デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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第百十六話『VS〈刻々帝〉』

 

 

「……あー、キツいですね、これ」

 

 顕現した巨大な羅針盤を背に、全速力で飛び立った狂三を木々の中から見送り、少女は軽く息を整えながらそう苦しげに呻いた。

 狂三の許可なく半ば強引に権限を捩じ込んだものだから、間に合うかどうかは本当にギリギリだった。身体も治り切っていないため、負担は準備をして行う譲渡の比ではない。

 更に付け加えるのなら、狂三が相手のためこちら(・・・)を使うしかないというのも不自由さを加速させる。何せ――――――次の瞬間、少女の顔の真横にノイズ(・・・)が蠢いた。

 

「ッ!!」

 

【あ】

 

 反射的に跳ぶように身体を跳ねさせ、それ(・・)と数人分の距離を保ち相対する。

 無理に身体を動かした反動で鈍痛が腹部を襲い、抗議の意味と押さえていないとやっていられない痛みのために手を傷跡にやり更なる痛みに呻くことになる。

 

「い……つぅ……」

 

【大丈夫? 無理すると身体に良くないよ】

 

「誰のせいだと思ってるんですか……っ!!」

 

 今このノイズ――――〈ファントム〉が現れなければ、少女はこの無用すぎる痛みに襲われる必要はなかったというのに。いけしゃあしゃあと少女の身を案じる〈ファントム〉に悲鳴のような声を上げれば、少しだけ申し訳なさそうな声色、と言っても機械を通したような特殊な声を彼女が発した。

 

【ごめんね。気になっちゃって。けど、その様子だと本当にあの子に天使の力を渡したんだね。今なら、簡単にそのローブを脱がせるんでしょう?】

 

「せめて下世話な言い方はやめてください。……まあ、その通りですよ。わかっているなら、興味本位で取ろうとするのはやめて欲しいものですけど」

 

 これを狙って何かをされると、少女はひとたまりもない。そういう意味で、少女は警戒をして単独行動を取っていた。まさか、とは思っていたが、用心をして正解だったとため息を吐く。

 そんな少女の気苦労を知ってか知らずか、〈ファントム〉は興味深そうに人間で言えば顎に手を当てるような仕草をし、言葉を紡ぐ。

 

【……でも凄いね。天使の権限を他人へ、しかも他の精霊へ一時的に譲渡するなんて聞いたことがない。これはとても興味深いことだ】

 

「……特別、そこまで褒めるようなものでもないでしょう。権限の両立が不可能な以上、霊結晶(セフィラ)自体を譲渡するのとそう変わりはありません」

 

【そうかな? 君にしかできないなら、それは誇るべきものだと思うけど】

 

「おかしなことを言いますね――――――私に出来て、あなたに出来ないことなどないでしょうに」

 

逆ならば(・・・・)、幾らでも思い浮かぶが。少なくとも少女は、〝彼女〟という存在が少女の能力、特徴を行使できないとは考えていない。〝彼女〟の場合、出来ないことを探した方が早くなると本気で少女は信じている。

 少女の言葉を聞いて、何故か〈ファントム〉が気苦労を感じさせる息を吐いた、気がした。

 

【君は、もう少し自分に自信を持ってもいいと思うのだけれど】

 

「これでも正当な個人評価をしているつもりですよ――――――というか、何のご用ですか」

 

 万が一にでも、こうして仲睦まじく話しているところを見られてはお互いにかなり都合が悪い。その程度のこと、〈ファントム〉にだってわかっているだろうにと抗議にも似た指摘をする。

 

【君のことが気にかかった、というのも嘘じゃあないよ。もう一つは、君のお気に入りの精霊のことでね】

 

「…………」

 

 ぴくりと眉根を吊り上げ、今し方〈ファントム〉が語った内容を反復する。わざわざ、少女のお気に入りなんて言い方は趣味が悪いと言わざるを得ないが、言わんとしていることは理解できた。

 〝彼女〟をして、今の狂三の異常性(・・・)は目に余るということだ。

 

「……封印もなしに経路(パス)を生成して、同じ天使を二人同時に完全な形で顕現させるのは、あなたから見てどう思います?」

 

【不可能だね、本来なら。あの子の能力が想定を遥かに超える領域に到達し始めているのも、イレギュラーがすぎるかな】

 

「……そう、ですか」

 

 〝彼女〟をもってして、狂三をイレギュラーと断定するだけの域に達している。本来、少女と〈ファントム〉がそれぞれ想定していた道筋を、あの二人は未知数の方向へと変えようとしていた。

