デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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彼女はいつだって偽っている。『時崎狂三』というのは、そういうものでしょう。と。





第百六話『嘘つき女王様(ナイトメア)

「――――――で、洗いざらい吐いてしまった、というわけですか」

 

 話の一区切りに、〈アンノウン〉は軽くため息すら混じっているような口調で声を発した。それに対し、令音が相変わらず静かな声色で返す。

 

「……すまない」

 

「謝ってばかりで疲れません? この一件、大体が私のせいでしょう。あなたが謝る必要がどこにあるんですか」

 

 隠し立てしてミスの精算をすることになったのは少女の責任。彼女はその積に巻き込まれてしまっただけなのだ。

 

「もとより、私がふっかけた一方的な隠し事。いつかはバレると思っていましたよ。狂三や五河士道がそこまで思い悩むのは、少し予想外でしたが。……鳶一折紙に関しても、勝手に私の感情を捏造しないで欲しいものですけれど」

 

「……間違ったことは、言っていないと思っているが」

 

「……私にだって羞恥心はあるんですからね」

 

 自分で言うのは構わないが、人にあれやこれやと暴露されるのは抵抗がある。特に、人を気遣ってとかそれしかないと思われるのは心外だった。少女とて、折紙に助けるだけの価値がなければここまでのことはしていない。これは、彼女に対する正当評価の表れでしかないのだから、好きとか気にかけるとかそういう面ではなくて……。

 と、行き場のない言い訳を内心で繰り返していてはキリがなく、コホンと恥ずかしさを誤魔化すような咳払いを挟む。

 

「……鳶一折紙は?」

 

「……無事、他の精霊たちと同じ日常を送れているよ。比較的元通り(・・・)に落ち着いているようだ」

 

「……その元通り(・・・)がどういう意味かで、話がかなり変わってきますね」

 

 少女の呟きに、令音は答えあぐねた代わりなのか頬をポリポリとかいていた。

 十中八九、九分九厘、いや十割でその通り(・・・・)の鳶一折紙が帰ってきたのだろうが。聞かなくてもわかるようなことを聞くほど、少女の想像力は衰えていない。

 ただ、無事にと聞くとまた別の問題が浮上する。他でもない、少女自身のことだ。

 

「……私のこと、教えてませんよね」

 

「……ああ。反転精霊として長い時間活動状態にあったことも考慮して、しばらくは様子を見る、という方針になった」

 

「――――――だったら、もう教える必要もないでしょう」

 

 もともと、狂三と行動を共にしていて士道たちの日常に入り込まなかったのが幸いした。しばらく姿を眩ませていても、不自然に思われる点は少なくて済む。そこまで折紙との接点も多くないこともあって、誤魔化すのは楽な話だ。当然、〈ラタトスク〉の施設にいる以上、彼らの手を借りる必要はあるかもしれないが。

 

「……いいのかい」

 

「良いも悪いもないです。当事者の私が決めたんですから、隠す手伝いくらいはしてくださいよ。鳶一折紙のためにもなるんですから」

 

「……謝罪ができない(・・・・・・・)のは、君が考えているより辛いものだよ」

 

 令音の静かに響く指摘に、少女は身体を強ばらせる。

 人に謝罪を出来るのは、抱え込んだ重りを外すことが出来るということだ。だが、少女自身はそんなもの望んでいない――――――自分のためなんかに、使って欲しくない。

 

 

「……彼女に余計なものを背負わせるよりは、マシでしょう。一体幾つ、鳶一折紙に背負わせるつもりですか」

 

「……彼女はそれを抱え切れないほど、弱い人間なのかい?」

 

「……逆ですよ――――――抱えてしまえるから、そうして欲しくないんです」

 

 

 何もかも抱え込んで、一体どれだけの罪を背負った。一体どれだけの仕打ちを、世界は折紙に理不尽に仕向けた。

 折紙は日常に帰ることが出来た。その背負った罪は消えないが、それでも幸せな生活を選ぶことが出来た。なら、それでいい。少女なんかのために、余計なものを抱え込む必要はない。知らないなら、知らないまま事を闇に葬るべきだ。罪を捨てず、抱え込んだ優しい人間は、時として残酷に見える。

 

「……隠し事が多くなるね」

 

「……あなたが言えることですか。誰にも話せないことが多いのは、お互い様(・・・・)でしょう」

 

「……さて、ね」

 

