デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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でも誰よりも優しいのよねこの子は




第百十四話『世界で一番物騒な愛(ナイトメア・ハート)

 

 その銃弾を認識した瞬間、琴里の胸の内にあったのは、焦りや絶望でも、ましてや恨みでもなく――――――ほんの僅かな安堵だった。

 

 黒い銃弾は心の臓を穿ち、寸分違わず琴里の息の根を止めるだろう。彼女が、誰かを狙った弾丸を外すはずがない。五河士道を殺すと明言する彼女なら、琴里を殺すことの覚悟を持てないものか。

 もしもの時は……そう琴里は口にしていた。もしもの時が、来たのだ。心残りはある。士道を、琴里はどうすることも出来なかった。けれど、それは彼女が成し遂げてくれるはずだ。ああ、希望的観測でしかない。なんて無責任な司令官だ――――――自分一人だけ、救われるだなんて。

 

 

『ごめんなさい――――――おにーちゃん』

 

 

 駄目な妹でごめんなさい。ずっとずっと、押し付けてきてごめんなさい。理不尽なことばかり、させることになってごめんなさい。

 

 でも――――――大好きでした。

 

 

 影の弾丸が――――――標的を撃ち貫いた(・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

「――――――え?」

 

 時が止まったかのような静けさの中、琴里が(・・・)呆然とした声を発した。彼女の手から端末が消えている(・・・・・・・・)

 瞬間、硬い地面に何かが落ちる音が鳴り響いた。それが、今し方狂三が撃ち抜いた(・・・・・・・・)〈ダインスレイフ〉の認証端末であると、誰の目から見ても明らかだ。

 

「…………っ」

 

 崩れ落ちそうになる身体を精神だけで保ち、たった一撃を放った銃を下げる。琴里も、折紙も、そして狂三を追いかけてきた精霊たちも、信じられない目で狂三を見ていた。

 それは、当然と言えば当然の反応で。しかし、狂三にとっては意外性のない驚きだった。狂三がしたことは、なんてことはないのだ。ただ、琴里に一切の怪我を負わせず(・・・・・・・・・・・・・)、端末を弾き飛ばしたに過ぎない。

 

 一見すれば、神業に見えるかもしれない。超一流のガンマンでも叶わない、奇跡の狙撃に見えてしまう――――――そんな大層なものではない。寧ろ、これを狙撃と呼ぶのは失礼というものだと狂三は内心で苦笑をこぼした。

 

 結論から言うと、時崎狂三には視えていた(・・・・・)というだけの話だ。

 何百、或いは何千、何万という銃弾を撃つ(・・・・・)可能性。その中から、狂三と〈刻々帝(ザフキエル)〉が選び取った結論、琴里に傷一つ負わせず(・・・・・・・・・・)、あの端末を弾き飛ばす未来。それが視えていたからこそ、狂三はその通りに(・・・・・)銃を構え、引き金を引いた。本当に、それだけ。

 

 未だ、呆気に取られた表情で膝を突いて狂三を見遣る琴里に、狂三は熱に浮かされた身体に鞭を打ち歩み寄り、らしくもなく乱雑にドレスを掴み、立ち上がらせた。

 

 

「――――――させませんわ」

 

「……っ!!」

 

 

 炎のように燃ゆる瞳が狂三を映し出している。さぞ、狂気的な顔をしているのだろう。

 狂三は士道を殺そうとした琴里の気持ちを理解していないわけではない。理解しているし、彼女の覚悟もわかっている。妹だから、司令官だから――――――何より、自身のせいで他者を殺してしまう結果を士道が望まないことも。

 

 ただ、その権利を持つのは琴里ではないというだけだ。

 

「わたくしが、わたくしだけが持つのですわ。約束いたしましたの。あの方と」

 

「何を……」

 

 困惑した琴里に対して、狂三は歪んだ微笑みを浮かべる。何を? 決まっている。そんなもの、最初から決まっているではないか。

 

 

「あの方の命を奪う(喰らう)のは、わたくしだけですわ」

 

「っ!!」

 

「誰にも譲りませんわ。誰にもです。十香さんでも、四糸乃さんでも、耶倶矢さんでも夕弦さんでも美九さんでも七罪さんでも、折紙さんであっても――――――琴里さん、あなたであっても」

