デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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第百二十五話『黒の履歴は勝利の女神』

 

 夜明けを越え、午前七時三十分。戦場の狼煙が上がる。

 休息は十分とは言えないが、気力は十分過ぎるほどに有り余っている。天宮スクエアに集まった人は、まだ一般入場前だと言うのに目移りしてしまうほどの数だ。それぞれがそれぞれのスペースを持ち、思い思いに設営し着々と準備を進めていた。

 

「――――――いたわ。二亜よ」

 

 ホールの壁が見え、琴里が発した声で一同に緊張が走る。

 前方のサークルスペース――――精霊・二亜が数名のスタッフと長机に本を並べる作業を行っていた。

 

「……うん?」

 

 前方から歩いてきた士道たちに気がついた二亜が眼鏡のブリッジを手で上げ、パイプ椅子から立ち上がった。

 

「奇遇だねぇ、少年。まさかこんなところで会うとは思わなかったよ。おや、皆さんもお揃いで――――――ん?」

 

 士道の後ろに並んだ精霊たちに視線を送った二亜が、一通り見渡して訝しげな顔をする。初対面が多いのと、何人かは二亜を警戒して――今までいなかったタイプだとじっくり観察する美九は除く――いる者もいるので、もしやそのことかと思ったのだが、次の一言で疑問は氷解する。

 

「黒髪美少女ちゃんがいないみたいだけど」

 

「ああ、狂三のことか」

 

「……いや、それでわかるのはおかしくない?」

 

 応答に一秒とかけずにいると、言った本人の二亜が少し引き気味に笑みを浮かべていた。

 そうは言っても、会話の流れから二亜と狂三がどこかで接触していたのは知っていたし、士道の知人で黒髪美少女に該当する人物は必然的に時崎狂三くらいなものだ。

 従って、士道が即座に狂三だと断定したのは何もおかしなことではない。二亜としては、もう二、三のリアクションが欲しかったのかもしれないが。

 

「狂三ならいないぜ。ああ見えて、自由気ままなお嬢様なんでな」

 

「ふうん。もしかして、愛想つかされちゃった?」

 

「まさか――――――だったら俺は、今頃この世にいないさ」

 

 二亜の煽るような物言いに、士道は正面から超然とした微笑みで迎え撃つ。二亜がぴくりと眉をひそめ、一瞬だが複雑そうな顔をしたのが見て取れた。

 

「……本当に、君たち普通の友だちなの?」

 

「友だちさ。ちょっとばかし、物騒だけどな」

 

「っ……」

 

 理解などされない、友人関係だ。命を奪い合う関係など、大概の人には理解してもらえないだろう。

 だが、これが士道と狂三にとっての信頼関係(・・・・)だ。

 

「あいつと俺のこと、心配してくれてるなら、ありがとな」

 

「ふん、誰が……!!」

 

「あいつは――――――必ず来る。お前にも、そう言ったんじゃないか?」

 

 二亜が狂三のことを気にしたのなら、少なからず彼女の心に〝何か〟を残したに違いない。なら、士道もそれを信じるだけだ。

 身に覚えがあるのか、目を見開いた二亜は、それを振り払うように設営作業に戻ってしまった。

 その時、ちょうど琴里が呼び出したサークル〈ラタトスク〉――――士道たちが描いた本。その数は、示し合わせたように二亜の搬入したダンボール十個分の同人誌と同じ数だった。

 部数に二亜も素早く気がついたのだろう。こちらの意図を読み取り、面白い試みだと言わんばかりに挑戦的な笑みを浮かべた。

 

 無謀だと笑っているのか。できないことは止めろと暗に忠告しているのか。どちらにしろ、士道がここに来て立ち止まる理由はない。

 出来たての本、そのうちの一冊を手に取り、とても二日で作られたとは思えない出来に感動の息を吐いてしまう――――同時に、自分と狂三がモチーフになっていると思うと、気恥しさが込み上げてくるが。

