デート・ア・ライブ 狂三リビルド   作:いかじゅん

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最近体調がゲロいですけど私は多分元気です。




第百三十一話『精霊と天使と彼の理由』

 

 

「純粋な精霊……? 精霊って、基本的にみんな、元は人間だったはずでしょ?」

 

 

 年を越えて、一月一日の未明。

 本条二亜が放った言の葉に、誰もが言葉を失っていた。

 その意味を理解している者。していないが、周りの反応から尋常でない雰囲気は感じ取れている者――――――意味を、元から知っていたであろう者(・・・・・・・・・・・・・)

 

 ――――精霊。

 

 隣界より現れ出、特殊災害指定生命体。その発生原因、存在理由、共に不明。しかし、人類と敵対する驚異的な力を発揮する存在であり、裏の世界においての常識として認知されし者達。

 士道たちが知る限り、精霊の種類は二種。琴里や美九、折紙――――狂三のように、何者かの手によって精霊化した人間。そして、十香たちのような純粋な精霊(・・・・・)

 彼女たちが元は人であったなら、それは様々な疑問が根本から生じる真実となる。その真実が虚偽として否定できないのは、二亜が天使、全知の〈囁告篇帙(ラジエル)〉の宿主であったからだ。

 士道たちが信じていた情報が違うものだと、二亜ならば簡単に否定できてしまう。それが出来るのがあの天使の力。

 知らず知らずに息を呑む。もしも、士道が純粋な精霊だと思っていた十香たちが元人間なら、関わっているのは――――――

 

 

「――――なんちゃって。あは、びっくりした?」

 

 

 そんな緊張感を孕んだ空気を断ち切ったのは、他ならぬ二亜本人だった。

 

「………………、は?」

 

「いやー、漫画家的には、ここらで一発衝撃の真実!! 的なのがあると盛り上がるかなーと思ったんだけど、なんかみんな思った以上にポカンとしちゃうもんだから」

 

 二亜ちゃん焦っちゃったよー、と舌をペロッと出して戯ける二亜に、士道もそれに乗る形で(・・・・・・・)大きくため息を吐いた。

 

「お前なぁ……」

 

「えっへっへ、ごめんごめん。でも面白くない? 精霊全員元人間説。あたしとしてはことあるごとに推していこうと思うんだけど」

 

 そう言って反省の色を見せないものだから、琴里をはじめとした精霊たちも、二亜の発言を冗談だと受け取って呆れた顔をし始めていた。

 

「さ、じゃあそろそろ戻りましょうか。ここは冷えるしね」

 

 肩を竦めて言う琴里に続くように、精霊たちは建物の中へと戻っていく。少し遅れて、士道も二亜が座る車椅子を押してそちらへと向かう。

 

「――――少年、あとで病室に来て」

 

 その時、二亜が滅多に見せることがないだろう真剣な顔で、士道へ声を発したのを聞いた。

 

「……わかった」

 

 小さく、だが確かに返事をする。士道の目には二亜、そして――――精霊たちと笑い合いながら、それとは裏腹に瞳が妖しく光る時崎狂三の姿が映っていた。

 

 

 

 それから、一時間後。士道は精霊たちをマンションや自宅へ帰したのち、〈ラタトスク〉地下施設に備えられた二亜の病室を訪れていた。

 中には二亜、そして二亜によって司令として呼ばれた琴里の姿もある。至極真剣な表情で、士道は本題に切り込んだ。

 

「……で、さっきの話の続きだよな?」

 

「お、さすが少年。鋭いねぇ」

 

 相変わらず戯けながらニヤニヤと笑みを浮かべる二亜に、士道は当てこすりにも近い大きなため息を増やした。

 

「俺は二亜が誤魔化したことの真偽に気づいたわけじゃない。多分、俺だけならお前の嘘に騙されてたよ」

 

「んー、まあ純粋精霊組がいる場所で話す話題じゃなかったからねぇ。あたし、なかなかの演技派っしょ?」

 

「日頃の行いの結果だな」

 

「ははー、褒めるな褒めるなー」

 

「ほ・め・て・な・い」

 

 巷では、こういうのを『狼少年』と言って、日頃から嘘をついていると本当のことを言っても信じてもらえなくなる、という昔話がある。今回ばかりは、それが功を奏して良い結果になりはしたが、少しはわが身を振り返ってほしいと士道は呆れ顔で言葉を吐いた。

 

「んで? なんで少年は気づけたのさ」

 