 

 

 士道が誰かを愛し、士道が誰かに愛される。嫉妬はするし、感情が抑えきれないかもしれない。それでも、時崎狂三は許せる――――――だが、これだけは譲らない。

 

 

「神が奪うと決めたなら、その神さえもわたくしは撃ち殺しましょう。あの方を殺す(愛する)のは――――――この時崎狂三、ただ一人だと」

 

 

 それが時崎狂三の愛のカタチ。歪に育った、狂三なりの愛し方――――――愛したならば、最後まで士道と殺し(愛し)合う。

 あるゆる感情が綯い交ぜになったそれを受け、琴里は泣き腫らした顔を更に歪ませ応じる。

 

「けど、今さらどうしろって――――――」

 

「あら、わたくしはもう少し琴里さんを買いかぶっていたつもりなのですが、とんだ節穴でしたわね。自信を失ってしまい、悲しいですわ」

 

 煽るような口調の狂三に、ついには琴里も激情に駆られ掴み上げた狂三の手を掴み返し、吠えるように声を荒らげた。

 

「ふざけるんじゃないわよ!! 私一人に、もうどうすることも出来やしないじゃない……」

 

「ふざけているのは、琴里さんの方ですわ――――ねっ!!」

 

 掴み返された手を容易く捻り、狂三は勢いを付けて琴里を後方へ投げるように放り渡した(・・・)。短い悲鳴を上げ、琴里が抱き止められる――――――琴里の仲間(・・)たちの手によって。

 

「よくご覧になってくださいまし。一体どこに、あなたが一人で行う戦争(デート)があったと言いますの?」

 

「ぁ……」

 

 今ようやく、己が紡いできた道に気がついたという様子の琴里を見て、狂三は痛む頭を抑えため息を吐く。

 まったく、狂三がこんなお説教をするなど焼きが回ったとしか言いようがない。たとえ皮肉な行動であっても、琴里の腑抜けた姿を見るのが、狂三には我慢ならなかった。

 

「狂三の言う通りだ!! 詳しいことはわからない。だが、絶望的な状況だったとしても、琴里は一人ではない!!」

 

 狂三の叱咤に呼応するように、十香が、否、十香たち(・・)がそれぞれ声を、決意の瞳を表している。

 

「諦めるなんて、琴里さんらしくありませんよー!!」

 

「そうです……士道さんを助けましょう……!!」

 

 十香、四糸乃、耶倶矢、夕弦、美九、七罪、折紙。誰一人として、諦めという諦観の色を宿してはいない。士道に救われた者として、士道の諦めない心を知る者たちだから、彼女たちは決して諦めたりしない。

 

「琴里さん」

 

「…………」

 

 ――――――今一度、狂三は琴里へ銃口を向ける。

 

「わたくしに視える未来。あなたの思い描く未来。……どちらも、確定事象ではありませんわ。いえ、確定した未来など、ありえないのでしょう」

 

 故に人は足掻く。もがき苦しんで、逆境に襲われたとしても、自身の力で未来を勝ち取るために戦う。それが善であれ悪であれ、何ら変わりのない真理。

 ならば、問おう。選択を委ねよう。この先の未知なる世界――――――未来を。

 

 

「このまま楽になりたいと仰るのなら、わたくしが全てに引導を渡しましょう。あなたの生と、士道さんの命に別れを告げることで、わたくしは世界を創造する(・・・・・・・)。それが、わたくしなりの弔いですわ」

 

「……私、は」

 

「あなたの未来――――――わたくしに視せてくださいまし」

 

 

 そうでないのなら、時崎狂三は引き金を引き、物語の幕を下ろす――――――未来が、そうでないことを、願った。

 

「…………!!」

 

 琴里が手の甲で涙ぐちゃぐちゃになった顔を拭い、真っ直ぐに(・・・・・)狂三を見つめ、否、睨み返した。

 

 瞳に強く灯り、燃え上がる激情の炎。

 

「それでこそ、あの方の妹ですわ」

 

 答えなど、それだけで十分だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……笑いなさいよ。さんざん偉そうに言っておいて、いざとなったらこの体たらく。何が司令官って話しよね」

 

「そんなことはない。あなたが士道の妹でいてくれて、本当によかった」

 