 下手な濁し方をされて、少女はローブの下で苦笑する。らしくない誤魔化し方だ――――――まあ、少女の前では必要がないと判断してのことかもしれないが。

 だが、少女にとっても彼女の隠し事がバレてしまうのは好ましくない。狂三たちとの話で、冷や汗をかきそうな会話をしてくれたことを思い出す。

 

「……それと、これ(・・)に関してはともかく、〈輪廻楽園(アイン・ソフ)〉については言い過ぎです。狂三が怪しんでたじゃないですか」

 

「……ふむ。彼女を甘く見たつもりはなかったが」

 

「……まあ、適当に口裏を合わせておきますよ」

 

 はぁ、とため息をつくと令音は露骨に視線を逸らすものだから、また追加でため息。大体、少女の身体に関しても令音だからこそ(・・・・・・・)わかったようなものなのだ。よくもこんな危険な綱渡りをしているものだと、少女はほとほと彼女の行動に呆れ返る。

 

 ――――――そうでなければ、お互いに何十年(・・・)と邁進していられないだろうけれど。

 

 コンコン、と病室のドアがノックされたのは、話が途切れて数分後のことだった。顔だけを動かして令音へ向けると、対応して言葉を返した。

 

「……見舞いかな。毎日、欠かさず顔を出しているのさ。入ってもらうかい?」

 

「……? え、そりゃあ来てもらったんですから……」

 

 狂三が相手なら、特に入ってもらってはいけない理由はない。適当に肯定すると、令音が扉に向かって少し声を張って返事をした。

 

 

「……みんな(・・・)、入ってもらって構わないよ。それと――――――この子が、目を覚ました」

 

「へ……?」

 

 

 彼女の声が響き、少女が驚きの声をもらした瞬間――――――静かだった病室前がライブ会場のような騒音を巻き起こした。

 

『本当か!? 目が覚めたのだな!? 嘘では無いのだな!!』

 

『ちょ、我が眷属といえど抜け駆けは許さんぞ!!』

 

『指摘。そういう耶倶矢も我先にと行動に焦りが見えます――――――神速。一番乗りは夕弦がいただきます』

 

『あーん、皆さん押しちゃダメですよー。握手会は順番が大切なんですからねー。でも一番はあなたの愛しの誘宵美九がもらっちゃいますよー!!』

 

『……ああ、ああ。四糸乃さん、七罪さん。少しこちらへ』

 

『は、はい……』

 

『うぇ……わ、わかった』

 

『いやー、このオチが読めるだなんてさすがだねー狂三ちゃーん』

 

『待て!! みんな押すな!! あと静かに!! こんな押してたら入れな――――――うわぁ!?』

 

 ドタン、ゴン、ガタガタ、ガンッ。音にすると、してはいけないような擬音が混じり、言葉にもツッコミたくなるようなものが幾つか混じっていた。士道と思われる悲鳴が響いた直後、いつの間にか扉横に移動していた令音が扉を横にスライドさせると、数人の束が一気になだれ込んできた。

 

 上から十香。耶倶矢、夕弦……の間に挟まれて至福の表情の美九。あとはお約束と言わんばかりに一番下でうつ伏せになって下敷きにされた士道。どうしてそうなるのか、と呆れ果てて言葉も出ない中、難を逃れた狂三と七罪が人間タワーを避け部屋に入ってくる。四糸乃は相も変わらずその優しさ故に、甲斐甲斐しく皆を心配して声をかけている。

 こつりこつりと音を響かせ、七罪を連れて狂三が少女の元へ歩く。それが目の前で止まり……少女は、いつも通り(・・・・・)の挨拶を口にした。

 

 

「おはようございます――――――我が女王」

 

「……お目覚めには、少し遅すぎますわね」

 

「それはそれは。申し訳ありません」

 

 

 この出来事があって、狂三と少女の関係性が変わるのか――――――変わらない。少女が変えようとしないのだから、変わるわけがない。

 狂三が少女に変わって欲しいと願っていても、彼女自身の〝悲願〟と相反するものである限り、この上っ面の主従関係から踏み込めるものなど、ない。だから少女は、こうやって変わらぬ会話を選ぶ。

 

「……っ」

 

 少し、憂いを帯びた悲しげな顔が見えて、僅かながら少女に罪悪感にも似た何かが生まれる――――――捨ておけ。それを感じてしまう事こそ、傲慢なのだ。

 ふぅ、と小さく息を整えた狂三が、七罪の背に手をやり優しく押し出しながら声を発した。

 

