デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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慣れない回を書いてて難航中。折紙編終わったら1回ディザスターは3日投稿に戻そうかしら…悩みますねぇ。




第百一話『終末への回帰(カウントダウン・リスタート)

「……しかし、ムードが必要とはいえ二回も彼のデートをここ(・・)で覗き見することになるとは、思っても見ませんでした」

 

 時刻は十八時三十分を回り、あんなにも元気だった太陽は冬の夜闇に沈み、白い少女の外装を軽く呑み込む暗闇を作り出す。無論、それは白い少女の近辺の話であって、公園の外縁にいる士道と折紙は仄かな明かりに照らされている。

 こういうのを風情だとかムードだと言うのであろうが、少女にはあまり縁がないもので単純な感想としてはその程度。そんな様子の少女に、インカムから琴里の声が届いた。

 

『その言い方、一度目は十香の時なのかしら』

 

「ええ。正確には狂三と、という条件を含めての二度目ですけどね」

 

 今更、この程度のことを隠し立てするようなことでもない。少女としては、ここまで深い縁となって色々な物事がもつれ込むとは思いもしていなかったが、それに関しては悪いことでもない。良いことばかり、というわけでもなかったが。

 

「もう懐かしいですね。あの時に比べて、我が女王がここまで丸くなるとは……何だか感慨深いです」

 

『一体どんな目でわたくしを見ているんですの。まあ、概ね同意見ですわ。何かと縁のある場所ですこと』

 

 デートスポットという点もあるのだろうが、特に精霊にとっては縁深い場所のような気がしている。十香、今の折紙、そして狂三にとってもそうなのだろう。その三人全員と関わり合う士道は、この瞬間にもこんな考えを抱いているかもしれない。少女の想像でしかないが、そんな気はしてくるものだ。

 士道と折紙に目をやれば、手を繋いで顔を紅潮させているのがわかる。

 

「……いい雰囲気ですね」

 

『そうね。好感度も悪くないわ。ただ……封印するにはあと一押し、って感じかしら』

 

『……ああ。彼女の中に一つの不安感があるようだ』

 

「……不安感、ですか」

 

 令音からの言葉に、はてさて、一体何なのやら……と一応考えはするものの、簡単なものなら思い浮かび続けるものがある。今日一の行動を監視していれば、尚更。

 

『あんな奇行を繰り返したあとじゃあねぇ……』

 

「もう一人の鳶一折紙にとっては普通でも、あの鳶一折紙にとっては制御不能の混乱行動でしょうね。この場合、鳶一折紙の意思が恐ろしいのか、【一二の弾(ユッド・ベート)】の力が凄いのか……」

 

『〈刻々帝(ザフキエル)〉が折紙さんの行動の責任に巻き込まれるのは、甚だ遺憾ですわ』

 

 声だけだというのに不満を隠さず嫌がる狂三だが、少なからず関係をしているのだから無理は言わないでもらいたい。とはいえ、折紙の奇行を考えれば無理もない。何せ、あの後もレストランで我舐める故に我あり(ペロペロ・エルゴ・スム)事件という名の士道使用済みスプーンペロペロ案件やら複数の出来事があったのだ。正直、笑いを堪えるのにそれなりに苦労した。

 

「ま、その不安がなんであれ、鳶一折紙が打ち明けたがっているようですし、ここは五河士道にお任せしてみましょう――――――私個人としては、もう少しこのままでも良いと思っていますけど」

 

 あくまで、個人的な感情としては――――――叶わない願望としては、だが。少女の言葉が意外だったのか、琴里が驚いたように声をもらす。

 

『時限爆弾、なんて物騒な評価下した人の言葉とは思えないわね』

 

「……私個人としては、です。ただ……何も知らないで、幸せを謳歌できるならそれに越したことはないでしょう」

 

 たとえ、彼女以外がそれを許さなくても。この幸せは、この救いある時間は、かけがえのないものだと思う。少女の知っている記憶が、それを叫んでいる。

 そして――――――彼女自身が、それを許せなかったとしても。

 

