デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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評価沢山もらえて飛び上がって喜ぶこの年末。何だかんだともうすぐ100話ですねぇ。目指せ連載一年以内完結




第九十九話『天使と悪魔の狭間』

「ああ、おかえりなさい。お邪魔してます」

 

 家に帰ったらソファーに全身白の外装を着た少女がいました。どう反応するべきなのでしょうか。

 

「お、おう。ただいま。ゆっくりしていって……じゃない!! なんでいるんだ!?」

 

「そこの女王様が言いませんでした? 先に行ってるって」

 

 横を向いて、『わたくしはちゃんと伝えましたわ』という視線を返された。言われてみれば言っていたと記憶しているが、行き先は告げていなかったため軽くスルーしていたのだ。

 

「思ったより早かったですね。もう少しゆっくりしていても文句は言いませんでしたよ」

 

「ゆっくりって……そもそも、お前だけ先に行かなくても良かったんじゃないか?」

 

「私、馬に蹴られて地獄に落ちるくらいなら、もう少し役に立つ死に方をしたいので」

 

「お前な……」

 

 だから、何とも反応に困るジョークを言うのはやめて欲しい。士道が反応を返せず手をこまねていていると、眠たげな顔をした女性が湯気を立てるカップを少女に差し出した。

 

「……良かったら。口に合うかはわからないが」

 

「……これはご丁寧に。いただきます」

 

「ちょ……っ」

 

 令音が渡したカップを受け取る少女。なんというか、見ていてムズ痒い感じがする距離感だった。ともあれ、白い少女がカップに口をつけてグイグイと飲み干していく――――――角砂糖がこれでもかと大量にぶち込まれた飲み物を。

 

「…………えぇ」

 

 飲めるのか。そのこの世のあらゆる甘みを凌駕しそうな殺人的な飲み物を、飲めるのか。血糖値が速攻でアウトゾーンを突破し、デッドヒートしそうな恐ろしい令音特製角砂糖漬けを、飲めるのか。

 平然とした顔で――いつもながら白い少女の顔は見えないのだが――二人揃って飲むものだから、士道と、恐らく隣の狂三も揃って絶句していると、令音と少女の二人が揃ってカップを差し出して、言う。

 

 

「……飲むかい?」

「……飲みます?」

 

「飲むかッ!!」

 

 

 叫んで返すと、二人がちょっと残念そうに肩を下げた……気がした。

 

「……いつまでボケっと突っ立ってるのよウスラトンカチ」

 

 声がした方向へ視線を向けると、黒リボン状態で士道を睨みつけた琴里が椅子に座って、見るからに不機嫌そうな雰囲気で腕を組んでいた。今更、それに怯む士道ではないが。

 

「ん、悪い。待たせたな琴里」

 

 士道が椅子に座った正面に琴里。琴里の隣には令音が小型端末をスタンバイし、その正面、つまり士道の隣に狂三が座る。白い少女は、気にするなと言わんばかりにソファーでくつろいだままだ。どうやら、積極的な話はこちらに任せるつもりらしい。

 

「本当よ。それで――――――どういうことか、説明してくれるんでしょうね、士道」

 

「……ああ。話すよ、全部」

 

 恐れるな。目の前の少女は、ただの妹ではない。世界中に自慢しても恥ずかしくない最高の妹で、士道よりずっと頭がよく、ずっと強い少女なのだ。

 

 

「変な話と思うかもしれないが、今から俺が、俺と狂三が話すのは全部本当のことだ――――――聞いてくれるか?」

 

「ええ、もちろんよ」

 

 

 言葉と表情に迷いは見られない。それどころか、一瞬司令官モードを突き抜けて嬉しそうな顔になったのを見逃す士道ではない。全くもって、迷っていた自分が馬鹿馬鹿しいと苦笑した。

 一度だけ、狂三に目配せをする。最終確認の意味合いもあったが、多分、本音は……ちょっとだけ、狂三と共有する〝秘密〟を手放すのが惜しかったのかもしれない。返事は聞くまでもなく、士道はゆっくりと口を開いて、話した。

 

 

 

「……と、こんなところだ」

 

「……なるほど、ね」

 

 時には狂三が細かい部分を補足し、大体の説明が終わる。

 折紙という少女が以前の世界では知り合いだったこと。

 その折紙が精霊化し、反転し、どん詰まりしてしまった世界を変えるため狂三と時間遡行を行い、世界を書き換えたこと。

 しかし、〝なかったこと〟にしたはずの可能性、反転体となった折紙が〈デビル〉という識別名で呼ばれ、存在していること。

 

