デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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こんなことがあったんじゃない、かなぁ。二人の間にしか残らない、僅かな会話と、確かな救い。




EX・Ⅰ『白と白の幕間』

 

「……はぁ」

 

 単に、たった一つの悩みを苦し紛れに回答しただけだったのに。どうして、私は昼休みを返上して奇妙な恋愛相談室をしているのだろうか。的確に己の置かれた状況を把握し、しかし鳶一折紙には理解し切れないものがあった。

 事の発端は、本当に些細なことだったのだ。クラスメートがとある一件で悩んでいる時に偶然通りかかって、成り行きでアドバイスをして、それが偶然にも大当たりした、それだけ。そう、それで終われば折紙も気分が少し良くなって、土曜に控えた彼との……士道とのデートに望むことができたはずだったのだ。

 

「…………」

 

 もう一度、考える。考えても、わからない。お腹減ったなぁと思いはしたが、強引にでも引き受けてしまったことを無理やり投げ出すことはできそうにもなかった。まあ、もう何人も請け負っているのだし、あと数人くらいは何人だろうと一緒だと達観の極地に折紙はいた。諦めた、とも言い換えられる。

 昼休み。もしかしたら、誘ったら士道と一緒にお弁当を食べられるかもしれないという淡い期待は――――――何故か始まった、鳶一折紙による恋愛相談室によって断ち切られた。なぜ始まったのか、正直考えたくはないし、成り行きとしか表現のしようがない。

 発端のクラスメート、亜衣、麻衣、美衣によって校舎端の空き教室を使い、その一角に予備の椅子を向かい合わせ完全にカウンセリングルームと化したその教室で、既に折紙は何人もの相談を解決……と言っていいのかはわからないものが多いが、していた。なお、告知はSNSを使い完璧に折紙の手を離れている。そのお陰で〈オクトーバー恭平〉という謎すぎる人物まで現れたが、全くもって理解不能な人だった。というか、この学校の人ですらない様子で困惑した。三人が秘密の潜入ルートと変装セットを持っている人がいれば、学校外からもあり得ると冗談半分で言っていたが、まさか本当に……。

 

「はーい、次の方どうぞー!!」

 

「……!!」

 

 考えている間に、三人が次の相談者を教室に呼び寄せる。いけない。受けたからには、真面目に答えなければ、と気づかないうちに責任感を発揮している折紙の視線の先で扉が開き――――――――――

 

 

「――――――――」

 

 

 あまりに、可憐な少女だった。

 

 相談者の一人、夜刀神十香も折紙が言葉を失うほどの冗談のように美しい少女だったが、それに比類する――――――暴力的(・・・)なまでの美しさ。仮に折紙が男だったとしたら、魅了されない未来などありえないと言えてしまう。

 その背格好は、折紙や十香のような高校生基準とすれば少し幼さが残る。制服も、体躯と比べてあってないように見える。だが、そんなことがどうでも良くなるくらいに、可憐。あと数歳年月を重ねれば、全ての男を虜にし、三十年は追いかけていられる魔性の女となるだろう。

 

 絹糸のように艶やかなか髪を揺らし、どこか物憂げな色を映す双眸が折紙を射抜く。後ろの三人は、恐らく折紙と同じく言葉を失って動けない。ただ少女は、折紙だけを見て桜色の唇を開いた。

 

初めまして(・・・・・)、鳶一折紙」

 

「ぁ…………は、初めまして……」

 

 礼儀正しく下げられたそれに答えて、なんとか折紙も軽く頭を下げることができた。ほぼ反射で、深く考えられた行動ではない。考えられないほど、少女の姿に衝撃を受けてしまっていた。それでも何とか答えられたのは……少女の声に、何故か聞き覚えがある(・・・・・・・)気がしたのかもしれない。

 否、声だけではない。その容姿も(・・・)。これほどの魔性といえる魅了の化身、世界に二人といないはずだ。けれど、折紙には曖昧ながらも覚えがあった。それも、偶然出会ったとか一度しかなんてことではないと、己の〝何か〟が叫んでいる。そう、それは少なくともこの学校内(・・・・・)に――――――

 

「……では、失礼」

 

「……っ!!」

 

