デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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第百十五話『感情革命』

 〈ファントム〉が消え、残されたのは空に軌跡を描き、未だ類を見ないほどの力を振るい続ける士道と、精霊たち。

 立ち去った〈ファントム〉を一瞬気にかけていた様子はあったが、今は士道を助けることが先決だと判断して踏み止まっている。

 

「……どうやら、状況は最悪の一歩手前といったところでしょうか。あとは、あなた方次第ですけど」

 

「簡単に言ってくれるわね……」

 

 琴里の苦々しい表情が表している通り、簡単な話ではない。何せ、霊力を存分に振るう正気を失った士道に接近し、尚且つ経路(パス)を広げるために粘膜的な接触――――キスをしなければならない。

 だとしても、だ。少女は彼女たちに命を賭けろと提案する他ない。でなければ、士道の命が失われるも同義。故に、少女は声色を変えることなく言葉を続けた。

 

「……目的はただ一つ。五河士道との経路(パス)を広げること。ただし、暴れ狂う彼の攻撃を掻い潜って、という条件がつきますが――――――」

 

「かか!! なんだ、それだけか。簡単ではないか」

 

「同意。ならば、何も問題はありません」

 

 手を取り合い、自信に満ちた笑みを浮かべたのは、やはりというべきか。最速の精霊、八舞姉妹。

 精神を集中するために目を伏せた二人を中心に風が吹き荒び、霊力が暴れ狂う(・・・・・・・)

 

「かーっ!! 現れ出でよ、颶風の力よ!!」

 

「顕現。ていやー」

 

 叫びと共に顕現したのは、霊装。彼女たち精霊にのみ許された絶対の鎧にして、究極の護り。限定霊装とはいえ、この状況でこれを展開することこそ、彼女たちの覚悟の現れだった。

 

「耶倶矢、夕弦、何を――――――」

 

 琴里も焦りを顕に制止に入るが、全てを言い切る前にその言葉を止める。経路(パス)が狭窄を起こした状態での霊力行使。それは、残された僅かな霊力で行う、言わば命懸けの時間。文字通り、限定霊装(・・・・)ということだ。

 時間が来れば、そこで終わり。下手をすれば精霊たちの命さえ危うい。それでもなお、八舞姉妹は迷わず力を手に取った。それが、その覚悟が、この状況を打破する答えなのだ。

 

「……さっきの七罪の事例を見るに、多分、その姿でいられるのは長くて五分くらいよ」

 

「かか、存外余裕があるではないか」

 

「首肯。最速の八舞には十分すぎる時間です」

 

 僅か五分。それを十分(・・)と言い切れるのは、彼女たち八舞姉妹を置いて他にはいない。

 険しい表情の琴里に、快活な笑いを見せた耶倶矢と夕弦が、お互いの顔を見合せ小さく頷き合い――――――神速を以て、己がフィールドである天を駆けた。

 暴風に煽られるローブを軽く手で押え、八舞姉妹を見送った少女は、狂三を抱き抱える十香へ向き直った。

 

「……さて、夜刀神十香。申し訳ないのですが、我が女王のことを頼めますか?」

 

「む、お前はどうするのだ?」

 

 当然の疑問を首を傾げながら問われ、少女はわざとらしく顎に手を当ててあとを続ける。

 

「私は彼と経路(パス)を繋いでるわけではありませんから、影から見守っていますよ」

 

 それに、あまり居座ってボロが出ては不味い(・・・・・・・・・)。今も、折紙は隙を見つけて少女へ視線を飛ばす仕草を見せている。これ以上は、いつ身体に限界が来てもおかしくはない。折紙の注意力と観察眼、甘く見るにはいかない。

 それに、と言葉を続けて、少女は狂三を……虚空を見つめる彼女を見遣る。

 予測を遥かに上回る予知を見せる狂三。この繋がりが少女の――――――そして、〈ファントム〉の予測を更に超えるというのなら。

 

 

