デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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EX・Ⅱ『とあるデートの記録』

「こら琴里。あんまりお菓子ばっかり食べるなって言ってるだろ」

 

「えー。お菓子ばっかりじゃないもーん。さっきちゃんと朝ごはん食べたもーん」

 

「だから駄目なんだろ……」

 

 兄貴が忙しなく掃除をしているというのに、妹はソファの上で転がりチュッパチャプスを舐めながらテレビ観賞とは、何ともまあ平和なご身分だと士道は掃除機の持ち手に顎を乗せため息を吐いた。

 

「程々にしておけよ」

 

「はーい」

 

 返事だけは元気な我が妹だと士道は苦笑を浮かべる。

 とは言うものの、それは形だけのため息でありリラックスできている妹を見て安心している気持ちの方が大きい。

 今は白いリボンで休日を満喫している琴里も、黒いリボンになれば一転して〈ラタトスク〉の司令官。こんな日くらいは、休ませてやるのが兄としての勤めだろう。

 こんな日くらい、という表現に嘘偽りはない。かなり珍しいことなのだが、本日の五河家には士道と琴里だけしかいない。いつもなら精霊たちが何人も遊びに来るのが通例となっているのだが、今日は全員がそれぞれ予定があったり、誰かと遊びに出かけたりと朝から留守にしていた。

 

「ま、たまにはこんな日もいいか」

 

 みんなと過ごす時間は好きだが、たまには以前のように妹と二人で過ごすのも良い。結局、夕方頃にはみんな何してるかなと意識してしまうのかもしれないが。

 と、一通りの掃除を終えた士道の耳に、ピンポーンという家の呼び鈴が届いた。

 

「はーい」

 

 はて、何か宅配でも頼んでいただろうか。早足に玄関の前へ行き、扉を開けて――――ぱちぱちと目を何度か瞬かせた。

 

「……狂三?」

 

 モノトーンのドレスに身を包み、肩口で結われた黒髪。宝石のような煌めきを持つ紅い瞳と、長い前髪に隠された羅針盤の瞳。

 誰かなど、見間違える者がいるはずもない。初めに出会った精霊でありながら、士道に霊力を封印されていない精霊。

 そして、士道が愛する(・・・・・・)者。時崎狂三が開け放たれた扉の前に立っていた。

 

「どうしたんだ、こんな朝早くから。何か――――――」

 

「士道さん」

 

 にこり。可憐に笑う狂三に、士道は心臓の鼓動がより一層跳ね上がるのを感じた。

 言葉を遮るように放たれた名から、狂三は続けて発する。

 

「――――今から、デートをいたしませんこと?」

 

「……デート?」

 

「はい。デート、ですわ」

 

 にこにこと両手を合わせ、ハッキリとした声色で呆気に取られた士道の声に言葉を返す狂三。

 デート、デート……デート。親しい男女が日時を決めて会うこと。その約束。又は約束自体の中身をデートと呼ぶ。

 士道の脳内本棚の知識に間違いがなければ、語弊なく狂三の提案と合っていると思われる。

 

「そりゃ、別にするのは構わないけど……」

 

「まあ、本当ですの?」

 

 正直、条件反射で答えてしまった感は否めない。考えるより先に、狂三とのデートなら受けない理由がないと士道の頭が勝手に判断したというかなんというか。

 嬉しそうに花咲く微笑みを作った狂三に、士道は照れながら頬をぽりぽりとかいて、なんてことないように告げる。

 

「ここで嘘を言う理由ないだろ。知っての通り、俺は嘘が得意じゃないんだ。ちょっと待っててくれ」

 

 一言残し、急いで自分の部屋へ行き必要なものを掴み取る。

 幸い、いつでも外出はできる服装をしていたので何とか体裁は保てる状態だろう。本音を言えばカッコをつけて行きたいのだが、狂三を長く待たせるわけにも行かない。

 チャイムに応じた時よりも早めの足でリビングに入り、ソファから顔を出した琴里がそんな士道を不思議そうな目で見ていた。

 

「おー、どうしたおにーちゃん。そんなに慌てて」

 

「悪い琴里。狂三とデートすることになったから、ちょっと出かけてくる」

 

「へ?」

 

 返事を待たず、じゃあそういうことだからと士道は玄関へ戻る。

 

「待たせたな、狂三」

 

「いえ、いえ。さあ、早く参りましょう士道さん」

 

「わっ、と……」

 

 ポーズで待ってないと言っていた気がするが、弾むように士道の腕に組み付き、先へ先へと歩き出してしまうものだから士道も慌てて足並みを揃えた。

 寄り添う身体が、狂三の柔らかい感触を伝えてくる。加えて、仄かに香水と思われる芳香が士道の鼻腔をくすぐり、朝から大変心臓に悪い――――本当は、悪いとは思わないし、良い意味での心臓負担だと、士道は赤く染った頬を狂三から隠しながら彼女に合わせたペースで歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……今日はやけに急ね」

 

 リビングから去り、玄関の扉が閉められるてから数秒後、士道の妹、五河琴里は探るような声色で一人言葉を発した。

 口に転がるチュッパチャプスに変わりはないが、揃えられたツインテールのリボンは白から黒に変化している。

 マインドセットをかけた琴里は、急な来客と消えた士道と、その来客者について思案する。

 狂三の行動自体に疑問はない。何せ、彼女は士道を徹底的にデレさせると公言している。士道をデートに誘うこと自体に、そう違和感は持てない。

 が、如何せん急すぎると思ったのだ。あれでいて、時崎狂三という少女の性根は常識人だと琴里は考えている。士道が如何に時間を余らせている日とはいえ、こうも急に連れ出そうとするのは琴里に微かな疑問を覚えさせた。

 

「ま、ここで考えても仕方ないか」

 

 琴里一人で思案していたところで始まらない。一先ずは、精霊とのデートということで〈ラタトスク〉として動くのが正解だろう。

 ソファから起き上がり、端末を手に取ろうとした――――ところで、ピンポーンと家の呼び鈴が鳴る。

 

「? はーい」

 

 はて、次は誰だろうか。今度こそ宅配便かもしれないと、琴里は自分しかいないため早足で玄関へ向かい、その扉を開けた。

 

「…………狂三?」

 