「士道はともかく、この前の狂三の様子がおかしかったのはそういうことだったのね」

 

「いつも俺がおかしいみたいな言い方だな」

 

「あら、美少女を侍らせる男子高校生がおかしくないとでも言うのかしら」

 

「誤解を招く表現はやめろ!!」

 

 元はと言えば、〈ラタトスク〉が冗談としか思えない方法で精霊保護を目的とした作戦展開をしたのが原因なので、それで様子がおかしいと言われる士道はたまったものではない。

 まあ、そんなくだらない冗談で話の腰を折る気はお互いなく、すぐに落ち着いて琴里が言葉を発する。

 

「世界の書き換え……本当なら眉唾ものだけど、あなた達が揃って嘘を吐く理由が思い浮かばないし、信じる方向で話を進めるわ」

 

 そう言った琴里の視線に反応した令音が、手元の端末を操作し、三人に見えるように向けてくる。なんの映像かと思い覗き込んで、士道は目を見開いた。

 

「これ、さっきの……!!」

 

「ええ。今日の夕方、自律カメラが捉えた映像よ……鳶一折紙の情報を探るために幾つかカメラを飛ばしてたんだけど、まさかこんな決定的瞬間が拝めるとは思わなかったわ」

 

 反転した折紙に、狂三と士道まで見える。琴里の言う通り、これ以上ない決定的な証拠映像だと言える。

 あ、と小さく声をもらし狂三を見やる。狂三が言っていたのは、これのことだったのだと気づいた。その狂三当人は、これを待っていたと言わんばかりに口に手を当て僅かな思考を挟み、声を発する。

 

「折紙さんの解析は?」

 

「終わってるわ。令音に彼女のパラメータを解析してもらった結果、嘘を吐いている様子はない。つまり鳶一折紙は、自分が精霊になっていることに気づいていない(・・・・・・・)可能性があるわ」

 

 行き着いた可能性に士道は絶句する。ありえるのだろうか、と思考したことはあるが、〈ラタトスク〉で現実的な解析を伴うと、こうも驚くことになるとは。

 

「そんなことが、有り得るのか?」

 

「有り得ますでしょうね――――――厳密に言えば、精霊化した折紙さんは以前の折紙さん(・・・・・・・)なのですから、自覚がないのも当然の話ですわ」

 

「なっ、どういうことだ!?」

 

 狂三の言葉に思わず腰が浮き椅子が倒れかけ、慌てて椅子を抑えて座り直す。焦る士道とは対照的に、狂三は酷く落ち着いた様子で士道を見つめ返す。

 

「そのままの意味合いですわ。わたくしが戦った折紙さんは恐らく……いえ、ほぼ確定していますわね。断言いたしましょう。彼女は以前の世界、わたくしたちが知る折紙さんですわ」

 

「けど、それは――――――」

 

「〝なかったこと〟になった。ええ、ええ。そうでしょうとも。そうでしょうとも。ですけど」

 

 立てられた一本の指が士道の唇に当たり、その細く靱やかな指先を怪しく濡らす。息を呑む士道を指し示すように、狂三が言葉を続けて放つ。

 

「あなた様も同じではありませんの」

 

「俺が、同じ……?」

 

「……シンに元の世界の記憶(・・・・・・・)があること、だね」

 

 士道の疑念の声に答えるように、令音が声を発した。どうやら、相変わらず士道にわからない狂三の解説にもついていけているらしく、彼女は言葉を続ける。

 

「……シンは世界改変を成功させた。そして、元の世界のことは皆覚えていない……だったね? ならどうして、君には元の世界の記憶があるのだろうか」

 

「それは……」

 

 チラリと狂三に視線を向ければ、大仰に肩を竦める狂三の姿が目に映る。

 

「わたくしは〈刻々帝(ザフキエル)〉の持ち主ですことよ。そのわたくしが改変に巻き込まれるなど、おかしな話ではありませんの」

 

「つまり、あなたは例外として、士道だけが覚えている理由はあるのね?」

 

「ええ。わたくしも初めてのケースですが、令音先生と推測が一致したなら、この事象は確定していると自信が持てましたわ」

 

 と、一致していなくても自信に満ち溢れていそうな微笑みを浮かべ、狂三が指を二つ立てた。

 

「士道さんと折紙さんの共通点は二つ。御二方とも、わたくし自ら【一二の弾(ユッド・ベート)】を撃ったお相手。そして――――――霊力を保有している(・・・・・・・・・)こと、ですわ」

 

「? それは……」

 