「――――――私は少し、やっておくことがありますので」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

「身体は大丈夫か、狂三」

 

 移動した先の樹木を背もたれに見立て、狂三を寝かせてやりながら十香は眉を下げて彼女を案ずる。

 

「……ええ。大事ありませんわ。憎たらしいことに、〈ファントム〉の力でわたくしの霊力まで多少の落ち着きを取り戻しているようですわ」

 

 皮肉げに微笑みながら言う狂三……だが、それが強がりの笑みであることなど、たとえ十香でなくともお見通しだった。息は荒く、身体は強い熱を発している。到底、意識を保っていられる状態ではないであろうに、恐ろしい精神力だと十香は内心で尊敬の念を抱いた。

 

「無理をするな。狂三が強いのは知っている。だが、もう少し私たちを頼ってくれ」

 

「わたくしが強い……ですの」

 

「……?」

 

 皮肉を通り越して、自嘲を孕んだ微笑みで十香の言葉を受け止めた狂三に首を傾げる。まるで、自身が強くなどないと、自身を認めていないようだった。

 

「……確かに、〈刻々帝(ザフキエル)〉の力を持つわたくしは、強い精霊と言えるかもしれませんわ。時を操り、人には視えないものが視える――――――けれど、わたくしには」

 

 夜空を見上げる狂三に釣られ、十香も視線を上げる。その先には、幾つも煌めく光の軌跡がある。命を懸けた星の煌めき――――――それが到達する先を予知(・・)した場所が、十香と狂三がいるこの位置。

 視線を戻せば、何かを躊躇うように眉を寄せた狂三がいる。その逡巡は、常の彼女であれば口に出さなかったはずの間なのかもしれない。けれど、今の狂三には気持ちを言葉にするのに、十分すぎる間だった。

 

「……わたくしには、あなた方がより強く――――――自由に見えてしまいますわ」

 

「私たちが?」

 

「この世界で力を持つことは自由ではなく、不自由に当たりますわ。当然ですわね。手放すことのできない巨大な力など、人々にとっては無意味なだけですもの」

 

 だから人は精霊を災害と認め、武力による討滅を選んだ。十香にも、この世界の色々なことを、美しいものを見たから彼女の言わんとしていることがわかる。

 

「人を助けたい。人を救いたい。自分にも何かができるかもしれない。大いに結構――――――それを利用されなければ、の話ですけれど」

 

「狂三……?」

 

「……話が逸れてしまいましたわね。ああ、ああ。まったく、何が言いたいのか纏まらないというのは、存外不便なものですわ」

 

 普段の彼女が見せる、本音が伝わりづらくて皮肉が満載の言葉とはまた違う、取り留めのない言葉の羅列。

 でも、どうしてか――――――士道が聞けない今、十香はそれを聞き届ける義務がある気がした。

 

「結局は、真摯に伸ばされた手を素直に取れた優しい方たちと、取れなかった愚か者ということですわ……誰もが羨む愛を、わたくしは受けているというのに。本当に、愚かしい話。何を、今さら……」

 

「狂三、お前は――――――」

 

 その感情の名を、夜刀神十香は知っている。手を取れたものと、取れなかったもの。彼に救われた後、十香は他人へ別の感情を抱いた。それと、同じもの。

 目を見開く十香を、空の果てを見上げるように、狂三が優しく微笑んだ。

 

 

「浮ついたことを口にしてしまうと――――――わたくし、あなた方が羨ましい(・・・・)のですわ」

 

 

 それは、きっと。微笑みの裏に隠されてきた時崎狂三という少女。

 

「日常を謳歌し、愛する人たちと過ごす。わたくしにとっては、何よりも価値があると思えるものですわ。何よりも尊い、失われて――――――失わせて(・・・・)、しまったものですわ」

 

 力を持つことに、一体どれほどの苦痛があったのか。その感情を自身の中で完結させることに、どれほど高潔な精神が必要だったことか。

 