「折紙……」

 

「あら、あら。涙ぐましい友情ですわ。わたくし、感動してしまいましたわ」

 

 わざとらしく拍手などしてみれば、半ば睨むように琴里が狂三へ視線を飛ばして応じる。

 

「けしかけておいてよく言うわね。何のつもりよ」

 

「……別に。借りを作ったままなのは、わたくしの矜持に反すると思ったまでですわ」

 

 今回の一件、成し遂げようと思えば、狂三は士道から霊力を奪い目的を達成することができた。何せ、最大級の空間震を防ぐ大義名分が目の前に転がってきていたのだ。

 だが、狂三は生憎と世界を救うことなどに興味はない。同時に、琴里には多数の借りがある――――――それを返さずに終わるのは、本意ではないと思ったまで。

 ふと、生温かい視線が多数から飛んでいることに気づき、狂三は思わずたじろいでしまう。

 

「な、なんですの?」

 

「……私が言うのもなんだけど、本性バレてるんだし素直になったら?」

 

「無理でしょうねぇ。我が女王、筋金入りの天邪鬼ですから」

 

「誰が天邪鬼ですの!!」

 

 七罪、〈アンノウン〉の言葉に思わず叫びを上げて、左手で痛む頭を抱える。素直じゃないとか言われるまでもなく、先程の言葉が全て素直に表現したものだと狂三は主張を続けたかった。が、状況がそれを許さないのは誰もが承知の上。琴里が表情を引き締め、声を発する。

 

「……とにかく、何か士道を助ける方法を――――――」

 

『――――――〈ダインスレイフ〉起動コードを確認しました。当該目標への攻撃を開始します』

 

「……ッ!?」

 

 精霊たちの大半が耳を疑ったことだろう。鳴り響くアラームを辿り、琴里が再び端末を手に取る。画面に表示された〈ダインスレイフ〉の起動を表す文面を見て、琴里は息を詰まらせ、画面を覗き込んだ折紙は戦慄の表情を浮かべた。

 

「どういうこと。まさか、落下のショックで?」

 

「その程度で誤作動するようにはできてないわ!! それに……」

 

 狂三へ視線を向ける琴里が何を言いたいのか。狂三がそのようなミスをするはずがないと思っているのか、はたまた狂三が視た未来(・・・・)のことを想像しているのか。

 全員の視線を一心に受けて、なお狂三は平然と微笑みを見せた。

 

 

「ええ――――――こうなる未来は、視えていましたわ。たとえ何を選択しようと、ここまでは(・・・・・)変わらない」

 

「……狂三、あなたまさか――――!!」

 

 

 嫌に冷静な狂三の様子から何かを感じ取ったのか、少女が驚きと戦慄の声を上げた。

 

 〈ダインスレイフ〉。士道を殺すためだけの兵器。その発射を防ぐ手立ては、ない(・・)。この場以外から操作されているのだ、至極真っ当な答えだろう。

 それでも、狂三は次の瞬間に訪れる未来を当然のものとして受け入れている――――――導き出した、朧気な未来。不確定要素(・・・・・)が、姿を見せた。

 

「な――――――」

 

 夜空を覆い尽くす破滅の光。それを防ぐ(・・)霊力の防壁に、琴里たちは驚愕で目を見開いている。

 狂三は、そのノイズ(・・・)を見て目を細める。やはり、現れた――――――

 

 

【――――――やれやれ、危ないね】

 

 

 識別名、〈ファントム〉。ノイズの塊として姿を成したそれが、士道へ降り注ぐ光を容易く捩じ伏せた。

 精霊を生む精霊。数々の運命を捻じ曲げた圧倒的な存在――――――まるで、仇敵に出会ったような殺意の篭った視線をぶつける狂三に、ノイズの塊は身を翻し相対した。

 

【けど、驚いたよ。私の存在を予知していたの? そこまでは出来ないと思っていたのだけど……()の影響かな?】

 

「あなたが何故、士道さんを助けますの? いいえ――――――士道さんで、何をしようとしていますの(・・・・・・・・・・・・)?」

 

【あれ、君にとっては好都合だと思うけど。【一二の弾(ユッド・ベート)】を使うには、それだけの代償が必要でしょう?】

 

「――――――ッ!!」

 

