「おはよう狂三。……結構早いんだな」
「おはようございます、士道さん。ええ、せっかくの学校生活ですもの。寝坊でもして、いきなり遅刻だなんて勿体ないとは思いませんこと?」
ですので、早めに登校いたしましたの。とニッコリ笑う狂三。そういうものなのだろうか……士道としては早く学校に来てもあまり楽しい事はないと思うがなぁと考えたが、〝精霊〟で転校生というのはやはり違うものなのかもしれない。正直、狂三と寝坊という概念はあまり結びつかないと思ったが……イメージ的に、なんとなく。
取り敢えず、無事に学校で狂三の姿を確認してホッと一息つく。士道に続いて、十香も狂三の姿を確認し挨拶をする。
「おはようだ狂三!!」
「おはようございます、十香さん。ふふっ、朝からお元気な姿を見せていただけると、わたくしも元気づけられますわ」
「おお、そうか! いくらでも見て良いぞ!」
さながら大型犬と飼い主……だろうか? サラッと失礼な事を考える士道だが、狂三と話す十香のスカートに尻尾を幻視してしまうくらいそう思ってしまった。というか、昨日の今日で二人が距離を詰めすぎて嬉しいけどちょっと複雑な士道であった。……本当に、不思議なくらい仲良さげに話していて士道も首を傾げる他なかった。
「……お。おはようとび――折紙」
危ない。危うくまた謎のプレッシャーを飛ばされるところだった。珍しく士道達より遅く教室へ入ってきた折紙へ士道は挨拶を投げ掛ける。折紙は、席に向かいながらいつも通りの鉄仮面っぶりで――――
「おはよう、士道。――――っ!?」
……その鉄仮面が
彼女の動揺に士道も眉をひそめ、折紙の視線の先を追う。そこにいたのは十香、狂三が仲良く談笑する光景だった。十香が相手なら折紙が驚く理由はない。なら彼女が驚いた理由は……。
「おい折紙。狂三がどうかしたのか?」
「……なんでもない」
ふっ、と狂三から視線を外しにべもなく自分の席へ向かう。普段とは違ったその様子に、士道も狂三を見るが当然変わった様子はない。昨日と同じ時崎狂三だ。折紙が何に驚いたのか全く分からず、また首を傾げる結果に終わる。
――――この疑問が解消されるのに、そう時間はかからなかった。
「どうしたんだよ急に。見せたいものがあるって言ってたけど……」
昼休み。琴里から連絡を受けた士道は学校の物理準備室――――という名の立派な〈ラタトスク〉謹製部屋と化した部屋へ足を運んでいた。部屋の中では呼び出した琴里と、〈ラタトスク〉解析官兼都立来禅高校物理教諭・村雨令音が彼を待っていた。
一体なんの用なのだろう。十香を用事があると言って振り切ってしまったし、十香との仲良さげな様子から狂三も誘って昼飯を、という算段だったのだが……あと、ここは二ヶ月前の〝訓練〟のいやーな、いやーな記憶が蘇るので出来れば早急に用事を終わらせたかった。
「ちょっと想定外の事態が起こってね……その前に士道、狂三は今日
「え……ああ。今朝、俺より早く学校に来てたぜ。それがどうかしたのか?」
士道の返答にそう……と神妙な表情になり何かを考え込む琴里。まさか――――
「……琴里。もしかして、狂三の事で何かあったのか?」
「……ええ。少しキツいかもしれないけど、気を強く持って映像を見て」
琴里が言うなり、令音が機材を操作して机の上にあるディスプレイを点灯させた。一体、琴里がそこまで言う士道に見てもらいたい映像とはなんなのだろうか? 程なくして、画面に映し出された映像に彼は目を見開いた。
「狂三? それに……真那? なんで二人が……」
映像では狂三と昨日会ったばかりの自称・士道の妹を名乗る真那が向かい合っていた。何故かこの二人が……と疑問に思うと同時に、映像に映っているのが二人だけでは無いことに気づく。
「AST……っ!?」
大仰な機械の鎧を纏った人間達。その中には折紙もいる。何度もその姿を見た事がある士道が見間違えるはずも無い。その超人達が狂三を包囲するように飛び上がっている。
酷く嫌な予感に駆られる士道を置いて、映像の中の真那が淡く輝き……なんと、その身を白い機械の鎧で包み込んだ。
それ応ずるように狂三もその姿を変えていく――――影が、彼女を覆い尽くす。現れたのは、光の膜を纏った紅黒のドレス。映像越しでも
次の瞬間、士道の頭は真っ白になった。
「な――――――――」
真那が放った光が、狂三の身体を容赦なく
「っ、狂三!! 狂三!?」
「落ち着いて士道!」
「だ、だって! だって狂三が……っ!!」
ディスプレイへ手を伸ばし、混乱のあまり駄々っ子のように狂三の名前を繰り返す。琴里の言葉もろくに聞こえていない。動悸が収まらない。映像の先で、何が起こった? 狂三の身体を光が貫いた、何度も、何度も、何度も。
狂三が傷つき、血溜まりの中に倒れる光景が映し出される。ダメだ、そんなのはダメだ。彼女の存在が消えていく、その事実に士道の心は酷く軋み上げて――――
