デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

129 / 223
第百二十七話『混迷の戦場(マジック・ショータイム)

「あ、ああああ、ああああああああああああああああ――――――ッ!!」

 

 その絶叫は、悲痛。その光景は、凄絶。

 二亜の額、手、足、身体の至るところ、全身くまなく傷が付けられ、夥しい血が流れていく。

 それは傷つけられている、というよりは思い出したかのように、時間を逆再生(・・・)している傷跡のように見えた。

 同時に、士道は全身から発する〝痛み〟に顔を歪ませた。

 

「が、……ッ!! く、そ……」

 

「士道さん、また……!!」

 

「だーりんから血が……し、止血しないと!! もー何がどうなってるんですかー!!」

 

 二亜よりはマシ、というべきか。美九の言う通り、士道の服にこびりつく血の痕(・・・)と匂い。

 また、持っていかれかけている。これは士道の痛みではなく、二亜が感じている痛みなのだと本質を理解する。だが、これを受け入れてはいけない(・・・・・・・・・・)

 

「落ち着いて。これはただの傷じゃない」

 

「士道さん、ゆっくりと呼吸を――――――わたくしに、身を委ねて」

 

 そっと、身体に血の汚れがつくのも厭わず狂三が士道の身体を抱きしめる。

 彼女の言うことに従い、息を吸って、吐き出す。それを幾度も繰り返し、士道は己のするべきことを刻みつけた。

 二亜の痛みに呑まれるな(・・・・・)。彼女と共振し、士道までも呑まれてしまえばそこで終わりだ。呑まれるのではなく、受け流す。彼女の痛みを知りながら、彼女を救うにはそれしかない。

 ――――――ようやく、痛みが引いていく。自然と荒くなる息をまた整えて、士道は気丈な表情で二亜を見やる。絶望の淵(・・・・)へ立たされた修道女を、見る。

 

「二、亜……」

 

 狂三に支えられながら立ち上がり、血と霊力で全身を覆う二亜と相対する。

 

 ――――反転体。精霊が絶望の淵に立たされた時に起こる、霊結晶(セフィラ)の転換現象。〈アンノウン〉曰く、霊結晶(セフィラ)が本来の形に戻った形。

 かつて、十香と折紙が反転してしまった時があった。

 十香は、士道が殺されかかるところを見た瞬間。

 折紙は、己の手で両親を殺めてしまったことを知った瞬間。

 そして、ここまで来たなら認めざるを得ない――――――士道も、道を踏み外しかけたことがあるはずだ。人間である士道が反転してしまったら、封印された精霊たちはどうなってしまうのか。果たして、止められる者は存在するのか。

 今は、考えるべきではないと士道は頭を振る。今優先すべきことは、二亜がどうして反転してしまったか、だ。あまりに突然のことで、反転の理由が皆目見当もつかない。

 

「二亜、どうして……!!」

 

「……嫌な、気配ですわ」

 

 士道の問いかけに答えたわけでもあるまいが、狂三が顔を顰め、霊装を展開し臨戦を取る。

 二亜の放つドス黒く重苦しい霊力に対してか、それとも士道が感じられない別の〝何か〟に対してか。

 狂三が霊装を展開したと同時、二亜がギロリと睨むように顔を上げる。自らの血で真っ赤に染まり、血の涙を流すそれは、染まり切った霊装と合わせ、まるで黒く歪んだ聖母の像のようだった。

 

 

「――――〈神……蝕、篇……帙(ベルゼバブ)〉――――」

 

 

 絶唱には程遠い、掠れきった呼び声。しかし、『魔王』は主の声に応えた。

 巨大な本は、もはや天使、〈囁告篇帙(ラジエル)〉とは全くの別種。〈暴虐公(ナヘマー)〉、〈救世魔王(サタン)〉と同じ『魔王』へと昇華してしまった。

 圧倒的な波動を解き放ち、本が開かれる。凄まじい速度で捲られたそれは、本から外され辺り一体へ数え切れない量の紙を撒き散らした。

 