「積もる話もありますでしょうが、騒がしくなってしまう前に済ませてしまいましょう。七罪さん」

 

「う、うん……」

 

 緊張を含んだ面持ちで七罪が答え、一歩前へ。ゴクリと唾を飲み込む動作と、顔が青くなっているのではないかと思えるほどの緊張感。迂闊に声をかけることすらはばかられる。一体、何を……と思ったその時、七罪が少女に向かって頭を下げた。

 

 

「――――――あ、ありがとう。助けて、くれて……」

 

「え――――ああ、あの時の……」

 

 

 七罪の感謝に面食らって何故彼女が、と考えたのは一瞬のことだった。すぐにあの時の……折紙の攻撃から七罪を庇った時のことだと気づく。

 

「……別に気にすることありません。私が勝手にしたことですから、感謝なんて……」

 

 必要ない、と言いたかった。実際、その通りなのだから言いたいのは山々だったのだが、寝起きの少女は失念していた。七罪が度を超えたネガティブ娘(・・・・・・)だということを。

 

「……そうよね。私みたいな微生物以下の価値もないおまけ以下女の感謝なんか必要ないわよね。ごめんなさい、わかってるわよ必要ない感謝なんて迷惑な善意の押し付けだって。ああ私ってほんとば――――――」

 

「そういう意味じゃないですから!!――――いっぅ……」

 

 めちゃくちゃ沈んだ顔でめちゃくちゃな事を言い出した七罪を止めようとして叫び、それがまだ自由がきかない身体に響いて少女は小さく悲鳴を上げた。狂三が七罪を見てか少女を見てか、或いはどちらもなのか呆れたように手で顔を覆っているのが見える。

 誰のせいだと……などとジト目で思うのは置いておいて、とにかく弁解をしなければと少女は今度こそ本音混じりで言葉を紡いだ。

 

 

「……そういう意味じゃなくて、感謝するのは私の方なんです」

 

「え……?」

 

「……あなたの行動がなければ、あの時は狂三も危ない状況でした。あなたが時間を作ってくれなければ、私もあの行動を取ることは不可能でした。だから――――――ありがとう、勇気ある魔女っ子さん」

 

 

 最後は茶化すように。そう告げた言葉を七罪は恥ずかしげに顔を赤くしごにょごにょと口を動かすも、何も出てこないのかそのままだった。

 ああ、やはり可愛らしい子だと思う。今語った回答も本音なのだが――――――慣れない感謝をされ、気恥しいから遠慮したいのは、誰にも言えない秘密だ。

 

「……それに、私初対面の時に結構危ないことしたでしょう? それのお返しと思っておいてください」

 

「え、何そのお返し重いんだけど」

 

「……そうですかね?」

 

 彼女の正体に気づかず、遠慮なしにやってしまったことを少女なりに気にしていた一面があったのだが、七罪当人は微妙な反応を見せていた。

 さて、これにはどう返したものかと思案していると――――――ズドン。と人間タワーが崩れ去る音と共に下敷きになった士道以外の全員がベッドへ押しかけてきた。

 

「大丈夫か!! ちゃんと食べられるか!! 何か食べたいものがあれば私に任せるのだ、通りすがりの人!!」

 

「ああ、いえ。お気持ちだけ受け取って――――――」

 

「かか、まあ待つがいい我が従僕よ。入り用があれば我に任せよ。そなたが動けぬ間、この神速と神風を操りし颶風の御子が願いを叶えてくれようぞ」

 

「訂正。耶倶矢に叶えられるのは出前程度が関の山です。ぷぷっ」

 

「なっ、そんなことないし!! ちゃんと叶えてあげられるし!!」

 

「いえですから、今は別に――――――」

 

「あぁん、私に会えない間、寂しくなかったですかぁ? 私がその寂しさを埋めるために抱きしめてあげてぇ……」

 

「それはもっと遠慮しておきますッ!!」

 

 えー、いけずぅ。と表情だけなら可愛らしいのに甚く身の危険を感じざるを得ない美九に冷たい汗を流しながら、少女はこの連続して起こり続ける会話の連鎖に思わず扉前で四糸乃と仲良く並ぶ令音へ視線だけで言葉を飛ばした。

 

『……ちょっと、こんなにいるなんて聞いてないんですけど』

 

『……私は、何も見舞いが一人だとは一言も言っていないよ』

 

『……限度があるでしょう!! なんですかこの騒ぎは!!』

 