 問答であって問答ではない。込み上げる怒りをぶつけるように、狂三は銃をノイズへ突き付ける。

 殺意が、衝動が膨れ上がって止まらない。熱に浮かされたこの身、一体この衝動を誰が止められようものか。

 確かに好都合だろう。士道が精霊を封印すればするほど、狂三は目的の確実な達成へ近づくことができる――――――しかしそれは、士道の意思(・・・・・)があってこそのもの。断じて、あのような存在に利用されることを許容するものではない。

 

 

【ふふっ、怖いね――――――君のその瞳、一体どこまで視えているのかな】

 

「あなたを、天から引きずり下ろす光景ですわ――――――!!」

 

 

 それ以外の光景など、望むものはない。

 

「っ……が、ぁ……っ!?」

 

「狂三!?」

 

 しかし、今それを成すことは叶わない。そう告げられているように、狂三の身体は崩れ落ち十香に支えられることで事なきを得た。

 

【無理をしない方がいいよ。君は彼の影響を一番に受けている。君にも、そして彼にも生きていてもらわないと困るんだ】

 

「ふざ、けないで……くださいまし……っ!!」

 

 〈ファントム〉が狂三の激情を微笑んだような仕草で受け止め、高度を下げて士道の目前に降り立った。

 何かをしようとしている。が、止める手立てがない。霊装すら展開できないこの身では、銃を撃つことすらままならない。

 

 

【……いい子】

 

 

 そして、気に食わない――――――本当に、気に食わないことに、狂三と同じ愛情の籠った(・・・・・・・・・・・)声音を士道へ向け、〈ファントム〉が彼の額に触れる。

 

「ぁ、――――――!!」

 

「ぐ――――が、ああああああああああああああああッ!!」

 

 変化は、即座に現れる。狂三が苦しげに身をよじると時を同じくして、士道が天を震わす絶叫を上げ、止めていた進行を再開する。

 

「し、シドー!? 狂三!?」

 

「だーりん!! 狂三さんまでー!!」

 

「おのれ貴様、一体士道と狂三に何をした!!」

 

「同調。状況が悪化している気がします」

 

【……ご挨拶だね。せっかく、君たちにチャンスをあげたのに】

 

 息を吐くような動作をし、琴里が〈ファントム〉の言動に訝しげな顔をする。

 〈ファントム〉の言っていることに嘘はない。それが狂三にはわかり、余計に苛立ちを深めることとなったが。

 

「……士道さんの霊力を、僅かに抑え込みましたわね……!!」

 

「なんですって……!?」

 

【……ここからは君たちの領分だ。健闘を祈っているよ】

 

 親しげにそう告げた〈ファントム〉は、誰もが目を剥く言葉を口にした。

 

 

【――――――じゃあね、私の可愛い子供たち(・・・・・・・・・)

 

「……!? 何を――――――」

 

【そして――――――】

 

 

 琴里の叫びには答えず、〈ファントム〉は視線を一点に向けるような動きを見せる。その先には――――――〈アンノウン〉が、いた。

 

 

「…………」

 

【――――またね】

 

 

 両者が何を思い、何を伝え合ったのかは、誰にもわからない。ただそれだけを言い残し――――――〈ファントム〉は、虚空へと消えた。

 

 

 





いよいよ魔眼か何かか?みたいなノリになってきました。単純に狂三が狙えるだけの技量が下地にあることが前提なのですが、予測通りに撃てばいいとかとんでもねぇことまで言い出してるこの子……。

士道の優しさという名の愛を肯定し、誰かを救うことを好ましいと思う。けれど、その権利だけは誰にも譲らない彼女なりの我儘。神さえも殺す女であり、誰よりも優しい女。結局のところ、士道と道を共に歩んだということは同様に精霊たちの道も見てきたということ。それがこの時崎狂三なのです。何が言いたいか纏まらないけどこれなんて主人公なry

お前のその目、一体どこまで見えている?(イタチ兄さん並みの台詞) 以前は不可能だった不確定要素の予知。〈ファントム〉の想定さえ超える狂三の未来は如何に。実はこの作品だと〈ファントム〉とは事実上の初対面という。

感想、評価、お気に入りありがとうございます!!おかげで気を保って頑張れています。これからもどしどしお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!!

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