デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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新年あけましておめでとうございます。今年も変わらぬ更新をしていきますのでよろしくお願いします。喰らえ新年いきなり明るくない回攻撃!!!!




第百七話『悪夢と不明の境界線(ボーダーライン)

「士道、戦争(デート)よ」

 

「は?」

 

 夕飯の買い物から帰宅し、真っ先に玄関前での出迎えをしてくれた黒いリボンのマイシスターの第一声に、士道は口をあんぐりとさせた。

 

「なーにアホみたいな顔してるのよ。自分の使命も忘れたのかしら?」

 

「いや、それは忘れてないが……空間震警報は出てないぞ?」

 

 取り敢えず荷物を玄関に置き、士道は冷静に罵倒へ言葉を返す。

 高校生、五河士道の仕事は学業、主夫業、そしてもう一つ――――――精霊とデートして、デレさせる。半年以上経ってもふざけているとしか思えない内容だが、失敗すると世界の危機という冗談にならない使命を抱え込まされた士道は、精霊が現れれば昼夜を問わず彼女たちを攻略してきた。

 とまあ、そんなわけで使命を忘れているわけではない。だが、精霊は基本的に空間震を伴って出現するもの。今現在、危機感を煽る警報は発令されていない。〈ラタトスク〉がASTから先手を取り、精霊を感知したという線も考えられるが……はあ、と頭を抱えるような仕草で片手を上げ、琴里が息を吐いて声を発した。

 

「もう昼も過ぎたのに、本当に寝起きなんじゃないでしょうね? 今精霊って言ったら、一人しかいないでしょ――――――〈アンノウン〉よ」

 

「……あ、そうか」

 

 ポンと手を叩いて、士道はようやく琴里の言う攻略対象を理解した。

 〈アンノウン〉。正体不明の精霊。幾度となく士道たちを救い、今は〈ラタトスク〉の地下施設に収容されている少女。士道は少女のことを忘れていたというより、咄嗟に攻略対象として結びつかなかった。事実、帰宅して荷物を置いた後、見舞いに赴こうとしていたのだから。

 そんな風に士道が腑抜けた姿を見せるものだから、琴里が眉根を釣り上げて声を上げる。

 

「しっかりしてちょうだい。こういう言い方はしたくないけど、こんな時じゃなきゃあの子を攻略なんてできないんだから」

 

「ん、それはわかってるけど……」

 

「けど、何よ」

 

 士道の中では、未だに根強く狂三との約束が残っていた。琴里の言いたいことはわかる。彼女も、〈ラタトスク〉の司令として少女の事情を知る一人。なので、訝しげな彼女へ士道は嘘偽りを使わず気持ちを言葉にした。

 

「……狂三のことを考えると、どうにも、な」

 

 〈アンノウン〉という精霊の生き様に、〈ナイトメア〉・時崎狂三は欠かして語ることはできない存在だ。その彼女に何も言わずに、という気持ちと……彼女たちの関係に、土足で足を踏み入れて良いものか、士道は悩んでいた。

 戦術的に見れば、狂三に対して非常に効果的とも言える〈アンノウン〉攻略だが、士道はそんな気持ちで狂三と向き合えない。琴里は士道の考えもわかる、と言いたげな顔で即座に返答を返す。

 

「そうね。だけど、〈ラタトスク〉はあんな危なっかしい精霊を放置できないの。狂三がどんなにあの子を必要としていても、あの子が危険に晒されるのを黙って見過ごすわけにはいかない」

 

「っ……」

 

 その通りだった。きっと少女は、傷が治れば同じことをする。狂三のために、ボロボロの身体を酷使して戦うことを繰り返すだろう。精霊保護を謳う〈ラタトスク〉が、少女の蛮勇を放置などするわけがない。士道とて少女のことを放って置くつもりはなかった――――――けれど、狂三の苦悩を直に感じてしまい、どうするべきか考えあぐねていたのは確かだ。

 微かに顔を俯かせる士道に、琴里は尚も言葉を続ける。

 

「けどね、私だってあの二人を引き剥がそうってつもりはないわ。私なりに解決してあげたい気持ちもあるの……だから士道、それはあなたの役目よ」

 

「え……」

 

 しかし、それは士道を叱責して立たせるようなものではなく、諭すような口調だった。

 

 