「言ったろ、俺だけなら、って。あいつ(・・・)の様子がおかしかったから、嘘じゃないって確信しただけだ」

 

『――――あら、あら。わたくしを標識とされるだなんて、恐ろしいお方ですこと』

 

 と。瞬間、慣れた声が部屋の中に響く形で聞こえてくる。病室の壁に染み出すような影が現れ、広がりを見せたそれから一人の少女が姿を現した。

 つい先ほど、精霊たちより先に別れた狂三その人である。感覚からして、間違いなくオリジナルの彼女だった。

 曲芸のような登場をし、お辞儀をしてみせる狂三に、おぉーと二亜が拍手を送る。

 

「ごきげんよう、皆様」

 

「すげぇー、ノックいらないじゃん」

 

「……そこですの?」

 

 そこ、なのだろうか。士道と狂三は、イマイチ着眼点が掴めない二亜のウィークポイントに揃って困惑の表情を作った。

 すると、何故か二亜が琴里と顔を近づけてヒソヒソ話をするように小声で会話をし始める。

 

「ところで妹ちゃん。少年が気づいた理由、どう思う? ちなみにあたしは全くわからなかった」

 

「私もよ。あんなポーカーフェイス女の表情なんてわかるもんですか。最近は割と豊かだけど」

 

「お、そこんところ詳しい感じでよろしく」

 

「聞こえていますわよ、お二人とも?」

 

 ニッコリ、と若干怒りが見える狂三の笑顔見ても、二人は知らん顔で口笛を吹き始めた。狂三を相手にいい度胸をしている。

 単に、狂三が見せた表情から二亜の話を嘘とは思えなかった、というだけのことなのだが、この判別方法はどうやら士道にしかできないようだ。

 注視すれば意外とわかると思うんだがなぁ、などと少しばかり納得いかない思いを感じるが、今はそれより本題に話を戻さなければと士道は声を発した。

 

「いい加減、話を戻してもいいよな? 二亜、さっきの話はどういうことなんだ? 精霊がみんな……元は人間だったって」

 

「言葉通りの意味だよ。けど、そうじゃないかもしれない。あたしの手には〈囁告篇帙(ラジエル)〉っていう全知の力があったけど、それは決して全能じゃないんだ。それをわかっていてほしい」

 

「どういうことだ?」

 

「〈囁告篇帙(ラジエル)〉が何かしらの外部的要因によって、その閲覧能力を阻害される可能性がある、ということですわね?」

 

「な……」

 

 狂三の鋭い指摘は二亜の首肯を得るには十分で、士道はそれに言葉を失いながらも、〈囁告篇帙(ラジエル)〉に関して一つだけ解決していなかった件を思い出した。

 初対面時、二亜は〈囁告篇帙(ラジエル)〉の権能を思うがままに振るっていた。が、唯一――――たった今、問題点を指摘した時崎狂三に関してだけは、見えづらい(・・・・・)と表現していたのだ。

 

「……もしかして、狂三のことを〈囁告篇帙(ラジエル)〉で調べられなかったのと、関係があるのか?」

 

「あると言えばある、かもしれない。ええと、順を追って説明するとね――――――」

 

 と。ようやく話が本題に乗り始めたところで、病室の扉が誰かの手によって開かれた。

 医務官の回診かとも思ったが、それにしては時間が遅すぎる。士道は開けられた扉へ目を向け、現れた人物に驚きを見せた。

 

「折紙!! 真那!!」

 

 扉を開けて入ってきたのは、つい先程まで一緒に屋上にいた折紙と、二亜と同じような病衣に身を包んだ真那だった。

 

「二人とも、なんで二亜の病室に……。折紙も二亜に呼ばれたのか?」

 

「呼ばれてはいない。でも、屋上での二亜の態度に不審な点があったから、本当の話を聞きたくて」

 

「えっ何その通じあってる感じ。二亜ちゃんドキドキなんですけど」

 

「…………」

 

 二亜の茶番に付き合うつもりのない折紙が黙っていると、彼女の後ろから真那が声を上げた。

 

「私は、トイレに行こうと思ったら兄様の姿を見かけたもので。そういえば聞こうと思って聞きそびれたことがあったなぁと。鳶一一曹とは偶然そこで会っただけです。……〈ナイトメア〉がいやがるのは、予想外でしたが」

 

「あら、あら」

 

「あ、はは。いろいろあるんだよ、いろいろな」

 