「……きっと鳶一折紙は、望まないのでしょうね。あーあ、どうして私の周りはこう責任感の塊みたいな子しかいないのでしょうか」

 

 もっと物分りが良くて、初めから幸せな方向(・・・・・)に逃げてくれる子なら楽だというのに。そう呆れた声色で呟く少女に、またも琴里が声を返した。

 

 

『それ、あなたがそういう人(・・・・・)を好きになってるだけじゃない?』

 

「…………うわ」

 

『いやうわって何ようわって。自分のことでしょ』

 

 

 両者ともに頑固者で、両者ともに目的のために真っ直ぐで、両者ともに、背負ったことへの責任感は人一倍ある。

 どうしてこうも似通っているのか――――――簡単な答えだ。白い少女自身、そういった人を好ましい(・・・・)と感じてしまっているのだ。狂三と似ているから? ああ、そもそも似ている部分に着目して、好意を抱いてしまったのはどこの誰だ。琴里の言葉で今更その事に気づかされ、少女は軽く頭を抱えた。

 

「……我ながら、めんどくさい人種に惚れ込んでしまってますね」

 

『ほんと、考え直すなら今のうちにして欲しいわ』

 

 多分それは、白い少女ではなく士道に対しての言葉なのだろう。当人たちに聞こえているというのに、当てつけとばかりの言葉に少女は小さく笑いをこぼした。

 

「ふふっ、そうですね。もしそうなったとしたら、部下のことを考えてくれるあなたのような人にしますよ」

 

『それは光栄ね。いつでも待ってるわ』

 

『……お二人とも、お喋りはその辺りにしてくださいまし』

 

 若干声に怒りのような何かが混じっているのはともかく、狂三の言うように今まさに折紙が何かを打ち明けようとしているところだった。

 それは……彼女がASTを辞めていたことに関してだった。

 

『そうか。折紙、ASTを辞めてたのか……やっぱり、例の貧血で意識が途絶えるようになったのが理由なのか?』

 

『うん。それも原因の一つ。危険な武器を扱う仕事に、その症状は致命的だからね。でも……症状か出てきてからかな。私、よくわからなくなってきちゃって』

 

『わからなくなった? 何がだ……?』

 

『――――――精霊を倒すのが、本当に正しいことなのかなって』

 

 

「――――――」

 

 声が出ない。驚いた、と同時に、今の彼女ならばという気持ちもあった。

 精霊を憎み、精霊を殺すために生きた少女が、世界が変わり――――――それでもなお、精霊に囚われ続ける鳶一折紙が、そのようなことを言うなど。けれど、彼女は迷っていた。前の世界でも、その秘めた優しさを、ありのままの自分を受け入れられずにいたのだ。あの時の彼女が、今の折紙の中にもいるというのなら。

 

『……ごめんなさい。精霊は、五河くんのお兄さんを殺した仇のはずなのに』

 

『あ、謝ることなんてない!!』

 

『え……』

 

 折紙が士道の声に驚いた顔を作る。それは、そうだろう。身内を殺した精霊を恨んでいない、などとは思うまい。真相としては、そもそも士道の兄など存在しない(・・・・・・・・・・・・・・・)ので、折紙のこの不安を解消するなど簡単な話なのだ。

 

 

『俺は、折紙のその考えが悪いだなんてこれっぽっちも思わない。俺――――じゃなくて、兄貴だって、きっとそういうに決まってる!!』

 

『五河くん……』

 

 

 士道が、折紙の考えを肯定してやればいい。その想いは正しいものなのだ、と。だってそれは、士道もずっとそうあって欲しいと願ってきたことなのだから。

 彼の言葉を受けた折紙が、仄かに涙ぐんだ様子を見せた。それを観測した〈フラクシナス〉から、勢いよくファンファーレが流れる。

 

『好感度、急上昇!!』

 

『ポイント、上限に達しました!!』

 

『……ふむ、どうやら彼女に残っていた不安感は、これが原因だったようだね』

 