 そして、目をぱちくりと丸くしながら訪問者の名を疑問符をつけて呼ぶ。

 名を呼ばれた少女――――時崎狂三は、ぺこりと頭を下げて声を発した。

 

「おはようございます、琴里さん。このような時間から大変失礼なのですが、士道さんはいらっしゃいますか?」

 

「え? 士道なら今あなたと――――――」

 

 そこまで言って、たった今起きた出来事と士道が外出した出来事を比べる。

 士道が狂三と歩いて消えて行ったと思われる方角を指差し、今度は狂三を指差す。それをもう一度ほど繰り返し、琴里は間違っている(・・・・・・)と思われる回答を提示した。

 

「一応、そうだと嬉しい方を先に質問するんだけど……あなたが分身(・・)ってこと、ないわよね?」

 

「……残念ながら(・・・・・)、ありませんわ」

 

 困った様子で目を伏せ、答えを提示した狂三を見て、琴里はまあ、そうよね、と意識する暇もなく息を吐く。

 

 士道を連れ出したのが分身で、琴里の目の前にいるのが本体。だとすると、琴里が言えることは一つだ。

 

 

「――――――面倒事よね?」

 

「琴里さんの察しが良くて、わたくし嬉しいですわ」

 

 

 休日返上、決定。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そういや、狂三。デートって具体的にどこか行く予定はあるのか?」

 

 幾らか歩き始めて、商店街に差し掛かり一通りも増えたところで、士道は狂三にそう問いかけた。

 

「ええ……と言いたいところなのですが、恥ずかしながら何も決めていませんの」

 

「へぇ。狂三にしては珍しいな」

 

 突然誘われたのだから、何かしら行きたい場所があるのかと思っていたが、そういうわけではないらしい。

 計画性がありそうな狂三にしては珍しい、と思ってそう言葉にした士道に、狂三は眉を下げて声を返した。

 

「申し訳ございません。ふと、士道さんに会いたくなってしまったのですわ」

 

「謝ることじゃないさ。会いたくなったって言ってくれるだけで、男は嬉しいもんさ」

 

「まあお上手。ふふっ、たまには気の向くままに参りましょうか」

 

「ああ」

 

 計画性がある行動も悪くないが、狂三の言うように突発的な道行きもまた遊びの醍醐味だろう。

 狂三にしては珍しいと思いはしたものの、気まぐれなお嬢様としての面も持ち合わせる彼女なら特別、不思議なことではない。狂三がしたいというなら、付き合うのが士道のやり方だ。

 しかし、ふと狂三が足を止める――――いつか見た(・・・・・)微笑を浮かべ、ぺろりと唇を舐めながら、狂三は士道を見やる。

 

 

「――――あぁ、あぁ。本当に、美味しそう……ですわねぇ」

 

 

 それは、ゾッとするほど艶やかで、気が狂いそうになるほど、蠱惑的な魔性を感じさせる微笑みだった。

 時崎狂三とは、そういう存在だと正面から知らしめる。そんな風な微笑みに――――――

 

「……あんまり買い食いは良くないぞ」

 

 ぽんぽん。と、士道は彼女に取られていないもう片方の手で、狂三の頭を軽く撫でながら戒めた。

 士道の対応に目を丸くする狂三だったが、すぐ拗ねたように膨れっ面を見せる。

 

「もうっ、士道さんはからかい甲斐がありませんわ」

 

「可愛い可愛いお嬢様のお陰で、鍛えられてますから」

 

 得意気に笑いかけると、それがまた面白くないのか狂三はぷくっと可愛らしく頬を膨らませることをやめない。

 また違う形だったり、士道が狂三を警戒する人間だったのなら、相応に怖がったかもしれないが、生憎と狂三に心の底から狂っている士道にその手のからかいは通用しないと言っていい。

 そもそも、狂三がその気になれば士道の首はいつでも胴体からさようならだ。これくらい肝が座っていなければ、狂三をデレさせることだってできはしない。

 

「けど、本当に美味しそうですわよ。未知の森から取れたフルーツを使ったデザートだそうですわ」

 

「……いや。駄目だろ、いろいろと」

 

 そんな人体に影響を及ぼしそうなデザートを、こんなそこらの商店街で売らないでほしい。今すぐ撤去を求める嘆願書を募るか、〈ラタトスク〉に言って調べてもらうかしたい士道だった。

 ちょっと残念そうに店を見る狂三を半ば引きずりながら、士道はさっさと商店街を脱出する。

 

「――――よぉ、五河じゃないか」

 

「ん? ああ、殿町か」

 

 と、曲がり角を出た辺りで士道は意外……というわけでもない人物と遭遇した。

 殿町宏人。士道の学友で腐れ縁の一人だ。今日は休日ということもあり、街を出歩けば出会うこともあるだろうというタイミングだった。

 

「今日はどうした五河。一人寂しく遊びに出ているなら、この殿町様が――――――」

 

 手を上げて近寄ってきた殿町が、そこでピタリと動きを止めた。

 はて、と思い首を傾げた士道だったが、発言でおかしな部分があったことを思い起こす。どうやら、士道しか見えない位置から接近していたことで、狂三のことが見えていなかったようだ。

 

「あら。士道さんのご学友の殿町さん……でしたかしら」

 

 ちょうど、狂三がひょこっと士道の影から顔を出したことで、殿町にもハッキリと彼女の顔が見えたのだろう。更に身体が固まったのを見て、士道は訝しげに声をかける。

 

「おい、どうかしたのか殿町」

 

「――――どうかしたのか、じゃねぇだろ!!」

 

「おぉう」

 

 何かちょっと怒りを感じさせる爆発の仕方をした殿町に、さり気なく狂三を自身の背にやりながら一歩引く。

 

「なんだよいきなり」

 

「お前はなんでそんなに冷静なんだ!? くっ、一体いつの間に時崎さんと……十香ちゃん達だけに飽き足らず、このラブルジョワめ!!」

 

「ラ……な、なんだって?」

 

「とぼけるなぁ!! くぅ、どうして五河ばかり……しかし!! 俺にも彼女はいるぞ!! 画面の向こう側にな!!」

 

 それはいる判定に入るのだろうか? 琴里の部下の中津川辺りに聞けば、熱い答えが返ってきそうな案件だった。ちなみに、聞けば優に小一時間は取られる危険があるため、聞く気は毛頭ない。