 士道なりに、魂を込め、忠実に再現(・・・・・)したこの一冊を、士道は二亜に向けて差し出した。

 

 

「――――――今日はよろしくお願いします。サークル〈ラタトスク〉の五河士道です」

 

「っ――――――サークル〈本条堂〉の本条蒼二です。今日はよろしく」

 

 

 隣同士、本を交換する。それが通例であると知っている二亜なら、苦々しい表情をしながらも断れないと知っていた。彼女は、そういったことに関しては誰よりもしっかりしていると思った――――――だからこそ、二亜の心の闇には、まだ解けない謎がある。

 

「……この場で礼を失することはしたくないから、一応受け取っておくけど、あたしがこれを読むかどうかは、今日の結果で決めさせてもらうよ」

 

「ああ。それで構わない――――――楽しい一日にしよう」

 

 形だけでも、手を合わせて握手をする。それが真の意味での和解へと繋がるように――――――長い一日が、始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 皓々と光を放つ電灯。狂三が目を滑らせ文字を読み取る補助として活用されている、と言えるのかは定かではない。曲がりなりにも精霊。こんな形をしているとはいえ、目だけは人一倍に自信があった。

 はらり、はらり。ページを捲る音だけが室内に響く。何分、何時間――――ぱたん。本が閉じられる音を聞き、目の前に眠る少女がようやく声を発した。

 

「……行かなくていいんですか」

 

 第一声にしては、随分とつれない声だとくすりと笑みがこぼれる。まあ、以前までもこんなものだったかと狂三は声を返した。

 

「物事には最良の時期というものが存在いたしますわ。わたくし、それを見誤るつもりはございませんの」

 

「……あなた、また何か派手なこと企んでるでしょう?」

 

「人聞きの悪いことを仰らないでくださいまし。わたくしがいつも目立つことをしているようではありませんの」

 

「してるじゃないですか。あなたほどの凝り性は知りませんよ」

 

 失敬なことをズケズケと言ってくれる――――まあ、特別にこだわったことをしてしまうと、平気で数時間は感覚が飛んでいることがあるのは否定しきれない事実ではあったが。

 相変わらず表情の読めないローブの下で、小さく息を吐いた少女が心配を含んだ声を発した。

 

「……前みたいに私がフォローしたりもできないんですから、程々にしておいて下さいね」

 

「……っ」

 

 その何気ない一言に、狂三は僅かに息を詰まらせた。まるでもう、そんな機会が訪れないような、そんな風な言葉――――そんなはずはない。

 

「わかっていますわ――――――『わたくしたち』はわかっているのか、少し不安なものですけれど」

 

「……?」

 

 疲れと不安がありありと見える狂三の顔を見て首を傾げる少女だったが、言い方にピンと来たのか、ああ……と相槌を打ち声を返す。

 

「いります? あなた用に昔の衣装を――――」

 

「い・り・ま・せ・ん・わ!!」

 

 サラッととんでもないことを告げられて、狂三は病室ということも忘れ叫び返す。狂三の黒歴史、もとい忘れたい記憶シリーズが知らず知らずのうちに管理されていることに身震いする。あとで絶対に隠れ家を漁らせよう。そう誓う狂三だった。

 そうですか……と、ちょっと残念そうにしている少女にため息を吐き、狂三は椅子から立ち上がった。

 

「そろそろ向かいますわ。くれぐれも、あなたは大人しくしていてくださいまし」

 

「……ああ、そのことなんですが」

 

「なんですの?」

 

 ――――酷く、嫌な予感がした。何とも、自らの勘をそれなりに信用している狂三は、恐らく少女の次の言葉が自身の忠告に反するものだと予測できていた。

 

 

「結構、危ない橋(・・・・)を渡ると思います――――――アドリブをお任せしても、よろしいでしょうか、我が女王」

 

 

