デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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遂にクライマックス。長く続いた折紙編、完結です。




第百三話『白き復讐鬼の最期』

 翼が散る。咲き誇る〝白〟が、堕ちる。魔王に羽をもぎ取られた天使は、一対の白き翼を散らす。

 

 狂三が何かを叫んでいる。押しのけられた七罪が手を伸ばしている。天使は、それらの影響を受けることなく無常にも地に堕ちて――――――

 

 

「っ――――――ぁぁぁあああああああッ!!」

 

 

 少女が、吠えた。抑揚を抑えた声でも、冗談めかして道化を演じる声でもない。ただ、力の限り〈アンノウン〉が咆哮する。

 

 瞬間、散り始めた翼が時間を巻き戻したように再生していく。舞い散った羽は依然として儚く地面に堕ちて逝く――――――けれど、天使は再世(さいせい)する。

 

「――――――来て」

 

 手を高く掲げた。両翼が白い輝きを放ち、凄まじい烈風を纏い翼を羽ばたかせる。

 黒き閃光が再び迫り来る。精霊を殺すために。少女は外装の下でそれらを冷ややかな瞳で見た。

 

 彼女を絶望させ、止めているものを見た。

 

 

 

「――――〈輪廻楽園(アイン・ソフ)〉」

 

 

 

 己を世界として、己を塗り替えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「な……んだ……っ!?」

 

 漆黒の光線が〈アンノウン〉を撃ち貫いた。誰もが絶句し、誰もが駆け寄ろうとした中で――――――〈アンノウン〉が咆哮した。たったそれだけで、状況の全てが塗り変わる。

 弾き飛ばされた刀が白い粒子のようなものになり、少女の身体に取り込まれる。その瞬間、少女が光を放って飛び立った。

 

 そう、万由里の時と同じように(・・・・・・・・・・・)

 

「〈アンノウン〉――――!!」

 

 咄嗟に手を伸ばす士道だが、狂三に抱えられたままではどうしようもない。狂三も、未だ放たれる光線を避けることで精一杯だった。

 あの光が万由里の時と同じものなら、少女は既に決めてしまった(・・・・・・・)。ダメだ、それだけはダメなのだ。まだ、折紙を救えていない。世界に翻弄され続ける彼女を、絶望の淵に沈む彼女を……見捨てることなんてできない。

 

 天を駆けた少女が、右手を前に突き出す。貫かれたはずの身体は、傷どころか外装に穴が空いた様子すら見られない(・・・・・・・・・・・・・・)。異様な雰囲気と、取り返しのつかない〝何か〟に圧倒されたのか、羽が一斉に〈アンノウン〉へ砲火を集中する。しかし、それら全てが少女の纏う白い光に触れた瞬間に消えてしまう(・・・・・・)

 

「だめだ、それは――――!!」

 

 士道の制止は届かない。少女を唯一止められる狂三は、ただ少女を見ているだけだった。

 

 そして、言の葉が紡がれる。

 

 

 

「――――――〈   〉」

 

 

 

 世界に光が満ちて――――――『無』が、闇を薙ぎ払った。

 

 

 

「っ……」

 

 どれだけの時間、夜闇を呑み込まんばかりの真っ白な光が包み込んでいたか。士道が目を開けると、空間は静けさ(・・・)を取り戻していた。十香、四糸乃、耶倶矢、夕弦、美九、七罪。そして士道を抱える狂三も、翼を羽ばたかせる白い少女も健在だ。ただ、漆黒の羽が全て消えている(・・・・・・・)。一〇〇に迫っていた絶望の化身が、一つ残らず『無』に返った――――――間に合わなかったのか。

 一瞬、そう考えて拳を握り俯く士道に……。

 

「士道さん、まだ終わっていませんわ(・・・・・・・・・)

 

「え……――――」

 

 示された先に、士道は大きく目を見開いた。

 

 確かに羽は消えた。だが――――――折紙は、未だそこにいた。殻に閉じこもって、それでも消えてなどいない。『無』の光を、浴びたはずなのに――――――

 

 

「士道ッ!!」

 

「っ!?」

 

 

 名を叫ばれて表を上げる。光を纏った少女が、神々しい天使が声を震わせた。

 

 

「これが最後です。もう一度――――――あなたに、託します」

 

「ぁ――――ああッ!!」

 

 

