す。
「このままだと、埒が明かないわッ!」
『隙を作る事ができればいいのですが…』
切り裂きジャックの攻勢に押されて、状況が不利になりつつある。
反撃するチャンスはないか、とアンジェリーナが頭をフル回転させていたその時…
「んふv チャーンス!」
グレルが後方からデスサイズを思い切り振り被り、切り裂きジャックの背中を
斬りつけた。
「ぐっ…くそぉ…バカにしやがってぇェエエエ!」
切り裂きジャックの額に青筋が複数立ち、標的をグレルへ変えた。
その際、グレルは意味深な笑みを浮かべてこちらを見た…ような気がした。
『アンさん、今から言う呪文を復唱してください』
…チャンスが回ってきた。
耳を澄まし、リエの声に合わせてアンジェリーナは口を動かしていく。
『誘う対象は悪しき心に染まりし咎人、憐れなる闇の化身…』
「い、誘う対象は悪しき心に染まりし咎人…憐れなる闇の化身…」
アンジェリーナは両手で鍵の剣を持ち直す。
剣先に薄紫色の光が灯り、どんどん大きくなっていく。
『「彼の者を捕えよ、頑強なる束縛の領域…【アレイト・サークル】!」』
放たれた一筋の光が、切り裂きジャックの背中に命中する。
すると、切り裂きジャックの足元に複雑な文様の魔法陣が出現した。
そこから、灰色の茨が彼の全身に巻き付いたかと思いきや、すぅ…と身体に浸透するように
消えてしまった。
「ぐ、あっ…が…!?」
それと同時に、切り裂きジャックは縄で縛られたように硬直したまま身動きが取れなくなった。
「何しやがった、このアマ!!」
「これが…魔法」
喚く大男をよそに、初めて魔法を使ったアンジェリーナは手に持つ鍵の剣を
見つめながらぽつりと呟いた。
『時と空間の応用魔法です』
「…すごすぎでしょ」
闇を纏っているだけとはいえ、あんな巨漢を拘束して動けなくしてしまうとは…。
アンジェリーナは密かに感動を覚えた。
『アンさん、ここからが本番です』
「!…えぇ、そうね」
リエの声で、アンジェリーナはハッと我に返った。
切り裂きジャックの動きを封じただけで、根本的な問題は解決していないのだ。
アンジェリーナが気を引き締めて、鍵の剣を構え直そうとしたその時…
『アンさん、ちょっと待ってください』
リエが何故か待ったをかけた。
「なんで?」
『まず、話さないといけない方がいます。
…グレルさん、私の声が聞こえますか?』
「あら、指名されちゃったワv」
アンジェリーナがあっ…と声を漏らして振り返る。
デスサイズを両手にスタンバイして、いつでも駆けてくる気満々のグレルが
笑みを浮かべている。
(危なかった…戦う事に夢中で忘れてたわ)
アンジェリーナは冷や汗を流しながら、グレルがこの戦いに参加している理由を思い出した。
グレルの目的は【切り裂きジャック…そして、ジェームズを殺す事】だ。
標的が拘束されている今は、彼女?が任務を遂行する上で好機とも言える状況だ。
もし、リエが声をかけていなかったら…先手を取られていただろう。
不穏な未来を想像してしまいそうになり、アンジェリーナは小さく首を横に振る。