 精霊に対する感情。戸惑い、躊躇い。それらを士道が受け止めてくれるか否か。それが満たされた今、折紙の中にあった心の壁はなくなった。つまり、封印が可能な状態になった。加えて、雰囲気も最高だ。これほどの好条件を逃す手はないと、琴里が一気に指示を飛ばす。

 

『士道、いい感じよ!! そのまま一気に決めちゃいなさい!!』

 

『……っ!!』

 

 ――――――折紙の両肩に、士道の手がかかる。

 覚悟を決めた男の顔に、頬を赤くして戸惑いを見せる折紙。しかし、拒もうとはしていない。

 

 これは、取った。僅かに頬を緩ませ、白い少女は狂三へ声を飛ばした。

 

「あとは無理に見なくても良いですよ、我が女王」

 

『――――――――』

 

「……狂三?」

 

 返事が返って来ない。少女の冗談に気を悪くした、という感じではない。が、様子がおかしい。

 ただ、一言。狂三が何かを言った。

 

 

『――――――だめ、ですわ』

 

 

 何が――――――それを返す前に、空気が変わる(・・・・・・)

 

「ッ!!」

 

 その刹那、〈アンノウン〉は考えるより先に地を蹴り上げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「……ぁ」

 

 目が、焼ける(・・・)。目の前には、折紙の顔がある。端整な顔、透き通るような双眸、桜色の――――唇。男として魅了されることはあれど、躊躇いを持ちすぎることはないと思える折紙の美貌。それ以上に、ここで折紙を封印できねば事は前の世界の繰り返しとなる。だから、止まる必要などないはずなのに。

 

『士道?』

 

 動きを止めた士道に琴里から訝しげな声が届くが、それに反応を示す余裕も、ましてや行動を言葉として返す力もない。

 

 ただ、左目が(・・・)、この先の全てを見通したように熱を持って針を動かしている(・・・・・・・・)

 様子がおかしくなった士道に、折紙が五河くん……? と瞑っていた瞳を開き――――――

 

 

「――――――」

 

「折、紙……?」

 

 

 士道ではない、何かを見ている。虚ろな瞳は、士道に宿った〝何か〟を見ている。

 

 右耳のインカムから、鼓膜を貫かんばかりのサイレンが響いた。

 

 

『……!! 士道!! 逃げなさい!!』

 

「――――――精霊…………」

 

「……っ!!」

 

 

 それぞれの声が、士道へ届く。ああ、わかる。これ(・・)は、精霊だ。世界を壊し、世界を滅ぼす――――――望まない破壊をしてしまう、悲しき存在だ。

 

「折紙――――――ぐっ!?」

 

 呼びかけようとした瞬間、士道の身体が宙を舞った。服の襟首を乱雑に引っ張られ、息が詰まる。それ自体は一瞬のことで、宙を舞った士道の身体は白い外装を纏った精霊に抱えられた。

 顔は見えない。けれど、そのような格好をした精霊は一人しかいないと士道は声を上げた。

 

「〈アンノウン〉!!」

 

「一旦下がります!!」

 

 追い縋るように放たれる霊力の圧(・・・・)を振り切り、〈アンノウン〉が後方へ着地する。抱えた士道を地面に下ろす少女に礼を述べる暇もないまま、折紙が見据える。

 

「折紙!!」

 

 目に見えるほどの霊力の壁。折紙を中心に広がる蜘蛛糸のような闇が、渦を巻くように彼女の身体へ収束する。

 

 昏い、漆黒。鳶一折紙の精霊化にして――――――失われたはずの破壊の化身。

 

『霊力値、カテゴリーE!! 鳶一折紙、反転しました!!』

 

『くっ……どういうこと。霊力に反応して表に出るはずじゃなかったの……!?』

 

 困惑と焦りが入り交じった琴里とクルーの声が聞こえている。士道は拳を握り、その疑問への答えを提示する。

 

「……〈刻々帝(ザフキエル)〉だ」

 

『〈刻々帝(ザフキエル)〉? 何言ってるのよ士道。狂三はそこに――――――』

 

「――――――五河士道。何を視た(・・)んです?」

 

