デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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器の完成に必要な数は……さあ、五河ディザスター開幕です。




第百八話『残された力』

 

 

 常日頃、非日常。謳い文句としては、そんなところだろう。五河士道の暮らしというのは、好む平穏と望む非日常が絡み合っている。異常という名の日常に、士道は迷い、恐れ、それでもと立ち向かってきた。

 

 だが、その非日常の中で彼は当事者ではあるが騒動の原因ではない。〝精霊〟という特異な存在が、騒動という物語の中心に据えられ、士道は彼女たちを救うため駆け抜ける勇者(ヒーロー)だ――――――しかし、今回ばかりは違う。

 

「……う、ぐ――――――」

 

「シドー!?」

 

勇者(ヒーロー)を救えるのは、誰か。問うまでもない。護られるだけではいたくない、女王(ヒロイン)たちだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

「〈ファントム〉について知ってることがあるなら教えてくれない?」

 

「………………」

 

 絶句。という表現が人類には存在する。それの正しい使い方というものがあれば、〈アンノウン〉のリアクションは正しく絶句という他ないだろう。

 少しだけ自由が利くようになった上半身だけを起こして、少女は眼前で真面目な顔で腕を組む五河琴里を見遣る。至って、表情は本当に真面目だった。

 

「……あの」

 

「何よ」

 

「……もう少しそれっぽく聞くとか、ないんですか?」

 

「ずっとそればっかりしてると疲れるのよね。あなた達、気を使った聞き方するとすぐはぐらかすじゃない」

 

 それで直球になった、と。司令官という職業はストレスが溜まりそうなものなので、これは考えすぎで限界が来たのではないかと体調の心配をしそうになる。

 

「……まあ、確かに私も狂三もそういうきらいがあることは認めますけど……一応、精霊への精神的な配慮とかないんです?」

 

「そういう扱いして欲しくないんでしょ? 私、士道ほど優しくないわよ」

 

「さいですか……」

 

 やれやれと言いたげに首を振る琴里。精霊に対しての配慮、気配りにおいてかなり優先的に扱う琴里にしては珍しい判断だ――――――それほどまで、彼女たちにとって〈ファントム〉という存在が謎である証明だろう。

 

 人を、精霊にする。一見してみれば、理解不能なやり方だ。事情を知らなければ、到底理解などされない行動。少女は、その理由を知っている。知っているが話すつもりはない(・・・・・・・・)

 

「……実際、〈ファントム〉のことはどこまで知っているんです?」

 

 とはいえ、少女は恩知らず(・・・・)な者でもない。少女の問いに琴里は手元の資料を再確認するように一瞬で目を通し、声を返した。

 

「基本的なことを除けば、折紙の聴取で新しくわかったことは二つ。本当の姿は、年若い少女であること。もう一つは、何か目的があってのこと、くらいかしらね」

 

「……ふむ」

 

 五年前の過去、時間遡行。その結果、折紙は〈ファントム〉に接触を果たした。尻尾を掴む、までは程遠いものだが……そこまで〈ファントム〉を暴いたことを知り、少女は内心で驚いていた。

 半ばけしかけたようなものであるが、あの時の折紙の執念は驚嘆というしかない。

 

「……ん。お察しの通り、話せることは多くありませんけれど、助けてもらった恩があります。糸口程度なら、考えなくもないですよ」

 

「っ……あら、図らずも恩を売った形になったのかしら。嬉しい誤算ね」

 

 琴里が微かに驚いた様子を見せる。少女は何も答えないと思っていたのかもしれない。事実、少女は自分から〈ファントム〉の邪魔をする気がない(・・・・・・・・・)ので、彼女の解釈は間違いではない。

 

 

「……それで? 具体的に何が知りたいんです? 私に聞くということは、五河士道から〈アンノウン〉である私が〈ファントム〉と何かしら繋がりがあるかもしれない……そういう予想を聞いているのでしょう?」

 

「……ええ。その通りよ。単刀直入に聞かせてもらうわ――――――あなたは〈ファントム〉と関わりがあるの? YESかNOかで、答えて」

 

 

 単純な問いかけだ。答えられることが少ないと聞いていた上で、最短かつ合理的な問いかけ。

 遅かれ早かれ、こうなるとは思っていた。狂三と士道の〝デート〟が長引けば長引くほど、様々なメリットと共に多数のデメリットも膨れ上がっていく。これは、その一角とも言えるもの。