 扉へ向かう動きを止めて、狂三は思わず目を見開く。ただ、あくまで予想できていたこと。唐突に、何の脈絡もなく頼み事をしてくるのは変わらない。

 厄介なことに、その頻度が低いものだから――――――狂三は受け入れざるを得ないのだ。

 

「誰にものを言っていますの」

 

「…………」

 

 優雅で、華麗に。振り向いて、不敵な微笑みを見せつけた。

 

 

「必要なことなのでしょう? なら、演じてみせますとも――――――わたくしは、あなたの主なのですから」

 

 

 たとえ、仮初の関係だとしても。時崎狂三は、与えられた期待には必ず応えてみせる。

 

 それぞれの戦場へ――――――少女は再び、舞い戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 機先を制したのは、言うまでもなく二亜が掲げる〈本条堂〉だった。

 二日かけて仕上げたコスチューム、バニーガールの売り子。知人たちという名のサクラ。幻のサークルという話題性。それら全てを駆使してなお、本条蒼二というプロが培ってきた信頼という牙城を崩すには至らない。

 

「さあ――――――見せてあげますよ、二亜さん」

 

 だが、終わってなどいなかった。本条二亜は紛れもなくプロだ。超一流の漫画家――――――しかし、道は違えど、プロ(・・)という一言に関して一家言どころではない人物が、こちらにもいる。

 その名を轟かせ、その名が示す意味は――――――

 

 

「あなたが知りもしなかった女の力を。そして心に刻んであげます。この私――――――誘宵美九の名を!!」

 

 

 絶対的なアイドル。彼女はその名を知ろしめすが如く、両手を大きく広げる。

 天性の才か、或いは彼女という歌姫を祝福する運命か――――――ホールの入口から、会場と差がないほど夥しい数の足音が響いた。

 

「――――It’s show time!!」

 

 そこから先は、美九というアイドルの独壇場。SNS――――ソーシャル・ネットワーキング・サービス。それを利用した、美九自身が己の知名度を最大限活用する最大の切り札。

 それは、美九にとって諸刃の剣。未だ美九は、ファンであれ男性への恐れが消えたわけではない――――――けれど彼女は、七罪と同じく全力で力になりたいと言ってくれた。

 

「ふうん……やるねぇ。ホントに有名人だったんだ、その子」

 

「……ああ。凄いだろ。俺たちの自慢のアイドルだ」

 

 世界に誇れると言っても過言じゃない。士道は、彼女が素晴らしいアイドルだと、そう信じることができる。

 

 

「あら、あら――――――盛り上がっていますこと」

 

『……!!』

 

 

 そして、もう一人。美九を最高のアイドルだと知っている者は、ここにもいる。

 精霊たちがそれぞれの仕事をこなす騒音の中、こつり、こつり、響く靴音を鳴らし、追ってくる影のように姿を現した少女が一人。

 士道と二亜は彼女の登場に目を見開き、その間に、琴里が彼女を半目で睨みながら声を放った。

 

「盛り上がりは最高潮だけど――――――遅刻よ、狂三」

 

「いいえ、いいえ。予定通り(・・・・)ですわ――――――主役というのは、遅れて登場するものですのよ」

 

 不遜なまでに大胆不敵。妖艶な雰囲気を纏う、絶対者。いつだって、士道は彼女の姿を見慣れたことなどない。いつだって――――――時崎狂三は、五河士道を魅了する微笑みを浮かべているのだ。

 待ちかねた最強の救援に、士道は歓喜を隠しきれない声を漏らす。

 

「にしたって、遅いぜ狂三。待ちかねすぎて死にそうだった」

 

「あら、それは困りましたわね。士道さんに死なれるのは、わたくしが一番困ってしまいますわ」

 

「あ、狂三さーん!! 私、凄く頑張ってますよー!! だからご褒美はお願いしますねー!!」

 

 二人揃っていつもの会話をしていると、何やら大忙しの最中で美九が狂三を見つけて叫びを上げている。

 ひらひらと軽く手を振り、狂三は美九に聞こえる程度の声で応えた。

 