 じろりと殺気立った視線を狂三へ注ぐ真那から、乾いた笑みを見せながらさり気なく狂三を庇うように背にやる。まさか病室で一戦交えたりはしないだろうが、妖しく微笑んでいる狂三が軽々と真那を煽るのが目に浮かぶため、その前に手を打たせてもらう。

 

「ちょっと待った。君今なんて言った?」

 

「え? だから聞きそびれたことを――――」

 

「ノンノン!! そこじゃない!! もう一個前!!」

 

「兄様の姿を見かけて?」

 

「兄様!!」

 

 言って手を組み合わせる二亜は、これで霊装があれば本当の聖職者に見えなくもないかもしれない。まあ、言葉と共に現れた恍惚とした表情がそれを台無しにしてしまうのだが。

 

「すっげぇ!! 兄様!! 二次元でしか聞いたことのない夢呼称の一つ!! リアルで初めて聞いた!! ね、ねぇねぇ、もっぺん言ってみてもらえる?」

 

「……な、なんでいやがるんですかこの人は……」

 

 強烈なキャラを見せる二亜に押される真那に、士道は苦笑を浮かべながら彼女を紹介するため手を向けた。

 

「本条二亜だ。精霊で、漫画家をやってる。つい昨日霊力を封印したんだが……ちょっといろいろあって、ここに入院してるんだ」

 

「はろはろー」

 

「そうでしたか……。崇宮真那です。兄様の妹で、魔術師です。ちょっと前まで〈ラタトスク〉で戦闘員をやっていたんですが、今は琴里さんの手にかかり虜囚の身となっていやがります」

 

「ちょっと!! 私を悪者っぽく言うのやめてくれる!? 無理をするあなたが悪いんじゃない!!」

 

 キャラの強さに関しては真那も大概で、琴里が不満げに声を上げた。が、二亜にはそれよりも興味を引く発言があったらしく、顎に手を当て声を発した。

 

「え、少年の妹なの?」

 

「さっきから兄様って言ってたじゃないか」

 

「いやごめん『兄様』って響きに感動しすぎてその意味まで考えが至ってなかった」

 

「…………もういい。これに関しては話が長くなるから、あとで説明する。取り敢えず本題に入ろう」

 

 霊力を封印されていようと、身体が弱っていようと二亜は二亜なのだと身に染みて実感しきったところで、士道は気を取り直してそう告げる。

 

「ああ、そうだったね。まあ予定よりギャラリーが増えちゃったけど、元人間の自覚があるオリリンに妹ちゃん二号なら問題ないか」

 

「ちょっ、ちょっ、待ってください。なんですかその妹ちゃん二号っていうのは」

 

「え? だってほら、妹ちゃんはもういるし」

 

「琴里さんは義妹で私は実妹。どっちかというと二号は琴里さんです!!」

 

「だ、誰が二号さんよ!!」

 

「……琴里さんまで、話の腰を折る話題に引っかからないでくださいまし」

 

 はぁ。と、ついに呆れた狂三が組んだ手を開いて軽く二亜を指し示す。

 

「二亜さん。真那さんが納得いくあだ名をお願いいたします。面倒ですので、二秒以内に」

 

「んー、じゃあマナティで」

 

「……なんか水棲生物っぽい気がしやがるのですが」

 

 本当に二秒で考えた二亜のあだ名に少々不満は残るものの、これ以上は話が完全に進まなくなるとわかっているのか、はたまた口を開けば狂三と喧嘩になるのが見えているか、真那が素直に引き下がった。

 コホンと咳払いをした二亜が、長く待たされた話の本題にようやく切り込むように言葉を発した。

 

「じゃあ、話すけど……『精霊は元人間』。これは正しくもあるし、そうでもないかもしれない」

 

「二亜はそう(・・)なんだよな? 昔の記憶があるんだし」

 

「んー、なんていうんだろうな。少年の考えでいくと、あたしは『純粋な精霊』のカテゴリーに入っちゃう気がするんだよねぇ」

 

「俺の考え? 精霊は、空間震を伴って何も知らないままこっちに来ている……ってことか? けど、それじゃあお前は――――」

 

「――――天使による記憶の閲覧」

 

答え(・・)を至極冷静に、けれど響く声で発したのは、士道の隣にいる時の精霊、狂三だった。

 士道がそれに目を剥いていると、狂三は言葉を続けていく。

 

「でしょう? わたくしのような例外(・・)を除いてしまえば、精霊の方々はこちらの世界のことを何も知らず、空間震を伴い出現したはずですわ」

 