 それは良いこと、ばかりではない。目の前の存在を考えれば、特にそう思わざるを得ないのだ。そんな少女の考えが声に漏れ出ていたのか、〈ファントム〉は苦笑混じりの声を発した。

 

 

【安心して。あの子も私に、そして彼に必要な大切な人。まだ(・・)、その時じゃないから】

 

「……そのまだ(・・)が消える日は、遠くなさそうですけどね」

 

【うん――――――もうすぐ、叶う】

 

 

 その言の葉に。長く、長く、願いがある。世界を歪めるほどの、愛がある。

 

 イレギュラーが重なったあの二人のために、時間を作ってあげたい気持ちは重々にある。だが、どちらかの均衡が崩れ去った時、士道側ならまだ平気だ。それが仮に狂三側に傾いたとして――――――〝彼女〟が黙っているとは、思えなかった。

 もう一つ。少女が士道へ持っている希望(・・)は、不確定要素が多すぎる。どちらにしろ、士道と狂三次第と言うことか。と、少女は〈ファントム〉に対して応じる。

 

「……私個人はあなたを邪魔するつもりはありません。けれど、あの子があなたの邪魔をするなら、それはあなたが何とかしてくださいね。私は、あの子を止めませんよ」

 

【わかってるよ。ふふっ、一途なんだね】

 

 揶揄うような口調の〈ファントム〉。愚直なまでに願っている自覚はあるが、〝彼女〟にだけは言われたくないと少女は言葉を返した。

 

「……お互い様でしょう。そういうところだけは、きっちり誰かさん(・・・・)から譲り受けたみたいですよ」

 

【――――――】

 

 皮肉のつもりで言ってやると、〈ファントム〉が一瞬思考を停止したように動きを止める。何を思ったかまではわからなかったが、驚かせることはできたらしいと、少女は意趣返しに成功し満足げに身を翻す。

 

「……じゃあ、あとは見届けて私は帰りますよ。口うるさい解析官に、念押しされているんでね」

 

【うん、そうするといいよ。きっと心配してるから】

 

 どの口が言うのか。平然とそんなことを言った〈ファントム〉に、思わず言葉をぶつけそうになったが、わかっていてやっているのだろうなと無用な言葉を下げる。

 

【じゃあ、またね】

 

「ええ。またお会いしましょう――――――」

 

 一度前の時とは違い、今度はそう出会うことはないだろうけれど。きっと、会うことは決まっているから。その時間は、少女と〝彼女〟が待っていた時間よりも、遥かに短いものだ。

 

 だから、なんてことのないように、〈ファントム〉という存在と初めて(・・・)話した少女は、告げた。

 

 

「私の――――――神様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 奇跡の体現。形を持った奇跡。不可侵の領域を侵すもの。それが――――――天使・〈刻々帝(ザフキエル)〉。

 では、今まさに、その天使が二つ(・・)存在するというのは、些か奇跡の安売りが過ぎるのではないかと狂三は思う。

 半年前の狂三なら夢にも思わない。仮に、半年前の『狂三』を生み出して聞いたとしても、気でも狂ったかと疑われるに違いない。最終的には、信じてしまうのだろうけど。だからこそ、『狂三』は狂三なのだから。

 

「楽しいですわねぇ、士道さん!!」

 

 空に浮かぶ羅針盤が、二対。有り得ならざる悪夢の光景を、時崎狂三だけは心の底から楽しいと笑う。狂気的な微笑みを作り、空を駆ける。

 

「……!!」

 

 対して、士道はそれに銃を自身へ押し当てることで応じた。

 何をしようとしているのか、狂三には手に取るようにわかる。ずっと、彼の前で見せてきたもの。相手の意表を突く、自身のこめかみに銃を押し当てる仕草。たとえ相手がしたからと言って、発案者の狂三が動じるわけもない。狂三も全く同じ体勢を取り、一部の逡巡もなく引き金を引いた。

 

 

『【一の弾(アレフ)】ッ!!』

 

 

 同じ力。同じ速度。示し合わせたように、狂三と士道は神速の領域へと足を踏み入れた。

 夜空に煌めく光の軌跡が先程までとは比べ物にならないほど輝きを増し、激突する。

 

「あぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

「っ……!!」

 

