デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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第百二十二話『俺たちの原稿を始めよう』

 

 

二次元にしか恋をできない(・・・・・・・・・・・・)精霊、ということですのね」

 

「……まあ、本人がそう言ったから、そういうことになるな」

 

 地下施設、通路の一角にて狂三が確認を取るように言った言葉に、士道が頬をぽりぽりと掻きながら応じた。

 新たな精霊。第二の精霊(・・・・・)。狂三が探し求めていた人物ではあったが、士道が先に出会う……ことまでは想像していた。しかし、たった一日足らずで相手の機嫌を損ねて状況がかなり悪化しているというのは、何というか相変わらず目が離せない人だと狂三は短く息を切る。

 

「全知の〈囁告篇帙(ラジエル)〉のことを考えて、わたくしが口出しするのは控えていましたが、これは後手に回りましたわね」

 

「ッ……知ってたのか? 二亜の天使、〈囁告篇帙(ラジエル)〉のこと」

 

「ええ。本条二亜さんは色々と特別な方なのですわ」

 

 予想していた返しに狂三は平然とそう答える。

 全知の天使、〈囁告篇帙(ラジエル)〉。その担い手、本条二亜。狂三にとっては特別な意味合いを持つ精霊として、その存在と大まかな能力は把握していた。

 初めから教えていれば、士道の側にもそれ相応の立ち回りがあったかもしれない――――――が、その教えたこと自体(・・・・・・・)が二亜側に伝わり、余計な警戒心を抱かせる原因になりかねなかった。だからこそ、余計な口出しはしたくなかったのだ。まあ、結局のところ、後手に回ってしまったようだが。

 

「特別……?」

 

「今はそれより、二亜さんとのことですわ。よりにもよって、一番機嫌を損ねることを避けたい相手を怒らせてしまったのですから」

 

 それはつまり、本人が使うことを好まない天使を容赦なく乱用してくる原因になる、ということだ。現に、それが原因で無謀な勝負を挑むことになっているのだから。

 頬に手を当て、超然とした顔を崩さない狂三に士道は申し訳なさそうな顔を作る。

 

「め、面目ない……」

 

「事実は事実として、ですわ。仕方のない結果ではありますもの」

 

 別に責めている訳ではないし、〈ラタトスク〉のプランといえども万能ではない。

 二亜からセットされたデートは順調に推移していた、ように見えていた。あくまで、外面だけは。聞いた話では、そういうことらしい。

 

『――――――実はあたし……二次元にしか恋したこと、ないんだよね』

 

 好感度が全く動かず、推移の異変に気づいた二亜のこの告白が出るまでは、そうだったのだろう。

 二次元にしか、恋ができない。それは、事実上恋をさせてキスをするという〈ラタトスク〉の戦略が破綻することを意味している。

 

「そういえば、狂三はあんまり驚かなかったよな。二亜が二次元にしか恋をできないって聞いても。それも知ってたのか?」

 

「いいえ。ですが――――――ここに、命を奪おうとした人間に恋をした驚きの人物がいますのよ?」

 

 驚きがないわけではない――――――だが、二亜に負けず劣らずの恋の仕方をした自覚がある。これが初恋だというのだから、なおさら驚愕という感情は薄れてしまうものだ。

 我ながら恥ずかしさを隠した微笑みだと思っていたが、士道も目を丸くしたあと少し恥ずかしそうな笑みをこぼした。

 

「……はは、そりゃ確かに驚かないな――――そういえばさ、俺たちの関係ってどう言えばいいと思う?」

 

「……? 藪から棒にどうなさいましたの?」

 

 さしもの狂三も、その唐突さにそう言わざるを得ない。首を傾げた狂三を見て、ああ悪い、と髪をがしがしとかいて士道が言葉を続けた。

 

「それがさ、ちょっと違うけど二亜にそんなことを言われた時に、どう答えればいいかわからなかったんだよな。……俺と狂三の関係って、結構複雑だろ?」

 

「結構で済ませられないくらいには、そうですわね」

 

 士道は士道、狂三は狂三。関係性など、今さらながら考える必要もないと思っていたし、関係を人に説明する前に行動で見せてしまっていた。改めて問われると、狂三も顎に手を当て深く考えてしまうくらいには、この問題は複雑化しすぎている。

 うーんと、二人揃って唸り声にも似た悩み声をあげる。

 