 とにかく、発狂し始めた殿町に付き合っていては、狂三が誘ってくれたデートの時間が減ってしまう。それだけは避けたいと、士道は適当に言葉を発した。

 

「……何もないなら、俺たちはそろそろ行くからな」

 

「ぐぬぬぬ、勝者の余裕か五河ァ!!」

 

「おうそうだ。デートだぞ、羨ましいか」

 

 なおも引き留めようとする殿町に、もう何か面倒くさくなって条件反射で返してしまった。

 ちなみにこれは、割と真面目な本音である。いつもなら絶対に言わないことなのだが、殿町を大人しくさせるにはこのくらいハッキリと言った方が良いと思った、のだが。

 

「な……五河が事実を認めただと!?」

 

「おい」

 

 認めたら認めたで面倒くさい返しをしやがってと、士道は髪をくしゃくしゃとかく。

 

「馬鹿な……あれだけのハーレムを形成しておきながら、決して自分からは認めようとはしなかった五河が!?」

 

「誤解を招く言い方はやめろっ!!」

 

 狂三もいるのになんてことを言うのだこの友人は。

 確かに士道の周りには世界有数の美少女ばかりが集うが、それは士道が意図しているわけではなく精霊を救おうとした結果、そうなっただけである。文句なら、精霊の皆をあんな美少女で生み出した神様とやらに言ってほしいものだった。

 とはいえ、殿町の言う通り士道はこのことに関してはお茶を濁していたのは否定できないし、狂三との関係を知らない人に言うのは少し判断を間違えたかと今になって冷や汗をかいていると……ビッ、と殿町が何かの紙を二枚見せつけるように士道の眼前に突きつけた。

 

「な、なんだよこれ」

 

「ふっ……何も言わずに受け取るがいい五河よ。それだけの覚悟があるならな!!」

 

「受け取る前に押し付けてきてるじゃねぇか」

 

 グイグイと押し付けるようにしてくるものだから、士道も受け取らざるを得なくなった。

 中身を確認すると……何やら、どこかの遊園地のチケットのようなものだった。

 

「お前がそれほどの覚悟を決めたなら、見知らぬ人から貰ったこれで、陰ながら支援させてもらおう!!」

 

「全然陰ながらじゃないけどな」

 

「グッドラック、五河――――全然羨ましくなんてないんだからなぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 言うだけ言って、ひたすら叫んで、殿町宏人は駆け抜けて行った。周りの人が怪訝な顔で走る殿町を見るが、全く気にすることなく泣き叫びながら走り去っていった。

 職質されなきゃいいけどな、と適当な心配をしている士道の後ろから、ひょっこり出てきた狂三が立ち去った殿町を楽しげな顔で眺めた。

 

「あら、あら。愉快な方でしたわねぇ」

 

「いや、ただの馬鹿だよ。良い奴だけどな」

 

 親しい仲にも礼儀ありとは言うが、殿町との間には礼儀も何もあったものじゃないなと士道は半目で手にしたチケットを見た。

 『天宮ユートピア』。なんというか、安直な名前だなぁと感想を抱く。紙上のデザインなどから察するに、どうやら遊園地のチケットのようだが――――――誰かしらの意図を、感じざるを得ない中身だ。

 

 とは、言うものの。

 

「…………」

 

 じーっとチケットを見つめるお嬢様を見てしまっては、次に士道が言うべきことはこのありがたい支援にあやからせてもらうことだろう。

 

「せっかくだし、行ってみるか?」

 

「……!!」

 

 首を前に倒し、キラキラとした目で喜びを顕にする狂三を見て、士道は迷わず微笑ましさを顔に浮かべ、じゃあ行くかと彼女の手を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……琴里さん。『わたくし』の支援をしてどうしますの」

 

「あ、ごめん。つい癖で」

 

「ワーカーホリックでは?」

 

 失礼な。これでもうら若き乙女にして中学生、五河琴里は青春を謳歌している。そんな働きすぎだなんて…………もしかして、あるのだろうか?

 いやいや。最近は肩が異様にこるだとかストレスで暴食が増えているだとか、そんなことはないはずだ。何かちょっと心配そうな顔をする狂三に、琴里は半笑いで声を発した。

 

「とにかく私達も行きましょ。尾行のために遊園地に入らなきゃならないわ。あくまで、尾行のために」

 

「……尾行と言う割には、そちらがオマケのように感じますわねぇ」

 

 そんなことはない。これも司令官として立派な責務だ。決して、新しくできたテーマパークへいつの日か士道と行くための視察とかそういう私情ではない。ないったらないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!?」

 

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 ジェットコースター時の悲鳴。なお、写真に写った士道の顔は恐怖で引き攣っていたが、狂三は大変に楽しそうな笑顔だった。何よりである。

 

「どうしてゾンビしかいねぇんだよこのお化け屋敷は!?」

 

「きゃー、士道さーん、こわいですわー」

 

「怖いって顔してなくないか!?」

 

 押し寄せるゾンビの大群から狂三の手を引いて逃げる時の会話。

 なお、これもまた大変楽しそうな笑顔だった。幸せである。

 

「……コーヒーカップは普通なんだな」

 

「うふふっ。これが楽しいのではありませんの」

 

 比較的落ち着いた回転を見せるコーヒーカップに乗りながら、士道は楽しげな狂三を見て穏やかに微笑んだ。

 ジェットコースターはジェットコンバットかという勢いでの急降下やループでのスリル満点。

 お化け屋敷は、何故か大量のゾンビが押し寄せてくるニッチな仕様だった。ちなみに、どうやら不死身のゾンビという設定で、ゴールに辿り着くと不死身の抗体を打ち消せるプログラムが手に入るらしい。ただのお化け屋敷にしては随分凝った設定だなと、士道はゴールで呆れ返っていた。

 

「てか、飛べるのにジェットコースターは楽しかったのか……?」

 

「飛べることと、人の作ったアトラクションはまた違いますことよ。それを仰るなら、士道さんも飛んだ経験があるのですから、違いがわかるのではなくて?」

 

「俺は狂三に抱えられてることの方が多いからな……まあ、狂三と一緒にいられるのが嬉しいのは同じだから、そこは変わらないか」

 

 自分で飛ぶより抱えられることの方が多い士道は、どちらかと言えばジェットコースター自体より狂三と一緒に乗ったという事実の方が楽しめた。

 素面でそう言った士道だったが、ふと見ると何やら顔を赤くしている狂三に首を傾げる。

 