「これは……!!」

 

「気をつけて、士道。あれは魔王の一部。ただの紙吹雪ではない」

 

 『魔王』は奇跡の体現たる天使と対になる存在。折紙の冷静な分析は、当たっていた。

 ページが怪しい輝きを放ち始め、それらが一層力を増したかと思うと――――――

 

「な……!?」

 

 闇の怪物。幾度も、幾度も、幾度も。繰り返すように、幾体もの異形の化物が這い出てきたのだ。

 

『――――――――!!』

 

「あら、躾がなっていませんわ――――ねッ!!」

 

 咆哮か悲鳴か、士道には到底判別が出来ない声を上げて一斉に飛びかかってきた怪物を、狂三は躊躇いの一つもなく銃で撃ち抜く。正確無慈悲、士道の目が追い切れない速さで次々と異形の身体に風穴を開けていく。

 

「――――〈絶滅天使(メタトロン)〉」

 

「――――〈鏖殺公(サンダルフォン)〉!!」

 

 狂三だけではなかった。折紙、十香、だけでもない。琴里を除く精霊たちが皆、限定霊装を纏い〈神蝕篇帙(ベルゼバブ)〉が生み出した異形の怪物を打ち払う。

 

「みんな……!!」

 

「事情はよくわからぬが……放っておけないことだけはわかった!!」

 

「周りの邪魔な子たちは私たちに任せてくださいー!! だーりんは二亜さんを!! あ、狂三さんはだーりんをお願いしますねー!!」

 

「つまり、いつもと変わらないということ、ですわねぇ」

 

 臨戦の態勢を取りながらも、どこか余裕のあるやり取りをする狂三と美九。が、優雅な微笑みはあれど油断は見られない。

 精霊たちを警戒してか、〈神蝕篇帙(ベルゼバブ)〉から再びページが舞い、恐ろしい数の異形が姿を現した。

 姿勢を下げ、自然と走り出せる体勢を取る。そんな士道を見て、琴里が眉をひそめて言葉を発した。

 

「士道、大丈夫?」

 

「……ああ。二亜を助けられる可能性があるの、俺しかいないだろ」

 

 やるべきことは、ただ一つ。二亜を反転から救うこと――――――そのために、二亜とキスをする。それで二亜を救えるかは、正直に言えば分の悪い賭けだと思っている。

 十香は呼びかけとキスで、折紙は狂三の手を借りてようやく反転から呼び戻すことができたのだ。二亜の反転理由は不明な上、士道にどれだけ心を開いてくれているかさえわかっていない。

 けれど、士道しかいない。そして、士道もそれしか方法を持ち合わせていない。なら、それを実行に移す以外に選択肢はなかった。

 しかし、士道の応答を聞いた琴里は首を横に振る。そのことではない、というような顔だ。

 

「そっちじゃないわ。士道、あなたさっき二亜に引っ張られたわよね?」

 

「っ……」

 

「理由はわからないけど、士道までああなったら……」

 

 司令官らしくない、琴里の不安な顔が見て取れる。

 琴里の言っていることは、士道の感覚と一致する。何の因果か、関係かはわからないが、士道は反転した二亜と感覚を共有、或いは共鳴作用を引き起こしていた。

 こればかりは、〈灼爛殲鬼(カマエル)〉の再生能力でも賄いきれない。先程のように、士道が意思の力で押さえつけるしかないからだ。そのリスクを、琴里は士道を案じて口にしたのだ。

 司令官としては、士道へ行けと言わなければいけない。同時に、リスクを懸念して最後の静止をかけた。

 それを感じ取った士道は――――――とびっきり勇気を持てる、不敵な微笑み(・・・・・・)を借り受けた。

 

「心配すんな。俺を信じろ――――――もしやばかったら、狂三に引っぱたいてもらってでも何とかしてもらうさ」

 

「あら、あら。責任重大な役割が、また増えてしまいましたわね」

 

「嫌なら、私に譲って」

 

