デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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世界の終わりを留めてきた勇者が、世界に終幕をもたらす存在となる。その時、彼女たちの取る選択は。




第百十三話『終焉の獣』

「く……やってくれるじゃねーですか」

 

 真那の背を叩いた凄まじい霊力波。如何に類まれなる実力を持つ真那といえど、気を向けないわけにはいかなかった。そして、不幸にもそれを背にしていたという事実は、エレンを相手に一瞬の隙を見せるも同義。致命傷こそ免れたものの、こうして地面へ叩きつけられてしまった。

 

「……にしても、今のは――――――」

 

 尋常ではない霊力。少なくとも真那は、精霊という存在を人より目にしている。そんな真那でさえ、今の霊力反応は異常と言わざるを得ない。一体、何が起きたのかとエレンを警戒しながら視線を巡らせ、真那は浮遊する(・・・・)士道を見つけて目を見開いた。

 

「兄様!?」

 

「ああ――――――真那。よかった、無事だったんだな(・・・・・・・・)

 

 霊力を纏い浮遊する士道の意識は、真那の目から見てもはっきりとしていないことがわかる。朦朧と、しかし明確に真那の身を案ずる士道。

 優しい、兄の声色。だが、真那はそれに異様な違和感を覚えた。

 

「心配……してたんだぞ。おまえがDEMの奴らにさらわれて……でも、よかった。本当に……」

 

「……さらわれて? 兄様、どういうことでいやがりますか?」

 

 話が繋がらない強烈な異物感。話しているのは、間違いなく兄の士道だ――――――本当に、そうか?

 目の前にいる誰かは、自身の兄だ。ではなぜ、真那は違和感を覚えてしまうのか。己が内にある何かが――――――それ(・・)を、知っていた。

 

 

「――――ミオ(・・)は……どこにいるんだ? あいつが助けてくれたんじゃないのか?」

 

 

 

 

 それは、遠すぎる過去。起源へと通ずる道――――――神様が取り戻そうとする、失われしものの片鱗だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

「ぅ……」

 

 瞼を開け、微かに身体を震わせると、身体に散らばった瓦礫の欠片がパラパラと零れ落ちる。

 士道の様子がおかしくなった一瞬の後、放たれた霊力光がパーティーホールの天井を吹き飛ばしてしまった。咄嗟に周りにいた者たちを庇った折紙だったが、降り注ぐ瓦礫まではどうにもならなかった――――――はずだった。

 

「折紙さん大丈夫ですかー!?」

 

「私は平気」

 

 その庇ったうちの一人である美九の呼び掛けに、折紙はゆっくりと身体を起こして辺りの状況を確認する。

 

「……な、なんだってのよ、一体――――あ」

 

 美九と同じく折紙より早く起き上がっていた七罪の困惑の声が、何か一点の方向を向いて驚きを宿した声へと変わる。素早く折紙も視線を向けると、七罪と同じ驚きを目を見開いて表現することとなった。

 

「狂三……の、分身」

 

「きひひひひ!! 皆様、ご壮健なようで何よりですわ」

 

 見慣れた美しい紅黒のドレスを揺らし、折紙の眼前で翳していた手をゆらりと下ろし、振り向いた『狂三』が妖しい微笑みを浮かべる。

 見れば、周りの精霊たちや〈ラタトスク〉の機関員も複数の『狂三』によって身を守られ無事のようだ。恐らく、彼女が霊力の壁を作り出し降り注ぐ凶器を薙ぎ払ったのだろう。

 

「狂三ッ!! しっかりしろ、狂三ッ!!」

 

「……!!」

 

 だが、礼を言う前に、崩壊したホール内に響いた十香の声に折紙はハッと目を向けた。狂三がうつ伏せになって倒れ込み、必死な形相の十香に揺さぶられている。唯一、狂三の中で霊装を纏っていない――――――間違いなく本体だと当たりをつけ、折紙は地面を蹴り上げる勢いで狂三のもとへ駆け寄った。

 

「お、折紙……」

 

「下手に揺さぶっては駄目」

 

「う、うむ」

 

 とにかく、狂三の体調を確認しなければ。十香に指示を飛ばし、彼女の身体を仰向けにして十香の膝に寝かせてやる。

 息を荒く苦しげに呻く狂三の額に手を当て、彼女の尋常ならざる体温の上昇に眉を顰める。

 

「これは……」

 

「芳しくありませんわね。このような状態で『わたくしたち』を無理に外へ出したのですから、霊力が更に乱れて当然のことですけれど」

 

