デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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第百二十四話『全知の裏側』

 

 徹夜明けの太陽が身に染みて、士道は眩しさに思わず目を眩ませた。

 作業に当てられる時間は実質二日未満。常識的に考えて、正気の沙汰ではない――のはいつも通りではあるのだが――突貫作業。七罪の進言で、士道たちは交代交代で作業能率を下げずに進行。それでもなお、完成までは程遠いと言わざるを得なかった。

 そんな中、士道が訪ねてきた琴里に連れられて外へ出たことにはもちろん理由がある。言うまでもなく、二亜に関することだ。

 

「うく……こんなに明るくなってたのか。やばいな、あと何時間だ?」

 

「原稿も大事だけど、取り敢えず――――――」

 

「――――――あら」

 

 マンションの外に響く声が増え、士道と琴里は一度動きを止め、第三者の声がした方へ視線を向ける。

 第三者とは言うが、二人にとっては馴染みのある滑らかな声色。想像通りの人物が、視線の先にはいた。

 

「ご兄妹お揃いで、仲がよろしいのですね」

 

 にこりと微笑みを持ってご近所さんのようなセリフを放ったのは、これまた言うまでもなく狂三だ。

色々と大火傷した(・・・・・・・・)ストーリー構成会議の後、どこかへ行ってしまったのだが、たった今帰ってきた様子だった。

 狂三を見つけた琴里が、辟易した顔を作りながら声を返す。

 

「嫌味と世辞はいらないっての。あなた、何してきたのよ」

 

「何をしにきた、ではありませんのね。ですが、立ち話をしている時間はないのではなくて?」

 

 手慣れてきた琴里の問いに眉根を下げた狂三がそう返すと、琴里も頷いてマンション前に止めた車を目指して歩き出す。

 

「そうね。ほら、ボケっと立ってないでさっさと乗る」

 

「うおっ……」

 

 何故か流れ弾で士道の扱いが雑だったが、軽く士道の足を蹴る仕草をした琴里に従って士道は車の後部座席に乗り込み、続けて琴里、狂三と乗り終える――――何の言及もなく狂三が同行しているのだが、どちらかと言えば、俺が席の真ん中が良かったなぁとか徹夜明けの頭で桃色なことを考えている間に、車はすぐに発進して道を走り始めた。

 

「で……一体二亜の何がわかったんだ?」

 

 一先ずはこの話題から。二亜に関して何かわかったのなら、移動中に把握しておきたかった。

 士道の問いを受けた琴里が、ああ、と素早く反応し答えた。

 

「――――――実は、二亜の漫画家仲間だって人にコンタクトが取れたの」

 

「ほ、本当か!? なら、その人に話を聞けば……」

 

「ええ。二亜の過去が何かわかるかもしれないわ」

 

 二亜が漫画家として過ごしていた過去。それがわかれば、彼女が抱える〝何か〟を知ることができるかもしれない。

 ゴクリと唾液を飲み下す士道に比べ、狂三は至極冷静ながらも興味深そうな顔をしていた。

 

「二亜さんの過去……わたくしも少しばかり興味がありますわ。精霊としての力を持ちながら、角もなく人間との交流を持つお方は珍しいものですこと」

 

「あなただって似たようなものじゃない」

 

「わたくしのそれは、交流とは間違っても言えませんことよ。物騒な(・・・)、という注釈を付けてよろしいのなら、幾らか宛はありますけれど」

 

 皮肉な微笑みを見せる狂三を呆れた目で琴里が見返す。

 士道の記憶が確かなら、狂三は基本的に空間震を伴った現界はしていない。だが、幾度となく戦闘行為を行っていたことは容易に想像できる。幾らかの宛とは、つまりそういう相手だろうと士道も苦笑いを浮かべた。

 

「あ、そうだ。狂三は昨夜、何してきたんだ?」

 

 さっきは聞き損ねてしまったことを改めて質問する。

 すると狂三は、んーっと人差し指を唇に当て悩む可愛らしい仕草を取り、いい笑顔で士道の問いに答えた。

 