「誰も嫌とは言っていませんし、この権利は折紙さんでも譲れませんことよ」

 

 ペロッと舌を出して提案を拒否した狂三を見て、折紙は無表情ながら少しばかり残念そうな顔をした。……士道を叩きたかったのか、それとも別の何かで士道を呼び起こすつもりだったのか。考えたらちょっと身震いが起きた。

 士道の答えを聞き、僅かに逡巡するように目を閉じた琴里。だが、次に瞳を見せた時には、既に覚悟を決めた司令官としての、強い琴里がそこにいた。

 

「――――わかった。今まで私たちが積んできたこと、全て士道に託すわ。絶対、二亜に声を届かせるのよ」

 

「ああ……二亜を助け出す。みんな、協力してくれ!!」

 

『おお!!』

 

 精霊たちが士道の呼びかけに応える。それを聞き、士道は二亜を見据える。異様で、禍々しい――――――けど、それは救いを求めて叫んでいるような気がした。

 

 

「――――残念ですが、それは叶いません」

 

 

 瞬間、どこからか声が聞こえてきた。その声と共に、向かいに降り立つ一つの人影。それを認識して、否、認識より前に狂三の殺気が膨れ上がった(・・・・・・・・・・・・)

 

「なぜなら、私がいるからです」

 

「……ッ!! エレン……!!」

 

 白銀に輝く機械の鎧を身に纏い。我こそは、最強であるという自信から来る超越者たる立ち振る舞い。

 エレン・ミラ・メイザース。人でありながら、精霊と互角に相対できる数少ない人類。DEM最強の魔術師(ウィザード)

 降り立った彼女は、士道たちから視線を逸らし、『魔王』と化した二亜を見て目を細めた。

 

「――――なるほど、素敵な様になったではありませんか、〈シスター〉。さすがはアイクで――――――」

 

 言葉を切り取ったのは、鋭い銃声だった。

 

「――――不愉快ですわ」

 

 異形を撃つ狂三に躊躇いはなかったが、そこに殺意はなかった。だが、今の一撃は士道でも背筋が凍るほどの冷たい殺意(・・)が乗っていた。

 その弾丸は、エレンに当たることなく彼女の髪を僅かに揺らすに留まる。元より、当てるつもりはなかったのだろう。当たるのなら、エレンは容易く反応せしめたはずなのだから。

 まるで、簡単には殺さない(・・・・・・・・)。そんな意思を持った銃弾に、エレンは訝しげに眉を顰めた。

 

 

「――――〈ナイトメア〉」

 

「その名ですら、あなたの口から吐き出される不快感。嗚呼、嗚呼。素敵ですわ、昂りますわ――――――疾く、疾く、わたくしの視界から消えてくださいまし、魔術師(ウィザード)

 

 

 膨れ上がる殺気と、悪夢を体現する殺意。士道が止める間もなく、狂気で顔を染めた狂三が膨大な〝影〟を解き放った。

 狼煙のような開戦の合図。幾百の『狂三』が飛びかかり、異形の怪物が飛び立ち、最強の魔術師(ウィザード)と絡み合うように爆ぜた。

 霊力と魔力がぶつかり合い、士道が思わず身体を庇うほどの衝撃が飛ぶ。

 

「ち――――分身の『狂三』だけじゃあいつには敵わないわ!! 十香を中心にして、耶倶矢、夕弦、美九は『狂三』とエレンを!! 四糸乃、七罪、折紙は二亜の周りの黒い連中を片付けて士道の道を作ってちょうだい!!」

 

 後方で指揮を取る琴里の声に従い、精霊たちが声を上げて分散する。

 混迷を極める戦況の中、琴里は続けて声を張り上げる。

 

「狂三!! ちゃんと頭の中は冷静なんでしょうね!? それが取り柄なんだから、無くすんじゃないわよ!!」

 

「――――まったく、好き放題おっしゃってくれますこと」

 

 士道の隣で鳥肌が立つほどの殺気を膨れ上がらせていた狂三が、琴里の声を聞きふとそれを和らげた。

 和らげた、とは言うものの。未だその視線は十香たちと切り合うエレンに注がれている。

 