 

 第一希望、恋人。

 

 

『……わたくしが負けを認めていません?』

 

 

 第二希望、将来を考えたお付き合い。

 

 

『……ま、間違ってはいませんけれど』

 

 

 結局は負けを認めてしまっているのと同義ではないのか。恋人、将来を誓い合った仲、パートナー、伴侶――――ぐるぐるぐるぐると頭の中で記号が乱回転を続け、遂に限界に到達した狂三は苦し紛れの答えを吐き出した。

 

 

「――――あ、愛人?」

 

「ダメだから!! それ一番ダメなやつだからッ!!」

 

「は……っ!!」

 

 

 ここ一番、真に迫る目をカッと開き切った顔で士道が迫り、そこで狂三も正気を取り戻した。いや、正気と言えば正気だったのだが。実際、どんな関係か口では説明困難なのは変わりないのだから。

 コホンと咳払いをして、珍しく士道から仕切り直してもらう。

 

「……と、友だちからでどうだ?」

 

「そ、そうですわね。お友だちからでお願いいたしますわ」

 

 お互いにうんうんと納得し合い、この話は一時的に切り上げとなった。お互いが強引に納得したとしかなっていない気がするが、愛人よりは響きがかなり健全よりだ。というか、世界を殺す災厄とその災厄を救う少年の関係など、どう表現しろというのか。

 

 兎にも角にも話を戻し、二亜が二次元にしか恋ができないと言い切ったあとだ。当然、〈ラタトスク〉は対抗策を生み出した。二亜が好きなキャラ(・・・)に士道がなりきる(・・・・)、という手法。

 それ自体は、悪いものではなかったと聞く。事実、封印可能な領域まで一度は好感度が到達した、のだが。

 

『朱鷺夜が女に手を出すわけないでしょーが!! 常識で考えてよ!! 朱鷺夜は妹であり恋人であった雲雀を殺した仇を追う当てのない旅を続けてるんだよ!? 孤独な旅の中、龍吾や虎鉄たちと出会い、戦い、そして友情を知っていくんだよ!!』

 

 ……これが巷の解釈不一致、というやつなのだろうか。分身体から聞きかじった程度の知識しかない狂三ですら、二亜の怒りは聞くだけで相当なのだと感じ取った。

 またまた当然、そこで諦める〈ラタトスク〉ではない。二手目は〈ラタトスク〉という組織の力をふんだんに――というより令音とクルー個人の謎技術だと狂三は読んでいるが――使った士道を(・・・)二次元の存在に落とし込む……要は、リアルタイムで士道が受け答えをし、そのゲームを二亜にプレイさせるという、超最先端のギャルゲーを使った攻略。

 これも、初めは悪くなかった。二次元のキャラクターとして、二亜の望む返答を常に回答として用意できる――――ただし、二亜が〈囁告篇帙(ラジエル)〉という万能の天使を持ち合わせていなければ、の話だが。

 最終的に、仕掛けを暴かれ純心を弄ばれたと完全に二亜の堪忍袋の緒が切れる結果となり……。

 

「最後は、皆様で考えた作戦も覗かれてしまい、プロの漫画家との売り上げ勝負ということですのね。まあ、琴里さんらしい大胆な作戦ですこと」

 

「……美九の時の俺と、評価違くないか?」

 

「あれは作戦ではなく無謀と言いますのよ、五河士織さん?」

 

「ぐふっ!?」 

 

 未だに癒えぬ古傷を容赦なくえぐられた士道が、道端に蹲り大仰に苦しみだした。そんなことを言えば、狂三がどう返すかなどわかりきっていたことだろうに。

 プロの土俵で勝負、という点では確かに同じだ。

 

 ――――士道という少年が精霊を救う物語。単純な話、ノンフィクション(・・・・・・・・)の本を作り上げ、二亜に読んでもらう。しかし、二亜は怒りで素人が作った本など読みはしないと断言してしまった。故に、琴里がコミコでの売り上げ(・・・・)という絶対的な基準を作り、僅かな勝機を見出そう――――というのが、ここまで狂三が見守ってきた一連の推移だ。

 

「相も変わらず不利な戦いがお好きなようですけど……よろしいのではなくて? 士道さん漫画化計画、わたくしも賛成ですわ」

 

「く、狂三までかよ……」

 