「時にはこうして、純粋に助けることができる。長く、共に寄り添うことができる。ああ、ああ。わたくしには、決して出来ぬこと――――――なんて、浅ましい嫉妬なのでしょう」

 

 誰よりも手を伸ばしたかったのは、時崎狂三という少女。

 

 誰よりも手を伸ばせなかったのは、時崎狂三という精霊。

 

 他の誰よりも己という存在を持つ彼女は、生半可なことでは自身を裏切れない。

 たとえそれが、命を懸けるに値する男であっても。

 たとえそれが、己の半身の想いであっても。

それだけ(・・・・)では、その高潔すぎる(・・・)精霊の精神を止められない。

 

 愛する者を守りながら、愛する者を殺そうとする悲しき怪物(せいれい)は、本当は人並みに嫉妬(・・)の感情を持つ少女。そんな彼女を見て、十香は胸に手を押し当て……同じように、己の感情を吐露した。

 

 

「私も――――――狂三が羨ましい」

 

「え――――?」

 

 

 十香の声が届いている証として、狂三が目を丸くする。でもこれは、嘘のない十香の気持ちだった。ずっと(・・・)、思っていたことだった。

 

 

「シドーのお陰で、世界が広がった。戦いしか知らなかった私が、こんな幸せな世界を手に入れられた。そこに後悔はない。あるはずがない。だが――――――狂三のように、シドーを守れたら。そう思う時が、ある」

 

 

 矛盾。後悔はないと語るのに、その力があればと語る。酷く矛盾した感情……それを狂三は、矛盾だらけな感情を抑えきれず、苦しげに抱え込んでしまっている気がする。けれど、十香はそうは思わない。

 人は、そうして生きていく。矛盾を抱えて生きていく――――――まだ少ないが、世界を見て十香が学んだことだ。

 

「私は狂三ほど難しいことはわからない。だが、お前も私も同じだ。だから自分を卑屈にするな。目指すものは違うのかもしれない――――――けれど、同じだ。私もお前も、シドーを守りたい」

 

「……わたくし、士道さんを殺そうとしているのですよ?」

 

「関係ない。私は、狂三がそれだけのためにシドーを助けてきたとは思えないのだ。お前も私と――――――」

 

 それを言葉にしようとして、十香は一瞬言葉に詰まった。

 様々な感情が去来して消えていく。十香は今、狂三と同じだと口にした。矛盾した感情を持ち、持ち得るからこそ士道を救おうとする〝想い〟があると――――――どう、同じなのか。

 

 士道には大恩がある。誰よりも優しい男が、こんな理不尽な終わりを迎えるのは嘘だという気持ちがある。けれど、そのような道理や理屈では、士道を殺すために助ける(・・・・・・・・・・・)と嘯く狂三と同じだ。

 狂三はその本音を士道へはさらけ出しているのだと思う。十香がこの気持ちで士道を助けると思っていたならば、今の十香はここにはいない。到底、狂三と同じなどと口にはできなかった。

 

「――――――ああ、そうか」

 

 ようやく、理解ができた。ずっと、ずっと……十香の中で燻ってきた気持ち。そうだ、これが、これが――――――!!

 

 

「私は――――――シドーが〝好き〟だ」

 

 

 きっとこれが、〝恋〟なのだ。

 

 十香はシドーに恋をして、狂三もシドーに恋をしている。それぞれに矛盾した想いがあるのに、それぞれが士道を力の限り救いたいと考える理由なんて、それだけで十分なものだったのだ。

 十香の突然の告白に、しかし狂三が驚いた様子を見せたのは一瞬のこと。感情が合致した十香を見て、それを祝福するように華やかな微笑みを見せてくれた。

 

 

「ええ、ええ。そうですわ、その通りですわ。どれだけ不要なものだと言い聞かせ、どれだけ蓋をしても絶対に伏せることはできなかった気持ち。矛盾で苦しいんで――――――でも、わたくしは士道さんが好きなのですわ」

 

「私も好きだ。シドーが好きだ。シドーが大好きだ!!」

 