 呆気に取られて、少女の意図を理解するのに数秒と必要なかった士道は大きく頷き返す。

 少女があの力を使って、折紙がまだ無事でいる。その意味を、士道は正しく理解した。〈アンノウン〉がその気になれば、今の光で全てを終わらせられたはずだった。

 

「狂三!!」

 

「ええ」

 

 短く、しかし感情のこもった返事をして狂三が身を振り返し折紙へと飛翔する。少女が切り開いてくれた道を、無駄にするわけにはいかない。

 ああ、そうだとも。士道は折紙を救いたい。けど――――――あの子だって、士道と同じくらい折紙を救ってやりたいと思っているのだ。それに答えられるのは、それを叶えてやることができるのは、士道しかいないのだ。

 

「――――折紙ッ!!」

 

 縮こまって、殻に籠った少女に三度呼びかける。言葉だけではなく、力の限り蜘蛛の巣のように広がった彼女の檻を殴りつけた。

 

「目を開けろ、折紙ッ!! 一人で抱え込んじゃダメだ!! 五年前、言ったよな!? お前は一人じゃないって……!!」

 

 一人じゃない。孤独に戦って、理不尽な世界に否定された折紙は、それでも一人じゃない。士道だけじゃない、みんなが折紙を助けようとしている。消えようとしている女の子を、必死に繋ぎ止めている。

 自らの全てが否定された瞬間、折紙の絶望は想像を絶するものだっただろう。もう一度、彼女を取り戻すのは折紙にとって幸せとは言えないのかもしれない。でも、それでも(・・・・)と叫び続ける士道は、最後までそれを貫き通す。

 

 絶望した終わりが――――――救いであってたまるものかと。

 

 

「お前が何度世界を壊そうが俺が必ず何とかしてやる!! 何度絶望しそうになっても俺が必ず助けてやる!! だから――――――消えるな、消えないでくれ、折紙ッ!!」

 

 

 強く、ただ強く。想いだけを力に呼びかける。

 

 虚ろな瞳は何も変わらない。反転した昏い世界は変わらない。

 

 だが――――――微かに、折紙の指が動いた気がした。

 

 そして。

 

 

「――――――士道さん!!」

 

 

 〝未来〟が、変わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 少年が叫び続けている。虚ろなる精霊へ。閉ざされた未来を開くために。

 

 ああ、ああ。なんて優しい。なんて愛おしい。なんて――――――無駄な、行為。

 

「ッ――――――〈刻々帝(ザフキエル)〉!!」

 

 それは狂三であって狂三ではない。しかし狂三である者の感情。その〝未来〟を否定するべく、時崎狂三は銃を握り、己へ突きつけた。

 

「【五の弾(ヘー)】!!」

 

 

 

 刹那。現実という絶対時間から切り離された、狂三だけの未来視空間。彼女はその一瞬であらゆる未来を観測した。

 

 折紙が街を破壊する未来。

 

 折紙が世界を滅ぼす未来。

 

 折紙が討滅される未来。

 

 折紙が、折紙が、折紙が、折紙が、折紙が折紙が折紙が折紙が折紙が折紙が折紙が折紙が折紙が折紙が折紙が折紙が――――――――――――――――

 

「く――――――ぁ、――――――」

 

 己が死する未来。精霊たちが死する未来。士道が、死する未来。発狂してしまいそうな記憶が主観として頭の中にぶちまけられ、それを理性という儚い線で切り分け、分断して制御する。

 こんなものではない。狂三が欲しい未来はこんな絶望だけの未来ではない。その先、もっと先、無数に広がる未来の先へ――――――狂三は、手を止めてしまった。

 

 

「――――――――」

 

 

 なぜ。ああ、恐れている(・・・・・)。その先に、未来はあるのか(・・・・・・・)。そうして、ただの一瞬、時崎狂三は手を止めてしまった。

 

 

「――――――はっ」

 

 

 それが、どうした(・・・・)。鼻で笑ってやろう。そうとも。恐ろしいとも。未来など、視えてしまわない方が身のためだ。だが、そんな理由で――――――士道が誰かを救う手を離してしまうことを、認めるのか?