「美九さんの頑張り次第で、考えておきますわー」

 

「言質いただきましたー!!」

 

 ……考えておきますとは、善処しますと同じくらいの信用度だと思う。やるとは言ってないのだが、美九のやる気は出たようだし鼻歌で誤魔化す狂三が可愛いから、まあいいかと他人事に考える士道だった。

 

「……主役っていうけど、今更キミが来て何ができるのかな?」

 

 同じように狂三の登場に驚いていた二亜が、調子を取り戻して唇の端を上げて声を発する。

 だが、その挑発を――――――狂三は総毛立つほど狂気的な美しさである顔を、微笑みへと変えた。

 

「ええ、可能ですわ」

 

「……ッ!!」

 

「――――奇を以って勝つといえど、正を以って合わねば戦を制すことなかれ。二亜さんと美九さんの努力の証。素晴らしいですわ、素敵ですわ」

 

 こつり、こつり。再び、狂三が歩き出す。それを見咎める者はいない。観客全ての視線は、二亜と美九に向いている。

 

「努力がなければ奇策にはなり得ない。元の実力があってこそ、奇策なり得るのですわ」

 

「……何が言いたいのかな?」

 

「簡単な話ですわ――――――わたくしが、世界一素敵な方を魅了するほど、美しいというだけのこと」

 

 二亜が、そして士道はついでに顔を赤くして、狂三を驚きの目で見やる。

 指を高らかに掲げた狂三は、不敵な笑みを崩すことなく、舞台の幕を開くが如く名乗りをあげる。

 

 

「さあ、さあ!! 見せて差し上げますわ。『時崎狂三』がどれだけのものか。わたくしの履歴(・・)――――――存分に、ご堪能くださいませ」

 

 

 パチン。指を鳴らす音が会場に響き渡る。僅か一瞬、全ての視線が狂三へ釘付けになった。

 その一瞬で、十分。まるで、一点に意識を奪うマジシャンのような手さばきで――――――狂三の周囲は〝影〟に包まれた。

 

「な……っ!?」

 

 動揺は、またも一瞬。カーテンを開くように、影が散る。

彼女たち(・・・・)は、狂三に負けないほどの微笑みと共に、現れた。

 

 

「さあ――――」

 

 

 一人は、モノトーンのドレスと薔薇の意匠の髪飾り。医療用の眼帯を付けた、士道も見覚えがある彼女。

 

 

「ここからは――――」

 

 

 一人は、ゴシックパンクスタイルの装いと、全身に目立つ包帯を巻いた彼女。

 

 

「わたくしたちの――――」

 

 

 一人は、フリルのついた真っ白いドレスに、頭を覆うボンネット。ハート型の非常に可愛らしい眼帯。手には小さな傘を握った彼女。

 

 

「――――出番(ステージ)ですわ」

 

 

 一人は、黒地に花の模様が描かれた煌びやかな着物。帯風に仕立てられたコルセット。広い袖口から覗くフリル。何より、左目を覆う眼帯は刀の鍔をモチーフとし、和装とゴシックを見事に融合させた彼女。

 

 それら全員の名は、『時崎狂三』。そう、つまり――――――

 

「い――――――五つ子ッ!?」

 

「お、おおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

 二亜の驚きをかき消すほど、士道は思わずという歓喜の雄叫びを上げ拳を握りしめる。それに釣られたわけでもあるまいが、何事かと少し離れた場所から様子を見ていたコミコの客たちも歓喜の声を上げ、美九のファンたちに負けないほど会場が打ち震える。

 この気を逃す狂三ではない。それぞれポーズを取る『狂三』たちの中心で、鮮やかな礼を見せ、言葉を放った。

 

「これよりは、『わたくしたち』がサークル〈ラタトスク〉にて――――――どうか、ご贔屓くださいまし」

 

『――――――!!』

 

