デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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なんか主役とヒロインがここまで長く会話してないの久しぶりな気がしてます。どんだけべったりしてたのこの二人。




第百十二話『溢れ出す想い』

 

 

 先行した〈バンダースナッチ〉が爆散(・・)する。人形兵の頭部を容易く砕き、順次に接敵した元上司(・・・)へ向けて彼女は刃を振り下ろした。

 

「――――――真那」

 

「さすがはエレン。簡単にやられちゃくれねーですね」

 

 彼女の妨害を行った少女、崇宮真那は一つに括った髪を揺らし挑発的な笑みを浮かべながら後方へと飛び退いた。

 エレンが纏う白銀のCR-ユニット。真那の纏う漆黒と蒼のCR-ユニット。それぞれ纏うものは違えど、魔術師(ウィザード)としての尋常ならざる経歴をそれだけで物語っている。

 

「まさか、あなたが出てくるとは思いませんでしたよ」

 

「兄様の一大事って言われたら、黙ってるわけにもいかねーでしょう。わりーですが、私が来たからにはあなたの思うようにはいきませんよ、エレン」

 

「……あなた方兄妹は、本当に私を不愉快にさせてくれますね――――――今さら言っても詮無いことですが、やはりあの時(・・・)に殺しておくべきでした。まったく、アイクの道楽にも困ったものです」

 

 エレンが不快そうに覚えがない事柄を口に出したことで、真那の眉根が不審に歪んだ。あの時(・・・)と呼ばれる事柄――――――真那の知らない過去と、関係があるのか。

 

「……あの時? 何のことを言ってやがるんですか」

 

「さて、何のことでしょうね」

 

「ふん……まあいいです。ここは通さねーですよ。それと――――――」

 

 切っ先を突きつけ、真那は内心の不満(・・・・・)をここぞとばかりにぶちまける。まあ、見つからない宿敵(・・・・・・・・)の半ば無理やりな八つ当たり、ではあったが。

 

 

「今の私は、かなり機嫌がわりー(・・・・・・)です――――よッ!!」

 

「それは――――――こちらのセリフです!!」

 

 

 強大すぎる随意領域(テリトリー)同士が激突し、火花を散らす。

 最強の魔術師と、元DEMナンバー2の魔術師。次元の違う魔術師同士の戦闘が、戦争(デート)の裏で巻き起こった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

「……なるほど、使いたくない(・・・・・・)とは、あなたらしいですね」

 

「…………」

 

 少女の声に応じることなく、令音はコンソールを叩くことに集中している。

 分けられたモニターの片方は、変わらず精霊たちと士道を。もう片方は、エレンと戦う崇宮真那の姿を。それぞれ映し出してこそいるが、これから臨時司令室は真那のフォローが大半となり、戦局の大半は精霊たちが握ることとなるだろう。最も、最強の魔術師が自ら出向いてきているのだから、当然の話ではある。

 

「……ちゃんと手綱は握っていたんですね」

 

「……君たちと鉢合わせるわけにも、いかないからね」

 

「ありがとう、と言うべき場面ですか?」

 

 確かに、士道と狂三のことを考えると悪い言い方だが、真那が現れるタイミング次第で状況が混乱してしまう。何せ、以前よりはマシとはいえ真那が未だに探している狂三は灯台もと暗し(・・・・・・)なのだ。その上、少女とも顔を突き合わせて仲良く、などという間柄ではない。

 こういう場合は、素直に礼を言っておくべきかもしれない。まあ、受け取る方は恩を着せるためにやったわけではないだろうが。冗談交じりに発した言葉を、令音は律儀に受け答えをする。

 

「……そう思っているなら、少しは私の言うことを聞いて欲しいものだが」

 

「善処しますよ。一応ね」

 

「……一言余計だよ。……ああ、そうだ。私の方を見てくれるかい(・・・・・・・・・・・)?」

 

「は?」

 

 突然、何を言い出すのかこの方は。そんな思いが言葉にこもってしまったのか、乱雑な声色と共に少女は律儀に横を向いてしまった(・・・・・・・・・・・・)

 冷静になって考えれば、少女の視線を固定する意味など、一つしかないというのに。少女は、思わず令音の声に従った。令音だから(・・・・・)、従ってしまった。

 

「――――っ!!」

 

 意図に気づいた時には、遅い。視線を元に――――――正確には、決して外さなかった狂三の方へ戻す。

 

 司令席が、座っていた跡である僅かな揺れだけを残していた。

 

「あの子……っ!?」

 