 そんなの御免だ。そんなことをするくらいなら、狂三は今すぐにでも士道を〝喰らい〟、新しい未来を創る。しかし、それは時崎狂三という精霊のプライドに賭けて許してやらない。

 

 何を妥協している。何を出し惜しみしている。こんなものではないはずだ。〈刻々帝(ザフキエル)〉は無限の時間を司る者。時崎狂三は、その天使を己が物として操る存在。そんな狂三が真っ先に諦める? 出来るわけがない。あの子(・・・)が紡いだ士道の道を――――――今度は、この時崎狂三が撃ち開いてみせる。

 

 

「未来を視るというのなら。未来しか(・・)視えないというのなら……その程度(・・・・)だと仰るなら――――――この時崎狂三、舐められたものですわ……ッ!!」

 

 

 【五の弾(ヘー)】は未来を観測する力。逆に言えば、それだけだ。未来に自由に干渉できるわけでも、その場で未来へ飛べるわけでもない。それは――――――他の銃弾(・・・・)の領域だ。

 

 

「〝未来〟を視せるというのなら、〝今〟など変えてしまいましょう。さあ、さあ――――――〈刻々帝(ザアアアアアアアアフキエエエエエエエエル)〉ッ!!」

 

 

 変えられるはずだ。〝今〟この瞬間を変えれば、自ずと〝未来〟は変わる。〝今〟が変われば、映し出す〝未来〟の光景(ビジョン)は閃光のように開かれる。

 その力がないなら、変質させればいい(・・・・・・・・)。できる。時崎狂三は精霊だ。その程度の奇跡、起こせずして何が世界の天災か。

 

 見たはずだ。〈刻々帝(ザフキエル)〉が狂三に応えて力を変性させてきたのを。

 

 観測したはずだ。士道を想い、己が力を進化させた四糸乃を。同じことが、時崎狂三にも可能なはずだ。できないとは言わせない。

 

 心優しい精霊たちを羨んでも、士道に救われた精霊たちに何度醜く嫉妬しようと、この想いだけは誰にも負けない(・・・・・・・)。負けてたまるものか――――――!!

 

 

「ッ、あああああああああああ――――――!!」

 

 

 どうかあの方の言葉を、届けるだけの力を。

 

 伸ばして、伸ばして、ひたすら光へ手を伸ばして――――――〝未来〟が、変わる(・・・)

 

 

 

 

 

 

 

「――――――士道さん!!」

 

「……ッ!!」

 

 狂三が士道を呼びながら、その手を伸ばしている。掴み取れと、呼んでいる。理由なんてわからない。でも、理由なんて必要ない。ただその先に、きっと〝未来〟はある。

 

 

「狂三――――――!!」

 

 

 だから、迷いをかなぐり捨て。躊躇いを考えから全て消し去って。愛する少女の名を叫んだ。

 

 伸ばした手が触れ合う。重なり合う。温かな手を握りしめ、士道は折紙と相対する。闇が蠢動し、絶望の羽が再び現れるより速く、狂三が撃鉄を下ろした。

 

 

「〈刻々帝(ザフキエル)〉――――【一〇の弾(ユッド)】」

 

 

 黒い弾丸は乱回転し、蜘蛛の檻を突き破り――――――折紙へと、辿り着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 螺旋している。士道のものではない記憶が。交わるはずがない記憶が、士道が落ちていく最中で螺旋する。時を遡る銃弾が見せる螺旋のように。

 

 士道のものではない記憶は、士道のものではないはずなのに、まるで己の記憶のように違和感なく入り込む。見ているのに、体感している。

 

 五年。人間の少女が復讐に捧げるには重すぎる年月を。

 

 五年。人二人の命がもたらす一年から得た、かけがえのない年月を。

 

 鳶一折紙という少女の記憶が、複雑に絡み合う同じ少女の記憶が、時が螺旋する交差路で士道の心を強く揺さぶった。悲しみで涙が溢れて、優しさで涙が溢れて。ああ、どちらも折紙が感じる感情で、士道が返さなければならない大切な預かり物。

 

 そうして――――――落ちるように、士道は最果てへ辿り着く。

 

 

 

「いっ……た――――くない?」

 

 思わず頭を抱えてしまうくらい雑な落下をした気がするが、全く痛みがないことに頭を捻った。というか、なんで落下したんだ? と辺りを見渡すが……見渡す限りの白い空間に、士道は腕を組んで首を捻った。

 

「あら、あら。面白い登場の仕方をなさいますわねぇ」

 

「うぇ!? く、狂三?」

 

 振り向くと、いつの間にそこにいたのか。尻もちをついている士道に視線を合わせるように、しゃがんで両手を頬に当てた狂三が目の前に現れた。顔が妙に近い上に、そのポーズが反則的なまでに可愛い。もはや彼女という存在を世界遺産に登録するべきなのではないか、という士道の私情塗れの願望はともかく、ここがどこなのか問いかけるべく声を発した。