『おぉー。四糸乃、みてみてー。これが一流の忍者が視線だけで会話をする必殺技だよぉん』

 

「ふぇ……?」

 

 いや、それはかなり違うと思います。そんな言葉にならないツッコミは大騒ぎする精霊たちに黙殺され、結局この騒ぎが落ち着いたのは令音によって面会時間終了という名の強制退去が行われた後だった。

 

 

 

「……士道さん、大丈夫ですの?」

 

「…………今の俺に質問しないでくれ、泣きそうだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 寝静まった病室の扉が、開く。時刻は深夜に差し掛かろうか、というこの時間に自由に〈ラタトスク〉所有の地下施設に出入りできる人間は限られる。〈アンノウン〉の身の回りの管理――――悪い言い方をすれは、少女の監視役に近い立場の村雨令音。

 

 そしてもう一人は、今し方病室の扉を開閉した彼女、五河琴里。

 

「……」

 

 真紅の軍服を肩がけし、身なりや体躯からは想像がつかないが彼女はこの〈ラタトスク〉の一司令官。そんな彼女がこの場にいる理由は、目を覚ましたという〈アンノウン〉に会うために他ならない。

 一見、安らかに眠る少女の姿に無駄足を思わせるが、琴里はそうは思っていない。一息に、言葉を空気に乗せて放った。

 

 

「――――――こんな時間に起きてるなんて、いけない子ね」

 

 

 挑発的な笑みを浮かべた琴里が、飴を口の中で転がす音が数秒。それだけが部屋の中で響いた後、諦めたようにもう一人が声を発した。

 

「……あなただって、同じじゃないですか」

 

「あら、本当に起きてたのね。消灯時間はもう過ぎてるのだけれど」

 

 琴里は確信を持っていたわけではない。ただ、寝ているならそれで良しと思っていただけ。以前(・・)と同じで、簡単な引っ掛けだ。

 それに気づいた少女が、困った声色を聞かせてくる。

 

「……またこのパターンですか」

 

「あなた、見かけに反して素直すぎるのよ」

 

「……身近に、こういう駆け引きが得意になっていく(・・・・・)子がいましたので、私自身は不得手になってしまったんですよ」

 

 ある意味、長い時間連れ添った仲だからこその理由というべきか。だが琴里には今の二人に、時間と釣り合わない〝壁〟が存在しているように思えてならなかった。

 適当に椅子を一つ拝借して、琴里は少女のベッドの近くへ腰を落ち着ける。特に許可も得ていないが、その自由気ままさに少女がクスリと笑みをこぼした。

 

「その駆け引きが得意な子とは、ちゃんと話をしたのかしら」

 

「……何を話せばいいか、お互いわからないので、いつも通りを装いました」

 

「何よそれ」

 

 おかしな話をしてくれる。そういう不自然さをなくすために話さなければいけないのに、不自然さをそのままに会話を試みるのは更に不自然だ。

 まあ、関係にぎこちなさを感じることに関しては、わからないでもない。秘密が多ければ、罪悪感や責任感も増すものだ――――――かつて精霊としての自身を隠していた琴里が、内心ではそうであったように。

 

「今まで喧嘩した時とかどうしてたのよ」

 

「ありませんよ、そんなの。私は私の、あの子はあの子の。それぞれの目的のために、それだけのために共にある。都合がいい関係だけがあれば、良かったんです――――――そうでなくなったのは、私としても誤算でした。さて、誰のせいなのでしょうね」

 

「…………」

 

 関係が続いていれば、少なからず対人での衝突というものはある。誰であっても、大きい小さいに関わらず意見の差がなければならない。

 おどけるようにそう言った少女と狂三には、それがなかったという。それはどこか、悲しく見える関係性だった。

 

「いいじゃない。誰かさんのせいでそうじゃなくなったなら、この機会にちゃんと向き合えば良いのよ」

 

「……無理ですよ。今更、私にそんな資格はありません。私は、あの子が好きです。けど、あの子はあの子自身のために。それで、いいんです」

 

「そんなの……悲しいだけよ」

 

「好きな人への献身に、見返りは求めないタイプなんですよ。最も、私のこれは私なりの目的がありますから、見返りがあるといえばありますけれど」

 

 愛というのは素敵で、愛というのは身勝手だ。人のため、愛する人のため。それだけのため。そう口にしているのに、あらゆる制約を受けてそうではいられなくなる時がある。投げ出せない時がある。見返りを、求めてしまう時がある。