「どうかしたか?」

 

「……士道さん、たまに天然たらしですわ。女を泣かせるタイプですわ」

 

「たら……いや、せめて正直って言ってくれないか?」

 

 狂三に言われるとちょっと傷つく。士道だって、誰でもこういうことを言うわけではなく、親しい仲で本当にそう思っているから言ったのだ。

 まあ、少しばかりキザっぽかったかなと恥ずかしくなったりはするのだが。

 

「あら、あら。精霊さんを何十人と口説いたお方が謙虚ですわねぇ」

 

「何十人は口説いてないよ!?」

 

「『わたくし』を含めれば百はくだらないと思いますけれど」

 

「確かにそうだけど人を節操なしみたいに言うなよ!!」

 

 そんなこんなで冗談を飛ばし合いながら、士道は狂三と次から次へとアトラクションを堪能していく。

 以前、琴里と遊園地で遊んだ時も思ったのだが、この歳になってまさか遊園地でこんなにもはしゃぐことができるとは思いもしなかった――――いや、少し違うか。

 早足に駆けて、士道を急かすように狂三が振り向く。

 

「士道さん。早くいらしてくださいまし」

 

「はは。そんなに急がなくても逃げないって」

 

 ――――彼女たちが楽しそうにしているのが、士道は心から好きなのだ。

 だから、自分も楽しい。限られた時間の中で、それは士道の心に強く残る思い出だ。

 

 

 

「ん……美味いな、このアイス」

 

「ええ。お値段の割に、満足いくクオリティですわ」

 

 軽く腹ごしらえにと、露店からカップに入ったアイスを購入してみたのだが、これがまた美味い。意外な発見だった……『バニラブリザード』味やら、『ストロベリーマグマ』味やら、何だかヘンテコな名前のアイスではあったが、味は確かなようだ。

 スプーンですくい上げ、舌にひんやりと広がる感覚に舌鼓を打っていると、狂三がすくい上げたアイスをじーっと見つめていた。

 

「? どうした、狂三」

 

「――――士道さん。はい、あーん」

 

「……!!」

 

 瞬間、士道の脳内に衝撃が走った。あーん。と、差し出されたスプーン。言うまでもなく、男の夢だ。誰が否定できようか。誰にも否定はさせはしない。

 揶揄うように微笑んだ狂三の顔が士道の視界に広がっている――――――だから、士道に躊躇いはなかった。

 

「ああ、さんきゅ。あーん」

 

「……っ!!」

 

 ぱくりと、一口。既に狂三が口にしたスプーンを含み、舌に広がる新たな冷たさと甘味に刺激され――――――感じだ言いようのない快感は、ちょっと、神無月さんを笑えないかもしれない、なんて士道は内心で自分に苦笑した。

 ペロリと一口平らげて、動揺で顔を赤くした狂三をニヤリと見やる。

 

「ご馳走様。お返しに俺のもいるか? ――――――間接キスになるけど」

 

「な……っ!?」

 

 ぼふんとトマトもかくやという熱を帯びる狂三に、ちょっと虐めすぎたかな……と思いつつ、スプーンを差し出す手が止まらない士道だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

「言っておくけど、あなた達はアレよりすごいわよ」

 

「いえ、わかっていますわ。わかっているのですが……」

 

 わかっているのと、認めるのはまた別の力がいるのだろう。

 幾つもアトラクションを乗り継いでいく士道と『狂三』を監視しながら、琴里は何とも言えない顔の狂三に難儀なことだとため息を吐く。

 

「大体、どうして分身(・・)が士道のところに来たのよ」

 

 この行動の根幹を成す部分。あちらにいるのが分身で、琴里と行動しているのが本体。であるならば、本体の意図しない範囲で分身が行動を起こしているということになる。

 問いかけを受けた狂三は、ふと冷たく瞳を細めた。

 

「さあ? わたくしに三行半を差し出して飛び出した『わたくし』がいる、と他の分身から報告があっただけで、あの子が何を考えているかなど知りませんわ――――――ただ、わたくしの意にそぐわない分身体を、放置するわけには参りませんわ。それが士道さんと関わるものなら、尚更」

 

 彼女の言わんとしていることを察して、琴里は微かに眉根を寄せた。

 『時崎狂三』という記号からの別離。過去の履歴から切り離された狂三が『狂三』という個体である。

 それは、狂三でありながら狂三とは別の意思を持つ者。同時に、時崎狂三(オリジナル)の考えから大きく乖離することはない。何故なら、彼女たちもまた『時崎狂三』だからだ。故に、崩れない団体行動が可能であり――――何かしらの要因で、そうでなくなった個体の末路など、想像に容易い。

 

「じゃあ、あなたはあの分身をどうしたいの?」

 

「…………」

 

 問いかけの答えは、沈黙。想像することが楽な結末を、この狂三が選ぶのかどうか。少なくとも、琴里には予知できる力などない。

 自分自身が何人もいる感覚など、それこそ狂三にしかわからないものだろう。難儀な話だと、琴里は手にしたソフトクリームを口に運んだ。

 

「あ、このソフトクリーム、美味しいわね」

 

「本当ですの? でしたら、わたくしの天下メロン味と一口交換いたしましょう」

 

「……買う時も思ったけど、変な名前ねぇ」

 

 まあ、琴里の手にした『花道オレンジ』味も大概だとは思うが。

 そんなこんなで、琴里たちは琴里たちで遊園地をエンジョイしていた。

 

 時刻は、夕暮れ時。終わりの時は、刻一刻と迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 楽しい時間というものこそ、あっという間に過ぎていってしまう。

 

「士道さん。わたくし、次はあれに乗りたいですわ」

 

 幾つも幾つもアミューズメントを楽しんで、いつしか夕暮れまで見えてきたところで、狂三が一段と大きく見える観覧車を指さしてそう言った。

 もちろん、士道は「はい、はい。お嬢様」と二つ返事での了承だ。元々、一人で乗るものではないのもあって、他のアトラクションより待ち時間は短めだった。

 

 

「――――見てくださいまし士道さん。景色がとても綺麗ですわ」

 

「ああ。夕暮れ時ってのも、良い味を出してるな」

 

