シエルsideと主人公sideで交互に話が進んでいきます。
オリキャラが二名(誘拐されたガヴァネス)登場します。
余談ですが、二人は「レディー・ヴィクトリアン」という少女漫画に出てくるキャラをモデルにしています。
アフターヌーンティーの準備を整え、書斎までやってきたセバスチャン。
「坊ちゃん、アフターヌーンティーをお持ち致しました」
コンコンッと扉をノックしたが、主の返事がない。
「…? 坊ちゃん?……!!」
不審に思い、セバスチャンは扉を開けると驚愕した。
そこには書類がばらまかれ、窓が大きく開かれていた。
そして、いるはずの主と客人のフィリアがいない。
「これは―――嗚呼、何という事だ…」
セバスチャンは困惑した。
そして、主と客人が何者かに誘拐されたのだとすぐに察した。
◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇
フィリアが目を覚ますと、そこは鉄製の扉とコンクリートの壁に囲まれた牢屋の中だった。
「あ、起きたのね!」
「御加減はいかが…?」
上半身をゆっくり起こすと、自分以外にも若い女性が二名いた。
「ここは…?」
「分からないけれど、どこかのアジト……私達、ガヴァネスで…
いい条件付きのお屋敷の募集を見かけて面接に行ったら」
「見知らぬ怖い人たちに連れられて…此処に閉じ込められたの」
彼女達はガヴァネス…しかも、数日前に行方不明者リストに乗っていた人だ。そして、一人は茶髪の長い髪に、大人しそうな印象の女性―――探し人、ヘレン・ブライズだった。
「失礼ですけど、お二人の名前は?」
「ヘレン・ブライズです」
「私は、セリア・メイシー。そう言う貴女は?」
セリアから名前を聞かれると、フィリアは少し思案すると、ほんのりと笑って言った。
「私はフィ…いえ…リエ・クローチェと申します」
*** ****** ***
「英国裏社会の『秩序』…逆らう者は絶対的な力で噛み殺す女王の『番犬』
……何代にも渡って政府の汚れ役を引き受けてきた『悪の貴族』
一体、いくつの通り名を背負って、一体いくつのファミリーを潰してきた?
シエル・ファントムハイヴ?」
捕えられたシエルは、黒幕と対峙していた。
ベルトで腕を縛られ、拘束されている状態だが、怖れ泣き崩れる素振りもみせず、
極めて冷徹な表情で、その男を見つめていた。
「やはりお前か……フェッロ・ファミリー アズーロ・ヴェネル」
そう、茶会に参加していた客人のイタリア人の男性だ。
彼が誘拐を企てた犯人であり、シエルが現在追いかけている『鼠』。
「なァ、リトル・ファントムハイヴ。
イタリアンマフィアにこの国はやりづらい。
英国人は皆、頭に茶渋がこびりついてやがる。
俺達みたいな家業のモンが一番稼げる方法は何だ?
掃除(ころし)や運び以上に手っ取り早く儲けられる…それが麻薬(ドラッグ)だ」
最近、英国の裏社会のみならず表社会にまで麻薬が広まっている。
表向きは外国企業を装い、市警(ヤード)にバレない様巧妙な手口で、麻薬を売りさばいていたのだ。シエルは、既に協力者の一人…クラウスに協力を仰ぎ、その決定的証拠を取り押さえており、後は秘密裏に制裁を加える予定だった。
あの茶会で手始めに揺さぶってみたが、茶会後にこういう形で仕掛けてくるとは
…不覚だった。
「なのに、この国ときたら番犬が睨みをきかせているせいで芳醇な香りひとつたちゃしない」
「鼠(売人)と疫病(麻薬)はのさばらせるな、と女王からのお達しだ」
「あぁ、ヤダヤダ。お堅いねえ。これだから英国人は嫌いなんだよ。
女王! 女王! 女王信者ばかりだ。結局俺達は、同じ穴の狢だろ?
