デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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第百十八話『キミがいて、俺がいる』

 

 

「ん……狂、三」

 

 呻くような声で、彼女の名を呼ぶ。目を覚まして、咄嗟に出てきた言葉が彼女の名というのは、どうやら視界に入り込む妹様には呆れをもたらしたらしい。

 

「起きて早々、ブレないわね」

 

「琴里……そうか、俺はあのあと……」

 

 意識を失った狂三を連れて、士道は〈ラタトスク〉の施設で徹底的な検査を受けたのだ。ここは、その施設の病室に当たる場所。それより前のことは――――――

 

「っつ……」

 

 思い出せない――――否、覚えている。自分がやっていたこと。まるで、自分であり自分でないような感覚。それらの出来事が、本当に夢でも見ていたかのようにモヤがかかって実態を掴ませない。

 確かめるように軽く頭に触れていると、琴里が心配げな顔で声を発した。

 

「無理しないで。経路(パス)が安定したとはいえ、病み上がりには違いないんだから」

 

「ああ……いや、大丈夫だ。それより、みんなは?」

 

「別室で待機してるわ。休んでなさいって言ったんだけど、士道が目覚めるまで待つって聞かなくて。それと――――――お嬢様はここよ」

 

 刺された指を追いかけると、士道の右隣のベッドと、そこに眠る一人の少女の姿があった。

 美しすぎる(・・・)少女。眠っているだけで、一つの芸術品のような造形美。士道は、己が求めた人がいたことに、ほっと息を吐き出した。

 

「狂三……」

 

「起きた時、近くにいなくて探しに行かれても困るからね。経路(パス)も正常化……って、言っていいのかしらね。すっかり元通りになったから、直に目を覚ますはずよ」

 

 何とも言えない濁し方に首を傾げたが、当人である士道はすぐにその理由を思い返した。確か、士道の意識が曖昧な間、狂三と士道の間に解析不能の経路(パス)が表面化していたと聞いた。つまり、それが今度は元通り(・・・)、見えなくなったということか。

 頭が痛いと言いたげな琴里の様子に、士道も苦笑を浮かべて声を返す。

 

「悪いな、いつも」

 

「気にしないで。それが私の役割よ。ま、わからないままにしておくわけにもいかないし、しばらくは二人揃って検査に付き合ってもらうことになるけどね」

 

「お手柔らかに頼む――――――ありがとな。今回も、狂三と一緒に助けてくれたんだろ?」

 

 でなければきっと、士道はここでこんなにも気を抜いて眠っていられなかった。日頃から無茶ばかりしていた自覚はあるが、今回は特に迷惑をかけてしまったのだと思っている。

 

「……っ、それは」

 

 そう思ったからこその言葉だったのだが、受け止めた琴里は口ごもる様子を見せると――――――やがて、大粒の涙を流し始めた。

 

「っ、こ、琴里? どうしたんだよ、一体」

 

「……めんな、さい、……私――――――」

 

 謝罪と、今回の件に関わった全てを、琴里は嗚咽で辿々しい……懺悔するような声色で吐き出した。

 士道の精霊封印に、暴走の危険が付き纏っていたこと。万が一の備えとして、〈ラタトスク〉が士道を殺す手段を用意して――――――それを持っていたのが、他ならない琴里だったということ。

 

「黙っていて……ごめんなさい。私の霊力を封印したばかりに、そんな身体にしてしまって……ごめんなさい」

 

「…………」

 

 妹の、司令官としての立場。その重圧、責任……中学生の少女が負うには、あまりに残酷な責務だろう。

 それを彼女は、誰にも打ち明けられず気丈に振舞っていた。誇らしくもあり、悲しくもある。士道は、全てを受け止めて琴里の懺悔に応じた。

 

「泣くなよ、琴里」

 

「でも、私はおにーちゃんを……」

 

「そりゃあ、四六時中狙われてたっていうのにいい気分はしないけど……仕方ねえだろ。万に一つでも暴走の危険があるなら、対抗策は用意しておくべきだ。俺のせいで何人もの人間が死ぬなんてことになったら、それこそ自分で自分を許せなくなる」

 

「おにーちゃん……」

 

「――――――って、ちょっと前の俺なら、心の底から言えてたんだろうけどな」

 

「え?」

 

 呆気に取られたように目を丸くする琴里に、士道は苦笑しながら続けた。

 

「多分、暴走して殺されそうになった時……俺は、力いっぱい抵抗したはずだ。たとえ〈ファントム〉の手助けがなくても、暴走した俺ならそうしてる――――――約束、しちまったからな」