 観覧車から絶景となる景色を見下ろし、目を開いて溢れんばかりの笑顔でいる狂三――――士道からすれば、彼女の方が景色より見惚れるくらい美しいものだった。

 そんな自分の考えに思わず苦笑する。口を開けば狂三、狂三。口説き文句は狂三を相手に。ほとほと、恐ろしい狂い方をしたものだと。

 

 

「士道さん――――人は、死した時どこへ逝くのでしょう?」

 

 

 その、時だ。狂三が物思いに耽るような顔で、それを口にしたのは。

 

「狂三?」

 

「天に向かう? 地に向かう? それとも、その先には何もないのでしょうか? 如何な『わたくし』と言えど、消えていった者達の声はわかりかねますわ。少なくとも、わたくしたちは地獄へ堕ちると思っていますけれど」

 

「……死にかけたことは何度かあるけど、死んだ後のことは考えたこともなかったな」

 

 人の生き死に過敏になる人生など、今の常識的な高校生ではそうありはしない。五河士道は……弁護のしがいもなく、過敏な人生を送ってしまっているが。

 人は死んだらどこへ向かうのか。それは、わからない。けど、消えてしまった人がいる――――士道は、絶対に忘れないと誓った。

 

 

「死の先に何があるのかは、わからない。けど……俺は、覚えてる。誰一人、忘れたりしない――――――お前たちのことも」

 

「っ……地獄に堕ちるわたくしたちを、それでも?」

 

「仮にそうなったとして、俺が絶対に連れ戻す。狂三が行くところは、俺の場所だけだ――――――そもそも、行かせないけどな」

 

 

 不敵に笑って、言葉を締めくくった。

 地獄があったとして、時崎狂三がそこへ堕ちるというなら、士道は何がなんでも連れ戻しに行く。誰一人、忘れてなんかやらないし、誰一人、楽にはさせてやらない。

 あまりに格好をつけすぎたためか、それとも士道の答えがおかしかったのか、狂三は困ったように微笑んだ。

 

「甘いお言葉ですわ。覚えているご自身がわたくしたちより先に死んでしまったら、どうなさいますの?」

 

「無謀な俺がそうならないために、狂三たちが守ってくれるんだろ?」

 

「……勝手なお方ですわ」

 

「当たり前だろ。俺は勝手なんだ。みんなは優しいとか言うけど、好き勝手に世界を変えた人間が、そんな善人なわけないだろ。俺は悪いやつだから、お前のことだって絶対に忘れてなんかやらない」

 

 ふんぞり返って士道が言うと、狂三は堪えきれないと吹き出して笑う。

 

 

「きひひ!! そう言われてしまえば、返す言葉もございませんわ。何せ、稀代の殺人鬼と稀代のプレイボーイですものね。案外、堕ちる時は共に逝くことになるかもしれませんわね」

 

「そうなったらそうなったで、俺は笑ってると思うぜ――――――地獄の底だろうが、狂三が隣にいるなら俺にとっては天国の特等席みたいなもんさ」

 

 

 けれど、そうならないために。自分たちの世界をそうしないために。何よりも、士道は己自身の願望で狂三を救う。救いたいと願う。

 夕日のせいか、或いは、士道の浮ついた言葉がもたらした結果か。頬をほんのり赤く染めた狂三――――『狂三』が、悲しげに微笑んだ。

 

「ありがとうございました。士道さんとのデート、楽しかったですわ。わたくしの……一生の思い出です」

 

「……俺もだよ。ていうか、今日で終わりみたいな言い方しないでくれよ。お前が不安になったら、いつだってデートの一つや二つしてやるからさ」

 

 『狂三』は静かに首を振るばかりで、士道の提案を受け取ろうとはしない。

 その意味を、『狂三』の視線の先が指し示している。

 ゴンドラが地上へ近づく。夜が近づき、人もまばらな出入口付近――――――もう一人の時崎狂三が、待っていた。

 

 

 

 

 

「……随分と勝手をしてくれましたわね。覚悟はできていまして?」

 

 ゴンドラを降りると、憮然とした顔の狂三が腕を組んで士道たちを……否、『狂三』を待ち構えていた。見れば、狂三の後ろには琴里までいる。

 

「…………」

 

 どうするのか。そう、琴里の視線が訴えかけている――――――士道は、何もしなかった(・・・・・・・)

 『狂三』が狂三の前へ一歩近づき、手を前で組んでその身をさらけ出した。祈りの前の修道女か、或いは罪を認めた罪人か。

 

「ええ、もちろん。秩序を欠いた群体に待つのは破滅のみ。それに、臆病風に吹かれた(・・・・・・・・)『わたくし』など、もはや使い物にならない弱く、脆い存在――――――一思いに、終わらせてくださいまし」

 

「…………ふぅ」

 

 短く、息を切る音が大きく響いた、気がした。

 秩序を欠いた群体に待つのは、破滅のみ。時崎狂三(オリジナル)に忠実に従うからこそ、『狂三』という軍団は驚異的な力を発揮する。

 何より、『時崎狂三』は狂三の弱さ(・・)を強く否定する存在。自己の弱さが出た『狂三』を許せない――――――けれど、それは。

 

「――――帰りますわよ」

 

 少し前までの、『時崎狂三』だ。

 憮然としながら、しかし仕方ないと息を吐いて狂三は背を向けて歩き始めた。

 目を見開いて呆気に取られた『狂三』が、慌てたように狂三を引き止める。

 

「わ、『わたくし』? 一体、何を……」

 

「士道さんの手を煩わせた挙句、これ以上わたくしにまで手を焼かせないでくださいまし。やることが山積みなのですから、さっさと役割に戻りなさいな。その頭、わたくしと同じ物が存在しているのでしょう?」

 

「で、ですが……っ」

 

「――――あなたの行動を許したわけではありませんわ。けれど、今のわたくしには余分な労力を割く理由がありませんの。精々、士道さんに感謝することですわね」

 

 流し目で士道を見る狂三に釣られ、『狂三』までも士道を驚いた目で見やる。

 見られながら、士道は髪をかき上げて困った顔で声を発した。

 

「俺は別に、そういうつもりで言ったんじゃないんだけどなぁ」

 

「あなた様の意思はどうあれ、『わたくし』の心に届いたのは事実ですわ――――――届いていなければ、本当に撃ち殺して差し上げるつもりでしたけれど」

 