「わたくしも士道さんが好きですわ。大好きですわ――――――ぷ、ふふっ」

 

 

 言葉の折に堪えきれないと言わんばかりに吹き出した狂三にキョトンとした十香だが、すぐにお互いが何をしているか理解して同じように笑いをこぼした。

 

「ふふふ……何をしているのでしょうね。でも、士道さんが悪いのですわ。わたくしたちの愛を伝えたいのに、間の悪いことですわ」

 

「うむ、まったくその通りだ。シドーのばーかばーか」

 

 今度は反転して士道のことを悪く言って、また笑い合う。蟠りも、壁も存在しない――――――同じ人を好きになった者が、感情を共有する様がここにあった。

 

「――――――!!」

 

「……来ましたわね」

 

 その時、凄まじい衝撃波が辺り一帯の木々を薙ぎ倒さんばかりに伝わり、十香は身を翻し衝撃と相対した。

 鼓膜を、肌を、チリチリと焼くような強い感覚が近づいてくる。それは、十香が最後(・・・・・)という合図に相違ないものだ。

 

 五河士道が、辿り着く。狂三が予知した(・・・・・・・)通りに。

 

 

「さあ、わたくしにできるのはここまでですわ――――――あの幸せ者なお方を、迎え入れて差し上げましょう」

 

「うむ――――――任せろ!!」

 

 

 力強く、彼女の期待に応えるのは何度目のことか。しかし、応え方は今までの比ではない。同じ想いを共有するする者として――――――士道を愛する者として。

 

 紫根の霊装が顕現し、空に見参した己が最強の剣を手に取り、その切っ先を地面に突き立て、一瞬後に来る光景を待ち望むように瞳を閉じ――――――開いた先に、士道はいる。

 

 

「――――――来い、シドー」

 

「おぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

 

 

 静かな美しき剣姫と、獣のような咆哮を上げる勇者。奇しくも、或いは必然として、お互いに握る剣は同じ輝きを持つ黄金の刃――――――世界で最強を誇る二振りが、この瞬間激突した。

 

 

 霊力と霊力が激突し、不可視の衝撃を散らす。火花のように音を奏で、地面が、空間が、次々に歪む。

 切り上げ、切り下ろし、お互いの隙を見て一刀を見舞う。それの繰り返し。だが、士道が十香とここまで切り結びを繰り返せる、というのがまさに異常の現れとも言えた。

 

 しかし、だとしても。

 

「でやぁぁぁぁぁッ!!」

 

「――――!!」

 

 勝利の女神は、十香自身。甲高い音を立て、士道の〈鏖殺公(サンダルフォン)〉が空へ投げ出された。如何に打ち合えると言えど、十香と剣技で渡り合えるものなど世界を探してもそう多くはない。それが今の士道だとしても、届かない神業の領域に十香はいた。

 士道が選んだものが〈鏖殺公(サンダルフォン)〉でなければ、まだ戦いようがあったのかもしれない。だが、偶然か、それとも彼自身の意思なのか。士道はこの剣を選んだ。それが十香には、たまらなく嬉しかった。

 

 一歩、踏み込む。そうして、士道と十香の距離は完全になくなった。

 

 

「シドー」

 

「――――――」

 

 

 熱が、灯る。身体の中にある霊力が正常化されるような循環の感覚。これで、終わり。ようやく、士道が救われ、いつもの優しい大好きな士道が帰ってくる。

 

はずだった(・・・・・)

 

「な――――!?」

 

 士道の瞳に映る金色の光(・・・・)に目を大きく開き、次の瞬間、十香は巨大な霊力の壁に弾き飛ばされる。

 

「ぐぁ……っ」

 

「『わたくし』!!」

 

 あわや後方の巨木に激突しようかというギリギリの間で、狂三が分身を滑り込ませてくれたことで衝撃からは逃れられた。

 

「十香!!」

 

「十香さん……!!」

 