 衝突の最中、振るわれた(・・・・・)一刀を狂三が銃で受け流す。天使の欠片である狂三の古銃でなければ、容易く切り裂かれていたであろうその必滅の刃。狂三が知る限り、いや、世界の何処を探したところで、士道の握る最強(・・)を超える剣は見つからない。

 

 〈鏖殺公(サンダルフォン)〉。右手に最強の剣を。

 〈刻々帝(ザフキエル)〉。左手に最凶の銃を。

 

 この世に、これ以上豪快な天使の使い方があるならば見てみたいものだと、狂三は苦笑を浮かべて銃を振るう。

 

「素晴らしいですわ!! 素晴らしいですわ!! 天使の同時顕現、それほどの霊力――――――高鳴りますわ、高鳴りますわッ!!」

 

 琴里辺りが聞いていたのなら、『レディなら少しは落ち着きを持て』とでも言われてしまう叫び。今は、許して欲しい。誰に言い訳する訳でもなく、気分が高揚しすぎてどれだけ発散しようと抑えきれないのだ。

 踊るようなステップで神速の一刀を躱し、影の弾丸を連続で照射。しかし、士道はそれを〈鏖殺公(サンダルフォン)〉の斬撃で撃ち落とし、反撃に左手の銃でオウム返しのように引き金を引き続ける。

 それに当たってやるほど、狂三も間抜けではない。即座に回避行動を取り、再び士道との撃ち合いを再開した――――――正直、驚いている。

 

「……ああ、ああ」

 

 歓迎すべきことではない。それでも、感慨深いと狂三は神速の領域で甘い吐息を零した。

 今の士道は獣だ。目の前の相手が誰かなど、恐らく彼はわかっていない。力を行使し、振るうだけの獣。だが、以前の士道ではここまで狂三と撃ち合うなど不可能だった。この神速の領域にしても、人の身である士道には大きな負荷がかかる。

 しかし、現実として士道は狂三と戦っている。戦えている。確かに、今の士道の技量には目を見張るものがある。けど、戦闘経験値が根本的に違う狂三に比類するほどではない。それを士道は天使を同時に行使することで――――――そして何より、この半年間、誰より狂三の傍で狂三の戦いを見てきたから、狂三と同じ動き(・・・・・・・)ができる。

 

 士道にそんなことをして欲しくないと思っているのに、狂三はこの瞬間、彼の動きの一つ一つに歓喜の感情を抱いている。まるで矛盾している。その矛盾を肯定してこそ、『時崎狂三』という存在は完成しているのかもしれない。

 

「士道さん」

 

 名を呼んだところで、返答はない。あるのは、本物の命の取り合い。

 

 戦っている。狂三と士道は戦って、殺し合っている。狂気に身を浸すことで、生を実感する。戦いを得て、そう思い込む(・・・・)。それが時崎狂三の生き方だった。生き恥を晒して、けど生きていかねばならなかった狂三は、狂気に身を委ね、修羅となることで生きてきた。歪な自傷行為。意味のない自己満足。誰にも告げられなかった、無様な現実逃避。

 

 だが、今は、違っていた。だから、精霊(少女)は――――――

 

 

「本当に、楽しいですわ――――――ッ!!」

 

 

 戦いが、大好き(だいきらい)だ。

 

 

『――――――っ』

 

 幾度の撃ち合いを互角に渡り合い、二人だけの神速の世界が解ける。

 滞空した二人の距離は、一瞬で詰めるには少し離れすぎていた。思考の隙間もなく、士道が霊力の装填を完了した銃を再びこめかみに押し当てる。【一の弾(アレフ)】か――――――そう考えた狂三は、すぐさまもう一つの可能性に行き着く。

 

「〈刻々帝(ザフキエル)〉――――【八の弾(ヘット)】」

 

 そちらが正しいと勘づいた時には、士道の身体がぶれ二人に増えた(・・・・・・)。いいや、二人だけに留まらず、三人、四人、五人――――――引き金を引いた数だけ、『狂三』のように士道という存在が数を増す。

 あっという間に囲い込まれた狂三に動揺はない。超然とした微笑みを浮かべ、士道たちを一瞥した。

 

「きひひひ!! 【八の弾(ヘット)】は見せた覚えがないのですけれど――――――ああ、いえ。一度だけ、ありましたかしら」

 

 懐かしい思い出を反芻するように、狂三が笑う。或美島での一件で、他の銃弾を同時に併用した時のことを士道はしっかり理解していたようだ。まあ、仮に理解していなかったとしても、狂三が従える分身たちを受け入れていた彼ならば、躊躇うことなく性質を理解し扱い得たであろうが。