 言って、凄絶な微笑みを浮かべる狂三を見て琴里がうげっ、と言わんばかりの顔で引いている。

 士道はただ、『狂三』が何か思い詰めているような、そんな気がしたから士道なりに精一杯答えただけだ。

 

 だって、士道にとって、彼女もまた『時崎狂三』なのだから。

 

「お前の力になれたなら嬉しいよ。また何かあったら、『狂三』たちの力になるって伝えといてくれ」

 

「……堂々と浮気宣言とは、やりますわね士道さん」

 

「えっ。これも浮気になるのか?」

 

 精霊が良くて『狂三』が駄目なのか、と愕然とする士道を見て狂三がくすくすと笑う。どうやら、狂三なりのジョークらしい……ジョーク、だといいなぁ。

 そうして、くるりとターンした狂三が足を揃え、スカートを摘んで今度こそ別れの礼を尽くす。

 

「それでは、ごきげんよう。士道さん、琴里さん。本日の礼は、また近いうちにお伺いいたしますわ」

 

「いいよ……って言いたいところだけど、是非受け取らせてくれ――――――お前に会えるなら、大歓迎だ」

 

「ふふっ、本当にお上手になられましたこと――――――」

 

 すると、急に狂三が指を自身の唇に当てる。淡紅の唇が僅かに隠れたのは一瞬で。

 

 

「愛していますわ、士道さん」

 

「っ!?」

 

 

 チュッ、と投げキッスをしながら、狂三は身体を翻しあっさりと去っていった。呆気に取られていた『狂三』も、慌てて士道と琴里に頭を下げて走り去った。

 残されたのは士道の元へ歩いてくる琴里と、あーっと顔を隠してへたり込む士道だけ。

 

「……今のは、ズルくないか?」

 

「最後の最後で、一本取られたわねぇ」

 

 いくらなんでも、可愛いがすぎる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ねぇ士道」

 

「んー?」

 

 エプロンを着けて、料理の味見をしながら返事をする士道の姿は、とてもではないが先程まで『最悪の精霊』と世間で称される精霊とデートしていた男とは思えない。

 自然体な士道の魅力もわかるが、狂三相手に自然体でアレをやれるのは相当精神が強く鍛えられたなと、この一年での感慨深さと僅かな後悔を感じてしまう。

 

「もしかして、わかってたの? 狂三があの分身を処分する気がなかったって」

 

「まぁな。今の狂三なら心配ないって信じてた」

 

 調理器具を扱い、話しながらだというのに着々と夕食の準備を進める士道を見ながら、琴里はふーんとチュッパチャプスの棒をピンッと立てた。それは、まだ琴里の中で納得しかねる思いがある証明なのかもしれない。

 正直な話、琴里は士道の性格ならあの時点で狂三の説得に入ると思っていた。だから、静観を選んだ彼の選択は琴里に驚愕をもたらしたのは言うまでもない。

 

「どうしてそう思ったのよ」

 

「……狂三は、さ。自分のこと、好きじゃないだろ?」

 

「っ……そうね」

 

 自らのことではないのに、琴里は息を詰まらせた。

 自分が好きではない。七罪のような自己の否定とはまた違う。狂三は、己の容姿を客観視して最大限に活用できる術を知っている。もっと深く、根深いそれは恐らく――――――狂三の過去(・・)に纏わるものだ。

 

「どんな分身だとしても、『狂三』は狂三なんだ。理屈じゃなくて、本質的にさ」

 

「…………」

 

「だから、狂三が普段言えないこと。狂三が奥底に隠したこと。そういうのが言える〝時間〟から切り離された奴もいるんだと思う。ほんの一瞬、刹那の〝時間〟から生まれた『狂三』がさ」

 

 過去の履歴。狂三が生きてきた存在証明。それらから切り取られた分身。己であって、己の意思でありながら、それでいて己の意思に反する己自身。

 言わんとしていることは理解できる。琴里は士道の言葉に声を返す。

 

「……それが、今日あなたが会った子だってこと?」

 

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。でも、狂三はそういう時崎狂三(自分の迷い)を〝弱さ〟って言って捨てたがってたのは確かだ。あいつは、世界っていう運命と戦うために自分の〝弱さ〟を認めるつもりが……いいや、認めたくなかったんだ」

 

「自分の〝弱さ〟と折り合いをつける気がない、か。潔癖がすぎるわね」

 

 思わず苦い顔をした琴里を見て、兄妹揃って感じることは同じなのか士道は悲しげな顔で言葉を続ける。

 

「自分自身と向き合うのは、大変なことなんだろうな。誰より優しくて、自分に厳しいから……自分がやってきたことへの言い訳をしない。だからこそ、自分で自分が許せなくなる」

 

 愚かな行為をしたのは自分だと。それ(過去)を精算するため、等しく愚かな行為を繰り返す時崎狂三の罪業。

 誰に許されるつもりもない。許されようとも思わない。許されるとは思っていない。そして、誰よりも自分自身を許さない。気高く、悲しい。

 

 きっと、士道を好いてしまうことにも想像を絶する葛藤があったのだろう。こんな自分が、そう思い続けていたのだろう。けど否定し切れなくて、世界を背負う狂三が同じくらい大きな想いを抱いてしまった。

 そんな思いを背負う狂三だからこそ、変われるものがある。

 

 

「あいつは、ずっと自分を許してないんだと思う。自分のこと、どこかで好きになれてないんだ――――――けど、俺や十香たちが狂三を好きだって気持ちは変わらない。それを狂三自身が知った今なら、少しずつでも自分のことを好きになってくれてるんじゃないか……そう思ったんだ」

 

 

 士道たちが認めてくれるなら、狂三は自らを少しでも許せるのかもしれない。

 自らの〝弱さ〟。自らの〝罪過〟。それらを分身として映し鏡のように見せつけられる狂三は、弱音を殺し続け、罪は自身を戒める鎖とした。

 弱さを認めてしまえば、歩けない。罪から目を背けてしまえば、狂三は狂三でなくなる。

 けど、今の狂三は独りじゃない(・・・・・・)。その罪を受け止めて、その弱さを優しさだと言ってくれる人たちがいる。まだ、彼女は全てを受け入れてはいないけど――――――自分の弱さを見て、受け入れられるくらいには、士道たちの影響を受けているということだ。