「っ!!」

 

 同じく駆け寄ってきた『狂三』の一人が、顎に手を当て神妙な表情で紡いだ言葉を聞き、折紙は狂三が何をしたのか察しをつけた。

 霊力の制御を行っていた狂三は、当然霊装や天使を扱えるような状態ではなかった。言うなれば、士道との経路(パス)が狭窄を起こし、自分たちが霊力の逆流を控えなければならないのと同じだ。だというのに、影に控えさせた分身を自身を顧みず解き放ったのだろう――――――折紙たちを、守るために。

 その事実に拳を握り、折紙は分身に向かって声を発した。

 

 

「何か手は?」

 

「あると言えばありますけれど――――――こうなっては、大元(・・)を叩く他ありませんわね」

 

「大元――――――!!」

 

 

 ――――――あれ(・・)が、大元。

 

 折紙が見上げた視界の先に、神々しく光り輝く五色の光。もはや、人と呼べるかさえ怪しい超常の権化。

 鼓動が波打つように明滅する霊力の渦。折紙も、一度精霊としての力を持ち、存分にそれを振るったからわかる。これ(・・)は、一個人の存在が持っていていい権能ではない。

 霊力の一部は変質を続け、士道に近づくもの全てを遮る鎧のような――――――そう、霊装(・・)にも似たものとなっていた。

 地面が、空間が、割れてしまいそうな圧力。精霊同士が生み出すその現象を、士道はたった一人で引き起こしていた。

 

 

「――――――――――――!!」

 

 

 咆哮。人の領域を超えた者の雄叫びは、あらゆる物質を薙ぎ払い、どこかへ導かれるように折紙たちの元から飛び去っていく。

 

 ――――――追いかける。折紙にはその選択肢しか存在しなかった。他の精霊たちも、そして狂三も同じ選択を取るだろう。そう、思っていた。

 

 

「――――――みんなは、ここで待機しててちょうだい。私が、何とかするわ」

 

 

 その選択が違うものを見せたのは、誰でもない士道の身内、五河琴里だった。

 

「待機だと? 我らにも何か手伝わせるがよい」

 

「首肯。琴里らしくありません」

 

「だから、士道を何とかするために、よ。私に任せてちょうだい。こういう事態に陥ったときのために、〈ラタトスク〉はちゃんと手段を用意しているんだから」

 

 できるだけ強気に振る舞うような明るい声。精霊たちは、不安な顔をしながらもそんな琴里を信用していた。それだけのことを、彼女は成し遂げてきたのだろう。皆が琴里を信じて彼女の言葉に首肯を返す。

 

「じゃあ、お願いしますよー!!」

 

「頑張って……ください……」

 

「ええ」

 

 短く答えた琴里が、その表情を隠したまま階段を上がって地上へと向かっていく。

 そう。他の精霊たちなら、多少の疑いは持てど琴里への信頼が勝る。しかし――――――

 

 

「……折、紙……、さん……」

 

「わかっている。私に――――任せて」

 

 

 狂三と折紙だけは、違う。

 

 狂三は、その優れた観察眼と、未来を視る(・・・・・)刻の針で。

 折紙は、培われた人を見る目と、付き合いの短さから来る情に絆されぬ精神で。

 

 今にも閉じかけた瞳が、意志を持って折紙を見ていた。折紙もそれに強く応えて、成すべきことを成す。

 

「狂三をお願い」

 

「折紙!?」

 

 精霊たちが驚いて静止するように折紙を呼ぶ。が、折紙は止まらず階段を駆け上がっていく。

 その間に、無骨な鉄の塊(・・・・・・)を己の手に握らせる。もう、握ることは少なくなるだろう。そう思っていたそれは、望まぬ形でこんなにも早く再会することとなった。

 

 地上へ辿り着く。士道は未だに速度を落とさず、木々を薙ぎ倒しどこかへ突き進んでいる。

 

「……ごめんなさい、おにーちゃん」

 

 琴里がそれを見て、懺悔のように何かを掲げていた。

 

 

「こんな幕引きしかできない私を……許して」

 

 

 何をしようとしているのか、折紙にはわからない。だが、今すぐに止めねばならないことだけは、わかる。

それ(・・)を琴里に押させてはいけない。そのために――――――無骨な銃を、彼女のこめかみに押し当てた。

 

 皮肉にも、それは……かつて無知な凶行を行い、琴里と相対した瞬間とまるで逆のものだった。

 