「狂三……」

 

「優先すべきは二亜さんですわ。それ以上は、いけませんわ」

 

 士道が声をかけようとしたその時、狂三はそう口にした。唇を噛み締めて、何かを耐えるように。士道に、そんな己の姿を見せまいとするかのように。

 聞きたかった。今この場を逃せば、きっと狂三はこの激情をしまい込んで士道から隠してしまうだろう。

 でも、〝今〟を使うわけにはいかない。狂三の意を汲んで、士道は首肯を返した。

 

「……わかった」

 

「……霊力が限定的な十香さんたちと『わたくし』では、あの女の足止めが精一杯でしょう。手早く、二亜さんの元へ」

 

「ああ……!! 頼む、四糸乃、七罪、折紙!!」

 

 一刻も早く、二亜の元へ。士道を助力するため、三人が頷き天使を展開する。

 

「退いて……ください……!!」

 

『ほーら、邪魔だよ君たちー!!』

 

「〈絶滅天使(メタトロン)〉」

 

「……〈贋造魔女(ハニエル)〉!!」

 

 氷の天使が異形の足を止め、光の天使が異形そのものを消滅させ、変質の天使が異形を生み出す紙を何の変哲もない木の葉に変えた。

 三人の連携で、一部とはいえ二亜に通ずる道が開かれた。このまま行けば、狂三の力を借りて何とか二亜までの道を完全に開くことも不可能ではなかった。

 

「……っ!! 皆様、下がってくださいまし!!」

 

「狂三!?」

 

 突如、狂三が焦った様子で声を荒らげて折紙たちに警告を飛ばす。

 眉をひそめて隣にいる狂三を見やると、細めた左目(・・)に手を当てた彼女の姿があり、士道もハッと目を見開く。

 狂三の左目に宿る金時計は、ただの瞳ではない。〈刻々帝(ザフキエル)〉の〝予知〟を伝える禁忌の瞳。

 〝何か〟が、起こる。漠然とした確信を得るには、十分すぎる動作だった。

 

「……っ!?」

 

「折紙!?」

 

 それは、既に事象として発現した。

 折紙の天使、〈絶滅天使(メタトロン)〉が、羽の先端を主である折紙に向け、光線を放ったのだ。必滅の光は、主の霊装を焼き苦悶の表情をもたらす。

 

「きゃ……っ!?」

 

「わっ、な、何よこれ……!!」

 

 それだけではない。四糸乃は〈氷結傀儡(ザドキエル)〉の冷気で自らの足を縛られ、七罪は〈贋造魔女(ハニエル)〉の光で愛想のないマスコットキャラクターのようなものに変化させられてしまった。

 

「四糸乃、七罪!! これは……!!」

 

「事象への干渉、未来の確定――――!!」

 

 狂三が油断なく現象を観察し、それを聞いた士道は目を見開いて〈神蝕篇帙(ベルゼバブ)〉を確認する。

 見れば、二亜の霊装の一部が筆記具と化し、〈神蝕篇帙(ベルゼバブ)〉の紙面に恐ろしい速度で何かを書き記していた。

 折紙たちが己の意思とは裏腹に行動を制限、或いは強制させられている。一度士道は、それを目にしたこと、体験したことがあった。

 

「っ……未来記載(・・・・)か!!」

 

 相手の未来を自在に操る、〈囁告篇帙(ラジエル)〉が持っていた究極の事象干渉。だが、反転した二亜の〈神蝕篇帙(ベルゼバブ)〉のそれは、〈囁告篇帙(ラジエル)〉を扱っていた二亜のそれとは速度が違う(・・・・・)

 如何に強力な天使があり、狂三が未来を視ることができても、未来を決められては根本から詰んでしまう。

 

「不味いぞ狂三!! このままじゃ俺たちも……!!」

 

「あら、一度確定した未来を変えたお方が、弱気なことですわね」

 

「お、お前なぁ。あの時とは状況が――――――」

 

 違うだろ。そう言いかけた士道の身体が、固まる。巨大な縛られる感覚とは異なる、身体が自分のものでなくなるような――――未来記載の力と気づくのに、時間は必要なかった。

 

「う、ぐ――――!!」

 

 首から下が士道とは別の意思を持っていかのように動けない。これでは、二亜の元まで辿り着くことなど不可能だ。

 

 ――――――本当に、不可能か?