 そこまで言い切った士道が、熱く語りすぎたというように少し照れくさそうな笑みを浮かべ声を発する。

 

「って、結局は全部俺の想像でしかないんだけどな」

 

「いいじゃない。たとえそうじゃなかったとしても、いつか狂三がちゃんと全部の〝自分〟を受け止められるようになるくらい、士道がデレさせてやればいいんだから」

 

 弱い自分も、恐れを抱く自分も受け入れて、前へ進めるように。罪を背負いすぎるのではなく、罪を認めながら優しい狂三がちゃんと未来へ進めますようにと、琴里も願っている。

 願うだけでは叶わない。それを叶えるのが、〈ラタトスク〉の使命であり、士道の誓いというやつだろう。

 

「ああ。そうだな……『時崎狂三』を、絶対に助けよう」

 

 唇の端を上げて檄を飛ばすように言うと、目を丸くした士道が表情を引き締めて言葉と共に頷いた。まあ、エプロン姿では少し格好がつかないなと笑ってしまったが。

 

「……にしても、今日は士道の一人勝ちね。あんなに楽しんじゃうんだもの」

 

「そうか? 琴里たちも楽しそうにしてたと思うけどな」

 

「そ、そんなことないわよ!? あくまで私は士道が何かしでかさないかをね……」

 

 

「――――シドー!!」

 

 

 ダァンッ! と、士道と琴里が身体をびくつかせて力強く開け放たれた扉を見ると、声の想像通り十香が息を切らせながらリビングへ飛び込んできていた。

 

「お、おお。どうした十香。夕飯なら今できて――――――」

 

「そんなことはいいのだ!!」

 

「なん……ですって……っ!?」

 

 十香が、三度の飯より飯が好きな十香が、士道の夕飯をそんなことと言ったのか? などと愕然としている琴里を他所に、十香はゴソゴソとポケットを探り〈ラタトスク〉から支給された携帯端末をずいっと士道へ見せつけた。

 なんだなんだと訝しげな顔をしていた士道だったが、それを見てゲッと潰れたカエルのような声を出す。何事かと琴里も足早に覗き込むと――――――なんということでしょう。遊園地を背景に、狂三と仲良さげに腕を組む士道(・・・・・・・・・・・・・・)が映っているではありませんか。

 さっきまでの余裕の討議はどこへやら。汗をダラダラと流した士道が、震えている上に裏返った声で十香へ疑問を投げかけた。

 

「と、十香? これを一体どこで……?」

 

「亜衣たちが送ってきてくれたのだ!! ズルいぞシドー!! 今日、狂三とデートするなど言っていなかったではないか!! 私もシドーや狂三とデートがしたいぞ!! デートデートデート!!」

 

「お、落ち着け十香。これには深いわけがあってだな……」

 

 詰め寄る十香を両手で抑えていると、ドタドタとまた騒がしい足音が廊下から響いてくる。それも一人ではなく、複数人のものだ。

 

「――――議論。これはどういうことでしょうか、士道」

 

「我ら八舞の共有財産でありながら、無断で狂三と出かけるとはどういうつもりだ士道よ!!」

 

「増えたっ!?」

 

「あーん、だーりんずるいですよー。狂三さんとデートするなら私も呼んでくださいー!!」

 

「さらに増えた!?」

 

 どこから聞きつけてきたのか。情報源はどこなのか。まあ、人の交友関係というのは思った以上に深いものらしい。というか、琴里と狂三には気がついていたのに他の視線には気がついていないとは、何とも嬉しいのやら呆れるのやら。

 耶倶矢、夕弦、美九が十香と同じように携帯端末を手に詰め寄る光景を見ながら、琴里は微笑をこぼして一人安全圏でそれを眺める。この分では、まだまだ増えるだろうなぁなんてことを他人事のように思いながら。

 

「……ま、こんな騒ぎに狂三を巻き込めるくらいに頑張りなさいよ。稀代のプレイボーイさん?」

 

 それは、まだまだ先の話かもしれないが。どんなに格好をつけられるようになっても、女の子の前ではしょうがない兄だと琴里は笑いながら日常を見るのだった。

 

 

「た――――助けてくれよ琴里ぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――惜しいですわ」

 

 夜も更け始めた中、二人の少女が並んで歩く。こつこつ、こつこつ。足音も、外見も、瓜二つ。当然であるが故に必然。彼女たちはお互いが己自身なのだから。

 違いがあるといえば、その一人が発した言葉に呆れ返った声色で時崎狂三(オリジナル)が応じたことか。

 

「まだ何か企んでいますの? 忠告おきますけれど、次はありませんわよ。わたくしは脳で分身体(『わたくし』)は手足。今回は、あなたが戦えるだけの精神状態に戻ったからこその特例。脳に逆らう個体など、本来なら許しませんことよ」

 

「心得ていますわ。わたくしの命があることは、士道さんの慈悲のお陰――――――だからこそ、惜しいことをいたしましたわ。冥土の土産に、士道さんのキスの一つを盗んでいこうと画策していましたのに、あの方は全く隙をお見せにならないんですもの」

 

 悪びれもなく唇に指を当て残念そうに告げる『狂三』に対し、狂三は頭を抱えてこいつは……と言わんばかりの目線と共に声を返した。

 

「本気でやっていたら、死より残酷なことを『わたくし』にしなければならないところでしたわね」

 

「まあ、怖い怖い。けど、そんな士道さんを動揺させるだなんて、さすが『わたくし』ですわ」

 

 今日一日、『狂三』なりに士道を照れさせようと努力したつもりだったのだが、どうにも手応えが薄かったのだ。無論、反応がないわけではなかったが、それはあくまで時崎狂三という容姿や仕草に関して。狂三のように、士道を完全にノックアウトさせるまでには至らない。

 すると、あらあらと表情を微笑みに一変させた狂三が、勝ち誇るように言葉を紡いだ。

 

 

「当然、経験値が違いますわ――――――好意を伝えることを恥じているようでは、二流ですわね、『わたくし』」

 

「……!! きひひ、おみそれいしましたわ、『わたくし』」

 

 

 誰もが見惚れる微笑みを携えて、狂三がステップを踏みながら帰り道を歩んでいく。

 なるほど。それは、狂三が超えることのできなかった一線だ。大変勉強になった――――勉強代として、リンゴのように赤い『わたくし』の耳は、見えないことにしておこうと『狂三』は笑いながら狂三を追いかける。