 だが、少女はそれを求めはしないという。それは真っ直ぐで――――――酷く、悲しい愛の形。

 

 

「なんで、もっと欲張りになれないの? もっと欲張って、幸せになりたいって思っていいのよ――――――あなたは、頑張ってるじゃない」

 

 

 それは、少女が言っていたことだ。頑張っているなら、相応の見返りがあるべきだ。報われるべきだ。そうじゃなきゃ、世界はただ理不尽なだけじゃないか、と。

 なら琴里も、同じ言葉を少女へ贈ろう。求めたっていい、それが人なのだ。そんな琴里の必死な表情が見て取れたのか、少女が微かに身体を揺らした。

 

「……欲張ってますよ。欲張って、これなんです。私なりに自分を作って――――――けど、ダメなんですよ。私にも好きな男の一人はいます。でも、もっと大切な子がいるんです。そのどっちもを選ぶことが……私にはできない」

 

「だったら努力してみなさい。考える頭があるなら出来るはずよ」

 

「……なんか、どこかで聞いたことのあるアドバイスです」

 

 ああ、いい加減なんだか頭にくる(・・・・)。どいつもこいつも理屈を捏ねてできない、やれない、話せない。こればかり言い出す。そのくせ、こちらには手を貸すのだから本当にタチが悪いことこの上ない。

 精霊を保護する〈ラタトスク〉が、精霊に助けられ続けるなどあってはならない。何より――――――五河琴里のプライドにかけて許せない。

 

「あったまきた。絶対あなた達まとめて〈ラタトスク〉で保護して幸せな生活送ってもらうわ。覚悟しときなさい」

 

「ああ、それは怖い……です、ね……」

 

 ふと、少女の声に覇気がなくなっていくことに眉を顰める。しかし、思い返してそれも当然かと琴里は納得した。

 病み上がりの身体で、琴里以外ともかなり言葉を交わしていたはずだ。精霊とはいえ、相応の休息を肉体が求めるのは当然だろう。少女の抱える事情があれば、特に。

 

「ごめんなさい、話し過ぎたみたいね。私は戻るから、ゆっくり休んでちょうだい。安全面は保証するわ」

 

 少なくとも、単独で行動しているよりは遥かにセキュリティをしっかりさせている自負がある。冗談交じりに言い、腰を浮かせて出口へ向かおうとした琴里だったが――――――指先に触れる僅かな感触に、目を瞬かせて振り向き直る。

 

「どうかした?」

 

「……眠りたく、ないんです」

 

「え?」

 

 そんな身体で何を言ってるのか。そう考えた琴里だが、それを口に出すことはなかった。伸ばされた手が、触れた指先が――――――小さく、震えていた。

 

「……どうして欲しいの?」

 

 だから、優しく握りしめる(・・・・・)。その手の大きさは、琴里とそう変わらないのだと少し驚く。

 

 

「……眠れるまで、傍にいてもらえませんか? 一人だと――――――怖い、夢を見るから」

 

 

 顔は伺えない。ただ、それでも恥ずかしげに……そして、本当に恐ろしいのだと少女は震えていた。

 ギュッと両手で少女の細い手を包み込み、琴里は穏やかに言葉を紡いだ。

 

「ちゃんと、言えるじゃない。良いわ。あなたが安心できるまで、いてあげる」

 

「……ふふっ、温かい手です。子供体温ですか?」

 

「おいこら」

 

 人が優しくしてやっているのに、なんて失礼な事を言うのか。目を吊り上げて睨む琴里に、くすくすと少女が笑う。けど、その呼吸はゆっくりと静まっていき――――――

 

 

「……ああ。あなたが傍にいてくれると、安心して眠れそう……です……」

 

 

 その言葉(ほんね)を残して、少女は暗がりの中で安らかな眠りについた。

 寝息を立て始め、琴里も安心して仄かに笑みをこぼす。こうしていると、歳の近い妹を相手にしている気分だ。悪い気持ちはしない――――――だから、もう一人。わからず屋の相手もしてやらねばならなかった。

 

「……別に、今のはあなたじゃ安心できない、って意味じゃないと思うわよ」

 

 琴里の背後で、重苦しい闇が蠢動する。僅かな月明かりが生み出す影から、一人の精霊が姿を形にし、その微笑みを困り顔に変えていた。

 