 琴里の言葉を遮って、刀を抜き放った白い少女が士道へそう問いかけた。恐らく、少女なりに狂三と士道の特殊な繋がりは把握しているのだろう。今すぐ折紙を止めたい衝動を押さえつけ、士道は冷静さを何とか保ちながら声を返す。

 

「視たわけじゃない……けど、このままじゃ封印できない(・・・・・・)って、わかっただけだ」

 

 士道が、ではなく、〈刻々帝(ザフキエル)〉が。軽く左目に触れるが、もうその時の感覚は失われている。だが、あのまま封印を敢行しようとしても意味がなかったのは、明確に覚えている。

 この際、〈刻々帝(ザフキエル)〉に関してとやかく問い詰めている時間はないと判断したのか、琴里が言葉を投げかけた。

 

『待ちなさい。鳶一折紙の好感度は上限に達していたのよ? それなのに封印が成功しないなんてことが……』

 

「……なるほど。前の世界(・・・・)の鳶一折紙ですね」

 

 納得がいった、という口調で白い少女が手短に言葉を紡ぐ。

 

「……封印可能になったのはあくまでこちらの彼女です。多分、彼女の中に眠る鳶一折紙は心を閉ざしたまま――――――まったく、好感度は一番のイージーモードな癖に、面倒な引きこもり方をしてくれますね……!!」

 

『……彼女のもう一つの意志が、封印を妨げる壁になっている、ということか』

 

「……そりゃあ、解析官でもわからないですよ。何せ、普段は閉じているものがいざって時には妨害してくるんですから――――――ああいう手合いは、折れたら折れたで厄介ですよ」

 

 最後は士道へ向けての言葉だった。奥歯を噛み締め、キッと漆黒の霊装を纏った折紙を見遣る。

 強い心を、強い信念を持った少女が折れて、絶望してしまったら……心を閉ざして、閉じこもる。その殻はきっと、想像を絶する強固な物であり檻となる。今の折紙が、まさにそれだ。

 

「……〈刻々帝(ザフキエル)〉がわざわざあなたを介してまで警告したんです。そのまま進むよりはマシになっている、と考えるべきでしょうけど……どうします、五河士道?」

 

 試すような問いかけに、士道は叫び上げた。

 

 

「ここで――――――折紙を止める!!」

 

「……言うと思いましたよ」

 

 

 呆れながらも、どこか笑っているような少女。士道に、その選択肢しかないとわかっているかのようだった。実際、わかっていたのだろう。

 どのような形であれ、折紙は士道を〝精霊〟だと判断した。反転した折紙が顕現する条件を士道自身が満たしてしまった。彼女の霊力を封印できる者が士道しかいない以上、それは致命的な問題点となる。

 ならば、逃げ道などない。仕切り直しも存在しない。士道は今この場で、折紙の心の壁を、絶望を、全て受け止めて、取り払って封印をする。

 

 

「俺は、二度と折紙にあんなことをさせたくない。絶対に、繰り返させねぇ!!」

 

「……いいでしょう。私も、このまま彼女が終わるのは認めたくありません。分の悪い賭けですが――――――」

 

 

 ――――――白い、羽。昏い闇と対極を成す両翼が、白い少女の身体を空へと導く力と化す。

 

 

「私の力、あなたに預けます」

 

「〈アンノウン〉……!!」

 

 

 短いながらも、確かな信頼の証。少女はまだ、士道に希望を託してくれている。少女が排除すると決めた折紙を――――――救えるかもしれないと。

 

『――――〈世界樹の葉(ユグド・フォリウム)〉、展開!!』

 

 瞬間、折紙の周囲に淡い輝きが現れ、巨大な〝葉〟のような金属の塊が随意領域(テリトリー)の力で折紙を押し潰すように拘束した。

 〈フラクシナス〉の汎用独立ユニット。突然現れたようにしか見えないその存在を見て、士道は目を見開いた。

 

「な……」

 

「相変わらず準備が良いですね、五河琴里」

 