 

 ああ、本当に。過去の『わたくし』が見たら、反吐が出るくらい甘く――――――優しい『わたくし』だ。

 

 

 

 

 

「ああそれと、『わたくしたち』が裁判の準備をしていますので、そちらは自分で何とかしてくださいまし。弁護はいたしませんわよ」

 

「きひっ!?」

 

 訂正。やっぱり『狂三』にはちょっと優しくない『わたくし』だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 光り輝くページに指を滑らせ、記録(・・)を収集する。世界の記憶であり、地球のあらゆる事象。永遠に等しい時間の中で、切り取られた刹那の一瞬。

 その記録は、世界という物語に大きな影響を及ぼすものではない。当然だ。時崎狂三(オリジナル)から切り離された個体の一が、神の創りし世界(ものがたり)を揺るがすことなどない――――――それでも、価値あるものだと少女は微笑みを浮かべた。

 

「――――あら、あら。楽しそうなことをしていらっしゃいますこと」

 

 と。気配を殺した(・・・)狂三が少女の肩に触れた。それによって、少女の閲覧していた記録がその狂三の中にも入り込んだのだろう。目を丸くして、少しばかり意地悪な微笑みを作る。

 

「……ふぅん。何かと思えば、あの時の騒ぎの記憶でしたのね。随分と臆病な『わたくし』ですが、分身体一人に大した力の入れようですこと」

 

「そう言えるのは、あなたがまた別の分身の一人だからでしょう。死への厭忌は、人として持っていて当たり前の感情です。それを失くした人は、もう人ではなく怪物ですよ」

 

分身体(『わたくし』)を人として定義するなら、ですわね」

 

「人でしょう。思考して、悩むことができるなら。五河士道はそう考えていますし、それを否定してしまえば狂三(オリジナル)さえも人ではなくなってしまう。残酷な言い方をするなら、代わりがいるかいないかの違いでしかない」

 

 死への恐怖とは、生きていることの証明に他ならない。死への感情が薄くなった生き物など、生きているとは言わない。ただ事象を観測し、どこにもいない存在へと成り下がるだけだ。

 死への恐怖があるうちは、或いは――――死にたい(・・・・)と思う心があるうちは、人であれ精霊であれ怪物ではない。そう、少なくとも少女は定義付けている。

 

「だから、近しい死の前に何かを残したいと願う彼女は、人として正しい生き方だと私は思っています。まあ、分身とはいえそのような考え方を狂三がしたのは、純粋な驚きですがね」

 

「その台詞はわたくしの物ですわ。本当に、驚くほど丸くなってしまいましたわね、『わたくし』は。わたくしであれば、あのように腑抜けて独断専行をした個体など、その胸を貫いて差し上げますのに」

 

「……私に悪夢を押し付けるようなことはやめてください」

 

「あら、ごめんあそばせ」

 

 くすくすと笑みをこぼす狂三からは、反省という二文字は感じられない。考えるだけで鳥肌が立つような行為を、言動で予期させるのは避けてほしいものだ。

 ただ、狂三が甘くなったということは同意する。それに異を唱えることはしないし、するつもりもない。少女とて、過去の磨り減った狂三のままでいて欲しいとは思っていなかったのだから。

 けれど、狂三の生き死にの価値観が常人のそれに落ち始めているのなら、彼女はそれを人にも向ける。向けられてしまう。そうなった時が、少女の心をざわつかせる。

 

 仮に、今以上に少女に踏み込んでくるのなら、それは――――――

 

「……私が考えるのは傲慢、か」

 

 それこそ、無駄だ。狂三は最後の一歩を踏み込むことはしない。できないのだ。彼女が〝悲願〟という最終目的を手放すことがない限り。

 ひたすらに矛盾を抱えた彼女は、それを諦めることなどできないのだから。

 

「如何なさいまして?」

 

「いいえ。あなたなら、どう転ぼうと躊躇いなく動いてくれると思ったまでですよ」

 

「……褒められていますの?」

 

「褒めていますよ。これ以上なく」

 

 そう言って少女は、納得がいかなそうな狂三を背にして再びページへと触れる。

 さて、次は如何なる旅の記録か。はたまた、なんてことのない日常の記録か。どちらにしろ、少女の求めるものには変わりない。

 

 さあ、続けよう。少女は意味のない行動を続けようと思う。何のためか。それさえも、理解できない出来損ないの精霊。

 

 ――――――価値のない私が、価値ある『私』になる前に。

 

 

 






Q.士道はいつから分身だと気づいてたの? A.初めから。その程度は知っての通り御茶の子さいさいよ。


そんなわけでお送りしました、分身体とのデート編。その一幕。正直ノリと勢いで書いたので個人的反省点は多いです。デートシーンとかもうちょい量盛りたかったのは一番思ってます、反省。
この分身は最初はリクエスト通り誰かを決めていたのですが、書いていくうちにこれ定めない方がいいなってことで、皆様のお好きな子を当てはめてください。本編中に現れたどれかの個体なんじゃないかなぁ。死が怖いのか、はたまた死して会えなくなることへの恐怖か……それもご想像にお任せします。

殿町くん何気に会話シーンほぼ初めてだったり。こういうキャラだっけ…こういうキャラだった気がする(自己催眠)
ただの馬鹿だよ。良い奴だけどな、は今の士道の性格を表してる感じで割とお気に入りです。

オチはそういうこと。だからタイトルが〝記録〟であり、これは閲覧履歴みたいなもの。記録の時系列は決めずに書いたのですが、ディザスターから二亜クリエイションの間くらいを想定しています。
閲覧者たちの時系列は……秘密です、ふふふ。人は心がある限り人でいられる。死を恐れる限り。それを無くした者は、人ではなく怪物。あくまで少女の価値観の話、ですがね。
次章でも触れるのですが、この作品に残された一番の謎要素はメイド分身体なんじゃないかと思う今日この頃。

さて、次回からはいよいよ宇宙で戦争(デート)。六喰編に入っていきます。残すはあと一人。それが終わると、展開は最終章へ……今は可愛い六喰に集中いたしましょう。
感想、評価、お気に入りなどなどお待ちしておりますー。次回をお楽しみに!!
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