 少女の容姿に思考を挟みすぎて、いつの間にか目の前の椅子に座ったことにすら気づかなかった。

 眼前に迫ると、その類まれなる造形が更に圧となって重圧をかけているように思えてくる。ごくり、と唾を飲み込んで、意を決した折紙は喉が乾き切る前にそれを震わせた。

 

 

「……それで、相談の内容は……?」

 

「…………あ、そういえば恋愛相談室でしたね、ここ」

 

「…………えぇ」

 

 

 今思い出しました、と少女は表情と一致していない気の抜けた言動で言葉を発した。思わず、折紙が脱力してしまうくらいの。

 

「ごめんなさい、今考えますから」

 

「は、はぁ……」

 

 じゃあ何をしに来たのか。そう聞きたいのは山々だったが、なかなかに聞き辛い雰囲気もあった。何と表現すればいいのか、限りなく感覚で評するのであれば……その雰囲気が浮世離れしていて、酷く感覚が曖昧になるような。そんな掴みどころがないと表現できるそれは、折紙の人生の中で初めての――――――経験のはずだった。

 

「……ああ、思い浮かびました。これは私ではなく、私の女王様とそのご友人のお話なのですが」

 

 女王様……? とのっけから首を傾げることになった折紙。果たして、この人が仕えるような女性とは何者なのだろうか。というか、この現代日本で女王様とは。などと頭に浮かぶ間にも、少女はなんて事ないような様子で声を発した。

 

「その二人がですね、恋愛勝負をしているんですよ」

 

「はぁ……」

 

「デレた方が負けで、負けた方が相手に人生の全てを捧げるという」

 

「は……!?」

 

 恋愛勝負とは一体。その人生の全てを捧げるというのは、もしかして俗に言う人生の墓場というやつではないのか。あまりに現実離れした話に、思わず失礼な声を上げてしまった程だ。

 

「その……人生を捧げるというのは、どういう意味なんですか……?」

 

 これが先に想像したのような乙女チックなものならまだいいが、それ以外のものだった場合とてもではないが折紙の手に余る。というか、女王様が比喩ではなく本気の可能性まで出てきてしまう。

 折紙の恐る恐るの問いかけに、少女は安心させるように苦笑気味に言葉を返した。

 

「……具体的には言えませんが、お互いに賭けるだけの価値がある比喩表現のようなものみたいです。申し訳ありません。相談している身で、こんな曖昧なこと」

 

「いえ、そんな……それで、その二人のことで悩みが?」

 

「悩み、というべきか……私は、どうするべきなのかなぁと」

 

「どうする……?」

 

 その二人の恋愛勝負、とやらの行方についての意味なのだろうか。少女はサラリと言葉を付け加える。

 

「……私個人の目的としましては、彼に勝ってもらうのが都合が良さそうなんですよね。まあ――――――彼のことは私も好きですし」

 

「そ、それは……」

 

 Loveな方かLikeな方かで、かなり話が拗れてきそうなことを軽いノリで話されると、とても反応に困ってしまう。

 いやそれよりも、恋愛感情だったとして、この恐ろしいほどの容姿を持つ少女が惚れ込むだけの〝彼〟とは一体何者なのか。気にはなるが、下世話なことは置いておこうと頭を振って考えを追い出した。

 

「もちろん、私が彼とどうこうなんて考えてません。必要もありませんし、私の恋愛感情は私の目的には邪魔なだけですから。それに……私は、女王様が一番なんです」

 

「……好きなんですね、その人のことも」

 

「ええ、この世で一番。けど……だから、あの子が絶対に諦めないのがわかるんですよ。それがわかるからこそ、私はあの子を応援してあげたい。同時に、私の目的を考えると彼につきたくなる……」

 

 板挟み、ということか。二人のことをよく知っているらしい少女ならではの悩み。思った以上に本格的な恋愛相談に、若干の焦りが生まれるが、何のこれしきと真剣な表情で少女の話をじっと聞き続ける。

 

「……あの子の幸せが、彼の勝ちに繋がれば円満なんでしょうけれど――――――ううん、きっと繋がるんだと思います。ただあの子は、その幸せを受け入れられないんです」

 

「…………」

 

「……辛いとわかっているのに、辛い思いをさせているのに、その子にそうであることをやめて欲しいと言えないんです。言えるわけないんですよ、私が」

 