「よいではありませんの。嘘をついてはいけないというなら、余程あなた様に向いていますわ。事実だけを誇り、堂々と見せつけて差し上げればよいのですわ」

 

「褒められたのか貶されたのか励まされたのか、どれかにしてほしいんだけどな……」

 

 ていうか、別に不利な戦いが好きなわけじゃ……と、微妙に不安がってブツブツと呟く士道。くすくすと微笑ましい気持ちで彼を見守り、この作戦の是非を思考する。

 士道のこれまでの道を漫画として描く。なるほど、彼女たちが考えつきそうなことだ。士道に救われた彼女たちが、純然たる事実を思い思いに描き切る。士道という人物像を漫画に落とし込むことに、狂三は何一つ不安感などない。なぜなら――――――皆が愛する五河士道が、悪く描かれるわけがない。

 むしろ、問題は二亜自身の方だろう。全知の天使、〈囁告篇帙(ラジエル)〉。それらが起こす問題(・・)は、少なくとも常人の想像の上をいくものだと狂三は考えている。大なり小なり、天使の力が齎す結果など、大抵はそうであるのかもしれないが。

 

 強すぎる力など、人を不自由で縛る鎖でしかない。恐らくは、二亜も同じ(・・)だ。そしてそのことには、士道も気づきかけているに違いない。

 

「士道さんは、二亜さんの恋についてどうお考えですの?」

 

「え? うーん……十香も気にしてたけど、何かしらの理由があるのかなって。何かまではわからないけど、琴里が今調べてくれてる」

 

「そうですの」

 

 なら、狂三からわざわざ何かを忠告することもないだろう。似たようなことは、一度美九の時にしているし、それを覚えているというのであれば必要のないことだ――――そこまで思考して、狂三はこの完結した作戦会議に疑問を持った。

 

「……そこまで決まっているのであれば、わたくしにお話した理由はなんですの? わたくしのご助言も、二亜さんに筒抜けというのであれば意味があるとは――――――」

 

「あ、いや。伝えたかったのは、そのことなんだ。実は――――――」

 

 狂三の言葉を遮り、士道が伝えたかったという本命の要件を口にした。それを聞いた途端、狂三は目を丸くして驚きを見せてしまう。

 

「わたくしが見えづらい。そう、二亜さんが仰っていらしたと?」

 

「ああ。確かにそう言ってた。一応、伝えておいた方がいいと思ってさ」

 

「…………」

 

 無言で思考を巡らせる。見えづらい――――まず間違いなく、〈囁告篇帙(ラジエル)〉に関するものだ。

 世界を一つのデータベースと考えて、そのデータベースの中から己が欲するものを瞬時に閲覧することができる。それが全知の天使が持つ力。その天使が、狂三一人を相手に見えづらい(・・・・・)? そんな非合理的な話があってたまるものか。

 仮に、狂三の霊力が〈囁告篇帙(ラジエル)〉の能力を上回っている、というような理由だとすれば、狂三が長年追い求めていた力は神に匹敵するものなどではなく、とんだ期待外れもいい代物となってしまう。

 ならば、他に理由があってしかるべきだ。全知の天使が、その程度であっていいはずがない。目を細め、己の知識を掘り起こし――――僅かな数秒足らず、狂三は答えに行き着いた。

 

「――――あの子ですわね」

 

「え?」

 

「いえ、情報の提供、感謝いたしますわ。ご要件は以上でして? それなら、琴里さんたちとお早く合流した方がよろしいですわ」

 

 話によれば、士道宅の隣にある精霊マンションに、〈ラタトスク〉が作業部屋を用意すると聞いていた。手の速さには狂三も目を見張るものがある彼らの仕事だ。一時間とかからず終わるだろう。そのため、士道を送り出すのに早すぎるということはない……名残惜しさがないかと言えば、もちろん嘘になってしまうが。

 すると、それを聞いた士道が少し言いづらそうな顔で声を返す。

 

「ん……それが、度々悪いんだけど――――――」

 

「……あら」

 

 聞き慣れた人物からの要請に、狂三は意外そうな声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二十畳はあろうかというスペースに大きな作業台が幾つも並び、新品の画材が完璧に兼ね備えられている。

 それを見る限り、二亜のスペースの隣に出店し(・・・・・・・・・・・・・)二亜と同じ部数を(・・・・・・・・)二亜よりも早く捌ききる(・・・・・・・・・・・)、という無謀極まりない覚悟の程は本物のようだ。まあ、無謀な勝負を幾度となくこなしてきた士道たちにとっては、一つそれが増えたに過ぎないのかもしれない。