 既に十香と同じく経路(パス)の正常化を終えた琴里たちも駆けつけ、そして士道へ視線を向け全員が驚きを顕にしていた。

 

「馬鹿な……」

 

 それは、十香も同じこと。

 

それ(・・)を士道が持つはずがない。

 

それ(・・)を世界で今扱えるのはただ一人。

 

 士道の中に封印された力。〈鏖殺公(サンダルフォン)〉、〈氷結傀儡(ザドキエル)〉、〈灼爛殲鬼(カマエル)〉、〈颶風騎士(ラファエル)〉、〈破軍歌姫(ガブリエル)〉、〈贋造魔女(ハニエル)〉、〈絶滅天使(メタトロン)〉。

 

 それらのどれでもない。だが、この場にいる誰もが名を知っている天使。それは――――――

 

 

「――――〈刻々帝(ザフキエル)〉!?」

 

 

 神の御業。不可逆の領域。それを成し得る羅針盤――――――士道がそれを、顕現させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 見慣れた天使。見慣れていない構図。それは、そうだろう。その天使を扱い得るのは、数ある『狂三』の中でもオリジナルである狂三だけ。彼女の記憶にある例外という例外は、五年前の世界で見た自身の記憶にない自身を士道を通して見た時だけ。

 今、彼女の目の前にあるのはそれですらない。まったく別の人間。狂三とは似ても似つかない少年が、見慣れた天使を顕現させていた。

 

 しかし、狂三の中にある感情は驚愕や困惑ではなかった。否、全くないと言えば嘘になってしまう。けれど、それ以上に、受け入れて(・・・・・)しまったのだ。あの人なら、そうなのだろう、と。

 

「……士道さん、あなた様は――――――」

 

「狂、三……」

 

「っ、士道さん、意識が……」

 

 一瞬、士道の意識が正常なものになったのかと思ったが、違う。虚ろな瞳は、狂三を映していながら移していない。さながら、現世と幽世を彷徨う夢人――――――忘我の領域で、士道は苦しげに言葉を紡いだ。

 

 

「俺は、君を……救って、……」

 

「ぁ……」

 

「そのために――――――狂三を助けられる、力が欲しい……っ!!」

 

 

 その苦しみは、彼だけが抱えていたもの。

 

 狂三を救いたい。けれど、救えない。

 

 幾度となく、狂三と士道は手を取り合ってきた。

 幾度となく、狂三は士道の力となって戦ってきた。

 

 その度に――――――士道はどんな想いで、狂三の背を見ていたのだろう。

 感じる無力感を、狂三の願いと相反する士道自身の願いに、どれほど苦しんでいたことだろう。

 

 だから、せめて。せめてと、願っていた。でも、それは――――――狂三が望む士道の姿じゃない。優しい彼に、そんなものを望みたくない。かつて、自らを守ろうと努力する士道の姿に、狂三は喜びを覚えた。でも、これは違う。違うだろう。

 今にも泣き出してしまいそうなほど顔を歪め、狂三は士道と相対した。

 

 

「士道さん!! 違いますわ、違いますの……わたくしは……っ!!」

 

「もっと、もっと――――――俺に、君を救えるだけの力を!!」

 

「わたくしはもう、あなた様に救われているのですわ!!」

 

 

 とっくに、救われていたのだ。

 

 手を差し伸べられたあの瞬間に。

 

 愛を打ち明けられたあの瞬間に。

 

 僅かな時間でも、寄り添うことができたあの瞬間に。

 

 狂三は、こんな自分には勿体ないほど、悪夢の名に相応しくないほどに――――――もう、救いを得ていたから。

 

 だから、違う(・・)

 

 

「わたくしが、士道さんに望むものは――――――!!」

 

「ぐ――――あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 

 人の叫びという枠に収まらない、咆哮。士道が再び上空へと舞い上がり、狂三は追い縋るように足を踏み出した。

 

「士道さん……あぅ!!」

 

 だが、無様にも地面を擦るように転がってしまう。足を踏み外した? いや――――――身体が、思うように動かない。

 