 『士道』が平然と飛行しているのを見たところ、どうやら劣化するとはいえ他の天使も扱えてしまうらしい。まったく、『狂三』と違い欲張りなことだと狂三は唇の端を吊り上げた。

 

「良いハンデですわ。まとめて相手をして――――――」

 

 瞬間、斬撃(・・)が『士道』と狂三の間を駆け抜け、包囲網を散らした。

 斬撃の出処へ目を向け、狂三は飛翔する精霊たちを視界に収める。そのうちの一人、十香が声を放った。

 

「狂三!!」

 

「十香さん――――――ああ、ああ。皆様、お揃いのようですわね」

 

 霊力の経路(パス)が開かれたことで、全員が問題なく限定霊装を扱えるようになった十香たちが、狂三と士道を追いここまで辿り着いた。

 まったく、全員が士道とのキスをするために命懸けで戦った後だというのに、お人好しなことだと狂三が微笑んでいると、琴里がその背に並び立つ。

 

「元気そうじゃない。私たちも混ぜてくれないかしら」

 

「うふふ、そうですわね――――――わたくしばかりが士道さんを独り占めしては、琴里さんが泣いてしまいますものね」

 

「……やっぱりあなた、ちょっと弱ってるくらいがいいんじゃない?」

 

 そう言って半目で睨む琴里に、狂三はいつものように超然とした微笑みを返す。〝声〟で『士道』を抑え込みながら、そんな二人へ美九がのんびりとした言葉を発した。

 

「でもー、こういう狂三さんがとーっても素敵ですよー!!」

 

「同意。やはり、狂三はこうでなくては」

 

「――――――あら、あら。騙されてはいけませんわよ」

 

 どさくさ紛れに聞こえたその声の主は、『士道』を抑え込むという名目で彼の身体をあれやこれやと触り、狂三のポーカーフェイスを怒りで歪ませようとする『狂三』のものだ。

 

「『わたくしたち』を影から出入りさせる労力でさえ惜しんでいる『わたくし』ですもの。皆様のご助力、天邪鬼な『わたくし』に代わりに御礼申し上げますわ」

 

「その士道さんに対する余計なボディタッチとわたくしの思考の曲解はお止めなさい。撃ちますわよ」

 

「あら、敵味方の判別もつかないほど衰えていらっしゃるのですか? 『わたくし』のことながらわたくし、悲しいですわぁ」

 

「…………」

 

 自分自身を殺すのは狂三としても心苦しくなるものだと思っていたが、今なら簡単に殺意を持ててしまうものだと狂三は額に青筋を浮かべて笑顔で銃を構えた。

 だが、『狂三』の言っていることは実のところ間違ってはいない。この『狂三』も、先ほど咄嗟の判断で解き放った個体が勝手に動き回っているだけ。今の狂三に、影を使役するだけの余力は残っていない(・・・・・・)。影から分身が出てきていないのも、本体の余力をわかっていてのこと。

 ただそういう弱み(・・)を見せないのが、時崎狂三が時崎狂三である所以。まあ、見せなかったとしても――――――彼女たちは、変わらず狂三を助けるために動いているのだが。

 

「狂三、こちらは任せろ!!」

 

「返せる分の貸し(・・)は返しておく――――――行って」

 

 十香、折紙が斬撃と光線を撒き、『士道』たちを牽制しながら狂三へ声を投げかけた。

 変な話だと、狂三は柔らかい微笑みをこぼしてしまう。士道を殺そうとする精霊が士道を救おうとして、士道に救われた者たちがそれを助ける。こんな歪な関係性が他にあろうものか――――――それが悪くないと思っているから、狂三は表情を和らげてしまう。

 

「ええ、そうさせていただきますわ!!」

 

 迷いなく『士道』たちの包囲網を掻い潜り、進撃する。後方の憂いはなく、能力劣化した分身では狂三を止めることは叶わない。

 

「――――――ああ、なるほど」

 

 感銘にも似た声。それ(・・)がわかったのは、初めてのことだった。不思議に思っていたのだ。なぜ士道が瞬時に狂三と『狂三』の区別がつくのか。どうしてわかるのかと問い正せば、逆になぜわからないのか不思議な顔をされてしまった。

 今、その理由がようやく身に染みた――――――理屈など二の次で、わかってしまうのだ。自分が愛した人が誰か、わかってしまうのだから、仕方がないでしょう?