 

「ここ、どこだ……?」

 

「折紙さんの記憶空間……というより、わたくしたちの意識共有領域、といったところですわ」

 

「意識共有? 折紙のって――――――!!」

 

 折紙、という名を口に出したことで士道の記憶が鮮明になる。ここに至る直前、士道は二人の折紙の記憶を垣間見た。それ自体は【一〇の弾(ユッド)】が導いた結果だとわかるのだが……この空間については、士道の知識ではてんで説明がつきそうにもない。

 

「ど、どうなってるんだ。【一〇の弾(ユッド)】って、俺たち以外を繋ぐ力まであったのか……?」

 

 立ち上がり、様式美のようにスカートを小さく払った狂三が、士道に手を貸しながら喉を震わせる。

 

「そうですわね。正確には、あることにした、といいますか……わたくしたちの意識を刹那、それを更に凝縮したような時間差で、引き伸ばして無理やり意識共有領域へ転送していると言えば……士道さん、わかります?」

 

「ん、んん? んー…………?」

 

 手を借りて立ち上がり、頭を捻って考えてみるが、士道の出来が良いとは言い切れない頭では全て理解することはできそうにもなかった。そんな士道の様子を狂三が苦笑して見やる。

 

「申し訳ありません。わたくしも、まだ上手く説明できそうにはありませんわ。とにかく、ここは折紙さんへ言葉を届けられる空間、そう思っていただければ結構ですわ」

 

「折紙と……!!」

 

「ええ。まあ、士道さんが折紙さんへ呼びかけて僅かに開かれた心でなければ、如何にこの力といえど、ここまでは入って来られなかったでしょうけれど」

 

 そういう意味では、皆様の努力の結晶ですわね。と狂三が微笑んで言ったことで士道も釣られて笑みをこぼす。

 

「しかし、あくまで道が開かれたに過ぎませんわ。二度、三度とこの力を再現できるかもわかりかねますし、早く折紙さんを探してしまいましょう」

 

「……ありがとう狂三」

 

「礼は全てが終わったあとでいただきますわ――――――それに、この力は恐らく、わたくしと士道さんだけで変えられたものでは……」

 

「え……?」

 

「……いえ。どの道、確認の術はありませんものね。参りましょう」

 

「あ、ああ」

 

 ひとりでに完結して歩き出した狂三を追いかけて、士道も同じように歩いて並走する。急いだ方が良いのではないか、とも思ったが。

 

「ぁ……」

 

 狂三がわざわざ意識共有領域と、だいそれた名称を名付けるだけはあるのだろう。不思議な空間だった。果てが見えないというのに、距離など関係ない。その証明のように――――――士道の目の前に、折紙はいた。

 

「折紙……」

 

「っ……」

 

 呼び声にビクリを肩を震わせる。膝を抱え、顔を伏せ、それらは前の世界で絶望した折紙と変わらない。けれど、あの時は外界を拒絶する眠る少女に見えたものが、今は何かに怯える年相応の少女のように思えてならなかった。

 折紙に目線を合わせてしゃがみ込み、士道はゆっくりと声を発した。

 

「帰ろう、折紙」

 

「…………」

 

 ふるふると小さく首を振り、折紙がぽつぽつと言葉を交わし始める……きっと、どちらの折紙(・・・・・・)でもある、言葉を。

 

「私はもう……ダメなの。いや、見ないで……生きてちゃいけない……でも、お父さんとお母さん――――――五河くん、たすけ……て、……」

 

「ああ。助けるよ、必ず。ありがとな、俺を頼ってくれて」

 

 聞こえていたんだと思う。でも、同じくらい折紙の想いも強かった。負の感情を塊として持つ折紙は、自分を殺してしまいたかった。この世界で生きる折紙が、それを瀬戸際で止めてくれていた。

 本当に、奇跡のような想いの連鎖で士道はようやく折紙に手を伸ばすことができている。

 

「ダメ、士、道……」

 

「……ダメなもんかよ。お前は、生きてるじゃないか。だったら、生きてていいんだ。生きてくれ、折紙」

 

「っ……私は、お父さんとお母さんを殺した!! 街の人たちを殺した!! そんな私が、これ以上何を――――――取り返しのつかない罪は、〝なかったこと〟にはならないっ!!」