 言いながら、視線を上空に向ける少女。その視線の先、士道たちから遥か上空の空が一瞬の煌めきを放ち――――――空中艦〈フラクシナス〉が、そのベールを解き放った。

 フンと鼻を鳴らした琴里が、少女に答えるようにインカムに声を届かせる。

 

『念の為に周囲に仕込ませておいたのよ。まさか、本当に使うことになるとは思わなかったけれど――――――士道!!』

 

 〈フラクシナス〉が艦首を下げ、主砲の発射態勢に入る。随意領域で制御された空中艦でなければできない芸当に、士道は何をと問いかけようとして、琴里が言葉を続けた。

 

『詳しいことは後でたっぷり聞かせてもらうわ。〈ミストルティン〉で数秒の間霊力障壁を破るから、その隙に〈アンノウン〉に協力してもらって折紙に接近してちょうだい!!』

 

「あ、ああッ!!」

 

『収束魔力砲、〈ミストルティン〉、撃――――――』

 

 だが、魔力砲が放たれようとしたその瞬間――――――士道は力の限り叫んだ。

 

 

「琴里ッ!! 逃げろぉぉぉぉぉッ!!」

 

『え――――?』

 

 

 漆黒の羽が煌めく――――〈救世魔王(サタン)〉。幾条もの昏い光が、解き放たれた。

 

「く――――っ!!」

 

 羽の幾つかは、目にも止まらぬ速さで飛んだ〈アンノウン〉が斬り伏せる。しかし、止まらない。数が多すぎる。

 士道の眼前で濃密な黒炎が〈フラクシナス〉の巨体を貫き、或いは削ぐために迫る。如何に〈ラタトスク〉が誇る空中艦といえど、避けられる速度ではない。

 

 

「――――【一の弾(アレフ)】ッ!!」

 

 

 先の未来を、たった一発の銃弾が変えた。

 

 〈フラクシナス〉の艦体に暗闇の光より速く、黒い銃弾が突き刺さり、その速度を変える(・・・・・・・・)。信じられないほどの速度で急旋回が行われた。が、それでも全てを避けきれたわけではない。貫かれた機体が爆ぜる音と、琴里たちの悲鳴がインカムから響いた。

 

「琴里!!」

 

「琴里さん、出来うる限り離れてくださいまし。その巨体では的になりますわッ!!」

 

『っ……悔しいけど――――――機体上昇ッ!! 急ぎなさい!!』

 

 まだ【一の弾(アレフ)】の効果が残っているのか、随意領域も駆使しながら〈フラクシナス〉が雲の上へと消えていく。追い縋るように羽が追従するが、それらは〈アンノウン〉が斬り伏せることで追撃を免れた形だ。

 ひとまずはホッと息を吐き、舞い降りた増援の名を呼んだ。

 

「すまん、助かった狂三!!」

 

「いえ、いえ。しかし、とんだ大物喰らいがいたものですわね。この場合、両者を大物としていないと琴里さんがお怒りになりそうですけれど」

 

 こんな時だというのに、優雅な立ち振る舞いで士道の隣に降り立つ狂三。挑発的な物言いも、いつもの彼女らしいもので少しではあるが士道の緊張が解ける。

 だが、漆黒の羽がまた数を増やし、狂三と士道に狙いを定め始めたことで身を硬くする。

 

「狂三、危ないッ!!」

 

 叫ぶ士道に――――――狂三は、涼しい顔で口角を上げた。

 

 

「ああ――――――心配ありませんわ」

 

「え――――」

 

 

 その言葉の、通りに。

 

「――――はぁぁぁぁッ!!」

 

 士道の知る中で最強の剣を振るう精霊が、立ち塞がる羽を弾き飛ばした。

 その剣、その限定霊装。加えて彼女の存在そのものに士道は目を剥いて驚きを顕にした。

 

「十香!?」

 

「無事か、シドー、狂三!!」

 

 十香だけではない。四糸乃、八舞姉妹、美九、更には大人の姿になった七罪。今は五河家隣のマンションにいるはずの精霊たちの姿があった。

 どうしてここに、と問いかける前に彼女らに少し遅れる形で分身体の『狂三』が姿を見せたことで、士道はその理由に行き着くことができた。

 