 立ち上がって追いかけようとした少女の肩を、誰かが――――――令音が掴む。軽い力だ、少女なら怪我をしていても簡単に振り解けるはずの手が、振り払えない(・・・・・・)

 苦々しく顔を歪め、少女は再び視線を戻して令音を睨みつける。

 

「……謀りましたね」

 

「……狂三の力は必要だ。この先、何かが起こってからでは遅い。彼女もそう考えて、私に乗ってくれたのだろう」

 

「なら私も……!!」

 

 静かに首を振り、令音が真っ直ぐに少女の瞳を捉えて(・・・・・)離さない。

 

 

「……君はダメだ。それに、君は折紙と顔を合わせるわけにはいかないはずだ」

 

「けど!!」

 

「――――――言ったはずだよ。私の言うことを聞いてくれるなら、とね」

 

 

 ――――――振り払えばいい。

 

 少女の役目はなんだ? 狂三を守ることだ。そのためなら、何を賭けてもいい。己の身体など、幾らでも支払おう。

 だから、振り払えるはずなのに。振り払って、走っていけるはずなのに――――――少女を本当に案じている(・・・・・)瞳が、少女を捉えてしまって、動けなくなる。

 

 その歪なあり方に、その純粋な慈悲に――――――ああ、だから、会いたくなかった(・・・・・・・・)

 

「……わかりました。今の私が行ったところで、大して役にも立たないのは事実。……けど、〈ラタトスク〉の禁じ手(・・・)が出たら、話は別でしょう」

 

「……そうだね。アレ(・・)は、見過ごせない」

 

 了承はした。だが、全てではない。二人の間だけで完結する声量で、最悪の事態(・・・・・)を予測する。

 五河琴里が握る魔剣(・・)。琴里ならばいい。彼女の周りには相応の人物がいて、彼女自身も撃つことを望まない。が――――――

 

俗物(・・)は躊躇いませんよ。組織を構成するのに必要な人材でも、私たち(・・・)にとっては毒です」

 

「……うん。その時は――――――」

 

 ふと、令音が。恐らくは、誰にも見せたことのない覚悟に満ちた笑み(・・)を浮かべた。

 

 

「――――――『私』が、動く」

 

 

 少女にしか聞こえない言葉は、しかし誰かに聞かれていようと、この世で意味がわかるのは――――――少女と令音だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 ドレスを着飾り、士道とダンス。まだ早いと思っているかもしれない。けれど、兄の妹と言えどいつまでも子供というわけではない。

 ただ、それだけで士道がドキッと(・・・・)してしまうのは予想外であったし、こんな状況でももう少し――――――邪な考えが過ぎったのも、人間なら当然のことかもしれない。

 

「やっぱり、琴里にはちょっと早かったかな?」

 

「ぐ、ぐぅ……」

 

 とはいえ、結局は士道の三度目は大人のキス(・・・・・)発言に翻弄され、顔を真っ赤にして退却を余儀なくされたのではあるが。

 悔しいが、どこか安堵を感じながら琴里は士道をチラリと見やると……何故か彼は、僅かに別の場所を見ている気がして、小首を傾げた。

 

「どうしたのよ?」

 

「琴里、聞いて欲しいことがある――――――お嬢様を一人、おもてなしを頼めないか?」

 

 相も変わらずキザったらしい顔で、しかしその内容に琴里は目を丸くする。この場の精霊で誰のことを指しているのか……それがわかった琴里は、盛大に(・・・)詰ってやった。

 

「情けないわね。自分の女(・・・・)の一人もエスコートできないのかしら」

 

「それを言われると弱ったな。けど、今はお嬢様のためにも(・・・・・・・・)、顔を合わせるわけにはいかなくてね」

 

「ふぅん……」

 

 苦笑気味に笑う士道の言動は、何とも士道らしい(・・・・・)意味合いだった。そうだろうとは思っていたが、やはり自己保身で彼女と顔を合わせたくない、というわけではないようだ。

 仮に自己保身だったら、今すぐその良い顔を殴りつけてやっているところだ。そんなことを考えながら、琴里は〈ラタトスク〉の司令官として強気な笑みを返した。

 

「仕方ないわね。引き受けてあげるわ。あなたは十香たちとの逢瀬を、せいぜい覚悟しておきなさい」

 

「ああ。それは本当に楽しみだ。期待して、俺も応えないといけないな」

 

 タイムリミットは夜の十二時。時間が多く残されているわけではない。けれど――――――琴里は、司令官として彼女(・・)の元へ向かった。

 