「会話の中で、あの二人のためにやってみせなさい。それくらいの余裕がなきゃ、狂三や〈アンノウン〉を落とすなんて夢のまた夢よ。もちろん、最優先は〈アンノウン〉の攻略だけど」

 

「琴里……」

 

 

 腕を組み、ふふんと得意げな顔で士道を見遣る琴里を見て、思わず顔を綻ばせる。

 琴里の言う通りだ。狂三が抱える少女を大切に想う心と目的の板挟み。少女の無謀なまでの行動理由。それらを解決に導ける可能性を持つのは、精霊攻略の切り札である士道を措いて他にない。

 そうだ、腑抜けたことを考えるな。気合を入れるため、パチンと強く頬を叩いて前を向く。愚直に、思ったことを……狂三にも、太鼓判を押された自身の長所だ。

 

 

「わかった――――――俺たちの戦争(デート)を始めよう」

 

「その意気よ。〈フラクシナス〉は使えないけど、代用の施設は用意してあるわ。早速あの子のところへ――――――」

 

 

 くぅ。そんな可愛らしい音が鳴ったのは、琴里が声を発した直後の話だった。腹の虫、というやつは抑えられないものなのだが……誰のものかは、カァっと顔を赤くした妹様を見れば一目瞭然だった。

 彼女にドヤされない程度に軽く笑いをこぼし、士道は玄関先から上がりながら一つ提案をした。

 

「先に昼飯、だな。腹が減っては戦ができぬ、だろ?」

 

「……し、仕方ないわね。合理的な判断よ!!」

 

 打って変わって、恥ずかしさを隠すために顔を背けてリビングへ向かう琴里を士道も追いかけながら、相変わらず頼もしくて可愛い妹だ、と妹バカ全開で考えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『準備はいいわね?』

 

「ああ、大丈夫だ」

 

 見舞いに行くという理由は変わっていないのに、独特の空気感と緊張感が士道を襲う。最も、今更この程度の空気にやられてしまう士道ではない。

 地下施設の一室の前でインカムからの声を確かめながら、士道はゆっくりと息を整える。

 

『十香たちが面会する時間には十分余裕があるわ。狂三も、いつも通り十香たちと同じ時間に現れるはずだから都合よく二人っきりよ』

 

 昼食を取りながら一通りの打ち合わせは済ませていた。琴里からの最終確認を済ませ、士道はノックのために手を掲げるように上げた。

 

「わかってる。じゃあ、行くぞ」

 

 緊張の一瞬と言える。気負うな、何も難しく考えすぎる必要はない。士道は少女の見舞いに来て、たまたま(・・・・)二人っきりの状況が作られているに過ぎない。士道の手が扉を叩く――――――瞬間、扉が士道の視界から消えた。

 

「へ……?」

 

 消えたのではなく、開閉のために横に開かれたのだと気がつく。

 

「あ」

 

「……え」

 

 目と目が合う。というのも相手側がローブに隠れているため、確信的ではない。だが、見下ろした士道に対し少女は見上げる形なので間違ってはいないのだと思う。こうして見ると、琴里と殆ど体格差は感じられないなーとか思ったりもする。

 

 いや、そんなことではなくて。

 

「おま、何して――――――」

 

 指を差して汗を垂らした士道の目先から、今度は少女の姿が消える。扉が開閉の閉を実行したためだが、士道は慌てて扉を勢いよく開け放ち叫んだ。

 

「病人が何しようとしてんだよ!!」

 

「……ちっ。解析官が席を外したと思ったのに」

 

 モゾモゾと布団へ潜り込みながら、悪びれもせずに呟いたのが士道の耳にも届く。令音が席を外したのは、怪しまれない程度の時間差だったはずだ。全く油断も隙もないとはこの事である。

 

『……まあ、モニターしてるから見えてるけど、今度やったら専用の部屋にぶち込んでやろうかしら』

 

「…………」

 

 それはそれで、根気よく脱走されそうな予感がするがなぁ。と思いながらも琴里の怖い発言はスルーを敢行し、士道は少女のベッドの隣へ簡易な椅子を動かし座って自然な流れで会話を始めた。

 

「お前な……絶対安静って令音さんに言われただろ?」

 

「……暇なんですよ。別にちょっと動くくらいならいいでしょう」

 

「ダメだ。次やったら令音さんに叱ってもらうからな」

 

「む……」

 