 声にならない叫びとは、まさにこのことを言うのだろう。美九のファンに加え、狂三が即興で導いたファンたちも加わり、恐ろしいブーストがサークル〈ラタトスク〉にかかる。

 これが仮に、このような場でなければ異色の目で見られていたかもしれない。だが、しかし。世界を探してもそういない美少女たちのバニーガール。超一流アイドルの誘宵美九――――加えて、マジシャン顔負けの演出からの狂三五つ子。バックに〈ラタトスク〉がついているからこその荒業に、辺り一体が呑まれた(・・・・)のは言うまでもない。

 

 ――――奇を以って勝つといえど、正を以って合わねば戦を制すことなかれ。本の完成という正道を手にした今、何でもありの奇策で士道たちは勝利を狙う。

 

 在庫の数に圧倒的なアドバンテージがあった〈本条堂〉の二亜も、引き攣った笑みを浮かべて客に対応していた。

 

「そ、そんなのあり?」

 

「あら、どんな手でも使っていいと言ったのは二亜さんでしょう? わたくしなりに、会場での騒ぎにも最大限気を使いましたわ。それとも――――――千人以上の『わたくし』を変装させたサクラの方が、好みでして?」

 

「……手加減してくれてドーモ」

 

 今日一番の引き攣った二亜の笑みを、狂三はニッコリと返した。あまりに傍若無人な我が物顔の狂三に、流石の士道も――――最高の笑みを浮かべた。

 

「は、はははッ!! やっぱお前は最高に可愛いよ、狂三!! 終わったら写真撮影の時間を取ろうぜ!!」

 

「絶っっっっっっ対に、お断りいたしますわ!!」

 

 士道の心からの賞賛も、素っ気なく断られてしまう。

 見覚えのある過去の『狂三』。一度彼女を見ているからこそ、わかる。狂三は、こうして過去の自分を見られることを苦手としている――――にも関わらず、彼女は最後の一押し、隠された一手として『狂三』を策に組み込んだ。

 それほど、士道のため――――否、皆のことを信頼してくれている。嬉しくないわけがない。今日は、嬉しいことがありすぎて参ってしまうくらいだ。

 だから、残すところは。

 

「みんなにここまでしてもらったんだ……二亜、お前のためにも――――――俺たちは勝つ!!」

 

「はは、上等!! できるものなら――――――」

 

 不意に、二亜が発していた声が止まる。何事かと疑問を浮かべてサークルスペースを見やると、そこに答えはあった。

 

「た、高城……先生」

 

 分厚い眼鏡をかけた、見覚えのある女性に二亜が呆然とした声をこぼす。

 つい一日前、士道たちが二亜のことを聞くために接触した高城弘貴……つまり、二亜と旧知の仲(・・・・)である彼女が、二亜のスペースを尋ねていた。

 

「あはは、お久しぶりですな、本条先生。久々に先生がサークル出展されていると聞き及び、来てしまいました」

 

「あ、ええと……そりゃ、どうも……」

 

「突然すみませぬ。気分を害されたなら申し訳ない。でも一つだけ……お聞かせ願えぬでしょうか」

 

 高城が眼鏡のレンズ越しに二亜を見つめる――――それすら、二亜は視線を逸らしていた。高城からではなく、己自身から(・・・・・)逃避するように。

 

「……小生、気付かぬうちに何か粗相をしてしまったのでしょうか? もしそうならば、謝らせていただきたい」

 

「そ、そんなこと……あるはずないじゃないですか!!」

 

 頭を下げた高城に、二亜は慌てて声を荒らげる。そこに、いつもの調子で放たれる軽快な声色はなく、強く、悲痛なものがあった。

 

「そうなのですか?」

 

「……っ」

 

 けれど、それから二亜は言葉が続かず、高城もスペースを塞ぐことを防ぎたかったのか、本を一冊買い、もう一度礼儀正しくぺこりとお辞儀をした。

 

「たとえ嫌われていたとしても……小生は、本条先生の本を楽しみにしておりますよ」

 