「もしかして、狂三が……」

 

「ええ、『わたくし』に頼んでおいたのですわ」

 

「まあ、どちらかと言えば皆様、飛び出した十香さんについて行ってしまいましたので、取り越し苦労ではありましたけれど」

 

 くすくすと語る『狂三』。恐らくは、折紙から放たれる霊力を察知して十香がいの一番に飛び出して来たのだろう。

 本当なら、喜ぶべきことではない。十香たちには、何も知らず平和に暮らしていて欲しい。あの折紙の相手は危険すぎる――――――けれど。

 

「みんな、聞いてくれ」

 

 士道の声に、それぞれが一斉に顔を向けた。空中にいた〈アンノウン〉も、一旦は全ての羽を捌き切ったのか空を飛ぶ八舞姉妹と同じ空域に戻り、士道に目を向けていた。

 

 

「俺はあいつを……折紙を助けたい。そのために――――――みんなの手を……力を、貸してくれっ!!」

 

 

 逃げろ。そう言うべきだ。折紙と戦ってはいけない。そう言わなければいけないのは、士道の責任のはずだ。

 出来なかった。折紙を助けるには士道の力だけでは絶対的に足りない。今までの誰よりも、鳶一折紙という少女の絶望は強固なものだ。士道の声を届かせるには、全てを出し切らねばならない。出来なければ、この街は再び地獄と化して――――――今度こそ、あの未来(・・・・)が世界を包む。

 

「無理を言ってるのはわかってる。でも――――――」

 

「何を言っている。当然ではないか(・・・・・・・)

 

 そう言って、十香が強い微笑みを作る。否、十香だけではない。全員が、そうだった。

 

 

「シドーが私を救ってくれた。私に世界の美しさを教えてくれた。私の世界はシドーが作ってくれた――――――ならば今度は、私がシドーを手伝う番だ」

 

「私とよしのんも……士道さんのお役に立ちたいです……!!」

 

「そうそう、素直にお姉さんに頼ればいいのよ。士道くんあんまり強くないんだから無理しちゃだーめ」

 

「ていうか、〝逃げろ〟だなんて言ったら、いくらだーりんでも怒っちゃいますよー?」

 

「かか、よかろう!! 御主の覚悟、聢と受け取った!! この颶風の御子・八舞が力を貸してくれようぞ!!」

 

「請負。空は夕弦と耶俱矢――――――それと、正体不明の白い人に任せてください」

 

「……色々と合体してません?」

 

 まあ、否定はしませんけど、と白い少女が冗談めかして声を発してから、その空からの視線を狂三へ向け直した。

 

「さすがに三度も似たようなことを言うのは芸がないので――――――あなたなりの建前(・・)はありますか、我が女王」

 

 それにムッとするわけでも、ましてやムキになるわけでもなく、狂三は冷静に一度瞳を閉じてその手に銃を持つ。一秒、開かれた両の眼を彼女の黒と似て非なる色を持つ魔王へと向けた。

 

「そうですわね。今更、世界を救うことに興味はございませんが――――――」

 

 銃が狂三の指先一つで回転し、ピタリと彼女の顔の横で止まった。

 

 

「折紙さんには大きな貸しがありますので――――――本音の一つ(・・・・・)として、折紙さんを救って差し上げますわ」

 

 

 神をも魔性へと導くその微笑みは、相も変わらず頼り甲斐のあるもので――――――もう一つの本音は、士道だけが知っていれば良い。そんな表情に、士道も強く頷き返した。

 

 

「ありがとう、みんな――――――行こう、折紙のところへ」

 

 

 五年前からの呪縛の全てから、今度こそ本当の意味で折紙を救うために。

 

 

 





本当はペロペロ事件も入れる予定でした(尺の都合でカット) 実は一番好きなやつなんですけどね…残念。

精霊集結。終局へ向けて…さて、そう上手く救うことができますかね、ふふ。次回、『VS〈救世魔王〉』。
長かった折紙編、残り2話。感想、評価、お気に入りありがとうございます!!まだまだお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!!

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