 以前、似たようなことが起こった時のことを思い出し、そう告げた士道に少女が露骨な黙り方を見せる。やはり、どうにも少女は令音に強く出ることができないらしい。

 

「暇なら、俺がいくらでも話し相手になってやるよ」

 

「ふぅん……今日は、珍しく一人なんですね」

 

「……ああ。俺だけ他に用事があって、それが終わったから先にな。皆はあとから来てくれるよ」

 

 一瞬心臓が高鳴ったが、どうにか動揺を悟らせず言葉を返す。これも、嘘は言っていない。

 

「そうですか……ま、私なんかと話をして楽しいかはわかりませんが、いいですよ。何を話します?」

 

「うーん……そうだなぁ」

 

『待って士道、選択肢よ』

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 〈ラタトスク〉、地下施設内の臨時司令室。現在、〈フラクシナス〉が諸々の事情があり本来の役割を果たすことができないため、この場所がその代役となる。

 士道と〈アンノウン〉の姿がアップで映された巨大モニター。本当なら、精神状態や好感度が付属しているはずなのだが、〈アンノウン〉はそういった解析やモニタリングを受け付けない。なので、今回の選択肢も過去の〈アンノウン〉の言動などを解析、分析を重ね予想などを多分に含んだものとなる。普段の精霊攻略より数段劣ってしまうが、それでもないよりは余程マシだ。

 司令席に座った琴里の目に、表示された三つの選択肢が飛び込んできた。その中身は……。

 

 

 

 ①『「お前のことが聞きたいな」無難に少女の話をする』

 

 ②『「好き好き大好き。結婚しよう愛しい君(マイハニー)」思い切って愛の告白』

 

 ③『「〈アンノウン〉、俺とデートしよう」キリッとした表情でデートに誘う』

 

 

「……総員、五秒以内に選択!!」

 

 一瞬、本当にAIが壊れたのではないかと疑うような選択肢が飛び出していて、琴里の思考を指輪の魔法なディフェンドの如く妨げるが、何とか集まったクルーへ指示を飛ばした。

 ただ、殆ど選択肢は決まっているのだろうなと琴里の中で確信はある。というか、②は何だ②は。どちらかと言えば、狂三に特攻火力のある選択肢だろう。今度試してみるのもいいかもしれないと思うと同時に、折紙の時に考えた大型メンテナンスを実行に移すべきなのではないか? という思いが共存していた。

 

 投票の結果は即時表示される。内訳は……③に一票が入っている以外は、全てが①に集中していた。まあ、妥当なところだ。

 

「あら、③に一票入っているのね……」

 

 ②に入っていたなら、容赦なく右後ろに立つ神無月の足の小指を全力で踏んずけてやろうところなのだが、③となると恐らく神無月ではない。

 一体誰が……と琴里が首を傾げると、何とも気力の感じられないような勘違いを産む声色が部屋に響いた。

 

「……私だ。すまないね」

 

「令音が……?」

 

 彼女がこういった選択肢を選ぶのは意外だ。他のクルーたちも、少し驚いたように令音へ視線を向けている。他の精霊ならともかく、精神状態が不明瞭な〈アンノウン〉を相手に堅実性のない選択肢を令音が選んだのは驚きと言っていい。

 

「……なに、あの子にはこれが良いのではないかと思ってしまってね。ここは①で行くべきだろう」

 

「え、ええ……」

 

 どこか珍しく気まずげに頬をかく令音に、琴里も僅かに動揺しながら首肯する。令音のらしくない言動に翻弄されるも、今は〈アンノウン〉攻略戦の途中。琴里が足を引っ張るわけにはいかない。インカムへ繋がるマイクへ琴里は投票結果を送った。

 

「士道、①よ。まずは彼女の出方を見ましょう」

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「……お前の話を聞かせてくれないか?」

 

 琴里から受け取った言葉を、出来うる限り自然な形で士道が口にする。間も士道が考えているものとすれば、大して不自然な形ではなかったはずだ。

 ふむ、と上半身を起こして顎に手を当てるような仕草をした少女が声を発した。

 

 

「……それは、『私の秘密を知りたい』の比喩的な表現ですか?」

 

「――――――っ」

 

 

 冗談めかした口調の言葉に、士道は息が詰まる。乗せられた感情の違いはあれど、その台詞は――――――疑惑を振り払い、士道は冷静に言葉を返す。

 