 士道と精霊全員の作戦会議を部屋の端で見守りながら、狂三はぼんやりとそんなことを考えていた。

 

「あ、そうだ。士道も何か描いてみてよ」

 

「俺も!?」

 

「ええ。昔、ノートにいろいろキャラクター描いてたわよね。確か――――」

 

「あーっ!! ああああああああああああっ!!」

 

 ……何やら、そっとしておいて欲しい過去が掘り返されようとして、狂三は内心で冷や汗をかくことになったということは追記しておく。人は誰しも、そういう過去があるものだ。

 個々の趣味趣向はあるにしろ――主に折紙と美九がという意味で――メインの作画は技術がある折紙。経験豊富な耶倶矢、夕弦、士道で決まりかけていた。琴里が閉めようとしたその時、あの……と四糸乃がおずおずと声を上げた。

 

「まだ、七罪さんの絵を見てません……」

 

「……!! あ、いや、私は……」

 

 狂三は例外として除くにしろ、最後に残って卑屈に遠慮を続けていた七罪が、手にしていた紙を後ろ手に隠してしまう。四糸乃が言わなければ、狂三が声をかけるつもりだったが、無用な心配だったと微笑んで動向を見守る。

 

「ああ、そうだったわね。ごめんなさい、七罪。見せてくれる?」

 

「……べ、別に、いいわよ。大した絵描いてないし。耶倶矢か夕弦か士道か折紙で進めればいいじゃない」

 

「せっかく描いたんだから見せてちょうだいよ、ほら」

 

「……う、うう。あの、実際、めっちゃ下手だから変な期待しないでよ」

 

「大丈夫よ。私だってそんな上手いわけじゃないし」

 

「ホントにさ、今日寝不足で体調悪かったし、ペン持つのなんて久々だったし」

 

「わかったって」

 

「ていうかホントポーズ迷ってたから実際に作画した時間十分くらいだし、そもそも絵描いたの自体超久々だし、最近寝不足で――――――」

 

「……」

 

 見守ろう。そう思ったのは僅か数秒前だったが、じれったさに狂三は息を吐いてトン、と軽く靴音を鳴らした。すると、蟠った影がグングンと伸びていき七罪の背後に回ったと思うと、そこから伸びた手がサラリと七罪が隠す紙を取り上げ、それを狂三の元へ運んできた。

 

「え……あぁッ!!」

 

 感触がなくなったことに疑問を感じた七罪が辺りをキョロキョロと探し、狂三を見て悲鳴を上げるが時すでに遅し。士道が描かれた紙は、狂三の目に入った後だ。

 絶望した声を上げる七罪を背に、他の皆も続々と集まり紙を覗き込み……。

 

「え……これって」

 

「す、すごい……です」

 

「なん……だと?」

 

 一部の例外もなく、七罪の絵に驚愕の言葉をこぼした。その意味は、七罪本人が言うような卑屈的な意味合いではない――――上手すぎる。これがプロの作画だと言われてしまえば、狂三も簡単に受け入れてしまえるほど、七罪の絵は端正に描かれていた。

 

「あら、あら。度が過ぎる謙遜は角が立つだけですことよ」

 

「……い、いや……昔ちょっと興味があって、漫画家の〝真似〟をしたことがあっただけで……」

 

 七罪は相変わらず自信なさげに口を開くが、その〝真似〟が彼女にしかない才覚だと狂三は評価していた。

 観察と模倣の天才。それが七罪だ。〈贋造魔女(ハニエル)〉という天使を万全に扱い、士道たちを翻弄したのは当人の力。彼女ならば、狂三でさえ完璧に模倣してみせることだろう。故に、七罪が絵を久しぶりに描く(・・・・・・・・・)と言った時点で、この結果は決まっていたと言うべきだった。

 

「――――決まりね。メイン作画は七罪、サポートで八舞姉妹、士道、折紙にはいってもらうわ」

 

「うむ、賛成だ!!」

 

「すごいです……七罪さん」

 

「異存はない」

 

「ふん、まあよかろう。今回は譲ってやろうではないか」

 

「賛成。花を持たせてあげます」

 