 だからこそ少女は、隠された顔を微笑みに変え平然と問いかけに答えた。

 

 

「……NO――――――とは言い切れません。ですが、あなた方が〈ファントム〉と呼ぶ〝彼女〟と話したことはない。これだけは、本当のことだと答えさせていただきます」

 

「ズルい答えね」

 

「信じる信じないは、お任せしますよ」

 

 

 そうとも、ずる賢い答えだ。少女は嘘を一つも言っていない。少女は琴里たちが〈ファントム〉という存在とは(・・)一度たりとも言葉を交わしたことがない。

 睨むように訝しげな目で少女を見る琴里。恐らく、開示される前に答えに辿り着くことはないだろう――――――けれど、少女は己の知識と記憶から予測を言葉にした。

 

「……ま、敢えて言うのなら、精霊の中で〈ファントム〉と呼ばれる存在の答え(・・)に近いのは――――――あなたですよ、五河琴里」

 

「私が……? 一体何の――――――」

 

「――――――失礼するよ」

 

 その会話を遮るように、扉をノックする音と開く音がほぼ誤差なしに起こる。入ってきたのは、ここに来て間違いなく一番顔を突き合わせている令音だった。その手元には、何やらタブレット端末が収まっている。

 令音の声に特別驚いた様子も見せず、琴里が令音と向き合うように身体を振り向かせた。

 

「あら、令音。どうしたの?」

 

「……ん。琴里に見て欲しいものがあってね。実は――――――」

 

 そうして、話をし始めること数分。最初は平静だった琴里の表情が、会話を重ねる毎に歪み――――――

 

「……悪いわね。急用ができたわ」

 

 短く言葉を残して、部屋から出ていってしまった。その最後の表情は、あからさまに何かありました(・・・・・・・)という血相を変えたものだった。

 と、令音を見ると琴里を見送って何やら呑気に飲み物を用意していた。

 

「……行かなくていいんですか?」

 

「……傷も深いのに、少し喋りすぎ(・・・・・・)じゃあないかな?」

 

「……あら。彼女を甘く見たつもりはなかったのですが」

 

 意趣返しのような返答に、今度は令音が息を吐いた。無論、彼女らしく動作が小さく注意していなければわからないくらいだったが。

 少女に関しては酷く大胆な癖に、どうにもこちらは酷く慎重のようだ。ああ、全く、バレるわけがない(・・・・・・・・)のに。

 しばらく、物が擦れる音だけが病室内に響き渡る。そして、令音がポツリと声をこぼした。

 

「……砂糖は、幾つ必要かな?」

 

 問いに、少女は一瞬の沈黙を挟む。そうして、角砂糖が詰め込まれた(・・・・・・)容器を一度見て、声を返した。

 

 

「――――――あと、幾つ残っています(・・・・・・)?」

 

「……二つ(・・)、かな」

 

「……それは、それは」

 

 

 全くもって、予定通りということか。だとすれば、もう。

 

 

「……あまり、デートの時間は残っていませんよ――――――狂三、五河士道」

 

 

 残された刻の砂が尽きるのは、そう遠くない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「あれ……」

 

「あら、椎崎さん。ごきげんよう」

 

 狂三が既に通い慣れた――精霊保護組織の施設に通い慣れるのはおかしいことなのだが――〈ラタトスク〉の地下施設の道を歩いていると、長い前髪で少し目元を隠した女性とばったり遭遇した。

 まあ、名を呼んだ通り初対面というわけではない。白い少女が目を覚ますまでの間、基本的にこの施設に足を運んでいた狂三は、何度か〈フラクシナス〉のクルーと対面し、それなりに話をしていた。それこそ、軽い世間話から女子トークまで様々だ。琴里が信を置く部下たちというのもあって、狂三も彼らには一目置いている――――――なら、素直に琴里のことも褒めればいいじゃないか、という少女か士道の声が聞こえてくるのだが、それとこれとは話が別。無言で銃を乱射するイメージで追い出した。

 椎崎が狂三の挨拶に軽く頭を下げ声を返す。

 

「こんにちは。狂三ちゃんは今日もお見舞いですか?」

 

「ええ。少し私用が出来てしまいまして、その前にと思った次第ですわ」

 

 一つの処世術としても意味のある微笑みを浮かべ、なんてことのない世間話のように予定を口にする。

 実のところ――――――私用と言い切るには些か過激な襲撃(・・・・・)ではあるのだが、わざわざ伝えることはないだろう。特に、士道に知られれば真っ先に心配するに決まっている。