「――――シン、落ち着くんだ」
その声と共に、令音が士道を
「シン。これは
「ぁ…………」
そうだ……今朝、士道は確実に狂三と言葉を交わした。幻でもなんでもなく、確かに彼女は時崎狂三だった。さっき琴里とそう確認したばかりではないか。
時崎狂三は、生きている。落ち着いてその事実を飲み込み、ようやく動悸が鎮まってきたところで令音の抱擁を離れ、深呼吸して気を鎮める。
「…………すみません、令音さん。琴里も、ごめん」
「……気にする事はないさ。知人がこのような事になっている映像を見れば、誰だって動揺はするものだ」
「別に良いわ。……私も、少し軽率だった」
またもや司令官モードの琴里らしからぬ気遣いの言葉を聞き、苦笑した士道もようやくさっきまでの調子を取り戻した。
「もう大丈夫だ。続きを、お願いします」
「……分かった。気分が悪くなったら遠慮せず言ってくれ。私で良ければいつでも使ってくれて構わない」
「あ、ありがとうございます……」
いや、言い方がおかしいだろ。と思いながらも令音のお陰で落ち着いたのは紛れもない事実なので、素直に礼を言う。琴里が妙に何デレデレしてんのよみたいな鋭い視線で士道を睨むが、流石に言いがかりも甚だしいのでスルーした。……嫌いではないのは、認めるが。
令音が止めていた映像を再開させる。映っているのは、横たわる狂三へ向かって
「問題はここからよ」
「…………っ!?」
琴里の言葉に聞き、次に起こる事を見逃すまいとしていた士道の顔が驚愕に染まる。なんの躊躇いもなく振り下ろされる光の刃。狂三の命を容易く奪うと思われたそれは――――彼女の命を奪うことなく、コンクリートの地面へと突き刺さった。
消えた。見間違いでもなんでもなく、瀕死だった狂三が
「一体、何が起こったんだ……?」
「……こちらはスローにした映像の、更に一瞬の静止画だ」
「っ、これは……!」
士道の疑問に答える形で、令音がマウスを操作しディスプレイの映像を切り替えとある一枚の画像を映し出した。そこに映されていたのは、狂三を抱えて跳び上る
「あの時、俺を助けてくれた……」
「そう。四系乃が暴走したあの時、
まったく、訳が分からないわね。とボヤく琴里。士道を助け、そして士道へ
何故だ? 同じ精霊が倒されるのを見過ごせなかった? それとも――――初めから狂三の事を
「……しかし、彼女の力でこの場を切り抜けたとしても、時崎狂三は重症を負っていた筈だ」
「ええ。いくら精霊自身の再生能力でも一日で治るような傷じゃないわ。狂三の〝天使〟にそういう力があるのか、それとも別のカラクリがあるのか……」
「…………」
二人の会話を聞きながら士道も考えを巡らせる。狂三は今日、見た目の上ではなんの傷もなく、何かを堪えているといった様子もなく昨日と同じ立ち振る舞いで姿を見せていた。だからだろう、折紙が今朝驚いていたのは。真那の手で致命傷を受けたはずの狂三が一瞬で姿を消し、挙句なんの不自由もなく登校していた。とんだミステリーだ。
だが、何よりも彼が考えていたのは狂三の事だ。彼女が真那の手で殺されかかった、その事実が士道の心を酷く痛めつける。真那が機械的に狂三を傷つける事が嫌だったのか、狂三が傷つく事が嫌だったのか……恐らくは、両方。あんなことはもう――――絶対に、させたくない。
「何にせよ、あまり時間はないわね。あの白い精霊が狂三と繋がっているのかそうじゃないのか、私たちに分からない以上
「――――狂三を、デレさせる」
デレさせて、精霊の力を封印する。今までと変わらないその行動は、しかし今までとはあらゆるものが違う。失敗すれば、狂三の命が危険に晒される。だが、怖気付く気は毛頭なかった。
彼女に傷ついて欲しくない……そして、知りたかった。彼女の目的を、何より彼女が少女が言う〝最悪の精霊〟と関係ないという事を……士道は、証明したかった。
「……やる事は分かってるみたいね。なら、決まりよ。さあ――――――」
拳を握りしめ、覚悟の決まった強い瞳の士道を見遣り、琴里も司令官として不敵に笑みを浮かべる。〈ラタトスク〉として士道の決意に答える。やるべき事は、一つ。
「――――私たちの
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「……あの、何かご用ですの? わたくし、これから十香さんとお昼を……と思っていたのですけれど」
「…………」
不安そうに眉をひそめる狂三に表情を動かす事なく無言で折紙は睨む。屋上入口前の誰も来ることが無い空間……見る人が見れば、気弱な少女が問い詰められている光景にも見えるだろう。
その愛らしい仕草の数々が、なるほどどこか庇護欲を掻き立てられる転校生に見える。しかし、鳶一折紙は目の前の少女がそんな
「あなた、なぜ無事なの」
「……?」
「――――どうやって、あの場から逃げ出したの」