 理解しようと頭を整理している中、琴里の方が早く何かに気づいて目を丸くして声を発した。

 

「そうか。その条件なら、鳶一折紙は書き換えられた世界で平和な生活を送っていて……そこに〈ファントム〉が現れて、霊力を与えられた瞬間……!!」

 

「あ……!!」

 

 琴里の言葉でようやく辻褄が合う。理解してしまえば早いものだ。

 折紙は一つ目の条件は元から持っていた。前の世界で狂三に時間遡行の弾丸を撃ち込まれたことだ。だが、もう一つの条件である霊力に関しては違う。以前の世界で、折紙は〈ファントム〉の手で後天的に精霊になった存在だ。もし、似た出来事がこの世界にあったとしたならば。

 

「じゃあ、あの折紙は本当に……!?」

 

「ええ。元の世界の折紙さんその人。とはいえ、完全な形で顕現しているわけではありませんわ。意識などあってないようなもの。〝敵〟として定めた憎悪の対象、精霊を殺すためだけに動く本能的な存在」

 

「けど、普通の……こっちの世界の折紙はどうなってるんだ?」

 

「……仮説でしかないが、自己防衛本能ではないだろうか」

 

 今度は再び令音が隈深い目を士道へ向け、疑問に対しての答えを用意した。

 

 

「……最初から元の世界の記憶を保持していたシンとは異なり、折紙はこの世界の記憶を持っていたんだ。異なる自分の記憶(・・・・・・・・)を強制的に流し込まれて、平和に生きていた彼女への影響がないとは思えない。それを防ぐために、この世界の記憶を持つ折紙と、元の世界の記憶を持つ折紙が分離してしまった。すなわち、平和に暮らす少女の折紙と、精霊を狩る精霊〈デビル〉に」

 

「そして――――――そんな状態が長く持つとは思えません」

 

 

 狂三でも令音でも琴里でもなく、唐突に聞こえた声に全員がそちらに視線を向ける。ソファーから軽く身を乗り出す形で、少女が神妙な声色で言葉にしたものを士道はその意味を問いかけた。

 

「ど……どういうことだよ」

 

「当たり前でしょう。元の自我が強すぎるんですよ。何度も何度も無理やりスイッチしていて、この世界の彼女の精神が無事で済むはずがない。それに、霊結晶(セフィラ)だってあれは本来の形(・・・・)ですが、必要な姿(・・・・)ではない。あのままだと、鳶一折紙の強烈な自我でも汚染されて取り返しがつかなくなる」

 

「ほ、本来の形? 必要な姿? 取り返しがつかなくなるって……」

 

「言葉通りです。あんなの目に見えた時限爆弾(・・・・)ですよ。起爆する前にどうにかしないと、前の世界と同じ(・・・・・・・)結果になります。そうなったら、私も同じ選択(・・・・)をしなければならない」

 

 何から突っ込めば良いのか。珍しく饒舌で怒涛のように繰り出される言葉の数々を頭の中で整理する。

霊結晶(セフィラ)に関する重要な言葉をサラッと入れられたが、とにかく折紙が危ないという一点が士道を焦らせる。それに、同じ選択(・・・・)と少女は言った。その意味は。

 

「同じって、お前もしかして」

 

「覚えてますよ。というか、覚えてなかったら鳶一折紙を放っておくわけないでしょう。あんな目に見えた爆弾が爆発したら、狂三の〝悲願〟どころか私の〝計画〟にも支障をきたすんですから」

 

 もうどこから突っ込めばいいか完全に見失ってしまい、士道は頭を抱えたくなる。それをどうにか堪えると、少女の行動の意図を探った。

 以前の世界と同じ選択、というのは多分なのだが折紙を〝敵〟として倒そうとした時のことだろう。だとしたら、疑問がある。士道は素直にその疑問を問いかけにして、声を発した。

 

「じゃあ……なんでお前は待ってくれているんだ?」

 

「……私の意志で誰かを贔屓(・・)して、何が悪いんですか」

 

 その言葉は、士道だけでなく琴里や狂三の目までキョトンとさせるには十分なもので、少女はそのまま身を翻して顔を背けるような仕草をした。

 その時、思い起こしたのは以前の世界での出来事。ちょうど、折紙によって監禁されていた時の別れ際の会話だ。

 

 

『――――――私、ああいう子が好きみたいなんだ』

 

「……ああ、それは、悪くないな」

 

 

 好きな子を優遇して、何が悪い。何も悪くない。士道だって、今まさに狂三を贔屓したからこそこの世界を生み出してしまったのだから。

 