「あ……」

 

 何かを告げたかったのかもしれない。叫びたかったのかもしれない。だが、二亜の言葉はそれ以上は続かず、ただ立ち去る高城を見つめるだけで終わってしまった――――――士道は頭の中で、欠けたピースが挟まる感覚を得る。

 線と線が繋がり、士道が感じたことが言葉として形にできる感覚。士道の顔を見て、狂三もそのことに気がついたのか、見守るような微笑みを浮かべながら接客作業を行っていた。

 

「二亜」

 

「……!! ああ、少年。みっともないところを見せたね。でも勝負は――――――」

 

「お前……あの人のこと、好きなんだな」

 

「は!? な、何言ってんの少年。あたしそういう趣味はないんだけど」

 

「いや、そういう意味じゃなくて。人間として……っていうか、友だちとして」

 

 そう、士道の経験で例えるなら――――――〈アンノウン〉。白い少女が、狂三や折紙に向けている感情。親愛の情として、二亜は高城のことが好きだと思ったのだ。

 でなければ、先程のような対応はできないはずだ。嫌いになったのなら、高城とは表面上だけでの関係を続けられたに違いない。士道の知っている二亜は、少なくとも楽々と世渡りができてしまうほどには、人間社会に適合していた。

 

「二亜、お前……もしかして、怖かったのか?」

 

「は? な、何を――――――」

 

「あのまま仲良くしてたら、いつか好奇心に負けて〈囁告篇帙(ラジエル)〉を使いそうだから――――――ようやくできた友だちに失望したくないから、身を引いたのか?」

 

 問いかけを受け、二亜は調子を崩して言葉を詰まらせ――――意地になったのか、顔を背けて本を売りながら言葉を返した。

 

「はッ、少年が何言ってんのか全然わかんないね!! ――――あ、五百円です」

 

「じゃあなんだよさっきのは!! お前、嫌いな人間にはむしろ普通に対応できるだろ!! ――――ありがとうございました!!」

 

 接客をしながらの珍妙な言い合いは続く。ここまで来たら、士道も一切引き下がるつもりはない。とことんまで追求してやると返す言葉を強めていく。

 

「うるさいなぁもう!! 販売に集中しなよ!! ――――あ、最後尾はあちらです!!」

 

「悪いがそうはいかない!! 俺が勝ちたいのはお前を助けたいからだ!! ならこの問題を放置してちゃ意味がない!! ――――はい、本の受け渡しはあちらです!!」

 

「ぐぅぅぅぅ――――――そうだよ怖くて何が悪いんだよ!! あたしだって友だち欲しいっての!! でもどうしようもないじゃん!! 超高性能監視カメラで相手の一生をずっと覗けるような奴が、友だち作れるわけないじゃん!! ――――千円お預かりします!!」

 

 悲痛な顔で言葉を吐く二亜を見て、士道はまた一つ、彼女という精霊を構成する大切なピースが埋まる感覚を得る。

 本条二亜は確かに人間に不信感を抱いている。けれど、それ以上に――――――自分自身が、不安なのだ。

 全知の天使という、抗いようのない超越者としての力。それを得て、親しくなれる間柄の人間と出会えて――――その人物の全てを覗けてしまう、自身への嫌悪感。それが負い目として重なり続け、二亜は他者と、何より自分を信じれなくなった。

 本条二亜を孤独たらしめる根本的要因。それは、超越者である二亜の恐れ(・・)諦め(・・)だ。ああ、なら――――――士道が叫ぶことなど、一つしかあるまい。

 

「そんなの、やってみなきゃわからねえじゃねえか!!」

 

「はッ!! 綺麗事だね!! じゃあ逆に聞くけど、少年。キミは四六時中、それこそトイレやお風呂まで自分のことを好き勝手に覗ける人間と、自分の知られたくない過去を勝手に漁れる人間と、心の底から仲良くなれるっていうのかい!?」

 