 

「思い出してくださいまし」

 

「え……?」

 

「あなた様は、既に戸口に立っているはずですわ」

 

 狂三が、そんな士道を冷静に見つめている。身体を縛られていない(・・・・・・・・・・)彼女が、そう言っている。

 いつか、時崎狂三が言っていたはずだ。それを、士道は思い返す。

 〝魔王〟と〝天使〟は表裏一体であり、同一存在――――――ならば、霊力による対抗(・・・・・・・)が可能性である。

 

 ――――霊力による〝拒絶〟。

 

 

「っ――――うおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

 

 全力だ。全力を出し切って、以前の感覚(・・・・・)を取り戻せ。

 狂三が縛られない理由。士道がその戸口に立つ意味。一度は、士道ではない士道が得た感覚を――――――遂に、掴む。

 

「〈颶風騎士(ラファエル)〉――――【縛める者(エル・ナハシュ)】!!」

 

 顕現させるは、物質を縛り、薙ぎ払う颶風の鎖。士道の腕に絡みついたペンデュラムが、なりふり構わずに振るわれた腕に釣られ、周囲の異形を巻き込みながら乱回転した。

 

「っ、はぁ……はぁ……」

 

「扱い方が雑なのではなくて?」

 

「む、無茶言うなよ……」

 

 ここにいない持ち主の代わりなのか、苦言を呈する狂三に士道は息を荒くしたまま応答する。

 手元に戻ったペンデュラムが光となって消え、遅れて士道の身体の負荷を内部から再生の炎が癒していく。二、三度、拳を握ったりして確かめる――――士道を縛っていた縛めは、完全に解かれていた。

 

「上手くいった……んだよな」

 

「……ええ。本当なら、扱って欲しくはないのですけれど、そう言っていられる状況でもありませんでしたので」

 

 そう言って、複雑そうな顔をする狂三。確かにこれは、士道の身体に負荷をかけるやり方だ。

 月初めの事件の折、士道は知らぬ間に天使を自在に操っていた。その時の感覚を、士道は奥底で覚えていたのだ。それを狂三の声で呼び起こし、霊力と霊力をぶつけ合い、未来記載の力を相殺した。

 霊力には霊力。これは、過去に狂三が美九と七罪の事件で言っていたことだ。そして、狂三の危惧がわかると共に――――この力が、これから必要となっていく予感を感じていることも、わかる。

 

「士道!!」

 

 後ろから琴里の声が聞こえた。どうやら、琴里も未来記載によって縛られている。折紙、四糸乃、七罪も同じだ。動けるのは、士道と狂三を置いて他にはいない。

 琴里の不安を打ち消すように笑いかけ、士道は声を放った。

 

「――――行ってくる」

 

 駆け出す。同じように、狂三も銃を構えて走り出した――――――ああ、ようやく、彼女と同じだけの土俵に立つことができている。

 その歓喜を、士道は静かに封じ込める。きっと、彼女はこれを喜ばないから。

 今はただ、二亜を助けるためだけに、精霊たちの力を借り受ける――――――!!