「そ。あたしも何が何だかわからないまま、こっちに放り出された。それは変わらない。そんで、精霊にはもう一つ基本的に共通していることがあると思ってる」

 

「それは……?」

 

「簡単な話ですわ。この世界の秩序、自身に仇なす敵。それらがなんであれ、知らずとも対抗できてしまう力――――――自らの、天使」

 

「あ――――」

 

 そうだ。そうだった。十香、四糸乃のようにこちら側の事情や常識を知らない精霊でも、己が一部として存在する奇跡、〝天使〟については完璧に熟知していた。

 加えて、人間から精霊になった折紙。力の変質を起こす狂三も力の行使に支障を見せていない。精霊の天使とは、そういうものなのだという証明だった。

 

「如何に記憶の齟齬が生じていたとしても、過去に起こった出来事を欺くことはできませんわ。二亜さんであれば、〈囁告篇帙(ラジエル)〉による事象の閲覧。仮にわたくしであれば……これですわね」

 

 言って、狂三は右手の親指と人差し指を銃の形に見立て、それを自身の頭にばぁん、と撃つような仕草を取る。

 記憶、閲覧。そして狂三の仕草。そこまで提示されて、答えがわからないほど士道も鈍くはない。ハッと目を見開きその弾丸(・・)の名を口にする。

 

「【一〇の弾(ユッド)】!! そうか、〈刻々帝(ザフキエル)〉の回顧の力なら……っ!!」

 

 それなら、封じられた自らの記憶すら呼び起こせる可能性がある。或いは、失われた他人の記憶さえも(・・・・・・・・・・・・)

 そんな士道の考えはお見通しなのだろう。狂三は、薄く微笑みながら首をゆっくりと横に振った。

 

「ええ。ですが、これは理論上のお話ですわ。わたくし自身ならともかく、人の記憶に何が眠っているのか……それらを無為に開くような真似はしたくありませんわ」

 

「おや、随分と殊勝な心がけでいやがりますね。何人も〝喰って〟きた精霊の言葉とはとても思えません」

 

「っ、真那」

 

 咎めるように視線を飛ばすが、事実は事実であると真那は訂正する気はないと責めるような目で狂三を見やる。

 対して狂三は、誰に助けを求めることもせず真っ直ぐに視線を返した。

 

「そうですわね。わたくしが常識を語るのもおかしな話でしたわ。ですが、これだけは覚えていてくださいまし――――――あなた方ご兄妹の記憶に関して、わたくしは手を貸すつもりはございません」

 

「っ……!?」

 

識る(・・)必要のないことを、こじ開けてまで明かす意味は――――――いえ、これこそ、わたくしが言う資格はありませんわね」

 

 自戒の意味とも取れる皮肉げな笑みを作り、狂三はそれっきり黙りこくってしまう。

 士道と真那の記憶。それは、未だ謎が多く残るものであり――――〈ファントム〉と〈アンノウン〉は、何かを知っていると思える言動をしていた。なら、狂三も同じように〝何か〟を掴んだのだろうか。掴んだ上で、識る(・・)べきではないと、士道を愛する彼女が言うのか。

 

「――――ふん。最初から、汚いあなたの手を借りるつもりなんかねーです」

 

 僅かな沈黙を打ち破ったのは、そうして憎まれ口を叩く真那の言葉だった。続けて、二亜が不満げに手を挙げて抗議するようにそれを振った。

 

「ちょっとー、二亜ちゃんを無視しないでよー。今はあたしのターンでしょ。くるみんが説明好きなのはわかるけどさー、あたしの台詞取りすぎじゃない?」

 

「くるみ……まあ、マナティよりはいいですわね」

 

「なっ、水棲生物を馬鹿にしないでください!!」

 

「そもそもあなたは水棲生物じゃないでしょ……」

 

 今度は琴里がため息を吐き、二亜に話を続けて、と促した。真那も話を阻害する気はなく、狂三は狂三で申し訳ありません、と軽く謝罪をして主導権を二亜へ返す。

 

「了解。どこまで話したっけ……あ、そうそう、あたしがこっちの世界に来た時のことだったね。もちろん、頼るものがないあたしはくるみんの言う通り〈囁告篇帙(ラジエル)〉の力に頼ったわけよ。そうして、自分がどういう存在かを自覚した。元々は人間で、でもとあることがきっかけで生きることに絶望して――――そんな時、目の前に精霊が現れた」