 

 

 

 セカンドシークエンス。エレガントスタイルと称し施設を変形させ変貌を遂げた小洒落たパーティーホール。その内部でヒールをカツカツと鳴らしながら歩き、階段を登り切る。

 

 そこに、彼女はいた。美九と士道の逢瀬を、艶のある憂いを帯びた表情で見守る彼女が、何を考えているのか――――――それがわかるのは、この世でただ一人の少年だけなのだろう。

 

「黄昏てないで、あなたもパーティーに参加したら?」

 

「……あら、あら」

 

 これは、これは。と、黒いスカートの裾を摘み、誰よりも様になる優雅な礼を取る。しかし、その表情だけはいつもより卑屈に見えて、琴里は顔を顰めた。

 

「いけませんわ。パーティーの主役がこのようなところへ来ては。どうか、お戻りくださいませ」

 

「パーティーの主役として、客人をもてなすのも仕事なのよ」

 

「客人など……このような見窄らしい格好で、申し訳ありませんわ」

 

 そう言い、頭を下げる彼女の服装は、確かにパーティー用のものではない。華々しいドレスではなく、喪服のような色を思わせるブラウスにロングスカート。私服という点を加味すれば、似つかわしくないと言うのも無理はない。

 

 けれど、似合っている(・・・・・・)。士道の言葉を借りれば、どれだけ美辞麗句を並べようと足りないほど、彼女という存在は何を着ようと(・・・・・・)、それだけで華々しいものなのだ。

 全くもって羨ましく、苛立つほどに憧れる。それが――――――魔性の女、時崎狂三。

 

「関係ないわよ。それが似合ってて――――――士道を魅了できるなら、いいじゃない」

 

 髪を手で払い、不機嫌にそう言ってやれば、狂三は本当に意外だったのだろう。目を丸くしぱちくりと瞬かせ声を発した。

 

「……驚きですわ。琴里さんが、わたくしのことを褒めてくださるなんて」

 

「弱ってる子を虐める趣味は持ち合わせてないの。情けない面、見せてんじゃないわよ」

 

「うふふ、厳しいお方。少しは労わってくださっても良くってよ」

 

 その労わって欲しい(・・・・・・・)体調でここに来たのは、一体どこのどいつだと琴里は視線を厳しく返す。

 

「何しに来たのよ。そんな身体で」

 

「……士道さんの霊力を収めた時、何が起こるかわからないのでしょう? なら、わたくしから出向いた方がいい。そう判断したまでですわ」

 

 言って、狂三が手すりに寄りかかりまた下を眺め始める。一見すれば在り来りな仕草だが、琴里の目には立っているだけで辛い身体を休めているように見えた。

 彼女の判断の意図は理解できる。何が起こるかわからない以上、狂三の択は二つ。離れているか、近くにいるか。どちらが正解か誰にもわからないから、狂三は近くにいることを選択した。たとえ、士道に避けられていたとしても(・・・・・・・・・・・・・・)

 琴里も彼女に倣い、二階から下を見下ろせば美九が見事、士道をドキッとさせ次は折紙の出番になっているのが見て取れる。あちらは順調だが、問題はやはりこちら側だろう。

 

「身体の方は、大丈夫なの?」

 

「ええ、ええ。実はわたくし、全身を焼かれる程度には辛いですわ、痛いですわ」

 

「あっそ。それだけ減らず口が叩けるなら平気そうね」

 

 わざとらしく身体を丸めて痛がる仕草をする狂三を見て、琴里は面白くないジョークを聞いたと、ドレスに似合わないブスっとした顔をする。要望通り労わってやったというのに、いつも通りの天邪鬼っぷりだ。

 クスクス、と手を口元に当て微笑む狂三が、今度は真面目な表情で声を発した。

 

「……気分が高揚して妙な感覚ではありますけれど、こちらは適当に発散してきましたわ」

 

「ああ、神無月ね。助かったわ。あの変態、何しでかすかわかったもんじゃなかったから」

 

「苦労していますわねぇ」

 

 部下と言えども容赦はしない。特に神無月は、というか主に神無月ではあるのだが。逆に狂三に労わられてしまい、琴里は思わず苦笑をもらす。

 

「士道さんに関しては……まあ、冷静になってしまいましたわ」

 

「あら残念。取り乱すあなたを見るの、実は結構楽しかったのに」

 

「人が悪いですわ。二度と見せませんことよ」

 