「……違う。お前が話したくないことを無理やり聞くつもりはない。だから、お前が話せるお前のことを、俺は知りたいんだ」

 

 これは、士道の飾り気のない本心だ。〈ファントム〉との繋がりを知りたい気持ちは、もちろんある。折紙の一件が終わった後に。そう思っていたのは士道だ。だが、今はそれより少女自身のことをもっとよく知り、狂三と少女のために何かしてやりたいのだ。

 当然、士道が聞いたところで狂三すら聞き出せない秘密を教えてくれるとは思わなかったのもあるが。

 

「……私の事、と言いましてもねぇ……」

 

 その声色には、純粋な困惑があった。言うなれば、自らが話すことが思い浮かばない。そんな風なものだ。それから、少女はふと思いついたように一言を口にした。

 

「……じゃあ、狂三の話でもします?」

 

「へ?」

 

 

 

 

 

 一時間後。

 

「いやな、本当にそういうところが可愛くてさー。本気で負けそうになる時が結構あるんだよなぁ」

 

「……あなたの命、軽くないです? まあ、気持ちはわからなくもないですけど」

 

「だろぉ?」

 

 盛り上がった。物凄い盛り上がってしまった。これ以上ないくらい、自らの才能が恐ろしく思えてしまうほどに言葉がスラスラと出てくる。これならどんな精霊が相手でも――――――

 

『士道!! ちょっと士道!! 趣旨がズレてる!! 狂三大好き同好会してんじゃないわよッ!!』

 

「……はっ」

 

 言われてみればその通りである。共通の趣味で盛り上がるのは間違ってはいないが、これは当初の目的から何かがズレている。これでは士道が楽しいだけで意味がないではないか。

 琴里の声がようやく届き正気に返った士道を見て、少女が呆れたように肩肘をついて顔に手を当てながら声を発した。

 

「……あなた、狂三に強いですけど狂三に弱いですよねぇ」

 

「ぐ……」

 

 狂三の話題で、こんなにもあっさり方向を逸らされるとは思いもしなかった。ぐうの音も出ないのだが、そういう星の元に生まれたとしか言いようがなく、返す言葉に詰まってしまう。

 

「そ、そういうお前だって、狂三に弱いじゃないか」

 

「……私はあなたと立場が違うんですよ。それに、私は最終的にあの子の行動を黙認します。それがなんであれ、ね」

 

 それが、あなたとの違いです。そう言葉を締めくくる少女に、士道は訝しげな表情で言葉を返す。

 

「それが俺とどう違うってんだよ」

 

「違うでしょう。あなたは狂三の選択や願いに反論や反対をすることが出来て、場合によっては狂三に意見を曲げさせることが出来る。対等な立場と言えます。私は……出来ません」

 

「言えばいいじゃないか。狂三は、誰かの意見を蔑ろにするようなやつじゃないだろ」

 

 言って、意見を交わし合う。これはコミュニケーションにおいての基本であり、誤解なく分かり合うため必要な行為だ。狂三がそれを否定するとは思えないし、少女は士道以上にそれをわかっているはずだ。

 だが、少女はそれを言葉によって否定する。

 

 

「……ねぇ、五河士道。狂三は何人殺した(・・・・・・・・)と思います?」

 

「っ……」

 

 

 身体を、いきなり鋭い刃で突き刺されたような痛みが襲ったようだった。

 一人も、殺していない。そう答えてしまいたかった。かつての士道のように。それが出来ないことは、狂三の悲痛な叫びを聞いた士道がよく知っている。

 

 

「一万か、二万か、或いは億か。私は数えられませんが、あの子はきっと覚えていますよ。もう屍となった者もいるでしょう。その原因を、彼らは知る由もないでしょうけれど」

 

「…………」

 

「……奪われた人は、何も知らないんですよ。あったはずの命、あったはずの〝時間〟。覚えているのは、狂三だけ」

 

 

 ――――――殺されるより、残酷なことではなくて?