 

「――――――宣戦布告ですわ」

 

「誰に何してきたの!?」

 

 

 どうしてその可愛らしい顔から、そんな物騒な言葉が飛び出してくるのか。

 思わず動揺して叫びを上げた士道をくすくすと狂三は笑い、琴里は腕を組み呆れを深めて深い息を吐いてから声を発した。

 

「……余計なことはしてきてないでしょうね?」

 

「あら、あら。そのようなお言葉を受けるのは心外ですわ。わたくし、信用がありませんのね」

 

「信用してるわよ。悪い意味でね」

 

「んもぅ、つれないですわねぇ」

 

 そんなこんなで、仲良く(?)じゃれ合うことおおよそ二十分。士道たちを乗せた車はとある喫茶店の前に停車し、中で客人に対応しているという令音と合流する。

 

「……ああ、来たね。シン、琴里、狂三」

 

 今さらということなのか、伝えていない狂三がいることにもノーリアクションで、徹夜明けの士道より眠たげな調子で向かいに座る人物を示してきた。

 

「……紹介しよう。こちらが漫画家の高城弘貴先生だ」

 

「あ、どうも――――――」

 

 会釈をしかけた士道の動きが一瞬止まる。名前からして、男性作家だと勝手に思い込んでいたが、士道の眼前にいたのは度の強そうな分厚い眼鏡をかけた二十代後半くらいの女性だったのだ。

 そしてその名前を思い返し、士道は二亜が言っていたことを思い出した。

 

『結構いるのよ。少年漫画を描くに当たって男性名のペンネーム使う女性作家って。ほら、『アナザーフェイク』の高城さんとかも実は女性だよ』

 

 二亜当人と同じく、男性名のペンネームを使っている女性作家。二亜を知っているほど交流があるとなれば、確かに納得のいく人物だった。

 

「初めまして、五河士道です」

 

「同じく、琴里です」

 

「友人の時崎狂三ですわ。本日はご足労いただき、感謝いたします」

 

 士道、琴里、狂三と続けて挨拶をする――――ここで茶目っ気たっぷりに狂三も同じくと続けた場合、間違いなく士道が吹き出してしまうところだったので、実は内心でいいのやら悪いのやらと思う士道だった。

 そんな士道の内心など露知らず、高城はテーブルに手をつき、合わせるように会釈を返した。

 

「おお、これはこれはご丁寧に。……それで、何でも今日は本条先生について聞きたいとか」

 

「あ――――はい、そうなんです。何でもいいので、知っていることを教えてはもらえませんか?」

 

「それは構わぬのですが……貴兄らは一体本条先生とどのようなご関係で?」

 

「へ?」

 

 高城は眼鏡の位置を直し、士道たちを探るようにレンズを輝かせた。

 

「いや失敬。しかしながら小生共は一応人気商売。無関係の方においそれと情報を漏らしてしまうわけにはいかぬのですよ」

 

「なるほど……」

 

 商売は信頼と人気が命。作家同士の情報など、まさに重要機密のようなもの。当然といえば、当然の返答だった。

 これはどう返したものかと思案を巡らせる一瞬――――その一瞬の間に、琴里と狂三が動いた。

 

「――――――実は二亜お姉ちゃん(・・・・・・・)とは遠縁の親戚なんですけど、何年か前から連絡が取れなくなってしまっていて……」

 

「わたくし、こう見えて人探しを仕事の一つにしていますの。それで、友人の(・・・)わたくしに依頼が回り、今はその情報収集を兼ねて、色々な方に二亜さんの事情を聞いているのですわ」

 

 二人揃ってつらつらと一部もつっかえることなく言葉を並べ立てる。車内でそういった話をした記憶もなかったし、これは完全に即興のアドリブということになる。

 顔色一つ変えず、嘘と本当を混じえながら場を乗り切る二人に、やっぱり相性良いんじゃないかという思いと、組ませたら一流の詐欺師になれるのではないかと戦々恐々してしまう士道だった。