 

「約束……?」

 

「俺が殺される時は――――――狂三に殺されるって」

 

「っ……」

 

 琴里が息を呑むのが伝わり、それでも士道は撤回などする気はなかった。

 約束したから、士道は生きる。何があろうと、死んでたまるものか。その上で、その覚悟で、士道は命を懸けて事を成す。

 

「誰かに失望されてもいい。醜くても、愚かだと言われても、俺はそういう選択をする。俺は、狂三との約束を守る」

 

「…………」

 

「……狂三はさ、口では色々言うけど、約束事をすっげえ大切にするやつなんだ。だから、俺から破ったりして、嫌われたくない。けど、お前の霊力を封印したことも後悔してない。それが俺なりの――――――自分の命を勘定に入れた生き方だ」

 

 何度繰り返そうと、目の前で琴里が苦しんでいたら同じ選択をする。妹が泣いていて、苦しんでいて、自分だけを取るということが士道にはできない。

 だから、この生き方を変えられない士道は、けれど狂三との約束を守る。一見矛盾極まりない覚悟だが――――――人間、矛盾して上等だと士道は開き直っていた。

 これからも士道は他人に命を勘定に入れていない、と言われる生き方をしてしまう。その時は、今と全く同じ答えを返すつもりだった。士道は士道なりに、自分の命を勘定に入れている、と。

 

「……何よそれ、めちゃくちゃ、じゃない……」

 

「ろくでなしの兄貴でごめん。けど、俺にはどうしようもないんだ――――――お前らが泣いてる方が、よっぽど応えちまうからさ」

 

 だから、どちらも叶えるための努力をする。どちらも泣かせたくないから、士道なりに掴めるだけ掴む――――――五河士道という男は、ドロドロな欲望まみれの人間なのだ。

 

「だからさ、泣き止んでくれよ、琴里。世界一可愛い俺の妹が、嬉し泣き以外で泣くのは耐えられそうにないんだ」

 

「……っ」

 

 士道が力いっぱい笑みを見せて、琴里はようやく涙を拭い、士道に咲き誇る笑顔を見せてくれた。

 

「うん、やっぱ世界一の妹には笑顔が似合うな」

 

「ばか……やっぱり暴走の影響、ちょっと抜け切れてないんじゃない?」

 

「そうかぁ?」

 

 冗談めかして返すと、琴里はくすくすと調子を取り戻した笑顔を見せ、背を向けて部屋の扉を開けた。

 

「みんなを呼んでくるわ。きっと、心配してるから。あと――――――本当、あなた達って似たもの同士よね」

 

「ん?」

 

 何のことかと疑問の声を上げると、琴里が眠っている狂三を苦笑気味に見つめていた。

 

「狂三もね、言ってたわ。士道を殺すのは私だ、誰にも譲るつもりはない、って。そのくせ、士道を殺そうとした私を止める時、私に怪我させないようなやり方をわざわざ選んだのよ。誰かさんの今の物言いにそっくりで笑っちゃうわ」

 

「それは……嬉しすぎるな」

 

 約束を当たり前のように覚えていて、同時に狂三は士道が嫌がることをわかっていてくれた。琴里を傷つけないやり方を、迷いなく選んでくれたのだ。

 それが嬉しくて微笑みを浮かべると、琴里が再び呆れ顔で応じた。

 

「……自分を愛して自分を殺そうとする女に喜ぶなんて、世界であなただけよ、おにーちゃん」

 

「ありがとな――――――最高の褒め言葉だ」

 

「ばーか。……ありがとう、おにーちゃん」

 

 琴里が去り際に残した言葉で、士道はもう大丈夫だと微笑みで彼女を見送る。

 一人になった士道は、取り敢えずと固まった身体を伸ばすだけ伸ばしてみるが、どうやら随分勝手に無茶をしてくれたらしい。筋肉痛のためか、いっつ……と上手いこと身体が動いてくれそうにはなかった。

 

「……けど、前よりマシなんだよなぁ」

 

 前までなら、天使を乱用した日には身体を動かすのも辛いほどの反動が来たものだが、今はそれに比べればかなり調子がいい。

 とはいえ、筋肉痛を伴っているのには変わりなく、調子に乗って肩を回してうぐっ、と痛みに呻く。数日はこれと付き合うのかと辟易しながら、士道はこの程度で済むことができた功労者の顔をじっと見つめる。

 

「…………」

 