 

「――――〈氷結傀儡(ザドキエル)〉!!」

 

 士道が砕かんばかりの勢いで踏みつけた地面から、一面を凍りつかせる冷気が溢れ異形たちの足を封じ込める。

 絶対凍土の天使、〈氷結傀儡(ザドキエル)〉。士道ではない士道ほど、上手く天使を扱えるわけではない。十香たちほど、天使を扱うことも不可能――――――

 

「飛びますわ!!」

 

「ああッ!!」

 

 だが、これで十分。及ばずとも、士道の隣には最凶の精霊がいる。

 合図に応えた瞬間、狂三が士道の身体を支え上空へ飛び立つ。異形たちも、追い縋るように地を蹴りあげようとしている。

 

「〈鏖殺公(サンダルフォン)〉!!」

 

 邪魔を、するな。その意思のまま、士道は裂帛の気合いで虚空から現れた最強の剣を横凪に振り払う。

 光が眩い軌跡を描き、縋らんとする異形たちの息の根を止めていく。

 しかし、扱えるとはいえ、士道にかかる負荷は未だ並大抵ではない。常人ならとっくに悲鳴を上げている軋みと、それを強引に再生する灼熱の炎。

 そんなものに、構っている時間はない。

 

【狂三!!】

 

「……っ、美九さんの【鎮魂歌(レクイエム)】をそのように扱って、叱られても知りませんわよ!!」

 

【あとで使用料込みにして謝っとくさ!!】

 

 鎮痛作用をもたらす天使、〈破軍歌姫(ガブリエル)〉の癒しの歌。士道のそれは、歌というには荒々しい叫びでしかなかったが、それでも十全に効力を発揮し、士道が振るう〈鏖殺公(サンダルフォン)〉の負荷を和らげる。

 なかなかにその場しのぎの無責任な発言した士道に、狂三は支えながら呆れた声色で返してくる。

 

「口は災いの元と言っていますのに……それで、なんですの?」

 

【【一〇の弾(ユッド)】で折紙の時と同じことはできるか!?】

 

 折紙の時も狂三の力を借りていたが、あの時と同じ現象が起こせるなら、二亜の心に干渉して反転を止めることも可能なのではないかと士道は考えた。

 士道の問いに一瞬思考をした狂三だったが、即座に頭を振って片手間に異形を撃ち落とす。

 

「……推奨しかねますわね。あの傷が二亜さんの反転の原因なら、迂闊に意識共有などさせられませんわ――――――【一〇の弾(ユッド)】の本質、お忘れなきよう」

 

【っ……】

 

 狂三の冷たい声に息を呑む。【一〇の弾(ユッド)】の本質――――過去の疑似体験(・・・・・・・)

 過去を閲覧するだけでなく、対象の過去を擬似的に体感する力。意思共有領域に入った際も、士道は二人の折紙が有する過去を垣間見た。

 もし、その時と同じことが二亜との間に起こったら。あの傷が――――――士道の想像を絶するものだとしたら。

 

「ただでさえ、士道さんは二亜さんの影響下にあるのです。そんなこと、わたくしがさせると思いまして?」

 

【けど……っ!!】

 

「傷が原因だと言うのなら、その〝お声〟があるでしょう?」

 

【――――!!】

 

 〝痛み〟が二亜を蝕んでいる。士道自ら、体感したあの〝痛み〟。それを取り除けるなら、或いは。

 決意を込めて目を細め、手にした剣にありったけの力を込める。煌々と極光を放ち、異形たちが慄くように叫びを上げている。

 

「行くぞ、狂三ッ!!」

 

「ええ」

 

 交わす言葉など、それだけで十分。狂三に支えられ、士道は振り被った〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を全力で振り下ろした。

 

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――ッ!!」

 

 持てる力の限り、全力の一刀。携えた極光の大きさを再現し、超巨大な剣撃は地上へ向かって一直線に放たれ、辺り一体の異形を跡形もなく消し飛ばす。

 

「――――【一の弾(アレフ)】」

 

 次いで、加速。投擲の反動で骨が軋みを上げる中、狂三が一直線に二亜の元へと飛翔していく。

 筋繊維の断裂、骨がひび割れる感覚。それを癒す炎の痛み。敢えて、士道はそれを無視していく。癒しの歌、使うべきは自分自身ではない。

 息を大きく吸い込み、用意した渾身の霊力を込め、士道は喉を震わせた。

 

【――――二亜ッ!!】

 

「――――ッ」

 