 

「ふむ、なるほど。事情はわかり申した。小生も本条先生のことは案じておりました。出来うる限りの協力はさせていただきます」

 

「本当ですか!? ありがとうございます……!!」

 

 ペンネームではなく、〝二亜〟という彼女の本名を使ったことで信頼を得ることができたようだ。騙しているようで少しばかり申し訳なさがあったが、これで二亜のことを知ることができる。

 深く頭を下げる士道に――――高城は少し困った顔をして頬をかいた。

 

「しかしながら……小生がそこまでお役に立てるかどうか」

 

「っていうと……」

 

「いえ、実は小生も、ここ数年、本条先生とお会いしておらぬのですよ。それに……どうやら小生、本条先生に嫌われてしまっているようで……」

 

「え? どういうことですか?」

 

「いや……本条先生とは八、九年ほど前、出版社のパーティーでお会いしたのを縁に仲良くさせていただいていたのですが……ある時から急に態度がよそよそしくなられ、疎遠になってしまいましてな……。自分では勝手に、一番仲のいい作家さんだと思っていたのですが……その油断か、何か自分でも気づかぬうちに無礼を働いてしまったのかもしれませぬ」

 

ある時から急に(・・・・・・・)。その言葉に、士道は眉根を寄せた。狂三の表情は変わらないが、琴里も士道と同じような顔をしている。

 

「それって……」

 

 表情を変えない狂三は、もう既に当たりをつけていたのかもしれない。恐らくこれは――――全知の天使、〈囁告篇帙(ラジエル)〉が関わっていると。

 

 

 

 

 

 

 

 

 店から出て、帰路のために再び車に乗り込んだのは、それから四十分後のこと。

 高城からの話でわかったことは二亜が人当たりの良い性格で、誰とでも気さくに話すことができる人だったということ。これに関しては、士道も理解を示した。初対面とは思えない距離の詰め方を、一度は経験していたからだ。

 しかし、漫画家になる以前のことはあまり話したがらず、特に昔の人間関係に関しては曖昧に言葉を濁していたこと。

 そして最も気になったのは――――――高城のように仲良くなれる人が現れると、逆に疎遠になってしまうという話だ。

 

「……どう思う?」

 

「どうもこうも、〈囁告篇帙(ラジエル)〉の存在が関わっているのは間違いないでしょうね」

 

「わたくしも長い間、人がどういうものかは観察してきたつもりですわ。……ですが、二亜さんが見たものは、恐らくわたくしですら比較になりませんわ。人の悪意、人の業――――――全知とは、無慈悲なものですこと」

 

「…………」

 

 文字通りの、全知。それは、究極であり最悪な力なのかもしれない。

 二亜には全てが見える。人が見えない場所で話した会話、行動。人が影で自分をどう思っているか――――――全てが、余すことなく見えてしまう。

 狂三の哀れむような言葉を聞き、琴里はくしゃくしゃと頭をかいた。

 

「……意外と根が深いわね。二次元のキャラクターが好きなんて聞いた時は、何をふざけてるのかって思ったけど……それって要は、自分を裏切ることのない存在にしか心を開けないってことでしょう? そんなの……悲しすぎるじゃない」

 

「それは……」

 

 琴里の言っていることの大半には同意できる。二亜が心を開かない理由。過去を話したがらない理由。それら全ては、〈囁告篇帙(ラジエル)〉という神如き力があることが原因なのだろう。

 しかし――――――

 

「気になりますの?」

 

「え?」

 

「そんなお顔、していらっしゃいますわ」

 

 言わずもがな、二亜のことだと察している狂三が微笑んでそう言った。

 

「二亜さんのこと、まだ納得できていないのでしょう?」

 

「そうなの、士道?」

 

「ああ……まぁ、少しな」

 

 一点。ただ一点、士道の中に違和感が強く残っていた。そこに、二亜という少女の本質がある気がしてならない。それを理解できずして、二亜を救うことなどできないと思ったのだ。