 

「……!! 〈ファントム〉……!?」

 

 琴里が声を上げ、示唆された存在の名を叫んだ。

 〈ファントム〉。謎多き精霊であり、士道の〝何か〟を識る存在。そして、琴里、美九、折紙に精霊という力を授けた存在でもある。

 今、二亜が語ったことはそれまでの三人の事例をそっくりなのだ。それこそ、三十年近く前の話となると士道が思っているより〈ファントム〉という精霊は根深い存在ということになり――――連なって、もう一人(・・・・)にも関係があるのかもしれない。

 

「〈ファントム〉……」

 

「……ええ。私たちを精霊にした、ノイズのようなもので姿を覆い隠した精霊よ。それが、二亜の前にも現れたっていうの?」

 

「……ふーん、そういう存在なんだ。うーん、あたしの前に現れたのと妹ちゃんたちの前に現れたのが同じ精霊かどうかはわからないけど……一つ確かなのは、正直、あたしもあの精霊の正体は掴めなかったってこと」

 

「正体がわからない? 〈囁告篇帙(ラジエル)〉で調べなかったってこと?」

 

 全知の天使で調べる。持ち主でない琴里が思いつく方法だ。誰が思いつく、一番手っ取り早い方法だろう。

 しかし、士道には二亜の答えがたった今、わかった。あくまで、予測。けれど、どうしてか外れているとは思えなかった――――それほどまでに、

 

 

「調べたんだろ? 調べて、わからなかった――――――〈アンノウン〉と、同じように」

 

 

 幻影と不明の精霊は、強烈な酷似を示していた。

 士道が発した言葉に、狂三以外の誰もが目を丸くした。

 

「ちょ、ちょっと待って士道。どうして、そこであの子が出てくるの?」

 

「……仮に、二亜を精霊にした存在が〈ファントム〉と同じだったとして、あいつなら〈囁告篇帙(ラジエル)〉の能力を弾けると思ったんだ」

 

「――――何故なら、あの子と〈ファントム〉は恐ろしいほどに似通っているから、ですわね」

 

 狂三が目を細めて言った言葉に、士道は迷わず首肯した。

 一見、何一つ繋がりはないと思える二人。だが、士道は見てきた(・・・・)。五年前、〈アンノウン〉と〈ファントム〉に出会い……恐怖を覚えるほど、二人の存在は似通っていると感じていた。これで何も関係はない、と断言するより、士道や狂三が疑ってかかるしかないほどには。

 

「どうだ、二亜。合ってるか?」

 

「……正解。まったく、少年は察しが良すぎて怖いねぇ。〈囁告篇帙(ラジエル)〉の検索機能は働いた、というべきかな。けど、それを読み取る機能がおかしくされてね。あたしには殆ど読むことができなかった。その精霊のことも、君たちが知っていて、あたしを助けてもくれた〈アンノウン〉って子のことも。あの子、何者なのさ?」

 

「…………」

 

 士道は、すぐに答えることができなかった――――知らない(・・・・)。士道は、もしかすると狂三でさえ、〈アンノウン〉という精霊のことを知らないのだ。

 狂三を守り、士道たちを救い――――〈ファントム〉と類似し、自分たちの知らない真実を識る謎の精霊。

 

 

「でも――――彼女は私たちを助けた」

 

 

 それは、抑揚のない声の中に、確かな感情が乗っている少女のものだった。

 そう言った彼女は、折紙はただ淡々と事実を、それでいて強い想いを語る。

 

 

「〈アンノウン〉への疑惑はある。私も、〈ファントム〉と交戦した経験からそれを感じた。けど、彼女は自分の意思で私たちを、その命を懸けて助けようとしてくれた。私は、彼女の全てを信じることはできなくても、私が知る(・・・・)彼女を、信じたいと思う」

 

「……そう、だな」

 

 

 何かを隠した少女へ疑念は残る――――でも、それ以上のことを、あの少女はしているのだ。

 ずっと士道たちを救ってきた少女。狂三にひたすら尽くす少女。それを士道は信じたいと思う。士道は折紙から引き継ぎ、真っ直ぐに二亜へ言葉を返した。

 

「〈アンノウン〉のこと、俺たちも全部がわかってるわけじゃない。けど、折紙が言うように、あいつは俺たちをずっと助けてくれた。少なくとも俺は、何を隠していてもあいつのことは信じられる……そう思ってる。それに」

 

「それに?」

 