 微かに、二亜の身体は震えた。苦しむばかりで、苦悶に支配されていた二亜の身体が士道の〝歌〟に反応した。

 

【……!! 二亜!! 俺の声が聞こえるか!? 今助けてやるからな!!】

 

「し……ど……」

 

 ほんの僅かだが、二亜の掠れた声が聞こえてくる。

 士道と狂三の仮説が立証された。二亜が感じている〝痛み〟は、彼女が反転してしまった理由に違いない。なら、士道が鎮痛の歌でそれを取り除くことができれば、二亜の意識を引き戻すことができるかもしれない。

 もう少しで、二亜の意識に届く。そう考え、士道は二亜に届くよう手を伸ばし――――――

 

 

「――――駄目だよ。そんなことしちゃ」

 

 

 閃光。

 

「ちッ……!!」

 

「うわっ!?」

 

 遥か彼方から飛来した何かが、士道の目前で炸裂する。

 すんでのところで、狂三が舌打ち混じりに後方へ飛び退いて士道も何とか事なきを得た。が、それで安心などしていられない。すぐさま体勢を立て直し、二亜に目を向ける。

 

「……え?」

 

 呆然と喉を震わせた原因は、二つ。

 一つ目は、現れた一つの光……否、一人の魔術師(ウィザード)

 ハーフアップに括られた金髪と、碧眼。エレンと同型のワイヤリングスーツに、白と紫で染め抜かれたCR-ユニット。

 その彼女が握る、両刃のレイザーブレード。その切っ先の果て――――――貫かれた二亜の胸(・・・・・・・・)の先に浮かぶ、黒く染った(・・・・・)霊結晶(セフィラ)

 

「お前――――ッ!!」

 

 見開かれた目を少女を射殺さんばかりに鋭くし、士道は〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を振り被ろうとした――――――刹那。

 

「ぐわッ!!」

 

 弾き飛ばされた――――いいや、狂三が投げ飛ばしたと気がついたのは数秒の後。

 

「させないよ、〈ナイトメア〉」

 

「はっ、どなたか存じ上げませんが――――無礼な方ですわねッ!!」

 

 次に見た光景は、激突する精霊と魔術師(ウィザード)だった。空中で投げ飛ばされながら、士道は交錯する二人を見やる。

 濃密な随意領域(テリトリー)と霊力がぶつかり合う。素人目から見ても、狂三と相対できる少女はエレンに勝るとも劣らない力量を感じさせた。

 

「士道ッ!!」

 

「折紙――――っ、助かった!! 二亜のところへ――――――」

 

 言葉を止めたのは、〈神蝕篇帙(ベルゼバブ)〉に縛られていた折紙が受け止めてくれた、などという的外れな理由ではない。

 表情を戦慄の色に染めた折紙が、狂三と撃ち合う少女を知っていると物語っていた。

 

「――――アルテミシア・アシュクロフト。なぜ彼女がここに……!!」

 

「それは、あなた方が知る必要がないことです」

 

「ッ!!」

 

「エレン!!」

 

 十香たちが足止めしていたのを振り切ってきたのか、エレンが二亜と彼女から吐き出された漆黒の結晶体の前に降り立つ。

 

「……ッ!!」

 

 そのエレン以上に異質な気配に、士道は咄嗟に視線の向きを変えた。

 〝異物〟。士道はこの男(・・・)を即座にそう決定づけた。悠然と歩くその姿は、見るだけで相手を呑み込む蛇のような雰囲気を醸し出し――――――士道と精霊たちの前に、現れた。

 

 

「アイザック・ウェストコット――――!!」

 

「直接顔を合わせるのは久しぶりだね、イツカシドウ。会えて嬉しいよ」

 

 

 薄く唇を歪め、士道に笑いかけたウェストコット。その異質な雰囲気に、合流した精霊たちも顔を歪めて嫌悪感を露わにしていた。

 しかし、士道だけは殺意のこもった視線をひたすらにぶつけて睨んでいた。が、ウェストコットはそれさえも心地よいと言うように笑みを深める。

 