 

「単なる人間嫌い。それで終えてしまうのは簡単な話ですわ」

 

「……それで終わったら、きっと二亜は救えない。二亜のこと、何もわかってないまま終わっちまう気がするんだ」

 

「ええ、ええ。わたくしも全てを見通せるわけではありませんが、あの方と言葉を交わし、得たものはあります――――――士道さんも、そうなのではなくて?」

 

「……!!」

 

 狂三の言葉にハッとなり、重い頭が少しだけ軽くなった気がした。

 二亜が本当に人間不信なだけなのか――――――きっと、違う。少なくとも、士道が見て、聞いて、話した二亜はそれだけじゃないはずだ。彼女の問題はもっと根が深く、それでいて……まだ、答えを出すには早急だと士道は頭を振る。

 

 

「――――――奇を以って勝つといえど、正を以って合わねば戦を制すことなかれ。士道さん、先ずは積み重ねから、ですわ」

 

 

 勝つためには奇策が必要だが、まずそこに至るまでの道で正攻法を用いる必要がある。でなければ、二亜の心を動かすことなど夢のまた夢。

 狂三の微笑みが、何より士道の力になる。気合いを入れるために狂三を見返し、コクリと頷き拳を強く握る。

 

「今は、同人誌を完成させる。それができなきゃ、二亜ともう一度話をすることもできないからな。何をするにも、そこからだ」

 

 タイムリミットは、残り少ない。それでも士道は、皆の力を借りて――――――本条二亜を救うために、持てる力を全て出し切るつもりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 十二月三十一日、午前一時。作業は既に佳境を迎えていた。

 緊張を強いられる作業の連続の中、士道たちはほぼノンストップで働き詰めだった。机の端に並ぶ栄養ドリンクとコーヒーの空き缶の数が、その恐ろしくブラックな突貫作業を証明してしまっている。

 それでも、どんな作業にも終わりは来る。一時を回り、タイムリミットが迫る中――――――士道は作画を完成させた。

 

「よし……これで……終、了……」

 

 原稿を避けるのを忘れずに、それから力が抜け落ちたように机に突っ伏した。ほぼ同タイミングで作業を終了した八舞姉妹も同じようなもので、鉄人もかくやという強靭さを持つ折紙ですら、背筋を伸ばしたまま動かなくなってしまった。

 残る作業は〈ラタトスク〉の面々に任せてしまって大丈夫だろう。と、終了に合わせるように部屋の扉が開き、別行動を取っていた琴里たちが大きなダンボールを抱えてやってきた――――――驚くべきことに、士道たちと同じような眠たげな顔をして。

 

「……ハイ、士道」

 

「お前ら……その顔、何してたんだ?」

 

 恐らくは、持ち込んだダンボール箱に関係することなのだろうが、頭が回らない士道には到底想像もつかなかった。

 

「それは秘密だぞ、シドー」

 

「お楽しみ……です」

 

「うふふ……本当なら睡眠不足は美容の大敵なんですけど、だーりんたちだけにお仕事をさせるわけにはいきませんからねー。それに、『狂三』さんたちに手伝ってもらって、クオリティもアップです!!」

 

 いぇい。と寝不足だというのにアイドルとして完璧なピースサインを見せる美九の背から、ひょこっと数人の『狂三』が現れて士道は目を丸くする。

 そう言えば、ストーリー会議の前にそんな風な話が一瞬あったことを思い起こし、出来る限りの笑顔で彼女たちを称えた。

 

「何だかわからんが、みんなありがとな。『狂三』たちも、大変だったろ」

 

「いえいえ、士道さんのお力になれたのなら、この時崎狂三、光栄の極みですわ」

 

「普段は『わたくし』に止められ、話すこともままならぬこの身ですものねー」

 

「まあ、『わたくし』の過去の経験が生きたということで――――――」

 

「あ」

 