 不機嫌そうに顔を背けるものだから、琴里はプッと吹き出してしまった。狂三にとっては、忘れたい取り乱し方なのは間違いない。琴里たちには、一生物の思い出となってしまったが。

 

 

「でも大人ね。私だったら、士道に無視された日には一週間は徹底抗戦よ」

 

「わたくしも似たような気持ちでしたわ。けどあの方――――――わたくしのことを想って、あのようなことをしたのでしょう?」

 

 

 狂三の言葉に、琴里は目を見開いて彼女を見ながら驚きを見せてしまう。あの瞬間から、一度たりとも士道と言葉を交わしていない狂三が……。

 

「……気づいてたの?」

 

「何を想って、まではわかりかねていますけれど、そうだとは思っていましたわ」

 

 少し苦笑気味に微笑んだ狂三が、ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。琴里はそれを黙って聞き入っていた。

 

「実のところ、謝ってくるまで怒っていよう……と思っていたのですわ。子供のような感情ですけれど、気分の高揚がそうさせてしまったのでしょうね」

 

「…………」

 

「憤怒を心に刻みつける。わたくしが生きてきた中で、常にそうしてきたことですわ。でなければ、人は絶望を忘れてしまう(・・・・・・・・・・・)

 

 過去を、記憶を、悲しみを。人は忘れ、生き続ける。どんなに辛いと感じた瞬間も、人はいつの日か忘れ去ってしまう。それが、生きていくために必要なことだから。

 けれど、狂三は違ったのだろう。過去にあった絶望(・・)を、決して忘れないために――――――奪った命を、己が心に刻みつけるために。

 

「幾つもの記憶を思い起こし、静まる心を炉として焼べ続ける。それに比べれば、士道さんへ怒りを感じることなど容易いと思っていたのですが――――――」

 

 ああ、ああ、と。狂三は、困ったように笑っていた。多分それが、士道への矛盾した感情を持つ彼女の……彼女なりの、精一杯の表現だった。

 

 

「負の感情より、貰ったものが多すぎたようですわ。わたくし、士道さんを愛しすぎている(・・・・・・・)のかもしれませんわ」

 

「何よそれ――――――とっくに、知ってるっての」

 

 

 通じ合っているのに、変なところで噛み合っていない。お互い素直なのに、お互いが素直じゃない。一見、ややこしいだけの関係性が、士道と狂三そのもの。

 必死に士道の悪いところを探して、怒りを感じようと思ったのだろう――――――それをして、かっこいいところばかりが思い浮かんで、惚れ直した(・・・・・)。なんて惚気だ。そんなこと、それこそ琴里だってとっくに知っている(・・・・・・・・・)

 

 士道は、おにーちゃんは、世界で一番かっこよくて――――――こんな子を心の底から惚れさせるくらい、素敵な人なのだから。

 

 そんな時だ。インカムからファンファーレが響いたのは。会話を中断すれば、見事――と言っていいのか、機関員に引き剥がされているのを見ると曖昧なようだが――士道をドキッとさせた折紙の姿が見て取れた。

 これで、士道に封印された精霊は残り一人。最後の一人は――――――

 

「……琴里、狂三」

 

「っ、十香……?」

 

 今まさに、表情を複雑なものへ変えて不安そうに琴里たちを呼ぶ、十香。

 

「どうかした? どこか調子が悪いなら……」

 

「いや……そういうわけではない、のだ。だが、どうしてか……」

 

 十香が胸の辺りを抑え、困惑を声に乗せて言葉を続けた。

 

「折紙がシドーに好きと言っているのを聞いたら、何だかこの辺りがきゅうっとしてな……シドーが好かれるのは嬉しい。シドーを助けるのは最優先だとわかっている。だが――――――」

 

 十香の中にあるものは、困惑と混乱。慣れない感情に翻弄される、人を知ったばかりの少女。だからこそ、それはとても尊く、大切なものだ(・・・・・・)

 

 

「わかっているから……わからないのだ。なぜ私は、このような気持ちになっているのだ? 今は一刻も早くシドーを助けねばならないのに、この雑念が頭から離れないのだ」

 

「十香……」

 

 

 どうしても、その答えが出なかったのだろう。十香は、助けを求めるが如く二人の元を訪れた。それに答えたのは琴里ではなく、十香へ歩み寄った狂三だった。

 

「十香さん。その想い、大切になさってください。それは雑念などではなく、あなたが生きていくために必要なものですわ」

 

「そう、なのか?」

 