鳶一折紙は、確実に目撃した。出向という形で部隊に転属して来た崇宮真那の手によって、
あれは間違いなく致命傷だった。真那の攻撃で体を何度も貫かれ、虫の息でトドメを待つばかりだったのだ。そんな彼女があの包囲を掻い潜り、あまつさえこうして何事もなかったかのように学校へと来ている。精霊を
「……ああ、ああ。昨日真那さんと一緒にいらっしゃった方でしたのね――――そう、あなたが鳶一折紙さんでしたの」
「……!」
刹那、折紙はその驚異的な反射神経と身体能力を駆使してその場を飛び退く。その行為に明確な根拠はない。ただ、時崎狂三の纏う雰囲気が
しかし、後方へ退避した折紙の全身を
「くっ……っ!?」
「申し訳ありませんわ。わたくし、今は
手だ。壁から這いずる〝影〟から白く、細い無数の手が折紙の身体中に絡みつき、腕を、足を、首を、口を締め上げる。折紙の力ではビクともせず、もはや彼女が自由に動かせるのはその思考と目だけであった。
「きひ、ひひひひひひひ! わたくしの事を知っていながら一人で接触してくるだなんて、
「っ……!」
歪んだ笑みでそう煽る狂三に、折紙は己のミスを恥じる。あまりに呆気なくやられていた彼女を見て、どこか油断があったのかもしれない。いや、それ以上に精霊を脅威と、仇と謳っておきながら身近に
「それとも、わたくしにその身を
――――――狂三の言葉を耳にした瞬間、折紙の思考が沸騰したかのように熱を持ち真っ赤に染まる。自分が
「――――――!!」
ふざけるな。精霊は世界の敵だ。精霊は人類の敵だ。自分から全てを奪った――――――殺すべき災厄だ。殺意という名の感情が折紙の全身を満たし力を与える。折紙を拘束していた影からの手が、ほんの少しだが押し返され軋みを上げた。
さっきまで抵抗すらままならなかった折紙のその姿に、狂三も紅い瞳を僅かに揺らし驚きを露わにする。更に自身を睨みつける折紙の〝瞳〟を見つめると、何か
「ああ、あなた――――――わたくしと同じですのね」
殺意と、その身を焦がし続けて尚足りぬ憤怒。それを鏡写しのように瞳が語る。〝それ〟を殺さねばならない。〝それ〟を消さねばならない。なぜならそれが自分が生きる全てだから。二人の違いは、その始まりを〝なかったこと〟に出来るか出来ないか、それだけだ。
突如、折紙を拘束していた手がスルりと影へ消えた。
「っ……けほっ、けほっ…………どういう、意味……!」
拘束を解かれ、必要以上の力を使ったのもありその場に倒れ込み咳き込んだ折紙は、それでも力を振り絞って彼女を見下ろす狂三へ必死で言葉を投げかける。が、狂三はそれに応じることなく踵を返してこの場から立ち去ろとする。
「待っ――――」
「気が変わりましたの。今は見逃して差し上げます。……一つ、ご忠告して差し上げますわ。〝目的〟を果たしたいのであれば、あまり無茶なことはなされない方がよろしいですわ」
「っ……!!」
「まあ、わたくしも人の事は言えませんし、折紙さんが素直に聞き入れるとは思いませんけれど」
精霊に見逃され、あまつさえ助言にも等しい言葉で見下される。屈辱のあまり、再びその身が熱を帯びる。その感情に反して折紙の身体は動く事すらままならない。
――――弱い。精霊を殺すと、己のような人をもう出させたくないと誓ったのに、この身はあまりにも弱かった。
「――――あなたは、何が目的……!」
意識すら朦朧とする中、折紙が狂三の背へ言葉を投げかける。階段を下りていた狂三にその掠れるような声が届いたのか、ピタリと足を止め振り返る。振り返る最中、彼女の左目を隠す髪が揺れ、一瞬だがその瞳が折紙の目に止まる。
否、それは瞳と呼べるものではなかった。黄金の羅針盤。十二の文字とそれを指し示す二本の針。〝時〟を数える、その名の如く〝時計〟そのものであった。
「目的……そう、ですわねぇ」
別に、教えたところで彼女にどうにか出来るものでもないので、狂三は気まぐれに教えてやるつもりだった。
だが、膝をつき肩で息をする折紙の〝容姿〟を見て、ふと
「――――あなたには、教えて差し上げませんわ」
その言葉に驚いたのは聞き届けた折紙ではなく、他ならぬ
唇を引き結んで、狂三は今度こそ引き留められることも無く、身を翻し階段を早足に下りて行く。まるで、動揺した自分を振り切るように。
――――一瞬、自身の内から芽生えたその感情から、目を背けるように。
12話にしてやっと開戦の合図もとい決め台詞入りました。決意の主人公と揺れるヒロイン。はたして狂三は何を思ってしまったのか。
完結までに到達出来たら嬉しいなーと思っていたお気に入り200件が先日到達致しました。これも皆様のお陰ですありがとうございます!やったー!
感想、評価は勿論のこと誤字報告も大変助かっています自分だと全然分からないものですね…。変わらず感想、評価、誤字報告などお待ちしております!