 

 

「それでも――――――生きていくしかありませんわ」

 

 その声に、折紙が目を見開いて顔を上げた。士道とは違い、寄り添うものではない。見下ろして、厳しい瞳で……それでも、優しさを秘めた言葉を狂三は紡いでいく。

 

 

「犯した過ちは消えない。当然のことですわね。それを覚えている者が、たとえ自分しかいなくとも。決して、消えることのない呪い(・・)ですわ」

 

「っ……」

 

「その罪を償うかは、その方次第。けれど、その罪は背負って(・・・・)いかねばならないもの」

 

 

 幾人もの、何万という命を喰らってきた〈ナイトメア〉。命を奪うことより残酷な仕打ちをして、それを咎められようと己が願いのために歩み続ける精霊。優しさがあるからこそ、時の獄に囚われてその業火に焼かれ続ける彼女は――――――けど、生きていかねばならなかった。

 

 

「きっと、誰も許しはしないのでしょう。きっと、許してくれる方は〝なかったこと〟になってしまったのでしょう。それでも、背負って、生きて……この理不尽な世界を、苦しいばかりの世界を生き抜いて――――――」

 

 

 一度言葉を切って、狂三は士道を見つめた――――――微笑みが、華を咲かせる。

 

 

「このような素敵な方に出逢えるのなら――――――それは、とても素晴らしいことではなくて?」

 

「ぁ……あ、あ……」

 

「わたくしたちのような者に、手を差し伸べる酔狂なお方は、世界に一人いらっしゃれば幸運ですわ。殻に籠って、そのチャンスを不意にするなど、有意義な時間の過ごし方とは言えませんわ――――――折紙さんは、手放してしまいますの?」

 

 

 最後は酷く、挑戦的な微笑みで締めくくる。なんとも彼女らしい〝激励〟だった。

 しかし、かなり過大解釈をされてしまったなと士道は頬をかく。だがそのくらいでないと、折紙を救うことはできない気がした。

 

 

「……俺がお前のお眼鏡にかなう素敵な人間かはわからない。けど、そうありたいと思う。だから――――――絶望だけは、しないでくれ」

 

「っ――――――」

 

 

 始まりの言葉をもう一度。何度でも。何十回だって言う。鳶一折紙という少女を、士道は絶対に見捨てない。ただ一つ、まだ言わなければいけないことがあった。

 

「折紙……お前の罪を、俺は一緒に背負ってやれない。俺にはもう、その罪を一緒に背負うって決めた子がいる。そんな無責任なことは、できない」

 

「……」

 

 狂三がどんな表情でそれを聞いていたのか、士道には見て取れなかった。折紙は、その言葉の意味を理解して、顔を歪めていた。

 なんて自分勝手な男か。勝手に世界を変えた士道に、そんなことを言う資格はない――――――けれど、その罪を背負って折紙は生きていくのだ。無責任なことを言って、折紙を縛り付けることはできなかった。

 

 そう、背負うことはできない。だが。

 

 

「でも――――――肩を貸すことなら、できる」

 

「士、道……」

 

 

 折紙を知る者として。折紙の記憶を垣間見た者として。五河士道はそれを成すことができる。なんと男冥利に尽きることか。

 

「……私、わた、し、は……」

 

「お前からの預かり物、ちゃんと返さないとな……ん」

 

 手を広げて、折紙を待つ。士道にできることはそれだけだ。それだけで、いい。大切な預かり物を、返す時が今だ。大切な人が辛い時に、何をしてやれるのか……士道は、よく知っていた。

 身体を震わせて、目を大きく開いた折紙。その目から、涙がこぼれ始めた。そうして――――――止まった時間は、動き出した。

 

 

「……、あ、うぁぁ……ぁぁぁぁぁぁぁっ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ……」

 

 

 五年前のあの時と同じように。止まった時間を動かすように、折紙は士道にしがみついて、泣いた。

 それは五年もの間、泣くことができなかった少女が見せた……彼女の本当の顔だった。折紙は――――――背負って生きていくことを、選べた。

 

 どれだけそうしていたことだろう。折紙は、穏やかな声を発した。

 

「士道……あなたに、謝りたいことがある」

 

「俺に……? 何をだ?」

 

「きっと、私が士道に抱いていた感情は――――――愛でも、恋でもなかった」

 

 え、と目を丸くすると、折紙は士道の顔を見ながら言葉を続ける。

 