 何か本体(オリジナル)とのキャラ乖離とか起きそうな発言だと思って苦笑していると、彼女たちの裏からニュっと古銃が現れてギョッとしてしまう。

 流れで、ガン、ガン、ガン! と、人を殴るにしても出して良い音なのか疑問を感じる容赦のない音が部屋に響き渡った。

 

「きゃん」

「あらぁ」

「いやん」

 

「もう少しまともな断末魔は用意できませんの?」

 

 トン、トン、と最近は聞き慣れた靴音を鳴らし、崩れ落ちた『狂三』たちを影で回収していく。

 「あーれーですわー」と何とも気の抜ける声を発して呑み込まれる『狂三』を気疲れした顔で現れた狂三は、はぁと息を吐いて見送った。

 

「皆様、お疲れ様ですわ。『わたくし』がご迷惑をおかけしたこと、謝罪いたしますわ」

 

「いや、迷惑どころか助けられたよ……ところで、狂三は何を――――――」

 

 してたんだ。そう聞こうとしたところで、士道は訝しげな顔をしてしまう。てっきり、いつものように『狂三』を回収したから気疲れした顔をしていたと思っていたのだが、よく見ると少し違う印象を受ける。

 士道たちのように疲労の寝不足、というわけではなさそうだが、何だか妙に疲れた顔をしている。何というか、あまり会いたくない相手と長時間話し込んだとか、そんな感じの顔に見えた。

 

「……何かあったのか?」

 

「いえ……必要とはいえ、あまり目にしたくない現実と向き合い、少しばかり精神をすり減らしただけですわ。大したことはございませんわ」

 

 それは、結構大したことあるんじゃないかなぁと、ほぼ全員が狂三に不思議な視線を向けてしまう。

 

「わたくしのことより、作業の方は?」

 

「ああ……俺はちょうど終わったところだ。あとはゴムかけしてスキャンしたら、アシスタントチームに送れる。耶倶矢と夕弦と折紙も多分、終わったんじゃないかな」

 

「そうですの。それでは――――――」

 

 狂三が視線を向けた先には、部屋の最奥があり――――――未だ大掛かりな作業を続ける七罪がいた。

 見るからに限界が近そうな彼女の様子に眉をひそめ、士道たちは七罪の元へ歩いていく。

 

「七罪……? 大丈夫か?」

 

「…………」

 

「七罪?」

 

「……!! あ、ああ……うん……」

 

 一目で、誰がどう見ても限界だとわかる疲労の反応。当たり前だ。この中で一番の重役であり、作業時間も長いのは七罪なのだから。

 

「俺たちの方の作業は終わったから、代わるよ。疲れただろ? 先に寝てくれ」

 

「……ううん、いい。もうちょっとだから……」

 

 霞む目を擦り、インクで汚れた顔を気にすることなく七罪はまだ作業を続行する。

 

「もうちょっとって……七罪、昨日から一度も仮眠を取ってないじゃないか。しかもネーム、下書きと一番作業してるはずなのに……」

 

「そうであるぞ。本番は即売会だ。あとは我らに任せて、常闇の眠りに誘われるがよい」

 

「同意。少し働き過ぎです、七罪」

 

「休養も立派な仕事」

 

 士道たちですら仮眠を取らせてもらっている中、七罪だけは頑なに休憩せずに完全なノンストップで作業を続けていた。もはや、いつ意識を失ってもおかしくない――――――けれど、七罪は決して手を止めなかった。

 

「……大丈夫……だから」

 

「で、でも……」

 

「……多分、私、本番じゃ役に立たないし、私にできるのなんて……これくらいだから。……だから、やらせて。こんな私が必要とされるなんて、思ってもみなかった。私だって、みんなの役に立ちたい……」

 

「七罪……」

 

「……私ね、士道や、みんなに助けられて、本当に嬉しかったんだ……それで、今度は、別の精霊を助けるために、一緒に力を合わせられる。それが、本当に……本当に、嬉しいの。だから、辛くなんてない。楽しくて楽しくて仕方がないわ――――――狂三も、私を助ける時、似たような気持ちだったのかな」

 