どうせなら仲良く一緒に儲けようぜ」
「悪いが、薄汚いドブ鼠と馴れ合うつもりはない」
「……物分かりのわりいお坊ちゃまだ」
アズーロは静かにそう呟くと、シエルの頬をドガッと拳で殴った。
「ブツの在り処さえ吐いてくりゃ、首が繋がったままおうちに帰してやるよ、
リトル・ファントムハイヴ」
「僕が戻らなければ、クラウスの手から政府に証拠が渡るようになっている。
残念だったな」
嘲笑うシエルに、アズーロは青筋を立てて、持っていた銃の照準を合わせる。
「大人をナメんなよ、クソガキが! すでにお前の屋敷に部下を待たせている。
ブツはドコだ? 早いトコ吐かねェと一人ずつ使用人ブチ殺すぞ」
脅しをかけるアズーロに対し、シエルは一瞬だけ顔を俯けると…
「可愛い飼い犬がちゃんと『とってこい』を出来ればいいんだがな」
ニコリと無邪気な微笑みを浮かべてそう言い返した。
アズーロはフッ…と笑うが、すぐに顔に苛立ちを露わにさせ、シエルに容赦なく蹴りを
いれた。
「聞こえたか? 交渉決裂だ―――殺せ!」
アズーロはすぐさま電話で、部下に抹殺命令を下した。
その頃、リエは牢屋の中で周囲を見渡して、状況を把握しつつあった。
(この牢屋にいるのは、私を含めて三名。
マフィアの関係者を除いて…向かい側の牢屋に女性が二人。
隣の部屋に二人…これで全員ですね)
おそらく、行方不明になっている他の女性達だろう。
まだ、売人(バイヤー)に売り渡されていなかったのが幸いだ。
「それでは…ヘレンさんとセリアさんは、偽の求人広告に騙されて、こちらに?」
「…ええ、指定された住所に行ったら、怖い顔つきの黒い服装の人達に口を布でおおわれて。
気づいたら此処にいたの」
「あの人達…誘拐した私達に『暫く我慢すれば、いい就職先へ送ってやる』って言ったの。
『帰してください』って懇願する人も勿論いたわ…でも、殴って黙らせたのよ!」
ひどすぎるわ…とセリアはその時の事を思い出したのか、眉を潜めてスカートの裾をギュッと握りしめる。
「暴力で人を支配するなんて…確かに紳士として、いえ人として許されない事ですね」
「…どうにかここから逃げ出さないと。こんな所にいたら何をされるか分からない」
セリアは、不安そうに視線を斜め下へ向ける。
「でも…あの人達、こっちが何も言わなければ、暴力を振るいませんし、食事も三食出してくれる。もしかしたら、本当にいい職場を紹介してもらえるかも…」
その時、ヘレンが顔を少し俯けたまま、意外な言葉を口にした。
彼女の言葉を聞いたセリアとリエは大きく目を見開く。
「ヘレンさん、何言ってるの! そもそも、私達誘拐されたのよ。
そんな事する人達が本気で、私達の職場を探してくれる訳ないじゃない!」
「でも、此処から逃げたとしても…私達の居場所なんてない…ッ!」
セリアが必死に反論しようとしたら、ヘレンが声を荒げた。
大人しそうな印象の彼女が感情を奮い立たせて言い返してきた事に、セリアはビクッと
口を噤む。
「ガヴァネスなんて…いくら知識があったって、プライドがあったって…
所詮、雇い主から『貧乏人』って蔑まれて、使用人からも小馬鹿にされる…。
子どもの授業が終わったら雑用させられるか、家族に手紙を書くしかない…
一人ぼっちで誰一人、味方してくれない…ッ…」
ヘレンは以前まで勤めていた上流階級の家庭での嫌な事、苦しかった事を曝け出すと、
ポロポロと涙をこぼして、泣き出した。
「…でも、父や母に迷惑をかけたくなくて…いつも手紙には嘘しか…書けない。
私みたいな年齢の人を雇ってくれる家庭なんて…ほとんどないし…
だったら…外国でもなんでもいいから、そこで仕事について…仕送りできれば…って」
「…私の勤めていた家庭もそうだった。
『若い娘だから』って夫人から白い目で見られたり、年齢の近い男爵から…
『愛人にならないか』と言い寄られたりした」
事情を語るヘレンに触発されたのか、セリアも勤め先での辛い体験を話す。
「まあっ…! それでいかがなされたんですか?」
はしたないと思いつつも、リエは思わず聞き返してしまった。
「…その…本当に恥ずかしい事なんですけど、足踏んづけて顔に拳を叩きつけてしまいました」
「…す、すごい…」
視線を逸らして頬を紅潮させながらも、前の職場を辞めされられた理由を語ったセリアに、ヘレンも涙が止まり、ドン引きしている。
どうやら、セリアという女性は意外と口よりも先に手が出てしまうタイプのようだ。
「…お二人の話を聞いていると、英国の女性進出の難しさを感じますね」
「…リエさんは、どうしてガヴァネスになったの?」
やっぱり家庭の事情から…とセリアが尋ねると、リエは緩慢に首を左右に振る。
「少々、特殊な事情です。
まだ語る段階ではありませんので保留にしていただけますか?」
「…あっ、その嫌な事思い出させたならごめんなさい」
「いいんですよ。ただ…まだ此処では口外できないだけで」
リエがそう言いかけた時、ドンドンッと鉄製の扉をノックする音が響いた。