「きゃー!! 七罪さん、ちょっとあとで私とだーりんの愛の物語とか描いたりしませんかー?」

 

「え……えっ?」

 

 誰一人として反論のない決定事項に七罪が目を白黒させていると、そんな彼女の手を士道がガシッと握った。

 

「頼む、七罪――――――二亜を助けるために、力を貸してくれ」

 

「へ――――っ!?」

 

「大役――――いいえ、役得(・・)ですわね、七罪さん」

 

 真摯な士道の瞳と、ダメ押しの一声。七罪にしては短めの数瞬の逡巡を挟んだのち、彼女は恥ずかしそうに言葉を返した。

 

「…………あ、あとで文句言うんじゃないわよ」

 

 文句など、誰も言うことはない。降り注ぐ拍手に顔を真っ赤にした七罪を微笑ましく見ていて――――ふと、狂三は声を上げた。

 

「さて、それではわたくしを呼んだ理由、お聞かせ願えますか? 作画以外を手伝え、というのであれば『わたくし』を何人か置いていきますわ」

 

 琴里が余った人員を手持ち無沙汰にさせておくとは思えないし、何かしらはあるのだろうと予測しての言動。優雅な微笑みを崩さない狂三に、琴里がニヤッと唇の端を上げた。

 

「助かるわ。けど、それとあなたに頼みたいことは別件よ。ある意味、一番重要と言っても過言ではないわ」

 

「一番、重要……?」

 

 眉をひそめ、琴里の言葉の中身を探る。狂三からではなく、琴里から救援の願い出があった。それだけ、狂三にしかできない(・・・・・・・・・)ことがあると踏んでの要請だとは思ったが、狂三でも想像がつかなかった。

 なぜかと問われれば、もう既に現状の役割は固まっているのだ。作画は決まり、それ以外も恐らくはプランがある。残りは、どう二亜を相手に売り上げで勝つか、という根本的な問題でしかないが、それに触れるにはまだ早すぎる。

 強いて残った現状を触れるとすれば、漫画に纏める分のストーリー構成、だろうか。しかし、これも士道に救われた精霊たちがいれば脚色なしに描くことが――――――できるのか?

 できるだろう。当事者たちがいるのだから、士道の活躍は(・・・・・・)、余すことなく描くことができる。

 

「……っ!!」

 

「狂三?」

 

 そう。士道の活躍は、だ。そこにある致命的な欠陥と、自らが起こしてきた数々の行動に、狂三は血の気が引いた。

 士道の気遣ってくれる顔とは真逆で、琴里は狂三の様子の変化を見ると意地の悪い顔を作る。

 

「漫画のページには限界があるの。そこに収められるだけのストーリーを、私たちは考えて作らなきゃいけない。二亜に〝士道〟というキャラクターを好きになってもらうために、ね。けど、それを考えた時――――――〝士道〟っていうキャラクターに、欠かせない人がいることに気がついちゃってねぇ」

 

『あ……』

 

 全員が全員、琴里の言葉で察しがついたのか一斉にこの場の一人に――――――時崎狂三に視線を向け、狂三は今度こそ顔をひくつかせた。

 

 救われる側でありながら、常に士道の傍に付き添ってきた精霊、時崎狂三を、皆が見ていた。

 

「……わ、わたくしの存在を抜きにして――――――」

 

「無理ね。あなたは関わりすぎてるし、それじゃあ二亜に今の士道がどんな人間か伝わらないわ。私たちは嘘を作るつもりはないの」

 

「……ていうか、狂三のことを無視しちゃうとストーリーが完全に破綻するんじゃない?」

 

「そうですよねー。私の時もー、狂三さんの助けがあったからですしー」

 

「同意。聞いた話では、十香を除く全ての話に関わっています」

 

「は、はい。影で……助けてくれたって、聞きました……!!」

 

「わ、私も狂三とは関わっているぞ!!」

 

「狂三を除いたストーリーを考える時間があるなら、正しく構築した方が時間に無駄がない」

 

「ふふん。遠慮するな。我らが完璧に仕上げてみせようぞ!!」

 

 怒涛の畳み掛けに一歩二歩とたじろいでしまう。いつもの調子なら、軽く反論(屁理屈)の一つや二つを飛ばせそうなものではあるのだが、今回は――――士道のためでもある、という大義名分を握られてしまっている。