 

 狂三の声が、言霊のように響く。何千、何万……一体、どれだけの〝時間〟を彼女は喰らってきたのか。それら全てを背負い、それら全てに怒りと憎悪を向けられてなお、時崎狂三は生き延びている。生き延びて、何かを果たそうとしている。

 

「……狂三は、優しい子です」

 

「ああ、知ってる」

 

 優しくなければ、生きていられない。優しくなければ、狂三は立ち止まっていた。しかし、優しいからこそ、狂三は地獄の業火に焼かれ続ける。

 

 

「本当の自分を押し殺して、殺して、殺して、殺し続けて――――――その果てに、狂三はあなたを殺さなくてはいけない」

 

「……何かを、〝なかったこと〟にするために」

 

 

 神という摂理に抗い、世界を変えるために。愛した人を、愛してしまった人を犠牲にして。

 

「……長く、あの子を見てきました。優しい子が、修羅に堕ちるのを見てきました――――――そんな子が、本当の自分(・・・・・)を取り戻すのを見てきました。たとえそれが、あの子にとっての弱さだとしても」

 

「お前も、狂三の優しさが弱さだって思ってるのか……?」

 

 優しいことが罪だと。慈しむ心を狂三が持つことは、許されないのだと。けれど少女は、そんな士道の問いに小さく首を振った。

 

 

「……思いません。でも、あの子はそう思っている。だから私は――――――そんな狂三を肯定する」

 

「っ……それは……ッ!!」

 

「……私まであの子を否定したら……私があの子を裏切ったら、これまでの全てが無に還る(・・・・)

 

 

 否定――――――している。五河士道は、時崎狂三を否定している。彼女の〝悲願〟を否定している。否定せざるを得ない。何故ならそれは、士道の願う未来と相反してしまうものだから。

 世界を僅かに変えてから、ずっと士道が考えていたことだ。士道は拳を握り、奥歯を噛み締める。

 

「……あなたの願いが狂三の幸せになることはわかってます。本当は、私に都合が良いものだと知っています。だけど、私はあなたにつくことは出来ない。そして……」

 

 そして。その次の言葉は、もうわかっていた。ここまで何もかもを肯定する(・・・・・・・・・)少女を見せつけられて、わからないはずがない。

 

 

「私は――――――狂三の友達(・・)にはなれない」

 

 

 酷く悲しい、愛のカタチ。

 

 少女は狂三の全てを肯定する。彼女の下した決断を、何もかもを肯定する。きっと彼女を支えることはするのだろう。叱咤激励……それら全てを尽くし、その果てに狂三が下す選択を、〈アンノウン〉は受け入れ、肯定する。

 それに否定はない。否定がないのであれば、少女と狂三の立場は対等ではない――――――共犯者(・・・)。それが、彼女たちの下す決断。

 そんな悲しい決断を受け入れられるほど、士道は自身を抑えることが出来そうにない。

 

「お前は、それでいいのかよ!?」

 

「……前に言いましたよね。私に価値は必要ないんです。それと――――――私、あの子の友人を名乗れるほど覚悟を背負えてない(・・・・・・・・・)のかもしれません」

 

「……?」

 

 言葉の意図を理解しきれない。どうして、狂三の友人を名乗ることに覚悟が必要なのか。眉を顰める士道に少女がクスクスと笑い、人差し指を恐らくは口元の付近に当てた。

 

「これは、私お得意の秘密です。いつか、わかる日が来るといいですね。……さて、私のカウンセリング(・・・・・・・)はこれで終わりですか?」

 

「え?」

 

「……どーせ、五河琴里が気を回しているんでしょう。私と単独で話に来る理由なんて、それくらいしか思い浮かびませんしね」

 

 読まれていた、らしい。が、そこでデート攻略という確信的なものに至らないのは、士道の力不足かはたまた少女の自己評価の低さか。どちらにしろ、バレてしまっては仕方がない。

 

「間違ってるわけじゃないが……すまん、不快だったか?」

 

「まさか――――――私、あなたと話すのは好きですよ」

 

「……へ?」

 

 意外な不意打ちに、呆気に取られた顔をする士道。そんな士道を見て、少女はローブの下に笑みを浮かべているであろう表情で、楽しげに言葉を紡いだ。

 

 

「ただし――――――狂三の次に、ですけどね」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、冗談か本気か……どっちだったと思う?」

 

『……どっちも、だと思うわよ。その上で、狂三の方が大切って宣言されちゃったわね』

 

「だよ、な」

 

 それはつまり、狂三を自力で攻略しない限り〈アンノウン〉には辿り着けない。そう、暗に釘を刺されたようなものだ。

 士道は休憩室の壁に背を預け、成果報告とは名ばかりの継続作戦会議を琴里と行っていた。

 