 寝顔を拝む、ではなく見つめるのはこれが二度目。一度目は焦りで冷静な観点を見失っていたが、今は酷く落ち着いて狂三の顔を見ることができた。

 落ち着いている、とは言うものの。正直な話、狂三を相手に見惚れるなというのが無理なこと。あまりに穏やかに眠るものだから、気になって口元に耳を近づけて呼吸を確認する。〈ラタトスク〉の施設に収容されているのだから当たり前だが、静かなだけでしっかり呼吸音が鼓膜を震わせた。

 そりゃあ当然かと自分の行為に苦笑して、距離が近づいた狂三をまた観察する。艶やかに光る射干玉の髪を僅かに手に取れば、絹糸のような心地良さで手からこぼれ落ちていく。その静謐な美しさに目を見張り、今度は白磁の肌に目を奪われた。

 

「……っ」

 

 ごくりと喉を鳴らし、壊れ物を触るような慎重さで、士道は狂三の頬に手を置いた。

 滑らかな肌に、仄かな温もり。稀に、狂三から士道にこういった仕草をされたことがあったが、どういう気持ちなのか気になったことがある。

 僅かに手を動かし、撫でる。なるほど、これは……癖になってしまうかもしれない。少しの間、そんな風に固まっていると、士道はあることに気がついて唇を動かした。

 

「……狂三」

 

「…………」

 

「俺は襲ったりしないから、寝たフリはしなくていいぞ」

 

「……あら、あら。それは残念」

 

 ぱちりと、観念したような顔で狂三は目を開けた。紅と、時計の眼。変わらない、士道にいなくてはならない存在になった、時崎狂三だ。

 

「どうしてわかりましたの? 驚かせて差し上げようと思いましたのに」

 

「ちょっと顔が赤くなってた。狂三って、こういうのに慣れてないんだな」

 

「うふふ。だって、わたくしの寝込みに触れることを許すのは、あなた様だけですもの」

 

「……そりゃ、どうも」

 

 珍しく優勢でからかってやれると思ったが、物の見事に切り返されて今度は士道が顔に熱を帯びることになった。

 くすくすと照れる士道を笑う狂三が、改めて目覚めの挨拶を交わした。

 

「おはようございます、士道さん。ご壮健で何よりですわ」

 

「おはよう、狂三。お前も、無事で良かった」

 

 本当に、良かった。士道のせいで狂三に何かがあれば、士道は死んでも死にきれないところだった。

 

 

「……また、お前に助けられた。何度も俺を助けてくれて、本当に、ありがとう」

 

「あら、急にどうなさいましたの? 随分と大げさですこと」

 

「大げさなんかじゃない。お前がいなかったら、今の俺はいない。お前は俺の――――――命の恩人で、大切な人だ」

 

 

 何度も救われたのは、士道の方だ。幾度となく命を危険に晒し、その度に狂三は士道を助けてくれた。瀬戸際でも、この世の終わりなのではないかと思える状況でも、諦めることなく狂三は士道を助けてくれた。

 時崎狂三は士道の命の恩人で、士道の希望で――――――必ず救うと誓った、大切な人だ。それを今この場で、誰でもない士道自身が言葉にしておきたかった。

 告白を聞いた狂三の頬が、熱を更に帯びるのが目に見えてわかる。困ったように微笑んだ狂三が声で応じた。

 

「急にずるいですわ……そんなに気になさらないでくださいまし。前にも言いましたが、士道さんを助けるのはもう慣れっ子ですわ」

 

「けど、今回は違うだろ。お前にまで迷惑をかけて……色んな人を、巻き込みかけた」

 

 何があっても生きたい。そうは言ったが、士道はその結果を許せるわけではない。いいや、誰よりも自分を許せなくなるだろう。

 二度目があるのか。あった時に、士道が無事で済む保証はない。だからもしもの時は、唯一その権利を持つ彼女に、士道は頼みたかった。

 

「次に同じことがあったら、遠慮しなくていい。お前が俺を――――――」

 

「お断りしますわ」

 

 お前にならいい。暗にそう言ったのだが、にべもなく突っ返されて士道は目をぱちくりとさせた。

 

「……駄目か?」

 

「士道さん。わたくしはあなた様の命が欲しいのですわ」

 

「うん。だから、今回みたいにもしもの時は……」

 

「違いますわ。あなた様の意思で(・・・・・・・・)捧げられたものでなければ、わたくしは受け取るつもりはありませんの」

 

「えーっと……」

 