 

「……あ、そうだ。狂三ちゃんには伝えておいた方がいいかも……」

 

「? 何かありまして?」

 

「はい、士道くんのことなんですけど……」

 

「っ、士道さんが如何なさいましたの」

 

 話の方向が士道へズレたことで、狂三は表情を一変させ目を細める。平時の士道に何かおかしなことがあった時、情報の伝達が早いのは彼と直接繋がる〈ラタトスク〉だ。何かあったと言うなら、知っておく必要がある。

 急かす狂三に、椎崎が実は……といざ言葉を口にしようとしたその時、彼女が狂三の顔を見て目を見開いた。

 

「く、狂三ちゃん、大丈夫ですか?」

 

「……何がですの?」

 

「何がって、顔が真っ赤ですよ!!」

 

 何を言っているのか。そう訝しんで自身の顔に手を当てると、確かに妙な熱を帯びている。だが、今はそんなことより士道のことだ。狂三自身のことより、その方がよっぽど大切だ。

 

「――――ぁ、――――――――」

 

 だから、そのことを言葉にしようとして……出来なかった。唇は動いている。しかし、喉が震えない。おかしなことは、声だけではない。目の前にいる椎崎の顔が、よく見えない。彼女の顔が傾いて見えて――――――傾いているのは、狂三の方だとようやく気づいた。

 

「は――――――っ」

 

「狂三ちゃん!?」

 

 壁に手を突こうとして、それさえも上手くいかず狂三は硬い地面へ倒れ込んだ。

 冷たい金属が酷く心地いいと思えるほど、熱い。身体が、熱い。自身の異常に霊装や天使を扱うどころか、立ち上がることさえ以ての外。ただ異常なまでの熱が暴走を促し、彼女の中の霊力の循環(・・・・・)が狂い始めている。

 

 誰かに――――――引っ張られている?

 

「ぁ……はっ、はっ……あ、あ……っ!!」

 

「――――、――――!!」

 

 息苦しい。息を整えようとして、そのせいで息が止まりかける。誰かが呼びかけているのはわかるが、その声が聞こえてこない。いつもなら、聞こえすぎるくらいに聞こえる精霊としての機能すら狂っている。

 

 誰だ。繋がれた(・・・・)狂三の肉体を無遠慮に犯している。誰が――――――そんなの、一人しかいないだろう。

 

 誰かが、狂三を抱き起こした。ボヤけた視界と照明の光が合わさって、よく見えない。

 

 

「――――み。――――るみ!!」

 

「……し、どう、さん……」

 

 

 温かい。気分を害する熱ではなく、包まれるような温もり。それも、当然のことだったのかもしれない。微かに焦点が戻った瞳が、その真紅の輝き(・・・・・)を捉えた。

 

「――――――しっかりしなさい、狂三っ!!」

 

「……ああ、ああ」

 

 これは、屈辱的、というべきか。全く節穴となった自身の目を、叱責するべきか。よりによって彼女と士道を見間違うなど……その上、彼女に抱き起こされて安心感(・・・)を覚えてしまうなど、一生の不覚だ。

 

「椎崎!! 急いで救護班に連絡!! 令音も呼び戻して!!」

 

「は、はい!!」

 

「ああもう、何でこんな時に……!!」

 

 怒声のような指示が飛んで、狂三の身体が抱えられた。そんな小柄な身体のどこに力を隠しているのか……皮肉の一つも、出てきはしなかった。

 

 今、思っているのはただ一つだけ。

 

 

「――――――士道、さん……?」

 

 

 愛する彼に、何かが起こっている。それだけだった。

 

 

 






今回の少女は一つも嘘を言ってないのは確かです。〈ファントム〉と話したことがないのも本当。狂三側についているのも本当……士道へ何かしらの希望を抱いていることも、本当。ただ、何かを隠していないとも言っていませんね。非常にずる賢い答えですけどね。話したことがないと言っているだけですし。

残り二つ。この会話の意味は……この二人の関係がこの小説で一番分かりづらいと思います。何せ、お互いがお互いをどう思っているかが難題すぎる。心理描写の薄い令音側は特にそうでしょう。
というわけでディザスター本編開幕です。狂三がいつものように華麗に助けてくれる、とは行かないのがこの章。どうかお楽しみいただければ幸いです!

感想、評価、お気に入りなどなどお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!!

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