 彼女たちはつまり、狂三の主観で彼女たちの知りえないようなものを補完してほしいと言っている――――――恐ろしい辱めに、狂三の頬は加速度的に熱を帯びつつあった。

 そもそも……そもそも、だ。つい半月前の事件の傷――という名の振り切った事故の傷跡――が癒えていないのに、この時崎狂三にプライドと羞恥心を捨てて赤裸々に気持ちを語れと? もはや問いを超えて拷問の領域にまで達している行為だ。狂三もただで愛を囁いているのではなく、持ち得る全ての感情の昂りを使って瞬間的に燃え上がっているというか……まあ、直訳すると思い返すと恥ずかしい(・・・・・・・・・・)というだけなのだが。

 単純に、士道の行動概念に狂三自身が関わりすぎていた、ということを失念していた。彼を助ける行動をし続けた結果――――――狂三なしでは、士道を語ることができない域まで達してしまっていたのだ。

 涙ながら、とまでは持ち前のプライドが許さないものの、半ば縋るように士道を見やる。狂三と同じように顔を赤くして頬をかいた士道が視線に気づき、あー、と言葉を選んで口にした。

 

「む、無理しなくていいんだぞ? できないなら、他の方法を考えて――――――」

 

 逆に、それがトドメとなったのは言うまでもない。

 ピシッ、と固まった狂三を見て、琴里たちはあーあと士道を見やる。なんのことかと困惑する士道だが、狂三は次に答えるべき言葉を決めていた。

 できない。そう言ったか、このお方は。それを士道が言うのか――――――この時崎狂三が、五河士道の期待に応えられないと? 

 

「――――いいですわ、いいですわ」

 

 他の言葉や己のプライドなど二の次。それを考えただけで、時崎狂三の中でスイッチが切り替わる。

 

 

「できない? はっ、そのようなお言葉、聞く耳持ちませんわ」

 

「く、狂三? ちょっと落ち着いて――――――」

 

「いいでしょう!! この時崎狂三が――――――士道さんの魅力を、余すことなく引き出してみせますわ!!」

 

 

 後には引けない。やると決めたからには、全力で勝ちへ導いてみせる――――――狂三を好きになった士道を、世界一素敵な人を伝える物語を、全力で語り切ってみせようではないか。

 

 世間一般では、これをヤケクソ(・・・・)と呼ぶのであるが、冷静さを取り戻すまで狂三がその言葉を浮かべることはなかった。

 

「いい顔ね。やっぱり、変にクールぶってるよりそっちの方が似合ってるわよ」

 

「人の人格を勝手に作っているものと思わないでくださいまし――――――両方、わたくしですわ」

 

 常に優雅に立ち振る舞う狂三も、士道を思う狂三も、どちらも『時崎狂三』だ。相入れることは、なくとも。

 目を丸くした琴里だったが、すぐに優しげな微笑みを浮かべて声を発する。

 

「……失礼したわ。それじゃあ、やるわよ」

 

 琴里がマジックペンの蓋を取り、ホワイトボードに『士道&狂三同人誌計画』の文字を記す。もう完全に狂三まで主役級で巻き込まれてしまったが、こうなっては腹を括るしかない。せいぜい、二亜がこの士道を見て納得することを祈る――――――いいや、納得させるだけの再現度を、作ってみせるだけだ。

 そして、琴里が皆の顔を見ながら、この無謀な計画を高らかに宣言した。

 

 

「さあ――――――私たちの原稿(デート)を始めましょう」

 

 

 

 

 






だから終盤になって友人枠に収まるんじゃないよ!! 愛人よりは良いと思うけど他に思いつかないのでぇ…。

これ以上はキャラ崩壊ないって言ったじゃないですかやだー!!!!何とかアンコール時空くらいには収まってると思いたい。実際これ、二亜編書きながらいや元のまま無理じゃね?狂三関わりすぎじゃね?から発展したものなので、本当はサポート枠程度のはずだったんですよ。想定不足すぎるでしょ君ね。
まあでも割と気に入ってます。琴里が狂三相手に平和的優位に立つの原作だとなかったりしますからね。そもそも狂三が立ち位置の都合上日常に絡んできませんし。距離感が縮まっている今だからこそコミカルシーンは積極的に描いていきたい。

そんなこんなで次回は二亜サイド。ここに挟まるということは、もちろん例のシーンのリビルドバージョン。
感想、評価、お気に入りなどなどお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!!

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