 並の人間なら、それで躓いてしまったかもしれない。だが、今の士道は――――――それを大きな笑い声に変えることができた。

 

「はは……ははははははははははははっ!!」

 

「な、何がおかしいのさ!!」

 

「――――悪いが、そういう手合い(・・・・・・・)には死ぬほど慣れててね!! 俺のプライバシーなんて元からあってないようなもんなのさ――――――それを気に病んでくれるお前が、天使に見えるくらいにはな!!」

 

「は、はぁ!?」

 

 意味がわからないと目を白黒させる二亜だったが、もう士道は止まらない。

 今、ようやく理解できた。二亜と士道の相性はむしろ良すぎるくらいに良い。最高に相性ピッタリだ――――――これを言うと、お嬢様が嫉妬してしまうから、心に秘めるだけにしておくが。

 

 

「覗きたいなら好きなだけ覗け!! 漁りたいなら好きなだけ漁れ!! 俺はそれでも!! お前を嫌ったりしない!!」

 

「……ッ!!」

 

 

 それが士道の伝えたい全てだ。五河士道は、全てを捧げると誓った少女がいる。だから――――――恥じるような生き方をしてきたつもりは何一つない。

 息を詰まらせた二亜は、すぐに切り返し、しかし悔しげな顔で叫びを返してくる。

 

「はぁぁぁぁぁぁ!? 何勝手言ってんの!? キミのことくまなく覗いたら、あたしがキミを嫌いになると思うんだけど!?」

 

 そんな言い争いをしている間にも、決着は刻一刻と迫っていた。

 部数において先手を取っていた〈本条堂〉を、会計のスピードで勝る〈ラタトスク〉が追い縋る。

 列は途切れることなく、熱狂が止むことはない。時に疲れたアイドルが癒しを求め『狂三』へ抱きつき、それがまたパフォーマンスとなって熱狂の渦を巻き起こす。いつ運営が飛んできてもおかしくはない馬鹿騒ぎ。

 そして――――――

 

「ありがとうございましたぁッ!!」

 

 士道が本を売り切り、その叫びを上げた一瞬の後。

 

「――――ありがとうございましたぁッ!!」

 

 ほんの一瞬。数秒の誤差で、二亜が全く同じ声を上げた。

 

「……!!」

 

「……っ」

 

 差などないに等しい。スタッフによる完売宣言も、全く同時に行われた。

 お互いが荒い息を吐き、真冬にも関わらず玉のような汗が滲んで止まらない。

 そんな中、相も変わらず涼しい表情の狂三が、熱気によって僅かばかり額に張り付いた髪を払い、声を発した。

 

「さて、判断の是非は二亜さん次第ですわね」

 

「…………」

 

 取れる手段の全てを出し切り、士道たちは二亜と競り合った。しかし、ここで二亜が意見を翻し〝卑怯〟の一言を使った瞬間、士道たちは何も言い返すことができなくなってしまう――――――恐らく、二亜はそれを嫌うだろうと思った。

 二亜が乱雑に音を鳴らして、パイプ椅子に座り込む。鋭く士道を睨みつける――――――けど、その手には。

 

 

「……いいよ。勝負は勝負だ――――――読もうじゃないの」

 

 

 始まりに渡した、士道たち渾身の力作(同人誌)が、手に取られていた。

 

 





なんかちょっとスタイリッシュなタイトルですけど要は黒歴史襲来って意味です。けど、時崎狂三という人外の美しさを理解しているのは他でもない狂三です。だからこその自信であり、実行可能の戦術。まあ運営来なかったの〈ラタトスク〉がバックにいるからでギリギリだとは思いますけどね!! 分身体サクラ戦術はいくらなんでも慈悲がないのでNG。

ということで、ここで狂三四天王推参。4人一斉に登場すると会話が成り立ちやしないってことがわかったので、二亜編後のいつの日か個別で書いてみたい。真っ先に士道が叫ぶのは仕様です(

感想、評価、お気に入りなどなどお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!!

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