 そう小さく微笑んだ七罪の顔は、本当に嬉しそうな、彼女が取り戻した笑顔。狂三がいることに意識が向いているのかいないのか、反応こそしないものの狂三は少しばかり頬を赤らめていた――――――どうやら、図星のようだ。

 嬉しい、楽しいと思ってくれている。士道にとって、これほど救いとなる言葉はそうない。自分たちが必死にやってきたことは、無駄ではなかったと、救われた子が言ってくれることが、心の底から嬉しいのだ。

 

 

「あの二亜っていう分からず屋にも……早く教えてあげたい――――――友だちって、素敵だよ……って」

 

 

 そして、最後の線を引くと同時、身体から意識が抜け落ちた七罪はガクンと椅子から転げ落ちる――――――ところで、駆け寄った狂三が抱き抱えた。

 

「七罪!?」

 

 心配して声をかけると、狂三がシッと指を手に当て静止を促す。

 

「眠っているだけですわ。どうか、褒めて差し上げてくださいまし」

 

「……頑張ったな、七罪」

 

 すぅすぅと安らかな寝息を立てる七罪を、微笑みながら頭を撫でてやる。彼女がいなければ、本当にどうにもならなかった。いくら感謝しても、したりないくらいだ。

 そこで、狂三が七罪に顔を近づけ――――――

 

「七罪さん――――本当に、お疲れ様ですわ」

 

 ご褒美と言わんばかりに、頬に口付けを落とした。

 

「な……っ!?」

 

「きゃああああああああああッ!? 狂三さん、私にも、私にもくださいいいいいいいいいッ!!」

 

「MVP賞ですわ。次は会場で頑張ってくださいませ」

 

 さっきまでの流れとか疲れとか台無しに叫びを上げる美九に、狂三は無慈悲な社交辞令的な微笑みで一刀両断をした。最も、その微笑みに気づいた様子もない美九は、変わらずテンション高めに狂乱しながら身体をくねらせていたが。

 

「……七罪に嫉妬しちゃうのは、ちょっと情けないんじゃない、おにーちゃん?」

 

「……むぐ」

 

 どうにか動揺を美九のお陰で誤魔化せた……と思っていたのだが、妹様は目敏く誤魔化しきれなかったらしい。

 呆れた顔で隣を通り過ぎる琴里に、士道は返す言葉もないが少しだけ納得のいかない顔をする。

 いやだって、仕方ないだろう。――――――あんなこれ以上ない報酬を、羨ましがるなというのは士道にとってフェルマーの最終定理より難題なのだ。

 うぐぐ、と腕を組んで唸る士道をスルーし、七罪の机から原稿を手に取った琴里が、完璧と言わんばかりに小さく頷いた。

 

「――――――お見事」

 

 全員を見渡し、琴里は力強く宣言を出す。

 

「七罪の魂の玉稿よ。勝利の法則は、これで決まり――――――みんな、この勝負、絶対に勝つわよ」

 

『おぉっ!!』

 

 士道たちは拳を突き上げ、狂三も小さく七罪の手を取って合わせるように上げてやっていた。

 正攻法の武器は揃った。あとは――――――持てる奇策を出し切り、勝ち切るだけだ。

 






士道が寝不足でいろんな欲求が表に出てると思ったけど私の書く士道くんって割とこんなんかと思った。男の子は好意を持ってる子にはこれくらいわかりやすいのかなと。原作だとそういうのがある意味で全員に向いてるわけだから、あまりないとは思います。

ちなみに初期案だと真面目に五河狂三を名乗る流れありかなと思ったのですが、士道を巻き込んで綺麗に自爆する流れしか見えなかったので採用には至らず。残念……なのだろうか?

狂三も何やら企んでいるようですが、果たして彼女が疲弊するほどの相手とは。あと自分だからって雑に容赦のない本作の狂三ちゃん。いやほんと容赦ないね。自分だから士道相手になりするかなんてわかりますからね(

感想、評価、お気に入りなどなどお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!!

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