「その手のものは何。一体、士道に何をするつもり? 五河琴里、あなたは――――――」

 

 返答次第では、たとえ士道の妹で自身の恩人であろうと――――――そんな、折紙の考えは。

 

「……!!」

 

涙に濡れた(・・・・・)、琴里の悲痛な顔を見て失われることになった。見てしまえば、わかる。今琴里は、したくもないことを(・・・・・・・・・)させられようとしている、と。

 

「……説明して。一体、どういうことなの」

 

「殺すのでしょう、五河士道を」

 

「――――――!!」

 

 向けた銃を動かさずに済んだのは、鼓膜を響かせた声に聞き覚えがあったから。

 風が一陣舞う間に、少女は舞い降りていた。白い、白すぎる外装を身に纏って。

 

「……〈アンノウン〉」

 

「はぁい、鳶一折紙。お久しぶり……になりますかね。まあ、呑気に挨拶をしていられる状況でもありませんけど」

 

「…………」

 

 道化のような口調は変わらない。その立ち振る舞いも、かつて見た彼女と同じ……同じすぎるくらいに(・・・・・・・・・)、折紙に違和感を持たせないものだった。だが、それは――――――

 

「そうでしょう、五河琴里」

 

「……ええ、その通りよ」

 

 折紙の思考を戻したのは、そんな少女と二人の短い会話だった。剣呑な表情を更に険しくさせ、折紙は琴里を問い詰めるように声を発した。

 

「どういうこと。それも〈ラタトスク〉の命令だというの?」

 

「……半分当たりで半分外れ。……今の士道は、言うなれば時限爆弾よ。霊力の膨張を繰り返し、このまま放っておけば南関東大空災を超える爆発を引き起こすわ」

 

「……っ。だから、殺すと?」

 

 奥歯を噛み締め、殺意の篭った声音で問い詰める。妹の、彼女がそう言うのか――――――妹だから、言うのか。

 

「……そうよ。それが、『失敗』してしまった私に課せられた最後の仕事。臨界前に士道を殺すことができれば、爆発の規模は小さくて済む。……千万単位の人命とともに士道が死ぬのを見守るか、士道一人を殺すのか、そう言われたら、私は後者を選ぶわ――――――自分のせいで人がたくさん死ぬだなんて、士道は悲しむに違いないから」

 

「……ま、彼ならそう言うでしょうね――――――人ひとりを殺すのに顕現装置(リアライザ)を使った衛星兵器は、些か度が過ぎていると思いますけど」

 

 少女の語った事実を聞き、折紙はキッと目付きを鋭くし琴里を――――――琴里の持つ起動キー(・・・・)を睨みつける。その視線に気づいた琴里が、今一度士道を見上げた。

 

「それが……」

 

「……士道の身体を調べ尽くして、士道を殺すためだけに作られた呪いの剣――――――〈ダインスレイフ〉」

 

 恐らく、顕現装置(リアライザ)を使った魔力砲。それも、戦艦に搭載されているものとは比べ物にならない規模の……これ以上、兵器として最悪な使い方はないだろう衛星兵器。

 その殺人兵器のスイッチを今まさに琴里が握り、士道を殺すために押し込もうとしている。全身が怒りで打ち震え、込み上げる激情のまま折紙は言葉を放った。

 

「……ふざけるな。それが〈ラタトスク〉のやり方? 封印した霊力の均衡が保てなくなったら殺す? そもそも精霊の霊力を士道に封印させていたのは〈ラタトスク〉のはず。自分たちの目的のために士道を利用しておいて、不都合になったら処理するというの? あなたはそれほど士道を想っているというのに、なぜそんな命令に従おうと――――――」

 

「――――――順序が逆だったんですよ」

 

 言葉が静かに遮られ、折紙と琴里は少女へと視線を向ける。

 

「他の俗物たちはともかく、あの方(・・・)は少なくともあなた方ご兄妹を気遣っていたのでしょう、五河琴里」

 

「……あなた、本当に何でも知ってるのね」

 

 〈ラタトスク〉の内情すら調べ上げている様子の少女に、琴里は降参と言わんばかりに司令官として決して見せたことのない弱々しい微笑みと共に、言葉をぽつぽつと紡ぐ。

 

「そうよ。少なくともウッドマン議長は士道のことを気にかけてくれていた。人間の身体に精霊の力を封印しようだなんて、万事上手くいくはずがない。もしリスクがあるようならば、別の手段を探そうって」