「私は……ただ、依存していただけ……両親を失った場所に、たまたまあそこにいたあなたを、当てはめていただけ。自分の弱さを誤魔化すために、あなたに縋っていただけ。そんな自分勝手な感情のために、あなたにたくさん迷惑をかけてしまった……心から、謝罪したい」

 

「……」

 

 その告白の答えは、すぐに決まった。多分、狂三にもそれがわかったのだろう。少しだけ視線を向けると、仕方ないと言わんばかりに肩を竦める彼女がいた。

 唇の端を上げて、士道は笑みを投げかけた。

 

「そいつは、光栄だ」

 

「え……?」

 

「少なくとも俺は……折紙、おまえに出会えてよかったと……心から思ってる。そりゃあ迷惑を被ったこともあるけど……もしおまえが俺を頼ってくれたのがその感情によるものだとするなら、それに感謝したいくらいだ」

 

「士道……」

 

 震える声と、また目尻に涙を浮かべた折紙が、その涙を拭って今度は狂三を見やる。そのまま、声を発した。

 

「時崎狂三。あなたにも、迷惑をかけた」

 

「……今回ばかりは、わたくしの判断の結果も原因としてありましたので、その礼は不要ですことよ」

 

「それでも、心から謝罪する――――――その上で」

 

 言葉を切った折紙が、先程までと全く違う鋭い瞳の色を灯して、言った。

 

 

「この()は、負けない」

 

「……は?」

 

 

 その結果、呆気に取られたのは狂三ではなく士道だったのだが。待って欲しい、思考が追いついてこない。彼女のぶっ飛んだ発言は常日頃から起こっていて、この世界になって寂しさを覚えたことも確かなのだが待って欲しい。

 このタイミングで、なぜその発言が飛び出したのか。

 

「あのー……トビイチサン。今のは……」

 

「言葉通り。士道への感情は愛でも恋でもなく、依存心だった」

 

「お、おう」

 

「だから、本当の愛(・・・・)は、これから」

 

「…………おぉう」

 

 だから、どうして狂三に向けての発言に士道が一番衝撃を受けなければならないのか。そりゃあ、原因の当人だからに決まっている。

 変な汗を流す中で――――――狂三が、声を上げて笑いだした。

 

「く、ふふふっ。ああ、ああ。おかしいですわ、おかしいですわぁ……けど、これくらい激しい折紙さんの方が、士道さんも安心できるのでしょうね」

 

「く、狂三……?」

 

「――――――いいでしょう。この程度、受けて立って当然のこと。……お互いに、大層人を惹き付ける方を好きになるのは、苦労いたしますわね」

 

「本当に」

 

「…………」

 

 士道が悪い、のだろうか。多分、士道が悪いんじゃないかなぁ。こういう時に男が責任を取るのは、世の中の真理だと琴里が言っていた気がしないでもない。

 だが、まあ……殺し合う関係よりは、余程健全なライバル関係か、と士道は苦笑気味の笑顔を浮かべるのだった。

 

「さて、さて。士道さん、最後の仕上げ(・・・)をお願いいたしますわ」

 

「え……あ」

 

 仕上げ、というと。確かに残っている肝心なものがあった。ひらひらと手を振り、そっぽを向いた狂三に感謝と申し訳なさが出る。とはいえ、この事情は複雑なので士道の一存で解決できる問題でもないのだが。

 事情がわからず小首を傾げる折紙に、士道はそっと彼女の肩を掴む。いつまで経っても、この瞬間の緊張感は慣れそうにもなかった――――――その、前に。

 

「そうだ折紙。もう一つ、お前に返さなきゃならないな」

 

「もう、一つ……?」

 

 大切な女の子の、大切な預かり物。それらを全て返す時が来た。

 

 

「ああ。俺が預かってたのは――――――涙だけじゃないだろ?」

 

「あ――――」

 

 

 頬が恥ずかしげに赤く染まる。霊装が光を放ち――――――真っ白な空間の中で、輝きを放った。

 

 

「――――!!」

 

 

 白い、霊装。今一度、見ることができた精霊・鳶一折紙の霊装はその美しさを取り戻し、花嫁のような姿で折紙はぎこちない、けれど――――――確かな〝笑顔〟を見せた。

 

 