 首を傾げた二亜に、士道は自らが言わんとしていることを考えて苦笑した。これは本当に、あくまで士道の主観でしかないし、個人的感情としか言えない。

 多分、狂三には何を言わんとしているか想像がついているのだろう。少々不満げで恥ずかしそうな顔を見せている。だが、士道にとって答えはこれしかないのだ。

 

 

「あいつ、狂三のことが大好きだからさ。俺と一緒でな。だから、俺は信じられると思う」

 

 

 たった、それだけの理由。でも、士道にとっては大切な理由だった。

 二亜がぽかんと目を丸くし、琴里が呆れ、真那が複雑そうな表情で「やっぱり私が兄様を救って……」とか言っているのが聞こえてくる。

 さすがの士道も少しだけ恥ずかしくなり、二亜から目を逸らしてガリガリと髪をかいた――――と、二亜が笑い声を上げたのは、次の瞬間のことだった。

 

「あはっ、はははははははっ!! そっかそっか。それは少年からしたら一番信用できる要素だよねぇ。うん、いいよ、気に入った。ほんっと、恥ずかしいくらい真っ直ぐなんだから……。あーあ、くるみんがいなかったら、あたしが少年を一生養ってあげたのになぁ。かなり惜しいことしちゃった」

 

「おいおい……」

 

「じょーだんじょーだん。けど、〈アンノウン〉って子に関してはそれで納得した。少年たちが信じるなら、あたしも少年たちの目を信じるだけだよ。どうせ、あたしの〈囁告篇帙(ラジエル)〉も今はあの子が持ってるわけだしね」

 

 だから、信じてるよ。そう言って、片目をパチンと綺麗なウインクを決める二亜。

 二亜にとって、一歩間違えれば世界のバランスが簡単に崩れ去る〈囁告篇帙(ラジエル)〉を持っている少女のことが内心で気がかりだったのかもしれない。どこか安心したような素振りを見せていた。

 

「果報者ですわね、あの子は」

 

「いろいろ聞きたいことは山積みだけどね。あなたを含めて」

 

「あら、あら」

 

 琴里に睨みつけられた狂三が、戯けて口元を覆い、さも初耳で驚きですわ、みたいな仕草を取る。それに応じて、琴里がビキッと額に青筋を滲ませ顔を歪ませた。

 

「……とまあ、あたしはその正体不明の精霊に霊結晶(セフィラ)を埋め込まれて、精霊になった。そして人間であった頃の記憶を封印された上で、こちらの世界に出てくるまで、隣界で眠らされ続けてたってわけよ」

 

「……なるほど、な」

 

 二亜の言うことに間違いがないのだとすれば、やはりあらゆる前提が覆るだけの真実だ。

 精霊がカテゴライズされる中で主な存在だった〝純粋な精霊〟。だが、もし十香たちが記憶を失っているだけで、大元が人間だとすれば……何者かの策略(・・・・・・)によって、精霊たちは生み出され続けていることになる。

 

「だから、てっきりみんなも同じ形で精霊になったものだと思ってたんだ。でもよく考えれば、全員が全員あたしみたいに自分の過去を覗けるわけじゃないし、みんなの前で言っちゃったのは失敗だったかなあと思って。あたしが調べたのはあくまであたしのこと……少なくともくるみんは、あたしとは違う感じっぽいしねぇ」

 

「……!!」

 

 探るような二亜の物言いで、士道も目を見開いて狂三の発言を思い返す。彼女は確か、仮に自分であれば(・・・・・・・・)と曖昧な言い方をした。果たして、その行動を行ったことがあるのか否か……基本的に嘘はつかないが、真実を直接語ることもしない狂三らしい言動だった。

 視線を向けた士道に対して、口角を上げ妖しい微笑みを浮かべ狂三は声を発した。

 

「うふふ、どうなのでしょうね? わたくしの口から語れることは、完全な形の全知の天使があれば知ることができたかもしれない、ということだけですわ」

 

 語るべきことはない、ということだろう。琴里は不満げな顔を隠しもしていないし、士道は士道で忍耐力の強さを試されている気がしてならないと苦笑をこぼす。

 

「……話してくれるまで待ってるとは言ったけど、待つ度に秘密が増えてる気がするよ」

 

「女は秘密を着飾って美しくなるのですわ。是非、覚えていてくださいまし」

 

「着飾らなくても綺麗すぎると思うけどな」

 