 

「しかし、五河士道の封印能力を知るには実際に精霊を封印した状態(・・・・・・)でなければならない」

 

「……っ!!」

 

 そう。その意味を折紙は知っている。

 

 

「……わかりますよね、鳶一折紙。あなたは、その両の眼で見てきたはずです――――――五年前のあの日、現存した精霊の一人を」

 

「――――――五河、琴里」

 

 

 震える声でその名を呼べば、琴里は己の罪を認めるように、頷いた。

 

 見た。輪廻する世界で、折紙の原罪が始まった瞬間の世界で、折紙は士道と琴里――――――琴里を精霊にした存在、〈ファントム〉を目撃している。

 致命的な矛盾であった。士道を危険から遠ざけるには、精霊と関わらせてはいけなかった。だが、士道の危険を知るためには、琴里という精霊を封印しなければならない。

 

「……思えば、〝彼女〟も狙っていた(・・・・・)のでしょうね。だからこそ、始まり(・・・)は〈灼爛殲鬼(カマエル)〉を選んだ」

 

「っ……〈アンノウン〉、あなたは――――――」

 

 やはり、何かを知っている。折紙が接触した〈ファントム〉――――――あの存在と酷似(・・)している〈アンノウン〉という少女は、折紙たちの知らない真実を。

 

「さて、最後はなぜ臨界のリスクを冒してまで、〈ラタトスク〉が封印を強行したのか、ですね」

 

 しかし、折紙が問い詰めるより早く、少女はあっさりと言葉を切り上げて士道に仕掛けられた爆弾、そうまでして精霊の封印を行う目的を話し始めた。

 

「精霊の核である霊結晶(セフィラ)。霊力の結晶体であるそれを体外へ排出(・・・・・)させることができれば、理論上は五河士道を救うことが出来る」

 

「っ!? そんなことが……」

 

「あなた方のような正規の精霊(・・・・・)には不可能です。けれど、例外はあります。全ての精霊(・・・・・)の霊力を吸収した五河士道なら、力技で可能でしょう」

 

 即座に否定した理論を、補足のように少女は例外の可能性を口にした。

 莫大な霊力を以て、霊結晶(セフィラ)を体外へ排出する――――――矛盾している。霊力を封印すればするほど危険が高まるというのに、その危険を取り除くためには封印を進めなければならない。

 

 爆弾を押し付けられ続けていた士道――――――そんな彼を、琴里はどんな気持ちで見つめていたのか。彼女の泣き腫らした顔を見れば、一目瞭然だった。

 

「……そこまで知ってるなら、さぞ滑稽だったでしょうね。偉そうに指揮を出してる人間が、安全な場所から……命をかけて精霊を救う人を殺す引き金を、握っているなんて」

 

「いいえ。あなたが握っているから(・・・・・・・・・・・)、私はあなたを信用していましたよ」

 

「……え?」

 

 目を丸くする琴里に、少女はこんな状況でもあっけらかんとした声を発する。

 

「……あなたの精霊を救いたいという気持ちは本物でしょう。五河士道を愛する気持ちも、本物。そんなあなたに、そんな物を握らせなければいけない〈ラタトスク〉の環境には理不尽なものを感じますけど、あなた以外が握っていたら、私はここまで協力的じゃありませんでしたよ」

 

「……それは、光栄よ。でも、狂三の真似じゃないけど、私を買いかぶりすぎだと思うわ――――――それも、今さらね」

 

「っ!!」

 

 琴里がすうっと息を吸い込み、ボタンにかけた指に力を入れようとして、静観していた折紙も再び指に力を入れる。

 思考、逡巡、決意――――――交錯する感情が、折紙の指先を迷わせる。士道を失うわけにはいかない。同時に、琴里の考えや悲痛な決意も受け止めてしまう。

 

 

 刹那。

 

 

『――――――!!』

 

 

 虚空から響く、銃声(・・)。誰にも対処できないほど、完璧な間で放たれた〝影〟の弾丸。

 

 それを折紙が視認した時には、銃弾が衝撃と共に標的を――――――撃ち抜いた。

 

 

 





さあ、その銃弾の行く末は。これまで皆様が見守ってきた精霊であり少女である彼女が取る行動は……。

折紙が本当に頼りになる。ここに来て〈アンノウン〉も合流。姿を見せたことにはもちろん理由があります。まあ、この子が誰のために動くかなんて簡単な話ではありますけどね。

感想、評価、お気に入りなどなどお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!!

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