「どうしてですか? 辛いとわかってるなら……!!」

 

「――――――そんな資格、私には最初からないんです。どの道、私が言って止まるような子じゃありませんしね」

 

 達観、諦念……そういった感情を表に出し、少女が眉を下げる。元より儚げな印象を感じさせる少女だが、それによって美しさすら思わせる造形だと折紙は考えてしまう。

 恋愛勝負、と聞いてみれば、出てきたものはその発言に紛れた〝何か〟だった。もっと事情を知れれば深いアドバイスも可能だろうが、今は下手なことが言える雰囲気ではない。と、考え込む折紙を見てハッと顔を上げた少女が、少し慌てて手を軽く振り声を発した。

 

「ごめんなさい。これは、恋愛相談から外れてしまいましたね。話半分で聞き流してもらって結構です」

 

「あ、大丈夫です!! でも、私じゃあまり役に立てそうにないかもしれません……」

 

「いいんです。多分、柄にもなく誰かに聞いてもらいたかっただけなんですよ――――――話せる友人らしい友人も、今は話せる環境にいないものですから」

 

 笑顔こそ見せているが、やはりどこか寂しげなものだった。何か、何か励ますようなことをとは思うのだが……事情も深く察することはできず、その二人を信じて見守ってみましょう、だなんて無難なものしか浮かんで来てくれない。

 ともかく、そんなものでも黙っているよりはマシかもしれないと、折紙は思い描いた言葉を形にした。

 

 

「――――――甘いです。好きならいっその事、二人揃ってあなたのものにする努力をするべきかと」

 

「…………はい?」

 

 

 ポカンと、少女が呆気に取られたような顔になる。……そんなにおかしなことを言っただろうか? 至極無難、少女が驚くことも直接の解決に至るものでもない――――――だというのに、少女は折紙の言葉を受けて唐突に笑いだした。

 

「……ぷっ、ふふふ……ああ、実にあなたらしい答えですね。ありがとうございます。実践できる機会があるとは思えませんが、何だか元気が出ました」

 

「へ……?」

 

 元気が出た? 今の答えに、何か少女を元気づけるようなものがあったとは思えないし、実践できる機会というのもよくわからない。見守ることは、そんなに難しいことなのだろうか。

 むぅ、と折紙が顎に手を当て難しい顔をしているのを見て微笑んだ少女は、座っていた椅子から離れ何の憂いも見られない動きで出口へと向かっていく。

 

 

「では改めてありがとうございました――――――あ、そうだ。最後に一つだけ良いですか?」

 

「え、あ……はい」

 

「こっちが本命なんですが――――――鳶一折紙。あなたは今、幸せですか(・・・・・)?」

 

「――――――――」

 

 

 それは、酷く曖昧な問いかけだった。折紙と初対面のはずの少女が気にするには、おかしなものだった。それでも折紙は、その問いを真摯に考えてしまった。考えなければ、いけない気がした。

 

 答えは、もう決まっていたものだったけれど。折紙は迷いなくそれを口にした。

 

 

「……いつか、お父さんとお母さんに誇れるくらい――――――幸せな出来事を沢山、思い出にできたら良いなと、思っています」

 

 

 折紙には、そうするだけの理由がある。亡くなった両親はきっと、それを望んでくれているから。見ず知らずの両親を救ってくれた士道の兄のためにも――――――鳶一折紙は、誇れるだけの人生を送りたい。

 だから、少女の問いに折紙は笑顔でそう答えた。

 

 

「……そうですか――――――あの時出たのが蹴り(・・)で、本当に良かったです」

 

「え……?」

 

「……ありがとう(・・・・・)、鳶一折紙。あなたがそうあってくれたことに、心からの感謝を――――――また、お会いしましょう」

 

 

 そう、別れの言葉を告げて。少女は止める間もなく教室から去っていった。

 まるで、少女が最初からいなかったかのような、ありえない感覚だけが空間に残る。不思議、不可思議な少女だった……あれほどの雰囲気を持つ少女が、この学園にいたという驚き。そして、空間を支配していた独特の感覚からの解放。それらが合わさり、折紙はようやく重苦しい息を吐き出そうとして。

 

「――――ぷはぁっ、やっと息ができたぁ!!」

 

「凄い人だったねぇ……鳶一さん、全然物怖じしないで話せるなんて、恐ろしい子……」

 

