日陰者が日向になるのは難しい   作:柳野 守利

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26話目 気にしない

 初夏は過ぎ、梅雨を超え、夏から秋へと移り変わっていく。一度形成されてしまった関係性というものは、かなり頑固なもので。中々変わらないくせに、壊そうと思えば簡単に壊れてしまうような矛盾性を孕んでいる。

 

 人間は対比する生き物だ。自分と他者を、他者と他者を比較して、その差を考えてしまう。明るく生きる者は、それなりに人に溶け込み。またそうでない人は排他されてしまう可能性を持つ。そんなあやふやで、けれど見てわかるようなカーストというものが学校にはあった。

 

 彼はトップカーストを嫌う生徒の一人。毎日両耳をイヤホンで塞ぎ、特定の人物としか話さず、髪の毛も整っていない男の子。けれども本人も気にしてはいるし、周りの目も気になる。誰でもない、唯一の誰かになりたいという、誰もが持ち得る願望を抱え、やがて誰かにとっての日向になりたいと願った人。

 

 日陰にいる人にとっての、柔らかな木漏れ日。眩しくなくてもいい。ただ人の温もり程度の暖かさを与えられたのなら。そう考えながら、彼は日々歌詞を紡いでいく。

 

 夜空に咲く花園。隣にいた大切な人。心に浸透する振動と、片耳ずつ着けたイヤホンから流れる音楽。最近流行りのラブソング。けれども花は形を保てず、輝いて消えてしまった。その光は、誰かにとっての日向になりて。

 

(……眠い、なぁ)

 

 教室の隅で、窓の外を眺めながら垣村は目を擦る。今まで納得のいく物が作れなかったのが、まるで嘘のようだった。

 

 園村に会ったあの日から、少しずつ進めていた次の曲。作業が大きく進んだのは二度。あの花火を見た日、そして今でも思い出せる……昨日の出来事。

 

 作っては消して、また作ってを繰り返していた垣村だったが、詰まっていた何かが取れたように作品は完成へと向かっていった。寝不足になろうとも、手は止まることを知らず、あの日の情景と昨日の衝動だけに突き動かされて完成させた。

 

「志音、おはよー。なんか凄いことになってない?」

 

 机に近づいてきた西園が、携帯を見せながら話しかけてくる。画面には垣村の創作用のアカウントが映っていて、夜中に呟いたコメントにメッセージと賞賛するマークが増えていく。

 

 完成させて早速、新作を投稿したのだ。それがまさか、こんなにも早く広がっていくとは垣村はまったく思ってもいなかった。ただ、心に思い描く一人に届けばいいと願っていたのに、この曲はもっと多くの人の心に届いたらしい。それは素直に喜ばしいことで、西園に言われて照れくさそうに垣村は笑う。

 

「閲覧数すっごいねぇ」

 

「久しぶりの投稿で、ここまで伸びるなんて思ってなかったよ」

 

「それだけ待っててくれる人がいたってことじゃない?」

 

「……そうだと嬉しいね」

 

 事実、垣村ひとりで作れたものではなかった。応援してくれた西園や庄司、そして園村と笹原の二人。彼ら彼女らがいなければ、この曲は完成しなかっただろう。

 

 それに、嬉しいと思えたのはそれだけではない。新曲を投稿した時に、誰よりも真っ先に反応してくれた人がいた。イヤホンをつけた猫の画像。何千、何万といる人たちの中で、いち早く反応をしてくれた彼女に……感謝の気持ちは溢れて止まなかった。

 

『ありがとう』

 

 個人宛でそう伝えてくれた彼女に、垣村は朝方に枕を濡らした。彼女の想いに答えることはできなかったけれど、ちゃんと約束は守れた。そしてこれからも……彼女の日向であり続けられるように、曲を作り続けていこうと垣村は決心する。

 

「おはよー、唯ちゃん」

 

 ふと声が聞こえて、垣村は教室の前の方を向く。彼女が登校してきたようだ。いつも月曜日は気怠げな彼女だったが、今日は違う。

 

「おはよう、紗綾」

 

 片手を上げて軽く挨拶を交し、彼女は荷物を自分の席に置いてからまた歩き出す。

 

 先週の金曜日、何があったかを生徒が忘れたわけがない。皆が教室に入ってきた笹原を見て、中には話しかけに行こうとする生徒も見られた。けれども彼女はそれを意に介さず、ゆっくりと教室の隅に向かって歩いていく。

 

 左耳だけを見せるようにかき上げられた髪の毛。茶髪に見えなくもない黒髪は、元気そうな印象を覚えさせる。小さな桃色の口は緊張しているのか、きゅっと固く結ばれていた。

 

 一歩、一歩。踏みしめるように歩いて、やがて垣村の前で止まる。

 

 金曜日に見た表情とはまるで違う。決意を固めたようでも、泣きそうでもない。どこか頬を薄らと染めて恥ずかしそうに目を逸らす彼女のことを見て、垣村もまた同じように視線を逸らす。

 

「お……おはよう、垣村」

 

 小さな声だったが、教室に響いたように思える。上擦った彼女の声に、不覚にも笑いそうになるのを、垣村はじっと堪えた。

 

 何もない時間が好きで、一緒にいるだけでよくて。周りの目が怖くて、虐められるのが嫌で。きっとどちらも、他人を怖がっていただけだった。

 

 学校で話すこともない。すれ違っても目を逸らすことしかできない。そんな自分たちだったけれども……。

 

「おはよう、笹原さん」

 

 ようやく、ちゃんと挨拶を交わせるようになれたんだ。

 

 

 

 

 

『日陰者が日向になるのは難しい -End-』




これにて『日陰者が日向になるのは難しい』完結です。
ここまで読んでくださり、誠にありがとうございました。
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