「いえ、いえ。わたくしがいては、この子が気を張ってしまうでしょうから」

 

「めんどくさいわね、あなた」

 

「この子に見せる優しさを、少しは分けて欲しいものですこと」

 

 いけ好かない仕草で肩を竦める狂三に、琴里はふん、と鼻を鳴らして一蹴する。どこかの誰かさん(・・・・)が狂三を甘やかすから、琴里はその逆をして釣り合いを取っているだけだ。

 

「拗れる前に話つけなさいよ。こんな調子じゃこっちも困るわ」

 

「ご心配なさらずとも、すぐに元通りですわ――――――この子も、わたくしも」

 

 琴里は、少女に視線を戻していて狂三がどんな表情で言葉を口にしたかは見て取れない。けれど、何となくわかってしまう。そして、無性に心がざわつくのも、わかる。

 

「……今のあなた、嫌な感じね。最初のあなたに戻った――――――いいえ、取り繕ってるみたい」

 

「これはこれは、異な事を仰いますわ。わたくし、常に変わらないつもりなのですが……」

 

「ふんっ、気に入らないわね。変わらない関係なんてない、って息巻いてたあなたはどこへ消えたのかしら」

 

 狂三は、責任を投げ出せるような精霊ではない。いいや、投げ出せないからこそ……彼女は、そうして取り繕うことで己を保っているのかもしれない。

 

「ええ、ええ。その言葉に偽りはありませんわ。ただ、進む関係ではなかったということですわ」

 

「何ふざけたこと言ってるのよ。あなたが諦めたら――――――」

 

「――――――進めてしまえば、もうわたくしとこの子は共にはいられない」

 

 ハッと顔を上げて振り返る。そこに、気丈な精霊は存在しない。いるのは、精一杯仮面を被り続ける儚げな少女。悲しげに微笑む、痛みを背負う少女でしかない。

 

 

「きっと、この子はそう言っているのですわ。目を背けていたのは、わたくしでしたの。信じている気持ちに偽りはありません――――――けれど、進んでしまっては、もうこの子を犠牲にはできない(・・・・・・・・)

 

「っ……」

 

「止まれませんの。わたくしは、わたくしの意志で止まることは許されていない。それがわたくし――――――『時崎狂三』なのですわ」

 

 

 決意の言葉が彼女の意志であるならば、それは恐ろしく、悲劇的だ。

 手には銃を。胸には決意を――――――影には、怨嗟を。今この瞬間も、蠢く影から憤怒と憎悪の声が聞こえるかのようで。

 

 『時崎狂三』。その名が、まるで〝呪い〟だ。当人には決して解くことができず、彼女を長く知る者でさえどうすることも出来ない、強大な〝呪い〟。

 

 

「ねぇ、狂三」

 

「…………」

 

「呪いのかかったお姫様を助ける方法って、知ってる?」

 

 

 この世で唯一、それを成すことができる人間がいる。

 

 この世で何よりも、時崎狂三を愛する人間がいる。

 

 この世で――――――その羨むほどの愛を、受け取ることが出来る少女がいる。

 

「ええ、知っていますわ。けれど――――――」

 

 けれど。

 

 

「わたくしには、呪いをかける悪夢(ナイトメア)がお似合いですわ」

 

 

 精霊は、お姫様であることを願わない。

 

 

 




自然な流れでシレッととんでもない会話してれば自然になるんじゃないかと思う。いやならんわ何してんのこの二人。

背負えてしまうのがわかるから、そんなものを背負わせたくないと思う。ただ、まあ……折紙が黙っているかと言うと、そこまで待っているお姫様タイプじゃないですよね、彼女は。
ちなみに〈アンノウン〉の中で好感度が高い(基本精霊は全員高いですけど)士道、折紙、狂三は見ててハラハラするタイプ。琴里は頼りたくなるタイプです。残当な扱いではあります。

悪夢は呪われ、何かを偽る。彼女の本音がどこにあるのか、この作品を見てきた方なら察してもらえるはずです。それを選ばないのが時崎狂三。士道を犠牲にすると決めているのに、長く連れ添ったからと慈悲をかける彼女ではない。そして、少女もそれを受け入れているのでしょうね。
悪夢にかけられた呪いを解き、お姫様を救うのはいつだって主人公の役目。そろそろ物語のエンディングも近づいてきた頃です。

次回で〈アンノウン〉編も一区切り。救いのある結末へは、まだ遠い。感想、評価、お気に入りなどなどお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!!

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