「全部てめぇの差し金か!? 二亜をどうするつもりだ!?」

 

「そう声を荒げないでくれたまえ。もう、この実験体に用はない――――――反霊結晶(クリファ)が現れたのだからね」

 

反霊結晶(クリファ)……?」

 

 倒れた二亜の直上に浮かぶ黒い結晶体。それを慈しむように見つめ、眇め、ウェストコットは狂気に満ちた笑みを浮かべた。

 

「素晴らしい。長かった、これで私はようやく、悲願への第一歩を――――――」

 

 刹那。

 

「――――!!」

 

エレンと斬り合う白い影(・・・・・・・・・・・)が、皆の視界に入り込んだ。

 光の刃と色のない刃が拮抗し、しかしエレンは勝ち誇るように薄い唇を歪めた。

 

「残念でしたね。如何に探知されないと言っても、来るとわかっているなら私には造作もないことです」

 

「〈アンノウン〉……くッ!!」

 

「…………」

 

「キミも来ると思っていたよ。初めましてになるかな、〈アンノウン〉」

 

 駆けつけた白い少女の不意の一撃。それすら、あの魔術師(ウィザード)は凌いでしまった。ここで士道が飛び込んだところで、強力な随意領域(テリトリー)に阻まれてしまうだけだ。

 十全の力を発揮できる狂三はアルテミシアと呼ばれる少女と。〈アンノウン〉はエレンと。

 このままでは、ウェストコットの良いようにされてしまうだけだ。一か八かでも、精霊たちと力を合わせて二亜を救出するしかない。そんな士道の考えさえお見通しなのか、ウェストコットは嘲り笑うような微笑みを見せた。

 

 

「キミたちにも礼を言うよ。イツカシドウ、〈ラタトスク〉の諸君。今ようやく――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうやって見下してるから、あなたは足をすくわれる」

 

 

 声が、全く別の方向から(・・・・・・・・)、響いた。

 

「え……?」

 

「なに――――?」

 

 驚きの声は士道だけではない。精霊も、エレンも、あのウェストコットでさえも目を見開いている。

 男が手を触れ、強い輝きを見せた(・・・・・・・・)反霊結晶(クリファ)の姿が、忽然と消え失せた。代わりにあるのは、舞い散る白い羽(・・・)

 

「では、初めまして(・・・・・)? アイザック・レイ・ペラム・ウェストコット。そのいけ好かない顔が歪むのは、何とも心が踊りますね」

 

 そして、空に浮かぶ白い影。

 

 声色が、いつになく踊っているのは士道の聞き違えではない。皮肉げに言葉を返す少女の顔は、恐らく、本当に心底楽しく染まっているのだろう。その楽しくが、人の不幸を笑うという意味で、だが。

 

 

「そちらが勝手につけた名で呼ばれたのなら、私は敢えてこちらを使いましょう――――――通りすがりの精霊です。是非、覚えていってください」

 

 

 そうして、二人目(・・・)の白い少女は、手にした漆黒の宝石を手に、神から遣わされた天使の如く、男を見下ろした。

 





さあ、通りすがりの精霊、一世一代のショータイム。感情、関係、繋がりが混迷を極める二亜クリエイション、ここ一番の分岐点……楽しくなってきましたねぇ!!

ただ今六喰編を執筆中なのですが、二亜編と同じく終章が間近なのだなと感じられる場面が増え、我ながら心臓がドキドキです。
ガバガバだったり気づかない矛盾だったり、長期あるあるお前あと何回これやるねんだったりはあるかもしれませんが、精一杯頑張りますのでお付き合いいただければ幸いです。一見矛盾に見えるのでもちゃんと後に回収するのはあるので完結まではゆるして(小声)

感想、評価、お気に入りなどなどありがとうございます!これからに向けて大変、本当にめちゃくちゃ、右手を掲げるくらいには助けになりますのでどしどしお持ちしておりますー。それでは、次回をお楽しみに!!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。