「……言っておきますけど、状況が変わっただけです。鳶一折紙をどうにかしない限り、根本的な私の方針に変化はありません。その気(・・・)があるなら、お手伝いしますが」

 

「その気って……」

 

「――――――何言ってるのよ。決まってるじゃない」

 

 カリッとチュッパチャプスを噛む音が響き、琴里が口角を上げ強く脳髄に伝わる声で主導権を握った。

 

「形はどうあれ精霊は精霊。霊力に反応して〈デビル〉がスイッチするっていうなら、逆に言えばその条件を満たさなければ鳶一折紙は精霊化しないということよ」

 

「きひひ。士道さん、わたくしの領分ではないとはこういうことでしてよ」

 

「あ……」

 

 そういう事か。ある意味、相性の問題だ。狂三では精霊化して話ができない状態になってしまう。だが、霊力を表に出さず封印している士道なら、精霊化しない精霊という願ってもない好条件な土台が完成している。それさえわかってしまえば、これを逃す手はない。

 

「鳶一折紙が精霊である以上、〈ラタトスク〉がやるべきことは一つよ」

 

「デートして、デレさせる 」

 

 〈ラタトスク〉の根本的方針にして、士道が今まで貫いてきたやり方。それが通用するのなら、出来ないことなどないと琴里は満足気に笑って口を開いた。

 

 

「そう。そして、霊力を封印するの。それなら、時限爆弾とやらも自然と解体されるはずよ。さっさく鳶一折紙にデートの約束を取り付けて、私たちの戦争(デート)を始めま――――――」

 

「あっ」

 

 

 ここぞという決め台詞を遮ってしまい、リビングに微妙な沈黙が落ちる。琴里から抗議全開のジト目が飛んでくるが、待ったをかけるだけの理由はあるのだ。

 

「何よ、どうかした?」

 

「まあまあ士道さん、いけませんわ。ただでさえ、わたくしに台詞を取られてしまい、言いたくてうずうずしていたのでしょうに無慈悲なことを……」

 

「余計なことは言わんでいい!!」

 

 最近取られがちな台詞を気にしてたのだろうか、狂三の小声に見せかけたわざとらしい声色に、熱が籠った怒りで琴里が対応する。苦笑を浮かべながら、実は……と士道は既に事実上のデートの約束を取り付けていたことを説明した。

 

「はぁ!? 精霊かどうかの観測結果が出る前に口説いてたってわけ? 士道が?」

 

「い、いや……別に口説いてたってわけじゃ……」

 

「……じゃあなんでデートって話になるのよ」

 

「それはその……成り行きで……」

 

「へー……ふーん……」

 

 ダメだ、これはとことんまで追求してやるぞという目だ。逃げられる気がしない。士道としては本当に成り行きだったし、前の世界の折紙のことを知らない琴里からすればそうもなるだろう。とはいえ、説明しようとして説明できる関係かと言われると難しいのだが。

 一人ではとても誤魔化し切れず、ちらちらと横を向いて狂三に助けを求めた。幸いにも視線に気づいて、わかりやすく『仕方ありませんわねぇ』という顔を作った狂三がパチンと指を鳴らす。すると、蟠った影からお菓子か何かを入れるような袋が出てきた。それをテーブルの上に置き、中身を開封していく。

 

「お話も長くなって参りましたので、少し休憩いたしましょう」

 

「おぉ、クッキーか」

 

「ええ。手作りですので、お口に合うかどうかまではわかりませんけれど……」

 

「……お菓子まで作れるのね」

 

 ぐぬぬ、と唸る琴里に、狂三が令音にお一つどうぞ、と差し出しながら琴里に優しく微笑んだ。

 

「きょうよ……経験の差ですわ」

 

「あなた今教養って言ったわね!?」

 

「ま、まあまあ、落ち着けよ琴里」

 

 相変わらず琴里をからかうというか、構うのが狂三は好きらしい。教養というより、経験の差というのが物作りには欠かせないものなので、最初の方はわざと口にした冗談だろう。

 士道が琴里をどうどう、と手で制している間に令音が手渡されたクッキーを一口かじると――――――ハッとした表情になり目を見開いた。その様子に、狂三が少し眉を下げて声をかける。

 

「令音先生、如何なさいましたの? もしかして、お口に合いませんでしたかしら……」

 

「……いや、そんなことはない。好みの味だ。とても気に入る好きな味で、少し驚いてしまってね。ありがとう、狂三」

 