 久しぶりに、狂三の言ってることが飲み込めず頬をかくと、狂三が呆れたようにふかーいため息を吐いて、上体を起こし士道と同じ視点を作ってから応じた。

 

「士道さんのそれは、士道さんの意思ではありません。その他大勢を案じた、あなた様の善性。わたくしは〝最悪の精霊〟ですのよ? そんなもの願い下げですわ」

 

「……ん?」

 

「ああ、もう。ですから!!」

 

 理解が追いつかない士道を見て苛立たしげな声を上げた狂三は、そのまま鋭い目付きを真っ直ぐに士道へ突きつけた。

 

 

「わたくしは、愚かにもあなた様に惹かれ、恋をして、あなた様を殺せなかった精霊ですわ。だからこそ、わたくしは決めたのですわ。必ず、あなた様に全てを捧げさせると」

 

「……!!」

 

「世界など、些末なことですわ。そんなものより、わたくしは士道さんが大切ですわ。愛していますわ。ですから――――――わたくしは士道さんが心からわたくしに心酔しきった瞬間でしか、その命を受け取るつもりはございません」

 

 

 真摯な瞳が、士道の心の臓を穿つ。狂三は今、世界より士道を取ると迷いなく明言した。士道を愛して、士道を殺せなかった。殺せなくても、殺さなくてはならない。だから――――――士道を徹底的にデレさせて、心から殺されても構わないと言わせる。

 それ故に、それ以外で士道の命を受け取るのは願い下げだと。それは、なんと恐ろしい殺し文句(・・・・)だろうか。

 

「……それ、プロポーズみたいだぜ」

 

「あら。では、わたくしより素敵なプロポーズの言葉、考えておいてくださいまし」

 

「ああ、そうさせてもらうよ」

 

 いつかの繰り返し。最も、いざその時が訪れたら、士道は脳のシミュレーションを吹き飛ばし瞬間で思いついたプロポーズを提示してしまう気がするが、それは、未来の士道次第だろう。

 ああ、繰り返しならば。改めて、ここに誓いを口にすることを許して欲しい。士道なりに、色々と思い悩み……今はまだ、変わらないその結論を。士道は狂三の瞳を見つめ返して、言葉を紡ぐ。

 

「なあ、狂三」

 

「はい?」

 

「俺さ、やっぱり諦められないみたいだ。お前のこと、好きだ」

 

 狂三が背負っているもの。狂三が諦めないもの。狂三の願い――――――けれど、それと同じくらい、士道も狂三を諦められなかった。

 その答えを得て、士道はまた考える。だからもう少しだけ、待っていて欲しい。そんな願望が届いたのか、それとも士道の突然の告白に微笑んだのかは定かではないが、狂三が応じるように伸ばした手と士道の手とを重ね合った。

 

 

「仕方ありませんわ。だって、最初に仰ったではありませんの。わたくしが〝はい〟と言うまで、士道さんは諦めないと」

 

「……ああ。お互いに、そうだったな。じゃあ、もう少し付き合ってくれるか――――――俺たちの、戦争(デート)を」

 

 

 華奢な指を、握り返す。積み重ねられた命の重みを、手放さない。彼女が救われるその日まで、士道は諦めない。考え抜いた〝答え〟を見つけるまで、その時まで狂三を付き合わせてしまう。

 それが理解できていて――――――花咲くような笑顔で、狂三は応えた。

 

 

「ええ――――――士道さんとなら、喜んで」

 

 

 世界で一番物騒で、長い戦争(デート)は、もう少し、続くようだ。

 

 

 







狂三は性根が性根なので、マジで世界を救う時になったら仕方なしに協力してしまうタイプだと思ってます。元が元ですからね。ただ、今作だと世界<<<<<<<越えられない壁<<<<<士道。くらいの優先度してるので、まあ士道が救うなら協力しますくらいのスタンス。とはいえ、人間そんな場面になってみないとわからんものですよね。
そんな彼女が原作で放った、不本意ながら、世界を救って差し上げますわ。という台詞が私は狂おしいほど好き。今作では、果てさて……。

これからの為のお話もしながら、今作はもうちょっとだけ続くんじゃ、です。まだ精霊も二人が残っていますからね。二人しか、というべきかもしれませんが。最終章に着々と近づいてまいりました。
次回、エピローグその二。二人以外がやり残したことと、二人に関してのちょっとした答え合わせです。皆さん、数話前の士道の行動の答え、わかりました?
感想、評価、お気に入りなどなどお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!!

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