 ええ。と頷き、狂三は微笑みをこぼして十香を自身の胸元へと抱き寄せる。この瞬間の狂三は、相手を威圧する微笑みではなく――――――聖母のような、慈愛に満ちたものだった。

 

 

「聞こえますか? わたくしの心音が。士道さんのことを考えると、こんなにも胸が高鳴るのですわ」

 

「……聞こえるぞ。私も、同じだ」

 

「ええ、ええ。大切で、矛盾していて……士道さんに救われたあなた方の誰もが持ち合わせている気持ち。不条理で、理不尽で、時に今の十香さんのように苦しい気持ちを感じさせる――――――けれど、そんな矛盾した気持ちがあるから、士道さんを助けたいと思うのですわ」

 

 

 士道が誰かに想われていると嬉しくて、けれど苦しくて。矛盾していて。だけど、心地の良い感覚で。

 

「むぅ……そういうものか」

 

「うふふっ。すぐに、十香さんにもわかる時が来ますわ。時の精霊たる、この時崎狂三が保証いたします――――――さあ、行ってらっしゃいませ、士道さんのもとへ」

 

「――――――うむ!! 行ってくるぞ!!」

 

 答えが出たのかは、十香にしかわからない。けれど、晴れやかで勇気を貰えるいつもの彼女の笑みが、士道を必ず助けるという意志を感じさせてくれた。

 士道のもとへ早足で駆け出した十香を見送り、琴里は狂三の隣に並び立ち、揶揄うような視線を送った。

 

「今日はやけに素直じゃない」

 

「さて……月の光にでも、当てられてしまったのかもしれませんわね」

 

 言って、空に浮かんだ美しい月を見上げる狂三。全くもって、こういうところは素直じゃないままなのだなと仕方なしに琴里は笑う。

 彼女らしくないのではない。気が高揚していて、普段な隠し通している狂三の優しさ(・・・)が表に出ただけの話。そんな、時折見せる悪夢の名に似合わぬ狂三が――――――実のところ、琴里は嫌いではない。

 

 これなら、大丈夫だ。狂三の言葉を受けた十香ならやってくれる。士道を救える。

 

「…………」

 

 ドレスの懐に手を当て、生々しい機械の塊の感触に、嫌な汗を流す。こんなもの(・・・・・)を使う必要はない。大丈夫、大丈夫――――――そう言い聞かせ、気を取られた一瞬の間。

 

「……え?」

 

 鈍い音を立て、狂三が視界から消えた。否、消えてなどいない。苦しげに胸元を抑え、発作を起こしたように息を荒く倒れ伏せる狂三がいた。

 

「く、ぁ……っ、あぁ……!!」

 

「く、狂三!! 大丈夫!? 一体、どうして……!!」

 

 今の今まで、数瞬前まで狂三の体調は安定していたはずなのに、何があったというのか。

 

 

「……っ、士道さんが――――――何かに、――――――共、鳴……? これ、は――――」

 

「士道がどうしたの――――――きゃっ!?」

 

 

 衝撃波が琴里を、いや、パーティーホール全体を襲い、咄嗟に狂三を掴んで庇うように地面を転がる。

 今のは下の階――――――士道たちがいる場所からだ。急いで起き上がろうとする琴里の視界を、霊力の塊(・・・・)が眩く包み込む。

 

「――――し、どう?」

 

 光の中心に、彼はいた。琴里が想定していた絶望の始まりを、身に纏いながら。

 

 光が蠢動し――――――一つの光の軌跡となり、天高く舞い上がった。

 

 

 

 






善処するって絶対善処しない人の台詞ですよねと作中で念押しされてきた言葉。こやつ治す気がねぇ…あと二人して誰にも聞かれてないと隠す気がねぇ…

執念の火を燃やし、人と呼べなくなるほど復讐の化身となっていた女が、100数話かけて持つことの容易い怒りより愛しい感情を持ってしまうお話。矛盾が一つのテーマとなっておりますが、この章では少し素直な感情を表に出す狂三が見られているかなと。基本、士道が相手でなければ皮肉屋の面が強くなるので、理由を付けられるこの章だけの特別使用。十香との関係も……ふふふ。

さてさて、そろそろ舞踏会のクライマックスも近づいてまいりました。感想、評価、お気に入りなどなどお持ちしておりますー。次回をお楽しみに!!


あとカット部分が必然的に多くなった12巻『五河ディザスター』のご購入をどうぞよろしくお願いします(ダイマ)どの精霊も可愛いですが、個人的には可愛いしかっこいい大活躍の折紙を推します。

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