「あら、あら。一口でそれほど気に入っていただけるなんて光栄ですわ。けど、偶然もあるものですのね」

 

「偶然?」

 

 首を捻る士道に狂三がええ、と答えて視線をソファーの方に向けた。

 

「このクッキーはあの子の――――――あら?」

 

「ん? あれ……」

 

 不思議そうな声を発した狂三に釣られて全員が同じ方向に目を向けると、つい数分前までいたはずの〈アンノウン〉が忽然と消えていた。一体いつの間に、と思う士道が少し目を凝らすとさっきまではなかった紙が置いてあり、士道はそれを手に取って読み上げた。

 

「えーっと、『話は纏まったみたいですし、私は少し用事があるのでお先に失礼します』……自由すぎるだろ!!」

 

「……まあ、書き置きを残しているだけ成長していますわ」

 

 思わず叫ぶ士道を見て、狂三がそう苦笑い気味に息を吐いた。

 ……書き置きじゃなくて、直に言えば良かったんじゃないか? 無駄に隠密スキルを全開にしている白い少女にそう言いたい気持ちはあったが、当の本人がいないのでどうにもらならない気持ちだけが残った。

 状況を見た琴里が呆れを隠さない表情で、狂三に対して声を発する。

 

「で……このクッキーの何が偶然なのよ」

 

「ああ、いえ。大したことではありませんわ。このクッキーは、あの子の好みに合わせてわたくしが改良を加え続けたものですの。ですから、令音先生にそこまで仰っていただけると、わたくしとしましても嬉しいお話なのですわ」

 

「へぇ、〈アンノウン〉と令音がねぇ……」

 

「もちろん、あの子以外にも自信を持って出せる品に仕上げたつもりですけれど」

 

 ふーん、と琴里が一つまみクッキーを口に運ぶと、なぜか苦い表情で神妙に美味いわね……と呟くものだから士道はおかしくて笑ってしまう。狂三が相手だと、どうにもお互いが素直でないのが、士道としては困る気持ちと楽しい気持ちが共存してしまうのだ。微笑ましいと言うべきだろうか。

 せっかく狂三が作ってくれたものだし、そこまで評判が良いと早く口にしたくなってしまい、士道もクッキーに手を伸ばし――――――伸ばされてた別の手が、先にクッキーを取っていった。目で追いかけると、令音がクッキーを口に運んでいるのが目に入り……ふわりと、笑った。

 

 

「……嬉しい偶然だね」

 

 

 その微笑みが、綺麗なのもあった。表情が硬い令音があまり見せることがない微笑みなのもあった――――――それ以上に、その笑みが……まるで親類に見せるような慈愛に満ちたもののように見えて、士道だけでなく狂三、更には令音と親しい琴里まで目を丸くして三人で顔を見合わせてしまうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 形容し難い、初めての感情。それが、熱くなる心を抑えながら何とか言葉にした、鳶一折紙が五河士道に対して感じた想いである。

 五年前の折、両親を救ってくれた彼と瓜二つの少年。だから、なのだろうか。いいや、それだけではないと思う。そのくらい、強い感情の波が折紙を襲っている。

 

 彼と話をする時。彼の顔を見た時。彼の手を握った時。彼の、彼の、彼の、彼の……今も、士道から貰った大切な連絡を返そうと必死になっているところだった。

 

 

『拝啓。秋の風がちょっぴりセンチメンタルな季節になりました。プレーンオムレツみたいなお月様に照らされて、五河君はどう――――――』

 

「……乙女かッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

「――――――いや、乙女でしょう」

 

 端末をベッドに叩きつけて悶える折紙へ、一言。

 それなりに心配になって様子を見に来たのだが、前の世界の折紙より余程乙女チックなギャップに、どういう反応をすれば良いかわからなくなる。

 

 ちなみに、折紙が返信を完了したのは日付が変わった後の話である。少しだけ、その面白い様子を撮影しようか迷った〈アンノウン〉であった。

 

 





教養の差だ(手羽先イマジン並の煽り)。実際のところ経験の差が重要なんですけど。いや主人公の主婦スキル高いからね、周りのヒロインは基本仕方ないね。

おぉメタいメタい。いやさすがに狂三が決め台詞取りすぎましたっていう。
〈アンノウン〉のフラグ管理が露骨になってきているようなきていないような。少なくともディザスター、二亜、六喰が終わると残すは……ですからね。

そんなこんなで次回は遂に記念すべき100話。そんな100話で再現するのが天使という名の悪魔が垣間見得る折紙デート回なのか(困惑) 感想、評価、お気に入りなどなどお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!!

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