 発光し続ける真っ白な光の中で、確かにその笑顔と、暴れ狂いながらも心地よい感覚を士道は折紙と感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 霊装が光と共に消えていく。気づけば、士道たちは現実の空間へ回帰していた。それを証明するように、精霊たちが士道たちの周りに降り立って安堵の息を漏らしている。

 一体どこまでが意識共有領域の出来事だったのか……どの道、折紙を救えたのなら些細なことだと考えるべきかもしれない。

 

「むっ……ふん、まあいい。今だけは特別だぞ、折紙」

 

「ん……?」

 

 霊力の封印が完了し、半裸の状態で士道にもたれかかる折紙に、十香が眉をひそめて、それでも仕方なしと腕を組んだ。それ自体は微笑ましいものなのだが、まるで折紙のことを知っている(・・・・・・・・・・・・・・)彼女の言い方に小さな違和感を覚えた。まさか、と士道は声を発する。

 

「十香、お前……折紙のこと、思い出したのか?」

 

「む? 何をおかしなことを……ぬ、しかしそうだな。なんだか、少し前まで忘れていた気がするのだが……」

 

 

「――――――封印で経路(パス)が通ったんです。そう不思議なことではないでしょう」

 

「あ、〈アンノウン〉……!?」

 

 平然と、何事もなかったかのように降り立った〈アンノウン〉が言ったことに目を向いた。その内容は、不思議だが納得がいくものだ。かつて、琴里の霊力を封印した時も、その影響で封じられた記憶が蘇ったことがあった。今回も、繋がった経路(パス)を通じて、精霊たちの記憶が戻ったとしてもおかしな話ではない。なので、士道が言いたいのはそういうことではなく。

 

「お、お前……」

 

「……なんです? 理屈を説明しろと言ってもできませんよ。そういうのは、狂三や解析官の領分です。私に聞かないでください」

 

「あ、ああ……」

 

 捲し立てられてどもってしまったが、何というかいつも通りの〈アンノウン〉すぎて拍子抜けしてしまう。その振る舞いに、身体に怪我があるようには見えない。ちらりと確認すると、狂三も少女を見て、どこか安心したようにホッと息を吐いていた。士道以上に少女を心配していたのは彼女なのだから、当然のことだと思う。

 何はともあれ、平気そうにしているのならひとまずは安心していいのかもしれない。士道の目が確かなら、貫かれた(・・・・)外装に傷一つどころか、埃すら見受けられない。もしかして、あの速さで避けたのを士道が見間違えただけだったのだろうか……?

 

 と、そんなことを考えていると、折紙が精霊たち全員をゆっくりと見渡し、言葉を放った。

 

 

「――――――ありがとう、十香(・・)、みんな。私のために、戦ってくれて」

 

「な――――っ!?」

 

「え……?」

 

「御主、今なんと申した?」

 

「疑念。まだ正気に戻っていないのですか」

 

「うぅん、素直な折紙さんも可愛いですぅ」

 

「あらあら、珍しいわね」

 

 純粋な驚きから辛辣、更には美九特有の反応まで人それぞれだったが、一様に驚いた表情は同じだった。

 ただ、事情を知る士道や狂三、〈アンノウン〉には不思議なことではなかった。なぜならここにいる折紙は『折紙』と記憶を共有して、二人で一人になった少女なのだから。

 

「かッ、勘違いするな!! 私はその、あれだ!! シドーに頼まれたからやっただけだ!!」

 

「……そう。ではあなたには感謝しない。利己的な精霊。なんて醜い」

 

「な……っ!? 貴様、さっきと言っていることが違うではないか!!」

 

 ……つまるところ、それは以前の折紙でもあるということなので、こういう会話になってしまうのであるが。狂三と顔を見合わせ、苦笑する。

 

「あら、あら。ようやく終わったというのに騒がしいこと」

 

「はは……ま、いいんじゃないか? こっちの方が、ちょっと安心するよ」

 

「毒されていますわねぇ……」

 

 ごもっとも。呆れ気味だが、微笑ましさを感じている狂三に、士道は笑って返した。これでようやく……長い長い出来事に、決着がついたのだ。

 

「ぅ……」

 

「折紙!?」

 

 が、十香と言い争いをしていた折紙が、突如として瞼を閉じた。慌てた士道と精霊たちが呼びかけるも、返事をしない。反転から戻っての封印行為に、何か不都合があったのかと焦るが、駆け寄った狂三が折紙の容態を確認するように彼女に触れた。

 