 人差し指を唇に添えて、非常に為になることを言う狂三にその程度しか返す言葉がない。というより、女性にそのような事を言われて、無理に暴きに行ける男は男ではないのではないだろうか。

 と、狂三を見た二亜が開いた手を口に当て驚いたような仕草で声を発した。

 

「わお、くるみんってばまだ綺麗になるつもりなの?」

 

「ええ、ええ。どうしてもハートを射止めたい殿方がいるものですから」

 

「クールビューティなのに情熱的だねぇ」

 

 うんうん、それもまた良い!! と謎にサムズアップをする二亜。ちなみに、当事者的にはハートを射止めるという表現は、心臓を止める意味合いを含んだダブルネーミングにしか聞こえなかったとは記しておく。

 

「ん、あたしが今話せるのはこのくらいかな。ごめんね、曖昧なこと言っちゃって」

 

「……いえ、十分よ。この仮説に時間をかけるだけの価値はあるわ。三十年前まで遡って、失踪した少女たちの中に該当する人物がいないか調査してみるわ――――――意外な人が、見つかるかもしれないしね」

 

 言って、ピコピコと動かしたチュッパチャプスの棒を示すようにとある人物に向けた。

 そのとある人物は、お好きにどうぞと表現するようにフッと微笑んで見せる。

 琴里はもう、半ば確信に近い考えを持っているに違いない。少しずつ、真実へと近づいている。狂三が望むまいと、精霊という存在と出会う度に、確実に。

 

「意外なお方と言えば、もう一人いらっしゃいますわね。件の魔術師(ウィザード)に関して、折紙さんはご存知のようでしたが」

 

「あ……」

 

 件の魔術師(ウィザード)。それは、反転した二亜と接近した瞬間、空から現れ、狂三と激しい交戦を行った金髪の少女。

 狂三が言うように、折紙は彼女の名前らしきものを口にしたのだ。

 

「――――そう。私は、あの魔術師(ウィザード)を知っている」

 

「……あれほどの実力者となれば、自ずと答えは導かれますわね。『わたくし』では歯が立たなかったのも頷けますわ」

 

 折紙だけでなく、交戦した狂三も彼女の正体に当たりをつけているらしい。平然と情報を仕入れている狂三に驚いた様子もなく、折紙は言葉を続けた。

 

「彼女の名は、アルテミシア・アシュクロフト。イギリス、対精霊部隊(SSS)に所属していた魔術師(ウィザード)

 

「……!! アルテミシア!?」

 

 その魔術師(ウィザード)の名前に目を見開き、大きな動揺を見せたのは真那だった。

 

「知ってるのか、真那」

 

「はい……魔術師の間では有名ですし、直接会ったこともあります。SSS最強の魔術師。ヘレフォードの鷹。M(メイザース)に最も近い女。もし彼女がDEMにいたなら、私のコールサインは一つ数字が下がっていたかもしれねーです」

 

「そ、そこまでなのか……」

 

 自然と額に汗が滲む。真那の魔術師(ウィザード)としての実力は、あのDEMでナンバー2の圧倒的な存在であり、世界を見渡しても五指には入るという話だ。

 その真那にここまで言わしめて、狂三とも渡り合った光景から、アルテミシアの驚異的な実力は測れるものだった。

 

「はい……でも」

 

「私たちが知るアルテミシアなら、DEMに入るようなことはしないはず。何かしらの事情があるのかもしれない」

 

「あら、あら。身体か、それとも脳でしょうか」

 

「どっちにしたって、悪趣味なことね。DEMなら何をしてても不思議じゃないけど」

 

 苦々しげな表情でチュッパチャプスを噛み砕き、司令官は引き締め直した顔で言葉を紡いだ。

 

 

「――――とはいえ、事情はどうあれ、アルテミシア・アシュクロフトが今、私たちに敵対しているということは事実よ。精霊たちの件と一緒に情報は探ってみるけど、警戒だけはしておいて」

 

 

 そうして、ひとまずはここで話はお開きとなった。まだ話したいこと――――〈アンノウン〉の行動なども残ってはいたが、これ以上は二亜の体調も考慮して無理はできない。まあ、二亜は締切前は完徹上等と笑っていたが。

 正直、大事の連続だったのだ。士道も今は身体をゆっくり休ませたい気分だ。だが、その前に一つだけ真那の要件だけは済ませて起きたかった。

 話を振ってみたところ、どうやら先月の頭にあった一件……経路(パス)の狭窄が起きた際、真那の手を借りた時の話らしい。

 