「まじひくわー……」

 

 亜衣、麻衣、美衣がそれぞれどっと疲れ切った顔で声を発したものだから、驚いて声を飲み込んでしまった。そうとも、事の発端は彼女たちなのだから空き教室にいるのは当然の話だ。察するに、少女の外見に驚きすぎて出ていくまで固まっていたようだ。流石に息が出来ないということはなかっただろうが、夜刀神十香と違い彼女たちも少女と知人ではないのが大きかったらしい。

 ……と思ったが、転校してきたばかりの折紙はともかく、少女のような存在を彼女たちが知らないとは考えにくかった。そのことを問うべく折紙は声を発する。

 

「あの……今の人、この学園の人ですよね? 皆さん、ご存知ないんですか?」

 

「いやいやいや、あんな美人さん聞いたことも見たこともないって。十香ちゃんと良い勝負が出来る子とか、早々見れるもんじゃ――――――あれ?」

 

 ふと亜衣が言葉を切り、小首を傾げて難しい表情をする。

 

「どうしたんですか……?」

 

「いや、変なこと訊くんだけど――――――さっきの女の子の顔、覚えてる?」

 

「は?」

 

 素っ頓狂な声を出してしまった。だが、その反応は真っ当なものだと思う。何せ、あれほど凄い凄いと言っていた少女の顔を思い出せないなど、そんなことがあり得るわけが――――――

 

「……あ、れ」

 

 あり得るわけが、ないのに。見れば、亜衣だけでなく麻衣、美衣も同じような顔で唸っている。折紙も似たようなものだ。

 

 どうして、短時間とはいえ顔を見合わせて話をしたはずなのに――――――

 

 

「――――――どんな顔、でしたっけ?」

 

 

 何一つ、思い出せはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「またお会いしましょう――――ね」

 

 白に消える。現れた痕跡など、最初からなかったように。誰も、少女の存在を見ることができないかのように。

 通したのは我儘。得たものは、少女の理想(・・・・・)とする答え。しかし、所詮は理想でしかないそれは、全てを形とするには遠すぎる。故に少女は、二人の選択に委ねる他ない。

 どちらが選ばれようと、或いはどちらでもない答え(・・・・・・・・・)が存在しようと、少女が目指すものはたったの一つ。

 

 だから、今日の邂逅は気まぐれ。世界を変えたことで、存在を許された幸せの形。

 

 

「……私と鳶一折紙――――――どちらかが死ななければの話ですがね」

 

 

 その得難い奇跡の幸せを――――――どうか、守って欲しい。切に、願った。

 







どちらが勝とうが取るべき選択は揺るぎない。けれど、だからこそ少女は二人の葛藤に思い悩む。優しいからこそ頑なな主か、愛しいと思う少年の想いか。

本編でも何やらこの子の正体に繋がるものがで始めたので、ここで一度スタンスと少女が誰についているのかハッキリさせて置こうかなという回。この子は狂三の味方ですよ、間違いなくね。ただし、それが必ずしも狂三たちの望む結果に至るとは限りませんが。

本編から先行して顔バレ(してるとは言ってない)しましたけど、したからと言って中身の性格変わってるわけじゃないですね、今のところは。
デビ紙は結果的に精霊になってしまいましたが、彼女の存在、彼女の答えは少女にとって理想であり救いだったのです。士道が世界を変え、それが狂三にとっての救いとなったように。復讐者であった折紙が、そうなったからこその救い。ここが〈アンノウン〉という精霊が隠し続ける物の本質、かもしれません。

さて、次回から時系列は戻り五河ディザスター開幕。ホントのところは前哨戦のようなものを四話ほど組み込んでいるのですが、その四話の主軸はもちろん言うまでもありませんね。さすがに一章取るには短すぎたんです(小声)
告知の通り、更新は三日後の月曜となります。ストックが溜まるまで三日更新が続きますので、よろしければお付き合いのほどお願いいたします。
感想、評価、お気に入りなどなど更新への物凄い活力となりますので、気が向いたらよろしくどうぞです(語彙力の無さの露呈) 次回をお楽しみに!!




どうでもいいけどこの辺ってGジ〇ネしかやってなかった時期なのでいつも以上にクオリティが不安になる。ぐふっ

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