この話から、原作の主人公二人(シエルとセバスチャン)が登場します。
ロンドンから少し離れ、霧ぶける森を抜けると手入れの行き届いた屋敷(マナーハウス)が
あらわれる。
その屋敷の主は、シエル・ファントムハイヴ。
若干12歳にして、広大な領地を収める伯爵。
玩具・製菓を中心とする巨大カンパニー「ファントム」社の社長としての顔も持つ。
そして、彼にはもう一つの顔がある。
裏社会の者達は、彼をこう呼ぶ。
―――『女王の番犬』と。
*** ***** ***
彼の朝は早い。
夜は誰より遅く仕事を終え、朝は誰より早く仕事を始める。
鏡の前で黒の艶のある前髪を整える一人の青年。
「随分髪が伸びてきましたねぇ……嗚呼、勝手に縮めてはいけないんでした」
ブツブツと独り言をつぶやきながら、青年は伸びた前髪を耳にかけ、燕尾服を纏う。
白い手袋をはめながら、カツカツと使用人達が集合しているだろう厨房へ向かう。
彼の名前は、セバスチャン・ミカエリス。
ファントムハイブ家の執事だ。
きぃ…と大きな扉を開くと、厨房には4名の人物がいた。
麦わら帽子を首にひっかけた、金髪碧眼の10代の少年。
顔立ちは東洋系で、眼鏡をかけた20代のメイドの女性。
背が高く、ややいかつい風貌で眠たそうに欠伸をしている料理人の男性。
そして、部屋の隅で座布団に座って、ほのぼのとお茶を啜っている小さなご老人。
「皆さん。本日の仕事の内容を申し上げます」
セバスチャンは、使用人達に一日の仕事の指示をしていく。
「まずは、メイリン。リネンの整備をしてください」
「分かりましたですだ!」
「フィニ、貴方は庭の手入れをお願いします」
「はーい!」
「バルド、昼食の材料の準備を…くれぐれも調理はしないでくださいね」
「ふぁ~、へいへい…」
「タナカさんは…お茶でも飲んでてください」
「ほほほっ~」
指示を一通り言い終えると、最後にセバスチャンはこう告げた。
「本日は、お客様が多数お越しになります。くれぐれも粗相のない様に」
「「はい(ですだ)!」」
「りょーかーい~…」「ほほほっ」
「さあ、持ち場へ行ってください! ボサッとしない!」
ぱんぱんと手を叩くと、使用人達は颯爽と持ち場へ向かう。
彼等を見送ると(約一名はお茶をすすっているが)、セバスチャンは食器棚から
ティーセットを取り出す。
「本日の紅茶は…」
そして、彼もまた当主の目覚めの紅茶(アーリーモーニングティー)と朝食の準備を
始める。それらをカートにのせて、当主の寝室へ赴くセバスチャン。
コンコンッ
「坊ちゃん、お早うございます。お目覚めの時間です」
セバスチャンは、扉をノックして入ると、笑みを浮かべて朝の挨拶をする。
シャッとカーテンを開けると、暗かった寝室に朝陽が差し込み、その光で当主
…シエルが目を覚ました。
「まぶしい…」
「本日の朝食は、スクランブルエッグとソーセージ、フルーツサラダをご用意しました。
付け合わせはトースト、スコーン、クロワッサン、どれにいたしますか?」
「ふぁ~…クロワッサン」
生欠伸をしながら、シエルは紅茶の香りを楽しむ。
「…今日は、ブレンドか」
「インドの方で良い茶葉を仕入れましたので、セイロンと合わせてみました」
「そうか…今日の予定は?」
紅茶を一口飲むと、新聞を広げて読みながらスケジュールを問う。
「午前中は各工場の売り上げ表と新商品の企画書のチェック
…午後は『お茶会』がございます」
「…そういえば、最近“鼠”が多いな」
「ロンドンで異常発生してると新聞各紙で取り上げられていますね。
屋敷の方は私を含め使用人達で対処しております」
「一匹ずつ仕留めていっても、うじゃうじゃ湧いてくるからな。
増える前に…“一気に、確実に駆除”した方がいい」
「そのためにイタリアから取り寄せたのでしょう? 【例の物】を…」
セバスチャンが笑って言うと、シエルは口元に弧を描く。
「見物だな。あれがどう動くのかが…」
「ふふふっ」