「狂三!!」

 

「大丈夫ですかー!!」

 

 琴里たちが駆け寄ってくるのがわかる。こんな時に、こんな時だから(・・・・・・・)霊力の乱れが止まらない。

 動悸が荒く、身体の熱が収まらない。だからといって、止まれるか。力の限り手で身体を起こしながら、狂三は己が天使の名を呼ぶ。

 

「〈刻々(ザフキ)――――(エル)〉……ッ!!」

 

 高々と鳴り響く声などない。振り絞るような声で、それでも宿主に応えて天使は顕現する。しかし。

 

「〈刻々帝(ザフキエル)〉が……消えかかってる……!?」

 

「止めなさい狂三!! そんな身体じゃ、天使の維持なんて不可能よ!!」

 

 出来の悪いホログラムのように浮かんでは薄れる〈刻々帝(ザフキエル)〉に七罪が焦りの声をもらし、琴里も狂三の肩を揺さぶり鼓膜を震わせる悲鳴にも似た叫びを上げた。

 

 わかっている。無理など百も承知。霊装すら纏えない身で、天使の顕現などできるはずもない――――――できないからと諦められるほど、狂三は士道の影響を受けていない精霊ではない。

 何があっても諦めなかった彼が、そんな彼が持っていた諦観。諦観があるから、彼は力を求めた――――――けど、狂三が士道に望むものは絶対的な力なんかじゃない。

 

「士道、さん……!!」

 

 止めなければ。それに、精霊たちが命を賭して創り出した道を、狂三が途絶えさせるわけには行かない。天へと登る士道へ手を伸ばし、それが届くわけもなく、虚しく空を切る。そうして、霊力の制御が限界を迎えようとした、刹那――――――

 

 

『我が主に、祝福を』

 

 

 包み込む、光の声が生まれた。

 

 

『――――〈擬象聖堂(アイン・ソフ・アウル)〉』

 

 

 瞬間、狂三は己に霊力の制御権(・・・・・・・・)が戻ったような感覚を覚え、即座に意識を集中し、その名を呼ぶ。

 

「〈神威霊装・三番(エロヒム)〉――――!!」

 

 待ちわびたと言わんばかりの歓喜を表すように影が蠢動し、狂三の身体に絡み付く。薄汚れた服を全て洗い流し、絡み合い――――――舞踏会(パーティー)に相応しい真紅のドレスが世に放たれた。

 一瞬前までの狂三とはうって変わり、開かれた瞳に苦しげなものは一切感じさせない。琴里たちが豹変した狂三の様子にそれぞれ驚きを見せていた。

 

「驚愕。元の狂三に戻りました」

 

「何をしたの」

 

「これは……」

 

 立ち上がり、折紙からの問いかけを確かめるように己の身体を確認する。乱された霊力は余すことなく狂三の支配下に置かれ、〈刻々帝(ザフキエル)〉もようやく正常な形で顕現した。

 それ以外に、もう一つ。久しく受け取っていなかった、別の天使(・・・・)が内に入り込む感覚。

 

『我が女王。ご気分は如何です?』

 

「〈アンノウン〉……!!」

 

「……良好ですわ。あなたのおかげで」

 

 その声は、そう遠くない位置から、同時にこちらからは捕捉しきれない距離からのもの。琴里がその名を呼ぶまでもなく、この現象の正体は間違いなく少女のものだ。

 続けざまに、少女が狂三の応答に応えて声を発する。

 

『それは何よりです。土壇場のことなので、譲渡できた権限は七、八割といったところでしょう。それでも、霊力干渉を遮断するには事足りたようで安心しました』

 

「ええ。助かりましたわ」

 

 能力の譲渡。即ち、天使の共有(・・・・・)。狂三と少女のみに許された行為であり、狂三が少女を傍においていた理由の一つ。

 以前、狂三が精霊としての力を完全に隠せていたのもこの現象によるものだ。今回に限っては、どうやらその比ではない。天使の遮断能力をほぼ余すことなく受け取り、狂三は霊力暴走の影響を防ぐことができている。