 

「見つけ――――ましたわッ!!」

 

「……!!」

 

 霊力に物を言わせて数十に膨れ上がった分身たちの中に、紛れ込んだ五河士道(オリジナル)が一人。弾丸を散らして分身を薙ぎ払い、遠慮なしに上段から回し蹴りを叩きつけた。

 

「うぉぉぉぉぉッ!!」

 

「く……」

 

 打ち込まれた蹴りを士道が腕で受け止め、即座に霊力の渦を壁のように発して狂三を拒絶した(・・・・)

 やはりそうだ。投げ飛ばされた空中で体勢を立て直しながら、狂三は士道が己の懐に入り込ませないようにしていると、確信に近い考えを持っていた。先の攻防もそう。決して、狂三を己が内に入れさせない動き。獣のような本能が生み出す、明確な拒絶の意思。

 

「上等、ですわ――――【一の弾(アレフ)】ッ!!」

 

 再び、加速の領域へ。それを見た士道も狂三に応じ、【一の弾(アレフ)】を使い迫る狂三から逃れ始めた。

 どうにもこうにも、やり辛いことこの上ない。逃げる獲物を狩る狩人ならともかく、これは明らかに違う。土足で相手の感情に足を踏み込む――――――いつも、士道が狂三にしてきたことだ。

 

「いい加減、観念してくださいまし!!」

 

 いつも、いつもいつもいつもいつも――――――いつだって、士道は狂三を見捨ててなんてくれなかった。感情が乱れて、余計なことを考えてしまう。この、自らを顧みない善性の塊のような人が、踏み外してしまった少女との邂逅。

 

 もし、あのとき出逢っていなかったら。

 

 もし、違う出逢いを果たしていたなら。

 

 もし、お互いを好いていなかったなら。

 

 まるで違う世界。違う道筋を辿っていたに違いない。こんな女に振り回されることなく、彼は精霊たちを救い、幸せな人生を送ることができたかもしれない。もしかしたら、素直じゃない狂三が、陰ながら士道を助けるような世界があったのかもしれない。

 

 そうやって、幾度となく考えて。けれど、狂三は心の底で思っている――――――出逢わなければ良かったなど、嘘をつくことはできないと。

 他の時崎狂三など知ったことではない。この時崎狂三は、五河士道と出逢い、愛したことを後悔などするものか。たとえこの先に、どんな絶望の運命が待ち受けていようと、狂三は必ず世界を変える――――――その使命を背負った狂三が感じた幸せは、狂三にとって極上の救いなのだ。

 

 だから、消させない。終わらせない。五河士道という存在は、精霊に、少女に、時崎狂三に必要だから――――――!!

 

 

「――――【一の弾(アレフ)】ッ!!」

 

 

 互角の均衡を、崩す。狂三に撃ち込まれた更なる銃弾は、神速を遥かなる高みへと導く。

 肉体が悲鳴を上げ、脳が停止を促す信号を送るように全身に痛みをもたらす。それを全て無視して、狂三は士道との距離を詰め続けた。単純な速度による接近は、故に距離を離すことが難しく、故に対処が単純(・・・・・)だ。

 

 目の前に迫った士道が、左手の銃を構えていた。

 

 

『――――――――』

 

 

 両者の時が凍り付く。時を奏でる金色の瞳、互いの左目に宿った文字盤の紋様が交錯する。その針が時を刻む刹那――――――狂三は賭けに勝った。

 

 五河士道は時崎狂三を熟知し、その戦闘スタイルを知っている。だから士道は〈鏖殺公(サンダルフォン)〉と同じく〈刻々帝(ザフキエル)〉を完璧に扱って見せた。扱って見せたからこそ、事ここにおいて〈刻々帝(ザフキエル)〉の力を使うことが何を意味するのか、狂三には手に取るようにわかる。

 

 全くの、同時。二人はそれぞれの撃鉄を鳴らした。

 

 

「〈刻々帝(ザフキエル)〉――――【七の弾(ザイン)】」

 

「〈刻々帝(ザフキエル)〉――――【八の弾(ヘット)】」

 

 

 放たれた絶対の弾丸。不可逆を侵す究極の一打――――――それは、吸い込まれるように狂三の分身に(・・・・・・)突き刺さった。

 

 読んでいた。いいや、狂三を知る士道なら必ずそうすると知っていた。最後の切り札として、狂三が時間停止(ザイン)をここぞという時に扱うと、彼なら知っていて当然だ。扱うからこそ――――――扱われた時の対処法も知っていなければならない。