「……負担がかかりすぎたようですわね。あれだけの霊力行使のあと、その霊力を封印されたのですから自明の理と言えますけど――――――単純に、眠っているだけですわ」

 

「そ、そうか……良かった」

 

 ここまで来て、折紙に何かあったらと思うと気が気ではなかったが、狂三がなんてことないように言ったことで一同全員が安堵の顔を見せる。

 

「けど、詳しく容態を確認するべきですわね。琴里さんと連絡を取らねばなりませんわ」

 

「っ、そうだ!! 琴里は……!!」

 

 撃墜された、ということはない。見上げた夜空に〈フラクシナス〉の影は見えている。通信は未だ復旧していないのか連絡つかないが、その影が動いているのがここからでもわかる。ともかく、琴里になんとかして連絡を。

 

 

 ――――――甲高い音が鳴り、思わずその方向に目を向けた。

 

 

「――――――え?」

 

 

 少し離れた場所に、白い少女がいる。少女が、手に持っていなかったはずの(・・・・・・・・・・・・・)刀を落とした音、なのだろう。

 少女の身体が地面に傾き始めるのと、狂三が転がってしまいかねない勢いで飛び出したのは同時だった。

 

「……っ!!」

 

 ギリギリのタイミングで狂三が少女を受け止める。あと一歩遅ければ、少女の小柄な身体は叩きつけられていたはずだ。それを防いだというのに、誰一人としてホッとした顔は見受けられない。

 

 それどころか、全員が目を見開いた。

 

 

「――――――――ぇ」

 

 

 信じられない、信じ難い。少なくとも、狂三が発してきた声の中に、それ(・・)が含まれていた覚えはない――――――あの時崎狂三が、事を否定し呆然としている。

 

 

「アン……ノウン――――?」

 

 

 士道も、同じだ。信じられなかった――――――少女を抱き止めた狂三の手から流れる、()

 

 

 少女の外装の中心から、そして全身から、狂三の真紅の霊装が――――――噴き出した真っ赤な血で、染められた。

 

 

 

 





to be continued


大団円かと思ったかぁ!!はい、折紙編完結です。完結ったら完結です。お前ん家七罪編から不穏な引きしかないじゃねぇかほんとさ。気持ちよく折紙の終わりを迎えたい方は原作十一巻『鳶一デビル』をよろしくお願いします(いつものダイマ)

予知に関してはあの時点だとほぼ詰みの状態でした。士道の呼びかけと刻々帝の進化で未知の可能性を再演算してこの未来へ辿り着いたというわけです。万由里の時は届かなかった消えるなという叫びが遂に届いた。しかし、その代償は……。
お気づきの方もいらっしゃるでしょうが、狂三フェイカーでの問答から折紙との会話も変化しています。この士道は、重すぎる罪を背負うと決めてしまっているのです。そんなもの背負わなければ普通に生きていられるのにと散々狂三が言っているんですけどね(普通の定義壊れる)
同じ復讐を掲げたものとして、同じ結論に至ったものとして、同じ人を愛した者として。長きに渡る復讐鬼たちの交錯も、ここで一区切りです。これからは恋のライバル……なのかな?二人の不思議な関係性は、この回の対話に繋げるための道だったと考えています。原作にはなかった形、楽しんでいただけたなら嬉しいです。

さて、次回から五河ディザスター……の前に、番外編を一つの挟ませていただきます。時系列は少し戻って100話内の一日前、つまりアンコール5巻『折紙カウンセリング』のお話です。メインキャラクターはデビ紙&〈アンノウン〉!!………………本邦初の番外編なのに、メインヒロイン以外のお話なのか(困惑) まあ番外編なので他キャラクターにフォーカスを向けるということで一つお願いします。

もう一つお知らせなのですが、次の番外編を投稿した後、投稿感覚を三日に戻そうと思います。いやモチベーションは感想や評価をいただいて元気(感想、評価が欲しくないとは言ってない)なのですが、如何せん時間が取れなくなった瞬間ゴリゴリストックが減るんですよね……なので、ストックがまた多くなってきたなーと思ったらまた二日に戻そうと思います。ご容赦ください。今でも五話先まではストック抱えてるので切羽詰まってるとかではないのでご安心を。

後書きが長くなってしまいましたが、延長戦となる番外編が終われば遂に新章となります。よく考えたらこの引きで番外編挟んで投稿感覚を伸ばすの畜生なのでは?だがいかは考えることをやめた。
感想、評価などなどどしどしお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!!
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