 

『とはいえ、あまり長くは持たないと思ってください。カットできたのも、あなたへの影響だけです。五河士道への影響は相変わらず止まっていませんし、本来発生させている能力も使用できません』

 

「十分ですわ」

 

 手短にそう応え、狂三は意識を一点へ向ける。つまり、少女のように外装を纏い外部干渉を弾くことは叶わない。使えるのは、己が天使一つだけ――――――ならば、いつもと変わらないということだ。

 

 

『そうですか――――――では、我が女王。その力、存分に振るってくださいませ』

 

「ええ、ええ――――――盛り上がって参りましたわねぇ!!」

 

 

 霊力が圧力を増し、琴里たちが悲鳴を上げて狂三から距離を取る。もはや、己の身体を気遣う必要などない。

 

 

「さあ、さあ。行きますわよ、行きますわよ――――〈刻々帝(ザフキエエエエエエエエエエエル)〉ッ!!」

 

 

 琴里たちが紡いだ道、少女が繋ぎ止めた力。それぞれを胸に、女王は高々に天使の名を絶唱する。

 それだけでは、ない。ああ、ああ。抑えきれない。火照った熱を吐き出すように、狂三は世界中に届かんばかりの声で、情熱を解き放った。

 

 

「士道さん、愛していますわ――――――ッ!!」

 

 

 だから、踊りましょう。わたくしたちの戦争(デート)を。

 

 地面を力の限り蹴り上げ、狂三が夜空へ飛翔する。

 

「なんでそこで愛の告白なの!?」

 

「きゃー、素敵ですー!! 素敵ですー!! 狂三さんとだーりんの……ぶはっ」

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」

 

「美九が興奮しすぎて鼻血を出してそれが七罪に飛び火した!?」

 

 地上から驚きと歓声が聞こえてくる。構うものか、構うものか。今の狂三はその程度では止まりもしない。ただ燻り続けた衝動の全てをぶつけるように、軌跡を描き空を駆ける。あとの後悔など、未来の自分に押し付けてしまえばいい。

 

 

「ねえ、わたくしと、踊りましょう」

 

 

 一曲と言わず、何曲でも。待ちわびた舞台(ステージ)のダンス。めいいっぱい楽しんで――――――世界で一番、物騒な戦争(デート)で。どうか、どうか。いつまでも(・・・・・)

 

 月明かりを背に、この世において最も恐ろしく、最も少年が美しいと感じる光景を創る。

 

 

「さあ、さあ、士道さん。愛しい愛しい、士道さん。わたくしたちの――――――殺し(愛し)合いを始めましょう」

 

 

 用意された舞踏会(パーティー)を締めくくる少年と少女のラストダンス。今、開幕する。

 

 

 






ナツーミいつも叫んでんな(他人事)

さあ、舞踏会のラストナンバー。この奇跡の対面を誰か予想できた方はいらっしゃるのか。少なくとも私は連載当初は想像していませんでした。そう、ノリと勢いの瞬瞬必生というやつでry
いやまあ流石に章を書く手前ではこの展開を確定させてはいましたけども。メインヒロインが大取りを担う以上、相応の展開は必要なので当然の帰路ではありました。ありえない対決の行方は次回をお待ちくださいということで。

恋は矛盾するもの。二人の答えは、ここに同じ道を選び取りました。精霊たちとの縁も、なかなか深くなってきていますね。

士道は狂三を何があっても救いたいともがき苦しみ、狂三は、彼女の歩んできた辛く苦しい人生は士道によって救われたと本人は思っています。だから、狂三が士道に求めるものは……。いよいよ、クライマックスの時間が近づいてまいりました。
感想、評価、お気に入りなどなどお持ちしておりますー。このタイトルシリーズは基本的に狂三か少女の視点からとなるので、このタイトルを使う日がくるとは。次回、『VS〈刻々帝〉』。お楽しみに!!

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