 産み落とされた分身の時が静止する。持ち主であろうと、その性質は絶対のものだ。絶対のものであるが故に、狂三は特性を完璧に把握している。

切り離された(・・・・・・)狂三の時は、止まらない。分身を乗り越え、士道へ手を伸ばす。士道が剣を振るい狂三を切り裂こうとするが既に遅い。今の狂三の加速は、【一の弾(アレフ)】の二重加速。一瞬の間に、狂三は士道を取り押さえることができる。

 

 だから、その一瞬の間に、狂三は悟ってしまった。

 

 

「――――――ぁ」

 

 

 無理だ。これは、斬られる。漠然と、だが確信的にそれを悟った。

 狂三の戦術は完璧だった。しかし、今の一瞬、狂三の肉体は限界を迎えた。少女の天使が時間限界を迎えたのか、無茶な二重加速による驚異的な負荷か。或いは、どちらでもあるのかもしれない。

 

 結果としては、狂三は士道の振るう剣に切り裂かれる。それだけのことだった。

 

 左目が視る光景が変わる――――――未来は変わらないと、変わる。一瞬とはいえ動きを止めた狂三が、神速のもとに振るわれる必殺の一刀を避ける術など存在しない。元々、この瞬間に全ての余力を差し出したのだ。らしくもなく、保険の一つさえ残していない。

 

 〈刻々帝(ザフキエル)〉は未来を選定した。狂三は士道に切り裂かれる。

 

『……ああ、ああ。仕方ありませんわね』

 

 この危機的状況で考えるには、あまりに破滅的すぎる思い。

 狂三の予測では、恐らく狂三が斬られることで事態は収束する。そもそも、同じ天使を全く別の人間が同じだけの力で同時に扱っていることがおかしい。ならば、持ち主である狂三に何かしらの危機が訪れれば、自ずと均衡が崩れ去り士道と〈刻々帝(ザフキエル)〉の繋がりも正常化(・・・)する。

 

 ただ、そんなものは言い訳だ。刃が目の前に迫った時、狂三が感じたことは――――――士道になら、斬られても構わない(・・・・・・・・・)。そんな破滅的な願望が、狂おしいほどの激情が、あった。

 

 もしかしたら。ああ、きっとそうだった。あの時、士道が命を狙われているとわかっていて、狂三の前に現れる正気ではない行動を起こせたのも、彼は今の狂三と同じことを考えたに違いない。

 けれど、同時に。手にかけた側は、悲しむのだろう。それが堪らなく嫌で――――――士道が決して頷いてくれない理由が、またわかった。

 

 

『まったく――――――矛盾していますわ』

 

 

 ひたすらに、矛盾だらけだ。こんな激情を感じていたのなら、さっさと身体を明け渡してくれればいいものを。そう、本気で願っているかもわからない捨て台詞を吐き切る前に、運命を受け入れるように――――――時崎狂三は瞳を閉じた。

 

 

 






狂三→我が女王。例の人→私の神様。少女は嘘をついていません。〈ファントム〉という存在と話をしたのは、本当にこれが初めてですよ。運命の天秤は、果たしてどちらに傾くのかな?

〈刻々帝〉を大真面目に戦闘に使おうとすると結構限られてしまうの巻。もっぱら狂三の頭で上手く扱えてるだけで、高燃費だし良いことばかりでもないっていう。だからって〈鏖殺公〉との併用は凶悪すぎて慈悲がない。でも狂三VS士道は書いてて楽しかったです(小声)

今回の心理描写はリビルドでの狂三というキャラクターのあらゆる部分を詰め込みました。矛盾した感情、矛盾する戦いへの想い。読み取っていただけたなら、筆者として大変嬉しいです。
前話からフェイカー&アンサー編をかなり意識しているので、この章は一時的な総決算とも言えるかもしれません。ちなみに原作からオミットされたorされるかもしれないセリフは今回のように別の形で使用されることが割と多い本作。皆様はお気づきになられましたかな?

語りたがりなので後書きが最近長くなっていることが悩み。こんな性格なのでこれ良かったとかこれこれここはこうですよね、みたいなことを言ってもらえると大変喜びます。自分が書いた作品に込めたものを読み取ってもらえる瞬間というのは、本当に嬉しい。
さあ、そんなこんなで次回はいよいよ決着戦。この小説の主人公たる人物は誰なのか。満を持して、思う存分、彼の想いをお届けいたしましょう。

感想、評価、お気に入りなどなどお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!!

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