「もどかしいな……解決したいことが、全然噛み合ってくれない」

 

 〈アンノウン〉と狂三は、これからも行動を共にするだろう。だがそこに、少女の身の安全は含まれていない。

 狂三はこれからも士道の命を狙うだろう。そのために、少女を連れ添うことはあっても寄り添うことはない。どれだけ気を配っていても、少女の身体は恐ろしく危険な状態にある。それでも、だ。

 そして士道は〈アンノウン〉攻略の糸口を開くためにも、より一層『時崎狂三』の攻略を行う必要がある――――――それで、いいのだろうか。

 

 

「俺は――――――」

 

 

 どうすればいい。

 

 その返答を、答えを。琴里も、何より士道本人も持ち合わせていなかった。問いは虚空へ消え、信じた道は曇り始める。

 

 みんなを救う。それはあまりに傲慢で、今の士道が願うには、あまりに儚い理想だった。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

「……盗み聞きは、淑女のすることじゃありませんよ」

 

 少女だけがいる病室内。士道がいなくなり、令音が戻る僅かな間。少女は上半身を起こしたまま、何もない空間へ言葉を発した。まるで、返答が来るのを確信しているかのように。

 

 見慣れた影が生まれ、瞬時に人の姿へと生まれ変わる。

 

「あら、心外ですわ。『わたくし』が偶然見聞きしたものを、わたくしが共有(・・)してしまったまでのこと。盗み聞きとは違いますわ」

 

「……分身体まで使って、大した念の入れようです」

 

 まあ、そうでもしなければ狂三の接近は士道に気づかれてしまうリスクがある。念を入れるのは当然の判断だ。

 いたずらっ子のように微笑む狂三に、少女は困ったような笑みを浮かべる。何十年と、変わらない微笑み――――――何十年と、頑なになってしまった関係性。

 

「……ま、そういうことです。存分に使い潰してください」

 

「…………」

 

「……我が女王。私は、あなたの足を引っ張るためにいるんじゃありません。あなたが悩むのは、五河士道のことだけでいい」

 

 他は必要ない。道具を扱うことに、何の躊躇いがいる。いらないだろう。それこそ、そんなものは時崎狂三に不要(・・)だ。

 

 

「私はあなたの全てを肯定します。あなたが私を信じると仰るなら、私もそれを肯定します。だから、我が女王――――――私一人のために、あなたがそれ(・・)を捨ててはいけない」

 

 

 歩みを止めては、いけない。

 

 幾星霜の刻を奏、時崎狂三はここにいる。それが、たった一人の価値のない精霊のために思い悩むなど馬鹿げている。

 

「……せめてその優しさは、五河士道とあの子たちへ向けてください。」

 

 その優しさは、必要なものだ。けれど、不要なものに向ける必要はない。

 

 この子は――――――背負いすぎるから。

 

 

「わたくし――――――人でなしですわ」

 

 

 それだけを、言って。けれど、それが今の彼女の答えで。時崎狂三は、いつの間にかいなくなっていた。

 

「……こっちの台詞、ですよ」

 

 こんな出来損ないの精霊が、人と呼べるのかも曖昧ではあったが。

 

 少女は願う。何を踏みにじってでも。たとえそれが、他ならぬ時崎狂三の優しさだとしても。

 

 ああ、全ては――――――我が女王のために。

 

 

 





どっかで聞いたようなセリフ使うのですね(すっとぼけ)ちなみにお気づきの方がいらっしゃるかはわかりませんが、結構序盤の方からこの子はどこかで聞いたような台詞回しをしています。うふふ。

選択肢はまあ慣れないことしたからくっそ悩んだのですが、1の台詞回しもっと良いのあっただろうと。2.3は狙ってやってるんですけどね。特に3は令音がいるのでどこから来たかわかりやすい場面な気がします。2の選出は私の趣味だ、いいだろ(プロフェッサースマイル)

時崎狂三が踏みにじってきた命。積み重ねてきた年月。救いたいと願いながらも、士道は彼女の想いを知っているが故に苦悩する。さあ、〈アンノウン〉共々物語は終盤へと向かい始めます。次回からいよいよ五河ディザスター本編開幕です。
感想、評価、お気に入りなどなど新年からお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!!

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