「一つ気になったことがありまして」

 

「あら、わたくしが礼を言いそびれたことですの? 必要だと仰るなら、誠心誠意真心を込めて礼節を尽くさせていただきますが」

 

「拷問の誘いならお断りします」

 

 鮸膠も無い。隙らしい隙もなく、狂三の冗談を真顔で拒絶する真那。相も変わらず気持ちがいいくらい正直で、我が妹ながら男の士道より男前である。

 

「で、気になったことって?」

 

「はい。エレンと戦っていて、兄様の側に落下した時、兄様は私に言いましたよね。――――『よかった、無事だったのか、真那』『ミオはどうした? あいつが助けてくれたんじゃないのか?』……と」

 

「ミオ……?」

 

 士道の記憶に、『ミオ』と名乗る人物はいない。聞き慣れない名を、あの時の自分が言ったということに士道は眉をひそめた。

 

「はい。それを聞いた瞬間、真那は不思議な目眩を感じたというか、頭の中に朧気な映像が浮かび上がってきたというか……だからもしかしたら、真那と兄様が失っている昔の記憶に関わりがある名前なんじゃねーかと思いまして」

 

「そうなのか? でも……」

 

 自分が発した言葉にも、名にも、引っかかるような覚えはない。琴里や二亜、折紙も不思議そうな顔をしていて――――唯一、違ったのは。

 

「ぁ……」

 

 唇を開きかけ、顔面から血の気を引かせた狂三だった。蒼白の顔は、あの狂三がそんなものを見せているという事実だけで全員がギョッとした顔になる。

 士道と真那の記憶に関して、協力しないとは言ったが、それは手を貸すつもりがないというだけのはずだ。なら、冷静な狂三がこの表情を見せる意味――――学校の屋上で追い詰められた彼女の顔が、士道の中で呼び起こされた。

 

「狂三、どうし――――」

 

 

【――――ミオ。それが……わたしのなまえ……?】

 

 

 声が、走った。

 

「え……?」

 

 天と地が平衡を失う。いいや、士道が失っているのだ。

 〈刻々帝(ザフキエル)〉がもたらす感覚とはまた違う物。酷く、曖昧になる。〝五河士道〟という存在が、境界が、歪む。

 

「士道さん!?」

 

 傾いた士道の身体が、柔らかさを伴う狂三の全身で受け止められた。

 けど、彼女の顔が見えない。意識が混濁し、視界が別の〝何か〟を映し出す。

 

 

【ううん……うれしい。とっても……うれしい】

 

【大好きだよ。ずっと、一緒にいようね――――】

 

 

 知らない。知らない。知らない――――知っている?

 

「これ、は――――」

 

「士道さん、駄目!!」

 

 知っている。知っている。知っている――――ああ、知っている(・・・・・)

 

 根源。これ(・・)は、根源だ。『誰か』の声が重なる。『誰か』が長い髪を揺らしている。

 

 でも、どうして――――――あの少女の姿が重なるのだろう。

 

 

「いや、いや――――いかないで(・・・・・)!!」

 

 

 混濁する意識の中に浮かんだ光景と、目の前に映った羅針盤の瞳が輝く中――――瞬間、士道の意識は断絶した。

 







どうして精霊が生まれるのか。どうして精霊は世界に現れるのか――――どうして、五河士道は精霊を封印することができるのか。
半ば自然現象だと思っていたものがそうではなく、更に狂三がいることで開示されてはいけない位置まで情報が開示されかけてしまう。そう、五河士道という特異点が何者なのか、とか。
ここで狂三が完全に仲間というポジに収まっていたなら、もう少し円滑に情報が回っていたかもしれませんけど……狂三は士道の味方であり最大の敵であり、そして〈ラタトスク〉に属しているわけではないんです。だから伏せたいだけの理由がある。今回のラストの焦り方もそう。この辺の話はまた次回に。

〈アンノウン〉から話を聞ければ一番早かったりするんですけどね。力ずくで吐かせられるならの話ですけど。そもそも〈ラタトスク〉的にその選択肢は取れず、かと言って士道の口説きも狂三という存在に阻まれる…………ハードル高くなぁい?仮に聞けたとしても誰かさんの耳に入ったら即終了ですが。誰とは言いませんけど、HAHAHA。

感想、評価、お気に入りなどなどがあると最近体調不良の私が咽び泣いて大喜びして文字書きが進むかもしれません。もう歳かしらね…。次回をお楽しみに!!

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